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鹿児島県垂水市本城地区におけるシラス台地周辺斜面の地形と崩壊

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(1)

鹿児島県垂水市本城地区におけるシラス台地周辺斜

面の地形と崩壊

著者

伊藤 晶文

雑誌名

鹿児島大学教育学部研究紀要. 自然科学編

60

ページ

1-9

別言語のタイトル

Slope Morphology and Landslide around

Pyroclastic Flow Plateau at Tarumizu City,

Kagoshima Prefecture

(2)

崩壊

伊 藤 晶 文 中

(2008年10月30日 受 理 )

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要約

鹿児島県垂水市本城地区のシラス台地は,約 2.6-2.9万年前に姶良カルデラから噴出した異な る二つの火砕流堆積物から成り,斜面脚部には崖錐が発達しているO 本研究では,空中写真およ び大縮尺の地図の判読,地形測量,簡易貫入試験,堆積物の観察,木本植物の樹齢測定,および 放射性炭素年代測定を行い,当地域の斜面地形と地下構造を明らかにし,斜面崩壊の形態とその 発生時期について考察した。調査地周辺の斜面は,上位から順に,頂部斜面,急斜面 I,急斜面 Il,および崖錐に区分され,急斜面

I

と急斜面

E

の境界は,入戸火砕流堆積物と垂水火砕流堆積 物の境界に一致する。崖錐上部には急斜面

I

および急斜面

E

の表層滑落型崩壊の記録が,崖錐下 部には前者に加えて頂部斜面の表層落下型崩壊の記録が,それぞれ保存されていると推定された。 表層滑落型崩壊は過去約 50年間に l回,表層落下型崩壊は過去約 800年間に 2回発生したと推 定され,従来指摘されている発生周期と調和的である。 キーワード:シラス台地,地形分類,斜面崩壊,垂水市 * 鹿児島大学教育学部 准教授

(3)

2 鹿児島大学教育学部研究紀要 自 然 科 学 編 第60巻 (2009) 1.はじめに シラス台地周辺斜面の脚部には,崖錐が発達していることがある。崖錐を構成する堆積物は, 背後斜面からの崩壊土砂から成るために,背後斜面における過去の崩壊発生履歴の検討材料とし て用いられてきた(たとえば,吉永ほか, 1989)。ところで,シラス斜面に発生する崩壊は,表 層剥離,表層滑落,表層落下の 3形態に分類され,災害に結びっく可能性が極めて高い表層滑落 型と表層落下型の斜面崩壊について,崩壊予備物質である斜面の表土層の生成速度とモデル計算 か 弘 前 者 の 発 生 周 期 は127年,後者は504年と算出されている(下川ほか,1989)0 崖錐堆積 物が長期間の崩壊履歴を記録している場合には,従来指摘されている崩壊発生周期を実証的に検 討できる。さらに,今回調査地とした鹿児島県垂水市周辺では,後述するように,シラス台地が 異なる二つの火砕流堆積物から成るために,斜面地形や崩壊発生周期が他地域とは異なる特徴を 持つ可能性もある。 そこで,本研究では,斜面脚部に崖錐が発達する鹿児島県垂水市本城地区を調査地として,シ ラス台地周辺斜面の地形を分類し,地下構造を明らかにした。さらに,崖錐堆積物の堆積構造と 年代から,背後斜面の崩壊の形態と発生時期について考察した。 図1 調査地の位置と地形分類

(4)

2

.

調査地の概況および調査方法 調査地は,桜島の南東に位置する垂水市街地南部の本城地区である(図 1)。周辺の代表的な 地形は,定高性を持つシラス台地とそれを開析する河川が形成する沖積低地である。鹿児島県垂 水市を含む姶良カルデラ南部地域では,他地域とは異なり,シラス台地が入戸火砕流堆積物と, 大隅降下軽石と同時の火砕流堆積物である垂水火砕流堆積物(福島・小林, 2000) から成る。調 査地が位置するシラス台地は東から西へ緩やかな傾斜を持ち,周辺の露頭では,厚さ

2m

以上 の主に桜島起源の降下テフラと二次シラスが観察される。沖積低地は段丘化しており,二つの 面に大別できる。森脇ほか (1986,2002) は主に姶良カルデラ北辺地域における完新世の沖積低 地の段丘化を示し,その要因として姶良カルデラの火山活動に伴う地殻変動を挙げており,本地 域の沖積低地もその影響を受けている可能性があるO 調査地周辺のシラス斜面は豪雨のたびに崩 壊しており,近年では 2005年 9月の台風 14号による土砂災害で犠牲者が出ている(谷口ほか, 2005)

調査は以下の手liI買で行った。空中写真および 1/2,500都市計画図の判読と現地調査とを行い, 地形分類図を作成した。次に,斜面の最大傾斜方向にほぼ平行する測線を2本設定し,斜面測量 器およびレーダー距離計を用いた簡易地形測量と都市計画図の判読とを行い,地形断面図を作成 した。筑波丸東社製の簡易貫入試験機を用いて,各地形の地下構造を検討した。斜面上の木本植 物を数本選定し,成長錐を用いて年輪を測定した。 7つの試抗を掘削し,崖錐堆積物の構造を断 面で観察した。断面で採取した埋没腐植層などの有機物について, AMS法を用いた放射性炭素 年代測定を行い,崖錐堆積物の堆積年代を推定した。 3. 結果 3岡 1. 地形分類 調査地の地形は,上位から順に,台地面,頂部斜面,急斜面1,急斜面IT,崖錐,沖積面 1, 沖積面

E

に区分される(図1)。台地面は,いわゆるシラス台地面であり,調査地周辺では東か ら西へ緩やかな傾斜を持つ。台地面に隣接する頂部斜面は,台地面を覆う降下テフラと二次シラ スや風化シラスが円弧状に崩落する表層落下型崩壊により概形が形成されたとみられ,傾斜はお おむね 300 未満である。頂部斜面の下位に位置する急斜面 Iは,傾斜 30~ 50。で,直線型の縦 断形を呈する。上位の頂部斜面と同様に残積性土層が分布するものの,急斜面Iの方が薄い。急 斜面

E

との境界付近には径

1

0

~ 30 cm程度の安山岩を主体とした角疎集積層が分布する。この 層は調査地付近で入戸火砕流堆積物と垂水火砕流堆積物を分ける亀割坂角疎層に相当するとみら れることから,急斜面

I

と急斜面

E

の境界は入戸火砕流堆積物と垂水火砕流堆積物の境界に一致 すると判断されるO 急斜面

H

は,急斜面

I

よりもやや急な斜面で,傾斜 600 以上に達する場合 もある。縦断形は凹型 直線型で,急斜面Iとともに表層滑落型崩壊の跡地が多数みられる。簡 行性または崩積性の厚さ 50cm程度の土層が比較的新鮮なシラス上に載る箇所が多くみられ,基

(5)

4 鹿児島大学教育学部研究紀要 自然科学編 第60巻 (2009) 盤岩が露出している箇所もある。急斜面

I

と急斜面

E

の木本植生は,明らかに崩壊跡地とみられ る場所を除いて,主にスダジイやヤブツバキである。樹齢は,急斜面 Iでは約 20年,急斜面 H では約 10年であった。また 測線B付近では急斜面Eに明瞭な崩壊跡地があり,樹齢約 20年 のクロマツが分布していた。崖錐は平均傾斜が約 200 の比較的緩やかな斜面である O 調査地周 辺では現在耕作放棄地であり,地表面には人工の崖や整地跡が残される。開析を受けて浅い谷状 を呈する箇所もあり,下端付近では深さ 2 m,幅1m程度のガリーが形成されている場合があるO 沖積面Iは沖積面のうち高位の面であり,崖錐と

i

骨らかに連続する上位の面と,崖錐末端を侵食 して形成された下位の面とに細分できるO今回調査した測線上に位置する沖積面Iは後者である。 主に宅地として利用されており 聞き取りによれば河川の氾濫による影響をほとんど受けない。 沖積面

E

は現成の氾濫原であり,主に水田として利用されている。

測線

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沖積面I 崖 錐 急斜面n:急斜面I頂部斜面

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図 2 測線 Aの地形断面図と N1Qプロフィール図 断 面 位 置 は 図1を参照

(6)

測線

B

沖積面

I

崖錐 急斜面

E

急斜面

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頂部斜面 1 I ¥ I

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簡易貫入試験位置

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図 3 測線 Bの地形断面図と N1Qプロフィール図 断面位置は図 1を参照 3岡 2.簡易貫入試験の結果 問。値(ロッドが 10cm貫入するまでのオモリの落下回数)に基づいて,NIO

<

5の層を軟弱層, 5孟NIO

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30の層を基盤風化層, NIO孟 30の層を基盤岩とした1)。測線 Aでは台地面から沖積 面Iまで,測線Bでは崖錐だけで調査を行った。前者の結果を図2に,後者の結果を図3にそ れぞれ示すO 測線 Aの台地面(1)では,軟弱層と基盤風化層の厚さが両者を併せて 8mを超える。これらは, 周囲の露頭で確認される主に桜島起源の降下テフラと二次シラスや風化シラスに相当するとみら れる。頂部斜面 (2,3) には,台地面と比べると薄いものの,軟弱層と基盤風化層がともに厚く分 布し,併せて 4mを超える箇所もあるO 地点 3付近で表層 1mを観察したところ,厚い降下テフ ラと二次シラスはなく, 50cm程度の表土とその下位の風化シラスを確認できた。急斜面 1(4~ 7) では,軟弱層が 0.6m程度,基盤風化層が 0.7m程度の厚さを持ち,併せて 1mを超える箇所が多い。 下位の急斜面

E

と比べると軟弱層と基盤風化層が共にやや厚い傾向を持つ。急斜面

I

I (

8

~

1

2

)

では,基盤岩を覆う軟弱層と基盤風化層の厚さは 1m未満であることが多い。地点 8は急な傾斜 のために,表土層が分布せず基盤岩が露出しているO 崖錐との接点付近(

1

2

)

では,上方からの 土砂移動により軟弱層と基盤風化層の厚さが 1mを超える。測線 Aの崖錐 (13~ 19)は,軟弱 層と基盤風化層を併せて 8mを超える箇所 (14,17)があり,上部と末端部でそれぞれ薄くなる。 また,崖錐上部では基盤風化層が,崖錐下部では軟弱層がそれぞれ厚くなる傾向を持つ。つまり,

(7)

6 鹿児島大学教育学部研究紀要 自然科学編 第60巻 (2009) 崖錐堆積物は,河川による侵食を受けたとみられる末端部を除けば,斜面下方に向かうにつれて 徐々に厚くなるとみられるO 測線Bの崖錐 (22~ 27)でも, i&U線Aと同様の傾向を持つことが 明らかとなった。 沖積面1 (21)では,軟弱層と基盤風化層を併せた厚さが5.2mであった。

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腐植層

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年代測定試料採取位置

図 4 地質柱状図と放射性炭素年代値 ピットの位置は図2および図 3を参照 3. 3. 崖錐堆積物の観察結果と 14C年代 掘削した 7 つの試抗で,崖錐堆積物の上部 1~2m 程度を観察した(図的。崖錐堆積物は, 黄褐色 褐色の機混じり砂質ロームを主体とするO 含まれる蝶は平均粒径1~ 3 cm,最大粒径 20 cm程度の白色の軽石が主で,安山岩などが含まれることも多い。亜角蝶を主体とする礁は基 質保持であり,淘汰は非常に悪い。崖錐上部 (a~ c,巴,f) では,黒褐色を呈する埋没腐植層が l 層確認できた。崖錐下部 (d,g)では,明瞭な埋没腐植層はなく,軽石を主体とする目撃層が観察 された。地点gでは,疎層の下位に炭化木片を含む暗褐色の日音色部が認められた。 埋 没 腐 植 層 ( ① ③ , ⑤ , ⑦ ) の 14C年 代 は 全 てModem(IAAA-71772 ~ 71774, 71776, 71778)であった(図4)。また 磯層中の炭化木片(④)と崖錐堆積物中に含まれる木片(⑥) の14C年代も Modem (IAAA-71775, 71777)であった。崖錐堆積物中の暗色部に含まれる炭化木 片(③)の 14C年代は860士 30yr BP (IAAA-71779)であり, CALIB 5.0.2 (Reimer et a1., 2004)

(8)

4岡考察 前章で述べた結果に基づいて,調査地において発生した斜面崩壊の形態とその発生時期につい て考察する。崖錐堆積物の主な構成層である疎まじり砂質ロームは,淘

i

太が非常に悪く,礁が基 質保持であることから,背後斜面の崩壊土砂であると判断されるO さらに,崖錐堆積物中の腐植 層は,崖錐の地表面に植生が繁茂していたことを示唆することから,崖錐が相対的に安定してい たことを示す。したがって,腐植層によって区分される疎まじり砂質ロームの数は,背後斜面の 崩壊数を示し,腐植層の年代は,それを覆う崩壊土砂が供給された時期,すなわち斜面崩壊の発 生時期を示すと考えられるO 崖錐上部 (a~ c, e,

f

;

図 2,3)では,崖錐堆積物中に腐植層が 1 層確認され,それらの14C年代は全てModernであることから,各測線上の背後斜面において崩 壊が過去約50年間に最低 1回発生したと判断される。測線 Bの急斜面 Eには明瞭な崩壊跡が存 在し,そこに生育している先駆侵入植物であるクロマツの樹齢は約20年であったことから,約 20年前に崩壊が起きたと考えられ,前述の判断を裏付けるO また,測線

A

の急斜面

I

に生育す るスダジイの樹齢は約20年,急斜面

E

に生育するヤブツバキの樹齢は約

1

0

年であった。地質は 花両閃緑岩であり調査地とは異なるものの,鹿児島県北西部の紫尾山において,スダジイやヤプ ツバキなどの後継樹種がクロマツなどの先駆樹種から約 15-20年遅れて崩壊地に侵入することが 報告されている(下川,1983)0 この事例を本調査地に適用すると,急斜面Iでは約35-40年前に, 急斜面

E

では約25-30年前に崩壊が発生したと考えられ,前述した判断と調和的である。埋没腐 植層で区分される崩壊土砂の厚さはおおむね50cm以下と薄く比較的土量が少ないと推定される ことや,斜面中腹部における表層滑落型崩壊の実質的な発生間隔が80年程度とされる(下川ほか, 1989)ことも併せて考えると,崖錐上部に記録された崩壊は急斜面

I

および急斜面

E

で生じた表 層滑落型崩壊であるとみられる。なお,急斜面

I

と急斜面

H

では,前述した植生の樹齢の違いと 共に,前者は後者と比べて土層が厚いことや後者の傾斜がより急であることから,後者の崩壊発 生周期がより短い可能性がある。 崖錐下部 (d,g)では,明瞭な埋没腐植層は確認できず,暗褐色を呈する暗色部と,軽石を主 体とする疎層が観察された。近年における崩壊土砂の堆積域では,崩壊土砂堆積後の降雨時に発 生した地表流によって堆積したとみられる軽石牒が地表面に多く観察されることから,蝶層は暗 色部と共に過去の崩壊土砂を区別する鍵層になると判断した。地点dの疎層中に含まれる炭化木 片の14C年代はModem,地点gで観察された暗色部に含まれる炭化木片の年代は790~ 730 cal BP (1σ)であることから,崖錐下部まで多くの土砂が到達する崩壊は過去約50年間と約760 cal BPにそれぞれ発生したと考えられる。しかし,前者については,崖錐上部に記録された崩壊 と同じである可能性もあるものの,人工的な整地の状況が未だに保存されていることから, 1m 程度の厚い土砂が堆積するような崩壊が過去約50年間に発生したとは考えにくく,喋層の 14C 年代は現代炭素の汚染の影響を受けた可能性が高いとみられる。そこで,崖錐下部に記録された 崩壊は,過去約800年間に2回,つまり約400年間に l回発生したと仮定すると,下川ほか (1989)

(9)

8 鹿児島大学教育学部研究紀要 自 然 科 学 編 第60巻 (2009) が指摘した表層落下型崩壊の発生周期(504年)と比べてやや短いものの,大きな差は無い。また, 前述したように急斜面

I

および急斜面

E

で発生した表層滑落型崩壊による土砂の大部分は崖錐上 部にとどまるとみられることから 崖錐下部まで多くの土砂が到達する崩壊は,比較的規模の大 きい(土砂量の多い)崩壊であることが予想される。これらのことから,崖錐下部まで多くの土 砂が到達する崩壊については 表土層の薄い急斜面

I

および急斜面

H

において崩壊面積の広い表 層滑落型崩壊が発生したと考えるよりも,頂部斜面において厚さ数mの軟弱層および基盤風化 層が落下する表層落下型崩壊が,急斜面

I

および急斜面

E

の表層滑落型崩壊と同時に発生したと 考える方が妥当であろう。また,上記の崩壊発生時には,崖錐上部も同時に崩壊する可能性が高 く,その土砂も堆積していると推定されるO この推定は,崖錐上部では崖錐堆積物の上部におい て埋没腐植層を複数確認できないこと,崖錐堆積物全体の分布が斜面下方へ向かつて徐々に厚く なることと矛盾しない。 5.まとめ 本研究の結果は以下のようにまとめられるo1)調査地周辺の斜面は,上位から順に,頂部斜面, 急斜面1,急斜面

I

T

,および崖錐に区分される。

2

)

急斜面

I

と急斜面

E

の境界は,入戸火砕流 堆積物と垂水火砕流堆積物の境界に一致し,急斜面

I

の構成層は前者,急斜面

H

の構成層は後者 である。 3)崖錐上部には急斜面 Iおよび急斜面 Eの表層滑落型崩壊の記録が,崖錐下部には前 者に加えて頂部斜面の表層落下型崩壊の記録が,それぞれ保存されていると推定される。 4)表 層滑落型崩壊は過去約50年間に1回,表層落下型崩壊は過去800年間に2匝発生したと推定され, 従来指摘されている発生周期と調和的であるO 謝辞 鹿児島大学教育学部社会専修の川越一樹氏,佐伯直史氏,小山貴弘氏,志垣太朗氏,福崎章仁 氏には,現地調査を手伝っていただきました。ここに記して感謝いたします。本研究には,平成 18年度福武学術文化振興財団歴史学・地理学研究助成金(研究代表者:伊藤晶文)を使用した。 本稿は, 2008年度東北地理学会春季学術大会にて発表した内容を加筆修正したものであるO 注 1)実際には,一度NIO孟5の値を示した深度よりも深い箇所で NIO

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5の値を示すことがある。その場合は,再び NIO

<

5の層が出現する深度までに NIO註10の層が20cm以上ある場合は無視し,ない場合には再び出現した深度 までを軟弱層と判断した。 文献 下}II悦郎 (1983):崩壊地の植生回復過程.林業技術,496, 23-26, 下川悦郎・地頭菌 隆・高野 茂 (1989):しらす台地周辺斜面における崩壊の周期性と発生場の予測.地形,10,

(10)

267【284. 谷口義信・内田太郎・大村 寛・落合博貴・海堀正博・久保田哲也・笹原克夫・地頭薗 隆・清水般・下川悦郎・ 寺田秀樹・寺本行芳-日j甫啓全・吉田真也 (2005): 2005年9月台風 14号による土砂災害.砂防学会誌, 58【4, 46-53. 福島大輔・小林哲夫 (2000):大隅降下軽石に伴う垂水火砕流の発生・堆積様式.火山, 45, 225-240. 森脇 広・町田 洋・初見祐一-松島義章 (1986):鹿児島湾北岸におけるマグマ水蒸気噴火とこれに影響を与え た縄文海進.地学雑誌, 95, 94-113. 森脇 広・松島義章・町田 洋・岩井雅夫・新井房夫・藤原 治 (2002):鹿児島湾北西岸平野における縄文i毎進 最盛期以降の地形発達.第四紀研究, 41,253-268. 吉永秀一郎・西城 潔,小岩直人 (1989):崖錐の成長からみた完新世における山地斜面の削剥特性.地形, 10, 179-193.

Reimer, P.J., Baillie, M.G.L., Bard, E., Bayliss, A., Beck, J.W., Ber住and,c.J.H., Blackwell, P.G., Buck, C.E., Burr, G.S., Cutler,

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B., McCormac, G., Manning, S., Ramsey, c.B., Reimer, R.W., Remmele, S., Southon, J.R., Stuiver, M., Talamo, S., Taylor, F.w., van der Plicht, J. and Weyhenmeyer, C.E. (2004) : IntCal04 terrestrial radiocarbon age calibration, 0目26cal kyr BP. Rαdiocarbon, 46, 1029【1058

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①旧赤羽台東小学校の閉校 ●赤羽台東小学校は、区立学 校適正配置方針等により、赤 羽台西小学校に統合され、施

83 鹿児島市 鹿児島市 母子保健課 ○ ○

地域 東京都 東京都 埼玉県 茨城県 茨城県 宮城県 東京都 大阪府 北海道 新潟県 愛知県 奈良県 その他の地域. 特別区 町田市 さいたま市 牛久市 水戸市 仙台市

①自宅の近所 ②赤羽駅周辺 ③王子駅周辺 ④田端駅周辺 ⑤駒込駅周辺 ⑥その他の浮間地域 ⑦その他の赤羽東地域 ⑧その他の赤羽西地域

解析モデル平面図 【参考】 修正モデル.. 解析モデル断面図(その2)

 宮城県岩沼市で、東日本大震災直後の避難所生活の中、地元の青年に

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Key words: earthquake, stone wall, collapse, castle, surface wave exploration, elastic wave exploration, ground penetrating radar.. 1.は じ