ニーチ ェ,解放 されたプ ロメテウス
―
ニ
ー
チ
ェ
哲
学
に
於
け
る
解放力としての「音楽」―
Nietzsche, der entfesselte Prometheus
―"Musik" als die entfesselnde Kraft in
Nietzsches Philosophie―
圓
増
治
之
Haruyuki Enzo
(
Ⅰ
)
「力への意志」のプンクタチオーン 「いかな る意志 も存在 しない。存在す るのは、 諸 々の意志 のプソクタチオーソであ る。そ して、 それ らが不断にその力を増 した り失 った りしてい るのであ る」 0 (Esgib上keinenWillen:esgib上Willens-Punktationen, die bestandig ihre Machtmehren oderverlieren.)
これは、 ニーチ ェの遺稿集 F力-の意志』に収 録 された或 るアフォリズム (715番 )のなかで述 べ られた言葉である。ひ とに よっては、このニー チ ェの言葉 に出会 って、あ るいは差 し当 って少 々 面喰 うか もしれない。 なぜな ら、 ニーチ ェの哲学 は、 よ く言われてい るよ うに、 「力-の意志」の 形而上学 ではなか ったのか。事実 ニーチ ェ自身、
(
1
) 「力-の意志」を、 「世界の本質」 とも、 「存在 の最 も内的な本質l2'とも、 「根本意志T とも、性 の原理'J4'とも、 「究極的事実'J
5'とも呼んでいる. しか るに、
「いかな る意志 も存在 しない」 と.Vi、 一体 これは どうした ことであろ うか。 と、 この よ うに詔 しげに問 う人 もあ るだろ う. この よ うな疑念に対 し、或 る人は、 ニーチ ェは 講壇的なズ ユステマーティカ ァではな く、 自由な アフォリスティカ ァだか ら、ニーチ ェに相互に矛 盾す る発言があった として も何 ら不思議ではない と、 こ う言 うか もしれない。 しか し、それだけで はた して済む問題であろ うか.いや、ニーチ ェが フライガイステ ィヒなアフ ォリステ ィカ ァであ る ことはた しかだ として も、 ことニーチ ェの哲学の 根本概念にかかわ る問題であるが故に、それでは 済 まない。 しか もその上、断章番号715番 の77 ォリズムで述べ られた ことは、 「力-の意志」の 概念 に矛盾す るどころか、む しろ 「力-の意志」 の核心を言い表わ しているとも思え る。 ニーチ ェの 「力-の意志」 とい う術語は、何か 実体的な 「意志」が先ず主体 としてあって、次い でそれが 「力」を得ん と意志す るとい うことを、 意味 しているのではない。 もしそ うであったのな ら、 ニーチ ェの 「カ-の意志」の意志は、ペ こア (6) 的に 「力」を 自分に欠けた るもの として求め るこ とになって しま う。 ところが、 ニーチ ェの 「力-の意志」 とは、 「よ り強 くなろ うと意志す ること、 生長せん と意志す ること'J7'なのであ る. ニーチ ェ に よると、そ もそ も 「意志」は、何か 自分に欠け た別 の ものを得 ようとす る 「渇望」や 「努力」、 「欲 求」 とは本質的に異なっている。すなわ ち、 「それ らか らは命令の欲動(derAfrektdesKom・ mand。S)によって際立 って異なっているT
. 「意 志」 とは本来 「力-の意志」 として、 自分 自身を 超越 して 「よ り強 く」成 るべ く自分か ら自分に対 して 自己超越的に命令す ることなのである。 した が って、 「自己超克」 とい う動性 こそ 「力-の意 志」 に とって根源的に特徴的なのである。
「力-の意志」 としての意志は、力に対す る単な る 「膜 望」 とは異な り、それ 自身ですでに 「力」である。 この ように、それ 自身 「力」 としての 「力-の意 志」は、 「よ り強 くなろ うと」意志 して、すなわ ち、 より多 くのカを意志 して、 「よ り以上 の力」 - と 自分 自身 を超 越 して い く。
F悦 は しき知 識』 の断章番号 370番のアフォリズムでニーチ ェ は、 「破壊、変転、生成-の欲求は、充 ち溢れ未 来を学んだ力の表現であ りうる (これに対す る私 - iIH-の術語は、御存知の よ うに、 Fデ ィオニュソス的』 とい う語であ るIuといっているが、 「力-の意志」 こそまさに この よ うな 「充ち溢れ る」力の 自己超 越の力動であ る。 したが って要す るに、 「力-の 意志」が よ り多 くの力を意志す るのは、それが力 に欠乏 してい るか らではな く、力の充 ち溢れんが ばか りの豊か さの故なのである。 「力-の意志」が、 「力-の意志」 として 自分 自身を超えて力を高揚す ることが可能なためには、 なに よ りもまずそのための諸条件を前以 って見透 し、その諸条件 (すなわち、力の保存 -高揚の諸 条件)を観点(Gesichtspunkt)として予め定立 し ておかなければな らない。か くして、先行的に定 立された一定の観点の もとでは じめて、 「見 る」 とい うことが可能 とな るのである。 ニーチ ェの立 場では、 「見 る」 とは、 とりも直 さず或 る一定の 観点の下 で見 るとい うこと、すなわ ち、 「ベルス べ クテ ィーヴィシュに見 る(J9)とい うことに他な ら ないのである。 総 じて 「力」は外に発散 され発揮 されて こそは じめて 「力」であ る。外に出ない力は末だ力では ない.堰 きとめ られて内に蓄積 された力 も、外に 発揮 されては じめて力 といえるのである。 しか し 「力」は 自分 自身を超 えて外に出るとはいえ、無 限定に放窓に まかせて発散 され、雲散霧消 して し まったな ら、それは もはや力ではない
。
「力」が 「力」た る限 り、 「力」には、常に 自分 自身を超 えて自分 自身を或 る一定の限界の うちに置 くとい うことが、根源的に属 している. ニーチ ェの言に よれは、 「生 には力の限界の流動的な規定 (ein rlieβendes Machtgrenzen-bestimmen)が属 して いる0}のであ る。 ハイデ ッガーに従えは、ギ リシ ア語のmOrph-eの本質は、 「立ち現われつつ、 自 分 自身を一限界の-内--こち ら-向けて-立て ること」(dasaurgehendeSi°h-in-die-Gr)iflEenze -her-stellen)に存す るとのことであるが、その意 味で、 「力- の意志」は 自らの力の限界を規定 し つつ、その一定の限界に於け る或 る一定の形態 (morph看)の うち-自分 自身を置 き入れ、現われて くるのであ る。 ところが、 「力-の意志」は常に 「よ り以上の 力」_を意志す るのであ る限 り、差 し当 り或 る一定 の形態の うち- 自分 自身を置 き入れた として も、 - 12-そ こに安 らうことはない。差 し当 って 自分 自身に 規定 した ところの限界を常に超 えていかなければ な らないのであ る。それ故に ニーチ ェは、 「力-の意志」 としての生が力の限界を規定す る働 きそ の ものについて、それを 「流動的(flieβend)」 と 言 ってい るのであろ う。或 る一つの形態の 「力-の意志」の背後にアン ・ジェヒな 「力-の意志」 が存在 していて、それが或 る一つの形態へ と現象 す るのではない。そ うではな く、或 る一つの形態 の 「力-の意志」が、その形態を 自分 自身超え出 て、別の形態- と変容す る(sick meta-mor pho-sieren)とい う仕方で、常に現象す るのである。つ ま り、 「力-の意志」が或 る一定の形態 (モル フ ェ-)を とって現象す るのは、 自分 自身変容す る とい う仕方に よるa)であ って、それ以外の仕方で 現象す ることはない。そ して常に メタモル フィシ ュにその形態 を変 じるのである。か くして、 「力 -の意志」は、「
F流動の うちに(im Flusse)』、 或 る生成す るもの として、一つの常に新たにずれ OZ -てい く虚偽 として、存在す る」、 といわれ るので ある。 この よ うに、 「力-の意志」は一定の形態の う ちへ と自分 自身を置 き入れてそ こに立つ といえ ど も、その存立性 (払standigkeit)は相対的(relativ) であるに とどまる。 したが って、 「力-の意志」 の観点(Gesichtspunkt)の定立は、 「力-の意志」 の差 し当 っての暫定的な立脚点(Standpunkt)から の先駆的 ・暫定的な定立である。 冒頭で引用 した アフォ リズムで ニーチ ェは、 「存在す るのは意志 のプソクタチオーソであ る」 と言 ってい るが、そ の`Punktation'とい う語は、"Wahrig,
Deutsches Wbrterbuch"に よると、`Vorvertrag,vorlaufige Festlegung(einesVertrages)indenwichtigsten Punkten'を意味す るとい う。 してみれば、 「力-の意志」の観点(Gesichtspunkt)の、あ るいはま た立脚点(Standpunkt)の定立は、常に暫定的であ って、最終的(endghltig)なそれではないのであるO 従 って、 「力-の意志」の定立す る定点は常に暫 定的であるにす ぎないが故に、 「力-の意志」は 不断に くり返 し新たに定点を定立 しなければな ら ない。 この暫定的な定点の先行的定立 とい う働 き こそ、なに よ りもまず第一次的に 「存在す る」 と いえる。そ して、 この働 きを侠 っては じめて、「力- の意志」 は一定 の形態- とメタモル フ ィシ ュに 現われ、一 定の形態 に於 いて存在す るのであ る。 以上み られ るよ うに、 「力-の意志」には、い かな る形態 の 「力- の意志」であれ 、いや しくも それが 「カ-の意志」た る限 り、 もともとす でに その 自然 本性の うちには、 メタモル フ ォジー レン (変容)す るとい うことが属 してい る、 といえる。 ニーチ ェの哲学は、 この 「力-の意志」にす でに 内属 してい るメタモルフ ォジー レンとい う働 きを、 殊更敢 えて、つ ま り 「意志的」に、 さらに言葉を 換えて我 々の用語 を用 い るな ら、 「メタモル フ ォ ローギ ッシ ュ」に遂行す ることであ るといえ よ う. メ タ7ユジイ-ク 従来何百年に もわた って形而上学が 「万学 の女 王」 とされ てきたが、 ニーチ ェはそれに代って rJb 理学」 こそ 「万学 の女王」た るべ しとその著 F善 ヨilE( 悪の彼岸』 で提唱 してい るが、 この場合の 「心理 学」 とは 、 ニーチ ェに よると、"Morphologieund Entwicklungslehre des W illens zur M acht"であ る。単な る 「力-の意志の 形態論(Morphologie)」ではない。 む しろ 「形態 論」 よ り 「進化論」 とい う語 の方に ニーチ ェは強 調符を付 してい る。 しか し、 この場合 の心理学は、 「カ-の意志」の 「形態論」 と 「進化論」 とが個 々別 々の学 として成 り立 ち、それ を後か ら外的に 総合 して、成立す るのではない。最初か ら- なる 「カ-の意志のモル フ ォロギ ーに して且つ進化論」 として成 り立つ、 と理解 され るべ きであ る。すな わ ち、それ は我 々の用語を使 えは、 「力- の意志 の メタモル フ ォロギJjoであ る. それ こそが ニー チ ェの哲学 、ニーチ ェの メタフユジ ィ-クといえ る。
(
I
I
) ニー チ ェ ・コ ン トゥラ ・ワー グ ナ ー ニーチ ェは 自選 のアンソロジー的書 Fニーチ ェ ・コン トゥラ ・ワーグナー』 に 「或 る心理学者の 文書」 とい う副題 をつけてい るが 、この場合の 「亡J 理学者」 とい う言葉 も、上の ような意味での 「心 理学」 とい うことか ら解 され るべ きであ る。A.
ポ イ ムラーに よると、ニーチ ェ発狂直後 の1889年1 月8日に悪 い予感に襲われた オーヴ ァ-ペ ックが ニーチ ェを トリノに訪れた時に、 ニーチ ェが読ん でいたのが Fニーチ ェ ・コン トゥラ ・ワーグナー』 (1S) の校正刷 りであ った、 とい う。 その意味で Fニー チ ェ ・コン トゥラ ・ワーグナー』 は、狂気 の闇の うちへ輝 きを放 ちなが ら消えてい った ニーチ ェの 精神 の最後 の光荘 とな ったのであ る。 そ して、 ニ ーチ ェの処女作 F悲劇の誕生』
(1872年刊)が、 ワーグナーに捧げ られた のであ った ことを思い合 せれ ば、 ニーチ ェの ワーグナーとの対決は、 ニー チ ェの哲学の展開の全体 を、そ して ニーチ ェとい う一個 の実存 としての 「力へ の意志」の展開 の全 体 を貫ぬ いて何か象徴的 な意味を担 っていた と思 われ る。 ニーチ ェ自身の言 うところに よれは、 F悲劇の 誕生』 の4年後 の1876年の夏第1回の/くイ ロイ ト 祝祭劇 の時にす でに、 「ひそかに ワーグナーに別 れを告げた」 、 とい う`loOさ らに また同 じ1876年の 同 じ頃出版 された F反時代的考察 、第4岩 、バイ ロイ トに於け る リヒァル ト・ワーグナー」 に も、 かな り冠説化 してい るところに よれは、 この書 の 表 向 きの ワーグナー賞讃 の裏にす でに ワー グナー に対す るニーチ ェの内密 の敵対性が潜 んでいるの がみ られ る、 とい う. この書のなかの一節 でニー チ ェは次の よ うに言 ってい る。 「 (ワーグナーの本性 を)熟視す る者 は ワーグ ナーの流れ出 し超 え出る本性(dieaus-undilber -str6menden NaturWagners)に一見服従す るか の よ うに見えるが、その ことに よってその熟視老 自身 その力に与 ってお り、か くしていわば彼を通 して彼に対立す るまでに力を得 ている(durch ihn gegen ihn machtig werden)のである. 詳細 に 自分 自身を吟味す る人な らだれで も、見 る とい うことの うちにすでに、或 る内密な敵対関係 が、す なわち見返す とい う敵対関係が属 している (17) とい うことを知 っている」、 と。 ここでい う、 「ワーグナーの本性を熟視す る老」 とは もちろん ニーチ ェ自身 の ことを指 して い る。 ニーチ ェは ワーグナーの本性を見入 るこ とに よっ て、内密裡に ワーグナーを通 して ワーグナ ーに敵 対す るまでに力をえた、 とい うのであ る。 この 「ニーチ ェ ・コン トゥラ .ワーグナ ー」 と い う対立を、晩年 ニーチ ェは Fワーグナ ーの場合』 の序文 のなかで、感嘆符つ きで 「一つの長 い歴史」 と述懐 してい る。 そ して、 この 「歴史」 に ついて ニーチ ェは言 う、 「もし私が道徳家であ ったのな -13-ら」、それ を、 「おそ らく自己超克」 と名づけた であろ う、 ttlg Lてみ れは、 ニーチ ェとい う一個 の 「力-の意志」の 「自己超克」 の歴史が、 「ニ ーチ ェ ・コソ トゥラ ・ワーグナー」 とい う対立を 通 して、展開 された 、 ともいえ るであろ う。 さらに、 Fワーグナ ーの場合』 と同 じ年 の rユ ッケ ・ホモEgでは、 ニーチ ェは Fバ イ ロイ トに於 け るワーグナー』 を振 り返 り次の よ うに述べてい る。す なわ ち、、 「これ らの著作 (F教 育者 としての シ ョーペ ン - ウ7-』と F/;イ ロイ トに於 け るワーグナーEIの こと)が証 明す るあの状態を今若干の距離を とっ てふ り返 って観 ると、 これ らの著作は根本に於 い て私の ことにつ いてだけ語 ってい るにす ぎない と い うことを私は否定 しようとは思わ ない
。
Fバイ ロイ トに於 け る ワー グナー』 とい う著作は私の将 0功 来 の一つの像である」 、 と。 そ うであ るな らば 、先に引用 した文 の中の 「ワ ーグナ ー」 とい う名称 をそ う単純 に 「ニーチ ェ」 とい う名前に置換 して読みかえて しまわない まで も、少な くとも、 「流 れ出 し超 え出る本性」は単 に ワーグナーのみな らず、否む しろ、その ワーグ ナーを通 して ワーグナ ーに敵対す るよ うにな った ニーチ ェこそ、 ワー グナー以上に 「流れ 出 し超え 出 る本件」であ った といえるであろ う。そ して こ の 「流れ出 し超 え出 る」 とい う動性 こそ、 まさに 「力- の意志」 の 「力-の意志」 としての本性に 最 も適 った活動性では なか ったのか。 してみれば、 ニーチ ェはその 「力- の意志」 と しての本性か ら して、 自分 自身を超 えて出でんが ために、 ワーグナーを敵 として必要 としたのでは なか ったか。 ニーチ ェが r道徳系譜論』 で 「気高 い人間」(vornehmer Menscb)について語 ってい ることが、その まま ニーチ ェ自身にあては まるで あろ う。す なわ ち、 ニーチ ェは、 「まさに 自分 自 身のために、す なわ ち 自分を際立たせ るために、 自分の敵 を求めた、何 ら軽蔑すべ きものがな く敬 すべ き非常 に多 くの ものを もつ敵だけを敵 として erl 維持す る./」 のであ る。 ニーチ ェが ワーグナーと 敵対す るの も、一自分 自身 のため、 自分 自身に打ち 克 ち、 自分 自身 を超 え 出んがためであ る。先にみ た よ うに、 「よ り強 く」成 ることを 自分に対 して 求め る意志 として、 「力への意志」には プンクク ー 14 -チオ ーソの働 きが本質的に属 してい るが、その プ ソクタチオー ソに於 いて立て られ るのは、到達す べ き自分 の可能性 としての 目標点だけではない。 打 ち克 ち乗 り超 え るべ き-定点を も自分 の前-投 げ出 し、そ こに 自分の敵対者像 を投影す る。乗 り 超 え るべ き敵が大 きけれは大 きい程、それだけそ れを乗 り超 えた時に遂げ る生長 もまた大 きい。敵 が打ち克 ち難 けれ ば難 い程、それだけ勝利 の後に 充溢す る力の感情 もまた大 きい。 この よ うに して 「力-の意志」は、で きる限 り大 いな る敵 の像 を 自分か ら自分 の前-、いわば コン トゥラブンクテ ィシュ (対位法的 )に立て、 これ との葛藤 を通 じ て、 自己を展開 してい くのであ る。 ニーチ ェが措 く 「ソクラテス」像 も、 「シ ョーペ ソ- ウ7-」 像 も、あ るいは また 「十字架 にかけ られた老」 と い う像 も、歴史上 の実在的人物像 とい うよ りもむ しろ、それは 「カ-の意志」 と してのその本性か ら コン トクラブソクテ ィシュに立 て られた フィク テ ィーフな人物像 であ ったo この他に もニーチ ェ は様 々の敵対者 の像を立 てたので あ るが、その う ちの最た るものが ワーグナー像 であ った. Fニーチ ェ ・コン トゥラ ・ワー グナー』 とい う 書名のなかの 「コン トゥラ」 とい う語 の響 きも、 「力- の意志」 の コン トゥラブソクテ ィシ ュな展 開のなかで聞 きとられ るべ きであ るo
Fニーチ ェ ・コン トゥラ ・ワーグナー』 に於 いて ニーチ ェは 「ニーチ ェ ・ウソ ト・ワーグナー」 とい うよ うに 自分 を ワーグナー と並べ てそれ と比較対照す るの ではない. ワーグナーと対決 し、かつその対決を 通 して ニーチ ェ自身が 自己超克 してい るのであ る。 すなわ ち、 自己超克的に変容(sichlhetamor pho-sieren)してい くのである。 「生」 の生た る所以は、その 「自己超克」 とい う活動に ある。
「自己超克」は、 いわば生 の 「心 臓」(H。,zQ3'の鼓動 ともいえる活動 であ る.
「心理 学者」 、す なわ ち 「心臓 の通暁者」(derWissende ご⊃ desHerzens)としてニーチ ェは、すなわち 「生の 本質に存す る必然的な 柑 己超割 の法則Je頚に通 暁す る者 として、生その ものの法 則の、すなわ ち 「自己超克」 の法則の意志す るところに従 って、 意志 し、而 して繰 り返 し変容 して い ったのであ る。0
0
「プ ロ メテ ウ ス - ニー チ ェ」 の 「解 放 - 変 容 」 思い起 せば、 ニーチ ェはその処 女作 F悲劇の誕 生』 です でに、後 の ニーチ ェ自身 の言 うところに よれは 「差 し当 っては学者 の頭 巾で身を隠 し、 ド イツ人の重苦 しさと弁証法的無味乾燥 さで身を隠 し、 ワーグナー主義者の まず い流儀 で もってまで も身を隠 して」ではあ るが 、晴 々裡 に生その もの の心臓 の通暁者 として、 「力-の意志」の通暁者 として、語 ってい るのであ った。す なわち、 F悲 劇 の誕生』第1版刊行か ら16年後 の第3版 で新 た に付加 され た序文 F自己批判 の試 み』 の第4節 の 冒頭 で こ う言 ってい る。す なわ ち、 「そ うだ、で はデ ィオ ニ ュソス的 とは何であ るか ?- この本 のなかにその答えが記 され ている- ここで語 っ てい るのは一 人の F通暁老』 であ る、すなわ ち、 その神 の秘密祭祀参入者 に して使徒であ る」 と。 「それ ほ ど独 自な見解 と冒険に対 してやは り独 自 な言葉 で語 るこ とをすべ ての点で 自分に許すだけ の勇気T を当時 ニーチ ェは未だ持 っていなか った とはいえ、それ故末だ暖味 にであ るとはいえ、F悲 劇 の誕生』 は秘かにすでに生の最 も内奥の心臓か ら、す なわ ち 「力-の意志」の次元か ら、我 々に 語 りかけているのであ った。 その F悲劇 の誕生』 の初版 本の扉 には F解放 さ れた プ ロメテウス』 の図が ヴィネ ッ トとして印刷 C:J
され ていた とい う。
F解放 された プロメテ ウス』 とともに ニーチ ェの処女作 F悲劇 の誕生』 の、そ して ニーチ ェ哲学の扉が文字通 り開かれたのである。 プ ロメテ ウスは、ギ リシア神話 に登場す るテ ィ タン族 の一 人で、か って無知蒙昧 の状態にあ った 人間を憐 んで、 これに天上か ら神 々の火を盗んで 与 えた ことで よ く知 られ てい る。彼 の この行為を 怒 ったゼ ウスは、その依 いのため プ ロメテ ウスを カ ウカ ソス山に鎖でつな ぎ、大鷲 にその肝 を啄ば ませたが 、その肝 は夜の問に再生 したので、その 苦 痛は絶 え ることな く続 いた。 そ して、ず っと後 にな って英雄- ラク レスが現われ鷲 を射お として や っと解放 された、 とい う。 この神話に題材をえてアイスキ ュロスは、今 日 では散伏 して しまった F火を もた らす プロメテ ウ ス』、F解放 されたプ ロメテ ウス』 と、伝存のF籍 られ た プ ロメテ ウス』 と、以上三 部作の 『プロメ テ ウス』劇を制作 した といわれ る。 このアイスキ ュロスの 「プ ロメテ ウス」像が ニ ーチ ェの前に、 「能動性 の栄光」 を放射 し、それ C6) に包 まれ て現前 して くる。 ソフ ォク レスの 「オイ デ ィプス」は、彼 を襲 うすべ ての災厄、すべての ことに 「苦悩 し耐え る者(Leidende
rlJとして純粋 に パ ッシ ブに 身 を委 ね る こ とに よ って 、変容 (verklaren)されて、 「ギ リシア的 明朗 さ」に於 い て現われ るのに対 し、アイスキ ュロスの 「プ ロメ テ ウス」 は、よ り高 く向上せ ん と意志 し、そのた め進 んで積極的に災厄 を 自らわが身に引 き受け る。 ニーチ ェは プロメテ ウス神話か ら次の よ うな一種 のペ ス ミステ ィシュな思想 を読み とってい る。す なわ ち、 「人頬がそのあずか りうる最善に して最 フレーフエ′レ 高の ものを獲得す るのは 冒 痕 を通 してである. そ して今やその結果を も、す なわ ち苦悩 と苦難 の 洪水 のすべてを もまた受け とらざるをえないので あ るO侮辱 された天上 の神 々はそれ で もって気高 く向上を志向す る人珠 を罰す るので ある- 罰せ eTl ざるをえないのであ る」 、 とい う思想であ る。 ¢ゆ プ ロメテ ウスは、人間に対す るその 「巨人的愛」、 すなわ ち 「過度(hbermaβig)の」愛 の故に、アポ ロソ的綻 、すなわ ち 「節度」を大胆不敵に も踏み 越 え、その結果禿鷹に身 を裂かれ る. ち ょうど、 デ ィオニ ュソスが巨人たちに襲われ て身 を裂かれ た如 くに。 この点か らも、 プ ロメテ ウスはデ ィオ ニ ュソスの一つの仮面 であ るといえ るか も しれ な い。 しか し、アイスキ ュロスの プ ロメテ ウスは、ゼ ウスに よって巨岩に禁縛 されて もなお、ゼ ウスに 楯突 き、不敵に もゼ ウスの没落を予言す る。
F縛 られ た プ ロメテ ウス』 では、ゼ ウスの欲情 の犠牲 にな って牝牛に姿を変え られ虻に追 いまわ されて 国か ら国へ流浪 をつづけ るイオが、我が身 の不幸 を悲 しみ、い っそ死んだほ うが ま しと嘆 くのを聞 き、 プ ロメテ ウスは彼 女にむか って次の よ うに言 う。 「それでは私の難儀 な ど、 とて も耐え きれ まい な、私に とって死ぬ ことが許 され ていないのだか ら。 死 んで しまえば、苦 しみはのがれ るこ とが出 来 るだ ろ うが。だが今は、私には苦悩のは て も定 まっていないのだ、ゼ ウスが王位 を追われ るまで - 1 5-ほ
」
、 tQo9 アポ ロン的按 を踏み破 ったデ ィオニ ュソス的な るプ ロメテ ウスは、ゼ ウスを超 え神 々を超 えてそ の上に君 臨す るところのモイラ、あ るいは 「永遠 の正義」を、一段高い意味で 「アポ ロン的」に、 要求す る。
「予め考慮す る者」 として プ ロメテウ 見 よ、その 「予めの考察」に よってゼ ウスの没落 の運命 を見透 し、縛 られ てなおゼ ウスの使者-ル メスを追 い返 し、ゼ ウスに反抗 して屈す ることが ない。 この よ うな プロメテ ウスの姿には、 「神が 死んだ」後の虚無の中で能 くそれに耐えて生 き抜 く後年 の ニーチ ェの姿が予示 され てい る. あ るい は、 F悲劇の誕生』時代の ニーチ ェはす でに プ ロ メテウスの姿の うちに、将来の 自分の運命をプ ロ メテ ウス的に予見 していたのか もしれ ない。 では、神な しに敢然 と生 きん とす るプ ロメテ ウ ス的生を、 「神 な き」虚 無の恐怖 か ら解放す るの は、一体 どの よ うな力であ ったのか。それ は、 ニ ーチ ェ的 な言 い方をすれば、音楽の もつ- ラク レ スの よ うな力であるといえ ようOoDニーチ ェは、「彼 (生 の恐 ろ しい真実の深淵な姿 を直視す るギ リシ ア人、の こと)を救 うのは芸術 であ る、そ して芸 術を通 して自分 のために彼を酔 うのは」 と言 って、 ダ ッシ ュして、 「生であ る」 とい う0.9芸術の隠 さ れた真 の主体が 、やや唐突に、 「生」その もので あると明か されたのである。すなわち、逆 に言 えは、 デ ィオニ ュソス的に深淵 なる 「生」その ものが、 芸術を、就 中音楽 を通 して 自分 自身を救い、 自分 自身を鼓舞 し、その深淵 の うち よ り立 ち昇 って く るのであ る. してみれば、デ ィオ ニュソス的音楽 は生 の深淵 の うち よ り鳴 り響いて くるのだ といえ るであろ う。 もっとも、 ニーチ ェは初め F悲劇 の誕生』の初 版では ワーグナーの音楽をかか るデ ィオ ニュソス 的音楽 の復活 と して ジャステ ィフ ァイ しよ うとの 意図を もっていたか もしれないが、やがて後にそ の試み を1886年 の第3版 で新たに序文 と して付 さ れた F自己批判 の試み』 で 自ら批判 し、次 の よ う に言 っている。 「しか しこの本 (F悲劇の誕生』 の こと)には シ ョーペ ソ- ウア-的定式で もってデ ィオ ニュソ ス的霊感を曇 らせ、ぶ ち こわ して しまった こと以 上 に今私が残念に思 ってい るもっと悪 い ことがあ ー 16 -る。 それ は、私の前に現前 して きた壮大 なギ リシ ア的問題 を最近 の事柄 の混ぜ入れ に よって、ぶち こわ した ことであ る./ 何を も希望 しえない とこ ろに、すべてがあま りに も明瞭に終末 を指 し示 し てい るところに、私が希望をつな いだ ことであ る / Fドイ ツ的本質』 が今まさに 自分 自身 を兄い 出 し、 自分 自身に再会 しよ うとしてい るか の よ う に、 Fドイ ツ的本質』について ドイ ツの最近 の音 楽を もとに して物語 りをで っちあげ は じめた こと 03> であ る」0 ところが、やがて ニーチ ェは 「ドイ ツ的本質」 について、 さらに今や 「ドイ ツ音楽」 について徒 な希 望を抱かず容赦な く考 えるようになった、す る と 「ドイ ツ音楽」はあ らゆ る形態 の芸術の うちで 最 も非 ギ リシア的であ り、 ロマ ン主義的であ るこ とが判 った と、 この よ うに ニーチ ェは言 う。そ し て ニーチ ェは、次 の よ うな疑問を投げかけ、余韻 を残 しなが ら、 このパ ラグラフを閉 じる。す なわ ち、 「或 る一 つの音楽が ドイ ツ音楽 の よ うに ロマ ン的起源に もはや由来す るのではな く、デ ィオニ ュソス的起源に由来す るのだ とした ら、その音楽 は一体 どの よ うな性格の ものでなけれ ばな らない ¢4) のだろ うか ?----」 と。 ニーチ ェに代 って この問いに答 えて言 うな らは、 その音楽 は、 「根元的-老(da且Ur-Eine)の心胸 の うちな る根元的矛盾 と根元的苦 痛 とに象徴的に 結びつ き、従 ってあ らゆ る現象を超 えてあ らゆ る 現象以前に存在す る或 る一 つの領 域を象徴す る冒 ところの音楽 であ るといえ るであ ろ う。い うなれ はそれ は、世界 のデ ィオニュソス的根底か ら、す なわ ち 「存在 の深淵」か ら鳴 り響 いて くる音楽 で あ る。 もしそ うな ら、その意味 での 「音楽」は取 O◎り分け 「芸 術家一哲学者(derKiinstler-Philosoph)」
としての ニーチ ェの哲学、す なわ ち ニーチ ェの「芸
O7)
術家 一形而上学(dieAristen-Metaphysik)」でな くて他になにがあろ うかO事実、ニーチェ自身 F悲 劇 の誕生』一の F自己批判の試み』 のなかで、その 書物 を指 して、 「音楽 で もって洗 礼を受け、最初 か ら共通 の稀有 の芸術経験に よって結ばれた老た ちのための F音楽
』
」、 と呼 んで い る。そ して、 F悲劇 の誕生』 に於 いて語 ってい るのは、 「或 る 一 つの馴染みのない声(einefTlemdeStimme)、 すなわ ち未だ F知 られ ざる制 の使徒」 であ るでとい う。 膏に F悲劇の誕生』に とどまらず 、以後 の ニー チ ェの著作 のすべ てが、世界 のデ ィオニ ュソス的 深淵の うちか ら響 き出て きた 「音楽」 といえ るか もしれ ない
。
「音楽」(Musik)の語源 であ るギ リ シア語 のJLOVのx2?'のさ らに また語源につ いて Fク ラテ ユロス』 のなかで ソクラテスは 「JL
ゐ
0.0αLJ¢g) (欲求す る) とい う語に由来す る とい ってい るが 、 単に語 としての 「音楽」のみな らず 、 「音楽」そ の もの も 「意志」 に、それ も生 の根源的意志た る 「力-の意志」に起源す るといえ るか もしれ ない。 ニーチ ェは差 し当 り最初それ とは知 らない裡にす でに 「力- の意志」に従 って語 ってい るのであ る とした ら、その ニーチ ェの哲学がす ぐれて 「音楽」 であ る といえ る。 その意味 で、 ニーチ ェの哲学 こ そが、 ソクラテスの言 う 「最高の ム ゥサ イの術T といえ るであろ う。 かか る 「人間の本来的形而上学的活動」た る「音 楽」を通 して ニーチ ェは 自分 自身 の 「力-の意志」 としての本性に従 い、 自己批判的 ・自己超克的に 自己の本性 を展開 していったのである。 自分 の内な る 「深 淵」か ら響 いて くる 「知 られ ざる神」の声 に呼応 し、 ニーチ ェは語 る。か っては 自分が傾倒 した ワーグナー、 シ ョーペ ソ- ウ7-とい った人 物像 を ニーチ ェは 自分の前に投げ出 し自分 の対立 者 ・対位点 として立て る。 そ して これに打 ち克つ こと (少な くともニーチ ェ自身は事実打 ち克 った と思 ったに ちがいない)を通 して、 ニーチ ェの生 は 自己超克的に展開 し、高揚 してい く。 その意味 で、 ワーグナーに対す る、 シ ョーペ ソ- ウア一に 対す るニーチ ェのボ レー ミッシ ュな調子 での論述 は、まさ しく 「対位法的音響 一芸術(41) (diekontr a-punktiscbeStimmen-Kunstl」ともいえ るもので あ った。
「生に対す る大いなる刺激剤14〇 (dasgroβe Stimulan
s)」として、生を鼓舞 し、高揚せ しめる のであ る。 かか る 「知 られ ざる神」 デ ィオニ ュソスの声に 呼応 して奏 で られた 「音楽」の、す なわ ちニーチ ェの 「哲学」の もつ- ラク レス的 力に よって 自ら を鼓舞 し、解放 されて、 「縛 られた プロメテ ウス」 -ニーチ ェは、 F悦は しき知識』に於 いては、「プ リンツ ・フ ォーゲル フライ」 -ニーチ ェ- と変容 し、登場 して くる。師
) プ リンツ ・フォーゲル7ライの歌、
そ して踊 り
1887年の F悦ば しき知識』第2版 では新た にF序 文』 と第311.書 Fわれ ら怖れ を知 らぬ老 ども』 とと もに Fプ リンツ ・フォーゲル フライの歌(Lieder desPrinzenVogelfrei)』 として14篇 の詩がつけ 加 え られ た。'Vogelfrei`とい う語は、 「法律 の保 護外-の追放 の刑 に処せ られた」 とい うことを意 味す る.昔 この刑に処せ られた者の死億刻ま、墓に 葬 るこ とが禁 じられて、山野 に棄て られ 、 「鳥が 餌 と して 自由に啄むに任せ られ た」 (つ ま り'den Vbgelngum Fraβfreigegeben`とい うことであ る、 ここか ら'vogelrrei`とい う語は由来す る)、 とい う。 この点に於 いて 「プ リンツ ・フ ォーゲル フライ」 とい う人物像 は、犬鷲にその臓肺 を啄ば まれ続けたあの 「縛 られた プ ロメテ ウス」 の姿を 我 々に想起せ しめ るであろ う。 しか しニーチ ェの 「プ リンツ ・フォーゲル フライ」 の'vogelfrei`は同時にまた'rreiwieder Vogel inderLuft`、つ ま り 「空 中の鳥の ように 自由な」 との意味 もイ ンプライLしてい る。 アイスキ ュロス の 「縛 られた プ ロメテ ウス」 は、苛酷な刑罰に附 され てなお、ゼ ウスに反抗 してや まず、その結果 ゼ ウスの怒 りい よい よ険 し くな り、 プ ロメテ ウス は奈 落の淵 に投げ入れ られ 、沈 んでい く。 アイス キ ュロスの悲劇 F縛 られた プ ロメテ ウス』 は ここ で終わ るが、 ニーチ ェ-プ ロメテ ウスはそ の深淵 の うちで、解放 されて 自由 とな り、深淵の うちか 14カ ら 「生 まれ変わ り」(neugeboren)、再び登場 して くる。 詩集 Fプ リンツ ・フ ォーゲル フライの歌』 に先 立 つ Fメ ッシナ牧歌』 (1882年)のなかの Fプ リン ツ ・フ ォーゲル フライ』 と題 された詩 のなか で ニ 仏4) ーチ ェは次の よ うに詣 ってい る。"DasweisseMeeristelngeSChlafen,
EsschlaftmirjedesWehundAch. Vergessenhab'ichZielundHarem,
VergessenFurchtundLobundStraren: Jetztfliegic九jedem Vogelmach."
「白き海原が陸入 り、 私のすべての悲嘆 は陸 る。
-め あて 私 は忘れ去 った、 目標 と目的地 を、 怖 れ と賛辞 と刑罰を : 今や私はあ らゆ る烏 の跡を迫 って天招け る」O ニーチ ェは 自分 と共に怖れ と賛辞 と刑 罰を深淵 の うち-沈め、忘却 して しまい、恐れ、賛辞、刑 罰か ら解放 され て、 自由無擬 、あ らゆ る鳥の跡 を 追 って、天和け る。 まさに、鳥道 を行 く、のであ る
.
「プ T)ソツ ・フ ォーゲル フライ」は、ただ 「自 由」 とい うだけではない。深淵 の うちで 自由なの であ る。"Vogelrrei" の 「自由」は、ただ飛び ま わ ることがで きるだけの、い うなれは "Fliegen -frei(--の 自由) "とで もいえ るよ うな 自由で はないO
「プ リンツ ・フ ォーゲル フライ」 は、深 淵 の うちにあ って プ ロメテ ウス的 自負を抱 いて 自 由なのであ る。 従 って、上 の押韻詩で 「あ らゆ る鳥の跡 を追 っ て天招 け る」 と詣 う 「私」、それ は 「存在 の深淵 よ り響 いて くる」のであ る。個体 としての 「私」 はすでに一旦、デ ィオニ ュソス的深淵 の相場 の う ちに投げ込 まれ 、そ こで熔か され 、 「われ ら怖れ を知 らぬ老 ども」 とな って、歌い且つ踊 りなが ら 空中高 く舞 い上 る.
f'悦 は しき知識』 の付録の詩 集 Fプ リンツ ・フ ォーゲルフライの歌』 も、す く・ れ て斯 く 「存在 の深淵 よ り響いて くる」 のであ っ た。 そ して、深淵 な る虚空 のなかを、軽快 ・快活 に躍動す る。 自伝 Fユ ッケ ・ホモ』 の中で もニー チ ェは Fプ リンツ ・フ ォーゲル フライの歌』 に言 及 して次の よ うに言 っている。 「これ らの歌 の大部分はシチ リアで作 られた も のであるが、それ らはまざれ もな く"gayascienza" (悦は しき知識 ) とい うプ ロヴァンス的概念を想 い起 こさせ る。 つ ま り、すべ てのいかがわ しい文 化に対 しプロヴ ァンス人の初期文化 を際だたせ る ところの、あの歌 人 と騎士 と自由精神の三位一体 を想い起 こさせ るのであ る。特に、最後 の詩 Fミ ス トラルに寄す』 、 この失礼なが ら./道徳 を踊 り 超 えてい く奔放 な舞踏歌は、完全なプ ロヴァンス 主義 であ る。- 」 、 と? (47) その Fミス トラルに寄す』 はサ ブタイ トル とし て 「一 つの舞踏歌」(EinTanzlied)と記 されてい る。
「舞踏歌」 は、所謂単な る 「詩」の よ うに単 に 「言葉」だけに よって表現 され るのではない。 - 18 -また所謂単な る 「音楽」の よ うに 、単に 「耳」だ けで聴 かれ るので もない。 それ は全身で もって表 現 され 、全身で もって聴 きとられ 、歌われ 、踊 ら れ る。 そ して、斯 く 「歌 い且つ踊 りなが ら人間は 或 るよ り一層高い共 同体(eine hdhere Gemei n-samkeit)の一員 として現われ る」 のであ る.舞踏 歌 Fミス トラルに寄す』 は、無縫 の天衣の裾を翻 し踊 るが如 く、軽 ろやかに、韻を踏む。 この韻に 合せてステ ップを踏むな ら、その者は まさに 「歩 くことや語 ることを忘れて しまい、踊 りなが ら虚 (4ゆ 空高 く舞い上 ってい く」 であろ う。 この舞踏歌か らここでは第六連 と第七達だけを引用 してお く。"TanzenunauftausendRbcken
,
Wellenriicken,Wellentticke n-Heil,werneueTanzeschafft! TanzenwirintausendWeisen
,
Frei- seiunsreKunstgeheiGen.
Friihlich- unsreWissenschaft! RaffenwirγonjederBlume EineBliiteunszum Ruhme
UndzweiBlatternochzum Kranz! TanzenwirgleichTroubadouren ZwischenHeiligenundHuren,
ZwischenGottundWeltdenTanz!"
「さあ踊れ 数多の背 の上 で、 波 の背の上 で、波 の悪戯の上 で-新 しい踊 りを創造す る者に、幸 あれ ./ 数多 の振 りでわれ らは踊 ろ う、 自由に- そ うわれ らの芸術 を呼び、 悦 ば しく- そ うまっれ らの科学を呼はん/ われ ら花 とし花か ら椀 ぎとらん われ らを称讃せ んがため一輪 の花を そ してなお花冠 のために二枚 の葉 を./ トル ヴ T ドウノレ われ ら踊 らん 吟遊詩 人の よ うに 聖者 と売春婦 との間で 神 と俗世 との問 で 踊 りを./ 」 「力- の意志」 としての我 々の 「意志」(Wille) は、常に よ り高い 自己- と自分 自身を乗 り超えて
安 らわず、その力動性に於 いて、寄せては返す 「RJ (Welle)に誓え ることもで きる。 あたか も何かを 獲得せ ん と欲す るか の よ うに貧欲 に押 し寄せ る波 は、岩壁 を穿ち洗 って、泡立 ちなが ら引 き返す。 しか しその時すでに別の波 が も う先 の波 よ りさら に一層貧欲 に、荒 々 しくお し寄せ る
。
「その よ う に波は生 きる- その よ うに我 々、意志す る者は也
9) 生 きる」、 とニーチ ェは言 う。 いや さのみな らず ニーチ ェに従えば、そ もそ も 「力-の意志」 とし ての 「この世界」その ものが波 また波 の海に誓え られ る。す なわ ち、 「話 力の戯れ 、力の波 の戯れ として一 に して同時に多 、 ここで貯 まると共に同 時 にか しこで減少 し、自分 自身の うち-荒れ狂 い Ciゆ あふれ込む話力の海」 と も言 い表わ され る。我 々 の個 々の 「力-の意志」 は、かか る永劫に回帰す る 「力-の意志」 としての 「世界」 の一つの渡で あ る.時 と して我 々の個 々の意志 は、 この よ うな 「世界」 の 当体た る 「力-の意志」 の荒れ狂 う海 に呑 まれ て しまい、忘我 の状態に陥 ることもあ る。 た とえは、デ ィオニ ュソス祭 の熟狂者がそ うであ る。 あ るいは、深淵 なか ぐろ き海 の上 で、アポ ロ ン的に平然 と 「小舟 の上 で坐 ってい る」 こともあ 缶1) るだろ う。 しか し、上の詩で ニーチ ェは、 この二 つ の態度 の どち らとも異な り、 「波 の背の上 で、 波 の悪戯 の上で、踊れ」 、 と歌 ってい る。世界の 深淵 的根底 であ る 「力- の意志」 の リズムに合せ て、 ニーチ ェは歌 う、いや 「口」 で、 「言葉」で 歌 うのみ な らず、手足のすべてを、か らだ全体を 律動的に動か して 「踊 る」 のであ る。 神 な き 「カ-の意志」 の この世界 は、すなわち 偶然 の戯れ の世界である。
「すべ ての ものはむ し 亡■コ ろ偶然 とい う足で- 踊 ることを好む」のである。 我 々は この偶然の戯れの うちに投 入す るな ら、そ の戯れに翻 弄 されて生 きるほかは ない。 もしそ う な ることを我 々が欲 しないのな ら、何 らかの仕方 で我 々は この世界 を超越 しなけれ ばな らない。 ニ ーチ ェの言 う「踊 り」(7Tanz)は、勝れて一つの「超越
」(
T
r
a
n
s
z
e
n
d
e
n
z)
と
して生の根源より発源す
る。 それ は、 「この世界」か ら、 「この世界」 の彼 岸 に存在す る 「あの世界」- と、超 え行 くのでは ない. そ うではな く、ニーチ ェの 「踊 り」 は、「善 悪 の彼岸」-の、すなわ ち 「聖者 と売春婦 との間」 - の、 「神 と俗世 との問」- の、超越 であ る。 ニ ーチ ェは 「踊 る」 ことに於 いて、かか る 「問」を 開 き、そ して逆 に また、 この よ うに開かれた 「間」 で 「踊 る」のであ った。 ニーチ ェは差 し当 っての 「立脚点」に固執す ることな く、常に次 々とそれ を踊 り超 えてい く. それが 、 ニーチ ェの哲学に於 け る、その対位法的(kontrapunktisch)な展開で あ り、 「超越」であ り、そ して超 人-の道 を歩む ツァラツス トラの歩み なのであ る。か くして ツ ァ ラツス トラは 自分の魂に向い斯 く語 るのであ ったC す なわ ち、 「おお、わが魂 よ、私 は汝 に Fか って』 と Fい つか』 と言 うが如 く、 F今』 と言 うことを教えた、 そ して、すべての Fここ.Iと Fそ こ』 と Fか しこ』 とを踊 り超 え、汝の輪舞 を踊 ることを教えた」 、 と讐 註 ニーチェのテクス トはタレェーナ一 ・ポケット版 (KrとInerS Taschenausgabe, Alfred Kr6ner Verlag,Stuttgart,1964)から引用 した。なお上記 の版に集金蓑されなか った退稿断片はー Friedrich Nietzsche,SamtlicheWerke,KritischeStudie n-ausgabein15Bande,hrsg.YonGiorgioColli u.MazzinoMontinari,WalterdeGruyter,1980 から引用した。(1) Fr.Nietzsche
,
"JenseitsYonGutundBi)se"
,
Nr.186.(2)Fr.Nietzsche,"DerWillezurMacht",Nr. 693.
(3) Ibid.Nr.658 etc.
(4)Fr.Nietzsche,"DerFallWagner",Epilog, S.44e上c.
(5)Fr.Nietzsche,"DieUnschulddesWerdens (NachlaβT)" S.301. (6) ギリシア語で、 「貧乏、欠乏」という意を人格化 したもの。プラトンの F饗宴』203B∼Dで、デイ オティマはーエロースをポロス (r桁策,豊富」と いう意を神格化したもの)とべニアの問の息子とし て性格づけている。
(7) Fr.Nietzsche,"DerWillezurMacht",Nr. 675.
-(8) Ibid.Nr.668.
(9) Fr.Nietzsche,"ZurGenealogiederMoral", Dritte Abh.Nr.12,S.362.
8
0 "Der Wille zur Macht",Nr.492. (川 M.Heidegger,"Einfiihrung in dieMeta-physik
"
,S.46.4
25 "Der Wille zur Macht",Nr.616.姻
"Jenseits von Gutund Base",Nr.23.8
4 この学 の講想につ いては Fニーチ ェ ・コン トゥラ・パスカル (その 5)- 「心胸の メタモル フォロ ギー」-の序論- 』 (長野大学紀要第7巻第3・
4号合併号) を参照 してほ しい。
姻
Vgl-Kr6nersTaschenausgabe,Bd.77,S. 599,NachwortYon Alfred Baeumler.8
6 Vgl. Fr. Nietzsche, "Nietzsche contra Wagner",S.66.8
7) Fr.Nietzsche,"UnzeitgemaβeBetrachtung IV",S.342.的
Vgl."Der Fall Wagner" Vorwort,S.3.8
9
Fr.Nietzsche, "Ecce Homo",S.358.鯛
"Zur Genealogie derMoral" ErsteAbh.Nr.10,S.266.
e
D Vgl.Fr.Nietzsche,"AlsosprachZarathu-stra",Zweiter Teil,"Yon der Selbsttlber -windung",S.124.
(近 "Nietzsche contra Wagner
"
,S.70. e3 "ZurGenealogie derMoral"DritteAbh.Nr.27,S.410.
C4 Fr.Nietzsche,"DieGeburtderTrag6die" S.38. 餌 F悲劇 の誕生 』の 『リヒ7ル ト・ワーグナー宛 て の序文 』の
ー
「・-=あなたが扉の上の解放 された プ ロメテウスをご覧 に な るさまをー私はあ りあ りと思 い浮べ ます・---・
」 とい う言葉にその名残 りをとど めている。(狗 "Die Geburt der Trag6die",S.93.
一 20-田 Ibid.S.95. ¢∂ Ibid.S.63. e9 呉茂-訳t F縛 られた プ ロメ-テ ウス 』 (人文書 院ー ギ リシア悲劇全集一第一巻 )111頁に よる。 60 rIpop770EV'g は語源的に 「予め慮 る者」 の意 をも つ。
B
D Vgl."Die Geburtder Tragbdie",S.100. 8カ Ibid.S.81.餌 Ibid.S.38. 朗 Ibid.S.39. 田 Ibid.S.76.
朗 "Der Wille zur Macht",Nr.795. 的 "Die Geburtder Tragddie",S.39. (姻 Vgl.ibid.S.32f.
8
9 Platon,"Cratylos",406A. 触身 Platon,"Phaidon",61A.(
4
8 "Die Geburtder Trag6die",S.39. 的 "Der Wille zur Macht",Nr.851,Nr.853,etc.
的 Fr. Niet2:SChe, "Die frahliche Wisse n-schaft", Vorrede, Nr.4.
的 Kritische Studienausgabe,Bd.3,S.335. 的 Vgl."Die Geburtder Trag6die",S.67f. 鯛 "Ecce Homo",S.370.
的
"I)ie frahliche Wissenschaft",S.318ff. 的 "Die Geburtder Tragbdie",S.52. ¢9 "Die fr6hliche Wissenschaft"
,Nr.310. 糾 "Der Wille zur Macht",Nr.1067.6
1
)
Vgl."DieGeburtderγrag()die",S.50.u. Schopenhauer"DieWeltalsWilleundVoト stellung",Viertes Buch,§63.6
分 "Also sprach Zarathustra"
,DritterVeil, "Vor Sonnenaurgang",S.183.6%) Ibid.DritterTeil"VondergroβenSe hn-sucht",S.246.