理学療法界における女性力の発揮 703 はじめに 理学療法士は社会に期待されている専門職である。 私たちはこの社会の要請に応えていかねばならない。理学療 法分野では男女の能力差はないが,とりわけ女性は常にプロと してのスキルを求められる専門職であることと同時に家事,育 児という 3 倍の働きをしなければならない。 1966(昭和 41)年に1対 9 という男社会ではじまった日本 の理学療法界も今ではその男女比は互角であり男性数を抜こう としている。女性の数だけは確実に増加しているのに,女性に とってもっとも魅力的な職業のひとつであるのになぜ,女性の 力が発揮されないのか,男性はもっと女性の能力を発揮させな いのか。 女性の社会的進出 我が国の女性国会議員の男女平等ランキングは 187 ヵ国中 122 位となっている。女性の社会参加率が低いのは日本,イタ リア,韓国であり社会の生活環境が女性にとって働きにくさを 如実に示しており,女性力が充分に発揮されていないのが現状 である。 理学療法界においても WCPT 加盟国 106 ヵ国の中でアジア における 11 ヵ国の中での日本の女性比率はパキスタン,アフ ガニスタン,カンボジアに次いで低い。ちなみに女性比が 80% を超えているのは欧州では英国,スエーデン,フィンランド, オーストリア等,アフリカでは南アフリカ,ナビミア,中南米 ではバハマ,バーミューダ等,米国は 60%をわずかに超える 程度である。アジア地域では女性が 80%を超える国は皆無で ニュージーランドの 75%がもっとも高い。各国の職業観等も 伴って一概に女性比の高い国が社会的進出度と相関があるとは いえないが,昨年 2012(平成 24)年,日本で開催された IMF(国 際通貨基金)の専務理事,クリスティーヌ ラガルド女史は教 育水準のもっとも高い日本の女性の地位がなぜ,社会参加率が 低いのか,日本再生のカギは女性の活用を 4 ∼ 5%上げること だと述べている。 日本の女性管理職は 1.4%といわれる。女性理学療法士の管 理職数は不明であるが,今学会の運営部門の女性比率は 1.4%, 演題発表者は 1.7%,一般演題の司会者,座長は 1.2%,大会 企画による講演者は 26 名中わずかに 2 名となっている。日本 女性の管理職 1.4%という現状と酷似している。安部普三首相 は国会議員をはじめ女性の管理職を 2030(平成 42)年までに 30%にしようと明言しているが,少なくとも理学療法界におい ては,現状と照らし合わせると 3.0%を当面の現実的な目標と すべきであろう。 女性理学療法士の進出をはばむもの 2010(平成 22)年に日本理学療法士協会によって調査され た女性理学療法士就労環境調査によると就労時に差別的経験を 受けたことがある(役割分担,待遇,査定,昇進など)と答え た女性はおよそ 35%に上っている。 我が国の出産,育児による女性離職率は 60%にもおよび 30 ∼ 40 歳代に多くこの現象はM型カーブといわれるが,理学療 法士分野ではこの著しいM型カーブはみられない。他の職種に 比べて比較的に交代要員の配慮,当直がないなど職場環境は恵 まれていると思われるが,理学療法士として女性自身の意識改 革,働き続ける工夫と努力が必要であろう。 仕事上の最大の障害として育児に伴う休暇が挙げられるが, 職場の理解,上司,男性同僚,そしてもっとも頼りになる夫の 協力と理解はいうまでもない。 2009(平成 21)年の統計資料(日本理学療法士協会)(図 1) 理学療法士の数は男性 34,215 名 女性 25,371 名であるが,年 理学療法学 第 40 巻第 8 号 703 ∼ 705 頁(2013 年)
理学療法界における女性力の発揮
*
田 口 順 子
**専門領域研究部会 教育・管理理学療法 特別セッション「特別講演」
*Women’s Power in the Field of Physical Therapy
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上馬整形外科クリニック
(〒 154‒0011 東京都世田谷区上馬 1‒13‒11) Yoriko Taguchi, PT: Kamiuma Orthopedic Clicic
キーワード:女性の進出度,リカレント教育,女性リーダーへの期待
図 1
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理学療法学 第 40 巻第 8 号 704 令別にみると男女ともに 25 ∼ 30 歳代が全体の 4 分の 1 を占 める。女性理学療法士を構成する女性の比率もほぼ同様であ る。全体の 25%余がこの年代に集中していることは,彼女達 の 10 年後は中堅管理職として大いに期待できることを意味し ている。この年代の女性層の離職率が高くならないように当事 者たちの意識を高めながら,職場環境も整備していかねばなら ない。 前述の女性就労環境調査によると現在の女性理学療法士の経 験 10 年未満の意識では,自分のやっていることに確信がもてな い,ジャーナルや講習会で学ぶ知識と技術と自分との格差が大 きいという報告がみられる。これからの近未来の女性リーダー として期待できる層の脱落者は防ぎたいし,たとえ一時的に離 職をしたとしても問題なく職場復帰のできる配慮が必要である。 一時的な離職者に現役としての空白期間があったことを負い 目だと感じさせてはいけない。主婦としての家事,妊娠出産の 経験,育児という実践は,臨床現場を一時的に離れたとはいえ, むしろチームワーク,リーダーシップ,協調性,社会性といっ た学びの場であり,いずれ広い視野をもった女性力として開花 していくことを期待していくべきであろう。 リカレント教育 したがって女性離職者に対する教育と仕事の柔軟な往復は, 一貫したリカレント教育の体制を組むべきである。生涯学習へ のプロセスのひとつとしてリカレント教育は多種多様であり, 家庭内学習,子育て,母親教室等から学ぶことで地域社会の意 識が高まり職場復帰の際には,家庭内学習で得た人脈とくにマ マトモ間の交流は地域リハに大いに活用できよう。性や年齢に かかわらず誰もが意欲と能力を発揮できる柔軟で多種多様な働 き方を実現するには,管理者のマネジメント能力を養うリカレ ント教育が必須であることはいうまでもない。 20 年前の第 28 回日本理学療法士学会では神奈川県士会の女 性に対する高いセンスと理解もあって 28 回目の学会にしては じめて女性を学会長にした学会で,図らずも田口が指名された のだが,女性ならではの発想で打ちだしてほしいと委託され, これまでにない 7 件の新しい企画を立てたが,そのひとつとし て託児所の設置があった。「学会場に託児所ですかあ!?」横 浜パシフィコ理事長のあっけにとられたお顔が今も忘れられな いが,このことが既成事実となって今ではあたり前のことと なった。 同じテーブルにつこう この度の協会理事,監事選挙では投票率はわずかに 22.6%で あったという。 そして女性の立候補者が 2 名いたにもかかわらず投票数を充 たすことができず 2 年間の協会役員に女性理事が参画する機会 を失った。facebook の CEO であるシェリル サンドバーグは 米国の少ない女性リーダーのひとりとして高名であるが,女性 は男性と同じテーブルにきちんとつきなさいといっている。日 本の女性は会議の席でも下座につき物静かに座っていることが 謙虚だと思われがちであるが,テーブルの意味はもっと違うに しても女性のリーダーを増やしていくには,協会組織の役員と して 24 名のうちせめて 5 名の女性を送りだすべきである。か つては 5 名の女性理事が存在していた時期もあったし,私もそ の一員であったが,主張すべきは主張しながらも和やかであっ たし,女性会員の声を直接,組織に反映させていくには女性理 事の存在は必然である。当時の女性理事はほとんど家庭をも ち,子育ての身であったが,仕事を続けたい理学療法を広めた いという妻の姿勢に対する夫の理解と協力があったのだと思 う。主婦にとって貴重な日曜日を 1 日理事会に取られ,会議の 終わった帰り道に明日は中学の長男の修学旅行だが,なにも準 備をしてやっていないと話した女性理事を思いだす。妻は母親 は夫の 2 倍,3 倍の仕事をこなしている。パートナーを本当の パートナーにする,このことが妻が社会に長く居続けられる一 大要因である。 多様な働き方と新しい働き方を探る これからは男女を問わず家庭と仕事を両立できるワーク・ラ イフ・バランスを取っていくことが重要であり,女性理学療法 士ならではの残された分野,力を発揮すべき分野は多い。前述 のリカレント教育は持続可能なものとして確立させキャリア人 材の育成をしていかねば,毎年1万人を超す新卒の現場指導は 手薄になる。中堅女性の離職率を高めてはいけないが,女性な らではの特化した女性偏在率の高さははるかによいデータで ある。 性差医療への積極的参画と実践
性差医療(Gender Specifi c Medicine)は,2005 年 12 月に だされた男女共同基本法においても生涯を通した健康支援は 「性差に応じた的確な医療であり,性差医療を推進する」と明 記され,「女性健康づくり懇談会」 が設置され,3 月第 1 週目 が「女性の健康づくり週間」とされ各分野で活動が展開されて いるが,協会活動の一環として女性理学療法士が主体性をもっ て参画すべきであろうし,生涯を通した女性の健康について 我々自身が自覚をもち,さらにリカレント教育の枠で学習を深 めるべきである。生活習慣病,骨粗しょう症,更年期障害,乳 がん,子宮がん,歯,顎関節,性感染症,など技術的アプロー チが均質にできるように実施できることは女性理学療法士の義 務であると思料する。 残念ながら性差医療へのアプローチは依然として,産科理学 療法学すら卒前教育として学生が受ける機会のある養成校は少 ないのが現状である。高齢者の失禁へのアプローチもニーズは 高いものの取り組みとしては低調である。 国際的に通用する理学療法士の育成 海外留学経験者の調査は不明であるが,これまでに青年海外 協力隊員として派遣された理学療法士は 393 名(2012 年)で, 内 247 名が女性である。 すべての理学療法分野で女性の進出度が男性を下回っている のがこの分野だけは女性が 60%を超え上回っている。地域社 会におけるボランテイア活動は生涯学習であり,国際的な場で 活動するボランテイア活動には人格形成をはじめ問題解決能力 を養う場としても貴重であり,とりわけ女性理学療法士の活躍
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理学療法界における女性力の発揮 705 は評価され,帰国後のキャリアチェンジと生涯学習の姿勢は大 いに参考としたい女性が多い。個人の自立的自主的な参加は協 会の履修単位と同質のものではないかもしれないが,研修ポイ ントを配慮するならば彼らの履修ポイントはきわめて高いもの だと評価したい。 リカレント教育として取りこむには価値が高い。国を越えて 選抜され,自ら発展途上国に出向き 2 年間現地に滞在し,問題 解決に取り組み高度な判断力,経験知を総動員しなければなら ない。将来のグローバル・リーダーとしての可能性は大いに期 待したい。 協会として生涯学習とリカレント教育を整理し,10 万人に 対応できるダイナミックな公の学びの場をどのようにコント ロールし調和させていくか,女性力をどのように発揮してもら うのか,大きな課題であろう。 ま と め メリハリのついたライフワークを組み立てていくことは,個 人の責任だが,自由に子どもを産める職場環境は職場のチーム ワークで前向きに工夫し改善していくべきことであろう。 女性の負担を男女を問わず仕事と家庭で分け合えるワーク・ ライフ・バランスのための教育の専門的意義を向上させるため に新人,専門領域に捉われない生涯学習の枠で教育と仕事の柔 軟なリカレント教育の推進を期待したい。 謝辞:全国学術大会にこのようなテーマで女性問題を取り上げ られたことは,私の記憶の中では今回がはじめてであり,鈴木 重行学会長をはじめ愛知県士会の方々の企画力,実践力に敬意 を表し感謝したい。 座長の労をおとり下さった浜松大学の保村譲一先生には格別 のご助言をいただいた。厚く御礼申し上げたい。つたない私の 講演に引き続いて行われたシンポジウムは女性問題について日 頃の地道な努力を重ねておられる考察をうかがい知ることがで きたことはなによりの収獲であった。シンポジストの内山靖先 生,清宮清美先生,谷口千明先生,松本泉先生ならびに司会を 務められた酒井吉仁先生,三宅わか子先生に感謝申し上げます。 文 献 1) 日本理学療法士協会調査部:女性理学療法士就労環境調査,2010. 2) 内閣府:成長のための人的資源活用.2013.3.18. 3) 日本学術会議配布資料:若者は社会を変えるか.2012.6.30 4) PT ママの会:PT ママ白書第1号,2011.12.
5) Lagarde C: What Can Do To Improve Women’s Economic Op-portunities, The IMF Blog, March,8,2013
6) 日本理学療法士協会資料:男女理学療法士の各年齢別の構成. 2009.
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