CA1ぜC E R 12 (2003), p. 19-22
第三顎脚に異常錯脚を生じた雄ズワイガニ
本 尾 洋 ・豊田幸詞
筆者の一人本尾は,本昔、11号でズワイガニの奇 形2 例を報告した (本尾, 2002). そしてその後 も奇形ガニに関心を寄せていたところ,今回新た に顎脚部に甜脚を異常再生した雄ズワイガニ l匹 を入手したので,その概要を報告する . 材料と方法 2002年12月22 日,京都府の日本海側に位置する 久美浜町湊宮 にある海産物販売庖“マリン プラザ" で,同居職員の的井史郎氏が,兵庫県津井山漁業 協同組合から購入した多数の生きたズワイガニの 中に,口部に小さな鉛脚を異常再生した雄ズワイ ガニ1
匹を見つけた. カニは同漁業協同組合所属 の底曳漁船が前日,日本海の山陰沖で漁獲したも のである. 的井氏によ ってこの奇形ガニは3日後 の25 日に冷凍標本として筆者のl人本尾の所に送 られて きた . カニの計測にはO.lmmまで 読 み取れるノギス を使用し,甲幅等の測定方法は本尾 (2002) に依っ た. 観察結果と考察 雄カニ (図1 ) の甲長は97.8mm,甲幅98.8mm, 右 甜 脚 掌 部 高 は22.3mm (左 同 22.4 m m), 右 紺 脚 掌 部幅20.7 m m (左同 20.7 m m) で左右ほぼ同 サイズであ った. 異常鉛脚は左第 三 顎 脚 の 底 節 部 か ら内 肢 と し て 生 じていた. 鉛脚は元の 方か ら基節,座節 (合わせて15.1mm,斜 め の 最 長 部 で18 . 0 m m),長節( l2.5 m m),腕節,掌 節 ( 掌部+ 不動指 ,16.1 m m) と指節( 不動指, 14.8mm) から成 っていた. そして基節と座節 はほぼ完全 に癒合し,痕跡的な筋 (凹み ) が外 Hiroshi M OT OH,
Koji T O Y O TA: Abnormal chelipedfound on the third maxilliped of a m ale sn o w crab,
Chionoecetes opilio
側にのみかろうじて認められた. また,基節及 び座節は本来の第 三顎脚のそれらに似た形状を 示していた. 言 い換えればこの異常紺脚は基部 で顎脚状を,そしてそれより先の方で甜脚状に なっていて,全体として顎脚と錯脚をミックス したような異常なミニ鉛脚状であった. 図2
にそ れらの形状と測定値を示した. 前出の的井史郎 氏によれば,水槽に収容当時,このカニは生き ていて,異常“はさみ" はいつも開いている状 態にあ った. “はさみ" を構成する指節基部は関 節状を示し,それが外観的には可動であるかの ように見えたが,あいにくとその部分が損傷を 受けて変質 ・黒色化していて ,生時の開閉が可 能であ ったかどうかは判断出来なか った. 異常 “はさみ" の可動指及び不動指の内側部分には細 かい歯が備わ っており ,かっそれらははさみ本来 のものに似て,ほほ基部半分で赤茶色,そして残 り半分 (先の部分) は真っ白で,あたかも本物の 甜脚のような色彩・形態を示していた . 今回のように第三顎脚に釦脚を異常再生した例 としては,同じく日本海の新潟県( 伊藤, 1965) と鳥取県( 田村, 1996) から報告されている 2 例 がある. しかし,いずれもその成因の詳細につい ては論じられていない . 武田・安原(1991 ),Nakataniet al.
(1992)
や豊田 ・ 本尾 (2000) は同じ十脚甲殻類のエピ類において , 自然、もしくは人為的に眼を欠損させると触角が再 生されることを報告 している . これは失 った本来 の器官とは異な った器官が異常に再生される「異 形再生J
( 異質形成:heteromorphosis) の例である . このことについて武田 ・安原 (1991 ) は,I
眼柄が 基部の神経節の部分まで傷つけられると異形再生 が起こると 言 える」としている . 今回のように顎 脚から全く別の器官である鉛脚が生じる場合も異 形再生の例であるが,問題はなぜ“はさみ" を再20
第三顎脚に異常紺脚を生じた雄ズワイガニ司
・・
司
、
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・・
・
. .. . .
_ __ _ _ _ _ _ _ _ _ 柿切府側、包. 島" 司 開ー・ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E・R ・ 圃司E冒 園 - - 量圃E・・--聞・E司,、",.,.',W ' ・・・ !"f"1r.;:... }' "
, '
"
一一
一
一
向
セ...,
.
.
・ 1 凶: " .... : , ....• ""E'¥:j' .... 』 同 ・ ,-:-:::. 叫‘4・ 図1 奇形の雄スワイガニ . 上司背面 ;中 ,前面 ; 下,左第三顎脚に生じた奇形紺脚 (楕円内右方)本尾 洋 ・豊田幸詞 21 図2 左第三顎脚に生 じた奇形鉛脚と各部の測定値 (外面図 ) 生したかである . 第三顎脚は頭部付属肢の最後に 位置し,次の胸部の第一付属肢である鉛脚に隣接 することに起因するようで,こ れはホメオーシス
(homoeosis)
の好例と思われる. ズワイガニ属 (Chionoecetes)の付属肢奇形に関 しては, 筆者らの知る限り,今までに12編 (15例) の報告がある (伊藤, 1956, 1960, 1965, 1967; 三 橋, 1993; 水 津 ・佐藤, 1965; 本 尾 ,1971, 1972, 2002; 鈴木・ 小 田原, 1971; 田村, 1996; 丹下・岩佐, 1991). それらのうち ,錯脚に関す る事例は9件で全体の60% に達する . そして伊藤 (1965) と田村( 1996)の報告は上述のように ,今 回の例に酷似して,他の付属肢から鉛脚を再生し ている異形再生の典型例である .武田 ・安原(1991) が指摘しているように“はさみ" は使用頻度が高 く,それゆえに傷を受けることが多く ,結果的に 紺脚の再生異常が多くなることは十分領ける. カ ニ類の場合, 付属肢のなかでもを甘脚は摂餌や, と りわけ雄の場合,闘争あるいは 求愛 ・生殖行動に 極めて重要なことから ,生体として生存・生殖に 有利なように ,同 質形成(hom om orphosis)
的そ して異質形成的にも ,損傷部に鉛脚が生じ易い再 生メカニズムが働いているのかも知れない. 今後 も関連事例を集めて,それらの再生原因等を追及 していく必要があると考えている . 最後にこの雄個体の生き続けた場合のその後に ついて触れてみる. 甲幅97 m m
は大きさから判断 して,性的に成熟した雄であったことを示してい る (山崎 ・桑原 ,1991 ). 一方,甲幅に対する紺 脚掌部高の比率から,この雄は最終脱皮(Terminal
m olt)
を経ていない (山崎・ 桑原 ,1991),形態 的には未成熟なカニであると判断される. このこ とから,生き続けていたな らば,早晩このカニは さらに脱皮をすると予想され,その場合異常鈎脚 部がどう変わるのか,あるいは不変なのかに興味 が持たれる . なお,腹部にある2 対のいわゆる交尾肢は形態 的には正常な成体のものであった . こ のことから このカニは,通常の雄ガニの場合と同様に,脱皮 直後の雌との普通の生殖行為が可能であ ったと思 われる . 的井氏は仕事上 ,30年余りズワイガニを扱 って いるが,このような奇形個体は今回初めて見た, と言っ ている. 謝 辞 奇形ガニとその関連情報を提供していただいた マリンプラザの的井史郎氏に感謝いたします .22 第三顎脚に異常鉛脚を生じた雄ズワイガニ 文 献 伊藤勝千代, 1956. ズワイ ガニの第2歩脚指節の奇形. 採集と飼育 ,18(11): 347. 伊藤勝千代 ,1960. 再 び山陰沖から採捕されたズワイ カニの奇形. 採集と飼育 ,22(4): 123・125 伊藤勝千代 ,1965. ズワイガニに見出された奇形2例 に つ い て . 日本海区水産研究所研究報告, (14): 91-93. 伊藤勝千代, 1967.左側の歩脚が三本の奇形ズワイガ ニについて . 日 本 海 区 水 産 研 究 所 研 究 報 告 ,(17) : 141-142. 三橋正基, 1993. ベニズワイのはさみ 脚掌部の奇形. 北水試だより .23: 21. 水
i
草六郎 ・佐藤 優 ,1965. ベニズワイガニの奇形観察. 採集と飼育 ,27(9) : 340-341. 本尾 i羊, 1971. ベニズワイガニ左鉛脚 の奇 形2例. 甲殻類の研究 ,4/5: 184-190. 本尾 i羊, 1972. ベニズワイガニの右主lt脚 にあらわれ た奇形について . 石 川県増殖試験場研 究報告, (2) 21-27. 本 尾 洋,2002. ズワイガニの奇形2例. Cancer, (11)・ 3-6Nakatani, T.,Sunaga, ,K & Takahashi, K , 1992. lnduction of出e hypertypic regeneration on the rostrum of the crayfish, Procambarus clarkii (Girad) . R esearches on Crusteacea, (21): 211-215. 鈴 木 博 - 小 田原利光, 1971. 2種のカニの鉛脚にあら われた奇形について . 甲 殻類の研究 ,4/5: 191-195. 武田正倫 ・安原健充 ,1991. タカアシガニの額角とイ セエピの 限柄に 出現した奇形. 甲殻類の研究 ,(20): 57-62. 田村昭夫 ,1996.催物展「 山陰海岸のカニーカニとー 緒に記念写真一 j から . 郷土と博物館 ,42(1): 1-6. 丹下!勝義 ・岩佐 │登宏, 1991. 右側鉛脚が2本の奇形ベ ニズワイガニについて . 兵庫県水産試験場研究報告, (29) : 73-76. 豊 田幸詞 ・本尾 洋 ,2000. 飼育クルマエピにみられ た眼 と眼柄の異常再生. Cancer, (9): 1-3. 山崎 淳 ・桑原昭彦 . 1991 . 日 本海における雄ズワイ ガニの最終脱皮について . 日本水産学会誌, 57(10) : 1839-1844. ( 本尾 洋 : 京 都 府 栽 培 漁 業 セ ン タ 一 豊 田 幸 詞 : 関西総 合 環 境 セ ン タ ー )