大学教育における英語の使用に関するFD
17
0
0
全文
(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第61巻 第2号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.61,No.2. 平成23年2 月 February,2011. 大学教育における英語の使用に関するFDl 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎 北海道教育大学函館枚. UsingEnglishforTeachinginHigherEducation FUKUDAKaoru,YOSHIIAkira,GOTOYasuhiro,ITOMikiYokoyamaandUCHIDAKeitaro. HakodateCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 世界経済のグローバル化,交通通信の急速な発展により大学教育における外国語の使用(特に英語)は大 学としての対応が急務である。我が国における英語教育は最近では小学校から行われるようになっているが, 基本的には児童生徒全員を対象とした日常会話レベルのコミュニケーション教育と最終的には大学受験レベ ルを目的とする英文解釈・文法・作文教育であって,英語をコミュニケーションツールとして学科を学ぶ教 育は行なわれていない。大学において英語を使って,英語以外の科目の授業を行うには多くの問題点がある。. 1の福田論文は函館校における「実践的英語」科目の報告であって,英語で授業を行う際の大前碇である 学生の実践的英語力について考察したものである。2の吉井論文は大学における授業形式を「日本語利用授 業」と「英語利用授業」に分けた上で,「日本語利用授業」さらには日本社会における日常生活にもすでに 英語が根深く入り込んでいる事実を指摘し,問題は単に教員が英語で講義をするかしないか,という点を越 えて,日本における学術教養の教育理解の問題に迫っている。3の後藤論文は2003年度から2年間,英語に よる数学教育を実践した報告である。4の伊藤論文は日本語教育において英語文献(英文のメーリングリス ト)を活用した事例報告である。5の内田論文はグローバルなITCの普及にともないそれを主たる研究対 象とする社会情報学教育のための邦語入門テキストが依拠する参考文献,参照文献が日本語文献と英語文献 の2種類から成り立っていることを指摘し,学生が専門研究,卒論研究などさらに展開した勉学を行う際に は英語の読解が不可欠であることを主張している。. 1 本稿は北海道教育大学函館校・自主FD活動として2010年7月15日に実施した会合における報告と議論をもとに加筆展開 したものである。. 261.
(3) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. 0.はじめに 世界経済のグローバル化,交通通信の急速な発 展により大学数育も大きな変革が必要となってい. 1.1背景 本校は国立大学法人が設置する大学のキャンパ. スの一つである。そのような大学でなぜ 「TOEIC英語」を開設するのか,疑問を呈する. る。大学教育における外国語の使用(特に英語). 向きもあろう。背景を見ていくと,外圧として社. は大学全体として対応が急務である。明治以来,. 会的要請と,内圧として大学内事情を指摘できる。. 我が国では近代教育は着実に普及を続け,今では. まず,グローバル経済時代を迎えて企業の国際化. 高等教育においてもほぼ完全に日本語のテキスト. が進み,外国語,とりわけ英語のコミュニケーショ. を用いた日本語による教育が可能になっている。. ン能力の重要性が一層認識されてきた。一方,企. 他方,日本の国際化は経済的にも政治的にも,文. 業の体力が低下して,企業内研修が衰退している。. 化交流の面でも避けることができない状況となっ. そこで,即戦力となる実践的英語運用能力の養成. ており,高度な専門的知識を持つ職業人を養成す. が,大学への社会的要請として表明される2。実際,. る大学において今日のグローバル化にどのように. 多くの大学が生き残り戦略の一つとして,就職率. 対応するかは早急に決定しなければならない。大. の向上や受験生の増加につながるよう「実践的英. 学の授業を英語で行ってほしい,学生にもっと英. 語力」養成への対応を図っている。加えて,大学. 語の実践力をつけてほしいという社会的要請もあ. 従来の教養外国語がとかく教養主義偏重に陥りが. るが,現実的にどの程度高等教育の英語化が可能. ちとの反省がある。学生の中には技能としての英. なのか,どの程度グローバル化に対応すべきなの. 語能力の向上に対する渇望的ニーズが確実にある. か,予算や人員の点で実現できる見込みがあるか,. にもかかわらず,従来の教養外国語のカリキュラ. などについて具体的な議論はほとんど行われてい. ム体制の下では,このようなニーズに必ずしも十. ない。. 分に対応できていなかった。社会や学生側からの. この間題は函館校キャンパスにおける有志によ. 要請に応えるべく,現在,大学の外国語教育の中. る1度のFDで解決できる問題ではないが,今回. に「実践的」要素を取り込む試みが進められてお. はその第一回として「大学教育における英語の使. り,本校における取り組みもこの大きな流れに沿. 用」に関する問題点を整理し,今後の対応につい. うものである3。. て検討するFDを企画した。本ノ稿はその成果を報 告するものである。. 2 小池生夫・寺内 一・高田智子・松井順子・財団法 人国際ビジネスコミュニケーション協会『企業が求め る英語力』,東京:朝日出版社,2010年,特に第7章を 参照。そこでは,「実社会ですぐに対応できる英語教育. 1.教養外国語(英語)における「実践的英語」 の試み(福田 薫) 北海道教育大学函館校(以下,本校)では,2007. 年後期からTOEIC−IPを校内で実施し始め,2008 年度から教養外国語(英語)の枠組の中で, TOEICと連動した「実践的英語」を開講してい. を大学で行なう」という質問項目に対して,企業側に 5段階で評価を求めたところ,「非常に必要」と「かな り必要」が合わせて71.7%に達し,反対は10%に過ぎ. ないという調査結果が報告されている。 3 ますます多くの大学がTOEICやTOEFLなどの英語運 能力試験を活用し始めている。財団法人国際ビジネス コミュニケーション協会(http://www.toeic.or.jp)が公 開しているデータによると,2009年11月時点で,全国. の大学・短大1,121のうち618大学(55%)において. る。以下では,この取り組みを導入した経緯やカ. TOEICテストを入学試験や単位認定に活用している。. リキュラム体制について総括的に報告するととも. 国公立大学では162のうち122大学(75%)に達する。. に,これまでの試験データの分析に基づいて今後 の課題について述べる。. さらに,外部試験と連動させて大学の授業の中で実践. 的能力の養成を図る試みを実施している大学がある。 たとえば,北海道大学はTOEFL−ITPを組み込んだカ リキュラムを2002年度より実施している。. 262.
(4) 大学教育における英語の使用に関するFD. 1.2 教養外国語(英語)の中の「実践的英語」. スだけでなく,全学生に向けた掲示による周知,. 本校では2007年4月からの人間地域科学課程の. 新入生にはオリエンテーション時に資料を配布し. 発足に伴い,教養外国語のカリキュラムも大きく. て,教養外国語の履修と選択のための情報提供を. 変更された。教養外国語は4単位,コミュニケー. 行っている。教養外国語を担当する教員グループ. ション科目は2単位以上の履修が定められたが,. は,各学期開始前に学生たちに教養外国語の受講. 1科目の単位数が従来の2単位から1単位になっ. 希望調査票を碇出させ,これに基づいてクラス編. た。学生の外国語科目の履修時間が増え,専任教. 成作業を行っている。. 員の担当時間数は倍増した。一方で,新課程の発. 「実践的英語」は,上級1,中級2クラスが各. 足を好機としてとらえ,教養外国語カリキュラム. 学期開講されている。これらの授業では,. を実質的に変化させていく,次のような変更を行. TOEICに特化した市販教科書を使用し,予習を. なった。. 前提として,リスニングとリーディングの演習を. (1)英語の必修をはずし,多様な外国語を学習 する選択肢を碇供する。. 行っている。リスニング,語嚢,文法問題を多く. 解くことで,基礎固めと応用力向上を図っている。. (2)外国語学習の技能的側面を考慮して,少人. 数,習熟度別のクラス編成を行なう。 (3)学生の学習ニーズに対応し,多様な学習内 容の選択肢を碇供する。. 1.3 TOEIC−1Pのこれまでの結果 以下では,本校のTOEIC−IPに関するデータ をいくつかの観点から分析してみたい。下の図1. まず,「外国語コミュニケーション」「教養外国語」. はこれまでに本校で実施したTOEIC−IP12回分. ともに,(留学生限定の日本語を含めて)8言語. の総得点の分布を示したヒストグラムである。. の履修を可能にした。従来の英語必修指定をなく して,履修言語の選択を学生に委ねた。開講数は,. 前者が年間32クラス(英語は22),後者が45クラ ス(英語は25)である。方針(2)に従い,「外国 語コミュニケーション(英語)」の受講者に対して,. 独自開発したプレイスメントテストを実施し,習 熟度別のクラス編成を実施した。さらに,2008牛 皮より「教養外国語(英語)」を2種類に分け, 従来型の「教養的英語」のクラス(19)と,新しく 「実践的英語」のクラス(6)を開設した。 以下では,「教養外国語(英語)」の中の「実践. 的英語」クラスの実施について報告する。まず, この科目の特徴は,授業の目的と評価が英語の技 能の向上にあることを明確にしている点にある。. 200. 400. 600. 800. Total. 図1 TOEIC−IPテスト拾得点の分布. シラバスにおいて,特にTOEICに焦点を合わせ て,英語のリスニングとリーディング能力の伸長. 総受検者数は1,050名,最低185点,最高910点で,. を図ること,受講生の評価がTOEICスコアに基. 平均440.2点,標準偏差115.3である。一方,全国. づいてなされることが明記されている4。シラバ. の大学,短大等で実施されたTOEIC−IPの2008. 4 具体的には,出席基準を満たした受講生は,中級で350 点以上,上級で450点以上の得点取得により当該科目の. 単位が認定される。さらに,中級では450点以上,上級 では550点以上の得点取得によりA評価を与えられる。. 263.
(5) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. 年度の受検者は,43万人余り,平均425点である。. が,その後ふたたび大きな伸びが観察される。こ. このことから,本校受検者の成績は全国平均付近. れは学習継続の成果であり,特にリーディングに. に位置すると推察される5。. おいて得点の上昇が顕著である。ただし,図2の. TOEIC−IPはリスニング(100間495点)とリー. 折れ線が示すように,TOEICを多数回受検する. ディング(100問495点)の2セクションから構成. 学生の数は急減する。このことから,学生の学習. されている。図2は,受検回数別に各セクション. 動機を高く保ち,学習の継続を導くような授業づ. の平均得点の推移を棒グラフで,受検者数の推移. くりとカリキュラムづくりが必要とされている。. を折れ線グラフで図示したものである。. 2010年度前期終了時に,「実践的英語」受講者 に対し学生アンケート(回答者90名)を実施した。 00旧. 00寸. 00S. 8M. 00寸. 00N. 00M. ○. 00N. 00▼. 00︻. 図2 受検回数別のセクション得点と受験者数の推移. 学生たちにこの授業の満足度を6段階で求めたと ころ,約3分の2の学生(66%)が肯定的に回答し た。(平均は3.9)。ほぼ同じ割合の学生(64%)が,. 受講によって英語力の向上に実感したと回答した (平均は3.2)。また,大部分の学生(81%)が TOEIC受検が学習動機となり(平均は4.4),61% の学生がこの授業に真剣に取り組んだ(平均は 3.8)と回答している。これら4つの項目 (TOEICが学習動機,授業への真剣な取り組み, 実力向上の実感,および授業への満足度)の間に. ○. は,0.35∼0.60程度の相関が見られる。. 図2から,リーディングよりもリスニング得点 の方が顕著に上回っている。これは全国的な傾向. 1.4 今後の課題. であるものの,本校受検者のリーディング得点が. 2008年度から「教養外国語(英語)」の中に「実. 総平均で5割に満たないのは憂慮すべき事態であ. 践的英語」のクラスを開講してきた。これまでの. る。制限時間内に解答しきれない受検者も多く,. 教育実践の中から,今後の課題も次第に明確に. 鍛錬不足は否めない。. なってきた。以下では,3点を指摘するとともに,. 一方,受検回数別に見ると,いくつかの興味深 い傾向が見える。一つは,受検回数とともに着実. 課題の克服,解決への条件を探ってみたい。 第1点は,TOEIC−IP実施業務の負担に関わ. な伸びが観察される。特に初期段階では「試験慣. る課題である。TOEICが学習動機を高める有効. れ」の効果が見られる6。4,5回目付近で得点. な手段の1つであることは経験的にも確かであ. の伸張が鈍化し,いわゆる「高原効果」が現れる. る。しかし,その一方で,TOEIC−IP実施に伴 う業務として,TOEIC本部との連絡,受検料の. 5 t検定を行うと,t=4.2682,df=1,049により,0.1% レベルで全国平均を有意に上回ると判断されるものの,. 実際的見地からはわずかな差でしかない。 6 一般には,図2のような「試験慣れ」効果が観察さ れる。2010年度前期の「実践的英語」受講者のうち,40. 名の学生が学期中に2回(7月3日と7月31日)受検 した。1回目と2回目の平均得点(406点と429点)に関 してt検定を行なったところ,有意とは言えなかった(t. =1.863,df=39,p=0.070)。この理由として,2回. 徴収,テスト当日の監督,スコアシートの返却等 の業務が発生する。現状では,英語教員がこれら. の業務を負担しているが,外部業者に業務委嘱す ることも検討されて良いだろう。ただし,その場. 合には,教員の負担免除と引き換えに,TOEIC 受検料の値上げというトレードオフ関係がある。. の試験の間隔が今回は比較的短かったこと,標本サイ. この課題は,カリキュラム内でのTOEICの位置. ズが小さかったことが考えられる。. づけ,今後の受検者数の推移等を踏まえて,総合. ?64.
(6) 大学教育における英語の使用に関するFD. 的に判断されねばならない。. 第2の課題は,自律的学習者を育てることにつ ながる教授法の探求である。学生への授業評価ア. かたちで「英語」に「出会うのか」,あるいはど のように「出会う必要がある」のかについての, 若干の私見・碇案である。. ンケートの中で,この授業の改善点について自由 記述を求めたところ,「授業が問題の答え合わせ. 2.1「日本語による」と「英語による」:二つ. 中心となりがち」との指摘や,「文法などのしっ. の大学授業の存在. かりとした解説をもっと多く」という要望が3件. 目下,大学生の実践的英語能力を向上させるこ. ずつあった。質,量ともに多くの問題を解くこと. と,たとえばその具体的な方策として授業を英語. に重点を置くと,知識や技能の着実な習得が実感. で行う等,文部行政的な方面からも「大学数育と. しにくくなる。リスニングでは集中と確認のため. 英語」の関係を再編する動きが見られるようであ. に2回練習することや,語彙・文法の小テストで. る。その背景には,加速度的にすすむ英語の「世. は既習問題を反復出題することも定着を促す効果. 界共通語」化に対して日本の高等教育が即応でき. がある。何よりも,「学びて時にこれを習う」方. ていないという認識が,存在しているといってい. 式は,学生が学習のよろこびを実感する機会とな. いだろう。これがすすめば,(a)語学学習それ自. り,その繰り返しにより,やがて自律的学習者へ. 体にかかわる科目・制度の組み替えや再編,(b). と育つことが期待できる。その過程を後押しする. 講義等の中心素材に英語を用い,さらに授業の伝. ために,多読用教材や視聴覚教材などを通して自. 達手段として英語を用いる(英語の口述を典型と. 律的な学習を促す環境の整備充実が一層求められ. するような)科目・制度の新設等が提案されてい. る。. くのだろう。. 第3は,外国語履修の際の選択の自由を保障す. 他方,高等教育においても「日本語」は今後も. るカリキュラムをいかに維持するかという制度上. 使われて行くし,行くべきであるという考え方は,. の課題と,実際に多様な選択肢を提供し続けるか. 特に人文・社会系にかかわる学知領域であれば,. という運営上の課題のバランスをいかに取るかで. 違和感なく受け入れられるだろう。ここで極端な. ある。言語の選択を含め,学生の個々の興味関心. 例,たとえば浄瑠璃研究の講義を日本語ネイティ. や到達目標に応じて,多様な学習内容の授業を選. ブの学生相手に英語で行う滑稽さといったような. 択できる状況が望ましい。なぜなら,選択と自己. ことを想起する必要はない7。たとえ「外国」の「文. 責任に基づく学習の成果が期待できるからであ. 物」(広義の意味での文化的素材)を直接対象と. る。現在,本校ではかなり幅広い履修方法を許容. するテーマであっても,調査・学習主体が言語文. しているが,「英語必修化」の流れは今後いっそ. 化的な意味で「日本人」であるかぎり,それが対. う強まると予想される。しかし,動機付けと自律. 象とする「異文化」の態様を,日本との比較にお. 的学習者育成の観点から,学生の自主性と責任に. いて追究し,日本語で記述していく必要性を否定. 委ねるのが大学教育にふさわしいと思われる。. することは,なかなか難しいことだろう。現に今. ここで,報告者も日本語で外国語のことを語って 2.学生が「英語」に出会うとき −「日本語による授業」の中で外国語とどう向 き合うか−(吉井 明). いる8。 7 もちろん,これはこれで「文化理解」を深める教育手 段としては意味のあることだと考えるが,そのような視. 点はここでは捨象して述べている。 8 もちろん高等教育場面の伝達言語としてだけでなく,. 以下は,報告題にあるように,日本語で行う大. 学の授業において,(教師と)学生がどのような. 日常言語を英語に変更するというような根本的文化変 革(というか事実上の「破壊」)を望む考え方に立てば,. このような「しちめんどくさい」考えは必要ない。こ. 265.
(7) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. 以下では,日本語ネイティブの学生を基本対象. 大学規模・教員の能力・学生のキャリア志向・. として,英語をもちいた講義・指導を中心とする. 入学時語学能力等,それらの要素にばらつきがあ. ような教育方法を一方の極とし,現在も多くの大. る多種多様な大学に右の発想を一般適用すること. 学の授業で行われている「日本語」を中心とする. が妥当かどうか,これについては当然異論が存す. それをもう一方の極とし,両極の間に中間の教育. る。右は本誌所収の宇田川報告が扱っており同感. 形態がふくまれているという構図を想定した上. 出来る点が多々ある。一言で言えば,それぞれの. で,先に進もう。. 高等教育機関は,「英語利用教育」を採用するか. なお,上に述べた授業形式をここでは便宜的に,. どうかについては身の丈に合った議論をした上. 前者を「英語利用教育」,後者を「日本語利用教育」. で,その採用の有無とは別に,それぞれの大学が. と呼んでおく。. 必要とする「英語学習」の独自対応を考えるべき. である,ということになろう。 2.2 大学の多様性と英語学習制度設計の濃淡. 上のふたつの授業形式は,それぞれ合理的に説. 報告者の関心でいえば,変容がめまぐるしい「国. 内」的な社会課題について(高度な「英語活用能. 明できる存在理由をもっている。たとえば1990年. 力」を持たないとしても)地道に対応できるよう. 代後半以降の日本の急激な社会変動,その中で生. な人材・資質を育てるのも高等教育の役割の一つ. じた流動的な労働市場に適応する一方策として,. であること,それが仮に「/ト規模大学」の等身大. 英語技能の向上を奨励する動きが各大学でおこる. の役割であるとすれば,人材育成上の課題を所属. のはある種必然でもあった。その帰着点の一つが,. 学生のキャリア志向と具体的に連関させながら,. 上の「大学の授業を英語で行う」議論でもあろう。. 「大学数育と英語」という課題に接近を試みる必. 他方で,なぜそのような労働市場への適応が今の. 要があること,となる。実際,英語能力の向上を. 口本の若年労働者層にとって必要だと言われるの. 要請する「グローバル化」の披は,国内諸地域の. か,その有効性と限界如何,更に言えば,そのよ. 社会・経済的再編や福祉政策の編成替え等,新し. うな適応はそもそも「わたし」にとって必要なこ. い対内的課題を生み出している。外に目を向ける. となのか,他の選択肢は閉ざされているのか,. だけが「グローバル化」という現象ではない。外. 等々,それらを省察し記述するための日本語能力. 的環境変動に影響された内的環境の変容に対応す. を高めていく高等教育機会の充実が必要となるこ. る人材育成が独自の課題たり得る。だとすれば,. とも言を侯たない。. どのような英語能力技能の向上が必要なのか,必. しかしながら,上の二つを並列的に考えるのは ここまでである。「英語利用教育」という新しい 制度設計に関心を注ぎ,それを挺に今後の高等教. 要がないのかを具体的に考えてみるのが,大切で あるように思われる。. 報告者は,洋書購読風の科目や聞き取り・読解. 育の充実をはかるという発想の有効射程について. を中心とした基礎科目で学生に英語に触れせると. は,やはり慎重であったほうがいいと考えるから. いう僅かな教育実践しか持たないが9,とりあえ. だ。. ずその現場経験をもとに言えば,「大学数育と英 語」をめぐる問題関心は,「参加」学生の語学能. の発想については,それを単に突飛な文化的戯画とし. て笑い飛ばして済むものでもない。それは日本近代に 宿った欧化主義の(極端な)一形態であるし,高等教. 力等にかかわるものよりは「英語科目」には「非 参加」の,つまりは「そもそも外国語とは接した. 育側の実践的英語対応云々という目頭の言説ともある 種の親和性をもつ考え方でもあるので,その思潮の動. 9 近年の教材例で言えば,平易な英語で善かれたポピュ. このような発想が現実化する可能性は考えにくいので,. ラーカルチャー概論(JohnStorey,1hventingPopular Culture,London,2003)のようなものやBarbara Leeの. 本報告ではこれ以上触れない。. 米議会における9.11反対演説音源などを用いたもの。. 向には常に注意をはらっておく必要はある。とはいえ,. ?66.
(8) 大学教育における英語の使用に関するFD. くないし必要もない」という学生たちの側に向け られている。 「日本語利用教育」科目に真面目・積極的に参. これは多くの大学教師が経験していることであ. る。周知のように10,近代の日本語は,欧米の科 学・人文にかかわる学知や日常用語を,漢学的伝. 加する学生たちは同時に「英語とは付き合いたく. 統を挺子にしてそれを「日本語」に翻訳・置き換. ないので登録はしません」という学生たちでもあ. えながら,それらを受容する中で形成されてきた。. る。学生たちの具体的な存在様式に即して,「大. しかし,昭和前後に漢学の伝統が希薄になるにし. 学数育と英語」に関するテーマ設定が可能かどう. たがい,カタカナ表記の外来語が更に加わって来. か。これが次項の課題である。. る11。さらに昨今の「グローバル化」の進行にと もない,冒頭に述べたような「英語ネイティブ化」. 2.3 学生が「英語」に出会う時−「英語」がイ ンストールされた日本語の中で−. このような学生たちに対しては,オーソドック. の要請が高まる一方で,膨大な「英語」の「日本 語化」が進行中である。. 本来,OECDやOPACといった略号の類も含. スな方策としては,英語を「好き」になるための. む「外来語」群の意味内容を理解するためには,. 教育努力をするか,「グローバル化」の中での社. とりあえずそれの元になった「外国語」の理解を. 会的不安定に適応するための生存戦略として(嫌. 一旦踏まえた上で「日本語」たりえるものとして. いでも技能獲得せよと)刺激をあたえるか,が考. 仕立て上げる手順が欠かせない。たとえば欧米語. えられるが,ここではそれらとは違った接近をし. →漢語翻訳→「日本語化」という漢字表記によっ. てみたいと思う。. てその意味を反省的にとらえなおし,日本語とし. 誤解を恐れずに極論すれば,日本の近代化が苧. ての流通を容易にしていくのもその方途の一つで. む文化的特徴にかかわらせながら,「私たちが使っ. あったが,加藤周一がかつて嘆いたように,その. ている口本譜は,否応なく く外国語〉 でもある」. ような明治期的「翻訳伝統」は今やほぼ途絶して. というあたりまえの相互了解が可能なような「日. しまっている。そのため,外来語が「日本語的反. 本語利用教育」授業を構成してみることが必要だ. 省」を踏まえないまま,あたかも商品タグのよう. と,報告者はここ最近考えてきた。. な「日本語」として大量に流通していくことにな. 好き嫌いを超えて私たちが使う言葉には「英語 (文化)的現実」があらかじめインストールされ. てしまっている。そういった「余儀ない」側面を, 「英語」が「好き」/「嫌い」,「得意」/「不得意」. る。. 素朴な例を一つあげよう。たとえば「インター ネット」。このカタカナ外来語は「英語が嫌い」. な学生たちにとっても「日本語」である。同単語. の二分法的な問いから抜け出せないでいる学生に. は平成14−16年時点での「外来語定着度調査」(国. 理解させる,という問題設定というべきか。「大. 立国語研究所)によっても,認知率で96.2%,理. 学数育と英語」というこのFDテーマの外周部に. 解率で78.3%に達している12。60歳以上の対象者. 位置するかもしれないけれど,英語忌避者を主た る対象にして「大学数育と英語」考えることも一 つぐらいあっていいだろう。. 実際のところ,「日本語利用教育」的な授業科. 10 たとえば,加藤周一・丸山真男校注,『翻訳の思想』(日 本近代思想体系),1991年や柳父章,『近代日本語の思. 想一翻訳文体成立事情』,法政大学出版局,2004年 などを参照。 11なお,漢字をもちいた欧米語翻訳の「日本語化」に関. 目の運用において,英語(や外国語)の存在を学. しても考えるべき固有の問題があるのだが,時間・紙. 生に意識させなければいけない局面は数限りなく. 幅の都合上ここでは論じていない。. ある。それは本人が「英語」がニガテであるとい う意識があろうがなかろうが「英語」を意識せざ るえない局面が立ち現れてしまうのだ。. 12 国立国語研究所,「外来語定着度調査」,平成14−16。. 同Webサイト(URLはセマンテイクWebに対応してお らず「名前空間」が変更になる可能性があるため,あ えて記さない)。. 267.
(9) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. を含む全体の「理解率」が八割近いのは,その数. い」という「嫌学」的側面を持ってしまうこと。. 値が調査対象者の主観で「理解している」と答え. かくして「日本語でなら学習意欲がある」という. たものの総和だからだ。. 学習者たちの主観的な自己肯定が,客観的には説. 報告者は,上のような主観調査傾向を念頭にお. 得力をもたなくなっていくこと。右の諸点を踏ま. きながら「情報文化史」や「データベース入門」. えつつ,「良心的外国語忌避者」の心理機制を頭. といった「日本語利用教育」科目の機会に,参加. ごなしに否定することもなく,しかしながら「く日. 学生にインターネットという外来語の「理解」を. 本語〉 で知り,考えた結果,図らずも く外国語〉. 踏まえた適切な「漢字翻訳語」を考案すること,. に到達してしまう」ような自己発見契機が埋め込. それが無理なら出来るだけ外来語を用いないでそ. まれた「日本語利用教育」科目の多様な考案が求. の内容を説明してもらうという試みを近年行って. められていると,報告者は思っている。. きた。そのような視点で測った当該語の理解率は 参加者の一割に満たなくなる。「インターネット」. が,固有名詞としてのTheInternetであるとと もに,普通名詞としてのinternetのエッセンス をもっており,単なる電脳網ではなく網間(inter). 網であるという「インターネット」の文化的な成. 3.英語による数学の授業の試み (後藤泰宏). これは,2003年度と2004年度の2回にわたり, 「代数学基礎ⅠI」という数学の授業において,講. り立ち・特徴を表現できればいいのだが13,それ. 義をすべて英語で行った試みについての報告であ. がなかなか難しい。. る。英語で行ったのは,講義中の口頭での説明と. これは単に,学生たちが勉強不足である,とい. 板書,そして試験問題の記述である。以下では,. うよりは,そのカタカナ表記の背後にある「英語」. 英語による授業を行った動機,授業の内容,工夫. のニュアンスを踏まえなくても,口常においてわ. した点,今後の課題などについて述べる。. たしたちはネットに接しており,それを「知って いる」と考えているからである。そこでは,原義. にそくした意味理解は日常実践的には不要にな り,その原義を飛び越えて,「自分が操作してい る電子的ななにものか」を「インターネット」と して「了解」することになる。. 3.1動機. 英語を用いて数学の授業を行った動機は,次の 4つである。 (1)学生の英語力を少しでも高めておくと将来何 かの役に立つのではないかと考えたこと. ただし,報告者はこのような「外来語」を日本. (2)英語を語学として学ぶだけでなく,情報の伝. 語の意味に「翻訳」する能力をつける授業を考案. 達手段の一つとして実際に使う場を提供しよう. し,それを目指すべきだということを言おうとし. としたこと(数学には数式による表現が多く,. ているのではない。そうではなく,今の日本の大. 英文も比較的わかりやすい。). 学生は,学校教育で「英語」に接する以前から上. (3)当時の文部科学省が初等教育における英語教. に述べたような反省的契機を欠いた「英語」的日. 育に力を入れようとしていたことから,将来教. 本語に沢山出会ってしまっていること。その機会. 師になる学生に英語を少しでも身につけてもら. は加速度的に増えていること。したがってまた,. いたかったこと. その点についての省察を欠いた「英語嫌い」は,. 往々にして「日本語(で知り,考えることが)嫌. (4)筆者にとって,日本語よりも英語の方が数学 の講義をしやすかったこと(筆者は,大学院時. 代を含めて7年間カナダヤアメリカ等で数学の 13 東浩紀編,『ised情報社会の倫理と設計倫理編』,河 出書房新社,2010年所収の各報告を参照。. 授業や研究に携わっていたので,講義の仕方は 北米で学んだ。). 268.
(10) 大学教育における英語の使用に関するFD. 英語による数学の授業の構想は,実は2001年噴. の方がノートを取りやすかった」,「英単語の説明. から持っていた。ただ,日本では,わざわざ英語. がもっと欲しかった」,「本学では英語のみの講義. を使って数学の授業をしなければならない必然性. は稀であるが,他大学ではざらである」などの感. がどこにもなく,なかなか実行に移せないでいた。. 想が寄せられた。(残念ながら,2004年度は感想. そのような折,ミャンマーからの研修生(Nさん). を尋ねる時間がなかった。). が1年間函館校の数学専攻に滞在することになり, 筆者の「代数学基礎ⅠI」を聴講することになった。. それを好機として,英語による数学の授業に踏み 切ったのである。なお,Nさんの英語力は日本人 の学生とほぼ同じレベルであった。. 3.3 工夫した点. 通常の日本語で行う授業に比べて,この2年間 で特にT夫した点は2つある。 まず,英語を苦手とする学生が多かったので, 板書内容を丁寧にしたことである。つまり,文章. 3.2 授業の内容 「代数学基礎ⅠI」では初等整数論を学んでいた。. や図の説明を極力省略しない形で黒板に書いた。 その理由は,もし,受講生が筆者の話す英語を十. 授業時間の9割以上が講義で占められ,演習は講. 分に聞き取れなかったとしても,後でノートを復. 義の余った時間もしくは宿題としていた。2002年. 習すれば理解できるようにしたためである。さら. 度までは日本語のテキストを用いていたが,英語. に,板書の英文はすべて口頭で読み上げた。口頭. で授業を行った2003年度と2004年度には,. での説明はできるだけゆっくりと行ったが,あま. ElementaryNumberTheory(Jones&Jones. りスピードを下げすぎるとテンポが悪くなり,話. 著,Springer−Verlag)という洋書を用いた。日. している方が混乱するので,ある程度は自然なレ. 本語訳は用意しなかったが,学生から訳について. ベルを保った。. 質問があったときには口本譜で解説した。また,. もう一つ工夫した点は,小テストや宿題をこま. 講義は英語で行ったが,学生の発言にまで英語を. めに出すことである。それによって,学生が毎回. 課すことはせず,学生からの質問や試験における. の授業内容をしっかりと理解し,英語の表現にも. 答案の記述などには日本語を使うことを認めた。. 早ぐ慣れるようにした。成績評価は,2003年度と. 「代数学基礎ⅠI」の受講生は,2003年度が3∼. 2004年度で若干異なる。2003年度は,『3回の小. 4年生8人とミャンマーからの研修生Nさんであ. テストと期末のレポートによって評価を行う。合. り,2004年度は3∼4年生12人であった。最初は. 格の目安は,小テストとレポートの合計点が60点. 受講生の間に英語に対する戸惑いがあり,本分で. 以上あることである。1回の小テストでは3題を. ある数学の理解に影響を与えることがあった。し. 約45分で解く(問題文は英語)。1回の小テスト. かし,数回ほど授業を進めるうちに,徐々に英語. の配点は20点であり,期末レポートの配点は40点. の雰囲気が作られていき,学生たちの心理的な堅. である。』というものであった。一方,2004年度は,. さも取れていった。6回目の授業あたりまでには,. 『3回の小テストによって評価を行う。それぞれ. 学生たちが数学の英語表現や用語にだいぶ慣れて. のテストを30点,30点,40点滴点に換算し,3つ. きて,意識が英語よりも数学に向くようになって. のテストの合計得点が60点以上の者を合格とす. いった。1年目は受講生の英語に対する関心が高. る。』という内容であった。. く全員合格できた。2年目は少し意欲が低かった ものの,12人中10人が合格した。 2003年度の授業後の感想では,受講生全員が「難. しかったけど面白かった」と述べていた。そして, 「授業中の集中力が増した」,「日本語よりも英語. 3.4 2年間で中断した理由. 英語による数学の授業の試みは2年間で中断し た。それは,英語による授業の必然性が薄れたこ. とにある。1年目は外国人聴講生のNさんが受講. 269.
(11) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. していたので,英語を用いる意味があり受講生の. くことが望ましい。急に英語で授業せよと言われ. 学習意欲も高かった。2年目には,Nさんがミャ. てもすぐにできるものではない。英語で話す環境. ンマーに帰ったので受講生が日本人のみとなり,. を数年聞かけてじっくりと作っておかないと,以. 英語に対する関心も低くなった。それが3年目に. 前の筆者のように,すぐに挫折しかねない。. なると大学の改組が始まり,教える側がそれまで. (2)教員の英語力(特に文章力)を高めること. のように丁寧な授業をするゆとりを持てなくな. 人前で英語を自然に話せるようになるには相当. り,受講する側も英語に対する負担感を感じるよ. な訓練が必要である。しかし,スピーチに自信の. うになってきた。そのような状況の変化があった. ない人でも正しい英文さえ書ければ,何とか講義. ので,2005年にはシラバス作成の段階で英語によ. はできる。例えば,最近の国際研究集会で日本人. る授業を断念した。. 講演者にときどき見られる「パワーボイン1、の原 ノ稿丸読み」という方法である。この方法は決して. 3.5 英語による授業を再開するには. 現時点では英語を用いた授業を再開する予定は. 推奨されるものではないが,初期の講義としては 何とか成り立つ。手始めにこの方法を用いるにし. ない。しかし,次の条件が揃えば,再開を検討し. ても,単語の綴りや英文法を間違えず,分かりや. てもよいと考えている。. すい英文が書けることが大前提となる。. ・受講生の中に留学生がいること ・英語力を高めたいと思う受講生が半数以上いる こと ・教える側に,通常よりも丁寧な授業運営ができ. (3)学生の英語力を高めるような入学試験や初 年次教育を行うこと. 専門科目の授業の場合,英語は情報を伝達する ための手段であり,主目的は専門的知識の獲得で. るだけの時間的ゆとりがあること. ある。英語の説明に時間をかけ過ぎると本末転倒. これらは,上記の「中断した理由」の裏返しで. になるおそれがある。それを避けるためには,受. ある。例えば,受講生の中に留学生がいれば,英. 講生が十分な英語力を持っていることが望まし. 語で授業をする必要性が高まる。(それでも,大. い。入学試験等において英語力を確認するか,入. 多数が日本人ならば,授業は日本語ですべきで,. 学後の初年次にしっかりと英語を学べる環境を整. 留学生が日本語を学ぶのが筋であると主張するこ. えておく必要があろう。. ともできる。すなわち,英語を使う必然性が生ま れるとまでは言えない。)また,留学生の存在に. 加えて,社会的に英語に対する需要がもっと高 まってくると,英語による授業を開く意味が出て くる。. 4.日本語教育関連授業での事例報告:「英 語のメーリングリストの購読」 (伊藤(横山)実務己). 本節では,日本語教育関連授業において英語を 3.6 大学組織として英語で学ぶ授業を推進する. 用いた学び体験を実施した事例についての報告を. には. 行う。. 最後に,もし本学(北海道教育大学)において,. 外国語学習においてのコンテクストの明確化の重. 大規模に英語を用いた専門科目の授業を導入しよ. 要性は,世界における外国語教育においても国内. うとすれば,どういう教育環境があるとよいか,. 外における日本語教育においても,英語教育にお. 3つほど考えてみたい。 (1)もっと頻繁に外国の研究者を招待し,英語 でのセミナー等を定期的に開くこと. つまり,日頃から教員も学生も英語に慣れてお. ?70. 14 0maggioHadley,AliceC.2001.TeachingLangu(聯 in Coniext:Prq71ciency−Orientedlhstruction.Heinle& Heinle.および鎌田修他(2008)「プロフィシュンシーを. 育てる」凡人社を参照。.
(12) 大学教育における英語の使用に関するFD. いても重要視されている14。また,外国語教育で. 本ゼミナールでは,ゼミ所属決定後には各自,. は,教師の関心は,言語のしくみの理解から教え. 日本語教育関連のメーリングリストに入り,興味. 方へ,さらに近年は学習者の学びとその支援へと. がある分野やテーマについての情報収集をするこ. シフトしてきており,学習者のオートノミー(自. とを奨励している。特に1年次後期の学生には,. 律性)やピア・ラーニングの有効性も指摘されて. 複数のメーリングリストに入り,「少なくとも1. いる15。. つは主な使用言語が自分にとっての外国語である. そこで,本校で開設している日本語教育関連授. こと」を課題としている。学生が購読するメーリ. 業においては,英語について学ぶことや英語を使. ングリストの例には,SenseiOnline,JTIT−L,. 用することのみを目的とするのではなく,英語を. j−Slar等がある17。これらは担当教員が紹介した. 使うコンテクス1、が授業実践上必然的であるこ. メーリングリス1、であるが,学生はこれ以外にも. と,および,その英語の使用量が受講学生の能力. 先輩に紹介してもらったり,各自で検索して新し. かそれより少し上の範囲内であることに留意しな. いメーリングリストを購読することも可能であ. がら,学生の自律学習を支援するような実践を試. る。1年生は,その学期中,少なくとも一度購読. みている。これまで,「日本語・日本文化ゼミナー. 中のメーリングリストについての報告を口頭で行. ルIE∼ⅠVE」と「日本語教育概論」において英. い,学期末にこの購読を通して学んだことについ. 語の使用を実践してきた16。. てリフレクションペーパーを提出する。以下の表. 本ゼミナールは国際文化・協力専攻日本語日本 文化分野の専門科目で,担当教員は伊藤である。 本ゼミナールでは,日本語教育分野を中心に教育. 1で,SenseiOnline,JTIT−L,j−Slarについての 情報を示す。. 表1に示したメーリングリストでは,教材情報. 実践研究や調査研究を行っている。2009年度後期. や教授活動についての情報交換の他,日本語教育. の本ゼミナール受講生は,1年次学生5名,2年. に関する求人情報も流れる。学生は,このメーリ. 次学生3名,3年次学生6名および4年次学生5. ングリストを購読することで,どのような時期に. 名の合計19名である。. どのような条件で日本語教育関連の求人があるの. 表1 受講生が購読したメーリングリストの例 メーリングリスト名 ,. 卜. InfoPage. SenseiOnlineisalistservforteachersof SenseiOnlineMemberHandbook SenseiOnline. Japanesewhopotentiallyandcurrentlyuse(http://www.sabotenweb.com/bookmarks/ On−1inematerialsinteaching. about/handbook.html). aChersandInstructional. JTIT−L. http‥//lists・pSu・edu/cgi−bin/wa?AO=jtit−l. JapaneseSecondLanguageAcquisition http://mailman2.u.washington.edu/mailman. Research. /listinfo/jslar. 16「日本語教育概論(伊藤担当)」では,主要な専門用語. どである。ただし現在その成果は未確認である。受講 学生の今後の推移を見守る必要がある。 17 Schneider,Keiko(2007)FbrTeachersq′Jqpa71eSe.. を日本語と英語のバイリンガルで導入している。特に. くhttp://www.sabotenweb.com/bookmarks/teachers.. 専門用語で英語が先に普及している用語をバイリンガ. html〉(2010年9月9日),およびSchneider,Keiko. 15 鎌田修他(2008)「プロフィシュンシーを育てる」凡. 人社。. ルで導入し,最終試験においてもバイリンガルで解答. lごいl小バ(・JJ∫(・′り〃/わJ(・.1ム・J〃h・/・ 〃(J〃(Jわ「川舟.. させたり,何の省略形かを尋ねたりしている。例えば,. 〈http://www.sabotenweb.com/bookmarks/about/han dbook.html〉(2010年9月9日)。. 「全身反応教授法:TotalPhysicalResponse:TPR」「第. 二言語習得:SecondLanguageAcquisition:SLA」な. 271.
(13) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. 表2 ゼミナールの学生のリフレクションペーパーからの抜粋 学生(購読メーリング. 抜 粋 内 容. リスト). 学生A. 「本文は全て英文となっているので,英語の問題集のような堅苦しい雰囲気から逃れたい 辞書を片手に読んでいる。英語の勉 強にもなるし,エッセイというよりほとんど意見文の場合もあるので文章の書き方の参考 にもなる。」. (GlimpsesofJapan けれど少しでも英語に触れていたいと思う時などに, (外国人から見た目 本人)). 学生B. 「日本以外の様々な国の日本語教育に携わる方々の内情や活動について知ることも出来, 英語の言い回しや表現についても学ぶことが出来た。又,全てが英語である為,読解する 時には英語の勉強にもなった。(中略)メーリングリストをするにあたって,大切なことは. (SenseiOnline). 自分が興味を持った事柄に対する探求心を持つことだと感じた。興味を持っていても,メー. リングリストやその事柄の情報を探そうと行動を起こさなければ何も得ることは出来ない と思った。・・(省略)」 「(省略)・・SenSei−Onlineに登録されると,設定でdigestにするのを忘れてしまったため, 毎日約10通メールが来てしまった。ここで漸くdigestにする必要性に気がついた。 sensei−Onlineから送られてくるメールには様々な内容がある。1つは,授業での教材紹 介である・・・(省略)。2つ目は,英語である表現を日本語ではどう言うかというものが ある。異なる言語どうしでは直訳しても,ニュアンスが変わってしまうことがある。その. 学生C (SenseiOnline). ようなものをどう表現するか,というやり取りを見るだけでも,とても勉強になる。3つ 目は,日本の歴史文化についてというものである。それも,茶道とか歌舞伎というような 歴史文化ではなく,以前紹介されていたのは,日本人の姓についての記事であった。この 記事は外国人記者の目を通して善かれており,日本人の姓から切り込んで歴史を述べてい た。そのような視点から歴史を読むのは初めてだったので,新鮮さを感じた。また,人の 姓について自分では普段気にしていなかったことを,この記事によって気づかされた。 他にもメールの内容は様々であるが,読むたび新しい発見や改めて気づかされることが 多々ある。 メールの書き方は人によって異なることもあるが,最後に名前・所属・住んでいる地域を 書いている人が多い。これはネット上のマナーとして,自分もメールも書くときは気をつ けたい。・・(省略)」. かも,英語を読むことによって情報収集を行うこ. レッドについては時間をかけて読みこんでいる。. とができる。. このように,授業に埋め込んだ形で英語を使用さ. 表2は,本ゼミナールの学生が学期末に書いた. せていくことにより,学生は英語を目標ではなく. リフレクションペーパーの抜粋である18。学生は,. ツールとして用いるようになっている。. 破線部分「______」では,英語そのものの学びにつ. 学生は英語のメーリングリストの購読活動を通し. いて言及し,下線部分「」では,メーリング. て,英語や日本語教育に関する知識だけではなく,. リストの購読という活動を通して学んだ内容につ. 情報収集のスキルアップや,情報発信の際のマ. いて言及している。英語そのものと,日本語教育. ナーを学ぶことができた。また,それをゼミナー. や研究関連の内容の両方において学びが起きてい. ル内で発表することにより,学生同士での学びの. ることが伺える。. 共有も行うことができた。ただし,今回は,ゼミ. 学生によっては,使用言語が外国語であるため,. ナールという,学習内容への動機づけがある程度. 日本語で情報収集するよりも難しい課題となって. 高い学生を対象にしたために学びが起こりやす. いる。しかし,学生Cの7行目以降に見られるよ. かった可能性がある。今後の課題としては,この. うに,学生は,自分が興味をもったトピックやス. ような自律学習をする際にさらにきめ細やかな支 援を必要とする学生に対してどのように支援をし. 18()内の記述,破線,下線,「‥ の挿入は筆者に よるものである。. ていくかを検討しながら実践をしていく必要があ る。. 272.
(14) 大学教育における英語の使用に関するFD. 5.社会情報学系授業科目における英語文献 利用の可能性について(内田啓太郎) 5.1問題の所在. ぼした変化を研究する領域についての授業とな る。. したがって筆者が担当している授業ではICT 研究の「定番」と呼べるような理論や学説と最新. 筆者は現行カリキュラムにおいて複数の社会情. の研究動向およびその成果を紹介することを目的. 報学系の講義科目を担当している。どの科目にお. とした授業設計を行うよう心がけている。それぞ. いてもテキストとして日本語で執筆された文献を. れの授業にてテキストとして利用している日本語. 利用している。それぞれの文献については後節に. 文献は次節で紹介するが,いずれも現代日本社会. て解説するが,いずれの文献も先行する研究とし. におけるICTの現状について理解を深めようと. て海外の,特に英語圏の研究者の研究成果につい. いう観点からテキス1、として利用している。した. て言及している。. がって学部1年生ないし2年生向けの入門的授業. 筆者はこのような文献の構成それ自体に問題は ないと考えている。日本語文献であっても英語圏 の研究動向や成果を引用または参照している以上 (それらの文献の)執筆者の責任において読解さ. についてのみ英語文献を直接利用しなくとも問題 は生じないことになる。. その理由とは,学部2年生までの学生にとって 社会情報学という学問への興味や関心はたいてい. れた上で執筆者が必要と判断した部分を引用また. の場合日本社会におけるICTの現状に収赦して. は参照しているはずである。つまり授業担当者と. いくからである。つまり彼/彼女たち学部生に. しては,そのことも含めて当該のテキストを読解. とって「ネット」や「ケ一夕イ」というデジタル. の上で授業に利用するか否かを判断すればよいだ. メディアとそれらのメディア利用によるコミュニ. けである。. ケーションの実態,あるいはそこから派生するデ. 筆者は問題の所在が,大学学部生向けの授業. ジタルメディア文化とでも呼びうる文化現象は,. とくに学部1年生および2年生向けの入門的授業. そのほとんどが「日本社会における」ものであり,. 一においては,日本語文献のみを利用した授業が. 興味や関心の対象がこのように限定的である以. 可能であるが,果たして学部3年生および4年生. 上,授業にて利用するテキストも日本語文献のみ. 向けの授業においても英語文献の利用が必要では. で必要十分であり,それぞれの文献にて引用また. ないか,ということにあるように考えている。よ. は参照されている英語文献を読解する必要が(授. り詳しく述べると3年生においてゼミ論を,4年. 業受講者としての学部生にとっては)ないことに. 生において卒業論文を英語文献を全く引用または. なる。. 参照せずに執筆することは可能だろうか,という. それでは筆者が最初に提起した問題を再度述べ. 問題設定となる。それではこの間題が生じる理由. ておきたい。それは学部1年生ないし2年生の入. は何だろうか。その理由について以下,述べてい. 門的授業ではともかく,3年生におけるゼミ論や. きたい。. 4年生での卒業論文執筆において英語文献を利用. 社会情報学は学際的な性格が強く多岐にわたる. せずとも良いのだろうか,というのが本章で提起. 対象をもとにした研究テーマの設定が可能であ. した問題設定である。結論から述べれば,学部3. る。筆者はその中でもICT(Information&. 年ないし4年生において専門的な研究レポートや. CommunicationTechnology)が社会におよぼす. 論文を執筆するためには英語文献の利用が程度の. インパクトについて学部生向けの入門的授業を担. 差こそあれ必要であり,その可能性を模索してい. 当している。より詳しく述べるとインターネット. くべきである。. や携帯電話などのデジタルメディアの登場とその. 次節以降で,この間題設定の妥当性および社会. 普及が「日本社会での」コミュニケーションに及. 情報学系授業科目における英語文献利用の可能性. 273.
(15) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. について検討していきたい。5.2では筆者が担当. ばれる現代の若者である学生には「受け」が良い. している授業科目にて利用している日本語文献を. 内容と考えたことが筆者がこのテキストを利用す. 紹介しつつ日本語文献でありながらもICT研究. るに至った理由である。. において(たとえ初学者向けのテキストといえど. もう一つの授業科目である「メディア文化論」. も)多くの英語文献を引用または参照する必要が. は学部2年生以上が履修可能な専攻科目である. あることを示したい。5.3ではICTという本来グ. が,情報科学専攻以外の専攻に所属する学生も履. ローバルな社会現象であるにもかかわらず,. 修している。2010年度のこの科目では吉見(2004). ICT自体はそれがある程度普及している社会に. の『メディア文化論』を利用した21。この文献で. おいて様々な現象を引き起こすためにローカルな. はメディア論において先行する理論研究を紹介し. 研究を行うことが可能である。その結果日本語文. つつ,それをもとにさまざまなメディアーパーソ. 献のみの利用で授業が可能であることを示した. ナルおよびマス・メディア,そして活字・電気メ. い。5.4では学部3年生ないし4年生向けの専門. ディアから電子メディアまで−の発展史を紹介,. 的な授業での英語文献利用の可能性を検討した. 解説するという構成をとっている。. い。. さて,ここで挙げた文献が多くの英語圏の先行 研究を引用または参照していることは先述した通. 5.2 担当している授業科目と利用しているテキ. りである。全体における日本人研究者との引用ま. スト. たは参照の割合を議論の目安として以下に示. 筆者が現在担当している社会情報学系の講義科. す22。『情報社会論の展開』が約58.2%,『デジタ. 目は「情報社会論」と「メディア文化論」の二つ. ルメディア・トレーニング』が約45.3%,『メディ. である。「情報社会論」は筆者が所属する(函館. ア文化論』が約83.5%という割合である。. 校人間地域科学課程の)情報科学専攻の必修科. 『情報社会論の展開』は口米欧の情報社会論に. 目であり,前期授業期間に学部1年生向けとして. ついて,それぞれの分量をバランスよく配置して. 開講している。2010年度,この科目では二冊の日. いることもあり,この数値になっていると思われ. 本語文献をテキストとして利用した。一冊は田畑. る。これはICTという社会現象(これを以下,. (2004)の『情報社会論の展開』であり19,もう一. ’’ICT現象’’と呼ぶ)がグローバルなものである. 冊は富田・南田・辻(2007)の『デジタルメディ. ために日本における情報社会論を理解するために. ア・トレーニング』である20。『情報社会論の展開』. は欧米における情報社会論との比較検討を通じて. は1960年代から2000年代初頭までの日米欧におけ. 始めて理解できるのであり,またその作業を通じ. る情報社会論の学説史として初学者向けにまとめ. て日本の(情報社会論という観点からみた)独自. られている。このことがテキストとして利用した. 性が浮かび上がるではないか,筆者はそう考えて. 理由である。ただし,2000年代以降の研究には言. いる。講義科目「情報社会論」の後半にてテキス. 及していないため,授業の後半では『デジタルメ. トとして利用している『デジタルメディア・ト. ディア・トレーニング』を利用することにした。. レーニング』ではこの数値が若干下がるものの5. この文献では2000年代以降の,特にパーソナルな. 割に近い数値になっている。しかも本書で扱う. デジタルメディアを対象とした研究に紙幅の多く. ICT現象のほとんどが日本社会における現象で. を費やしている。「デジタル・ネイティブ」と呼. あり,それらを対象とした最近の研究成果を紹介. 19田端暁生,2004,『情報社会論の展開』,北樹出版。. 21書見俊哉,2004,『メディア文化論』,有斐閣。. 20富田英典・南田勝也・辻 泉(編),2007『デジタル メディア・トレーニングー情報化時代の社会学的思. 22各文献に記載の「人名索引」を元に計算した。ここで. 考法』,有斐閣。. 274. 挙げられている人名を引用ないし参照された研究者と 仮定し,全体の中での外国人研究者の割合を算出した。.
(16) 大学教育における英語の使用に関するFD. し,議論をすすめているにもかかわらず日本語文. る英語文献を直接読解することは通常行わない。. 献とほぼ同じ分量の英語文献を引用または参照す. そのため受講者である学生は自分が居住する日本. る必要があったのである23。. 社会におけるICT現象については理解が深まる. 最後に紹介した『メディア文化論』では日本語. が,その理解の助けとなるテキストが英語文献の. 文献/英語文献の引用または参照率が絹灯以上に. 存在抜きにはありえないことにまで想像力がおよ. のぼる。この数値の高さから(誤解を恐れずに述. ばないのではないだろうか。. べるなら)ICT研究も含めたメディア研究全体. つまりICT自体はグローバルな存在であり,. が英語文献の読解抜きには議論できないことを示. そのためICT現象は世界各国あらゆる社会で−. しているのではないだろうか。そういう意味では. ICTがある程度普及していればという条件付き. 2年生向けの授業で利用している文献ではあるが. ではあるが一生起する現象である。したがって自. 彼/彼女たちには少々難易度が高かったかもしれ. 分が居住する社会におけるICT現象を理解する. ず,3年生以上の学生に向けた授業で利用しても. ためには英語圏での研究成果との比較検討が本来. よかったのかもしれない。. は必要なのである。仮に日本社会におけるICT. 本節での筆者の主張を小括すると,TCT現象. 現象を対象とした研究成果が少なく,授業で利用. を対象にマクロな視点から研究する情報社会論で. できる文献が少なければあえて英語文献から入る. あっても,ミクロな視点から研究する最近の. という形を取る必要があるかもしれない。ところ. ICT研究であってもーメディア研究/論全体で. がICTの普及と合わせるように,日本社会にお. は言うまでもなく−かなりの分量の英語文献を読. けるICT現象を研究した成果を理解するための. 解し,引用または参照する必要があることを理解. 日本語文献は数多く出版されてきた。初学者向け. できるだろう。. の授業だけを考えるならば利用するテキストに事 欠かないのが現状である。. 5.3 くガラパゴス化〉 する授業?. ICT現象をマクロな視点にせよミクロな視点. 果たしてそのような授業を続けていくならばど のようなことが起こりうるだろうか。それは日本. にせよ英語文献の読解を抜きにして研究すること. 社会におけるICT現象は「理解」できたとしても,. がほぼ不可能であることは前節で述べた通りであ. それは他の言語圏/社会における同様のICT現. る。それゆえ日本人研究者であってもていねいな. 象との比較検討がなされないままの「理解」となっ. 英語文献の読解を行ったうえで自分の研究を行. てしまうだろう。日本社会で起こっているICT. い,それを踏まえた内容としてテキストを執筆し. 現象が日本だけの現象である可能性が仮にあった. ていると考えるのが自然だろう。繰り返しになる. としても他の社会での現象と比較検討がなされな. がそのこと自体に何ら問題はない。. いならば(日本社会に独自の現象だという)その. 学部1年生ないし2年生といった初学者向け授. ことにすら気づかない可能性がある。これを本ノ稿. 業においてこのようなテキストを利用すること. では くガラパゴス化〉する授業,と名付けておき. は,日本社会における各種ICT現象を理解する. たい。. うえで有用であると考えられる。しかしそのよう な授業ではテキストにて引用または参照されてい. もう一度問題を整理するならばくガラパゴス化〉 した授業が悪い,というわけではない。少なくと. も学部1年生ないし2年生向けの入門的授業にお 23『デジタルメディア・トレーニング』で具体的に扱っ. ている対象は「ケ一夕イ」「ホームページ」「ビデオゲー. いては既に数多く出版されている,良質な日本語. ム」「ネットコミュニケーション」などであるが,そこ. 文献をテキストとして利用することで,まずは(日. で紹介されている具体的な調査研究は日本社会におけ るものがほとんどである。. 本社会における)ICT現象がどのような研究の もとで議論されているのかを理解させることがで. 275.
(17) 福田 薫・吉井 明・後藤 泰宏・伊藤(横山)美紀・内田啓太郎. きるからである。問題は3年生ないし4年生にお. より執筆,公開されているウェブログや各種研究. ける研究レポートや論文執筆,とくに卒業論文で. リソースへのリンク集など)を利用したり,ネッ. はより専門性が要求されるため くガラパゴス化〉. ト上で配信されている一般的なニュースであって. した理解のままでは困る,ということである。し. も何らかの研究成果に言及しているものであれば. たがって専門性の高い授業では英語文献の利用が. それらを利用することも行うべきである。. 必然のものとなってくると思われる。. この二つのやり方を併用する利点は社会情報学 において「定番」とされる英語文献をおさえてお. 5.4 専門性の高い授業での英語文献利用の可能. きつつ,最新の研究動向をもつかめることにある。. 性について. 筆者の考えでは学部4年生が執筆する社会情報学. 本節では専門性の高い授業として4年生が執筆. 系の卒業論文において論文テーマに関連した学説. する卒業論文の指導を想定し,そこでの英語文献. 史や理論も含めたいわゆる「定番」をはずさずに. の利用の可能性について述べたい。それは二点あ. 読解する一方で,最近の研究動向も(できれば食. る。(1)日本語文献で引用または参照されている英. 欲に)読解していくべきである。それはもはや「日. 語文献の読解(2)インターネット上の研究リソース. 進月歩」を上回る勢いで新しいデジタルメディア. の利用,の二点である。. が登場し,普及していこうとするICT現象を対. (1)は,本章で挙げた三冊の文献には引用また. は参照されている文献の一覧がリスト化されて掲. 象とした卒業論文執筆においても必須のことなの である。. 載されている。それらの中から卒業論文の執筆に. 結局のところ社会情報学系の授業科目,とくに. 適していると思われる英語文献を選択し読解させ. 卒業論文執筆のような専門性の高い授業における. る,というものである。. 英語文献の利用は避けて通れない道であり,その. (2)は,インターネット上で公開され,利用可. ため授業担当者としての筆者が選び得る手段は複. 能な研究リソースはさまざまな形で存在してお. 数用意されている。いずれの手段を選ぶにしても. り,紙幅の都合で多くを紹介しないが,一つだけ. 多くの英語文献を読解すること,このこと以外に. 紹介しておきたい。米国インディアナ大学がスポ. 王道はないのである。いずれかの機会に筆者のこ. ンサーになって刊行されているJournalof. れからのFDへの取り組みについて報告したいと. Computer−Mediated Communicationは英語圏. 考えている。. におけるCMC研究の最新動向を知ることができ る24。所収の論文についてはアブストラクトおよ. び本文全文がオンラインで閲覧可能である。ここ. (福田 薫 函館校教授). に所収の論文自体を授業内容の一部として引用な. (吉井 明 函館校准教授). いし参照しても良いだろうし,研究動向をきちん. (後藤泰宏 函館校准教授). と把握することも比較的やりやすいだろう。. (伊藤(横山)美紀 函館校准教授). ここではインターネット上で公開されている研 究リソースとして電子ジャーナルを紹介した。も ちろん他の研究リソース(例えば,研究者自身に 241995年刊行のVolumelから2007年刊行のVolume13, Issuelまでは次のURL(http://jcmc.indiana.edu/)で 閲覧可能である。それ以降の論文についてはこのURL. (http://onlinelibrary.wi1ey.com/journal/10.1111/ (ISSN)1083−6101)で閲覧可能である。. ?76. (内田啓太郎 函館校講師).
(18)
関連したドキュメント
その後、徐々に「均等範囲 (range of equivalents) 」という表現をクレーム解釈の 基準として使用する判例が現れるようになり
学校に行けない子どもたちの学習をどう保障す
を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり、B社にとって
子どもが、例えば、あるものを作りたい、という願いを形成し実現しようとする。子どもは、そ
ヨーロッパにおいても、似たような生者と死者との関係ぱみられる。中世農村社会における祭り
わかりやすい解説により、今言われているデジタル化の変革と
英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき
自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から