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「書くこと」の学習指導における「ありのまま」観の顕在化 ―1990年代の『作文と教育』に焦点を当てて―

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(1)Title. 「書くこと」の学習指導における「ありのまま」観の顕在化 ―1990年代 の『作文と教育』に焦点を当てて―. Author(s). 金田, 唯人. Citation Issue Date. 2019-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10726. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 「書くこと」の学習指導における 「ありのまま」観の顕在化 ――1990年代の『作文と教育』に焦点を当てて―― 金 田 唯 人 1.問題の所在 椿本(2014)は、今日までの「書くこと」の学習指導に関して「日本の国語科の 教育場面では『自由に』『感じたまま』を記述することが重視され、論理的に書く ことに関する指導が十分に行われていないことを指摘し」ている(p.87) 。これは、 学習者が「『自由に』『感じたまま』」に書くことを重視してきたこれまでの「書く こと」の学習指導を問題視しているものである。確かに、清道(2013)が論理的な 文章を書く際に必要な「自分の意見を文章で的確に表現する能力は、人生を通じて 活用できるものであり、義務教育段階で十分に習得する必要がある」(p.250)もの と指摘しているように、学習者の「『自由に』『感じたまま』 」に書かせるだけでは、 他者とのつながりを意識した「書くこと」の学習指導を展開していくことはできな い。そのため、論理的に書くということを「書くこと」の学習指導において経験さ せていく必要がある。 しかし、「書くこと」の学習指導では、論理的に文章を書くことだけを行ってい けばよいというわけではない。田中(2016)は「書くこと」の学習指導の意義を「生 徒たちの論理的な思考を促すとともに、自己認識・他者認識・社会認識・言語認識 を深化させていくものであり、まだ見ぬ世界への想像の翼を広げてくれる」 (p.15) ことだとしている。その上で、以下のような課題があることを指摘している。 書くことの必然性が十分に理解されないままに課題だけが与えられたり、文章 構成の型や言語技術の習得が優先されたりするために、自分の思いや考えを表現 できたという達成感や、他者に伝わったという充実感が得られないままになって いることも少なくない。高校生の場合、論理的文章や実用的文章など、社会人と して求められる文章表現力を身に付けることが求められるが、それとともに、 「書 くこと」を通じて、自分ならではの思いを言語化したり、他者との関係を理解し たりしながら、自己肯定感を獲得できるように導くことも大切である。 . (田中、2016、pp.18-19). 以上から、論理的に文章を書くことと同様に、「自分ならではの思いを言語化し -1-.

(3) たり、他者との関係を理解したりしながら、自己肯定感を獲得」することも重要で あることがわかる。こうした「自分ならではの思いを言語化」 することの重要性は、 今日様々な領域において求められてきているものである。例えば、森(1999)、尹 (2015)、細川(2016)、吉田(2017)、海保(2018)、古田(2018) 、諏訪(2018) 、 渡邊(2019)等である。このような状況に鑑みると、論理的に文章を書くことだけ ではなく、 「自分ならではの思いを言語化」するような表現の在り方を踏まえた「書 くこと」の学習指導を行っていく必要があるといえる。 もちろん、桑原(2002)が「書くこと(作文)に関する研究・実践は、表現主体 の認識・技能及び場などの要因が複雑に絡み合う困難さゆえ、国語科成立以来、最 も熱心に行われてきた」 (p.172)としているような「書くこと」の学習指導において、 以上のような表現の在り方がこれまで考えられてこなかったわけではない。学習者 の「自分ならではの思いを言語化」させようとしていた実践として生活綴方が挙げ られる。ここでは、村山(2007)が「生活綴方は、生活をありのままに見つめ、あ りのままに書き綴ることを基本とする」(p.211)としているように、 「ありのまま」 というものが大切にされている。この「ありのまま」という概念は、「ありのまま に書くこと」として『生活綴方事典』において三浦(1972)によって定義されてい る(pp.232-233) 。この定義の中の学習者がおかれている「現在の環境や境遇や心 身の発達段階に応じて、印象づけられたり、考えたり、感じたりしたことを、いつ わることなく、かくすことなく、正直にそのままに」という部分は、学習者に「自 分ならでは思いを言語化」することを求めているものだと考える。 しかし、この「ありのまま」という概念に関して、新井(2005)は「 〈ありのま まに書く〉という指導の指標が、生活綴方のみにおけるものではないことは、議論 を待たない。近代以降今に至る共通の指導の指標でありながら、どのような文章を ありのままに書けている文章と呼ぶのかや、なぜありのままに書かせるのかは、さ まざまに異なって使われてきている」(p.34)ことを指摘している。つまり、 「あり のまま」というものが教師にとっても学習者にとっても曖昧性を保持したものとし て認識されているということである。これでは、いざ学習者に「ありのまま」に書 かせようとしても、教師にとっては「ありのまま」に書かれた文章とはどのような ものかを判断できないし、学習者にとってはどのようにして「ありのまま」に書け ば良いのかわからないというような状態になってしまう。つまり、「ありのまま」 という概念が、教師にとっては評価ができないものとして、学習者にとっては学習 目標へ到達できたかどうかがわからないものとして認識されてしまうということで ある。このように考えると、どのようにして学習者に「ありのまま」に書かせるか という学習指導の側面ではなく、そもそも「ありのまま」という学習用語が何を示 すものなのかを明らかにすることが求められることがわかる。「ありのまま」とは こういうものであるということが明らかになれば、学習者は「ありのまま」に表現 していく過程で自分の意見を実感の伴ったものとして表現することができるように なっていくと考える。 -2-.

(4) したがって、学習者が「自分ならではの思いを言語化」することができるような 「書くこと」の学習指導を考えていく上で、「ありのまま」という概念がどのよう なものかを明らかにすることは有意義なことであるといえる。. 2.目的 以上から、本稿では「ありのまま」という概念がどのようなものであるかを、そ れに関して述べている論考の調査を通して明らかにすることを目的とする。なお、 本稿では日本作文の会(以下、日作と表記)が編集している雑誌である『作文と教 育』に収められている論考を対象として定める。これは、日作が日本綴り方の会と して発足した当時から生活綴方に関して探究してきている団体であり、今日まで伝 統的に「ありのまま」という概念を重要視しているためである。. 3.方法 3.1.対象論考の抽出方法 本稿では、日作が編集を行っている『作文と教育』において、「ありのまま」と いう概念に関して言及している論考を対象として抽出を行う。抽出する範囲として は、1990年1月号~1999年12月号までのものとした。なぜなら、 時崎(2001)が 1990年代の『作文と教育』を分析した上で、「一九九〇年代は地域の生活綴方運動 の歴史的な継承・発展という点で大変困難な時期ではあったが、二十一世紀への確 かな発展のための基礎を築くことができた十年間であった」(p.255)とし、以下の ように述べているからである。 実践研究の内容では、生きる力とは何か、子どもの書いた作品のねうちとは何 か、ねうちのある生活とは何なのかを問い直しながら、どんな文章表現能力を子 どもたちに獲得させるのかが追究された。そのうえで、「生活・現実を深く見つ める作文の系統的指導と授業の進め方」や「どの子も本音がかける教室」やその ための文章表現力を育てる実践が全国的に展開された。これは、国際化、情報化 を標榜する学習指導要領が生活の事実から学ぶことを否定し、 作文を 「想像作文」 や「実用作文」に矮小化させる圧力のなかで、ありのままの事実を書き綴ること の意味をあらためて明らかにすることであった。. (時崎、2001、p.253). 以上から、1990年代の『作文と教育』においては、その社会的背景から「ありの ままの事実を書き綴ることの意味をあらためて明らかにすること」が追究されてき たことがわかる。つまり、1990年代というのは、自分たちが重要視してきた「あり のまま」という概念を、日作が改めて意識し、積極的に論じようとしてきたという ことである。よって、本稿では1990年代の『作文と教育』を分析範囲として限定し -3-.

(5) た。この範囲の中から論考を抽出するにあたり、三浦(1972)で述べられている「あ りのまま」に関連するキーワード(以下、「ありのまま」語群と表記)を以下のよ うに設定した。 ・ありのまま ・○○とおり ・そのまま ・いつわらず ・隠さない ・正直 ・くわしく ・素直 ・リアル ・具体 ・真実 以上の「ありのまま」語群が題名(本稿における題名は、特集名、連載名、副題 を含む)に含まれているものを対象論考として抽出した。また、 〔○○とおり〕は〔○ ○通り〕、 〔隠さない〕は〔かくさない〕や〔かくさず〕 、 〔正直〕は〔しょうじき〕 、 〔素直〕は〔すなお〕というように、表記のされ方や活用による差異等はどれも等 しいものとして扱い抽出している。 3.2.対象論考の調査方法 このような過程を経て抽出した論考の調査を行った。論考を調査するにあたり、こ れらを分析する観点を設定した。分析観点の設定に際しては、書くという営為に関 する茂呂(1988)の以下の記述を参考にした。 書くということは、何らかの“もの”を作りながら、それを助けとして、何か 別の現実を指し示すことである。何かを仲立ちとして別のことがらを指し示す活 動、すなわち媒介された活動である。仲立ちとして利用されるもの、すなわちシ ンボルは“もの”として現実の中に存在している。(中略)シンボルを使用する 場の成り立ちを整理しておこう。第1に書き手(話し手)がいる。シンボルを作 り、差し出す人である。第2は読み手(聞き手)である。差し出されたシンボル を読み解いて、書き手(話し手)に応答する人である。第3は書きあらわされる 人や、ことがらである。語られるあの人やあの事である。シンボルを使用すると いうことは、この三者によって何らかのできごとが成立することだとまずはいう ことができる。したがって書くということは、この三者によるできごとの成立だ ということができる。. (茂呂、1988、p.81). ここから、書くという営為は文章という「シンボル」を仲立ちにした「書き手」 、 「読み手」、「書きあらわされる人や、ことがら」という「三者によるできごとの成 立」であることがわかる。この三相を参考にして、「ありのまま」という概念を捉 えるために、分析観点として以下に示すものを設定した。. 「書き手」に関する観点. 「読み手」に関する観点. 〈書き手の現状〉 〈読む場の雰囲気〉 〈対象を叙述する際の心構え〉 〈対象の叙述の仕方〉. -4-. 「書きあらわされる人や、 ことがら」に関する観点 〈叙述の対象〉.

(6) 「書き手」に関する観点として〈書き手の現状〉、 〈対象を叙述する際の心構え〉 、 〈対象の叙述の仕方〉の三つを設定した。〈書き手の現状〉とは、日作において書 き手である学習者が当時どのような存在として捉えられていたかや、文章を書いて いく上でどのような問題を抱えていたか等に関してどのように言及されているかを 分析する観点である。〈対象を叙述する際の心構え〉とは、日作が学習者に文章を 書く際の姿勢としてどのようなものを求めていたかを分析する観点である。〈対象 の叙述の仕方〉とは、学習者にどのように文章を書くよう働きかけていたかを分析 する観点である。次に、「読み手」に関する観点として〈読む場の雰囲気〉を設定 した。これは、文章が書かれる場の雰囲気(学習者が属している国語教室の雰囲気) や、実際に書かれた作品がどのように他者に受容されることを求めていたかを分析 する観点である。そして、「書きあらわされる人や、ことがら」に関する観点とし て〈叙述の対象〉を設定した。これは、日作が学習者に文章を書く際の題材として どのようなものを設定していたか、あるいは学習者が自発的に文章を書く際に何を 対象として書いてもらいたいと考えていたかを分析する観点である。 以上の分析観点から、対象論考の分析を行い、いくつかの論考で共通して述べら れているものをまとめてラベリングをし、書くという行為の三相を基に、これらの関 係性をモデル化し、図示する。このような過程で、1990年代の『作文と教育』におい て「ありのまま」という概念がどのようなものとして捉えられていたのかを調査する。. 4.結果と考察 調査の結果として、対象論考として抽出できた論考の数は62論考であった。ここ では、これらの論考を、「書き手」に関する観点、「読み手」に関する観点、「書き あらわされる人や、ことがら」に関する観点から分析した結果を示す。 4.1.「書きあらわされる人や、ことがら」に関する観点 〈叙述の対象〉の観点から対象論考を分析した結果を以下に表1として示す。表 中で《 》で示しているものは、いくつかの対象論考において共通して述べられて いるものをラベリングしたものである。また、「 」で示しているものは、実際に論 考において言及されている記述を具体例として例示したものである(これらの記号 は、以下の全ての表においても同様の意味を持つ)。 表1 「書きあらわされる人や、ことがら」に関する観点での分析結果 〈叙述の対象〉. 《叙述される対象としての世界》 「子どもたちに、小さな生き物や草花を意識して見つめさせ、ふれあわせて、自然 の豊かさや大切さに気づき自然を愛する心や態度を育てたいです。 」 (No.43、p.82) 《叙述される対象としての自分》 「体験を丹念に綴ることを通して、体験の価値、その中の感動の価値を考えさせ、 発見させ、自覚させる」(No.28、p.104). -5-.

(7) 〈叙述の対象〉という観点から対象論考を分析すると、以上の表1のような結果 になった。これをモデル化すると、以下の図1のようになると考える。. 図1 学習者が「ありのまま」に言語化する際の対象. 図1を見ると、学習者が「ありのまま」に書く際に言語化する対象となるものと して世界と自分の二つがあることがわかる。すなわち、学習者が普段生活している 際に接している《叙述する対象としての世界》とそうした世界を生きていくことで 自分の中に生じる感情や体感等の《叙述する対象としての自分》との二つが言語化 する対象として考えられているということである。日作では、三浦(1972)が「あ りのままに書くとは、児童が外界の事物や事件や自分たちの経験行動を(中略)そ のまま書く」 (p.232)としているように、従来から「ありのまま」に書く対象として、 自分が存在している世界に関することと自分の中に生じていることを分けて捉えて きている。 4.2.「書き手」に関する観点 次に、 〈書き手の現状〉と〈対象を叙述する際の心構え〉と〈対象の叙述の仕方〉 の三つの観点から対象論考を分析した結果を以下に表2として示す。 表2 「書き手」に関する観点での分析結果 《自分の思いとことばとをつなげて表現することができない学習者》 「感動した場面をとらえても、思いが先立ったり、出来事の表面だけをとらえた りで訴えかけてくるような真に迫ってくる感じが足りなかった。」 (No.18、p.56) 〈書き手の現状〉. 《他人のことばを受け売り的に用いてしまい、自分のことばで表現できない学習 者》 「人の発想を模倣したり、自分自身の心をくぐらせないで安易にことばを使った り、技巧にはしったり、観念的であったり、説明的であったり、主題が不明確で あったり、指導者の指導過剰で子どもの息使いがなくなってしまったりする傾向 がこの頃顕著になってきている。」(No.1、p.44) 《他者との関係性の中で、自分の思いを書ききれない学習者》 「彼らは『気づかい』のために、正直に書けなくなってくるのです。人間が他者 を意識するということは、とりもなおさず自分と向き合うということであって『書 いている自分』『書いた自分』の存在が、集団の中で、しっくり落ち着くかどう かをねぶみすることになります。すわりが悪いと思ったら、絶対書かないわけで す。」(No.46、p.150). -6-.

(8) 《自分の負の感情は言語化しない学習者》. 〈対象を叙述する. 際の心構え〉. 「《しっぱいしたり、いやだったりしたこと》は、黙っているとあまり書こうと しないものだ。」(No.38、p.84) 《叙述する対象に真摯に向き合う姿勢》 「場面、場面で立ち止まりながら、目にふれたこと、心が動いたことを、ていね いに思い出して書いていることをみとめてやることだと思う。」(No.7、p.19) 《自分の思いとことばとをつなげようとする意識》 「たった一言の言葉でさえも、自分にとってどの位かかわりが深かったことなの か、どの位いいたいことなのか。」(No.4、p.91) 《自分の経験を自分のことばで書いていくことが基本》. 〈対象の叙述の仕方〉. 「『自分のことば』で書くということは、あくまでも自分の目で見、自分の鼻で かぎ、自分の耳で聞き、自分の手でさわり、体全体で感じたことを書くという感 性からスタートするものだと思う。」(No.36、p.54) 《対象をその通りにそのままくわしく書くことで伝わりやすくなる》 「話したこと見たこと思ったことが、くわしく書かれているので、細い道をたん けんして、ワクワクしている作者の気持ちがよくつたわってきますね。」(No.16、 p.90) 《対象を正直に、素直に書いたかどうかは文章に表れる》 「目をはたらかせて、物事をよく見ること、そして、見たとおりすなおに書くこ とがわかる作品である。」(No.23、p.93) 《くわしく説明するのではなく、くわしく描写すること》 「単に事実の説明に終わることなく、くわしく書く必要のあるものは、具体的に 描写させる(説明と描写)」(No.14、p.122). 「書き手」に関する観点である〈書き手の現状〉、 〈対象を叙述する際の心構え〉 、 〈対象の叙述の仕方〉から対象論考を分析すると表2のような結果となった。 表2の〈対象を叙述する際の心構え〉や〈対象の叙述の仕方〉に着目する。これ らは、学習者にどのように対象と向き合わせ、「ありのまま」に書かせていくのか に関して述べている。ここから、「ありのまま」に書かせるとは、学習者に《叙述 する対象に真摯に向き合う姿勢》、 《自分の思いとことばとをつなげようとする意識》 という〈対象を叙述する際の心構え〉を形成させ、その上で《自分の経験を自分の ことばで書いていくことが基本》、《対象をその通りにそのままくわしく書くことで 伝わりやすくなる》、《対象を正直に、素直に書いたかどうかは文章に表れる》 、 《く わしく説明するのではなく、くわしく描写すること》というような〈対象の叙述の 仕方〉を指導していくこととして捉えられていることがわかる。これをモデル化す ると、図2のようになると考える。 図2では、■を対象の属性として措定している。ここでの対象の属性というのは、 その対象が持っている性質や特徴のことである。これを書き手のことば世界、つま り学習者の扱うことば世界へ内化するプロセスが↑で示している部分である。そし -7-.

(9) 図2 学習者が対象と「ありのまま」に向き合っているモデル. て、対象の属性は、書き手のことば世界にことばとして内化される(●) 。これが、 書き手が元々持っていたことばである自分のことば(○)と結びつくことで、書き 手のことば世界が形づくられていく。諏訪・藤井(2015)は学習者が「自分ごとと して考える」ための方略である「からだメタ認知」を語る上で、 「ことばシステム」 と「身体システム」を区別し、「身体システム」の中で生じる体感と「ことばシス テム」の中のことばをつなげておく重要性を指摘している。体感とことばをつなげ るためには、「身体システム」が属している「〈モノ世界〉」に丹念な眼差しを向け ることが求められるとされている(pp.91-121)。つまり、言語化する対象を深く認 識することが必要であるということである。これは、対象について「ありのまま」 に書く際にも求められるものである。なぜなら、対象について「ありのまま」語群 の中にある「正直」に「そのまま」書くためには、まずは対象と向き合いその認識 を確かなものにする必要があるからである。このプロセスがなければ、学習者は自 分の既有のことばでそれらを表現しなければならなくなり、その結果、表層的な表 現になってしまうと考える。つまり、学習者がその対象を「正直」に「そのまま」 表現していないということである。このように考えると、教師が学習者に「ありの まま」に書くことを求める際には、学習者に言語化する対象と真摯に向き合うよう な姿勢をつくらせようとしているといえる。 しかし、このように学習者の中に〈対象を叙述する際の心構え〉を醸成し、〈対 象の叙述の仕方〉を指導したからといって、学習者が「ありのまま」に書いていけ るわけではない。表2の〈書き手の現状〉に着目すると、《自分の思いとことばと をつなげて表現することができない学習者》、《他人のことばを受け売り的に用いて しまい、自分のことばで表現できない学習者》、《他者との関係性の中で、自分の思 いを書ききれない学習者》、《自分の負の感情は言語化しない学習者》という問題が 学習者を取りまく環境によって生じていることがわかる。これを、モデル化すると 以下の図3のようになると考える。. -8-.

(10) 図3 学習者が「ありのまま」に言語化するまでのプロセスモデル. 図3で問題になるのは⇨の部分である。学習者が「ありのまま」に書けていると は、書き手のことば世界に内化された対象の属性と自分のことばとが連鎖している ような状態をそのまま文章に表現することができている場合のことだと考えられ る。一方、仮に学習者が書き手のことば世界に内化された対象の属性と自分のこと ばとが連鎖しているような状態にあったとしても、それがそのまま表現されていな ければ、「ありのまま」に書けているとはいえない。日作では、 〈書き手の現状〉に 目を向け、後者のような状況になっていることを問題視していたのである。こうし た〈書き手の現状〉は現代においても問題とされている。例えば、諏訪(2015)は 「どこかで聞いてきた(受けた)ことを、さも自分の考えであるかのように口から しゃべる(売る)現象は、TwitterやFacebookなど、インターネットを介したコミュ ニケーションが流行る現代において後を絶」たないことを指摘している(p.22)。 また、西條(2016)は「子どもがつらいことやしんどいことを抱え込んでしまって、 つらい、しんどいと言えなくなってい」るのは「外的な圧力を受けて自分の考えや 思いを自ら封じ込めてい」たり、「自分の言葉で自分の(本当の)思いや考えを表 現することを教えられてこなかった」りするためであるとしている(p.28)。この ように、現代を生きる子どもも同様の問題を抱えていることが指摘されている。 4.3.「読み手」に関する観点 最後に、 〈読む場の雰囲気〉という観点から対象論考を分析した結果を以下に表 3として示す。 表3 「読み手」に関する観点での分析結果 《思ったことを何でも書けるという雰囲気の重要性》 〈読む場の  雰囲気〉. 「何でも自由に言い合える学級・教師でありたいといつも思う。少なく とも、そういう聞きとり手、読みとり手として学級・教師が存在してい なくては、自分のことばでほんとうのことを書くということは成立しな いであろう。」(No.36、p.60). -9-.

(11) 《読み手が共感的に、真剣に文章と向き合う姿勢が必要》 「どんな短い文からでも、この子の本音を読めるようになろう。どんな 思いに対してもまず共感してやろう。そして、一対一の人間として私自 身の本音を赤ペンで書いていこう」(No.30、p.24). 〈読む場の雰囲気〉という観点から対象論考を分析すると、以上の表3のような 結果になった。これをモデル化すると、以下の図4のようになると考える。. 図4 「ありのまま」の文章とそれを受容する場の関係. 図4を見ると、学習者が「ありのまま」に書いた文章を共感的に受容しようとす る他者がいることがわかる。4.2.において、1990年代の日作では学習者に「あ りのまま」に書かせるために〈対象を叙述する際の心構え〉を醸成し、〈対象の叙 述の仕方〉を指導していても、〈書き手の現状〉によって「ありのまま」に書かせ ることが難しくなっているという問題意識を持っていたことを指摘している。こう した問題意識から、学習者が「ありのまま」に書くには、 学習者の書いた文章を「あ りのまま」のものとして共感的に受容する他者の存在が必要であると考えていたこ とが、対象論考を調査するとわかった。《思ったことを何でも書けるというという 雰囲気の重要性》と《読み手が共感的に、真剣に文章と向き合う姿勢が必要》とい うのは、学習者の書いた文章を「ありのまま」のものとして受容する他者の存在の 重要性を示唆しているものである。こうした考えは、飯田(2016)が雑誌『綴方生 活』の分析を通して「『ありのままに書くこと』とは、子供にそのように書かせる ことというよりは、子供が書いたものを、それを読む指導者がそのままに受容する という意味に転化して」いることを指摘していることから、生活綴方の実践者の中 では伝統的に継承されてきているものだといえる。もちろん、 飯田の指摘は雑誌 『綴 方生活』の分析を通してなされていることであるため、本稿で対象としている『作 文と教育』においてもそのまま同様なことがいえるというわけではない。しかし、 両者ともに学習者の「ありのまま」というものを大切にしていたことは自明である。 - 10 -.

(12) よって、その「ありのまま」というものの捉え方には通底しているものがあると考 えることができる。このように考えると、1990年代の日作においても、学習者の文 章を読み手である他者が「ありのまま」のものとして捉えるという意識の重要性が 再認識され、論考の中で言語化されていたということがいえる。 したがって、 〈読む場の雰囲気〉を《思ったことを何でも書けるというという雰 囲気の重要性》と《読み手が共感的に、真剣に文章と向き合う姿勢が必要》という 意識を持ち、つくり上げていこうとしていたことがわかる。つまり、学習者に「あ りのまま」に書かせるために、学習者の文章を「ありのまま」に受容する場を整え ようとしていたということである。 4.4.まとめ 以上から、1990年代の『作文と教育』においては、以下に示す図5のように「あ りのまま」という概念を捉えていたことがわかる。. 図5 1990年代の『作文と教育』における「ありのまま」に書くことのプロセスモデル. 図5は、図1~4をまとめてモデル化したものである。この図の3種類の矢印で 示されている部分に関わるものとして「ありのまま」という概念が捉えられていた。 つまり、1990年代の『作文と教育』においては、「ありのまま」という概念を三つ の意味で捉えていたということである。『作文と教育』における「ありのまま」と いう概念は、以下の三つに区分できる。 ①言語化する対象と向き合わせ、それらを自分のことばと結びつけること ②対象と向き合うことで感じたこと、考えたことをそのまま文章に表現すること ③表現された文章を共感的に受容する他者がいること ①は、↑で示しているような学習者が言語化する対象と向き合うことで、その対 象の属性をことばとして内化するプロセスを踏まえたものである。また②は、⇨で 示しているような書き手のことば世界での広がりや深まりをそのまま言語化するプ ロセス、③は、 で示しているような書き手が書いた文章を他者が共感的に読む行 - 11 -.

(13) 為を踏まえたものである。このように1990年代の『作文と教育』において、「あり のまま」という概念に三つの質的差異があった。 以上のそれぞれの概念について指導することで、日作は学習者に「ありのまま」 に書かせることを目指していたと考えられる。すなわち、①では、《叙述する対象 に真摯に向き合う姿勢》等を意識させることで、学習者に〈対象を叙述する際の心 構え〉を形成させるとともに、《自分の経験を自分のことばで書いていくことが基 本》、《くわしく説明するのではなく、くわしく描写すること》等の〈対象の叙述の 仕方〉を指導していく。こうすることで、学習者に「ありのまま」に対象と向き合 わせようとしているのである。また②では、書き手のことば世界をそのまま言語化 すること、つまり「ありのまま」に書くことが困難である〈書き手の現状〉がある ことを認識している。だからこそ、ただ〈対象を叙述する際の心構え〉を醸成し、 〈対象の叙述の仕方〉を指導するのではなく、③のように書き手である学習者が「あ りのまま」に書いても大丈夫と思えるような〈読む場の雰囲気〉をつくり上げるこ とを目指しているのである。これは、《思ったことを何でも書けるという雰囲気の 重要性》や《読み手が共感的に、真剣に文章と向き合う姿勢が必要》であるという ことが実践者に意識されていたことからわかる。. 5.本稿の課題から見える今後の展望 以上で、1990年代の『作文と教育』における「ありのまま」という概念を対象論 考の調査を通して明らかにするという目的を達成できた。 しかし、「ありのまま」という概念は、生活綴方の中で今日まで大切にされてき たものである。そのため、題名に「ありのまま」語群が含まれていないものの中に おいても「ありのまま」に関する言及がなされていることが考えられる。本稿では、 そうした暗黙的に用いられている「ありのまま」という概念の内実を明らかにする までには至っていない点に課題が残る。 このような課題を踏まえつつ、範囲を広げ「ありのまま」という概念をさらに明 確化することに努めていく。 さらに、図5からは、「ありのまま」に書かせる際の指導のポイントとしてどの ような点を意識すればよいかが示唆されると考える。しかし、府川(2009)の以下 の指摘にあるように、今日の国語教室の中でその在り方を考えていく必要がある。 現在の多くの中学生・高校生たちは、教室で文章を書くことに興味と関心を 持っているとはいいがたい。それは、「書くこと」が、今の自分を表現したり、 生きていることを実感させたりするような力を持っていないからではないか。あ るいは、現在を生きる子ども・若者たちの現在進行形の感覚と認識とをすくい取 り、それを定着させるような容れ物として「生活綴方」運動、およびそれ以降の 教育実践のなかで開発されてきた文章表現形式が、もはや十分なものといえなく - 12 -.

(14) なってきたからではないだろうか。 . (府川、2009、p.147). 以上から、生活綴方の方略をそのまま今日の国語教室で用いたとしても、今を生 きる学習者にとっては「十分なもの」ではないことがわかる。すなわち、今を生き る学習者に「ありのまま」に書かせるには、彼らに合った「書くこと」の学習指導 を検討していく必要があるということである。今日の「書くこと」の学習指導にお いての学習者に「ありのまま」に書かせるためにどのような指導が必要なのかを具 体的に検討していきたい。 参考引用文献 新井孝昇(2005)「〈ありのままに書く〉ことの作文・綴り方教育史─高橋省三『幼 年文範』の作文指導─」東京学芸大学国語科教育学研究室編『学芸国語教育研究』 23号、pp.33-43 飯田和明(2016) 「雑誌『綴方生活』の議論─「ありのままに書くこと」の転回─」 宇都宮大学国語教育学会編『宇大国語論究』27号、pp.84-98 海保博之(2018) 『心理学者が教える読ませる技術 書く技術─心を動かす、わか りやすい表現のコツ─』講談社 桑原哲朗(2002) 「書くこと(作文)の学習指導過程・方法に関する研究の成果と 展望」全国大学国語教育学会『国語科教育学研究の成果と展望』明治図書、 pp.172-180 西條昭男(2016)「自分の思いを自分の言葉で表現できる子どもたちを─束縛から の自由としての作文教育」日本作文の会編『「書くこと」の授業を豊かに─作文 教育でアクティブ・ラーニングの先へ─』本の泉社、pp.28-44 諏訪正樹・藤井晴行(2015)『知のデザイン─自分ごととして考えよう─』近代科 学社 諏訪正樹(2015) 「一人称研究だからこそ見出せる知の本質」諏訪正樹・堀浩一編 著『一人称研究のすすめ─知能研究の新しい潮流─』近代科学社、pp.3-44 諏訪正樹(2018)『身体が生み出すクリエイティブ』筑摩書房 清道亜都子(2013)『書くことの教育における理論知と実践知の統合』溪水社 田中宏幸(2016)「『書くこと』の授業づくりの基本的考え方」浜本純逸監修・田中 宏幸編『ことばの授業づくりハンドブック 中学校・高等学校「書くこと」の学 習指導─実践史をふまえて─』溪水社、pp.13-31 椿本弥生(2014)「論理的に書くための『型』」犬塚美輪・椿本弥生編『論理的読み 書きの理論と実践─知識基盤社会を生きる力の育成に向けて─』北大路書房、 pp.74-88 時崎幹男(2001) 「継承・発展が困難な時代の生活綴方運動」日本作文の会編『日 本の子どもと生活綴方の50年』ノエル、pp.251-255 - 13 -.

(15) 府川源一郎(2009)『私たちのことばをつくり出す国語教育』東洋館出版 古田徹也(2018)『言葉の魂の哲学』講談社 細川英雄(2016)「循環する個人と社会─市民性形成をめざすことばの教育へ─」 細川英雄・尾辻恵美・マルチェラ=マリオッティ編『市民性形成とことばの教育 ─母語・第二言語・外国語を超えて─』くろしお出版、pp.190-208 三浦東吾(1972) 「ありのままに書くこと」日本作文の会編『生活綴方事典』明治 図書、pp.232-233 村山士郎(2007)『現代の子どもと生活綴方実践』新読書社 森絹江(1999)『あなたがあなたであるために─女子高生のための「書くこと」の 本─』ユック舎 茂呂雄二(1998)『なぜ人は書くのか』東京大学出版会 尹雄大(2015)『やわらかな言葉と体のレッスン』春秋社 吉田典正(2017)『「手で書くこと」が知性を引き出す─心を整え、思考を解き放つ 新習慣「ジャーナリング」入門─』文響社 渡邊淳司(2019) 「情報環世界とは何だったのか」渡邊淳司・伊藤亜沙・ドミニク =チェン・緒方壽人・塚田有邦他『情報環世界─身体とAIの間であそぶガイド ブック─』NTT出版、pp.114-135 付記 資料説明 以下に示す一覧表は、本稿において対象論考として分析したものを示したもので ある。なお、表中の(臨)は臨時号のことであり、No.は表1~3で具体例として 取り上げている対象論考の記述に付しているNo.と対応している。 【本稿で分析した1990年代の『作文と教育』における論考一覧表】 No. 年. 月. 頁数. 題名/特集名・連載名. 著者 宮川昭男. 1. 90. 3. 44-53. 生活を見つめ、具体的事実をとおして、深い思いを表現しよ う/授業研究第19回. 2. 90. 4. 91-95. したことをしたとおりに見たことを見たとおりに書こう/作 文の時間─2年生─. 関山礼子. 3. 90. 4. 111115. 新しい先生、新しい友だち最高学年、六年生のはじまりその 心のたかぶりをそのまま書こう/作文の時間─6年生─. 丸山実. 4. 90. 5. 87-91. 言いたいこと、思ったことをありのままに書くといい作文に なるんだね/作文の時間─2年生─. 関山礼子. 5. 90. 5. 107111. 心をひらいてぐんぐん書こうどんな小さなつぶやきでもその ままにせずにえんぴつをにぎろう/作文の時間─6年生─. 丸山実. 6. 90. 6. 96-100. 六月─おもいきりともだちとあそぼう!そして、あそんだこ とをくわしく書こう!/作文の時間─3年生─. 西岡たか代. 7. 90. 7. 16-23. なぜ、くわしく書かせるのか/特集●ものをこまかくとらえ るということ. 田倉圭市. - 14 -.

(16) 8. 90. 8. 108112. 長い夏休みを利用して聞いたり、調べたりしたことをよくわ かるように、くわしく書こう/作文の時間─5年生─. 山田芳昭. 9. 90. 8. 113117. みんなで、ひとりの作文を真剣に読み合いくわしく思い出し て書く勉強をしよう/作文の時間─6年生─. 丸山実. 10. 90. 9. 113117. くやしかった、悲しかった、ときのことを、いつわらずに、 すじを通して、書こう/作文の時間─6年生─. 丸山実. 11. 90. 11. 80. 真実には感動できる/談話室. 木村恵子. 12. 90. 12. 100. 詩のなかに、子どもの真実を. 藤本和子. 13. 90. 12. 117121. 田村君の作文を読んで、もっとくわしく知りたいことを考え てみよう─こまかなことも書く─/作文の時間─2年生─. 楳本恵. 14. 91. 2. 118122. 強く心に残っていることをリアルに表現しよう/作文の時間 ─中学生─. 上田精一. 15. 91. 4. 79. 真実を伝え続けていく仕事を/談話室. 辰巳国雄 三上達也. 16. 91. 7. 88-91. 文がだんだんふとっていく!─心が動いた所をくわしく書い ていこう─/作文の時間─2年生─. 17. 91. 7. 110114. 授業で学習した内容から、疑問に思い調べてみたこと、改め て考えさせられたことを、くわしく書き綴ろう/作文の時間 ─中学生─. 佐藤修二. 18. 91. 9. 48-57. 感動した事実をありのままに書かせる指導/授業研究─第34 回─. 菊地謙二. 19. 91. 10. 110114. 学校にかかわる問題を、率直に、具体的にとらえて、自分の 意見を書こう/作文の時間─中学生─. 濱崎均. 20. 91. 11. 84-87. よく見て、見たことを見たとおりにかいてみよう/作文の時 間─1年生─. 大石進. 21. 91. 12. 112115. 冬やすみのにっき─お手つだいしたことをしたとおりにかき ましょう─/作文の時間─1年生─. 大石進. 22. 92. 1. 84-87. ぞうきんぬいをしたことをかきました─したことをしたとお りにかきましょう─/作文の時間─1年生─. 大石進. 23. 92. 3. 92-95. 春をいっぱい見つけよう─見たことを見たとおり、感じたこ とを感じたとおりに書く─/作文の時間─3年生─. 黒沢周三. 24. 92. 6. 102105. ある日・ある時の、ほんの短い時間のできごとも、よく思い 出して書くと、くわしく書けるのです─何かを発見したり。 気づいたりする─/作文の時間─5年生─. 菊地邦夫. 25. 92. 6. 110113. 子どもにリアルな認識を育てるために生活の事実を、ありの ままに、くわしく書かせよう。/作文の時間─中学生─. 井沼一. 26. 92. 7. 80-81. そのまま実践の記録/談話室─文集に寄せて─. 伊藤佳子 本間繁輝. 27. 92. 7. 88-90. はなしたとおりにぶんにかいてみよう/作文の時間 ─1年生─. 28. 92. 9. 104107. 夏休みの感動ある体験目に見えるように、ありのままに書か せよう/作文の時間─中学生─. 井沼一. 29. 93. 4. 44-45. 自分を隠さないで!中学生/特集■子どもとの出会い=一枚 文集・私の第一号(中学校). 牧野久美子. - 15 -.

(17) 30. 93. 7. 17-24. あせらず、ありのままに─T男との二年間─/■特集「書け ない子・書かない子の指導をどうするか」. 中村嘉美. 31. 94. 1. 59-62. (便り)楳本恵さんへ─素直になれました。─/こだま〈私 の発言〉. 高田夏子. 32. 94. 1. 91-94. 読書感想文を書こう─思ったとおり、感じたとおり─/作文 の時間─小学4年. 中島礼子. 33. 94. 2. 107110. 自分の将来について、先生や家族と話し合ったことや悩んだ り考えたことを、ありのままに書こう/作文の時間 ─中学校─. 中俣勝義. 34. 94. 4 40-42 (臨). 素直さと、あたたかさが伝わってくる/〈感想〉●丸山実さ んの実践記録を読んで. 上野正. 35. 94. 5. 95-98. したことをだれにもわかるようにしょうじきに書いていこう /作文の時間─5年生─. 金子良作. 36. 94. 10. 52-61. 自分のことばで書く─弱さを含めたありのままをこそ─/講 座・作文教育入門⑦. 奈良一清. 37. 94. 11. 46-55. 「ありのまま」とは何か/講座・作文教育入門⑧. 濱崎均. 38. 95. 1. 82-84. しっぱいしたりいやだったりしたこともしょうじきにかいて みよう/作文の時間─1年生─. 丸山実. 39. 95. 4 (臨). 144149. 「よく思い出して書く」ということを、具体的にわからせる ためには、どのような指導が必要でしょう/「基礎・基本」 細かな技術Q&A. 佐藤守正. 40. 95. 6. 85-87. 友だちといっしょにいるとたのしいこと、おもしろいことが、 たくさんありますねいっしょにしたことを、そのままに書き ましょう/作文の時間─2年生─. 錦田唯雄. 41. 95. 7. 82-84. はなしたことをはなしたとおりにかきましょう/作文の時間 ─1年生─. 上岡啓子. 谷口誠二. 42. 95. 10. 87-90. 「暴力事件」─友だちとの毎日の生活。あってはならない事 も、時として起こる。そんなときは、みんなでつつみかくさ ずになぜ起こったのか避けることはできなかったのか。原因 と、経過、そしてその顛末を振り返り、考えることが大切だ と思う。─/作文の時間─5年生─. 43. 95. 11. 82-84. あきをみつけにいこう─したことをしたとおりにみたことを みたとおりにきいたことをきいたとおりにぐいぐいとながい さくぶんをかくよ─/作文の時間─1年生─. 上岡啓子. 44. 95. 11. 103106. 授業参観の様子を具体的に描写することによって/作文の時 間─中学生─. 菊田文彦. 谷口誠二. 小宮山繁. 45. 96. 2. 95-98. 本音で友だちのこと書いてみませんか─友だちとの関わりの 中で、つらかった・悲しかった・悔しかった………こと自分 の胸にしまっている思いをそのまま閉じこめないで、書きま しょう。重く心にたまった「しこり」も「悩み」も気持ちよ く、晴れるかもしれないから………。─/作文の時間─5年 生─. 46. 96. 5 (臨). 146153. ■2、「なりきり・うそ作文」への批判ありのままに書く本 当のことを書く─その楽しさと困難さ─/特集2いま流行の 「作文・詩指導」を考える─私の実践から─. - 16 -.

(18) 47. 96. 5 (臨). 168174. ■5、「ことばあそび」的詩の問題点児童詩教育の豊かさと 真実性/特集2いま流行の「作文・詩指導」を考える─私の 実践から─. 江口季好. 48. 96. 8. 92-97. 真実を知ろう戦争と平和を考える/わたしの作文教室─高学 年─. 番場俊文. 49. 97. 3. 73-75. 太郎良信著『「山芋」の真実』を読んで/談話室. 村山士郎. 50. 97. 4. 71. 新潟で『「山芋」の真実』検討会、発足す/談話室. 佐藤守正. 51. 5 97 (臨). 52. 97. 12. 53. 98. 1. 102105. 「もう少しくわしく」は、慎重に/わたしの作文教室─1年 生─. 米田かおる. 54. 98. 1. 119122. 「くわしく書いてほしい。」と子どもに要求するとき/わた しの作文教室─5年生─. 山本研一. 55. 98. 1. 123127. くわしく書くことで見えてくるもの/わたしの作文教室─6 年生─. 三上達也. 56. 98. 2. 77. 57. 98. 2. 106111. 級友の作文をよみ合い、具体的に書くとはどのように表現す ることなのかを学んだ授業/わたしの作文教室─中学生─. 藤田美智子. 58. 98. 3. 102107. はじめての文化祭─その中で、自分は何をし、何を考えたか、 具体的に書き綴る─/わたしの作文教室─中学生─. 八代桂子. 59. 98. 4. 100103. 表現から具体的に教える─心を開く第一歩─/わたしの作文 教室─6年生─. 吉田綾子. 60. 98. 10. 1. 100103. □表現の仕方を考える素直な言葉を生かす低学年の表現指導 ▪ /第Ⅴ章児童詩指導の実際. 作文の授業を見つめ直して─具体的に書くことで、自分の成 98-103 長していく姿に気づかせたい─/わたしの作文教室 ─中学生─. 「真実」を求めれば皆が応える. 鈴木みずえ. 伊藤学. 濱崎均. 本音をリアルな目に高める努力を!. 井沼一 権田貢. 椋尾紀代. 61. 98. 12. 104107. 『自分の感想・友だちの感想』のちがいを知ろう違いを知る と考えが動き出す─書き読み語りあって真実を追い求める─ /わたしの作文教室─6年生─. 62. 99. 11. 44-47. したことをしたとおり、見たことを見たとおり、聞いたこと を聞いたとおり、よく思い出して書くために/講座作文の授 業─その8─. - 17 -.

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参照

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