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犯罪捜査を目的とした顔認証技術の利用に対する法的規制のあり方—米国の議論を参考に—

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論 説

犯罪捜査を目的とした顔認証技術の利用に対する

法的規制のあり方

̶米国の議論を参考に̶

The Use of Facial Recognition Technology for Criminal Investigation 尾崎 愛美†, *

Aimi OZAKI

抄 録: 近時、米国では、反差別運動の高まりを受けて、顔認証システムを犯罪捜査に 提供することを停止する企業が散見される。また、サンフランシスコ・サマーヴィ ル・オークランド・ボストン・ポートランド等、顔認証技術に関する規制を設けた 都市も見受けられる。 報道によれば、既にわが国の捜査機関でも顔認証システムの運用(さしあたり本 稿ではこの種の捜査手法を「顔認証捜査」と称することとする。)が開始されてい るようである。この点、顔認証捜査の被侵害利益に関しては、プライバシーにとど まらず、公平性(フェアネス)や表現の自由といった観点からの検討も不可欠であ ると考えられる。本稿では、比較的早い段階から顔認証技術が社会にもたらす影響 に関する研究が進められてきた米国の議論を参考に̶わが国において顔認証技術の 適正な利用を進めるにあたっても必要となると思われる̶顔認証捜査に対する法的 規制のあり方について考察を行った。 Abstract :

Facial recognition technology is a frequently used and generally accepted technology. On June 8, 2020, IBM said that it would stop offering facial recognition software for mass surveillance or racial profiling to respond to the death in police custody of George Floyd. Amazon has also banned the police from using its controversial facial recognition software for a year. However, body cameras equipped with facial recognition technology can hold

† 杏林大学総合政策学部専任講師 〒181‒8612 東京都三鷹市下連雀 5 丁目 4‒1 * [email protected]

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police officers accountable for any acts of misconduct. On the other hand, the use of facial recognition technology has sparked debate over violations of the First Amendment rights and personal privacy. This paper will make recommendations on the potential benefits and drawbacks of using facial recognition technology for criminal investigation.

キーワード:

顔認証、プライバシー、監視、萎縮効果、フェアネス、反差別 Key words :

Facial recognition technology, Privacy, Mass surveillance, Chilling effect, Fairness, Anti-discrimination 1 . 米国法執行機関における顔認証技術の使用状況 機械学習の進化に伴い、顔認証(Facial recognition)技術があらゆる場面で用いら れるようになった。顔認証技術(FRT)とは生体認証(バイオメトリクス)技術の一種 である。生体認証技術は人の身体的な特性・特徴や行動的な特性・特徴に基づいて、 その人物を自動的に確認・識別する技術であり、身体的な特性・特徴を利用したもの と、行動的な特性・特徴を利用したものに分かれる1。顔認証技術は前者に分類されて おり、「コンピュータビジョンやパターン認識の技術を用いて、顔検出・顔の位置合わ せ(正規化)・特徴抽出・識別処理を経て、確認・識別2」を行う技術と定義される。 顔認証は、本人の意思で認証を行う「積極的認証」と本人が意識せず認証される 「非積極的顔認証」の2 種類に大別される3。前者の例としては、イベントなどでチ ケット購入者と入場者が同一かどうかを判定する本人確認システムが挙げられる。 捜査目的で顔認証技術を用いる例としては、指名手配犯や逃走中の被疑者を捜索す る場合が考えられる。この場合、対象者たる指名手配犯や被疑者の同意を得て顔認 証を行うことは困難であることから、捜査目的利用は「非積極的認証」にあたる。 顔認証技術の利用方法については、上述のような被疑者の捜索から犯罪の事前予 防に至るまで広範囲が考えられるが、どこまでが許容されるべきか、許容される場 合にどのような手続に沿って実施されるべきかといった基準について、わが国にお いてはいまだ明確とされていない。そこで、本章では、捜査の場面において、顔認 証技術が具体的にどのように利用され、どのような規制が設けられつつあるのか、 1 国立国会図書館「生体認証技術の動向と活用(平成 30 年度 科学技術に関する調査プロジェクト)」1 頁。 http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11257103_po_20180602.pdf?contentNo=1(2020 年 9 月 14 日最終閲覧) 2 同上。 3 鈴木武志「動画顔認証を中心とした生体認証技術現状と、安全・安心な社会の実現に向けて」情報管理 60 巻 8 号(2017 年)564‒573 頁。

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顔認証技術の発展を牽引してきた米国の事例を紹介することとしたい。

(1)政府監査院・委員会報告

2016 年 5 月、政府監査院(Government Accountability Office)は、FBI に対して

監査を実施した4。政府監査院によれば、FBI や州警察は、FBI の Next Generation

Identification-Interstate Photo System(NGI-IPS)を用いて、3000 万枚以上の写真の データベースを検索することが可能であるとされる。また、FBI は、少なくとも17 の州との間で運転免許証や ID カード等の顔画像を入手する契約を結び、これによ り約 1 億人分の顔画像を入手したという。さらに、データベースに登録されている 顔情報が約 4 億 1200 万人分に及んでいる他、それらの中に捜査対象者以外の顔情 報も含まれていることも判明した。 顔認証技術の利用の急激な普及・拡大に鑑み、2017 年 3 月、下院の「監視と政 府改革に関する委員会」は、顔認証技術の現状を把握すべく、公聴会(「顔認証技 術に対する法執行機関の方針に関する検討委員会」)を開催した5。公聴会におい て、ポール・ミッチェル下院議員は「顔認証技術は合衆国憲法修正第 1 条6に抵触 するものである」と主張した。その理由として、「現状においては、ある政治問題 について抗議の声を挙げた人物が特定されないよう保護するだけではなく、有効な 令状等に基づく刑事訴追がされない限り、すべての人物が保護されていなければな らないとされている。にもかかわらず、なぜ写真を撮影されなければならないの か?運転免許を取得していることが(データベースにリストアップされる)対象 になるのだろうか?」と疑問を呈している。また、ジョン・ダンカン下院議員は、 「我々はあらゆることに関してプライバシーの合理的な期待を捨て去っており、非 常に嘆かわしく危険な段階に到達している」と指摘する。 (2)大学・研究機関による報告 ①ジョージタウン大学プライバシー&テクノロジーセンター研究報告 2016 年 10 月、ジョージタウン大学プライバシー & テクノロジーセンター(Center on Privacy and Technology at Georgetown Law)は、米国の半数の州において、顔認

4 FACE RECOGNITION TECHNOLOGY: FBI Should Better Ensure Privacy and Accuracy [Reissued on August 3, 2016] GAO-16-267: Published: May 16, 2016. Publicly Released: Jun 15, 2016.

https://www.gao.gov/assets/680/677098.pdf(2020 年 9 月 14 日最終閲覧) 5 公聴会の動画は下記 HP から閲覧可能である。 https://republicans-oversight.house.gov/hearing/law-enforcements-use-facial-recognition-technology/(2020 年 9 月 14 日 最 終閲覧) 6 修正第 1 条(信教・言論・出版・集会の自由、請願権)「連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止 する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて 政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。」

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証技術の利用により、運転免許証や身分証明書に掲載された顔情報がスキャンさ れ、データベースに登録されているとの研究結果を発表した。この研究によれば、 米国民の半分(約 1 億 1,700 万人)の顔認証データベースが構築されており、米国 の法執行機関の4 分の1 がこの顔認証データベースにアクセスすることが可能だと いう。さらに、シカゴ・ダラス・ロサンゼルス等、少なくとも4 箇所以上の警察機 関で、ライブ監視カメラを用いたリアルタイム顔認証が行われていることが明らか となっている7 また、2019 年の研究報告によれば8、デトロイト市で導入された顔認証システム は、市内全域に設置されたビデオカメラを使用して、逮捕歴のある人物をリアルタ イムで特定する機能を有している。当初、カメラの設置場所は、犯罪発生率の高い 地域のガソリンスタンド、ファーストフード店、酒屋、深夜に営業している企業等 に限定されていたが、その対象は、アパート、学校、宗教施設、薬局、診療所に拡 大されていった。このシステムは迅速に常習犯の特定や検挙を行う事を可能とする 一方、データベースとの照合を行うためにカメラに映ったすべての人の顔をスキャ ンすることを必要とする。カメラの設置場所である学校や宗教施設の来歴記録は、 人々の「宗教的、政治的、または社会的な見解や活動」を推測可能とするものであ る。薬局や診療所の中には、依存症治療や生殖医療等に特化したケアを提供してい る施設も含まれていることから、これらの施設の来歴記録から人々の病歴が推測さ れる可能性がある。 2019 年の別の報告では、防犯カメラ画像が不鮮明な場合、カメラ画像に類似の 顔情報を使用して顔照合が行われていることが明らかとなった。そこで、同報告で は、法執行機関による顔認証システムの利用に関してルールの制定を求める提言が なされた9 ② MIT メディアラボによる研究報告と Amazon の対応 Amazon は、監視カメラの映像からそこに写った個人の属性や関心を分析し、特 定の人物の居場所の追跡を可能とするサービス(Amazon Rekognition)を捜査機関 に提供している。Amazon Rekognition を導入したワシントン郡保安官事務所によれ ば、人力では解析が難しい低解像度の画像でも 95% 以上の精度で街頭の監視カメ 7 Clare Garvie et al., Perpetual Line Up: Unregulated Police Face Recognition in America, Center on Privacy and Technology

at Georgetown Law, 2016.10.

https://www.perpetuallineup.org/(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

8 Clare Garvie & Laura M. Moy, America Under Watch: Face Surveillance in the United States, Center on Privacy and Technology at Georgetown Law, 2019.5.

https://www.americaunderwatch.com/(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

9 Clare Garvie, Garbage In, Garbage Out: Face Recognition on Flawed Data, Center on Privacy and Technology at Georgetown Law, (May 16, 2019).

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ラの映像をクレジットカード窃盗犯の画像と照合することが可能であるという10 これに対し、2019 年 1 月、MIT メディアラボに所属するジョイ・ブォロムウィ ニは、Amazon Rekognitionの肌が黒い女性の判定率が68.63%であるとの報告を行っ

た11。Amazon は、最新バージョンの Amazon Rekognition は100 万人の顔データを

99% 以上の精度で分析することが可能である等の反論を行ったが、ブォロムウィ ニは、詳細な人口構成や表現型(肌のタイプ)の構成が分からなければ、人種・性 別・肌の色などに偏りがあるかどうかを判断することはできないとの再反論を行っ ている12。ブォロムウィニは、このような誤検出率の高い顔認証システムが捜査に 用いられた場合、罪のない人間が捜査対象者となり捜査機関の捜索を受ける可能性 があり、誤検出率が高い性別や人種に対してはその可能性がさらに高くなるとの指 摘を行っている。

2019 年 2 月、Amazon は、 公 式 ブ ロ グ(「Some Thoughts on Facial Recognition

Legislation13」)において、①顔認識技術は市民権を保護する法律を含めた全ての法 律に従って使用されるべきであること、②司法当局で使用する場合は人による監視 も付随して行うべきであること、③法執行機関が顔照合を使用する場合、または、 市民の自由を脅かす可能性のある方法で使用する場合については、標準試験で99% の精度が得られた場合のみ使用を推奨するべきであること、④定期的な透明性レ ポートが必要であること、⑤顔認識技術を公共空間や商業空間で使用する場合に は明示を義務付けるべきであるとの表明を行ったが、その後も Amazon Rekognition の捜査機関への提供は続けられた。 その後、2020 年 5 月にミネアポリスでアフリカ系アメリカ人男性が白人警官による 暴行によって死亡した事件に端を発する反差別運動「ブラック・ライブズ・マター」 の高まりを受け、大量監視や人種プロファイリングに使用される可能性のある顔認証 ソフトウェアを捜査機関に提供することを中止した IBM14に続き、Amazon もまた、

10 Matt Cagle & Nicole Ozer, Amazon Teams Up With Government to Deploy Dangerous New Facial Recognition Technology. https://www.aclu.org/blog/privacy-technology/surveillance-technologies/amazon-teams-government-deploy-dangerous-new https://www.aclunc.org/docs/20180522_ARD.pdf(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

11 Raji, I & Buolamwini, J. (2019). Actionable Auditing: Investigating the Impact of Publicly Naming Biased Performance

Results of Commercial AI Products. Conference on Artificial Intelligence, Ethics, and Society.

https://www.media.mit.edu/publications/actionable-auditing-investigating-the-impact-of-publicly-naming-biased-performance-results-of-commercial-ai-products/(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

12 Joy Buolamwin, Response: Racial and Gender bias in Amazon Rekognition̶Commercial AI System for Analyzing Faces (2019 年 1 月 25 日 Medium 投稿記事)

https://medium.com/@Joy.Buolamwini/response-racial-and-gender-bias-in-amazon-rekognition-commercial-ai-system-for-analyzing-faces-a289222eeced(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

13 Michael Punke, Some Thoughts on Facial Recognition Legislation(2020 年 2 月 7 日 AWS Machine Learning Blog 投稿記事) https://aws.amazon.com/jp/blogs/machine-learning/some-thoughts-on-facial-recognition-legislation/?linkCode=w50&tag= w050b-20&imprToken=T7KaLpTLz2e8-AfpKnSz4w&slotNum=0(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

14 IBM CEO s Letter to Congress on Racial Justice Reform, June 8, 2020.

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Amazon Rekognition の捜査機関への提供を1 年間停止する措置を講じると発表した15 (3)条例・州法による規制 ①条例 2019 年 5 月、サンフランシスコ市監理委員会は、秘密監視停止条例を可決した16 同条例は、「監視技術は我々のプライバシーを脅かす可能性があり、監視の取り組 みは、歴史的に、人種、民族、宗教、国籍、収入、性的指向、政治的見解によって 定義されるものを含め、特定のコミュニティやグループを威圧するために用いられ てきた」とし、「顔認証技術が市民の権利や自由を危険にさらす傾向は、その主張 されている利益よりもはるかに大きく、その技術は人種的不正義を悪化させ、継続 的な政府の監視から自由に生きる私たちの能力を脅かす」と指摘し、「いずれの部 門も、1)市が支給したソフトウェア、市が支給した製品もしくはデバイス上の顔 認証技術、または2)市が支給したソフトウェア、市が支給した製品もしくはデバ イス上の顔認証技術から得られた情報を取得し、保持し、アクセスし、または使用 することは違法である」として、市政府機関による顔認証技術を用いた監視を全面 的に禁止した。なお、本条例の対象となるのは、サンフランシスコ市警察などの市 当局であり、一般市民や民間企業による顔認証技術の利用の是非については触れら れていない。また、連邦規制が適用される空港や港湾は除外されることとなる。 オークランド市もまた、サンフランシスコ市に続き、「監視及びコミュニティ安 全条例17」を可決している。2019 年 5 月に可決されたこの条例は、「監視技術には、 私的空間や私的な情報にアクセスできる技術だけでなく、公的に利用可能な情報を 集約する技術も含まれている可能性がある」とし、「そのような情報は、集約され た場合、あるいは他の情報と組み合わされた場合、個人の家族的、政治的、専門的、 宗教的、または性的な団体に関する豊富な詳細を明らかにする可能性がある」こと を指摘し、市の機関が新しい監視技術について市議会に承認を求める際には、事前 に、オークランドの市民主導によるプライバシー助言委員会に「監視影響報告書」

15 The Amazon blog, We are implementing a one-year moratorium on police use of Rekognition, June 10, 2020.

https://blog.aboutamazon.com/policy/we-are-implementing-a-one-year-moratorium-on-police-use-of-rekognition(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

16 Administrative Code-Acquisition of Surveillance Technology, 5/21/2019.

https://sfgov.legistar.com/View.ashx?M=F&ID=7206781&GUID=38D37061-4D87-4A94-9AB3-CB113656159A(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

なお、日本語訳として以下を参照。

http://jclu.org/wp-content/uploads/2020/09/20200901San-Francisco-City-ACQUISITION-OF-SURVEILLANCE-TECHNOLOGY.pdf(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

17 Surveillance and Community Safety Ordinance (Oakland Municipal Code Chapter 9.64) Municode Library website https://library.municode.com/ca/oakland/codes/code_of_ordinances?nodeId=TIT9PUPEMOWE_CH9.64REACUSSUTE (2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

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及び「監視利用ポリシー」の提出を義務付ける(「監視影響報告書」とは、監視技 術が差別的、又は、アルゴリズムによるバイアスがある形で利用されていないか等 を評価し、それらを軽減することができる技術的、手続的な方策を模索し、特定す るものをいう)。 また、2020 年 6 月、ボストン市は、市政府機関および市政府機関からの委託を 受けた第三者による顔認証技術の使用を禁じるとの条例を可決した18 さらに、2020 年 9 月、ポートランド市は、市政府機関による顔認証技術を用い た監視の全面的禁止に加え、民間企業が公共の場で顔認証技術を利用することを禁 ずるというこれまでのものよりも厳しい条例を可決した19 ②州法 2020 年 3 月、ワシントン州上院議会は、州および地方政府機関による顔認証ソ フトウェアの導入を規制する法案を可決した20 冒頭において、同法は、顔認証技術が市民の権利と自由に重大な懸念をもたらし ていること、及び、顔認証技術は、女性、若者、有色人種を識別する際の精度が低 く、誤検出のリスクを生じさせるとの研究報告があることを示した。続いて、ブ ラック・ライブズ・マター活動家を追跡するためのソーシャルメディア監視や、イ スラム教徒コミュニティのメンバーを追跡するためのナンバープレート読み取りシ ステムのように、過去の監視技術はマイノリティに影響を与えることを目的として 利用されてきた歴史があり、現在の中国では一般民衆に対する監視や社会統制のた めに顔認証やその他の技術が使用されているという状況にあること、無令状の顔認 証技術の使用は憲法上保護されている集会や言論の自由、信教の自由、プライバ シーその他の権利の行使を侵害する可能性があること、政府機関による顔認証技術 の導入が行われる前に、許容される用途に関する議論が行われ、その正確性が実証 され、特定のコミュニティへの悪影響が排除されなければならないこと、をも指摘 している。 同法は、政府による顔認証技術の運用に際し、独立したテストの実施・担当者の トレーニング・検証を要求する。また、政府機関は、①顔認証技術の名称・機能 およびその使用方法、②入力されるデータの種類とデータの収集および処理方法、 ③最終的に生成されるデータの種類、④データ管理ポリシー、⑤データの最小化、 データの整合性およびデータ保持原則、⑥同技術の運用により得られた個人データ

18 Boston City Council face surveillance ban ordinance.

https://assets.documentcloud.org/documents/6956465/Boston-City-Council-face-surveillance-ban.pdf(2020 年 9 月 14 日 最終閲覧)

19 Ordinance; add Code Title 34.

https://www.portlandoregon.gov/auditor/article/765749(2020 年 9 月 14 日最終閲覧) 20 SB 6280-2019-20, Concerning the use of facial recognition services.

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の処理を行う担当者向けのトレーニング手順、⑦誤検出率と不正使用に対処するた めの計画、⑧マイノリティへの潜在的な影響とそれらを軽減するための計画、⑨パ ブリックレビューの開催等に関して、2 年に1 度、報告書を提出することを義務付 けられている。さらに、捜査機関が継続的な監視やリアルタイムでの顔認証を行う 場合は、原則として令状を取得しなければならない。 同法は、サンフランシスコ市の秘密監視停止条例と異なり、政府機関による顔認 証の利用そのものを禁止するものではない。同法は、顔認証システムが導入された 場合の透明性とアカウンタビリティ(説明責任)について定めるものであり、リア ルタイム顔認証の実施の際に令状を要求していることから、リアルタイム顔認証に ついてもこれを禁止するものではない。さらに、顔認証システムを、犯罪の事後、 捜査の過程で用いる場合については、同法の規制は及ばない。なお、ACLU は、同 法は顔認証システムの運用にあたり政府に報告書の提出を義務付けるものの、政府 機関が同法に従わないことを選択した場合の罰則等の執行措置がないこと等を理由 として、同法に対し批判的な立場に立っている21 (4)論点の整理 顔認証技術、とりわけ、顔認証技術と捜査利用に関する批判は、次の三つの観点 から整理することができる。 ①「データベース問題」 第一は、顔情報データベースに登録される顔情報の収集範囲が無限定に拡大され ることや、当該情報の保存期間や保存方法等に対する懸念である。これは、顔認証 技術というより、情報の収集と保存というデータベース化そのものに対する懸念 といえよう(本稿では、この問題を「データベース問題」と称することにする)。 2016 年の政府監査院・委員会によるデータベースに登録されている顔情報が約 4 億 1200 万人分に及び、それらの中に捜査対象者以外の顔情報も含まれているという 報告や、同年のジョージタウン大学プライバシー & テクノロジーセンター研究報 告は、この「データベース問題」に関連するものであるといえる。顔情報の保存期 間や保存方法については、それらが識別可能なデータとして保存されているか、そ れとも暗号化されているのか、どのレベルの機関間で共有可能となっているのか、 集中型データベースに保存されているのか、局所化されたデバイスに保存されてい るのか、どのような権限があればデータベースにアクセス可能なのか等も問題とな ろう。

21 Jennifer Lee, We Need a Face Surveillance Moratorium, Not Weak Regulations: Concerns about SB 6280, March 31, 2020. https://www.aclu-wa.org/story/we-need-face-surveillance-moratorium-not-weak-regulations-concerns-about-sb-6280(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

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②「監視社会」化に対する懸念

第二もまた、第一と同様、監視全般に対する懸念である。かつての監視手段は、 目視による尾行や張り込み、捜査官自身による写真撮影といったアナログな方法に 限られていたが、しかし、情報通信技術の発展は、対象者を網羅的に監視し、ひ いては、将来の行動の予測を行うことも可能にした。さらに、現代の情報技術は、 ターゲット監視(Targeted surveillance)を容易に大量監視(Mass surveillance)へと 拡大させる。 このような監視の被侵害利益としては、プライバシーが挙げられよう。ジョージ タウン大学プライバシー & テクノロジーセンターの研究報告において、デトロイ ト市で導入された顔認証システムのカメラが学校、宗教施設、病院等に設置されて おり、それらの来歴記録から人々の宗教的、政治的、または社会的な見解や病歴を 推測される可能性があるという指摘は、顔認証システムの使用にあたりプライバ シー保護を要求するものである。 また、顔認証システムの使用によって人々の「宗教的、政治的、社会的な見解」 を推測可能になるとすると、人々の集会や行動の自由に対する萎縮効果を生じさせ る可能性がある。実際に、香港民主化デモの参加者の間では、顔認証システムに顔 を捕捉されないよう、顔をマスク等で覆うなどの防護策がとられていたという。 現在の中国において、一般民衆に対する監視や社会統制のために顔認証やその他 の技術が使用されている状況にあるとの指摘は、前述したワシントン州法において もなされているものであるが、同法は、過去の監視技術が、マイノリティに影響を 与えることを目的として利用されてきた歴史についても言及している。サンフラン シスコ市の条例もまた、「監視技術は我々のプライバシーを脅かす可能性があり、 監視の取り組みは、歴史的に、人種、民族、宗教、国籍、収入、性的指向、政治的 見解によって定義されるものを含め、特定のコミュニティやグループを威圧するた めに用いられてきた」との指摘を行っている。したがって、新たな技術を用いた監 視を導入するにあたっては、当該技術について、フェアネス(公平性)が担保され ているかどうかを検討する必要があると思われる。 ③手続的適正の問題 ①②で述べた通り、顔認証システムは、データ集積を通じて、実体的利益の侵害 の助長及び新たな被侵害利益の発生をもたらし得る。このようなシステムの運用に あたっては、手続的適正の確保が求められるところ、米国においては、同システム の運用方法に関する懸念も浮上している。たとえば、顔認証技術の利用にあたって は専門的なトレーニングが必要であるが̶2019 年のジョージタウン大学プライバ シー & テクノロジーセンター報告において指摘されたように̶現状においては防 犯カメラ画像が不鮮明な場合、カメラ画像に類似の顔情報を使用するという運用も

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なされているようである。ワシントン州法が担当者のトレーニング手順や不正使用 の対処法についても報告書に明記するよう要求しているのは、このような懸念を払 しょくする為であろうと思われる。 2 . 「データベース問題」の深化 (1)顔情報のプライバシー性 顔は公衆に曝されているものであり、顔そのものは秘匿性を有しない。顔は、病 気等に関係する遺伝情報を含む DNA と異なり、単独では高いプライバシー性を有 しない(なお、これらの点において、顔情報は位置情報と類似する性質を持つ)。 また、顔画像は人の身体への侵襲なくして取得することが可能であることから、 顔情報の取得時のインパクト22は、強制採尿や強制採血よりも小さいといえるだ ろう。 他方、現代では、顔画像をオープンソースのソーシャルメディアから対象者の 同意を得ずに収集することが可能となっている。Facebook のようなソーシャルメ ディアの普及は、インターネット上にアップロードされる顔画像の数を急速に拡大 させている。2011 年の段階で、Facebook のデータベースには約 1000 億枚の写真が 登録され、その後も月に60 億枚のペースで増加していると推定されている23。さら

に、Facebook の自動顔認証技術(Automated Facial Recognition Technology( AFRT )) によれば、写真に写っている人物の身元を自動的に「タグ付け」することが可能 となる。なお、「タグ付け」とは、人物が写っている写真に他のユーザーが「タ グ付け」することにより、写真からその人物の Facebook プロフィール(年齢・性 別・位置情報・連絡先・政治的見解等)へのリンクが生成される機能をいう。従 前、「タグ付け」機能はデフォルトで有効になっていたが、イリノイ州生体情報

プライバシー法(Biometric Information Privacy Act24)違反が問題となった争訟25

を受けて廃止され、現在では、顔写真を判別するのに Facebook が顔認証を行う かどうかを本人が選択できる機能がデフォルトとなっている。このような顔画像 と身元の紐づけは、Facebook に限らず、様々なアプリにおいて行われている。た とえば、ロシアの FindFace というアプリは、ソーシャルネットワークサービス 22 取得時中心主義。取得時中心主義とは「情報の取得、それに引き続く保存、あるいは利用・分析といった情報処 理の一連の過程の中で、情報取得時のインパクトを重視し、もっぱら情報取得の正当化に神経を集中させるという アプローチ」をいう(山本龍彦「警察による情報の収集・保存と憲法(警察政策フォーラム)」(警察学論集 63 巻 8 号 (2010 年)112 頁)。

23 Yana Welinder, Face Recognition Privacy in Social Networks under German Law (2012) 3 1(1) Communications Law Bulletin 5, 6.

24 Biometric Information Privacy Act.

http://www.ilga.gov/legislation/ilcs/ilcs3.asp?ActID=3004&ChapterID=57(2020 年 9 月 14 日最終閲覧) 25 In re Facebook Biometric Info. Privacy Litig., 185 F. Supp. 3d 1155 (N.D. Cal. 2016).

(11)

(Vkontakte)上で公開されているデータを利用することにより、70% の成功率で身 元を特定することが可能であるという26 このように、顔認証技術は、顔と他の個人情報とを統合(紐づける)することに より、顔情報のプライバシー性を高いものに変容させる。これは、単独では要保護 性の低い位置情報が、収集・分析を通じて、「個人の家族関係、政治的繋がり、仕 事との繋がり、宗教上の繋がり、そして性的関係の詳細を示す」行動履歴に変容す るのと類似する。 (2)第三者を通じたデータの取得 前項において指摘した通り、顔情報と位置情報は、他の情報との統合による要保 護性の変容という点において性質を同じくするが、第三者を通じたデータ取得とい う点においても、両者は共通した問題を抱えている。 GPS 位置情報の捜査利用については、政府が GPS 装置を捜査対象の車両に装着 し、車両の動向を監視するために用いることは、合衆国憲法上の「捜索」に当たり、 無令状で行うことは許されないとする連邦最高裁判決が 2012 年に下されている

(United States v. Jones 判決27)。また、基地局位置情報については、政府による基地

局記録の取得は合衆国憲法上の「捜索」にあたり、令状の取得が必要となるとする

連邦最高裁判決が2018 年に下されている(Carpenter v. United States 判決28)。これ

に対し、従前の電子通信プライバシー法は通信事業者が他の企業にデータを開示す ることを禁じておらず、通信事業者からデータを入手した企業から捜査機関への データ提供は無制限に実施されていた。たとえば、2018 年 5 月、ニューヨークタ イムズは、Securus Technologies 社(米国の刑務所において受刑者に電話サービスを 提供する会社。受刑者の通話の監視も行う。)が、データ仲介業者を通じて、位置 情報を入手し、さらに、Securus Technologies 社が入手したユーザーの位置情報は、 警察の捜査に利用されていたと報道している。本件は連邦通信委員会の調査対象

26 Shaun Walker, Face recognition app taking Russia by storm may bring end to public anonymity, Guardian, 17 May 2016. https://www.theguardian.com/technology/2016/may/17/findface-face-recognition-app-end-public-anonymity-vkontakte (2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

27 United States v. Jones, 565 U.S. 400 (2012).

邦語による文献として、土屋眞一「判批」判例時報 2150 号(2012 年)3‒8 頁、湯淺墾道「位置情報の法的性質̶ United States v. Jones 判決を手がかりに̶」情報セキュリティ総合科学 4 号(2012 年)171‒182 頁、眞島知子「判批」 比較法雑誌 47 巻 1 号(2013 年)219‒236 頁、清水真「捜査手法としての GPS 端末の装着と監視・再論」明治大学 法科大学院研究論集 13 号(2013 年)163‒181 頁、三井誠=池亀尚之「犯罪捜査における GPS 技術の利用:最近の 合衆国刑事裁判例の動向」刑事法ジャーナル 42 号(2014 年)55‒63 頁、尾崎愛美「位置情報の取得を通じた監視 行為の刑事訴訟法上の適法性̶United States v. Jones 判決と以降の裁判例を契機として̶」法学政治学論究 104 号 (2015 年)249‒281 頁等。

28 Carpenter v. United States, 201 L. Ed. 2d 507, 2018 U.S. LEXIS 3844, 138 S. Ct. 2206, 86 U.S.L.W. 4491, 27 Fla. L. Weekly Fed. S 415, 2018 WL 3073916.

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となり、2018 年 6 月、米国の大手通信事業者は通信事業者から利用者の詳細なリ

アルタイム位置情報を購入している企業との取引を停止するとの発表を行った29

しかし、その後も、米国国土安全保障省が民間企業から地理的位置情報を購入し、 移民法違反が疑われる人物の捜査に利用しているとの報道がなされている。

顔情報については、2020 年 1 月、顔認証技術開発のスタートアップである Clearvew AI 社が、人々の写真を Facebook や Vimeo、YouTube などのソーシャルメ ディアから自動収集した画像データベースと照合することで人物の特定を可能と するアプリ(Clearview AI)を600 以上の警察や保安官事務所に提供していたこと が報道を通じて明らかとなった。Clearview AI のデータベースの保有されている顔 情報の枚数は、FBI の顔情報データベースの7 倍超にあたる30 億枚にのぼるとさ れる。また、FBI の顔照合では、正面を向いた容疑者写真が必要であるのに対し、 Clearview AI では帽子や眼鏡を着用した不完全な写真でも顔照合が可能であり、イ ンディアナ州警察では、Clearview AI を用いて、目撃者がスマートフォンで撮影し た動画の画像から、20 分で発砲事件の被疑者の身元を特定することができたとい う。なお、この被疑者は、免許証も逮捕歴もなく、犯罪者データベースには登録 されていなかった。調査報道によって、① Clearview AI の精度は75% 程度であり、 その精度に関する外部の検証も行われていないこと、②上記のソーシャルメディア は利用ポリシーにおいてアップロードされたユーザーの写真画像の二次使用を認め ていないことから、それらの規約違反となる可能性があることが明らかとなり30 同月、イリノイ州では、Clearview AI 社に対し、「同意や通知の手続を経ることな く、インターネットを利用して、これまでに何か悪事をはたらいたと疑う理由を得 ないまま、約 30 億枚の写真を収集し、大勢の米国市民に関する情報を密かに集め た」として、イリノイ州生体認証情報プライバシー法等違反にあたり、損害賠償 と記録抹消、同社の事業継続を阻止する命令を求める訴訟が提起されている31。同 年 2 月、Clearview AI の顧客リストの流出により、地方警察署、移民・関税執行局 (ICE)、税関・国境警備局(CBP)、ニューヨーク州南部地区連邦検事局などの政府 機関の他、国際刑事警察機構や外国の研究機関までが同社の顧客であったことが暴 露された。

29 Drew FitzGerald & Sarah Krouse, Verizon, AT&T, Sprint to Cut Off Data Providers After Customer Locations Were

Revealed, Wall Street Journal, June 20, 2018.

https://www.wsj.com/articles/verizon-to-cut-off-data-providers-that-gave-up-customer-locations-1529423758(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

30 Kashmir Hill, The Secretive Company That Might End Privacy as We Know It, The New York Times, Jan. 18, 2020. https://www.nytimes.com/2020/01/18/technology/clearview-privacy-facial-recognition.html(2020 年 9 月 14 日最終閲覧) 31 Clearview AI BIPA Lawsuit.

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(3)「データベース問題」の解決に向けて 憲法学者の山本龍彦教授は、「データベース問題」に関し、「現代の情報技術が、 短期的・一時的保存とデータベース化との境界をきわめて曖昧なものにしている」 ことから、「短期的な保存を前提とする情報収集…を法律によって明確に根拠づけ、 統制することが積極的に求められる」とし、「逆に、法律によって3 3 3 3 3 3 、あるいは法律3 3 が創設した監視機関等3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 によって、情報が長期的に保存されないこと…が確実に担保 されるのであれば、データベース化に伴うプライバシー上の問題…の多くは解消さ れる」と指摘する32。かかる指摘にあるように、データベース問題の解決に向けた 視点を、法律および法律が創設した監視機関等の設置におくとすれば、顔情報デー タベースの監視機関にはどのような権限が認められるべきであろうか。 本章(1)・(2)において述べてきたように、民間組織が収集した大量の顔情報 が̶他の個人情報と紐づいた形で̶政府機関に無令状で取得・利用されている現状 に鑑みると、顔情報を含めた生体情報については、独立した機関において、責任の ある利用の支援、監査の実施、制裁の適用に至る一連の段階を監督する必要がある ように思われる。米国においては前述した政府監査院がその任を負う存在であると 考えられる。この点、モニーク・マンとマルクス・スミスは、米・英・独の監督機 関の比較を通じて、オーストラリアにおいては、英国をモデルとした、生体情報 に特化したコミッショナーが創設されるべきであると提案する33。このコミッショ ナーは、生体情報の収集、保存、利用、共有に関する方針の策定、捜査機関が生体 情報保持を申請する際の評価や関連法規の遵守状況のレビュー、政府への助言と支 援、生体情報データベースの監査、および新技術の実施前にレビューを行う権限を 有するものとされる。さらには、生体情報を管理する行動規範の確立、一般市民 からの問い合わせの対応や一般市民に向けての教育といった役割をも負うとされ る。わが国においては、個人情報保護委員会がこの機関に相当する存在ではあるま いか。そうだとすれば、個人情報保護委員会において、生体情報に特化したコミッ ショナーを設置することについても、一考の余地があるように思われる。 3 . 顔認証捜査の被侵害利益 「「監視社会」化に対する懸念」において述べたように、顔認証捜査については、 (1)プライバシーのみならず、(2)表現の自由、(3)フェアネス(公平性)といっ た被侵害利益についても考慮する必要がある。 32 山本龍彦「警察による情報保管・データベース化の『法律』的統制について」大沢秀介、佐久間修、荻野徹『社 会の安全と法』(立花書房、2013 年)288‒289 頁。

33 Monique Mann & Marcus Smith, Automated Facial Recognition Technology: Recent Developments and Approaches to

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(1)新しい技術とプライバシー まず、本項では、合衆国連邦最高裁判所が、このような被侵害利益と捜査の必要 性とのバランスをどのように捉えてきたかをという考察を通じて、顔認証捜査の適 法性判断基準を探ることとする。 合衆国最高裁は、捜査の適法性判断基準、すなわち、当該捜査が合衆国憲法修正 第 4 条34の「不合理な捜索」に該当するか否かを検討する基準として、プライバシー の合理的期待の基準(「第 1 に、個人がプライバシーの期待を現にもっていること (プライバシーの主観的期待)、第 2 に、そのプライバシーの期待が社会にとって合 理的なものと認められるものであること(プライバシーの客観的期待)」)を採用し

てきた35。前述した Carpenter v. United States 判決は、捜査機関が、被疑者の携帯電

話の記録を取得するため、無令状で、MetroPCS に対して152 日間にわたる基地局 記録を、Sprint に対し7 日間にわたる基地局位置情報を請求し、12,898 個(1 日平 均 101 個)の位置情報を取得したという事例である。第一審では、政府側から、被 告人の携帯電話が犯行時刻に犯行現場近くに所在していたことが示され、被告人は 懲役刑を宣告された。つづく控訴審では、携帯電話利用者は携帯電話会社に 通信 を確立する手段として 基地局情報を任意に提供していることから、生成された業 務記録に対しては修正第 4 条の保護が及ばないとの判示がなされた。連邦最高裁判 所は、プライバシーの合理的期待の基準を用いて政府による基地局記録の取得を修 正第 4 条の捜索にあたるとしたものであるが、法廷意見は、「リアルタイムの基地 局位置情報や『基地局ダンプ』(一定期間、特定の基地局に接続する全てのデバイ スの情報をダウンロードするもの)については意見を述べ」ず、「セキュリティカ メラのような従来の監視技術や監視ツールに疑問を投げかけるものでもない」と し、短期的、限定的、リアルタイムの監視に対して、同判決の射程が及ぶか否かに ついては言及を避けている。この判示に鑑みると、限定的・短期的に使用される顔 認証技術については、修正第 4 条の保護の範囲に含まれないとの結論になりそうで ある。しかし、前述した通り、基地局位置情報取得捜査と顔認証技術を利用した捜 査(顔認証捜査)は、公共空間における人の動静に対する監視という点において共 通した性質を有する。事実、デトロイト市で導入された顔認証システム下で設置さ れたカメラは、当初は、犯罪発生率の高い地域のガソリンスタンド、ファースト フード店、酒屋、深夜に営業している企業等に限定されていたが、その後、アパー 34 修正第 4 条「国民が、不合理な捜索および押収または抑留から身体、家屋、書類および所持品の安全を保障され る権利は、これを侵してはならない。いかなる令状も、宣誓または宣誓に代る確約にもとづいて、相当な理由が示 され、かつ、捜索する場所および抑留する人または押収する物品が個別に明示されていない限り、これを発給して はならない。」

35 Katz v. United States, 389 U.S. 347 (1967).

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ト、学校、宗教施設、薬局、診療所に拡大されていった36。薬局や診療所の中には、 依存症治療や生殖医療等に特化したケアを提供している施設も含まれていることか ら、これらの施設の来歴記録から人々の宗教や病歴まで推測することが可能となろ う。Carpenter v. United States 判決における、「携帯電話は、公共の道路をはじめと して、私人の住宅、病院、政党本部、その他、人の性質を暴露し得る場所に至るま で、所有者を正確にフォローする」という指摘は、顔認証捜査にもあてはまるので

はないだろうか37

さらに、公道から熱線画像機を用いて、建物内でマリファナ栽培用のハロゲンラ イトから放出される高熱を感知しようとした捜査が修正第 4 条に違反するかどうか

が問題となった事案である Kyllo v. United States 判決38(以下「Kyllo 判決」という。)

において、最高裁判所は、法執行機関が家庭の内部から情報を得るために熱画像技 術という「知覚増幅技術」を使用することは修正第 4 条のいう「捜索」にあたると 判示した。当該技術を用いて入手された情報が「住居内の情報」であったことが適 法性判断の要であったとすると、公衆に曝されているものであり、それ自体では秘 匿性を有しない「顔」情報の入手については、不合理な捜索に該当しないという結 論もあり得よう。しかし、顔認証技術は、法執行機関をして警察官による通常の監 視以上の行為を可能ならしめるという点において、「感覚を増強」する装置にあた るものと解することができる。Kyllo 判決が「知覚増幅技術」という新しい技術に 着目して上記の判示に至ったと考えると、顔認証技術を Kyllo 判決の射程に含める ことも可能となり得よう39 (2)萎縮効果 顔認証システムの使用によって人々の「宗教的、政治的、社会的な見解」を推測 可能になるとすると、人々の集会や行動の自由、すなわち、表現の自由に対する 萎縮効果を生じさせる可能性がある。前述した United States v. Jones 判決の補足意 見を単独で執筆したソトマイヨール裁判官は、「GPS による監視は、個人の家族関 係、政治的繋がり、仕事との繋がり、宗教上の繋がり、そして性的関係の詳細を示

36 前掲注(8)参照。

37 Kristine Hamann, Rachel Smith, Facial Recognition Technology: Where Will It Take Us, 34 CRIM. JUST. 9 (2019). 38 Kyllo v. United States, 533 U.S. 27 (2001).

なお、邦語による文献として、洲見光男「修正 4 条の適用判断と『明白な準則』」『三原憲三先生古稀記念論文集』 (成文堂・平成 14 年)695‒718 頁以下、洲見光男・判批・米法 2003-1 号 204 頁以下、柳川重規「科学機器・技術を

用いた捜索・差押え」(現代刑事法 5 巻 5 号(2003 年)51 頁以下、大野正博「プライヴァシーの合理的期待̶近時 の科学的捜査に関する判例を題材として̶」朝日法学論集 36 号(2009 年)55 頁以下、清水真「捜査方法としての 遮蔽空間の探知に関する考察」明治大学法科大学院論集 8 号(2010 年)31 頁以下、津村政孝「家屋内から発せら れる熱を測定する thermal imaging 装置と第 4 修正の「捜索」̶Kyllo v. United States, 533 U.S. 27 (2001) 」ジュリス ト 1434 号(2011 年)135 頁以下等。

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す…公的空間における行動の精確かつ広範な記録を作成する…政府に見られている かもしれないとわかれば、表現の自由や集会の自由に対する萎縮効果が生じること になる40」と述べる。この点、監視対象者がデモの参加者や信徒であった場合、顔 認証捜査が萎縮効果を生じさせるという主張は成り立つように思われる。また、前 述した通り、現代の情報技術によれば、ターゲット監視(Targeted surveillance)が 大量監視(Mass surveillance)へと容易に転換し得る。たとえば、2020 年 9 月に市 政府機関および民間企業の双方に対して公共の場所における顔認証技術の使用を禁 じるとの条例を制定したポートランド市では、それに先立ち、連邦保安局の小型飛 行機によって市中心部の抗議行動の様子が撮影されたとして、大きく報道された。 なお、ポートランド市のジョ・アン・ハーデスティ市議会委員は、今回の条例の制 定は、上記の現状を踏まえると「特に重要」であると指摘する41。また、顔認証技 術の利用が監視対象者以外の一般人に対してもある種の萎縮効果をもたらす可能性 も少なくない。そうだとすると、捜査機関が顔認証捜査を捜査に導入するにあたっ ては、監視の対象と監視の目的が十分に限定されていなければならないと考える (ターゲット監視と大量監視の厳格な区分)。 (3)フェアネス(公平性) MIT メディアラボによる研究報告において指摘されているように、顔認証技術 は、画像のデータセットに偏りがあるために、有色人種(特に、アフリカ系アメリ カ人)の女性に適用された場合に精度が落ちる。事実、デトロイトでは、顔認証シ ステムのアルゴリズムに誤りがあったために黒人男性が誤って逮捕されたとの報道 もなされている42。このように、顔認証システムは、性別・人種間の偏見や差別を 助長させる可能性がある(構造的差別の強化)。2020 年 6 月の IBM・Amazon によ る捜査機関への顔認証システムの提供の中止ないし停止は、上記の事実に鑑み、性 別や人種間のフェアネスを確保することを主眼としたものと思われる。 4 . おわりに̶わが国における運用ルールの策定に向けて 翻ってわが国をみると、既に顔認証システムの捜査利用は開始されているようで ある43。また、東京メトロの防犯カメラ映像をテロや事故災害時にリアルタイムで 警視庁に送信できるシステム(「非常時映像伝送システム」)も構築されているとの 40 United States v. Jones, 565 U.S. 400 (2012), Sotomayor, J., her delivered concurring opinion, at 415.

41 Commissioner Jo Ann Hardesty(2020 年 9 月 2 日 5 時 37 分 Facebook 投稿記事)

https://www.facebook.com/CommissionerHardesty/posts/635978590656963(2020 年 9 月 14 日最終閲覧) 42 日経クロステック「顔認証技術の誤判断で黒人男性を逮捕、米デトロイト」(2020 年 6 月 30 日)

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01162/00045/(2020 年 9 月 14 日最終閲覧) 43 共同通信「捜査に顔認証、全国の警察で 3 月から運用開始」(2020 年 9 月 13 日)

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報道もある44。今後、顔認証技術の法規制に向けた動きも高まるものと思われるが、 その際には、そのリスクを算定した上で、透明性とアカウンタビリティ(説明責任) を確保していくことが肝要となるものと考える。また、わが国の顔認証捜査でどの ような実体要件や手続が求められるのかについては、わが国固有のリスクを具体的 に明らかにしつつ、より詳細な検討を要することとなろう。 従前、監視型捜査における主な被侵害利益はプライバシーであると目されてきた ところ、本稿では̶監視型捜査の一類型である顔認証捜査の検討を通じて̶表現の 自由やフェアネス(公平性)といった被侵害利益についても考慮する必要があるこ とを指摘した。この点、捜査に用いられる技術自体にフェアネスが担保されている かどうかという視点は、これまでの適法性判断ではあまり着目されてこなかったよ うに思われる。しかし、近時では、反差別運動の高まりを受け、技術を開発する企 業自らが顔認証システムを犯罪捜査に提供することを停止するという状況もみられ る。このような状況下では、フェアネスという概念について、改めて法的な検討を 加えていく必要があると考える。 なお、本稿では、紙面の関係上、防犯カメラ等から取得した顔画像とデータベー スと保存された顔情報とを照合するケースに限定して検討を行った。他方、顔認証 技術の捜査利用については、警察官が装着するボディカメラとの組み合わせた場 合等、様々な応用事例が考えられる。これらについては別稿で論じることとした い45 (おざき・あいみ) 44 ScanNetSecurity「東京五輪に向け民間の防犯カメラ映像を利用する「非常時映像伝送システム」の本格導入を検 討(警視庁)」 https://s.netsecurity.ne.jp/article/2015/01/07/35510.html(2020 年 9 月 14 日最終閲覧)

45 Kelly Blount, Body Worn Cameras with Facial Recognition Technology: When It Constitutes a Search, 3 CRIM. L. PRAC.

参照

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