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アカデミック・ジャパニーズ能力の形成と課題 ─日本語学校コミュニティで学習した外国人大学生に着目して─

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アカデミック・ジャパニーズ能力の形成と課題

─日本語学校コミュニティで学習した外国人大学生に着目して─

高橋 秀介 キーワード アカデミック・ジャパニーズ能力,日本語学校コミュニティ,日本留学試験,実践共同体, 産出型の授業活動 はじめに 日本語学校の留学生は大学や専門学校への進学を目標とし,高等教育機関等で講義を理解 するために必要な日本語能力を習得するが,日本語学校に通っている留学生の割合はどのく らいであるのか。日本学生支援機構(以下,JASSO)の「平成26年度外国人留学生在籍状 況調査結果」によると,外国人留学生の数は184,155人であり,その内,日本語教育機関に 通学している留学生は44,970人(24.4%)と,留学生全体の約 4 分の 1 を占める。そして, 日本語教育学校を卒業した留学生21,684人中,16,179人(74.6%)が,日本の大学・専門学 校に進学しており,日本語学校は進学のための教育予備機関として大きな役割を果たしてい ることが窺える。しかしながら,日本語学校が今後,特に大学進学のための教育予備機関と しての役目を継続して果たせるのかどうか,楽観視していられない状況も存在する。 その理由として,海外からの優秀な留学生の受け入れには,国は積極的であるが,日本語 学校に対する支援には消極的であることがあげられる。平成20年に「留学生30万人計画」が 打ち立てられたことにより,経済や教育等のグローバル化に対応するために,多くの留学生 を受け入れようとする日本政府の方針がある( 1 )。しかし,文部科学省の「留学生30万人計 画の骨子」の内容は,大学渡日前の入学許可,海外の大学間での連携など,留学生を直接海 外から受け入れる仕組みを強化している。留学生対策の予算の面で文部科学省は「留学生30 万人計画」の外国人の優秀な学生の受け入れのため,平成27年度概算要求で「戦略的な留学 生獲得加速プログラム」には56億円を新規要望しているのに対して,日本語学校への予算支 援の実態は総額で 2 億8469万円に過ぎない( 2 )。さらに,山本(2014)は中央教育審議会留 学生特別委員会議事録の「留学生30万人計画」について述べられている箇所を分析し,留学 生を獲得するために国外の日本語教育を重視する戦略を打ち立てていることを指摘してい る。 このように,海外からの留学生の受け入れ体制,予算,国外の日本語教育の重視という 3 点を見ると,日本語学校を経て大学進学を目指す留学生に対しての支援は必ずしも重視され ておらず,留学生が自国から直接,日本の大学進学を目指す流れができつつあることがわか

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る。そのため,今後,日本語学校が大学進学を目標とした留学生の要望に応じるには,大学 受験のために日本語能力だけでなく,大学での学術的な活動に必要な技術等の付加価値を提 供できることが重要になるのではないだろうか。 1 .研究目的 筆者は以前勤務していた日本語学校の卒業生から大学教育に対して満足している点と不満 な点を聞く機会があった。例を挙げると,大学では自分の興味がある分野の勉強を集中的に できるため,学ぶことに対して自由度が高いと述べている卒業生がいる一方,講義そのもの の内容が難しいことと,日本語学校で学習したことが大学の講義の理解にあまり役に立たな いということを述べた卒業生も存在した。このように,大学の教育環境に満足する留学生が いるのに対し,大学に対して不満を持ち,学業に支障をきたす留学生も存在する。卒業生か ら大学での現状を聞くにつれ,日本語学校での日本語の教育方針について様々な疑問を抱 き,日本語学校で行われている大学入学のための日本語教育が,大学での学習の際にどの程 度役立っているのであろうかと考えるに至った。そして,日本語学校から大学に進学した留 学生の中で,大学という新しい学習環境に適応できる留学生と,そうでない留学生との違い はどのようなもので,卒業生が大学での学習活動に苦労する原因はどこにあるのだろうか。 様々な原因のうちの 1 つとして,日本語学校では大学で求められるアカデミック・ジャパ ニーズ(以下,AJ)を適切に習得できていないためであると考えられる。日本語学校は大 学に進学する留学生の橋渡し機関としての機能が十分ではなく,大学が求める日本語能力と 留学生が日本語学校で習得した日本語能力が異なり,留学生は大学に入学後,大学での講義 内容の理解に困難が伴うと思われる。さらに,短期間での講読やレポートを書き方など,学 問に必要な技術が習得できていないことも大学での学術活動の際に苦労する原因の 1 つに なっていると推測される。そして,このような原因に関わる疑問が本研究のきっかけとなっ た。 本研究の目的は日本語学校から大学に進学した留学生を対象に,日本語学校と大学の 2 つ の異なるコミュニティでの学びの環境に着目し,双方の環境の中での留学生のAJ能力形成 の過程を調査・分析することを目的とする。次に,大学で必要とされるAJ能力と留学生が 日本語学校で獲得した AJ 能力の相違点に着目し,日本語学校で留学生が習得した AJ 能力 が,大学でどの程度応用できているのかを調査・分析する。具体的には,次の 3 つの研究課 題の解明を目指すものである。 1 )日本語学校で獲得したAJ能力が大学の講義でどの程度 活用されているのか。 2 )留学生自身や日本語学校が直面しているAJ上の課題はどのよう なものか。 3 )AJ能力を身につける際の日本語学校コミュニティが抱える問題点と改善点 は何か。

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2 .先行研究 2.1 アカデミック・ジャパニーズ(AJ) AJという言葉は,2002年 6 月に日本留学試験(以下,EJU)の試験科目である日本語の シラバスが登場して以来,研究者の間で注目されるようになったが,AJに共通した定義は なく,研究者によって定義が異なる。門倉(2006)はAJを「大学での勉学に対応できる日 本語力」と定義し,大学で必要な能力は学び方を学ぶことが重要であると述べている。AJ を構成する 3 要素として,日本語教育,国語教育などの「言葉の教育」,初等・中等教育に おける「総合的学習」や高校の「現代社会」等の「〈学び〉の教育」,英語圏のスタティ・ス キル,リサーチ法(調査・研究の仕方)の「学習スキル教育」としており, 3 つの要素が重 なり合う部分を AJ 能力としている。「〈学び〉の教育」の〈学び〉の部分を「総合的学習」 の理念を意識して「問題発見解決学習」と呼んでいる。堀井(2003)では,大学で必要な AJは「高等教育機関で学問する」ための能力で,「基礎知識」,「問題解決能力」,「学習スキ ル」の 3 つを含むものと定義しているが, 3 つの内どれか 1 つだけでも,AJの一部という 考え方ができると言及している。 三宅(2006)はAJの意味を突き詰めて考えた結果「ことばの教育」であるという結論に 達し,「ことばの教育」は言語に限定せず,表現,理解,心理などを含む言語行動,コミュ ニケーションであり,「ことばの教育」により自律的市民を育てることが目標であると述べ ている。 以上の先行研究で各研究者の AJ の定義を解説したが,本研究では門倉(2006),堀井 (2003)のAJの定義を参照し,AJの枠組みを独自に作成する。 2.2 学びの共同体

レイヴ&ウェンガー(Lave & Wenger)(1991)では,参加者がある集団への具体的な参 加を通して知識と技術の獲得が可能となる場を実践共同体と定義づけた。研究対象のフィー ルドは,徒弟制の中で仕事に従事している職人が実践共同体への「正統的周辺的参加」をす ることにより,「十全的参加」に移行し,その参加の移行の推移を「正統的周辺参加」とし て理論化した。 美馬・山内(2005)は科学が好きな人の集まりである実践共同体をあげ,「周辺参加で重 要なことは,その共同体のメンバーとしてのアイデンティティが形成されること」(美馬・ 山内,2005:167)が重要であると言及している。李(2011)は日本語教育専攻の修士課程 に在籍する中国人大学院生大学院の講義やゼミ等を実践共同体として捉え,大学院生が正統 的な周辺参加から十全的参加に移行していく過程を通して,大学院生のアカデミック・イン ターアクション(以下,AI)の変容を調査し,正統的周辺参加理論をもとに分析・考察を 行った。その結果,大学院生が正統的周辺参加を通して獲得するAIの水準には個人差があ ること,多様なAIを使用するようになったこと,「日本語学習者」から「研究者の初心者」 へアイデンティティが変容したことを明らかにした。 学習活動をコミュニティとして捉えている先行研究では,三代(2009)は 3 名の韓国人留

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学生のライフストーリーから日本語学習の意味を考察し,留学生にとって様々な困難と向き 合い,継続的なコミュニケーションを繰り返して行くことで,「コミュニティへの参加の実 感」につながり,そのコミュニティを作る過程やコミュニティ内での相互作用によって,コ ミュニケーションの学びが形成されていることを明らかにした。 上記の研究では学びの場を実践共同体やコミュニティとして捉え,その中での協働作業を 通じての学習者自身の学び方や変容過程を調査・分析している。本研究でも,日本語学校や 大学を 1 つのコニュニティ─として捉え,調査・分析を行う。 1 つの実践共同体を調査するだけでは不十分であると指摘する研究者もいる。山下 (2005)は個人が実践共同体間を移動することが珍しくないため,ある人の学習を捉えるの に単一の実践共同体に着目するだけでは不十分あり,ある実践共同体の中での個人のポジ ションや実践共同体相互の位置づけ方の軌道をたどる観点から学習を捉える必要があると指 摘している。 3 .調査概要 3.1 調査対象者 本研究においての調査対象者は,筆者が日本語学校や予備校で直接教えた留学生TM1と KF1,その友人であるCM1とCF1,筆者の大学院の先輩が勤めている日本語学校に通って いた学生 CF2の 5 名を選定した。 5 名の調査対象者の共通点は,日本の日本語学校を卒業 し,2015年10月の時点で,首都圏の大学に在籍している大学 2 年生である。通学している大 学と学部はTM1とCM1,KF1とCF1は同じであるが,日本語学校通学期間,日本語学校入 学時の日本語レベルは調査対象者ごとに異なる。下の表 1 に調査対象者 5 名の属性をまとめ た。 表 1   調査対象者の属性(2015年10月の時点) TM1 KF1 CM1 CF1 CF2 国籍・地域 台湾 韓国 中国 中国 中国 性別 男性 女性 男性 女性 女性 年齢 20代後半 20代前半 20代前半 20代前半 20代前半 大学の専攻 ビジネス 心理学 ビジネス 心理学 経営学 母国での 日本語学習歴 なし 高校で1 年 学校で3 年 日本語塾で1 年 中学から少し勉強 日本語学校在籍期間 2 年 2 年 1 年半 1 年半 1 年 9 か月

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3.2 調査方法 2015年 5 月から10月までに調査対象者の属性を知るためのアンケートと,各調査対象者と 対面で半構造化インタビューを日本語で実施した。インタビュー内容はすべて IC レコー ダーに録音し,調査対象者の文法や言葉の誤用等についてはそのまま文字化を行ったが, フィラー,あいづち等は省略した。 4 人の調査対象者には 2 回のインタビューを,CF2には 1 回のインタビューを行った。調査対象者にインタビューを行ったときには,質問の項目を 定め,授業・講義内容,学習方法,試験対策などについて質問を行い,自由に答えてもらっ た。その回答から双方のAJ能力の形成過程や日本語の学びの中で生じる課題を分析した。 3.3 分析の枠組み コミュニティの枠組みについての説明で,ブリーン(Breen)(2001)は学習に影響を与 える諸要因で, 1 層目は「学習者特性,概念化,情意」, 2 層目は「学習者行動と文脈」, 3 層目は「学習コミュニティとしての教室」,4 層目は「コミュニティへの参加とアイデンティ ティ」という 4 つの層に分け,複数の要因が一人の学習者に関わっていることを示している (林2005:34−35)。そして,諸要因の中の 4 層目は,「コミュニティへの参加とアイデン ティティ」の移行過程で,以前所属していたコミュニティ(過去),現在所属しているコミュ ニティ(現在),所属を希望しているコミュニティ(未来)のように時系列で示されている。 まず,レイヴ&ウェンガー(1991)の実践共同体の概念を援用し,日本語学校や大学での 学びを実践のコミュニティとして捉える。次に,ブリーン(2001)の枠組みを援用し,以前 所属していたコミュニティを日本語学校コミュニティとし,現在所属しているコミュニティ を大学コミュニティとして捉える。留学生の学びの状況を,「日本語学校コミュニティでの 学び」と「大学コミュニティでの学び」の 2 つに分け分析を行う。日本語学校や大学を教育 機関ではなくコミュニティの概念で捉える理由は,授業での日本語学習や講義で専門的な知 識の習得だけが学びではなく,三代(2009)で述べられているようにコミュニティ内での相 互作用によって学ぶ意味合いを表せるからである。加えて,双方のコミュニティ内で,学習 者同士が刺激し合いながら学びを獲得していることは,AJ能力や「ことばの教育」につな がると考えられるからである。 「日本語学校コミュニティでの学び」と「大学コミュニティでの学び」の 2 つの大きな枠 組みの中に,AJの分析の枠組みを加える。本研究では堀井(2003),門倉(2006)のAJの 枠組みを参考にし,独自の分析の枠組みを作成する。大学で学問をする準備段階の日本語の 文法,語彙の知識及びその運用能力を①「日本語の基礎能力」,社会や自然科学などの基礎 知識の部分を②「大学での学習に必要な知識」と定義し,「日本語学校コミュニティでの学 び」の中で分析を行う。調査対象者が①「日本語の基礎能力」が備わっていることを前提 に,日本語で大学の講義に参加し,自分自身で問題を解決する能力を本研究では,④「大学 で必要な日本語」を枠組みとし,「大学コミュニティでの学び」に含める。大学で必要とな るスキミング・スキャニング,ノートテイクを「スタディ・スキル」として枠組みの 1 つを 定義し,日本語学校時と大学時に習得した③⑤「スタディ・スキル」を分け,「日本語学校

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コミュニティでの学び」と「大学コミュニティでの学び」を分析の枠組みの中に含める。 AJ能力と関連する「日本語の基礎能力」「大学での学習に必要な知識」「スタディ・スキ ル」の 3 項目について,調査対象者の日本語学校でのAJ能力の形成過程及び,AJ能力の課 題について分析・考察するが,本研究では紙幅の関係上,「A.日本語学校でのコミュニ ティでの学び」及び①②③の分析の一部を報告する。 A. 日本語学校 コミュニティでの学び ③スタディ・スキル ①日本語の基礎能力 ②大学での学習に 必要な知識 B. 大学 コミュニティでの学び ⑤スタディ・スキル ④大学で必要な日本語 図 1   上記の参考文献をもとに筆者が作成した分析の枠組み 4 .アカデミック・ジャパニーズから見る分析 日本語学校コミュニティでの学び 4.1 日本語の基礎能力 留学生が大学に進学する際には,「日本語の基礎能力」が身に付いていることが期待され るが,その能力は日本語学校でどのように形成されているのであろうか。授業内容について 言及されたインタビュー・データ(以下,データ)( 3 )を「日本語の基礎能力」の形成程度に 着目し分析する。この節では基礎レベルから日本語を学んでいるTM1とKF1の 2 名を分析 対象とする。 TM1の日本語学校での学習環境は, 1 年目は通常クラスに, 2 年目は大学進学クラスに 在籍していたため,「日本語の基礎能力」習得の際の学習環境は 1 年目と 2 年目で大きく異 なる。 TM1 1 年目 文法のことですね。最初からそういう名詞,勉強すること,動詞の形の変化,ます形 から受け身まで。毎日ちゃんと復習していたから,そういう印象はずっと残っていま す。 (番号:30) TM1 2 年目 ・ 毎日, 1 時間目はそういう漢字テスト。漢字テスト終わってから次のそういう日本語を,日本試験のためにいろいろな模擬試験を練習します。 (番号:10)

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・ 他には試験以外はあんまり,他の授業はやってなかったんですね。だいたいずっ と,日本語試験 1 級と EJU 試験,この 2 つの試験をずっと集中しながら練習しま す。 (番号:16) ・ EJU の試験対策の読解も,読解も,聴解もたくさん練習しましたから,だから, 大学入って,すごく有利に,メリットとして,よかったと思います。 (番号:142) TM1は母国で日本語の学習経験がなく,日本語学校で初めて日本語を学習し始めたこと もあり,日本語学校で印象に残ったことを質問したとき,授業内容に関しては基礎的な文法 の学習,特に初級での学習に関することが強く印象に残っているようである。そのことか ら,TM1は初級時に一生懸命勉強し,毎日,欠かさず復習していたことを考慮すると,日 本語学習の基礎の大切さを理解していることが上記の内容から窺える。 次に, 2 年目の進学クラスの授業内容のデータを分析する。漢字の授業についてである が,TM1の母語は中国語で,漢語の知識は豊富であるが,日本語と中国語の漢語の使い方 は異なるところもあるため,毎日,漢字テストで日本語の漢語の語彙を覚えることは大学で 通用する日本語能力の向上にはいい練習であったと思われる。進学クラスの授業内容は EJUや日本語能力試験の対策が中心で,試験のための勉強に終始しており,試験に直接か かわる学習以外はほとんど行われていなかったようである。だが,そのような勉強が大学で の学習に役立っていると述べたことから,TM1は試験勉強を通して「日本語の基礎能力」 が身に付いたという印象を受け,授業を通じて語彙の知識や表現力がかなり向上したと推測 できる。 しかしながら,TM1のデータにはTM1が通っていた日本語学校の授業に対して不満を述 べている箇所が存在する。その不満を述べた箇所の一部を抜粋し,日本語学校の授業の問題 点を分析する。 TM1 《前略》 日本語学校のときは,そういう,自分のアピールするのことは少ないです。あまりずっと,学校で座ってて,先生から聞くだけ。発表することはあまりなかった んで少ない。ただ,会話練習でも,あれは実際は少ない。《後略》 (番号:334) TM1は日本語学校での進学クラスの授業で教師の発話が多いと感じ,自分で自律的に物 事を考え,発表する機会や会話練習が少ないことに対する不満を挙げていた。他のTM1の データの内容を総合すると,発表等の産出型の練習が受容型の練習の量と比較すると少ない ことから,日本語の運用力向上のための練習や産出型の授業が十分に行われていなかったと 推測できる。その理由は試験準備の際に覚える語彙や文法事項が多いため,試験の内容と直 接関連しない産出型の学習は優先度が低くなり,あまり産出型の活動が行えなかったためで あると思われる。 次に,KF1の日本語学校での学習環境についてであるが,KF1が所属していた日本語学校 では進学クラスが存在せず, 2 年間,通常クラスで大学の進学を目指していた。

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KF1 2 年間 ・ 授業内容は,一番目的はN2とかN1をとるための勉強で,だんだん,EJUの勉強も 一緒にする感じでした。 (番号: 6 ) ・ 教師は,先生によって違ったんですけど,教え方が緩かった先生もいたし,例え ば,会話を中心にする先生がいたら,文法を中心にする先生もいましたよ。 (番号:10) ・ 印象に残った先生は,緩い先生よりは,文法とかを詳しく説明してくれる先生が印 象に残ったんです。 (番号:26) KF1の日本語学校では,文法の練習を毎日行いつつ,各種試験対策や会話の練習も随時行 われており, 4 技能のバランスのとれたカリキュラムの元で学習していたと推測できる。そ して,文法中心の教え方をする先生が印象に残ったということから,各種試験に役立つ授業 が KF1にとって強く望んでいる授業であることがデータから読み取れる。しかし,KF1に とって日本語学校での授業は試験対策のみが重要だったのであろうか。 KF1 《前略》 韓国でも,日本語を,基礎を文法とか完璧にもっと早く学べると思うんです けど,日本語学校はやっぱり,日本にいる中で日本語を勉強できるし,もっと早く使 う機会がたくさんあるし,その日習ったこと使えるから,そういう点で,少し遅くて も,スピードが遅くても,そういうところではいいんじゃないかなと思ってます。 (番号:216) KF1にとって単に日本語の基礎や文法だけなら韓国で勉強したほうが迅速かつ効果的に習 得でき,授業の進度の遅さを苦痛に感じていた可能性もある。だが,KF1は授業の進度が遅 いことに対しては否定的に捉えておらず,基礎の重要性を理解しつつ,日本で勉強している 利点を踏まえ学習していた様子が窺える。その上,KF1が習った文法知識を受身的に覚える だけでなく,能動的に使用し,学校での授業進度の遅さを上手に利用していたことがデータ から読み取れる。そのことから,KF1は試験対策のための学習のみを重視していたわけでは なく,日本語の運用面も重視しており,授業で覚えた文法の知識と日本語の運用をうまく連 動させていたようである。 以上, 2 名のデータの分析をまとめると,TM1は産出型の授業が少ないことに対する不 満は出たものの,基礎の文法の勉強及び,EJUの試験対策も適切に行われ,KF1も授業への 満足度も高く,日本語の基本的な練習も適切にされていたようである。そのことから,大学 進学ためのAJ能力の基礎となる「日本語の基礎能力」は日本語学校で身につけられたとい う印象を受け,日本語学校は「日本語の基礎能力」を習得させる役割を果たしているようで ある。 4.2 大学での学習に必要な知識 「大学での学習に必要な知識」とは具体的にどのような知識であろうか。JASSOのウェブ サイト「日本留学試験(EJU)とは」には,「日本留学試験は,外国人留学生として,日本 の大学(学部)等に入学を希望する者について,日本の大学等で必要とする日本語力及び基

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礎学力の評価を行うことを目的に実施する試験です」と記されている。基礎学力とは総合科 目,数学,理科のことを指し,試験を通じて大学の勉強を行うのに十分な基礎学力が備わっ ているかを確認する。この節では,EJU の日本語以外の教科である総合科目と数学に焦点 を当て,総合科目や数学の学習したことが,大学の学習の際の役立ち具合についてデータを 分析・考察する。 以下は,大学でEJUのために勉強した総合科目や数学がどのくらい役に立っているのか と質問したときに調査対象者が述べたデータである。 TM1 総合科目は,やはりそういう近代の歴史は,そういう地理,歴史 2 つの科目で日本, 自身だけでなく政界(世界:原文ママ)のいろいろなことをも教えてくれましたか ら,《中略》例えば,今授業で,先生から聞く,先生から聞いて,そういう日本と他 の先進国のことを比較するときは,自分から,自ら先生に答えます。《中略》何か授 業のときは,すごくそういうことが理解できるし,答えるし,だからとても役に立っ てると思う。 (番号:134) CF2 やっぱり役に立っていると思います。例えば,今,商学部の授業は,経済論とか,ミ クロマクロという授業もあって,前,勉強した知識もたくさん入ってますよ。そし て,基礎数学とか,数学の知識も,EJU のところ勉強したところが役に立ちまし た。 (番号:170) KF1 常識的には,結構,なんか日本の政治とか全然知らなかったんですけど,やっぱり総合科目を通じて,総理とかそういう(政治)システムについて,結構常識ができたと 感じてます。それはいいと思います。 (番号:178) 5 名の調査対象者の内 3 名は,総合科目や数学の勉強を通して覚えたことが,大学の学習 の際に役立つと回答した。TM1は講義で先生から質問があったとき,歴史・地理の知識の おかげで,積極的に質問に答えられる利点があるだけでなく,それらの知識が講義内容の理 解の促進にもつながっていることがわかる。CF2もデータから経済関連の講義を受けた際 に,総合科目の経済と数学の知識が直接役立っていることが窺える。 JASSO の『総合科目シラバス』によると,総合科目は「Ⅰ政治・経済・社会 Ⅱ地理  Ⅲ歴史」の 3 つの分野から問題が出題される。TM1はビジネス学部,CF2は商学部で,総 合科目の分野との関連を考慮すると,専攻の学習内容と総合科目で学んだ知識との相性はよ く,総合科目の勉強が大学の学習に役立てられていると思われる。そして,総合科目で問わ れる知識は多岐に及ぶため,経済と政治,経済と地理のように複数の分野の知識を連動さ せ,大学での学習に役立てることも可能である。TM1は講義で,自分の専攻であるビジネ スと歴史や地理の知識を連動させているようである。CF2も商学部であるため,ミクロマク ロの講義のときに経済と数学の知識を連動させ,専攻分野の内容の理解を深めていることが 窺える。 一方,KF1は,総合科目と大学での学習の関連性は何も述べておらず,総合科目の学習が 基本的な常識を得るのに役に立ったと言及するにとどまった。KF1の大学での専攻が心理学

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のため,総合科目の知識と専攻との基礎知識面での関連性が低いことが影響しているのであ ろう。しかしながら,KF1は大学受験のとき,国際経営専攻で他大学を受けていたことと, 大学の選択科目で経済学科の科目も受講していることを考慮すると,ビジネス関連のことに 関心が強く,経済関連の学習の際に総合科目の知識は役に立っている可能性も十分あり得 る。KF1の例のように,大学によっては他学部の講義を受講可能で,総合科目の知識が無駄 にならないこともある。専攻の分野だけでなく,他の分野の知識と連動させ,知識の視野を 広くすることは,門倉(2006)が述べた「問題発見解決能力」を身につける際の予備知識と しても役立つと考えられる。 EJU の総合科目・数学の試験対策で得た知識は,大学の学習の際の基礎知識として十分 役だっていることがデータを通して明らかになった。特に経済学部・経営学部で扱う内容 は,総合科目や数学の出題内容とリンクするため,大学で講義を受ける際に即有効であるこ とが分かった。調査対象者は,大学での総合科目と数学の有用性を述べていることから, 「大学での学習に必要な知識」は適切に身に付いていると思われる。 4.3 スタディ・スキル 大学で学ぶ際に必要となるスタディ・スキルは,スキミング・スキャニング,長文の要約 など多岐に及ぶ。この節では調査対象者がインタビューで述べた事柄から,スタディ・スキ ルに関連すると思われる箇所を抜粋し,日本語学校でスタディ・スキルがどの程度学習さ れ,大学の学習ではどう役立てているのかを分析する。EJUとAJの密接な関係を考慮する と,AJの一部を構成するスタディ・スキルのことを論じる際には,EJUの存在を無視でき ないため,EJUの試験対策と関連させながら,スタディ・スキルについて述べる。以下は, EJUの読解に関する質問時のデータである。 TM1 読解も,読解も,聴解もたくさん練習しましたから,だから,大学入って,すごく有利にメリットとしてよかったと思います。 (番号:142) CM1 ・ 難しいのはやはり,読解のほうで,規定された時間で,けっこうの文章を読み取っ て,やっているので,結構,僕には,読む力が結構,読むのは結構遅いので,だい たい,時間が足りない感じになって,最後に焦ってました。 (番号:46) ・ 日本語学校の経験では,とにかく重点を探すのが受験のメインっていうか,ポイン トなので《中略》重点を探すしかたは,結構,日本語学校勉強したので,こっち (大学)にきて,楽になりまたね。 (番号:48) CF1 けっこうなんか,頑張って,けっこう速く読まないと,時間が切れちゃうので,はい。その内容に関しては,なんの難しいことは私にはなかったんですけども,速度を 上げるのに必死でしたね。とにかく。 (番号:188) どの調査対象者もEJUの読解問題の練習をすることにより,速読能力が向上したことを 実感していることから,スキミング・スキャニング能力を習得できていることが窺える。特 に,CM1は文章で重要な箇所を探すスキャニング能力が読解の際に重要であることをしき りに言及していた。漢字圏の留学生は,読解時に漢語の情報活用が可能なため,読解問題に

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は苦労が少ないと言われているが,漢字圏の留学生であるCM1とCF1は読むスピートが重 要であることを強調していることから,読解で漢語の知識に頼る速読には限界があると推測 できる。そして,読解練習で読解に関連する能力を習得したことは,大学で様々な文献を読 む際に有効に役立っていることが調査対象者の証言からわかる。 EJUの読解問題は短文・長文合わせて17の文章で問題数は25問( 4 )あり,試験時間は40分 である。読解の問題は全問 4 択問題の多岐選択法で記述式の問題は存在しないものの, 1 問 2 〜 3 分のペースで解答し,文章の大意と要点を速く理解しなければ全問を解くのは難し い。そのため,漢字圏・非漢字圏にかかわらず,速読につながるスキミング・スキャニング の能力の習得は必要不可欠である。 EJU の読解問題に限らず,日本語学校では文献や論文のように数10ページの文章を読む ことは行われないが,大学進学のため読解の練習で社会問題や難しいトピックを扱い,授業 でスキミング・スキャニングの訓練が行われていると推測される。そして,それらのスタ ディ・スキルは,文章の内容を正確に把握することや大学で長文を読む際に必要となるだろ う。 次に,EJUの記述問題や授業での小論文について述べたデータから,書くスタディ・スキ ルの形成状況の分析を行う。 CM1 前は,論文書くのが,小論文書くのが少ないので,そういう勉強がしたこのないの で,高校のときは。そういう感じのがあると,EJU を勉強過程を経て,大学に入る と作文とか論文とか書く力が身につけたんですけど,そっちの方が,結構,役に立っ てます。 (番号:44) CF2 それも,けっこう,私の今の日本語授業は, 1 つは読解, 1 つは小論文を書く,論文 を書く授業です。小論文ではないですけど,でも,やっぱり,そんとき,小論文で 使った,書き言葉とか書面のとき,どういう表現,その表現をたくさん勉強しました ので,今の論文の授業に役に立ちましたね。 (番号:182) CF1 大学に入っては,レポートとか論文を書くんですけど,それは記述,論述問題よりは けっこうレベルが,それよりはけっこうレベルが高いので,あまり役に立ってなかっ たのかなと思います。レポートの書き方の大学に入ってから勉強したので。 (番号:194) CM1は母国の高校で小論文のような文章を書いた経験が少なかったため,日本語学校で 初めてアカデミック・ライティングの一端に触れたことにより,大学での勉強に役に立って いるという実感を持っているようである。CF2も論述の練習を通じて論述形式の難しい表現 を学んだことにより,大学で直接役に立つ知識を会得できたようである。一方,CF1が述べ ているように大学のレポートでは,小論文より長文で高度な論述内容の論理的な考察に基づ く文章を書くため,日本語学校の小論文の練習だけでは不十分ということもある。CF1に とってEJUの論述の練習は,大学での学習上,あまり有用に感じていないことがデータか ら読み取れる。

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EJU の論述問題では 2 つの課題から 1 つ選択し,自分の意見を交えながら400〜500字を 30分で書くものであり,文章の中で賛成反対,長所短所のように 2 つの対立する意見を論理 的に述べなければならないため,レベルの高い論述を行うのに多角的な視点を持つ練習も不 可欠である。そのため,EJU 試験対策の論述練習は,多角的な視点の文章を書く能力を習 得し,日本語で論理的な文章を書く力を向上させるのに役に立ったと思われる。 アカデミックにかかわる文章を書く際は,短い小論文でも論理的な文章を書くことが要求 されるため,論述の練習を通して文の構成や論の展開方法等のように論理的な文章を書く基 本を学ぶことができる。大学のレポート作成はEJU論述問題や小論文のように短い文章で はないが,論理的な文章を構成するという意味においては共通しており,小論文のような練 習は論理的な思考を養うのに役に立つと思われる。日本語学校のEJUの読解と論述の練習 を通じてある程度,大学で対応できる「スタディ・スキル」が習得できていることが明らか になった。 しかしながら,大学のレポートはあるテーマに関して,複数の文献や統計等を使用し,内 容を詳細に述べなければならないことと,自分の意見と文献やデータから引用したものを区 別し,文章を作成する技術も要求される。そのため,EJU のように短文の読解技術や,小 論文を書く技術だけでは,大学のレポートに対応するのは不十分であるとも言える。 4.4 日本語学校コミュニティ 大学のように学習環境が流動的であるのとは異なり,日本語学校ではクラスメートや授業 担当の教師がある程度固定されていることもあり,学生同士,または学生と教師との関係が 親密になる傾向がある。そのため,日本語学校コミュニティの環境が留学生のAJ能力に与 える影響は著しく大きいと思われる。上述の 3 節では,主に調査対象者の能力形成の視点か ら AJ について述べたが,本節では日本語学校コミュニティの環境と AJ 能力を関連付けて 論じる。 まず,日本語学校でのクラス構成が日本語学習への影響の程度を分析する。日本語学校内 の学生がほぼ中国人で占める学校に通っていたCF1,進学クラスに所属する学生が全員中国 人のみのCF2の場合のコミュニティ内での学習はどのような状況なのだろうか。 CF1 なんか授業とかは,授業とかはやりやすさに関係なかった気がするんですけど,やっぱりなんか,休憩のときとかは全員中国語でしゃべるので,たぶん,日本語話す,話 す日本語の,練習とかに,あんまりよくなかった気がするんです。 (番号:12) CF2 進学クラスは,授業は,前のクラスで,普通のクラスより,つまらないですが,でも,大学のためにですから,やはり,大学試験の,知識とか,いろいろ勉強しまし た。 (番号:14) CF1のクラスは全員中国人であり,他の学生と休憩中に中国語で話すため,そのことが CF1自身の日本語の上達にはよくなかったと証言している。一方,授業中の学習活動では中

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国語を使用していたわけでなく,特に全員中国人であることは特に気にしていなかった。 CF2も進学クラスでは中国人だけのクラスに所属していたが,そのことに対して批判的なこ とは述べておらず,多国籍だった通常クラスよりつまらなくても,大学進学のためと割り切 り,様々な役立つことが学べたことに対して満足しているようである。CF2は通常クラスと 進学クラスで学習環境が大きく異なったとしても,学習環境によって学習意欲が左右される 学生ではないと思われる。この 2 名に関しては同じ国籍の留学生に対しての抵抗感はなく, 日本語学習の障害にはなっていなかったことがデータから読み取れる。 上記の 2 名とは異なり,TM1の日本語学校のように 1 つのクラスに複数の国籍の人が進 学クラスに所属している例もある。 TM1 《前略》(進学)クラスは 2 つのグループが分けました(原文ママ)。 1 つは中国のグ ループ,もう 1 つは韓国のグループ。あまりそういう仲が,普通な感じだから,自分 のグループ,自分の国の言語をあの話してて,ちょっと今思いだして,残念な感じま したね。 (番号:40) TM1のクラスのように,クラス内に複数の国籍の留学生が存在する場合でも,同じ言語 が通じるグルーブに分かれており,互いのグループ間の仲は悪くはないが,両グループの微 妙な距離感がTM1のデータから読み取れる。4.1でのデータや他のTM1の発言も合わせて考 慮すると,進学クラスの授業では自分から物事を発信する授業が少なく,授業の活動を通し ての学生同士の意見交換があまり行われなかったことが,異なるグループ間の関心を希薄に し,互いの疎遠さにつながった可能性がある。さらに,異なるグループとの協働作業がほと んどないこともAJの習得にマイナス作用を及ぼしていると考えられる。 TM1の例とは反対にCM1の日本語学校のクラスでは,複数の国籍の留学生がクラス内で うまく融合しているケースも存在する。 CM1 結構,総合科目の点数とかも,日本語の点数とかも,レベルが高い段階なんですけ ど。僕には,僕は,中国でも勉強したんですけど,その時点で,学校でも,自分がす ごいかなって思ったんですけど,日本語学校に来たら,韓国の方が結構点数が取れる し,N1を取った人も結構いて,やはり,世界は広いかなと思いました。 (番号:12) CM1にとって同じクラスにレベルの高い学生がいることが,自分の能力に過信せず,上 には上がいるという謙虚な気持ちを持って勉強に取り組む姿勢につながっていることがデー タから読み取れる。さらに,CM1は日本語学校の授業でディスカッションのような学生同 士が話し合うことで話題を広げるような産出型の授業活動が多いということを述べていたこ とから,異なる母語話者同士が互いに刺激し合い,AJ能力を習得した可能性が高いことが わかる。

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次に,学生と教師との関係について論じるが,紙面の都合上,ここでは日本語学校の教師 に対してのデータとして,TM1の次の発話のみを例として提示する。 TM1 先生の教え方は,とてもよかったと思います。 1 人の先生は,担当の先生,なんかEJUためにそういう,経験とか教え方とかとてもよかったと思います。 (番号:24) 全ての調査対象者は教師に対して肯定的なことを述べており,教師に対して強い不平・不 満や否定的な感想を述べていなかったことも,教師に対する信頼度が高いことがわかる。教 師の質に関しても,調査対象者の満足度は高く,教師が学生に対して真摯に向き合っていた ことが窺える。日本語教師はクラスを統括する権限を持っており,留学生にとって学生同士 以上に影響力は大きいと考えられ,留学生にとっては,教師の質及び,教師との人間関係が 人生を左右することになる。そのため,調査対象者は責任感のある教師がいる日本語学校で 学べたことも,AJ能力の形成にいい影響を与えたと思われる。 以上,クラスの構成,クラスの学生や教師との関係で,日本語学校コミュニティとAJと の関係を述べた。大学進学を目指す留学生にとっては,クラスの国籍構成は,学習上,重要 な要素ではないことと,教師が学習者の学習に多大な影響を与えたことがデータから読み取 れる。日本語学校コミュニティという実践共同体の中で,大学で通用するAJ能力を習得す ることは,学習環境,授業時間の制約等があり容易ではないが,クラス編成,クラス内での 協働作業内容,教師の技能等の改善により,AJ能力の習得をより効果的に果たせるであろ う。 5 .考察 日本語学校での学習を通して,基本的な日本語能力,総合科目に代表される基礎学力,文 章の概要を早く正確に把握する能力等,大学で必要なAJ能力が部分的ではあるものの習得 できており,大学での学習活動の際に役立てられていることが明らかとなった。特に小論文 の練習のような日本語での産出型の授業活動に慣れることにより,自分の考えを表現するこ とが重視される傾向がある大学での学習活動に移行しやすいことも分かった。 EJU試験対策の学習はAJ能力の習得にも影響を与えており,大学の学習において有効で あるが,日本語学校によっては EJU 対策を重視するあまり,受容型の授業に比重が置か れ,産出型の授業活動が少なく,産出型のAJ能力習得の機会を毀損している留学生もいる ことが明らかになった。そのため,大学で通用するAJ能力習得には,受容型と産出型の練 習がバランスよく行われることが重要である。 留学生にとってクラスにおける国籍構成は必ずしも重要ではなく,クラスの学生同士が切 磋琢磨していくような環境が重要であることと,教師が学生から信頼され,よき指導者であ ることが重要であることが調査対象者の発言から明らかとなった。しかし,日本語学校では 教師が主導的に授業を行うため,大学教育と比較すると留学生自身が授業内で協働作業をす

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る機会は少ない。今後は日本語学校で,細川(2007)が言及した「学習者主体」( 5 )型の授業 活動の機会を増やし,学習者相互の向学心を刺激すれば,より高次のAJ能力の習得が可能 な実践共同体になれるであろう。そして,留学生自身が活動を通して自分で考え,自主的に 学んでいくことは,三宅(2006)が述べた「ことばの教育」にもつながると考えられる。 AJ能力は大学での知的活動を行う際に必要不可欠な能力であり,留学生のAJ能力の形成を 分析していくことは喫緊の課題であると言える。 おわりに 本研究では, 5 名の日本語学校を卒業した留学生を対象に,日本語学校と大学での学習に ついて調査対象者のインタビューを行い,AJ能力の形成と課題をある程度解明することが できた。しかし,調査対象者がほぼ漢字圏の学生であることと,日本語能力の高い学生に 偏ってしまい調査対象者の属性の多様性に欠けたため,今後は,非漢字圏の留学生と日本人 学生を対象としたAJ能力の形成と課題の分析を行うことを課題としたい。 付記 本論文は,筆者が2015年度に桜美林大学大学院言語教育研究科・日本語教育専攻に提出し た修士論文に基づき,執筆したものである。 ( 1 ) 日本留学総合情報サイト『留学生30万人計画』を参照。 ( 2 ) 一般社団法人 全国日本語学校連合会『留学生通信』50号を参照。 ( 3 ) インタビュー・データ内に書かれている番号は(番号:〈調査対象者の発話番号〉)を示す。 (番号: 2 _xx)は, 2 回目のインタビュー・データを示す。 ( 4 ) 日本学生支援機構『日本留学試験問題と正解』2010年第 1 回目の日本留学試験の問題を参照。 ( 5 ) 細川(2007)では「「学習者主体」を「学習の主体が学習者自身であり,問題を発見し解決するのは, 学習者自身以外にないという考え方およびその概念(細川2007:34)」と定義している。 引用文献 門倉正美(2006)「〈学びとコミュニケーション〉の日本語力 アカデミック・ジャパニーズからの発信」『ア カデミック・ジャパニーズの挑戦』ひつじ書房,3-20. 高橋秀介(2016)『アカデミック・ジャパニーズ能力の形成と課題─日本語学校コミュニティで学習経験のあ る外国人大学生への調査に基づいて─』桜美林大学修士論文 林さと子(2005)「日本語学習の多様性と個別性─第二言語習得研究の視点から─」『津田塾大学紀要』37, 25-41. 細川英雄(2007)「第 2 章 日本語教育における「学習者主体」と「文化リテラシー」形成の意味」『変貌す る言語教育 多言語・多文化社会のリテラシーズとは何か』くろしお出版,27-46. 堀井惠子(2005)「日本留学試験の「日本語」シラバスを再考する─「アカデミック・ジャパニーズ」という 概念を教育に埋め込む試みから」『日本留学試験とアカデミック・ジャパニーズ』 2 ,16-29. 美馬のゆり・山内祐平(2005)『「未来の学び」をデザインする 空間・活動・共同体』東京大学出版会.

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三代純平(2009)「コミュニティへの参加の実感という日本語の学び─韓国人留学生のライフストーリー調査 から─」『早稲田日本語教育学』 6 ,1-14. 三宅和子(2006)「「ことばの教育」は何をめざすのか─アカデミック・ジャパニーズの地平から見えてきた もの─」『アカデミック・ジャパニーズの挑戦』ひつじ書房,189-204. 山下隆史(2005)「第 1 章 学習を見直す」『文化と歴史の中の学習と学習者 日本語教育における社会文化 的パースペクティブ』凡人社,6-29. 山本冴里(2014)『戦後の国家と日本語教育』くろしお出版. 李麗麗(2011)「中国人大学院留学生のアカデミック・インターアクションに関する調査─正統的周辺参加か ら十全的参加への過程の分析と考察─」『桜美林言語教育論叢』 7 ,17-31.

Breen, M. P. (2001) Learner Contributions to Language Learning. New Directions in Research. London: Longman.

Lave, Jean & Wenger, Etienne (1991) 『状況に埋め込まれた学習─正統的周辺参加─』佐伯胖(訳)産業図 書,1993. 引用サイト 一般社団法人 全国日本語学校連合会(2014) 「日本語学校は留学生30万人計画の大事な基礎 文科省留学生政策で抜け落ちている語学留学生支援」 『留学生通信』50 http://www.jalsa.jp/kiji/1-50.pdf(2015.10.23閲覧) 一般財団法人 日本語教育振興協会 『平成26年度 日本語教育機関実態調査 結果報告』 http://www.nisshinkyo.org/article/pdf/overview05.pdf(2015.7.5閲覧) 独立行政法人 日本学生支援機構(JASSO) 「総合科目シラバス」 http://www.jasso.go.jp/eju/syllabus_jaw04.html(2015.9.25閲覧) 独立行政法人 日本学生支援機構(JASSO) 「日本留学試験(EJU)とは」 http://www.jasso.go.jp/eju/whats_eju.html(2015.9.25閲覧) 独立行政法人 日本学生支援機構(JASSO) 「平成22年度(2010年度)日本留学試験」『日本留学試験問題と正解』 http://www.jasso.go.jp/eju/documents/eju_2010_01question_jafl.pdf(2015.9.25閲覧) 独立行政法人 日本学生支援機構(JASSO) 『平成26年度外国人留学生在籍状況調査結果』 http://www.jasso.go.jp/statistics/intl_student/data14.html(2015.4.23閲覧) 日本留学総合情報サイト 「留学生30万人計画」 http://www.studyjapan.go.jp/jp/toj/toj09j.html(2015.10.6閲覧) 文部科学省 『「留学生30万人計画」骨子』 http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/rireki/2008/07/29kossi.pdf(2015.4.23閲覧)

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