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環境 Environment について

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Academic year: 2021

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(1)

意義場電 Environment "こ引っし、て了 中 嶋 和 久 (帝塚山短期大学) 『環境

J

とは普通「人間・社会集団などを取り囲む状況j ・f生物の周りにあり、その 生活機能に影響を与える外界j という意味でわれわれは使用しているが、 「環境

J

という このことばを巡って検討することで、 「環境Jについての基本的思考上の問題点を明らか にしたいc

1

.環境とは何か 環境という言葉は、 environment

surrounding

circumstancesといった英語やdieUm -gebungen

die Umstandeといったドイツ語からも見られるように、 「あるものの周りを囲 むものごとJを意味しているといえる。 いま、 fあるものjを

rXJ

r

(周りを囲む)ものごとjを

rYJ

と置き、この

2

つ の項を環境という関係で結ぶと

rx

の環境としての

Y]

と表される。

rYJ

rXJ

の環 境である。この

ryJ

rXJ

の周りを囲むものごとであるから、

rYJ

rx

以外のす べての存在するものごとJを基本的には指示する。 では、自然環境ということばは、

rx

の環境としての自然jか「自然の環境としての

YJ

かのいずれかであるが、われわれの一般的な使用意味は

rx

の環境としての自然Jの方で ある。すると、地球環境とは

rx

の環境としての地球jということになる。したがって、

rOO

環境

J

と呼ばれていることばの

rOOJ

rYJ

である。自然環境は f自然の環境

J

の意ではない。地球環境は f地球の環境

J

の意ではない。

rYJ

は上述したように基本的 には

rx

以外のすべての存在するものごと

J

を指示している訳だが、

rOO

環境

J

と言表 した場合、

rYJ

rx

以外のすべての存在するものごとjの中から

rOOJ

だけに限定 したことを意味することになる。すなわち、

roo

環境

J

とは

rx

の全環境の内の特殊部 分的に限定した環境jを指し示したことばであるといえる。従って、自然環境とは

rx

の 周りを囲む全環境の内の限定された環境としての自然

J

のことであり、地球環境とは

rx

の周りを囲む全環境の内の限定された環境としての地球Jのことである。 しかし、

rOO

環境

J

と表されたすべてのことばにおいて、そこには

rXJ

は示されて はいない。では

rXJ

は何であるのか。

rx

の環境としての

YJ

の意味は

rx

にとっての環境としての

Y]

と書き換えても変わ らないであろう。すると、

rx

とは何かJの聞いは「何にとっての環境であるのかJの問 いであるとも言える。

rXJ

は一般には至極当然のこととして「人類

J

であるのか。

r

日 本人jであるのか。

r

家族Jであるのか。

r

われjであるのか。それとも「生物jなのか。 fわれjにとっては、 f汝jも「彼jもすなわち「われ以外のものすべてJが「われjの 環境になるであろう。また、 「汝jにとっては「汝以外のわれを含めたすべてjが環境と なる。

r

人類j にとっては「人類以外のすべてのものjが環境になる。

rXJ

を変数項と考えると

X

によって

rYJ

が同じことばでも

Y

の指し示すものごとが 変化する。すなわち、 「人類の環境としての自然Jと「生物の環境としての自然Jと較べ

(2)

ると同じ「自然jであっても前者の人類にとっては「人類以外の生物をも含むすべての自 然Jを指し示し、後者の生物にとっては「生物以外のすべての自然Jを指し示すc後者で は場合によってさらに「人類Jをも含むかもしれないc このように環境ということを考える場合、 f何にとっての環境なのかjをはっきりと見 定めて置かないと同じことばを使用していても、互いに異なった概念で論議する羽目に陥 る。 「地球環境j

「自然環境J と一般にいわれる場合は、 rXJ は人間ないし人類を指示 していると思える。 rXJの限定がない場合は一般に f人間Jか、人間である話し手であ る fわれJを指示していることにする。それでは f人間環境jとはどういうことであるの か。 rxにとっての環境としての人間jの中の rXj に人間を入れると「人間にとっての 環境としての人間j という意味になる。 ryJは rxにとっての環境」である場合、 rx 以外のもの」である。 rXJ と ryJとが同一になることは矛盾する。では、 「人聞にと っての環境としての人間Jとは如何なることか。この場合は、-rXJ と rYJ が同ーのこ とばが使用されているときは、互いの指示するものが異なると考えればよい。

r

ある人間 にとっての環境としての(ある人間以外の)他の人間j と捉えればよい。 では、

r

(ある)人間の周りを囲む環境Jを総合的に研究対象にするとき、 「人間 の環境Jを科学するという意味で「人間環境科学Jと使用できるか。上述の主旨で 判断すると困難に思われるc環境としての人間を研究対象とするということになる からである。

r

何にとっての環境かjが明らかにされていない場合は「人間jであ ることが共通認識されているのであれば、

f

環境科学jでその意味が通用するはず である。人間を取り囲むあらゆる環境を研究対象にしたいことを強調したいときは 「総合環境科学j と名付けるとよいように思われる。 次に環境ということばを生物学的な意味で「ある生物の周りを囲み、その生活機能に影 響を与える外界にあるものζとjと捉えると、ここには上述のことばの意味を限定する基 本的なことが二つ登場する。 rXJ が f生物に限定されることJ と、 ry JがXの「生活 機能に影響を与える」ものごとということである。 rXJ が生物に限定されることは生物 こそ外界の環境に依存しながら生存しているからであり、生物以外のもの、すなわち生命 体でないものは外界の環境に依存せず存在していることから、すぐれて「環境Jとは「生 物にとってJに限定されることは当然であるc そして、環境は単に周りを囲んでいるもの ごとであるものでなく、その生物の「生活機能に影響を与えるjものごとととして存否を 担う意味をもってくる。ここに環境ということが重大な意味を持つのである。 「何にとっての環境かjを検討して置かねばならないと先に言ったが、環境問題を考え るとき、人間にとっての環境のみを考えるのではなく、生物にとっての立場から考えねば ならない。というのは、環境破壊によって生命の危機に陥るのはなによりも人間よりも弱 いある種の生物であり、人類という生物は他の生物よりいくらかの部分で優れているが、 生物の一員であることに変わりがないからである。そして、人間よりも弱い生物にとって の環境としての地球自然が生存の危機を招く状態が生じてくるなら、今はまだ人聞にまで 影響が出ていないかもしれないが、いづれ人間にも影響がでてくるという可能性が大であ

(3)

るからであるc 自然環境の変化に人間よりもはるかに敏感に反応する生物がたくさんいる ことは我々は学んできているのだ。擬人的に言うならば、自然環境の変化を「認知・自覚j することが人間よりも先にできる能力をもっている生物がいるという事実である。この様 な意味から「生物にとってのJ視点、に立って考えることが基本的なことだと考える。

2.

内部環境と外部環境 環境は、すぐれて環境として意味をもつのは生物においてであることは既に述べたが、 このことについてもう少し検討してみよう。 生物は体内に生命機能をもっているから生物なのであり、生命俸としてある。それは体 内と体外との境界を持つ。すなわち内と外の区別がある。そして内が外に依存して生きて いる。少なくとも、生物は内に生命機能を持ち、外の環境に依存しながら生きている。地 球上の生物のほとんどが水と酸素と一定の温度に依存して生きている。外の環境に依存し て生きているということは、外の環境から生きていくに必要な物質を体内に取り込むだけ でなしに、外の環境からの刺激変化に内の生命機能が反応して生命を維持していることを 意味する。体内には生命を維持するさまざまな機能を司る器官などによって構成されてい る。これは生命体にとって外の環境に対して内の環境という意味で f内部環境jと言うこ とができる。生命体にとって内部環境はホメオスタシス (homeostasis恒常性)をもって おり、生命体はホメオスタット (homeostat恒常体)として一定の状態に保つ自己安定を 保つようにできている。外部環境の一定の変動幅に対しては常に一定の状態を保つように それ自身の内部に形態的・生理的制御装置をもっている。そしてまた外界への働きかけと しては刺激に対して一定の反応という形で本能的作用をすることによって自己保存してい るといえる。従って、生命体は基本的には外部環境の一定の変動に対しては適切巧妙に反 応して内部を一定の状態に保つ内部環境を持っているといえる。 環境問題とは人間の外部環境としての地球自然の悪化によるものである。人間にとって の環境悪化が人為的諸行の結果としてもたらせ、それが人間の生命の存亡に関わると自覚 された時、それを環境破壊と呼び問題化しているのが現状であろう。ところで、われわれ はこれを「地球環境問題J"と呼んであるが、地球環境が問題なのであろうか。地球の外部 環境は「宇宙環境jと呼びうる。外部環境は宇宙全体であるが、大きな影響を及ぼすもの は太陽とか月そして地球に接近する琴星等がある。しかし、現在問題になっている環境破 壊といわれているものはこれらの外部環境の変化によるものでない。

r

地球環境j問題と いっている場合は地球の外部環境なのか内部環境のいずれが問題化されているのかc先に 「地球の外部環境j は地球以外の宇宙全体であるといった場合、 「地球Jということばに は「地球上に生息する生物や水や大気等Jといったものが含まれている。したがって、地 球の内部環境の悪化が問題になっているのだ。しかし、地球の内部環境の悪化によって地 球そのもののが存否の問題に立たされてはいない=地球にとって内部環境である人間や生 物が滅亡しようと地球そのものの存否には預かり知らぬことであるといえるだろう c了度、 人間の内部環境としての「ある寄生虫Jや「一部の皮膚jがなくなっても人間自身の生存 に影響しないのと似ているc また、ことばの使用上では、地球ということばに大気圏下に あるすべてのものごとを包含しているとき、 「地球環境jは不適切というべきである。

(4)

ところで、 「地球jということばが、物理的な地球を指し示している場合は、確かに地 球の周りを囲む地球上の自然界が悪化しているのであるから、 「地球環境」が問題である といえる。人間にとっての環境としての地球自然が問題なのである。しかし、地球自身に とって問題化しているとはいえない。地球そのものの存否には関わらないからである。 この論議は「地球の環境

J

を、すなわち

rXJ

が地球であり、地球の外部・内部を問題に 下のである。地球にとって外部環境と内部環境の変動幅が多少あったとしても問題になら ない。今日、 「地球にやさしくjなんて叫ばれているが、地球にとっては痛くも摩くもな いといえる。やさしくすべきは「地球上に住む生物にjである。

3

.なぜ人間にとっての環境が問題化しているのか。 人聞が人間自らにとって生存しにくい環境を作り出してきたことを自覚したからである と言えるc すなわち、 1)生存しにくい環境であると「自覚jせざるをえない状況までき ていること c 2)この環境を人間自らが作り出してきたこと。 自然環境の変化は地球の歴史の中で幾たびともなく生じてきたs そして人類が生存可能 な自然環境の中で人類が生まれてきた。人類は一生物として裸のままで自然環境の中で適 応するにはあまりにも弱く、自然環境の変化によって人類の存否を、幸不幸を左右される。 そこで「第

2

の自然Jともいうべき文明を創造し発達させ、自然からの驚異を取り除き快 適に生きら批るように努力してきたc

F-

ベーコンの主張通り、人類の生存のためにそし て幸福のために近代科学技術は貢献してきた。しかし、結果として現在、近代科学技術に よる機械産業文明によって「自然破壊Jが生み出されてきたcそれも、地球規模での自然 環境が悪化していることが判明してきたc地球規模でまで至らず、地域的なものであるな ら今日のように問題化されなかったのではないかと思われるc というのは、地球上のある 地域で自然環境の悪化が生じていても、全体にまで及ぼさない程度であれば危機意識まで 高まらなかったと思うからである。(核問題はその典型であろう。) そもそも人類がそれぞれの地域で農業中心の文明でもって生存し始めた時から自然破壊 は始まっている。現代でも焼き畑農業などが伝統的に続けられている地域がありますが、 自然破壊といえば自然破壊であります。しかし、これは小規模で‘地域的で‘あるため問題化 しなかった。しかも、この自然破壊をともなう農業は直接そこに住む人々の生存にかかわ るものであった。だからその地域の人々にとっては、問題化されることはなかった。 近代科学技術に支えられた近代文明によって、大量生産を可能にする機械による産業の発 達に伴って、加速的に自然的資源の大量消費の増大が起きてきた。自然的資源の大量消費 はとりもなおさず、自然環境の悪化を促進してきた。それも地球規模の自然環境が悪化す るほどの大量に。これは f量Jが問題化されていることです。 では、 「質Jはというと、生産過程で作り出された物質がエコロ・システムの申で自然 的物質に還元されていくなれば基本的には問題にならないだろうが、還元されずに自然界 に蓄積していくと問題が生じることがある。例えば、放射線物質・フロンガス・カドミウ ム・ダイオキシン等。しかし、これは生産を中止するか、自然界に流出防止すれば根本的 に解決する。むしろ、エコロ・システムの中で還元されていくものでも、そのシステムの 還元可能量の限界量を超えると蓄積されてしまい自然界のエコロ・システムを破壊してい

(5)

ることの方が現在問題化しているc このことは、 「質jの問題もあるが根本的には「量J の問題に帰するであろう c したがって、 「量の制限jが基本的課題になると言える。人間の飽く無き欲望の追求と 人口の増加による「生産量・消費量の増大jによって自然環境の悪化・破壊が生み出され たことを考えてみると、自然環境の悪化・破壊は人聞が作り出してきたものである。人口 の増加は短期的に解決することはできないが、人間の欲望の追求による消費量増大・生産 量増大は我々人間自身の「自覚的欲望抑制

J

によってしか根本的には解決の道がないよう に思われる。個人の f自覚的欲望抑制jはこれまた短期的には困難である。なんらかの 「意識革命」でも起きぬかぎり主体的に個人のレベルに期待するのは難しいが、教育や危 機意識に訴えていくことは長期的に為さねばならないことである。では、現実に「量の制 限Jはどうすればいいのか。政策的レベルで社会的経済的規制を実施していくしかないよ うに思われる。

4

.環境問題 今日いわゆる環境問題と言われているその環境とは、地球環境破壊や自然環境破壊とよ ばれているように地球上の自然であり、人間にとっての自然環境に対する人類の生存危機 の意識が生じてきたことによって問題化されている。しかし、本当に人類にとって生存の 危機であろうか。確かにオゾン層の破壊は人類のみならず生物全体の生命的危機をもたら すであろうが、二酸化炭素やメタンガスの増加による地球の温暖化によって人類の生存危 機にまで至らないのではなかろうか。酸性雨にしても然りである。 しかしながら、生物のレベルで見ると絶滅する種があることは確かであろう。人間とい う生物にとっては環境の変化が生命的危機にまで影響しなくても、ある種の生物には影響 を与えることは有り得るからである。人類の生存についても、ある環境の変化がある地域 や民族国家の人聞にとっては生有の危機に影響を与えない場合でも、他の地域や民旅国家 の人間には影響を与える場合があるc 天候による長期の干ばつや砂漠化によって農作物の 生産ができずになって餓死者が多数でていることなどはこの例であるc しかし、この場合 は自然環境が直接人聞の身体の生存危機を招くといったものでなく、食糧問題という社会 的経済的環境とでもいうべきものが問われなければならない。農作物が自国で生産できな くともそれを輸入する経済力があれば、その国の人間の生存危機には至らないからである。 このようなことを考えに入れて環境破療による生存危機を問題にするとき、生物的生存 環境として問題なのか社会的経済的生存環境が問題なのかを明確に区別することと、環境 の変化に対しての適応力の強弱の区別を考慮に入れて考察することが必要であると思われ る。例えば、生物的生存環境の変化に対して適応力の弱いものがある環境破壊の状態を問 題視していても、適応力の強いものは問題視しない場合がありえるということであるが、 このことは社会的経済的生存環境の変化に対して適応力の強弱の違いにおいては著しい。 環境破壊による変化によって生存の危機にまず追いやられるのはその変化に適応するカの 弱いところの弱者からである。硫黄酸化物や窒素酸化物による大気汚染・化学物資の垂れ 流し等による水質汚染・土壌汚染等どれをとっても社会的経済的生存環境に対して強者で ある国や地域ではこれらは社会的経済的力でもって改善することができるが、社会的経済 的力のないところでは改善するどころか悪化の道を辿っていくので生存の危機に追いやら

(6)

れるのである。また、二酸化炭素等の増加による温暖化によって海抜上昇が生じるといわ れるが、莫大な資金を費やせばそれによる国土の縮小は妨げるし、生存の危機にはならな いが、海底に沈み行く土地につながれ移住すらできない人々や社会的経済的力のない国は 生存の危機に見舞われることは必定である。 環境問題を考えるときは、生物的生存環境と社会的経済的環境との変化に対する適応力 の弱いものの立場に身をおくことを忘れてはならないc f我も人間なり、およそ人間の為すところのものは我にとってよそごとでは有り得ない (homo sum

humani nihil a me aliennum puto. ) J Terentius 195-159 B.C ローマの 喜劇作家 「我も生物なり、・・・・・ Jとも考える時が来ているようであるむ

参照

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