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後進地域に於ける開発企業 : とくにアマゾニアに於て

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後進地域に於

一と

  ける開発企業

くにア マゾ 晶 アに於て一

西

、  経済学とくに国際経済理論の分野で、数年来にわかに重大となった課題の一つに、いわゆる後進または低開発地域の開 発︵日げ①山①<巴。b日①葺隠事。犀≦霞山9口巳①7山①く巴名Φ目窪①器︶がある。その場合、後進または低開発というのは、いった い何であるか。開発というのは、そもそも何を指すか。それらへの解答は、必ずしも容易でないし、学者の見解も、正確 には一致していないのである。  そうはいうものの、やはり、重点と見られることがらを絞り出すことは、一応は不可能ではない。現に、論者の多くは、 住民一人当り所得の少いこと、人口増加率がいちじるしく高いことなどを、その特徴として数えているようであるし、ま た、多少角度をかえて、天然資源にめぐまれ、労働や資本を追加することによって、所得水準を高める可能性に着目して いる。つまり、人口一人当りの財の供給が、いわゆる先進諸国に比して、かなり低いという点に、問題の中心が置かれて いるといってよい。  この思老の方向は、多少の色合いの相違はあっても、とくに所得を観察の対象として、それと人口・労働・資本・資源      後進地域に於ける開発企業      一

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     後進地域に於ける開発企業      二 など、いわば経済的な諸要素との関係をとり上げている。そういう観察のもとで、この所得を増加せしめる道行や方策が、 とくに﹁開発﹂として意識せられるのである。そして、この見解の根底には、投資の増加は所得の増加をもたらし、さら にそれが雇用を増加せしめ、このように増加した所得と、雇用と生産との増加部分が、次に第二の増加を招き、かくして 最初の投資の増加額の乗数倍までつずく、という考え方がひそんでいると考えられる。  いま私は、ここで、そういうケインズ流の理論のいわば拡張解釈との、へだたりについて問題とするのではない。それ はそれとして、別に究明せられるべきであろう。ただ、この種の考え方には、もともと歴史的な背景を持つところの、社 会機構の変革や改造の聞題について、もしくは広い意味での文化一般の向Lエという点について、充分な理論の裏付を欠い ているということは、否みがたいのである。  そういう立場から、後進地域の問題は、むしろ社会的・政治的観察によるべきであるとする意見が現われるのは、また 当然であろう。この場合、﹁低開発﹂は、経済的なものに関しており、﹁後進﹂は、社会的・政治的に人にかかわるから、 実は、その人にこそ、問題があるともいえる。そういう点から、先進と後進との相違は、機械や技術の優劣ではなく、む しろ、それらを有効に使用し得る精神と社会機構の有無にある、と見られるのである。  もっとも現実には、経済的に低開発の地域は、同時に、弓丈的・政治的に後進的であって、両者がほぼ一致しているの であるから、内容的には、同意語と見て差支えないであろう。けれども、開発の理論としては、所得の増加を目指すとこ ろの経済計画は、もともと自生的な経済成長︵の。8。巨。σqδ畏げ︶の過程が予想せられる先進国に於て、はじめて成りたつ ことがらであって、後進地域では、その過程そのものを、いかにしてつくり出すかということが、実は、根本的な課題と なるのである。  したがって、後進地域にとっては、いわば外部経済︵①巽①雪暗①8づ。目団︶は、極端にいえば欠いているか、少くともぎ

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わめて幼稚な、不ぞろいの状態を示している。そこで、むしろ最初に解決せられるべきは、その外部経済を、 一応のもの に築くという問題そのことである、といえるであろう。  つまり、後進地域の開発にとっては、理論や方策がどのようであれ、先進国に与えられた諸条件や、先進国のためにす る立場から、これをとり上げるべきではない。むしろ、ここで退いて、その後進地域そのものの深い観察から、これを見 出すべきである。いわば既成の論議は、そのままの形では、借用せられるべきではない。そこで、その開発理論が、実 は、資本主義の支配を維持しようとする企てにほかならぬことを非難し、後進地域それ自身の資本の形成に頼って、まず、 重工業の建設から出発すべぎであるという、全く異った立場の政治的見解が成り立つのである。ところが、これに対して も、やはり同じことがいい得られる。  さて、インド統計研究所長プラサンタ・チャンドラ・マ.ハラノビス氏−︵℃同口ΩQo缶口けO ︵∪﹃βo口窪目Q 竃Oげ蝉一斗口Oげ一ω︶は、後に述べる ような社会主義的開発計画に於て、いわゆるマハラノビス勧告で知られているが、彼による次の言葉は、この際まことに 注目すべぎものであろう。すなわち、 ﹁インドのような低開発国では、私のように経済学に無知な者が、かえって役に立 つように思われる。⋮⋮西洋諸国では、とにかく需要をつくれば、失業を防ぐことができる。⋮⋮閉鎖した工場は、また 動ぎ出す。しかし、インドでは、その工場をまずつくらなければならない。⋮⋮インドでは、ケインズ学説とは無関係で あり、経済問題は、経済学というよりは、むしろ工場をつくるという物理学の問題である。﹂︵昭和三十三年十一月二十四日、 東大経済学部に於ける講演一朝日新聞、十二月十五日所載︶  そうはいうものの、いわば物理学的問題の、後進地域それ自身からの観察は、決して容易ではない。何よりも、個々の 地域について事情は異るし、観察の手がかりとなる資料も、またきわめて乏しい、もろもろの統計資料についても、これ を整えるための国家的施設が、必ずしも充分であるとは思えない。いぎおい、観察は、客観的に正確を期しがたいと考え      後進地域に於ける開発企業       三 、

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     後進地域に於ける開発企業      四 られるのである。  いま、そういう観察を、ある一つの地域について試みて、何らかのことを論じ得ても、それをすべての後進地域に及ぼ すことは、もとより許されないであろう。かかる点から、理論の一般化ということは、将来に残された課題としなければ ならない。ここで私は、ブラジルとくにアマゾニア︵︾目P①NO昌一鋤︶の開発に於て、計画の機構や、それに対する企業の参加 の事惰を、限られた資料のもとで、とり上げて見たいと思うのである。 二  さて後進地域という場合、われわれは、通常、アジア・アフリカ。中南米にわたるきわめて数多い諸国を思い浮べる。 世界入口の三分の二は、まさしくこの地域に含まれるのである。しかし、それらの諸国のうちでも、あるものは土地.資 源に対する人口の密度が大きく、いわゆる偽装失業︵9。・σq三ωΦ匹彗①死地畠ヨΦ昌け︶が、開発の手がかりと考えられる︵たとえ ば菊■Z霞訂p勺8三①目。臨。帥讐邑︷oh目節江。昌ぼ口鼠①Hと①<巴。づ①伍8口三﹃δ。・讐一8ω︶に対して、他の諸国ではそれがない。ここ にとり上げるブラジルは、ひろく中南米諸国とともに、後者に属すると、一般に考えられている。  ところが、後者の一群のうちにあっても、その発展の程度は、国によってまちまちであり、さらに進んで、一国につい て見ても、ある地方と他の地方とは、いちじるしく異っているのが常である。試みにブラジルに於て、北部のアマゾ昌ア と南部道州との間には、甚だしい隔りが見られる。つまり、後進国たるブラジルの内部に、さらに極端に後進的な地域を 含んでいるのである。  一国内部に於けるこのような開発度の相違は、かなり先進的な国にあっても、全くないわけではない。たと・κばイタリ ーでは、南部地方の北部に対するいちじるしい後進性が、しばしば問題とせられ、それの開発は、この国の経済にとって

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重大な問題であるが、そういう場合に、開発の理論や方策は、後進国から先進諸国への結びつぎのほかに、この国の他の 先進地方への関連という、二重の問題を持っているわけである。 ことがらは、 必ずしも単純ではあり得ない︵。hΩ。値σq﹃ き儀多く一噛国8旨。巨一〇αqδ毒峠プ冒H欝ぐ⋮三碧巴団。。δo臨チ①ロ器く8匹①<Φ一8ヨ①葺。︷昌霞三碧匹。。09互↓げ①Uoロ旨巴。協Φ8口。日δ 匿。・8曙闇く。い一ひ闇乞。・ω℃.ら。ω心1し。お︶。  ところで、そのアマゾ昌アであるが、それは、ブラジル全土のこ分の一を占めるにかかわらず、人口はわずかに一八○ 万余で、全国人口の五%にも満たない。試みに一九五〇年の数字について見ると、一般人口密度は第一表の通りであるが、 さらにいわゆる農業密度、 すなわち開拓された土地と農業人口との墨壷を見ると、第ご表の如である︵いつれも即φ号 ︾<嵩β。一めoo⇔oヨざ一日嚇9ωoh一B日お罠江81臣①]W舜N一=碧一日菖剛σq冨島。コ嘆。竃Φ日”鵠節αqqρお望”厚生省、人口問題研究所訳、アヴ ィーラ稿、入移民の経済的衝撃ーブラジル移民の問題1による︶。ここに示された北部全域と中西部の大部分とが、アマゾニアに (第一表) 人口密度 (平方粁当) O. 53 0. 94 13. 05 15. 21 2t. 24

 面 積

 (平方粁) 地 3, 540, 032 1,885,035   969, 704 1,260,169   809,258

部部周部部

 西東

北中北東西

6. 22 8,464,198 フフシノレ

全 域

(第二表)

農業密度

(平方一当) 域 地

912612101

部部深部部広

西東

北中北東南西

8.8 ブラジノレ 全域 後進地域に於ける開発企業 当るものと考えられる。  これらの資料から見て、もとより粗雑な考 察ではあるが、開発の基礎をいわゆる工業化 ︵冒臨=q降可冨=鑓臥。昌︶に置くことは、かなり程 遠いといい得る。およそ開発は、工業化を意 味すると考えられがちであるが、アマゾユア に関しては、この事情は、かなり異っている のを知り得るのである。  さて、工業化についての最大の障害は、つ          五

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(第≡三表) 後進地域に於ける開発企業 一人当り所得  (ドル)

国民所得

(器億,勢1陛が 人 口 実  数  比 率 (100万人) (%)

㎜謝謝鋤mm5。

43. 6 27. 3

Ls

ll.0 3. 5 2.6 10. 5 237. 0 148. 5   7. 0 59. 5 18.0 14. 0 58. 0 9. 0 16. 6 0. 5 8. 1 4. 5 8.3 53. 0 1,253

鵬蹴上隅㎜凹

カバ州 リ  ツ メロ洋 ア ︻

北ヨ大

連 ソ カカア リリ メ  。シ アフ 南アア U. N., National income and its distribution in under−developed countries, 1951:東京銀行月報7−8,        六 ねに、資本と国家財政との問題である。ブラジル全般について見ても、工業 人口を増加せしめるに当って、先進諸国に近い技術能力を労働者に与えるた めには、おそらく莫大な出費を要するであろう。しかるに、この国の祉会機 構は、これを強く妨げているのである。  何よりもまず、住民の貯蓄は、これを賄うに余りにも小さい。所得はきわ めて低く、しかも不平等である。この不平等は、地域的に見ても明かで、全 国平均一六七ドル、最高はサンパウロ︵ω隙O℃餌¢一〇︶地方の四五〇ドルから、 最低はアマゾ昌アの七五ドルにまで及んでいる︵アヴィーラ、前掲書。この計算で は、 一クルゼイロ︵o巨ωΦ群。︶110・〇五ドルと換算されているが、現在の、為替相場 は、その三分置一になっていると考えられる︶。このことは、上表の大陸別による 一人当り所得比較︵一九四九年︶を見ても、その実情が窺われる。  いきおい、アマゾニア開発に農業の占める役割は、大きくなるであろ う。 一般にこの国では、農耕はもともと原始的で、定着性を欠いた焼畑農業 ︵OO <⇔﹃騨︶が、未だ支醗的であるが、このことは、アマゾニアでは、さらに顕 著である。そういう農業を進めて、都市近郊で、多少とも機械化することは、 多くの困難を伴うけれども、まず大切なことがらである。 三 ’

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’  アマゾ轟ア開発のための﹁アマゾ晶ア経済開発法﹂︵一九五三年︶や、 それに規定せられる﹁アマゾニナ開発計画庁﹂ ︵SPVEA︶については、既に述べた︵本誌、第三十二号、拙稿、アマゾニァ開発の問題︶。 ここでは、必要ある限りに於て、 これに触れるにとどめる。  さて開発計画庁は、必ずしも、それみずからこの計画の実施主体ではない。むしろ、この計画に関連するもろもろの事 業を調整するため、公共団体をはじめ、私企業との間に契約をむすび、これに対する連邦の援助を組織化・合理化せしめ る。そして、地方で、この計画に含まれる事業を行うところの官民合同会社︵Φヨ胃。。。舘鉱①$懐炉巳×叶。︶または公共機関 との提携に於て、個人資本の自発的参加が奨励せられているのである。  その意味で、この計画庁は、純粋に企業としての国の機関でもなく、公社もしくは公益企業体とも考えがたい。それは 一方では、ぎわめて広範囲の経済計画をたて、他方では、それの具体的実施について、その担当主体を指導・援助すると いう目的を持った、特別の行政機関︵℃。山臼・x①。呂く。︶と見るべきである。  この開発の計画や予算については、既に述べたように、かつてのサルテ計画︵勺一鋤昌O ωO一けΦ︶がとり入れられている。こ のサルテ計画は、ブラジル全土にわたり、既存の諸計画とならんで、これを調整する目的を持ち、とくに保健・電源・鉄 道・治水・農業の諸問題に力を注いだ。その資金は、最初は国内で調達することとせられたが、進捗しなかったため、米 国からの借款に変更された。いわゆるラフエール︵い緯書︶資金計画である。そして、この借款の運営と管理とのため、 一 九五ご年国家経済開発銀行︵じd恥⇔OO り4帥O一〇昌鋤一 山O H︶①ω①コ<OH︿一目①︼P叶O 国OO置O巳P一〇〇︶の設立を見ることとなった。  サルテ計画は、その後一九五四年末には、借款に関する米・伯両国の不一致により、未完のままに終ったが、国家経済 開発銀行は、その後も、国の資金を背景として、同様の業務を継続するに至った。かくして、全土にわたる綜合計画は、 一応消減したが、やがて、アマゾニアに関して、右の開発計画が受けつがれたのである。      後進地域に於ける開発企業       七

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     後進地域に於ける開発企業       八  サルテ計画が、このように基礎的・綜合的であったに対して、アマゾニアの計画は、個別的・地方的であるといえるで あろう。もともとアマゾニアは、ぎわめて広大な地域であり、ひとしく後進的とはいうものの、その内容は、経済的にも 社会的にも、決して一様ではない。いきおい開発の対象は、とくに外部経済的な基礎施設を含むのである。それが、ブラ ジル全土にわたる経済開発と密接に結びつぎながらも、それ自体、特殊な、大規模の綜合計画としてとり上げられなけれ ばならない。この計画が、とくに憲法に規定せられ、特別の開発庁が、そのために設置せられるのも、このことに由来し ている。 四  アマゾニア綜合開発計画に於て、計画・管理の公的機関たるSPVEAと、その具体的計画担当者としての諸企業と の関係は、右のように、既に法的に明らかにせられている。その制度は、いまのところ、類の乏しい特殊のものと見られ よう。もっとも、開発を特定地域に限定せず、とくに工業化の立場から、その計画機構に特別の企業を設立する考え方は、 これを見ないわけではない。われわれは、この例を、パキスタンとインドについて窺うことができる︵。瞥○臼℃鎚ざω貫 ぎ乱q。・#一巴号くΦ一ε日①三8弓。雷畝。常﹃ぎ象◎β。口自署聾一のBP日げ①①080ヨ一〇噺。昌昌巴一ピ。口鎚。戸乞9悼ひ9竈●心O︷︷.︶。  まずパキスタンについては、鉄鋼・造船などを含む重化学工業をはじめとして、紡績・セメント・製紙・製糖などの諸 工業のために、一九五二年パキスタン開発会社けPIDC︵↓げ①℃帥匹。。ゆ碧蓮華。。霞一蝉一U①<色8日9けO。69鉾一8︶ が設立せ られた。すなわち、中央立法部条令︵日冨⇔。け。︷8巨冨=①αq芭簿霞・。︷臣ざ器β︶にもとずき、 大部分の政府出資を含め て、授権資本は一〇・000・○00ルーピー︵英貨七五〇、○○○ポンド︶の株式組織とせられ、その役員は、すべて政府 がこれを任命することと定められている。

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 このpIDCは、一九四五−五一年の英国社会党政府の時代にさかんになった公社︵麗窪。8ぞ霞註8︶に、いくつか の点で似ているが、他面、これと異るものを持っている。すなわち、公社は、一定の事業に対して法的独占者となり、完 全にこれを統制するが、PIDCにはこのことがない。つまり、PIDCは、政府がとくに必要・不可欠とする事業をま ず営むことが、これに期待されるにすぎない。  もっとも、国の政策の立前としては、工業化による開発を︾すべてこのPIDCに頼っているわけではない。しかし、 多くの点で、とくに東パキスタンに於ては、開設の困難な諸事業に対して、PIDCを政府自体の代理者として、その計 画を.樹立し、さらにその経営の担当を、これに求めているのである。  そういう点から、PIDCの保証による全投資額は六五四、ご○○、○○○ルーピー︵四九、OOOポンド︶ に達し、そ の過半はPIDC自体の出資にかかっている。その残額のさらに過半は、民間の出資であるが、一部は世界銀行からの借 款とせられる。  ところで、PIDCの目的とするところは、国有産業の拡大、にあるのではない。たとい、それが政府出資にかかるもの であっても、それは単に、いわば経済社会化の理念︵。・。9。あ88巨。δσq5から、便宜の手段に出たのであって、PID Cの手により、政府の積極的援助のもとに創設された個々の事業が、将来究局的には、大規模に私企業化されても、決し て驚くには足らない。そういう過程が、明治維新以後の日本の産業組織に.見られるとすれば、まさしくそういう道程に於 て、このPIDCを考えることができるのである︵]℃同㊤犀螢ωげ一一ぴH餌’噂.心ω︶。  インドに於ける開発会祉は、これよりやや遅れて、一九五四年設立せられた。やはり同様の趣旨のものである。すなわ ち、一九五一年に始まる第一次五力年計画の進行の途次、この計画に於て、ひこり国立企業のみならず、これと私企業と の緊密な連繋の必要が痛感せられ、いわゆるシュロッフ委員会︵ω]PHO︷h ︵UO附P︻P一博け㊦①︶の勧告にもとずぎ、いくつかの特殊      後進地域に於ける開発企業       九

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      後進地域に於ける開発企業       一〇 ,の開発会社の設立が、相ついで企てられた。すなわち国立工業開発会社−NIDC︵↓冨2註。冨=昌含の梓ユ鋤一UΦ<98ヨ①三 〇。6自豊8犀e・工業金融投資会社︵↓匿H巳岳臨巴ρ巴旨旨嵩餌ぎく①ω菖①彗Oo60吋9。畝。⇔い巳’︶・国立小工業会社︵日冨 2讐。葛一Q。ヨ節=H巳島叶臨①。・o。壱。・節ま昌三二●︶・国立貿易会社︵↓冨ω叶簿Φ日茜象轟O。壱。鑓江。ロ。胎同旨注目&●︶などこれであ  るが、ここにとくに問題とするのは、その最初のNIDCについてである。   このシュロッフ委員会は、インド産業界の大立物A・Dシュロッフ氏を委員長として、インド連邦準備銀行が任命した、 私企業に対する金融のための委員会である。”この委員会がとくに強調したところは、いわゆる経済社会化は、いたずらに 私企業を萎縮せしめるから、政府当局のなすべきことは、それぞれの技術専門家を擁して、これら私企業を援助すること  にある、という点であった︵]℃H鋤パ螢。ロげ︸一び一山。℃.心置︶。右のNIDCは、まさにその考え方にもとずいている。   ところでこのNIDCであるが、さきのPIDCとやや異って、政府の出資によるが、それは、インド会社法による会 社︵娼民戸く09けO OO昌P喝⇔口回︶たるにすぎないのである。この場合でも、その役員は政府によって任命される。   さてNIDCは、PIDCと同じ資本規模を持ち、これとともに、ぎわめて広い範囲の産業部門について、私企業の振 興を問題としている︵9℃冨塞げσqO。旨巳ωωご隠る㊦8巳隣く①属望覧g。pωニ長目9。螢一〇要言・感。。1一po︶。ただPIDCの場合 は、この国の後進性がいちじるしいだけに、生産財工業への努力が、とくに大きい意味を持っているといえる。   そういう立場から、NIDCは、およそ次のような主要任務を持つ。すなわち   一、新企業の設立、または既存事業の再編成に関する調査・研究   二、右の私企業に対する協力・指導  三、みずからの計算による新企業の設立 などである。ただここで注意すべきことがらは、最後の点に求められよう。つまり、NIDCみずから、企業体として経 「

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営をなすことが、はたして本体であるかの問、題であって、それが社会化の理念とどう睡るか、ということである。この場 合NIDCは、現実の経営体をほとんど持たない、いわば企画体︵碧ヨゐ訂マげ。ξ︶であるべきではないか、いう問題が残 される。その点でPIDCと異るともいえるのである︵男望ざ。・グ筐匹らや亀一心。。︶。 五  右のよう,に、PIDCとNIDCとを見て来たわれわれは、ここで、両者の異同を少しく考察しよう。既に明らかであ るが、NIDCの本来の仕事は、工業開発のための機械・設備生産の振興・創設とともに、同時に、私企業による工業の 新計画樹立や現存経営の存続に対して、資本ならびに技術上の助力を与えることにある。つまり生産財工業が優先され、 そのための基本的調査・研究がとり上げられる。  しかもここに注意すべぎは、これは、ひとり大規模工業に対して行われるのみならず、中規模正業や補助工業に対して も、同様に、その成長を期待している。そして、それらの開発によって、計画経済の内部で、公・私二つの部門の懸隔を なくし、かくして、両者の調和が企てられるのである︵勺冨冨ωダ一ぼq.ワ合一駆ひ︶。  そういう点から見て、NIDCがとくにとり上げる主要産業は、PIDCに於けるそれらと、ぎわめて近似し、あるも のは一致している。とくに、薬品・製糖・パルプ・肥料・造船・造機・金属転鉄鋼などの重化学工業のほか、綿・麻・人 絹などの繊維工業に、これを見ることができる。  このように、開発の対象となる産業が、きわめて多くの部門にわたるものの、その開発計画は、もつぼら工業化に基礎 を置き、これに対する国の指導が、重大にとり扱われている。その点に於て、NIDCもPIDCも、ほとんど規を一に するのである。ただその指導意識の奥には、パキスタンでは、いわば便宜的色彩が濃いに対して、インドでは、社会化さ      後進地域に於ける開発企業       一︷

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     後進地域に於ける開発企業      一こ れた工業組織がもともと優るという、強い社会主義的理念が、これに働ぎかけているのである。そういう点で、開発会社 の性格が、多少異ると考えられる。  ところで、再びアマゾニアに立ちかえると、既に明らかなように、開発の事業は、国みずからの仕事としてではなく、 そのための特別の機関、すなわちSPVEAが設立せられる。その場合に、具体的計画について、この公的機関が、私企

業と結びつくという立前をとっているのである。その点で、SPVEAは、PIDCやNIDCと似た性格を持つ、とい

えるであろうう。  もっとも、SPVEAにあっては、開発が、ひとり工業化にとどまらず、むしろ、ひろくその基礎となるべき、もろも ろの事業や施設を含んでいる点で、おのずからその規模を異にする。そして開発の中心となるこの公的機関が、社会主義 的社会の建設を理念とするものでもなく、また、将来の私企業化のための、単なる便宜の過程でもないという点で、同じ 成り立ちであるとはいいがたい。

 いま企業という点から見れば、PIDCもNIDCも、ともに会社の組織を持っている。しかるに、SPVEAは、明

らかに行政機関たる地位を占めるのである。その意味では、これを、それ自体開発企業と見ることは不可能であろう。し ﹂かし、ここで問題となるのは、それの法的組織にあるのではなく、まさしく、その経済的な仕事の内容にほかならない。 すなわちSPVEAが、・開発計画に含まれる公・私の法人に対して、連邦による援助を、合理.組織化する基礎を確立す る︵前掲、開発法、第十八条︶、ということそのことにあるといえる。  のみならず、その資金について見ると、いわゆる開発基金︵閏§儀。鎚Φ<巴9墨壷。︶の予算は、国会の承認を要するとは いえ、もともと独立採算の立場をとっている︵第九条︶。さらに、正規の租税牧入のほかに、必要あるときには、連邦及び 関係州政府からの借入金が、これに加えられるのである︵第八条︶。このことは、組織の点で行政官庁であるとしても、事

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業の実質に於て、 SPVEAがきわめて特殊の性格を持つことを物語っている。     六  さて右のアマゾニア開発計画は、 一応の目標を五年と定めているが︵第十三条︶、今日のところ、事実どれだけの成果を 挙げて来たかは、明らかでない。あえて失敗とはいえないにしても、全体として見れば、きわめて低調のようである。そ れは、アマゾニア特有の事情によることもとよりであるが、また、いずれの後進地域にも共通な悩みを示している。  いまここで、インフレーションの進行が、開発予算の不足をいちじるしくしていることを、見のがすことはできない。 このことは、ひとりブラジルに限られないが、この国に於ける新首都ブラジリア︵一WNmQD陣一一帥︶の建設計画が、これに拍車を かけていることは、また明らかである。  このブラジリアは、現首都リオ・デ・ジャネイロからおよそ九〇〇粁の奥地、無人の荒野に、人口約六十万を目標とし た巨大な都市建設計画であって、それが、奥地の資源や運輸の開発を目指すところの企てである点で、きわめて注目すべ きものを持っている。その完成は、﹂九六〇年と期待されるが、それは、やがて今後の工業化を促進するであろう。それ だけに、この彪大な建設事業が、そうでなくとも避けがたいインフレーションを、いよいよ助長することを、われわれは 否定し得ないのである。  第二の点は、これと関連するが、開発資材の輸入について、為替制限に関する特販の便宜が規定されているにかかわら ず︵第二十八条︶、実際にはこれを望むこと困難である、ということにかかわっている。のみならず、外国企業との合弁に 於て、利潤の本国への送金が不安定なことも、また重大な障害として、これに作用しているのである。  周知のように、この国では、かなりにきびしい複数為替の制度がとられるが、この送金については、次のような規定が      後進地域に於ける開発企業       =二

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     後進地域に於ける開発企業      一四 ある。すなわち、ブラジル銀行外国貿易局︵CACEX︶設置等に関する法律︵一九五三年︶に着て、外国借款の利潤及び金 の本国送金に際しての為替相場の適用に関して N 二、 三、 とせられたのである︵第三十五条・第三十六条︶。しかし、 ると見なければならない。      −  ところで、アマゾニア開発計画に簸て、私企業が参加すること、開発の基礎が農業に存すること、の二つをながめよ う。その際、南ブラジルに於ける次の事例は、多少の意味を持つと思われのである。  ブラジル南部の長州は、この国で早くから開かれた地域であるが、その奥地の農業の創設について、外国資本の土地会 社を見おとすことがでぎない。彼らは、まず政府から広大な土地の払下げを受け、農園のほか、定住生活に必要な病院・ 水道・発電・交通施設・商店・工場などを含む綜合的な計画と配分とを行い、それらの一つ一つの区画を売出すことによ って、とくに外国移住者を受入れた。農業を中心とする小都市の成立は、このようにして見られたのである︵塚本哲人、 ブラジルに於ける小都市の発達、都市問題、四八巻二号︶。  いま、開発に於けるこのような私企業を、直ちにアマゾニアに求めようとすることは、不適当でもあり、また不可能に 気候条件の不利な地域または未開発地域の開発に当てられ、政府が承認した計画のための外国借款で、通貨信用委 員会︵SUMOC︶に登録されたものについては、公定相場により利息年一〇%まで ブラジル経済にとって明らかに有益と思われる借款で、SUMOCに登録されたものについては、公定相場により 八%まで 大統領が、とくにブラジル経済に対して、顕著な利益をもたらすと決定した産業のための借款については、自由相 場により、年利一〇%まで       これがアマゾ昌アに関して充分に行われるのは、むしろ今後にあ

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近い。けだし、それの社会的・経済的背景が、全く異っているからである。すなわち、アマゾ昌アの場合では、農業の開 発はh広大な地域にわたる多部門の綜合計画として、とくに法的根拠を持っているに対して、この南部の場合では、その ような事情は存在しなかワた。のみならず、さらに重大なことは、最初に述べたように、両者はさまざまの点で、後進性 の程度と内容とを異にしているのである。  外部経済というべきものをほとんど欠いているアマゾニアに於ては、農民の導入といっても、とくに公的な諸施設を必 要とする。その事業が、直接には、私企業の手で行われても、その基礎的な施設は、公的事業としてなされることが望ま しい。けだし、採算からいっても、資本的規模からいっても、そうである。そういう役割からのみ、私企業の参加が意味 を持つこととなる。  このような点で、ア.マゾ昌アへの日本移民の導入のための、アマゾ濫ア経済開発株式会社︵U①ωΦ昌く。ぞ曜日Φ艮。国8ぎ邑。。 紆︾旨欝8鋤oD・鋭︶の設立は、その設立の趣旨に於ては、たしかに注目に値した。すなわち、これは、移民の導入・割当 ・移住農地の管理を目的とし、併せて一般の商事を営むものである。  さて、さぎの南部の土地会社は、みずからの危険と計算とに立つ、本来の意味での企業であるに対して、このアマゾニ ア開発会社は、SPVEAに対して、いわば公的な代理業またはコミッション・マーチャントの性格を持っている。もと もと、この地方の商事会社として発足したこの企業の、本来の業務との兼営が可能なゆえんである。もっとも、同社の手 による移民の導入は、その後停頓して、同社は、もとの商事会祉たるにとどまった。この間の経緯は必ずしも明らかでな いが、問題点は、この一例にも窺われるのである。  もっとも、開発計画に対する私企業の参加は、これによって消滅したわけではない。むしろ、今後さまざまの部門で、 それが期待される。それは、アマゾ昌ア自体が持つところの、特殊の後進性によるものと見なければならない。      後進地域に於ける開発企業       一五

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後進地域に於ける開発企業 =ハ 七  アマゾニア開発の基礎が農業にあるというものの、今日の段階では、その農業はぎわめて原始的であり、一部の都市周 辺を除いては、むしろ、農業以前の採集生産の段階にとどまっている。そして何よりも特徴的なことは、その生産地点が、 広大な原始林地帯にわたり、大ぎな巨離を隔てて散在しているという事実である。  したがって、その採集生産が流通に結びつくについて、特殊の商業資本の支配が成立する。それがアヴィアード︵ζ9<一9。匹。︶ の制度であることは、かつて論じたところである︵拙稿、アマゾンについて、本誌、第二十四号︶。 ところで、このアヴィアー       ジユじト ドま、ひとり採集生産のみならず、一歩進んだ農耕たとえば黄麻︵甘仲鋤︶の生産に於ても、多かれ少かれ存在する。  もともとジュト生産は、土着の産業ではなく、この三十年来、日系移民によって創設された特産である。しかるに、そ       ピメンタ れが退いて、商業資本の古い形の支配を受けざるを得なかったということは、同様に日系移民による他の農産たる黒胡椒 ︵娼冒Φ口B匹。邑昌。︶が、産業組合の制度によって発展したのと、全く対称的な現象というべきである。  このことは、おそらく、生産が地理的に制約せられ、、都市市場から隔絶されたためであろう。いま.その地帯に、アマ ゾニアとしては最初の、このジュート生産の工業化、すなわち製麻事業の創設を見ようとしている今日でも、このアヴィ アードの制度が、直ちに消滅するとは思えない。この工業化は、もとより工業化と称するにはあまりに低度のものである が、それだけに一層、それの育成のためにも、むしろ、アヴィアードの制度の適当な利用が、不可能ではないと考えられ るのである。  さぎに述べたアマゾニア開発会社は、もともとジュートの仲買商から成長したものであり、アヴィアードの本質を全く 具えていなかったとはいえない。したがって、開発企業としては、ようやく小規模に発足したにとどまる。それが、どこ

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まで開発企業たる実を具えるかは、この企業自体の今後の組織化いかんにかかる。  今のところでは、この企業の性格は後退して、単に、地方的な商事会社にとどまっている。そうであるとすれば、この 際、アヴィアードを一歩進めて、やや近代的な金融検関たらしめるということは、はたじて無二であり.不可能であろう か。つまり、原始的農業を多少とも高めて、粗放ながらもこれを開発し、併せて小規模の地方工業を育成するということ を改めてとり上げるべきであろう。  ここで、ひるがえって考えて見たい。一入当り所得が、アマゾニアではいちじるしく低いことは、既に述べた。このこ とは、ある意味で、入口が相対的に過剰であることを示す、といい得るであろう。つまり、奇妙なことには、人口密度が きわめて低いこの地域に、むしろ潜在失業をかかえているのである。       ・  さて潜在失業を、開発の手がかりとし、 そのための資本形成の源泉とするヌルクセ的な考え方︵ワ飼口目犀ω①一一び一山・︶を、こ の論われわれは、注目しなければならない。すなわち、消費は一人前であるが、生産能力がこれに伴わぬ余剰労働を、新 しい生産部門に移し、その新しい部門では、いわば先進国がブルドーザーを用うるに対して、この場合にはモッコとシャ ベルでこれを行う、という道をとる。重要なのは、直接の消費財生産ではなく、将来の消費財生産のために一層有利で生 産的な、いわゆる迂回生産という点であるが、その手段として、資材よりもむしろ労働に重点を置いて老える、という立 場である。その意味では、人口密度の大きい後進地域と、そうでない地域とは異ると説かれる。  しかし、もともと潜在失業というのは、資本もしくは生産力との関係に於て考えられることであって、人口密度そのも のに関したことではない。﹄まして、人口の絶対数の問題ではない。人口.稀薄の地域でも、この関係に於ては人口過剰はあ り得るし、潜在失業の事実を認めることができる。そして、アマゾニアについては、まさしくこのことが指摘されるので ある。その意味では、数に於て多くはないにしても、過剰の人口が稼働化され得ると考えられるが、そのことが、さきの      後進地域に於ける開発企業       一七

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     後進地域に於ける開発企業      一八 ピメンタ生産に見出されるのである。  さてピメンタ生産では、毎年定期間だけ、近郊からの労働者が、かなりまとまって雇入れられるし、またある種の不定 期の作業には、農園周辺に定住しでいる労働が用いられる。彼らは、もともと採集生産や原始農法の従事者である。この ピメンタ生産は、もとより労働集約的であり、機械化されてはいないが、それによる多少の現金牧入は、彼らの生活をう るおすこと顕著である。アヴィアード制にしばられている奥地の住民と比べると、その隔りはいちじるしい。  もっとも、この場合の労働は季節的・出稼的であって、決して組織的ではない。しかし、都市周辺の疏菜・果実などの 生産について見ると 労働はかなり定着的となっている。今後この種の農業の発達に伴って、それは組織性を持つであろ うし、さらに牧畜・農業の食品加工をはじめ、小規模工業が行われるようになると、その傾向は一層強いであろう。 八  いま、過剰入口の右のような労働化は、他方で、多少とも資本の調達を必要とする。そこで問題となるのは、そのため の金融機関の開設である。  これについて、アマゾニア開発法には、銀行融資及び操作の制度︵。。一。・冨旨魯叫。ω話ω℃①。二く。ω。℃震君9ω︶の発展計画を定め る︵第七条︶とのみあって、具体的に明らかにするところがない。ただ、連邦政府による地方銀行として、アマゾニア銀 行︵切勉口OO 山9自 ㌧r日餌NO︼ロ一凶︶の開設だけが注目される。それは、商・工業に対する融資機関としてである。  このような事情のともでは、民間資本による金融機関が、アヴィアード制度に代って融資の途を開き、さらに新しい粗 放農業や小規模工業に資金の供給をなすべき、体制を必要とするにちがいない。単に既存の国立ブラジル銀行︵bdき8山。 bd迹ヤ︶や、大都市銀行の支店のほか、関係各州立銀行や、さきに触れた経済開発銀行など、開発の諸計画に側面から参

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平するというにとどまらず、この地域のために設けられる特別の金融機関が、いわば土着の民族資本を基礎として、創設 されることが望ましい。  しかし、土着の民族資本は、現実にはきわめて乏しい。後進地域開発のための根本的な問題は、このことにほかならな い。すなわち、それに於ける資本不足はいちじるしく、もともと乏しい国民所得のうちから、資本形成に向けられる割合 きはわめて低い。後進ということは、同時に貧困を意味しているのである︵。hO■ζ﹁竃①冨が↓﹃Φ℃。<。二団。暁轟けざ昌。・”芝Φ〒 鼠霧。薮邑畠①。・≧。﹃凶メしuF刈。。二8メ準一︾ωω■ご←c。︶。  そういう状態では、貯蓄は不足し、また投資されるうちでも、浪費的な消費財投資や、投機的投資に向けられるものが 多いであろう。貯蓄からの投資は、むしろ資本逃避に向けられ、利潤の中から生産への再投資は、絶対額から見ても甚だ 小さいのである︵ζ①一Φ﹃︸一げ黒山. ωω。 cQOlco一︶。このことは、アマゾニアに於て例外であり得るはずはなく、その小さな生産 力から見て、おそらくさらに顕著であろう。  その場合に、しばしば先進諸国からの借款の受入れや、その後進国自体の政府による積極的財政投資が説かれる。前者 は、特定の一国からの投資はもとより、世界銀行や、その他の国際機関からの融資であるが、その実現は、政治的な支配 を離れては、決して容易ではない。また後者については、それがインフレrションを誘発することによって、かえって開 発計画を妨げる危険をはらんでいる。  もっとも、開発のために発生するインフレーションについては、これを是認する考え方もあり得るし、われわれとして は、これに注意を怠ってはならぬであろう。しかしながら、その場合とくに注意すべきは、インフレーションを持続的 経済拡張の基礎として、役立たせることはできない、ということである。すなわち、インフレーシ。ンの投資政策が成 功するのは、・貯蓄の意志と可能性を持った富裕階級が存在し、所得分配が、それに好都合に行われるという場合である      後進地域に於ける開発企業       一九

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     後進地域に於ける開発企業       二〇 ︵閏.H≦⇔oゲ冨や・日ず。訣口帥昌。Φo︷餌①<巴。も旨Φ巨ぎ娼oo目oo自二二Φω旧︷o旨旨σq昌。帥b潔鉱感冒島鎚。日①ω怠。ぽ生£。臨。昌鱒マハループ、貧窮諸国 の開発融資、季刊理論経済学、六巻三・四号、一一一頁・一二三頁︶。  いま、たとい理論的にそれが可能であるとしても、現実には、これを妨げる要素はきわめて多く、また複.干している。 けだし、何よりも、外部経済的基礎を欠いているからである。ここの事情は、先進国的な感覚では、これを捉えがたいと いえる。そういう点から見て、むしろ具体的に、開発の最も手近かな道を、幼稚な産業から切り開いて行くことが、望ま しいであろう。つまりその資本形成は、みずからの中から、たとい多くの困難をおかしても、これをなさねばならなくな る。それを、いまアマゾニアについて老えて見たのである。 九  周知のように、後進地域の経済が、もともと単一生産︵旨PO昌OlO自一ゴ﹂H①︶に依存し、しかも外国経済の直接の影響を受ける ということは、しばしば、いわゆるデモンストレーション効果︵匹①目PO口Q自一﹃国け一〇⇒ ①︷h①Oけ︶をひき起す。 そして、それが、右 に述べた資本の形成を妨げるであろう。このことは、所得の絶対水準の低さによる、資本形成上の障害よりは、むしろ本 質的には重大である。  先進諸国の高度の生活水準は、後進地域に於ても一般に知られており、開発計画の進行とともに、 一部の所得が上昇す ると、これら先進諸国を模倣する消費増加が、急激に現われるであろう。それがデモンストレーション効果にほかならな い。けだし、それは直ちに貯蓄に影響し、開発の継続のための資本形成を妨げるからである。  のみならず、後進地域の貿易依存度は一般に高く、その所得は、牧支尻のいかんによって、左右されるであろう。しか もその貿易では、右のモノ・カルチュア的第一次生産物の占める割合がきわめて大きいから、その成果は、相手国の景気

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や需要によって、変動せざるを得ない。所得は.いぎおい不安定を免れないのである。  さらに、この輸出による所得について注意すべきは、それが大貿易業者や大規模農園の経営者などの、少数のものに限 られるということである。貿易が外国資本による場合には、それもこれに数えられる。ところで、これらの所得は、貿易 業者の場合には、在庫品の拡大や、里言品の輸入に向けられやすく、農園経営者の場合には、土地・建物の不動産投資や 貴金属の死蔵などの形をとる傾向が強い。いずれの場合でも、開発計画のための資本形成は、それだけ障害を受けること になる。  このような資本形成上の困難は、他方に於ける金融機関の不備によって、 一層促進されるであろう。﹁貨幣経済が充分に 行ぎわたらないこと、インフレーションの進行による、通貨そのものに対する信認の低いことなどは、資本市場の発達を いよいよ遅らせる。多くの銀行は、不動産金融や短期の貿易金融を行うにとどまり、開発・建設投資については、消極的 と、ならざるを得ないのである。ブラジルも、またその例外ではない。  さてアマゾ晶アの産業が、日系移民に依存することについては既に触れた。これに先だつこと二十年、日系移民による 南部諸等の開発は、きわめてめざましいが、この方面でも、右のデモンストレーション効果は、かなり顕著に現われてい る。そこで、この所得の一部を、アマゾニアの右のような金融機関に移し、その運営について、関係各当局が保証や援助 を与えるという方策が、この際具体的に考究されるべきであろう。  ところでこの国の預金銀行は、その資本金をすべて、ブラジルに国籍を持つものに帰属せしめるという、金融制度の根 本政策によっている。いまそれから考えても、右の方策は、決して迂遠でもなければ突飛でもない。そういう特別の私企 業的金融機関を、とくに開発計画の、責任ある一当事者たらしめることは、アマゾニアの場合には、意味を持つことと考 えるのである。      後進地域に於ける開発企業       二一

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後進地域に於ける開発企業 二二 一〇

 右に於て、、われわれは、SPVEAをとり上げ、それをPIDCやNIDCと比較した。さらに進んで、SPVEAの

計画に於ける、私的開発企業の可能性を論じ、それを、とくに金融機関について問題としたのである。  もともと経済の後進性は、他面に於て硬直性︵冒︷冨臥げ田ぎユσq巳一戸︶を意味するが︵竃①冨び一玄堅や。。o︶、開発の綜合計 画の目標は、まさにこれを打破することに置かれなければならない。開発計画に対する責任の分担が、公・私の間にいか になさるべぎかということは、決して原理の問題ではなく、むしろ実際の便宜の問題にすぎない。政府に於ても、これに 適応した統制策が、 一国全体にわたる経済開発のために、講ぜられなければならないのである︵○.冨胃匿γ国8⇔。旨ざ 臣8曙Q巳巨暫マ号く色○唱巴同①αqδ器一一88℃や刈Ol。。O︶。  アマゾニア開発の進捗が、きわめて遅々としていることは、ブラジルにとっても、かなり重大な問題である。経済上の 諸種の困難が、これを然らしめていることもとよりであるが、他面、この国の国民性が性急でないことにも、強く原因し ている。この国民性は葺ひ卑8卑浮鰍︵いすれ明日︶という言葉に、端的に表現せられるであろう。後進地域は、文字通りに 明日を背負っているのである。そういう先進国ばなれした感覚によってのみ、開発計画も、それに於ける企業的役割も、 ともに論じられるべきであると考える。

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