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連体修飾節の主語は被修飾語になれないか

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連体修飾節の主語は被修飾語になれないか

木 之 下  正  雄

Can not the Subject of an Adjective Clause be Modはed by the Clause in Japanese?

Masao Kinoshita 37 I l おのがいとめでたしと見奉るをば(アナタ,源氏-)尋ねおもはさで,かくことなることなき 人をゐておはして 時めかし給ふこそ,いとめざましくつらけれ。 (夕顔146ペ) この言葉の発言者物の怪が何物であるかは源氏物語に明記されていない。光源氏が, 荒れたる所は,狐などやうの物の,人をおびやかさむとて,け恐ろしう恩はするならむ。 と言っていることから,鎌倉時代は,廃院の狐狸妖怪と思われた。今昔物語集などによれば,荒れ た堂などに泊まって,何の関係もない鬼に食われた諸がある。しかし,そんな何の関係もない鬼が 誰かの肩をもち,その恨みで人をとり殺すという説話は稀なようである。夕顔の巻の物の怪は明ら かに六条御息所の肩をもった。なぜ御息所の肩をもったのか,その説明が妖怪説にはできない。そ れに,この言葉は,物の怪自身の恨みを述べているように感じられる。六条御息所の生霊説が生ず るゆえんである。 この事件の直前,光源氏は御息所を思い出し,こんなに自分が不実では,恨まれるのももっとも だと反省する。これでは,読者が,物の怪は御息所にちがいないと臆測するのを期待しているよう なものである。そして,のちに御息所の生霊が活躍する時に到って,夕顔をとり殺したのもやはり 御息所の生霊だったのかと納得させる,という手法のように思われる。 物の怪を御息所の生霊とする立場で,次のような解釈がなされる。 A 私がこれ程お慕ひ申してゐるのをは,見向きもなさらうとほせずに--・。 (島津久基『対訳源氏 物語講話』) この文は,直訳的には,このように, 「・--ノをば」と訳されると思う。しかし,その「ノ」は, 島津博士は上の主語述語文を体言化する「こと」の意味に解されたようであるが,私は,実質的に は主語と同じ「私」であると思う。それで, B 私が(アナタヲ)大変すぼらしいとお慕いしている,ソノ私をば--。 という意味に解すべきだと思う。連体節の主語が被修飾語になっている構造の文とみるのである。 その事について,以前「述語性と体言性の二重用法」 (『薩摩路』 8号.昭和38年6月)で少しふれたこ とがあった。その時,主語述語文の主語(客語やその他の成分でもかまわない)が被修飾語になる のを「再格」と呼んだ。この小論は,再格の存在について述べようとするものである。

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この文の省略体言を「おのれ」とみる点では再格と同じであるが,同格旬ととる説もある。 (寺田 泰政「いわゆる同格用法の『が』について」 『国語研究』 8号)。意味は私見と結局は同じになるが,文の構 造の考え方は異なる。 これに対して,門前真一氏は,次のように反対される。 「わたしのすぼらしいとお慕ひ申しあげてゐるわたし」といふ言い方は,現代語の語感としても, また文法としてもをかしい。恐らく古典語人にとっても, 「おのが--・おのれ」のくり返しは, 連体的にも,連体節の主述関係としても成立しない形であったであらう。 (「おのがいとめでたしと見 奉るおのれ」といふ文構造は作り出せるか『山辺道』 14号)0 「私ほお慕ひ申し上げてゐるが,その払」という場合には原文の構造が異なって来るはずである。 (『源氏物語新見』) 「尋ぬ」の対象を「おのれ」とするならば,その直上に「おのれ」のある, 「君をいとめでたしと 見奉るおのれをば」のような,普通の語順の明快な表現がある。是非とも「おのれ」を冒頭に出 さうと思-ば, 「おのれは君をいとめでたしと見奉るに」などの接続詞を用ゐたはっきりした表現 があるのである。 (「おのがいとめでたしと見奉る」に主述関係はあるか『国語と国文学』 45巻12号) このように述べて,省略被修飾体言を「おのれ」とみる「おのが--・おのれ」の文の存在を否定し それを論拠として,物の怪御息所説を否定された。 しかし私は,連体節の主語が被修飾語になることは,稀ではあるが,あり得ると思う。そのよう な構造の文の存在について考察することが小稿の目的である。 ⅠⅠ 湯沢幸吉郎博士は, (「『の』 『が』を伴う句の-形式」 『国語教育』昭和4年2月) 主語述語を具-るものが,他の体言の修飾語となるは,その主語と修飾される体言とが別物を指 す時である。 という法則を立て,したがって, 上の体言と被修飾体言とが同一の場合は同格語であり,体言の上の部分は主語述語ではない。 と主張された。そして,寺田泰政氏はそれに従って,この文は省略被修飾体言が主語と同じ「おの れ」であるから, 「おのが・--見奉る」は主語述語ではなく,同格句であるとされる。 (上記論文)そ して,氏が同格旬と認める, 2 姫君おぼし煩ひて,垂が参れる△に宣ふ。 (総角401ペ) が「参れる弁」といえると同じく,例1も「--・見奉るおのれ」といえることを,同格旬である証 拠にされる。しかし,述語も,主語を被修飾語にした連体修飾語に言い換えることができるので, 連体修飾語に言い換えられるというだけでは同格旬である論拠にはならない。次の例で,係助詞, 特に「ほ」の附いた体言は,題目として,それについての叙述を要求するから,体言と用言の連体 形とは,主語述語の関係にある。これらの連体節の主語は被修飾語になれるのである。

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木 之 下  正  雄     〔研究紀要 第22巻〕 39 3 雪は所々消え残りたる△がいと白き庭の,ふとけぢめ見え分かれぬほどなるに(若菜上252ペ) 4 置墨は,乳母のもとに寝給-りける△,起きて這ひ出で給ひて, (源ノ)御袖をひき,まつはれ 奉り給ふさま,いとうつくし。 (横笛58ペ) 『大系』に, 「--・蒋給-りけるに」と注しているのは, 「若君は-起きて」のように係る主語述語と 解したのであろう。 「寝給-りける」は, 「若君」の説明, 「起きて」以下が事実の叙述とみて, 「若 君は一起きて」のように係るとする見方も成り立つ。が, 「若君は-寝給-りける」は今までの若君 についての事実の叙述, 「起きて」以下は現在の事実の叙述とみれば, 「若君は-寝給-りける」は, 主語・述語の関係にあるといえる。説明か事実の叙述か微妙であるが,この文は,主語として「起 きて」に係るとみる方が妥当であろう。 5 具覚坊はくちなし原にによひ臥したる△を(下男ドモガ)求め出でて(徒然87段) 6 昔咽即は比叡山にのぼりて大内を遠見して謀叛を思ひ企てける△も,かかるたぐひにや侍 りけん。 (正統記186ペ) 1 7 敦仁の親王と申しける(オ方)ぞ位につかせ給ひける△こそは,醍醐の聖帝と申して(栄華・ 月の宴27ペ) これらの体言は,係助詞,特に「は」がついて,題目として,それについての叙述を要求するの で,下の用言の連体形と主語述語関係にあることが明らかである。そして, △の位置には,直訳的 には「ノ」をおくことができるが,その「ノ」は下文との意味関係から,上と同じ体言, 「雪」「具 覚坊」 「将門」などの実質名詞を代行していることも明らかである。この主語述語は-まとまりに結 合して,事実についての叙述を一応完結する。そして,それがさらに,主語と同じ省略体言を修飾 する。現代語では, 「雪は-消え残っている(ガ),ソノ雪」 「具覚坊は-倒れていた(ガ),ソノ具 覚坊」というのに近い。図示すれば, 「(題目一述語)一題目と同じ体言省略」という構造である。 この構造の文は,主語に係助詞のついた文にあるだけでなく,後で例をあげるように,主語に 「の」 「が」のついた文にもある。ただ, 「の」 「が」のついた文は同格旬と紛らわしい。湯沢博士が 同格句としてあげられた例の中にも,主語述語の文とみるべきものが入っている。 連体節中の主語が被修飾語になれると同じく,客語や他の成分も被連体修飾語になれる。 8 宇治といふ所によしある由旦(ヲ)も給へりける△に渡り給-り。 (橋姫303ペ) 9 埋ヲ金銀デ鋳ク△-水銀卜草葉ヲ入テ(蒙求抄) 10 忘れ草何をか昼と(我ガ)思ひし△ほ,つれなき人の心なりけり(古今802) 例10は, 『古今集遠鏡』に, 忘レ草トイフ物-何ヲ種-シテ--ルコトカト思フクガ,ソノクネ---のように訳している。例8, 9も, 「山荘を持っていられた(ガ),ソノ山荘」 「鼎を金銀で鋳た(ガ), ソノ鼎」のように訳される。 「(客語一述語)一客語と同じ体言省略」という構造である。 このように,連体節中の主語,客語,あるいは他の成分は,被連体修飾語になれる。理論的にも,

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男川亀朝出M鳥篭H-u--"り=り-=-1---山JHハし山1日日当11日日日川りJり真亀。重り7日〝当別 連体節中の成分を被連体修飾語にする言い方が必要な時があるはずである。他の成分は被連体修 飾語になれるが,主語だけが,それも「の」「が」のついたものだけがなり得ない,というような ことは考えられない。それを認めまいとするのほ,この構造の文が同格句と紛らわしいからであ る。 ⅠⅠⅠ 同格句には, (甲) 「修飾的な体言一中心的な体言」の構造のものがある。 11執権義時は弟時房と長男泰時とを呼び寄せたり。 (木枝増- 「『高等国文法新講』による) 一 \/(\ノ′\__ \ノ\ーヽへ/ ) \, -意味の中心は下位の語にあり,上位の同格語は下位語の属性を表わして,修飾・説明をする。 また, (乙) 「(修飾概念一体言)-の-(別の修飾概念一上と同じ体言)」の構造のものがある。 12 生日の足日(祝詞,神賀詞) 13 白雲のたなびく星の,青雲の向伏す堅甲,天雲の下なる人は(万葉13 3329) 同一の事物に対して,属性を異にする二つの判断を並立的にたばねた言い方である。これに対して 同じ内容を, 「の」で結合しないで,別々に表わす言い方もあった。 14 石が根のこごしき道を,岩床の根延-る豊を,朝には出で居て欺き,夕には入り居て偲ひ*'*。 (万葉13 3274) 15 石が根のこごしき道?,石床の根延へる旦旦に,朝には出で居て欺き,夕には入り居恋ひつつ (万葉13 3329) 同じ歌の異伝である。そして,万葉時代,同じ意味に受けとられたのである。 『万葉注釈』にも全く 同文に訳してある。が,文の構造としてほ,前者は, 「道を」 「門を」がそれぞれ別々に下の動詞に 係る。後者は, 「-道-の  門」という, 「の」でたはねられた上下の体言連語が-まとまりにな って,それが下の動詞に係る。 16 そらみつ大和の国は,すめ神のいつくしき埋,言霊のさきはふ型と,語りつぎ言ひっがひけ り(万葉5 894) 「国」はという題目に対して,述語を並置した言い方であるが,例13のように, 「の」でたはねて -まとまりにして, 「すめ神のいつくしき国の,言霊のさきはふ国」といっても,内容としてはかわ らないであろう。乙型の構造は,一つの題目に対する二つの述語の並立的結合なので,口語では中 止法の「で」と訳される。しかし,丁の」は体言(連語)と体言(連語)とをたはねるのが本来の機 能で,叙述中止が本来の機能である「で」とは同じでない。ただ, 「の」の上の体言連語が, 「の」 の下の用言の連体形と別の集団(部,連語)に属して,意味の上でも音調の上でも中止をおくこと ができるので, 「で」に通じるのである。 乙型の同格旬の,後の体言が省略されると, (丙) 「(修飾概念一体言)-の一別の修飾概念」の構 造になる。 17 新たに潰れる章や,官寺と成すべき△ほ,官寺と成し賜ふ(十三詔)

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木 之 下  正  雄    〔研究紀要 第22巻〕  41 18 萎えたる峯旦もの厚肥えたる△,大いなる寵にうちかけて(帯木73ペ) △の所に「ノ」 「モノ」,それの実質的内容としては「寺」 「衣ども」が省略されているだけで,乙型 と全く同じである。すなわち,二つの体言連語を「の」で並立的にたばねたもので,口語では「体 言-で-(ノ)」と訳される。ただ,意味は,上だけに実質名詞があるので,やや上の方に重みが傾 いていると思われる。 丙型の,上の修飾概念のないのほ, (丁) 「体言-の-修飾概念」の構造の文になる。 「童のをかし き」「うどんのうまいノ」などの文である。まず「童」 「うどん」をあげてその物を示し,それが 「うつくしいモノ(塞)」 「うまいモノ(うどん)」という属性をもつものであることを示す言い方で ある。構造としては, 「美しいモノ」 「うまいモノ」がまず-まとまりになって,その体言連語と上 の体言「童」 「うどん」とを「の」で並立的にたばねたもので,それが-まとまりになって,一つの 体言のようにいろいろの格に立つ。現代語では, 「体言-の-(ノ)」と訳されるが, 「体言-で-(ノ)」と訳することもできる。基本的には,丙型,さらに乙型と同じである。が,丙型・乙型では 上下の体言連語はそれぞれの修飾概念があるので,並立的であることが明らかに感じられるが,丁 型では,上の体言には修飾概念がないので,下の省略体言の修飾概念が上の体言を限定するために 用いられたかのように感じられる。すなわち,意味関係においてほ,下の修飾語と上の体言との間 に,修飾と被修飾,従属と主の関係があるかのように感じられる。すなわち, 「うまいうどん」でな くて, 「うどんのうまいノ」の「うまい」は,構造としてほ上の「うどん」を直接に修飾限定しない が,意味の上では上の体言を修飾限定する。上の体言に表現の重みがあることになる。古代人も, 上の体言を修飾限定するものとして用いたであろう。 このT型の文は,現代語でも「の」を用いるが, 「で」と訳することができる。ただ, 「で」とい う訳では適当でないものも少数ある。 19 文時・維茂が壁やおくれたりし△,奈良志津より室津に釆ぬ。 (土佐1月12日) 20 塵の,露ながらおし折りたる△に(文ヲ)つけてあれど(枕83ペ) 「舟のおくれていたノ」 「萩の-折り取ったノ」と訳すべきである。 「舟で」 「萩で」とは訳されない。 「で」と訳すべき場合は,文面に表われていない何らかの題目,たとえば「その舟は」 「それは」な どの述語である場合と,結局はそれと同じであるが, 「舟」 「萩」にいろいろある中で,下の用言の 状態のものに限定する場合とである。この例のように,事物とそれを限定するものとを単純に結合 する場合は「の」になる。 「の」も「で」も用い得る場合が多いが,それの使い分けはこのようなち がいによる。現代語は「で」を用いることが多いが,古代語は「の」を用いて,単純に上の体言を 限定することが多かった。 (例19を, 『薩摩路』で主語述語としたのほ訂正したい。) また,次のように,体言をいってから,それの説明を追加する言い方もこれに入る。 21登蓮法師,その座に侍りける△が聞きて(徒然188段) 「で」とは訳されない。 「の」という語も適当でない。これは, 「登蓮法師が聞きて」と言おうとし て,登蓮法師についての説明を追加したものである。挿入句との区別がしにくいが,下文に係って

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いるので,同格とみるべきであろう。次の例も,同じように説明追加であって,諸注,同格句にす る。 22 今日始むべき祈りども,さるべき人々承れる△,今宵より(桐壷31ペ) 以上の中で,主語述語の文と紛らわしいのはT型である。両者のちがいは次のようなものである。 (1)主語述語の文は, 「(体言一用言の連体形)-省略体言」のような結合のしかたをし,上の「体 言一用言の連体形」は,下の省略体言に,修飾・被修飾の関係で係る。が,同格旬は, 「体言-(用 言の連体形一省略体言)」のような結合のしかたをし,上の体言と下の「用言の連体形一省略体言」 とは並立的結合である。したがって,同格句では,体言の次に「で」という語をおいて,中止法に することができるのである。主語述語の文は「が」としか訳しようがない。 (2)同格句は,連体形の部分は下の省略体言と緊密に結合するので,その結合体の中に上の体言 が入ってくることはほとんどない。次のような「連用修飾語一体言一用言の連体形」の構造の文は, 「連用修飾語-(体言一用言の連体形)」のように結合する。連用修飾語と用言の連体形とが,体言 を中において,緊密に結合することは考えられない。この構造の文は主語述語の文である。 23 塑匙A週里NありけるB△に(瀬尾上倉光-)転び入りぬ。 (平家・瀬尾) (Nは体言, Aは連用 修飾語, Bは周言の連体形) 24 星些A全象旦里Nを旦上B△はまだ是にあるか。 (平家・長門本19) 25 門あげてA惟光朝臣N出で釆たる B△して奉らす。 (夕顔124ペ) 26 京より馬に来てA人物なる△聖N丞旦B△は誰そにてあるやらん。 (絶句抄) これらは,もし同格句であるならば,次の例のように,連用修飾語と用言の連体形とが緊密に結 合して, 「体言-(連用修飾語一一用言の連体形)」の構造をとるべきである。 27 何阿弥陀仏とかや,連歌しける連取聖N,行願寺のほとりにAありける B△が聞きて(徒然89段) この構造なら,同格句である。それで「法師で」と訳せるのである。 上と同じ理由で,次の例は,湯沢博士は同格句とされたが,主語述語の文とみるべきである。 28 折節型垂些A, 威陽宮) 番の医師のN嘩旦吐冬B△が,薬の袋を剤河が剣に投げ合はせたり。 (平家・ 29 うつぼ柱より内に,鈴の綱の辺にA,垂基里畳里N墜垂B△は何者ぞ。 (平家・殿上闇討) これらは「で」と訳せないで, 「が」と訳される。 (3)このように, 「連用修飾語一体言一用言の連体形」の構造の文はほとんど主語述語であるが, 「体言一連用修飾語一用言の連形体」の構造の文は同格旬とは限らない。主語述語の文の場合もあ る。日本語では,連用修飾語の位置はかなり自由であるからである。 30 昔佐々木三郎がN墜戸旦A埋立B,足利又太郎がN望堕塾をA渡したるB△は,かねて水脈じ るLを立てて,案内を見置き,敵の無勢を目にかけて先をば駈けしものなり。 (太平記.三月十二 日合戦事. 246ペ) 直訳的には, 「宇治河を渡したノ」となるが,述語「駈けしものなり」によって, 「ノ」は実質的に

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木 之 下  正  雄     〔研究紀要 第22巻〕 43 ほ「佐々木三郎・足利又太郎」であることが明らかである。そして, 「ノ」の上の部分は主語述語の 文である。 「藤戸を渡し」 「宇治河を渡したる」は上の体言を修飾限定したり,説明を加えたりする ものではない。その人々がどんな行動をしたかを叙述するものである。それで「で」とは訳せない。 このように,主語述語文は,用言の連体形が,上の体言の動作・状態を述べて事実を叙述するもの であり,同格句は,上の体言の動作・状態の表現が,上の体言に説明を加えてそれを修飾限定する ものである。現代語では, 「が」と「で」 「の」とに言い分けられるが,古代語では同じ形の場合が 多いので,意味によって見分けなければならないことが多い。 連用修飾語のない, 「体言一用言の連体形」の場合も同様のことがいえる。 31その家なりける王△里N病しけるB生壁N,儲かにえ出であ-で亡くなりにけるB△を, (臥 ニ)おぢ博りて,日を暮してなむ取り出で侍りけるを(夕顔155ペ) 「下人の一病しける」の「病しける」は事実を叙述することが目的でなく, 「下人」について説明を 附け加えて限定したものである。それで「下人で」と訳せる。同格旬である。その下の, 「病しける (下人)が-亡くなりにける」は, 「下人」がどうしたかの事実を叙述したもので,説明を附け加えた ものではない。 「で」とは訳せないで, 「が」と訳せる。主語なのである。 (4)固有名詞は, 「で」と訳される同格旬を作ることは少ない。固有名詞の場合は,主語であるも のと,上に例21としてあげた, 「登蓮法師,その座に侍りけるが聞きて」のように,固有名詞をあげ て,その説明を追加するものとが主である。 「で」と訳されるのは,題目の述語である場合と,その 種類の中で下の用言の連体形のような性質・状態を具えたものに限定する場合とであるが,固有名 詞には,前者も多くない。後者はあり得ない。固有名詞はただ一つしかないので,限定しようがな いからである。一人称,二人称の代名詞も,同様な理由で, 「で」と訳される同格旬に周いられるこ とはほとんどない。 さて, T型の同格句と主語述語文のちがいについて述べたが,実例にあたると,見分けにくいも のが多い。 32 文時・維茂が昼やおくれたりし△,奈良志津より室津に釆ぬ。 (例19再出) 舟がどうしたかの事実を叙述しようとしたものではなく,舟がどんな状態にあったかの説明を附け 加えたもので,同格句である。口語訳は「舟のおくれていたノ(舟)」となる。 「舟で」という訳が適 当でないのほ, 「その舟は」というような題目の述語ではなく,また,舟が幾つもあって,その中で おくれた舟に限定したのでもないからである。 「舟が」という訳も適切でないが,主語でないからで ある。 33 もとどりほ,子息の塵墨が供したりける△に持たせて,都-のぼす。 (平家・長門本4) これも, 「供したりける」は,康基についての説明附加と考えられるので,湯沢博士のように,同格 句とするのがよいと思われる。しかし現代語で「が」としか訳しようがないのは,固有名詞に,そ の動作によって説明を附け加える同格句は,現代語では主語として表現するのが普通だ,というこ とになろう。上記の例21 「登蓮法師,その座に侍りける△」と同じ用法である。このような場合の,

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同格旬と主語述語文との識別は困難なことが多い。 34 4昼近う臥したる△を(源ガ)起し給-ば(空蝉117ペ) 『大系』に「小君が近くに寝ていたのを」と,主語述語文に解している。小君の動作・状態の叙述を 主とすれば主語述語文になる。が, 「近う臥したる」を小君の説明とすれば,例21 「登蓮法師,そ の座に侍りける」と同じく,同格句になる。ここは同格句に解すべきであろう。 (『薩摩路』で主語 述語としたのほ訂正したい。) 35 姫君おぼし煩ひて,塵.が参れる△に宣ふ。 (総角401ペ) 「参れる」は,弁についての説明とみるより, 「その時ちょうど弁が出て来た」という,その時の弁 の行動の叙述を主にしたとみる方が適切である。同様に,次の例も主語述語文と思われる。 36 起しつる老人の,出で釆たる△にぞ, (応待ヲ)譲り給ふ。 (橋姫317ペ)- I 『大系』には, 「先程,起した老人で(の)」と注している。説明であるか,事実の叙述であるか見 分けにくいが, 「ちょうどその時出て来た」という行動の叙述を主にしたとみるべきでなかろうか。 例25の「門あけで惟光朝臣出で釆たる△して」と同様に解するわけである。 「おのがいとめでたしと見奉るをは」の「おのが」は「わたしで」とは解されない。題目につい ての述語であるべき場合でないし,固有名詞や一人称,二人称の代名詞は下の用言の連体形によっ て修飾限定されることがほとんどないからである。また, 「わたし-あなたを-見申しあげている者 ですが-ソノわたし」のように, 「おのれ」に説明を附け加える言い方とも思われない。説明を附け 加えるような,冷静なものの言い方の場合ではない。ここは,わたしがどんなに-見申しあげてい るか,自分の行動を訴えているのである。そして, 「おのが」は,門前氏も指摘されるように,連体 格か,従属節の主格に用いられて,同格に用いられた例はない。これらを考え合わせれば, 「おの が」は主語とみるのが穏当であると思うのである。 「おのが-一見奉る」は,事実の叙述を主とした主 語述語文である。 ⅠⅤ 連体節の主語が被修飾語になるのは,連体節の主語述語に叙述完結性が内在するからである。主 語述語に叙述完結性がなくて,主語でもある被修飾体言に直ちに係る言い方,たとえば, 「雪は所々 消え残りたる雪」 「具覚坊はくちなし原にによひ臥したる具覚坊」 「おのが(君ヲ)いとめでたしと見 奉るおのれ」というような言い方はめったにないであろう。次は,その稀な例である。 37 八十伴の男と出で行きしうるはし星中L -紀路に入り立ち,真土山越ゆらむ君は, -むつま しみわれ(ヲ)は思はず- (万葉4 543) 「夫」と「毘」と,語を変えているが,同一内容である。このような例は稀である。述語が長いた めに,叙述に乱れが出たのかも知れない。 『万葉注釈』には,次のように口訳してある。 -出て行かれたわが愛する夫は, -真土山を越えてをられるであらう,その夫の君は-。 主語である実質名詞が被修飾語になる場合は,現代語では,この口訳のように,題目についての叙

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木 之 下  正  雄     〔研究紀要 第22巻〕 45 述を一応完結して,改めて体言に係る言い方になる。しかし,そのような,叙述完結性が外部の形 式に表われることは,古代語では稀である。 38 桃園の中納言保光と聞ゆる(オ方)は,故中務卿の宮代明親王の御子におはします△,その (オ方一一保光ノ)御女君に年頃(義孝ガ)通ひ聞え給ふに(栄華・花山尋ぬる中納言71ペ) 39 (藤壷と聞えLは)世の中を恨みたるやうにて亡せ給ひにし△,その(オ万一藤壷ノ)御腹の 女三の官を-・(若菜上212ペ) 普通には, 「おはします御女君」 「亡せ給ひにし御腹」のように,体言に直ちに続けるところを, このように句切りをおいたのほ,連体語としての機能を停止して,専ら述語としての機能を発揮す るためである。そうすることによって,事実を叙述することに重みがおかれることになる。それに 反比例して,連体の機能は弱くなるので, 「その」という語を用いて補強することになる。 しかし,一般には,例3-7のように,用言の連体形が省略体言に直ちに係る。古代人の言語表 現が,叙述をそれぞれ完結して,改めて下に続けるというような分析的表現法でなくて,ずるずる と次から次-係っていくというような表現法であったからであろう。それだけに,内面的な叙述完 結性を認めて。現代語に訳出しなければならない。例3-7は,題目に係助詞がついていて,それ を受ける叙述は一応完結しなければならない。例5を,橘純一氏『評註徒然革新講』は, 具覚坊は,くちなし原にうなって倒れている,それを探しあてて-。 のように訳している。叙述完結性を外形に表わした訳し方である。 連体節中の客語や他の成分が被修飾語になる場合も,連体節は叙述完結性をもつ。前記の例8, 9は,用言の連体形を「ノ」に直ちに続けて, 「山荘を持っていたノに」 「鼎を金銀で鋳たノに」と いえる。が,その「ノ」は実質的内容としてほ「山荘」 「鼎」である。それを文面に表わすと, 「風 流な山荘をもっていられた(ガ),ソノ山荘」 「鼎を金銀で鋳た(ガ),ソノ鼎」のように,叙述を一 応完結しなければならない。例10について宣長は「何ヲ種-シテ--ルコトカト思フクガ,ソノク ネ-」のように,叙述を一応完結にしている。 叙述完結性は,連体節中の成分が被修飾語になる場合だけでなく,他の体言が被修飾語になる場 合にも内在し得る。 題目に「は」がついている場合は,叙述完結性の内在を容易に認めることができる。 40 殿(薫)はさるやうありていみじ う忍ばせ給ふ気色,■      \ノへ-/ 〉 \ (私ガ)見奉れば(浮舟220ペ) 「殿は-お忍びになっていられる(ガ),ソノ御様子を」のように解すべきである。 「忍ばせ給ふ」で 一応叙述を完結して,事実を叙述することを主にし,改めて「ソノ」と下の体言に係るべきである。 「殿は-甚だしくお忍びなされる様子を」という訳文は,文脈が純正でない。 41此ノ童・我ガ身ナドへ 経ヲモ知り奉ラヌ目-,カク(菩薩ガ)見工給フへ 極メテアヤシキ 事也。 (今昔20, 13) 42 そも御獄左衝門は,いしう志ありて参らせつる酒肴を,念なく追ひ散らされたるこそ本意な 叶れo (義経記五. 237ペ)

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題目表示の「は」のために,一応叙述の完結が要求されて, 「知り奉らぬ(ノニ),ソノ目に」 「参ら せつる(ノニ),ソノ酒肴を」のように解される。 「ノ-」は文面には表わされていない。文面に表 わされているのは,連体修飾関係だけである。逆接の意味は,前後の意味関係から自然に汲み取ら れるものなのである。 このように,叙述完結性を外形に表わさないで,連体節を体言に直ちに続けるのは,現代語とし てはととのわない言い方になるが,急いだり,誤ったりして,現代語でも時どき聞かれる。 \ ■ 43 わたしは,文法学習を「零単元」にするといってきたゆえんも,ここにああのです。 (作文 教育と文法『コいヾの教育』 32年9月) 「わたしは-いってきた(ガ),,ソノゆえん」というべきだったのである。 また,条件旬によって,叙述完結性が感得されることがある。 44 せめて長ら-ば,おのづからあるまじき名をも立ち,我も人も安からぬ乱れ出でくるやうも あらむ(ノ)よりは, (死ンデシマッタラ)なめしと心匿い給-らむあたりにも,さりともとおぼ し許いてむかし。 (柏木12ペ) 上に「長らへば」という条件旬があるので,下の「あらむよりほ」は, 「あるであろう(ガ),ソレ よりは」という意味に解される。 45 (為政者ガ)内を慎まず。軽くほしきままにしてみだりなれば。遠国必ずそむく。時はじめて はかりごとを求む。 (徒然171段。句読点は,白石大二氏の紹介(国文学12巻12号)による光広本の句 読) これによれば, 「遠国が必ずそむく,ソノソムク時はじめて」というように理解されたのである。 「渡りなれば」という条件旬に応じる「必ずそむく」は叙述完結性をもつべきであると感じられた のであろう。 叙述完結性は,題目・条件旬に応じる場合に限らない。事実の叙述を主にしているということで, 叙述完結性が感得される,というように,文章全体の意味から感得されることも多い。本居宣長は 『古今集遠鏡』で,次のように述べている。 こまかに訳さむとならば, 「散りなむのちぞ」は「追っつけ散るであらうが,その散ったのちに サ」と訳すべし。 ・--然れども,俗語にさはいはざれは,なかなかにうとし。 と説明し,実例においては, 46 桜色に衣は深く染めて着む花の散りなむのちの形見に(古今66) 花-オッツケ散ッテシマウデアラク,ソノ後ノ形見二着ル物ヲ桜色二浪ウ染メテ着ヤクゾ。 のように口語訳している。連体節に内在する叙述完結性を訳出しているのである。 47 (かぐや姫)--・とて,うち泣きて書く言葉は-。 (竹取64ペ) 事実を叙述することに重みをおけば,叙述を一応完結して, 「かぐや姫は-といって,泣きながら書 いた(ガ),ソノ言葉は」というようになる。 48三足なる角の上に睦子をうち掛けて,手をひき,杖をつかせて,京なる医師のがり率て往き吐

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木 之 下  正  雄     〔研究紀要 第22巻〕 47 旦道すがら,人の怪しみ見ること限りなし。 (徒然53段)ーヽ_′…、ヽ.._ 安艮岡氏の『徒然草全注釈』は, 「行きける,道すがら」のように読点をうち, 「行きけるヲ-怪し み見る」のような続きと解する。が, 「行きける道すがら」のように読点をうち (『大系』,国枝利久 『徒然草』), 「連れて行った(ガ,ソノ)途中」と解する説(国枝)がよいであろう。 「(人々ガ)杖をつ かせて-率て行きける」が事実の叙述に重みをおいた表現と思われるからである。正徹本「行きに けり」,常緑本「行きけり」と,終止形になっているのほ,ずるずると続けていく古代語的な言い方 に対して,句切るべきは句切る近代語的言い方の影響を受けているのではなかろうか。 このような,事実の叙述を主として叙述完結性をもっているか,連体修飾の機能を主として単な る修飾概念であるかのちがいは,微妙である。題目があったり,条件句があったり,あるいは例48 のように,事実の叙述が上に長く続いたりすれば,叙述完結性が感得されるけれども,そうでない 場合はわかりにくい。最近も次のような文を見た。 名張署は飛んだ部品とバスを同署に運び,折れた原因を調べているが,ディファレンシャルギア の中のオイルがもれてからっばになっており,このため後部ユニバーサルジョイントとシャフト との取付け金具が過熱してねじ切れたらしい,ことがわかった。 (朝月新聞45.9.7の記事。原文は縦 書き) 「らしい,」の読点によって,そこで事実の叙述が一応完結するということを強く意識したことがわ かる。そのような表現者の意識は,この句読点がなかったら伝わらなかったであろう。同様なこと が現代文にも古代語にもあるであろうと思われる。その中で,題目や条件句があれば,それによっ て,叙述完結性の内在が読者にも感得される。それらと並んで,連体節の成分が被修飾語になる場 合は,叙述完結性が明らかに感じられる場合に属する。 Ⅴ さて,連体節の主語が被修飾語となる場合,古代語では,実質名詞が文面に用いられた例は稀で ある。ほとんど体言省略で,主語述語は直ちにその省略体言を修飾する。つまり準体言節となる。 現代語では,実質名詞または代名詞が文面に用いられることも多いが,その場合は,連体節は叙述 を一応完結するのが普通である。しかし,叙述完結にしないで,直ちに準体助詞「ノ」に続けるこ ともできる。例25を, 『大系』には, 丁度その時,門をあけで性光が出て来たノに頼んで と訳し,例5を佐成謙太郎『対訳徒然革新解』には, 具覚坊が,くちなし原で,うめきながら倒れてゐたノを探し出して。 (「具覚坊が」と, 「が」に変 えているが) と訳している。この「ノ」は,実質的には「惟光」 「具覚坊」である。実質名詞の場合は必ず「門を あけで性光が出て来た(ガ),ソノ惟光」 「具覚坊が-倒れていた(ガ),ソノ具覚坊」のように訳さ れるのに, 「ノ」の場合は,連体節が直ちに「ノ」に続く。このことは,主語だけでなく,連体節の

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成分が被修飾語になる場合すべて同様である。たとえば,例8ほ, 「風流な山荘を持っていられた (ガ),ソノ山荘」というところを, 『潤一郎訳源氏物語』には, 宇治といふ所に,風流な山荘を持っておいでになりましたノ-お渡りになります。 と訳してある。同じように,例9も, 「鼎を金銀で鋳た(ガ),ソノ鼎に」というところを, 鼎を金銀で鋳たノに水銀と草葉とを入れて と訳される。 以上のように,現代語では,連体節中の主語や客語などの成分を被修飾語とする言い方には,下 の被修飾体言を「ノ」で代行するか,あるいは連体節を一応叙述完結にして,その主語述語を下の 被修飾体言の統合の範囲外にはずすか,の二通りの言い方がある。 「ノ」は,実質名詞のように は,上の体言に反発するカがないのである。 古代語で,連体節を一応叙述完結にする形式をとらないで,省略体言に直ちに続けるのは,準体言 が,現代語の「ノ」と同じであって,上の体言に反発するカがないからである。このような構造の 連体節を「ノ」と直訳してもよいのである。ただしかし,古代語の連体節は,現代語より,叙述完 結性が多く内在したと思う。現代語では, 「具覚坊は-倒れていた,ソノ具覚坊」のように,叙述完 結を形式に表わす言い方もあるが,古代語ではこんな場合もすべて連体節であったし,また,上述 のように被修飾語が他の体言である場合も,叙述完結性が内在しているとみられる例が数多いから である。古代語には,句切りをつけないで,ずるずると次から次-と係っていく表現が多い。ー(現代 語でも,口頭語は文章語よりその傾向が強い。)つまり,現代語では, 「具覚坊は-倒れていたノを」 という言い方と, 「具覚坊は倒れていた,ソノ具覚坊を」という言い方の二通りがあるが,古代語は その言い分けがないので,古代語の連体節には,後の形式のような,叙完結性の強い場合も含んで いるのである。この両形式は,表現の重みがちがうだけであり,前後の文脈によって感得されるの であって,一概にはいえないが,宣長が『遠鏡』で訳したように,一応叙述完結にする訳し方の方 がよいのでないかと思う。 ⅤⅠ 門前氏は, 「おのが-見奉る,ソノおのれをば」という構造の文を否定する論拠として, 「尋ぬ」 の対象を「おのれ」とするならば,その直上に「おのれ」のある「君をいとめでたしと見奉るおの れをば」のように普通の語順の表現が明快であり,是非とも「おのれ」を冒頭に出そうと思えば, 「おのれは君をいとめでたしと見奉るに」などの接続詞を用いた表現の方がはっきりしている,と主 張される。 しかし, 「君をいとめでたしと見奉るおのれをば」は, 「尋ぬ」の対象としての「おのれ」に重み をおいた表現で, 「おのが-見奉る」という事実を,事実として叙述する機能を果たし得ない。物の 怪は,どのような「おのれ」であるか, 「おのれ」の修飾限定をするより,自分がどのように行動し

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木 之 下  正  雄     〔研究紀要 第22巻〕 49 たかという事実を訴えることに重みをおいているのである。それ故に,尋ねようとしないことに対 する恨みが重くなるのである。単なる連体修飾語として表現したのでは,事実の重みが表現されな い。 接続詞を用いることによってはっきりするのは, 「おのが--見奉る」と「(君ガ)尋ねず」との関 係である。現代では,このような二つの事実間の関係を表示することが多い。しかし舌代語では, それは文脈にまかせて,文面には他動詞の客語として言い表わすことが多かった。 49 (柏木ハ)さばかり思ひあがりおよすげたりし星空,心もて失ひつるよ。 (柏木39ペ) 「およすげたりし堅,心もて失ひつるよ」とも言えたであろうし,現代語では「・・・のに」と,関係を 表示する言い方がむしろ多いであろう。しかし舌代語では, 「身を一失ふ」のように,対象を明示す ることによって,対象と他動詞の関係に重みをおいたのである。現代語でも, A おれがこの会社を作った,そのおれに一言も相談せずに・-- B おれがこの会社を作ったのに,一言も相談せずに・--Bでも, 「おれ」に相談しない意味であることは明らかである。しかし, Aのように, 「おれ」を明 示しているものは,やはりそれだけそれに重みをおいているのだ,と感じられる。同様に, 「おのれ は君をいとめでたしと見奉るに,君は--」というのより, 「おのが-見奉る,ソノおのれを」とい う方が, 「おのれ」に重みをおいた言い方になる。 「のに」という理くつっぽい表現で腰を折るより, 客語と他動詞とで事実だけを述べる原文の方が力強い表現になるのである。 要するに, 「おのがいとめでたしと見奉るをは」は, 「おのが-見奉るノをば」と解することがで 普,その「ノ」は実質内容としてほ「おのれ」の代行なので, 「おのが-見奉る(ガ),ソノおのれ」 という意味に解することができる。したがって, 「おのが-おのれ」という解釈が成立しないことを 論拠として,物の怪六条御息所説を否定するのは正しくない,というのが小論の結論である。 この見解は,物の怪は六条御息所であるという積極的な主張にはならない。物の怪が何者である かの文法的きめ手は,この文からは引き出せないと思う。もちろん,きめ手にはならないが,推理 の材料はいくつかあげられる。 門前氏も指摘されるとおり,このような構造の文では, 「見奉る」の客語を,それの被修飾語にす るのが最も普通であろう。しかし,物の怪と源氏の対話という場面を考えると,省かれた客語が 「あのお方(六条御息所)」であるという相互の了解がどうして成り立つのか,不審である。むしろ, 客語が省かれたのは,話相手が客語だったからだ,と考えるべきではなかろうか。 「かくことなるこ となき人」と対句であるので,この省略体言も第三者であるべきだ,と言われるが,そうこだわる ほどではないと思う。物の怪自身と夕顔とを比べることもあり得るはずだと思う。 それに,女が男の無情・浮気をなじるのが,他の誰かのためである,というのはやはり変でなか ろうか。嫉妬評は,須勢理姫の命のいにしえから数多く伝えられているが,女自身のためであるの が自然である。源氏物語の女房たちも,女主人のために男をなじるというようなことはしないよう に思う。ここも物の怪自身の嫉妬とみるのが自然でなかろうか。

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夕顔は,現代流にいえば,心臓マヒで頓死したということになろう。そんな場合,平安時代人は 物にとり殺されたと考えた。そして,人々は,その霊が誰の霊であると,まことにはっきりと言明 する。それなのに,源氏は,二度も夢に見ながら,誰であるという心当たりがどうしてなかったの であろうか。まことに不審である。誰ともはっきりさせないままでおく,というのが作者の方針だ ったのではなかろうか。しかし,六条御息所であるにちがいない,と読者が予想することを,作者 は期待していたと思われる。 とにかく,はっきりしたきめ手はないが,情況から考えて,六条御息所の生霊とみるのが最もよ いように思う。 「おのが-」の文の構造は,そう考えるのを妨げない,と思うしだいである。 (附記)用例のページ数は,日本古典文学大系のページである。 「平家物語長門本』 『絶句抄』 『蒙求抄』は,湯沢幸吉郎博士の「 『の』 『が』を伴う句の-形式」に よった。門前真一氏の諸論文を読んで,いろいろ教えられるところが多かった。また,それによって 湯沢博士の上記の論文,寺田泰政氏の「『いわゆる同格用法』の『が』について」 (国語研究第8号), アグノエル氏の「文語における助詞『が』のはたらきについて」 (早稲田大学大学院文学研究科紀要 10)を初めて知った。心から感謝するしだいである。

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