頚椎前方固定術後の低酸素脳症の経験
―
初期症状とその後の予防プロトコール
―Hypoxic Ischemic Encephalopathy after Cervical Anterior Fusion
―Initial Symptoms and Preventive Protocol―
松 本 富 哉*1 山 下 智 也*2 奥 田 真 也*1 前 野 考 史*3 杉 浦 剛*4
長 本 行 隆*1 高 橋 佳 史*1 古 家 雅 之*1 岩 﨑 幹 季*1
Tomiya Matsumoto*1, Tomoya Yamashita*2, Shinya Okuda*1, Takafumi Maeno*3, Tsuyoshi Sugiura*4, Yukitaka Nagamoto*1, Yoshifumi Takahashi*1,
Masayuki Furuya*1, Motoki Iwasaki*1 要 旨 頚椎前方固定術後に気道閉塞から低酸素脳症を来した症例を経験した.術後約 4 時間後 に頻脈,四肢のふるえ,パニック様発作を起こし,その 40 分後に呼吸停止となり,気管切 開にて心肺機能は改善したが,低酸素脳症となった.頚椎前方固定術後は病棟管理におい て,そのような気道閉塞の初期症状を見逃さず緊急の対処が必要とされる.現在は頚椎前 方手術において周術期管理プロトコールを作成し,気道閉塞の発生予防に努めている. Abstract
To present a case of hypoxic ischemic encephalopathy due to laryngopharyngeal edema following anterior cervical discectomy and fusion.
The patient developed tachycardia, trembling of limbs and panic attack after about 4 hours fol-lowing operation at general ward. After 40 min, the patient occurred cessation of respiration. Reintu-bation was tried to perform, but could not intubate due to edema of the pharynx and larynx. After that, tracheostomy was performed and ensured her airway after 25 min from cessation of respiration. Her cardiopulmonary function had recovered, but the patient had become hypoxic ischemic enceph-alopathy.
To prevent such serious complication, in the management after anterior cervical spine surgery, it is necessary not to overlook the initial signs and symptoms as like change in voice quality, tachycar-dia, trembling of limbs and panic attack of airway obstruction, and to perform emergency response. Currently, we exclusively developed and adopted a perioperative management protocol for anterior cervical spine surgery to prevent serious airway complications.
Key words:頚椎前方手術(anterior cervical spine surgery),低酸素脳症(hypoxic ischemic encephalopa-thy),予防プロトコール(preventive protocol)
*1大阪労災病院整形外科〔〒591-8025 大阪府堺市北区長曾根町 1179-3〕Department of Orthopaedic Surgery, Osaka Rosai
Hospital *2大阪医療センター *3石切生喜病院 *4JCHO大阪病院 J. Spine Res. 10:1451‒1455, 2019 Case Reports
症例報告
はじめに
今回,われわれが経験した頚椎前方手術後に気 道閉塞から低酸素脳症に至った症例の詳細な経過 と,その後の当院での周術期管理プロトコールを 報告する.症 例
患 者:48 歳 女 性, 身 長:158 cm 体 重:88 kg BMI:35.3 術前主訴:左上肢痛 喫煙歴:なし 併存症:糖尿病(HbA1c:7.4) 現症:Jackson-/+,MMT:Deltoid 5/4,Biceps 5/4,Triceps 5/5,Wrist Extensor 5/4,Sensory:左 上腕外側から前腕橈側,母指,示指しびれ. 画像所見:MRI,CT で C5/6 左椎間孔部に椎間 板ヘルニア,骨棘を認めた. 診断:頚椎椎間板ヘルニア,骨棘による椎間孔 部狭窄に伴う左 C6 神経根障害. 手術:C5/6 頚椎前方除圧固定術(腸骨使用)施 行.手術時間:2 時間 52 分,術中出血量:10 mL. 術前挿管困難や,術中合併症は認めず術後抜管と なった. 術後経過:12:26 手術終了し 13:20 一般病 棟帰室,モニター装着での管理となった.16:15 看護師回診中に頻呼吸,四肢ふるえからパニック 様発作来すも, 5 分ほどで消失.その後病棟医診 察行い創部腫脹がなく,呼吸音清明,SpO2:98 (room air),動脈血液ガス採血で異常がないこと 確認し,一般病棟の処置室へ移動となった.16: 50 患者からのナースコールがあり,看護師が体 位変換を行っている最中に呼吸苦の訴え出現し, 喀痰吸引中にチューブを噛みしめながら,意識レ ベル低下,チアノーゼ出現し,16:55 に心肺停 止,死戦期呼吸を認めた.16:59 病棟医,整形 外科医で心肺蘇生を開始し,17:09 に心拍再開を 認めた.整形外科医による気管挿管を試みたが気 道確保できず,同時に創部開放を行うも創部内血 腫は少量のみであり,気道偏位などは認めなかっ た.17:15 麻酔科医による気管挿管でも咽頭浮 腫が強く気道確保できず,気管穿刺も施行された が気道確保できなかった.17:20 耳鼻咽喉科医 により気管切開を行い,呼吸停止後約 25 分で気 道確保となった(表 1 ).その後心肺機能は改善し たが,意識レベルは Japan Coma Scale 300 のまま であり,低酸素脳症となった. 創部には著明な血腫の貯留や気管偏位を認め ず,再挿管時の咽頭所見や術後 CT(図 1 )では術 前と比して手術高位(C5/6)より上位での咽頭浮 腫を著明に認めたことから気道浮腫が気道閉塞に 至った原因であった.しかし採血結果で好酸球分 画の上昇はなく,アレルギー反応は否定的であっ たが気道浮腫の原因は不明であった.考 察
頚椎前方手術後の重篤な合併症の一つとして気 道閉塞が知られており,再挿管を必要とする頻度 は 0.1~5.2%,また低酸素脳症や死亡に至る頻度 も 0.01~1.5%と報告されている1 ‒ 5 ). 原因は主なものとして血腫と気道(咽頭,喉頭) 浮腫に分けられており,原因により気道閉塞の発 生時期が異なることが多く,血腫は術後早期,気 道浮腫は術後 12 時間以降の頻度が高いと報告さ 表 1 術後経過 12:26 手術終了 13:20 一般病棟帰室 16:15 頻呼吸,四肢震え,パニック発作出現も数 分で消失 16:20 病棟医診察にて創部腫脹なし,呼吸音清 明,SpO2:98(room air),動脈血ガス異常な く,一般病棟の処置室へ移動 16:50 体位変換中に呼吸苦,チアノーゼ出現 16:55 心肺停止,死戦期呼吸出現 16:59 病棟医,整形外科医により心肺蘇生開始 17:09 心拍再開,整形外科医にて気管挿管試みる も不可 17:15 麻酔科医にて気管挿管,気管穿刺施行も不 可 17:20 耳鼻咽喉科医師により気管切開を行い,気 道確保れている6 ).しかし Emery ら3 )は術後早期でも気 道浮腫の症例を報告しており,本症例も術後約 4 時間で咽頭浮腫による気道閉塞を来しており,手 術後早期での気道浮腫による閉塞に関しても注意 が必要である.その初期対応に関しては原因にか かわらずマスク換気による気道確保が最重要であ ると考える.原因が血腫であれば創部開放により 気道確保につながる可能性もあるが,気道浮腫で は再挿管,気管穿刺や気管切開による早急な気道 確保が必要とされる.このような緊急時に対応で きるように脊椎外科医は気管穿刺や気管切開の手 技を習得しておくことが望まれる7 ). 危険因子は過去にさまざまな報告を認め,患者 因子と手術因子に分けられる.患者因子としては 高齢,肥満,喫煙歴,全身合併症(呼吸器疾患,心 疾患,代謝性疾患,睡眠時無呼吸症候群),外傷な ど,手術因子としては手術高位が C3/4 より上位, 多椎間手術,手術時間 5 時間以上,出血量 300 mL 以 上, 前 後 方 同 時 手 術 な ど が 報 告 さ れ て い る1 ‒ 3 )5 )8 )9 ). 術後管理や気道浮腫,再挿管予防に関する報告 はまだ少ない.Kim ら5 )は術前リスクの有無と術
後 頚 椎 X 線 側 面 像 で の paravertebral soft tissue swelling(PSTS)の程度で抜管のタイミングを決め るプロトコールを作成し,プロトコール使用群で 再挿管の頻度を減らせたと報告している.頚椎前 方手術の周術期ステロイド使用による気道浮腫予 防に関しては Shayan ら10)の 9 文献の review でも いまだ有効性に関して結論はでていない.しか し,頚椎前方手術後に限定しなければ,挿管患者 1923 人のメタ解析で抜管後の気道浮腫,再挿管予 防のためのステロイド使用が有効であることが報 告されている11).その論文ではステロイドの投与 方法は単回投与では効果がでにくく,複数回投与 でリスクを 8 割程度低減させたとしている.また 投与のタイミングと量に関しては抜管 12 時間前 からメチルプレドニゾロンを 4 時間ごとに 20 mg ずつ投与することで,気道浮腫,再挿管の頻度を 減らせたとの報告がある12). 本症例は BMI 35 以上であり併存症で糖尿病を 認め,患者因子でのリスクはあったと考えるが, 手術時間,出血量,手術高位,椎間数など手術因 子に関してリスクは少なかったと考える.さらに 術後の頚椎側面 X 線像では PSTS の腫脹はほとん どなく(図 2 ),手術後わずか 4 時間で咽頭浮腫に よる気道閉塞を来すとは予測できなかった.本症 例の経験から頚椎前方手術後の気道閉塞を術前, 術直後から予測をすることは非常に困難であると 図 1 術前後 CT 水平断像 C2 椎体レベル:a:術前 b:術後 C5 椎体レベル:c:術前 d:術後 術後に手術高位レベル(C5/6)より上位の C2 レ ベルで気道浮腫による気道閉塞を認めた. C2 レベル C5 レベル 術前 術後 a b c d 図 2 術前後頚椎側面 X 線像 a:術前 b:術直後 術直後に手術高位レベル,上位レベルともに paravertebral soft tissue swelling(PSTS)を認めてな い.
術前
a
術直後
考え,現在当院では独自の周術期管理プロトコー ルを作成し術後管理を行っている(図 3 ).患者, 手術リスクに応じて術前からステロイドを使用し ており,頚椎前方手術全例で術直後の抜管は行わ ずに ICU 管理とし,ベッドアップは約 30 度挙上 とする.術翌日抜管に向けて 12 時間前から 4 時 間ごとにプレドニン 20 mg を投与,カフリークテ ストを確認後に術翌日抜管を行い,その後さらに 24 時間 ICU 管理とし,術後 2 日目に耳鼻咽喉科 診察にて気道,声門に異常がないかを確認後に一 般病棟に帰室する厳重な管理を行っている.現在 の周術期管理プロトコールを運用してから頚椎前 方手術を施行した 33 例で気道閉塞の発生は認め ていない. しかし周術期管理プロトコール使用は気道閉塞 の発生予防への一助に過ぎないことは銘記してお くべきである.気道閉塞に至る患者の段階的な臨 床症状に関しては,声質の異常や,本症例でも呼 吸停止約 40 分前に認めた頻呼吸,四肢のふるえ, パニック様発作などが報告されている6 )13).この ような症状が気道閉塞に至る初期症状であり, SpO2や動脈血ガスデータは初期には異常を示さ ないことを,われわれ脊椎外科医はもとより初期 対応を行うことが多い病棟医や看護師に周知,教 育し,麻酔科医や耳鼻咽喉科医の協力を得ながら チーム医療で重篤な合併症の発生予防に注力して いく必要がある. 図 3 周術期管理プロトコールと病棟管理マニュアル a:周術期管理プロトコール b:病棟管理マニュアル 術前リスクのチェック 1. 体重>100kg 2. BMI>35 3. 挿管困難(麻酔科術前診察シートを参照) 4. 呼吸器合併症 5. 睡眠時無呼吸症候群 6. C3椎体含む 7. 手術時間>5時間 8. 出血量>300ml 9. 前後方手術 (+) (+) (+) (-) (-) (-) (+) (-) 術後喉頭浮腫,リークテスト 麻酔DR 術前 プレドニン 20mg 術後 プレドニン 20mg 術後 プレドニン 20mg 術後喉頭浮腫,リークテスト 手術当日 ICU ICU 頚椎前方手術は手術当日から抜管翌日までICU管理, ベットアップ30°を基本とする 抜管予定時間(原則手術翌日午前)に合わせて抜管ステロイドプロトコール 喉頭浮腫,リークテスト ICU DR 再挿管の準備して抜管 Tube exchanger使用下で抜管 プレドニン 20mg+ 抜管ステロイドプロトコ-ル 12時間前からプレドニン(20mg)を4h毎 に20mg(total:80mgでlastは抜管直前) 抜管翌日 単純XP評価 ・抜管前後に頚椎XP側面撮影 単純XP評価 ・頚椎XP側面撮影 全例,ICUから病棟帰室前に耳鼻科DRに喉頭浮腫,声帯の動きをみてもらう 翌日 病棟帰室 a 頚椎前方固定術後の整形病棟での対応 病棟看護師の対応(脊椎スタッフへの連絡要件) 緊急時の対応(Dr) 呼吸苦の持続または悪化 パニックまたは興奮状態 声質の変化,頻呼吸:特に吸気時の喘鳴や異常音,鼻が詰まったような こもり声は気道閉塞の兆候! 上記あれば,主治医,脊椎スタッフへ連絡(SaO2正常でも連絡) 救急カート用意,ソルコーテフ250mg ivの準備 麻酔科,耳鼻咽喉科Dr,ICUへ連絡:DR CPR Nasal airway挿入して,マスク換気(※) Dr:2‒3人になれば マスク換気しながら再挿管,ミニトラック挿入または創開放,血腫除去を考慮 ※ Dr1人のうちは挿管すぐには試みず,マスク換気に集中 b
文献
1 ) Epstein NE, Hollingsworth R, Nardi D et al:Can airway complications following multilevel anterior cervical surgery be avoided? J Neurosurg. 2001;94(2 Suppl):185-188 2 ) Sagi HC, Beutler W, Carroll E et al:Airway complications
associated with surgery on the anterior cervical spine. Spine (Phila Pa 1976). 2002;27:949-953
3 ) Emery SE, Smith MD, Bohlman HH: Upper-airway obstruction after multilevel cervical corpectomy for myelopathy. J Bone Joint Surg Am. 1991;73:544-551 4 ) Nagoshi N, Fehlings MG, Nakashima H et al:Prevalence
and outcomes in patients undergoing reintubation after ante-rior cervical spine surgery:results from the AOSpine North America Multicenter Study on 8887 patients. Global Spine J. 2017; 7(1 Suppl):96S-102S
5 ) Kim M, Choi I, Park JH et al:Airway management protocol after anterior cervical spine surgery:analysis of the results of risk factors associated with airway complication. Spine (Phila Pa 1976). 2017;42:E1058-1066
6 ) Palumbo MA, Aidlen JP, Daniels AH et al:Airway compro-mise due to laryngopharyngeal edema after anterior cervical spine surgery. J Clin Anesth. 2013;25:66-72
7 ) O’Neill KR, Neuman B, Peters C et al:Risk factors for post-operative retropharyngeal hematoma after anterior cervical
spine surgery. Spine(Phila Pa 1976). 2014;39:E246-252 8 ) Marquez-Lara A, Nandyala SV, Fineberg SJ et al:Incidence,
outcomes, and mortality of reintubation after anterior cervi-cal fusion. Spine(Phila Pa 1976). 2014;39:134-139 9 ) Lim S, Kesavabhotla K, Cybulski GR et al:Predictors for
airway complications following single‒ and multilevel ante-rior cervical discectomy and fusion. Spine(Phila Pa 1976). 2017;42:379-384
10) Zadegan SA, Jazayeri SB, Abedi A et al:Corticosteroid administration to prevent complications of anterior cervical spine fusion:a systematic review. Global Spine J. 2018;
8 :286-302
11) Fan T, Wang G, Mao B et al:Prophylactic administration of parenteral steroids for preventing airway complications after extubation in adults:meta-analysis of randomised placebo controlled trials. BMJ. 2008;337:a1841
12) François B, Bellissant E, Gissot V et al:12-h pretreatment with methylprednisolone versus placebo for prevention of postextubation laryngeal oedema: a randomised double-blind trial. Lancet. 2007;369:1083-1089
13) Palumbo MA, Aidlen JP, Daniels AH et al;Airway compro-mise due to wound hematoma following anterior cervical spine surgery. Open Orthop J. 2012; 6 :108-113