はじめに
本稿は, 地域にある市井の寺院が, 福祉・住民サイ ドからの働きかけによりひととひとを繋ぐ場としての 社会資源として福祉的に活用できるのではないかとい う仮説をもとに, ある地域実践活動を事例として考察 するものである.Ⅰ
研究の目的
研究の目的は, 地域の中にある寺院が宗派や檀家に 護持される属性的基盤を持つことを前提としながらも, 孤独・無縁といわれる社会的関係性の希薄化の中で社 会資源の一端として位置づくのか, 更にひととひとを 繋ぐ場・精神性を有する場として福祉的活用ができる のかを明らかにしていくことである. 本稿では社会的資源とは, 一般的に地域の福祉問題 の解決に向けて, 保健・医療・社会福祉その他あらゆ る制度や施策, サービス, 人材・施設・資金・アイディ ア等, フォーマル, インフォーマルなサービスを含む 全ての事象と定義し, 福祉的活用とは, ひととひとを 繋ぐ場・精神性を有する場として機能できることと定 義とする. 本稿の独自性は, 宗教施設の教化という意 味での活動ではなく, 寺院の周辺 (福祉・市民サイド) からの働きかけから寺院・住民双方の意識の変化を資 源として活用に繋げるという試みである. このような 取組みを通しての研究は先行研究・事例においてもあ まり見受けられない.The Study of Social Well-Being and Development 第 16 号 2021 年 3 月 論文要旨 本稿は地域にある寺院が社会資源として位置づき福祉的活用が可能となるかという仮説を, 福祉サイド, 住 民サイドから寺院に働きかけた実践から考察した. 寺院による教化としての発信ではなく, 福祉・住民サイド からのアプローチにより福祉的活用の場になるのではないかという点で独自性を持つ. 本稿ではひととひとと の繋がりの場として寺院が有効に機能することをもって福祉的活用と定義した. まず, 社会的政策動向から社 会的繋がりの希薄さに対し, 繋がりのある社会が求められていることを明示し, 先行研究からの寺院の役割の 重要性の示唆を前提に, 研究は特別養護老人ホーム職員の寺院に対する意識調査, 実践としての取組み 「また きてカフェ in 報恩寺 (認知症カフェ=居場所づくり)」 への参加者, スタッフに寺院のイメージや参加して の意識についてアンケート調査・インタビュー調査を行い把握した. 結論として①福祉サイドからの寺院住職 へのアプローチ, ②住職寺院による福祉的知見の意識化, ③地域住民・地域住民組織としての寺院への地域に おける位置づけの意識化, ④内心の自由, 公私分担論の検討, ⑤交通弱者や寺院の非バリアフリーに対する物 的環境条件の整備等を通すなかで寺院が開放されることにより, 住民も寺院も社会資源として認識することが でき住民からの福祉的活用が可能となると結論づけた. キーワード:寺院, 社会資源, 地域住民, 社会的活用, 可能性
Keywords:Temple, Social Resources, Local Resident, Social utilization, Possibility
研究ノート
社会資源としての地域寺院の福祉的活用の考察
Consideration on Social Welfare of Local Temples Utilization as Social Resources
奈
良
修
三
NARA Shuzo
Ⅱ
研究の背景
今日の社会保障・社会福祉を巡る動向 今日の社会保障・社会福祉分野においては 「SDGs (持続可能な開発目標)」 「全世代型社会保障」 「地域共 生社会」 「地域包括ケアシステム」 というスローガン が政策化されている. 「全世代型社会保障」 では超高 齢社会に向けて 70 歳までの就業の確保, 年金受給開 始年齢の引上げ等が強調されている. 「地域共生社会」 は 「制度・分野ごとの 縦割り や 「支え手」 「受け 手」 という関係を超えて, 地域住民や地域の多様な主 体が 我が事 として参画し, 人と人, 人と資源が世 代や分野を超えて 丸ごと つながることで, 住民一 人ひとりの暮らしと生きがい, 地域をともに創ってい く社会」 (2017.2.7 厚生労働省) とされている. 「地域 包括ケアシステム」 は団塊の世代が 75 歳以上となる 2025 年を目途に 「医療・介護・予防・住まい・生活 支援」 を包括的に確保する施策として展開されており, 地域共生社会の実現に向けた包括的支援体制の高齢者 版として位置づ付けられている. これらの施策におい ては人口減少, 超高齢少子化社会, 人間関係の希薄化, 孤立, 無縁と言われる今日, 我が国が公的支援制度の 枠を超えて地域, 家庭, 職場の希薄した関係を再構築 することが求められている. 仏教寺院・神社の歴史的立ち位置とその福祉的な 役割の概観 仏教寺院・神社は, 一般的に神社仏閣と言われ, 文 化財的としても扱われる. 神社における神は祀ってく れる人がいればなんでも神になれるのであり, 御神木 といわれるように自然の驚異やその時代の知識では説 明できない自然現象などに霊性を感じ, 信仰されるこ とで御神体は石でも鏡でもよく信仰の対象は特定され ない. 一方, 仏教は, 6 世紀にインドから中国, 百済を通 して輸入された釈迦を開祖とする外来宗教, 教祖がい る創唱宗教である. 日本における神仏は古来 「神仏習 合」 であった. 神 仏 の 歴 史 に お い て 重 要 な エ ポ ッ ク は 明 治 初 期 (1868 年∼1872 年頃) の 「神仏分離令・判然令」 に よる廃仏希釈である. 寺院に対して徳川幕府は, 寺檀 制度を政策的にキリスト教を排し住民を寺院の檀信徒 として登録させるという戸籍を管理する役場的機能と して制度化した. 明治初期の廃仏希釈は寺檀制度の廃 止や仏像・経本の廃棄などを行い, 神社においては一 村一社として日本人の精神的な意識を統一化させると いう国家神道のもとに統廃合され官僚的支配に属され ることとなった. 今日, 神社は約 81,000 社, 寺院は 約 77,000 寺あるとされる (文化庁宗教年鑑 2018). 人口減少に伴う檀信徒の減少, 後継者の減少, 都市と 地方の格差, 家の宗教から個人の宗教への変化等によ り, 廃寺, 無住寺, 1 人の住職が複数の寺院の住職を 兼ねるという 「兼務寺」 が増大し寺院の基盤そのもの が揺らいでいる. 神社においても同様で祀り手・氏子 の不足が深刻になっている. 仏教における福祉活動は 聖徳太子の四箇院から行基による困窮者救済事業を始 め多くの事業が取組まれてきた. 民衆と共にという視 点からは, 中世以降寺院は 「公界・無縁所・縁切り寺」 と言われるように権力から困難から身を守る場所とし ての 「アジール」 としての役割を果たしてきた. 現代 においてもこども食堂や相談活動など地域福祉活動に 取組む寺院もあるが, 多くの仏教寺院は葬儀, 法事し かしない葬式仏教に終始していると見える.Ⅲ
先行研究
寺院の社会的立ち位置 図 1 は野口が作成した 「地域包括ケアの構図―点と 線, そして面へ」 である1). A 群を公的制度的サービ スの面的対応と位置づけ, B 群は要援護者を中心に親 族や近隣住民などが協力しあう地縁的なネットワーク と位置づけている. C 群はそれらを取り巻く地域資源 の活用を住民が主体となる取組みの広がりとして表し た. 神社・仏閣は子ども食堂や宅配サービス, 町内会 の見守り支援と同様に C 群の支援組織として位置付 けている. 更に早川は神社・寺院について, とげ抜き 地蔵 (東京巣鴨)・くぎぬき地蔵 (京都西陣) などを 例に挙げ, 寺院や神社は昔から福祉空間であった. 人 びとの気持を和らげ, いやしてくれる場所であり, 散 策や憩い, 精神的安定, 敬虔な気持ちをやしなう場で あり, 宗教的諸行事は地域コミュニケーションの場で あり, 日本人のお寺や神社への参拝は強い信仰心によ るというよりも生活の中に定着した, いわば生活習慣 的信仰心とでもいうようなものかもしれないと述べて いる (早川 2006:4). しかし, 野口や早川においては, 地域の中で神社仏 閣を社会資源としてどう位置づけるかについては理論的に言及していない. また, 住民の近隣でのつきあいや社会的交流, 社会 活動への参加を検討する概念としてソーシャル・キャ ピタルの考え方が示されている. ソーシャル・キャピ タルはロバート・D・パットナムの考え方だが, 人々 の協調活動を活発にすることによって, 社会の効率性 を高めることのできる, 「信頼」 「互酬性の規範」 「ネッ トワーク (きずな)」 とした社会組織であり, 物的資 本や人的資本等と並ぶ新しい概念とある (パットナム: 9-28). ソーシャル・キャピタルを神社仏閣の果たした役割 から考察したのが, 伊藤高弘 (2017) らである. 伊藤 らは, 神社の存在は盆踊り, お祭り (神輿) などを通 じて地域のコミュニティのハブとして地域連帯機能を 果たしてきたことで互恵性に有意にプラスの影響を与 え, 寺院・地蔵菩薩の存在は神仏や死後の世界 (来世) の存在を通じて信頼, 互恵性, 利他性に有意のプラス を与えるとした. 寺院・地蔵菩薩が子供の頃に近くに あると, どんな悪事も天には必ず知られている, 神仏 は存在するというスピリチュアルな世界観を持ちやす くなるという傾向が高くなるとしている. 同時にこれ らは信仰心を高めるというルートを通していないこと をあげている (伊藤他:2017:3-12). 櫻井はソーシャル・キャピタルとは, パットナムに 依拠して社会資本もしくは社会関係資本と訳され, 社 会や他者への信頼, 互恵性, ネットワークの総体を示 す概念であると定義し, 寺院仏教が地域社会のソーシャ ル・キャピタルとなる可能性を 3 つのクエスチョンか ら挙げている. ①寺院は地域社会の檀徒やそれ以外の 住民とどのような関係を取り結び, 日常の法務や行事 においてどのような関係の維持・強化を図っているの か. ②寺院の住職や家族 (寺庭婦人/坊守などの寺族) は地域社会でどのような公職 (民生委員や教育委員な ど) やボランティア的な社会活動を担い, 地域社会の 活性化に寄与しているのか. ③仏教寺院の存在が地域 の人々に提供する物心両面の意義とは何か. 櫻井は仏 教寺院が震災時には緊急避難場所になったこと, 慰霊・ 追悼の拠点であることが改めて確認されたが, 平時に おいて地域の人々は寺の存在をどのように認識し, そ れぞれの人生観や社会観とかかわらせているのか (櫻 井 2016:30-37) と指摘し, その理由を寺院が地域の 中で日常から社会性を意識・活動していることに求め ている. 大谷は地域社会の中で宗教者たちが市民と共 に公共的な役割を果たし, 新しいつながりをつくり, それまでのつながりを結びなおすことで地域社会をつ くる宗教の具体的な姿が浮かびあがってくるであろう (大谷 2012:36) と述べている. 島薗はアメリカの宗 教学者カレン・アームストロングやオーストラリアの 社会学者アラン・ケリヒアが提唱しているコンパッショ ネート・シティ−ズ (Compassionate Cities) とい 図 地域包括ケアの構図―点と線, そして面へ
う構想を紹介し, 「共感都市」 「共感の倫理」 を解説 している. 「共感都市」 とは 「共感の倫理」 に支えら れており同じ地域社会に住む人々の悲しみに共感する ことは, そのコミュニティの住民全員が健康に生きる ためには欠かせない倫理である. 共感とは, 単なる個 人の受動的な感情にとどまらない, より包括的で, 環 境を実際に変えていくような実践的な倫理であるとさ れ, 日本の地域社会には, 宗教者だけでなく, こうし て地域のつながりを考えていく人たちがおり, 社会福 祉協議会の人たち・行政の関係者, そして医療関係者 や介護に携わる人たちに至るまでの人たちと宗教者が 協力する可能性が世界的にも注目されていると述べて いる (島薗 2020:127-129). 川又もお寺や僧侶が地 域社会の人々と連携する拠点となって, 様々な役割を 果たせることが 「多世代共生社会, 多文化共生社会」 のキーワードの一つであり, それをどのように実現し ていくかお寺が果たす役割はとても大きいのではない かと述べている (川又 2020:139). 伝統仏教 13 派中の最も寺院数の多い曹洞宗宗務庁 からは 2016 年度に 生き活き寺院 1 寺院 1 事業の 手引き[入門編] (福祉活動・福祉活動) が発行され, 地域のあらゆる人びとが集える 「生き活きになるため に」 というコンセプトで難易度別に Step 0∼Step Ⅳ までに分けて活動を促しており, 宗門においても地 域福祉活動を展開することの重要性を末寺に対して表 明している. 寺院が果たす役割としての公益性と公害性 宗教施設としての寺院が地域的な活動を実施する上 で法的な検討を試みる. 憲法第 89 条には公の財産の 使途制限があり, 一方では宗教法人法第 6 条に宗教法 人は, 公益事業を行うことができる, 更に公益事業以 外の事業を行うこともできるとされている. 何をもっ て公益事業とするかは多くの議論のあるところである が, 少なくとも宗教施設は公益事業として宗教活動以 外についても行うことが許されていると解釈できる. 島薗は宗教やお寺の公益性として, 社会全体で共有 され, 人々が共通して持つ死の問題や様々な心の痛み, 人間関係の困難, 人生の意味を考えるにあたって宗教 に何ができるかという点に公益性の基礎があるとして いる (島薗 2009:50-59). 外科医であり仏教学者で もある田畑も福祉・介護・看護・医療は, 老・病・死 の課題を共通に抱えているということである. この課 題を抱えている福祉・看護・医療教育は, 仏教抜きで ずっと展開してきている. ドイツなどから西洋医学を 学ぶ時に, 宗教性抜きで, 医学的知識と医学的技術だ けを求めて, 取り入れて, 宗教性というものは全く抜 きで展開した. だからその後の医学教育・看護教育に は, 殆ど宗教性というのは, 特に公の教育においては 無いと田畑は指摘している. 従来医療の現場では 「死」 は医療・医師の敗北という意識で捉えられてきて, QOL という患者本人の生活・意志を無視した形で進 行してきた歴史がある. 田畑は科学的合理性だけでは 「老病死」 に立ち向かうことができないとし, 宗教・ 仏教思想が必要であると説いている (田畑 2012:235-266). 一方で島薗は宗教の 「公害性」 にも触れている. お 寺が現代の痛みについて人の痛みに鋭敏であれば, 従 来のお寺の活動とは違う活動に伸びていくことは自然 であるが, 「公害的な面」 もある. 公害的な面とは, なぜ政教分離的なことが必要であるか, 多元的な宗教 のそれぞれの自由ということが大切であるかというこ とにもつながるが, 宗教の中には, ある限られた集団 の利益と結びつく側面がある, それは他の人たちを排 除する方向に向かうことがある. 自己利益, 集団利益 のために他者を排除する. 住職の利益とお寺の利益が 一致してしまう. 自分たちこそ正しいという信念で自 分たちの勢力を広げることが公益なんだと思いこんで しまう. これは公害であると述べている (島薗 2009: 50-59). 思想・信条の自由と公的財の側面 宗教施設に投下される財源について, 早川は新潟県 中越地震の復興基金に一般的に宗教施設への公的支援 は政教分離で困難とされるが, 「鎮守」 は集落のコミュ ニティセンターであり集会所という位置づけで, 鎮守・ 神社の復旧資金として上限 2,000 万円, 補助率 3/4 以 内とされたことを記載している (早川 2008:28-33). 一方でコロナ禍に伴う公的資金の投下について京都仏 教会常務理事会・宗教と社会研究実践センター声明 (中外日報:2020.6.10 意見広告) は宗教法人への持続 化給付金の授受について憲法第 20 条第 3 項, 第 89 条 に違反するとして宗教法人は宗教にとって最も大切な 信教の自由を守るために, 政府によるこのような補助 金, 助成金を求めるべきではないとしている. 最高裁 は, 「最大判昭和 52.7.13 津地鎮祭事件」 において国 家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さない とするものではなく, 宗教とのかかわり合いをもたら
す行為の目的および効果にかんがみ, そのかかわり合 いが相当とされる限度を超えるものと認められる場合 にこれを許さないとするものであるとしている. 寺院が持つ精神性・スピリチュアル性 WHO (世界保健機関) は 1998 年執行理事会で健 康の定義を 1) 肉体的な健康, 2) 精神的な健康, 3) 社会的な健康に加え, 4) spiritual health (直訳:霊 的な健康) が必要であると議決した. 人々の霊的な健 康をケアする 「spiritual care (スピリチュアル ケア)」 とは島薗や田畑が指摘しているように 「老病死」 に立 ち向かうには宗教・仏教思想が必要であると説いてい ることにつながるのではないか. 霊的な健康と宗教性 が同意義であるかは検討されることであるが, 霊的な 健康が必要という WHO の決議は意味があると考え られる.
Ⅳ
研究方法
本稿の仮説は地域寺院が社会資源として福祉的活用 ができるかどうかということであり, 以下, 実践の経 過, 調査研究を述べ考察とする. 実践の経緯と寺院の選定理由 本事例の実践の端緒は, 行政より市内の社会福祉法 人に対して委託された 「認知症カフェ」 事業である. 「認知症カフェ」 事業を社会福祉協議会が取組む居場 所づくりと合体させ取組むことにした. 対象は認知症 だけに焦点を当てるのでなく高齢者のフレイル予防も 含め, 全ての人の語らいを中心として, 場として取組 むというのをコンセプトとした. 実践寺院の選定先と して 「報恩寺」 (寺院名は企画名であるため匿名とし ない) とした. 報恩寺は長年, 「釈迦祭り」 を地域の 祭りとして行っており県民手帳 「ふるさとの歳時記」 にも記載されており, 往時は参道には人で溢れ歩くの も困難であったとされる. 観光寺ではないが, 宗派に 拘らず地域の祭りとして多くの市民に愛されてきたと いう歴史を持つ. また, 筆者の呼びかけにより市内の 障害者支援施設複数が物販活動として数年において出 店してきているし軽度発達障害者の座禅会も行ってき た. 立地条件や経緯を踏まえ実践場所として居場所づ くり (認知症カフェ) を行う場所として選定した. 取 組むにあたっては, 重要な主体となる住民組織である 地域コミュニティ協議会の上部組織地区連合自治会長 会議に主旨を説明して取組むこととした. 事業名は 「またきてカフェ in 報恩寺」 とし企画・運営は全て 社会福祉法人と地域組織で行い, 住職の法話もあるが 主は集う・語らうことを目的として開催されている. 調査方法 調査は寺院の存在が特別養護老人ホーム職員にどう 認識されているか, 「またきてカフェ in 報恩寺」」 と いう居場所づくりへの参加者の思いを把握する目的を もって以下の 4 つの調査を実施した. 1 ) 調査対象の選定と方法 ① 特別養護老人ホーム職員選択式アンケート調査の 実施 調査時期:2017 年 12 月∼2018 年 1 月. 対象施設: S 県 T 地 区 5 施 設 234 人 , 回 答 数 141 人 回 答 率 60.26%. 特別養護老人ホーム職員を対象とした理由は, 常に 生死と隣合わせという看取りの業務をしている終の棲 家であることからとした. 調査方法は自記留置式にて 密封して返送するよう各施設に回収を依頼した. ② 「またきてカフェ in 報恩寺」 (居場所づくり=認 知症カフェ) に参加した市民の意識を把握するため に, 1 回でも参加した 81 名に対してアンケート調 査を行った. 回答は匿名郵送方式で返送を依頼した. 2019 年 5 月に郵送にし, 41 名から回答を得た. ③ 「またきてカフェ in 報恩寺」 参加者から 3 名 (82 歳・89 歳・92 歳) を選んで半構造式インタビュー 調査を実施した. 実施時期:2019 年 10 月 ④ 地域福祉住民組織として 「またきてカフェ in 報 恩寺」 の運営スタッフを対象に記述式アンケート調 査を行った. 対象:4 人 実施時期:2020 年 2 月 2 ) 倫理的配慮 日本福祉大学研究倫理指針に基づき, アンケート調 査は匿名で研究媒体に公表することを明記し, インタ ビュー調査においては研究媒体に公表することも含め 同意書を取得している. 3 ) 調査結果 ① 特別養護老人ホーム職員意識調査 表 1, 表 2 から特別養護老人ホーム職員が考える宗 教の役割としては 「精神的な拠り所」 「生き方を示す」 「人生に深みを与える」 「死への不安を和らげる」 「悲しみを和らげる」 という精神性・スピリチュアル性を 期待するものが合計で 56.6%と多かったが, 寺院の 役割に対しては 「葬式, 法事をする」 「墓や位牌を管 理する」 「仏を拝む, 祈願」 とこれらを合わせると 77.3%と 8 割近い回答が現状肯定意識を示しており, 「相談する・教育, 文化を発信する」 という回答は合 計でも 2.5%しかなく, 宗教の役割への思いと寺院へ の現実意識は大きく乖離していることが理解できた. また, 自由記述においては評価する記述と負の側面の 回答があった. 特に負の側面としての 「内心の自由」 とどう整合性をつけるか悩んでいることが見受けられ る. 自由記述 <評価の側面> a:自分は宗教を信仰していないが, 悩むと神社へ 行くことがある. 人間にとってお寺とは心のどこか の支えになっている大切なものだと思う. b:宗教 について他者に進めることは良くないと思うが自分 自身が信じていることは心のよりどころになって良 いと思う. 仏教に関しては強いよりどころを感じる. <負の側面> a:友人の嫁ぎ先が熱心に宗教活動を行っており, 嫁いだ身として友人自身も 「その宗教を信仰せざる を得なくなったと」 と嘆いていた. b:父の方の祖 母の葬儀で父の姉が宗教の違いで参列しなかった. c:宗教は大事だと思うが, 菩提寺の住職の顔を思 い出すと信仰からは遠ざかってしまう. 現実の僧侶のあり方に不満・批判があり, 信仰云々 というより現実的に目にしていることへの忌避もあ る. ② 「またきてカフェ in 報恩寺」 参加者アンケート調 査 表 3 は 「またきてカフェ in 報恩寺」 の実績であり, 2018∼2019 年度に渡り 11 回を開催している. 表 4・ 表 5 からお寺は 「落ち着く場所だと思う」 「広々して いる場所だと思う」 「静かな場所だと思う」 「癒しの空 間だと思う」 と寺院へのイメージとしては, 概ね好感 をもっている. 地域のお寺がコミュニティの中心とし て 「福祉や学び・憩いの場所としての居場所づくりな どの活動に取り組むことに賛成ですか」 との設問に対 し 「賛成である」 「余裕があれば取り組んで欲しい」 と計 80. 4%がお寺の地域の福祉的活動への取組みに 肯定的であった. また, 別の設問として参加して, 「のんびり, ほっこり, リラックスしておしゃべりが できたか」 には 「できた・まあできた」 と 65.9%が のんびりできる場所と評価した. 自由記述 a:自分の人生を振り返り, これから先の日々の生 活の考え方など後悔のない様にしたいとつくづく思 う. b:このような集いは 1 人暮らしの高齢者にとっ てありがたいことで, 出来るだけ大勢の人たちが参 加できるよう企画を考えて欲しい. お寺さんは何故 か心が落ち着くというか心が癒される場所である. c: 1 日, 誰とも話をしない高齢者が増えている. どうして参加してもらうか難しいが, 地道に活動を 続けていくしかないと思う. d:昨年 9 月に股関節 の手術をしてから 6 ヶ月が経った. 現在, 要支援 1 でリハビリを受けているが, 出来る限り参加したい 表 宗教の役割 精神的な拠り所 25.4% 84 冠婚葬祭に必要 20.2% 67 平和貢献 4.2% 14 生き方を示す 13.0% 43 人生に深みを与える 7.3% 24 死への不安を和らげる 8.8% 29 地域・社会への奉仕 5.1% 17 政治活動 1.2% 4 悲しみを和らげる 11.8% 39 役に立たない・不必要 2.1% 7 NA 0.9% 3 計 331 ※回答 3 つ以内選択 <設問> 宗教の役割についてどう思いますか? 人 表 寺院のイメージ 葬式・法事をする 27.6% 102 墓や位牌を管理する 28.1% 104 仏を拝む・祈願 21.6% 80 観光する 10.8% 40 住職・家族の住まい 4.6% 17 相談する 1.1% 4 教育・文化を発信する 1.4% 5 無関係 0.0% 0 修行の場 3.5% 13 その他 1.1% 4 NA 0.3% 1 計 100.0% 370 ※回答 3 つ以内選択 <設問> 寺院はどんな場所と思われますか? 人
と思っている. 同時にe:宗派が違うので気になるとの記述もあっ た. ③ 「またきてカフェ in 報恩寺」 参加者インタビュー 調査 対象は 82 歳・89 歳・92 歳の全員女性でいずれも夫 に先立たれ, 1 人暮らしでありうち 1 人は息子にも先 立たれていた. 実施時期:2019 年 10 月 「またきてカフェ」 の参加者においては, アンケー ト調査・インタビー調査 (表 6) においてもお寺でや ることは雰囲気もよく住職の法話へも期待しているが, こういうような企画でもなければ近くでもお寺に入る ことはないし, 入りにくいと感じている. 僧侶への近 接度もほとんど接触することがないというのが実情で 親しみもないという結果であった. 同時に 1 日, 誰と も話をしない高齢者が増えている. このような集いは 1 人暮らしの高齢者にとってありがたいと評価された. ④ 地域福祉組織運営者記述式アンケート調査 本調査では, 地域コミュニティ協議会等運営スタッ フ 4 人にお寺でやる意義と寺院と公的施設での実施と の差異について聞いた. ・普段, 檀家でないと行くことのないお寺で実施す ることは開放的で何か落ち着き, しかも住職の話 が聞くことができるというのが他では味わえない 居場所であり, 得した気分になる. ・お寺という場所であり集会所等とは異なり高齢者 の参加者にとっては, 特別な思い入れがあるので はないか. 高齢の参加者は現在, 自分の置かれて 表 「またきてカフェ in 報恩寺」 開催実績 (∼年度) 開 催 日 テ ー マ 参加者 要員関係者 計 第 1 回 5 月 25 日 お寺でちょっと一息しませんか. 住職の法話と紙芝居, 別室でちょっと一服 40 人 24 人 64 人 第 2 回 7 月 27 日 介護なんでもおしゃべり会・ハーモニカ演奏となんでも おしゃべり 10 人 22 人 32 人 第 3 回 9 月 28 日 法話を聞いて心を癒し, ミニお好み焼きを食べてほっこ り. 日常生活の悩みや愚痴など自由におしゃべり 28 人 25 人 53 人 第 4 回 11 月 30 日 お寺のよもやま話と看護師さんの生き生き健康相談・大 型紙芝居 「おだんごころころ」 32 人 17 人 49 人 第 5 回 2 月 1 日 しずおか音楽サークルハープ演奏と大型紙芝居・なんで もおしゃべり 52 人 14 人 66 人 第 6 回 2019 年 4 月 10 日 14 筋体操と法話 30 人 10 人 40 人 第 7 回 5 月 27 日 座禅体験 57 人 15 人 72 人 第 8 回 6 月 30 日 お墓の話 講演会 47 人 11 人 58 人 第 9 回 9 月 11 日 転ばない歩き方 42 人 13 人 55 人 第 10 回 11 月 13 日 介護なんでもおしゃべり会 「認知症を学ぼう」 50 人 20 人 70 人 第 11 回 2 月 19 日 介護なんでもおしゃべり会 「傘踊りとおしゃべり」 50 人 14 人 64 人 表 お寺の環境イメージ 項 目 人数 割合 落ち着く場所だと思う 28 38.9% 広々としている場所だと思う 15 20.8% 静かな場所だと思う 10 13.9% 癒しの空間だと思う 17 23.6% 特に感じない 1 1.4% 無回答 1 1.4% 合 計 72 100.0% <設問 1> お寺はどういう場所と思いますか? 複数回答 表 福祉的活動への取組みへの意識 項 目 人数 割合 賛成である 27 58.7% 余裕があれば取り組んでほしい 10 21.7% 賛成ではない 1 2.2% お寺・住職の考えしだいと思う 3 6.5% どちらともいえない 0 0.0% その他 1 2.2% 無回答 4 8.7% 合 計 46 100.0% <設問 3> 地域のお寺がコミュニティの中心として 「福祉や学 び・憩いの場所としての居場所づくりなどの活動に取り組むこと に賛成ですか?」 複数回答有
いる年齢, 体調, 取り巻く人間関係等を踏まえ, 思考及び探求しているものへの回答の一端を得よ うと模索しているのではないか. ・お寺は古くからあり地域に根付いているが, 現在 ではなかなか機会がないと入らない場所であるし, 同じ地域に住んでいてもそのお寺の檀家や門徒で なければ行く機会もない. また, 私感かもしれな いがお寺という建物にいるだけで, また住職の法 話は癒され, 求められるものだと思う. 特別養護老人ホーム職員, 「またきてカフェ参加者」, スタッフ等のいずれの回答においても寺院のもつ異空 間としての精神性・スピリチュアル性を感じつつも訪 れる機会はなく, 入りにくく, 僧侶も縁遠い存在で距 離があるというイメージであることが理解できた. <住職意識の変容> 住職は東日本大震災でのボランティア経験からお寺 のあるべき姿について考えていたということもあり, 40 歳代の住職は, 広い駐車場, 空いている本堂など 何かやらなければならないと感じてはいても, 何をし たらいいのか足が一歩でも出ない状態であった. 釈迦 祭りへの物販活動や軽度発達障害者の座禅会など, 徐々 に福祉的意識の醸成に働きかけた. 福祉的活動といっ ても経験も知識もないし, 軽度発達障害者の座禅とい うことに対しても出来るのかなとの意識であった. 接 触を重ねる中で, 「最初面倒臭いかなって心が思うか もしれないけど, これが 10 倍, 100 倍になって広が るので首を傾げることは無い. 大事な事だと思う」 と 福祉意識に変化が生じてきている.
Ⅴ
考察
先行研究から寺院が社会資源として位置づくのには, 寺院住職が自らの置かれている立場, 状況を分析し地 域的社会性を認識することが必要である理解できた. 調査から回答者は寺院の精神性, スピリチュアル性に 期待がある半面, 現実の寺院は入りにくく利用しにく い場所であると認識していることが理解できた. 寺院が社会資源として, 場としての福祉的活用がで 表 インタビュー調査結果 設問 1 参加した動機はなんですか? ・自分の認知症予防ですかね. 1 人でこうしているから, なるべく人と接したいという. それが一番ですね. ・なるべく歩かないとと, 歩いて行ってます. こういう時に歩かなきゃ. 足が重くなって思うようにならなくなってね. な るべく歩こうと思って. 駅のあたりじゃ歩いていくんです. 設問 2 参加しての思いはどうでしたか? ・法話を聞くのが好き. ・参加してよかった. 行きたくない人は途中で止めるから. ・あそこ来る人で, 仲良くしてるというか, 昔知ってる人で. ・いつまでも根が生えて立たないですけどね. おしゃべりが好きなんですよ. そこへ行くと今まであんまり顔も見ない方と もお話するし楽しいですよ. そうでないとあんまりうちにばっかりいてもね. 設問 3 お寺という場所についてはどう思っていますか? ・落ち着いていいと思う. ・雰囲気が公的センターと違い, 落ち着きます. 設問 4 報恩寺に入ったことはありますか? ・本堂も初めて入った. 釈迦祭りは小学生の時に行った. お寺の道は歩けないくらいだった. ・ないです. 関係ないもんだからね. ここに報恩寺があるってことくらいしか. 設問 5 お寺は入りにくいですか? ・入りにくい. 僧侶は偉いなんて思ったりしている. 設問 6 寺院・住職への親しみはありますか? ・どこの坊さんとも知り合いもないし, 菩提寺の住職だって知らないくらいだから. ・菩提寺は車で行かなければならない遠くだし, 住職が来るのはお盆と年末位だから. ・月経で見えたときにお茶出しするくらいだから. 設問 7 宗派の違いは気になりますか? ・気にならないですけどね. 多少ひっかかるところはあったけど, 元をただせば一緒ですからね. 宗派違いからどうしよう かと言ったことはあったけど. ・抵抗はないです. 落ち着いた場所でお話を聞かせていただくのは. ・私も最初はね, そう思っていたけど, 話を聞かせていただくのに宗派は関係ないだろうと思って.きるという可能性をもつという結論を導きだすために は以下のような条件があると考える. ①寺院を地域の財産として有効に活用したいとする 動因が必要で, 寺院に対して宗派, 檀家に囚われず地 域に開放し根ざすことが今後の寺院にとっての生きる 道ではないかとのアプローチ・働きかけである. ②住 職意識の変革である. 法務や檀家との関係性という意 識から地域のもの, 地域に支えられひととひととを繋 ぐ役割として教化を超えて地域に何ができるかという 意識の変容である. ③地域住民の意識の変容も必要と なる. 入りにくく利用しにくいという意識から住民も また, 地域の財産として活用したいという意識の変容 が求められ, 地域活動の主体となりえることをも自覚 することが求められる. ④公費の掛けられ方, 「公害 性」 という点, 「内心の自由」 という点への配慮・限 界性にも検討が必要となるであろう. 寺院はあるだけ では資源・活用にはならない. 本稿は福祉・住民サイドからの数年にわたる福祉的 活動, 地域活動へのアプローチを通しての実践からの 考 察 で あ る . 最 後 に 実 践 場 所 で あ る K 市 は 人 口 48,000 人の小都市であり, 公共交通機関は 1 路線と 市運営のコミュニティバスしかなく交通弱者の街であ り高齢者は医療機関への受診にも足がなく, 実践にお いては希望者に対し送迎も行った. また, 寺院の多く はバリアフリーとは無縁で広く石畳敷きの参道も多く, 高い階段で本堂には高齢者や車椅子利用者は参拝しに くい. そのための手すりや昇降器具も用意した. 環境 条件も重要な検討材料である. 社会資源として福祉的 活用へは以上のような条件, ハードルを検討した上で 十分に可能性があると思われる.
おわりに
本研究は, 地域にある寺院が, 福祉・住民サイドか らの働きかけにより社会資源として活用できるかとい う仮説を持ち実践事例を通して考察したものである. 1 事例としての提示であり他の実践・活動に対し転 用可能なものとして提示できるわけではないが, ただ, 働きかけの動因によっては寺院が社会・地域資源とし て活用可能性があると考えている. 今後は, 事例を通して得られた活用への諸要因を更 に分析し, 寺院が社会資源になりえる条件としての課 題を深めていくこととしたい. (なら しゅうぞう:社会福祉学研究科 社会福祉学専 攻修士課程 2016 年修了) 注 1 ) 図 1 は野口定久が日本福祉大学大学院鶴舞福志塾講義 資料 (2019) として作成したもので, 原型は ゼミナー ル地域福祉学 図解でわかる理論と実践 中央法規 (2018:146) である. 文献 野口定久 (2018) ゼミナール地域福祉学 図解でわか る理論と実践 中央法規 厚生労働省 「我が事・丸ごと」 地域共生社会実現本部 (2017) 「「地域共生社会」 の実現に向けて (当面の改革 工程)」 (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/buny a/0000184346.html, 2020.9.27) 早川和男(2006) 居住福祉発見の旅 新しい福祉空間, 懐かしい癒しの場 東信堂 内閣府経済社会総合研究所編 (2006.8) 「コミュニティ機 能再生とソーシャル・キャピタルに関する研究調査報告 書」 ロバート・D・パットナム (2006) 孤独なボーリング 米国コミュニティの崩壊と再生 柏書房 9-28 伊藤高広・窪田康平・大竹文雄 (2017) 「寺院・地蔵・神 社の社会・経済的帰結:ソーシャル・キャピタルを通じ た所得・幸福度・健康への影響」The Institute of social and Economic Research Osaka University 櫻井義秀・川又俊則編著(2016) 人口減少時代と寺院 ソーシャル・キャピタルの視座から 法蔵館 大谷栄一・藤本頼生編著 (2012) 地域社会をつくる仏教 明石書店 大菅俊幸編著・島薗進・川又俊則他 (2020) 仏教の底力 現代に求められる社会的役割 明石書店 島薗進(2009) 「提言 3 宗教学の立場から」 臨床仏教研究 所編 なぜ寺院は公益性を問われるのか 白馬社 50-59 曹洞宗宗務庁総務部福祉課 (2016) 生き活き寺院 1 寺 院 1 事業の手引き (入門編) 曹洞宗宗務庁 田畑正久 (2012) 「福祉, 看護, 医療の現場で求められて いる仏教」 宗学院公開講座 宗学院 235-266 早川和男 (2008) 居住福祉資源発見の旅Ⅱ 地域の福 祉力・教育力・防災力 東信堂 「最大判昭和 52.7.13 津地鎮祭事件」 最高裁判所大法廷判 決 (https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id =54189, 2020.9.27) WHO 執行理事会 (199 8) 「WHO 憲章における 「健康」 の定義の改正案について」 厚生省大臣官房国際課・厚生 科学課 1999.3 情報提供 (https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/1103/h031 9-1_6.html, 2020.9.27) 山村靖彦 (2012) 「社会資源としてのソーシャル・キャピ タル 地域福祉の視座から」 別府大学短期大学部紀要 第 31 号 (2012) 23-32
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