ユズ台およびカラタチ台温州ミカンの 生理生態学的比較に関する研究
Ⅳ ポット試験における樹体の生長ならびに
果実収量・品質の経年変化井 上
宏 Ⅰ.緒 −・般に,ユズ台温州ミカンはカラタチ台にくらべ,笛木の植付後数年間は樹体の生育がゆるやかで,結果期に入る ことも遅いが,以後は樹勢が旺盛で大樹となり,収量も多いと言われている(7,1$).安達ら(4)の調査によると植付後 10年目で樹冠容積が1.5倍,岩崎(7)の調査では30∼40年生で2倍にもなっている.しかし,これらの成袷は排水良好 を傾斜地に栽植された樹についてのものであって,平坦地で排水が必ずしも良好でないとみられる愛妖児果樹試験場 膚予分場の台木試験(9)ではユズ台の樹勢がカラタチ台より著しく劣っている.木村く8)は傾斜地におけるエ・ズ台およ びカラタチ台の30年生の温州ミカン樹の根群調査を行覆い,前者が探根性であることを認めたが,全生体韮の比牧で は後者がまさった.このことについて,木村は土壌条件が幾分両者の根群分布を制限し,とくに深根性のユ・ズ台にそ の影響が強くあらわれ,間接的に地上部の発育を抑えてカラタチ台より生育を悪くした結果になったとしてこいる. 筆名は内径66cm,探さ55cmの円筒形コンクリ・一斗ポットにユ・ズ台およびカラタチ台温州ミカンの苗木を植付け, 両台の樹体の生長をらびに果実収蓋・品質の経年変化を観察した.すなわち,ポット内に根群分布を制限した場合の ェズ台温州ミカンの生育状態をカラタチ台との比較において観察せんとしたものである.1年生濁木を植付け,12年 間栽培を続けたが,ポット栽培のためか両台ともも早樹冠の拡大を望めなくなったと判断したので,1971年秋(12年 生)の時点で−リ芯本調査を打ち切り,その間の成績をまとめた. 本実験期間中,各種の調査ヤ栽培管理に労を惜しまれをかった本研究室の専攻生ならびに研修生各位に探く感謝す る. ⅠⅠ.実験材料および方法 本来験は1960年から1971年にかけて,香川大学農学部構内ほ場において行なった.すなわち,1960年4月に1年 生のユズ台およびカラタチ台杉山系温州ミカン苗木を円筒形有底コンクリ・−トポット(内径66cm,探さ55cm)に 砂壌土をみたして,1鉢1樹ずつ定植した.なお,この際笛木を接木部より高さ30cm前後でせん足した.両台と も15樹を供試した.合計30樹を第1図のように10樹ずつ南北に配列した.列間は2m,株間も2mとした. 施肥丑は第1表のように樹齢のすすむにしたがって増加させたが,1964年(5年生)からは毎年同じ施肥鬼で,春 ・夏・秋に分施した.さらに同年から毎年2月に苦土石灰150gを施用した.チッ東涯には硫安,リン酸源には過 リン酸石灰,カリ源には硫酸カリを用いた.また,1964年からは以上とは別に池柏100gを春の施肥期に各鉢に施 用した. 1963年(4年生)より結実させた.摘果の日原を1果あたり英数20枚においたが,ほとんど摘果の必要はなく, 薄成りの年が多かった.供試樹は原則として三木主枝に整枝したが,せん定には権力手を加えないようにして最少限 にとどめ樹冠の拡大に留意した.准水は鉢内土壌を適温に保つために適宜行なったが,樹の大きくなった1963年以 降は夏季には連日湛水しなければをらなかった. 測定項目は栄蕃生長と開花・結実の二面にわたった.樹体の生長の経年変化の観察には幹周測定をもってかえた. 植付時に接木部より5cm上の部分の幹周を測定し,以後毎年12月上旬に測定を行をった.実験終了時の1971年12 月には樹商および樹冠直径を両台で比較した.両台とも樹勢が旺盛にをってきたと思われる1964および1965年には 新梢の全伸長盈を測定するとともに,翌春のせん走塁をも参考のために測定し,台木間の比較を行なった.香川大学農学部学術報告 26 第1図 ポットの配置 第1表 年 間 施 肥 嵐(1鉢あたり) 年 次 N P205 K20 施 肥 法 6∼11月に毎月分施 〝 春,夏,秋に分施 〝 〝 5 0 0 0 0 2 4 5 8 9 5 0 0 0 0 2 4 5 6 7 1960 1961 1962 1963 1964′・・■1971 0 0 0 0 0 5 00 0 5 nO l l l ‡朴花期については1966年と1967年に調査し,1967年には生理的落果の披相をも調査した.果実の収披は例年12月 上旬に−せいに行ない,収遇および果汁の品質を測定した一.果汁中の糖含二星はSomogyi新試薬法,酸含羞(クエン 酸虫で表示)は0い1NNaOHで滴足する方法を用いた.1964年と1965年には両台より100g前後の15∼20呆を選 んで,含有砂じょう数を調べた. 葉内3要素含嵐の測定は1965年と1971勾三の12月_上旬に細君果の春薬を各樹から20枚ずつ採取して行なった・N にはガンニング氏変法,Pにはモリブデン育試薬を用いる光電管比色封法,Kには烙色光度討法を用いた. ⅠⅠⅠ.実 験 結 果 1.樹体の生長 (i)幹周増加と実験終了時の樹体の大きさ 1年生首木の格付時よりの幹周の増加曲線は第2図のとおりである。根付時には幹周はほとんど変わらなかったが, その年の12月にはカラタチ台でユ・ズ台より大きく怒り,以後1966年まではカラタチ台の幹周の増加曳が常に大きかっ た.それ以降はユズ台の増加鼠が大となった.ただし,実験終了時の1971年12月の幹周の調査では両台の間に有意な 差はをかった(第2衷).また,同時に測定した樹高および樹冠商径にも有意差は認められなかった.ただ,いくらか 樹冠直径でユ・ズ台が小さい傾向がみられた小 第3図は1967年の両台の樹の状態である. (ii)植付後5,6年目の新棺伸長畳 ユズ台,カラタチ台とも樹勢が旺盛になり,結実2,3年目を迎え.た1964年と1965年に新梢の仝伸長立とを調査し,そ れぞれの翌春にせん走塁を測定した(第3,4表).両年ともカラタチ台の伸長亀が著しく多く,翌春のせん定見でも 多く浸った.1964年にはカラタチ台で夏秋枝の発接が多く,1965年にはユズ台で多かった.1樹あたりの仝若葉数は ユズ合およびカラタチ台で1964年にはそれぞれ1016枚,1906枚,1965年には1219枚,2560放であり,ユズ台での着英 数はカラタチ台のそれの半分程度であった.これらの傾向は実験終了時まで続き,ユズ台は単位樹冠容積あたりの葉
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︶ 咋・月 m 1 7 9●1 ﹁・1 0 97・ 12 ユ
19601960196119621963196419651966196719櫨1969
4 12 ユ2 12 ユ2 12 12 12 12 12 12
第2図 幹 周 増 加 曲 線(グラフ上の数字は1年間の幹周増加量(c 第2表 調査終了1馴こおける樹の大きさ 樹 高 樹冠直径 幹 周 Cm Cm Cm ユ ズ 台 165.1 135一2 17.2 カラタチ台 167−8 147.2 18小2 1 値 NS NS NS 往)NS 5%水準で有意差なし (カラタチ台) (ユズ台) 第3図 供試樹の状熊(1967)香川大学農学部学術報告 28 第3表 植付5,6年目における新棺伸長鼠 春 枝 夏秋枝 合 計 春 枝 夏秋校 合 計 Cm Cm Cm Cm Cm ユ・ズ 台 7035 49.6 753い1 688.4 296一.8 985..2 カラタチ台 1,263い5 568〃3 1,831.8 2,178.6 35..7 2,2】4.3 Cm f 値 5.4** 4.4** 5、4** 10り1** 2..7* 7.5** 注)* 5%の有意水準 **1%の有意水準 第4表 同上の翌春のせん定遇 1965年3月 1966年3月 g 63..5 156.7 台台伯 チ ズ タ ーフ ユ カ f 208‖5 576.6 4…0** 5.3** 数が常に少なかった. 2.開花・結実 (i)開花期 1966年と1967年の春に花の満開期を調査したところ,第5表のとおりで両年とも台木間で開花期の相違はまったく 認められなかった.
第5表 開 花 期
1966年 ユ ズ 台 5月26日 ±0い7日 5月22日 ±1.4日 カ ラ タ チ台 5月26日 ±1..0日 5月22日 ±1…0日 (ii)生理的落果の波相 1967年の開花前から,落曹を含めて生理的落果数を8月上旬まで調査した.半句別に落果(花)数をまとめ,金落 果(花)数を100として落果披相をえがくと,第4図のとおりである.・ユ・ズ台においては5月の6半句をピークとす る1頂曲線の波相を示したのに対し,カラタチ台では6月1半句,6月4∼5半句および7月5半句を中心にした山 をもつ3頂曲線の波相を示したが,いずれも5月下旬∼6月初旬に全落果(花)数の7∼8剖が落下した.本調査年 のユズ台は薄成りであったので1頂曲線を示したが,開花数の多い年にはカラタチ台に似た液相を示すかも知れな レ1。 (iii)含有砂じょう数 1964年と1965年の果実収穫時に南台から100g前後の15∼20果をそれぞれ選んで,それらの果実に含まれる砂じょ う数を調べた(第6表).両年とも台木による相違は認められず,2,000γ2,300の数値を示した.をお,これらの果 実についてじょうのう数をも調査したが,両年ともユズ台で10.4,カラタチ台で10.8を示し,台木間に差はなかっ た. (iv)果実の収監・品質の年次変化 1963年(4年生)より着果させ,果実収嵐の年次変化を観察するとともに(第5図),1964年よりは果汁の品質に ついても経年変化を調査した(第6図).・ユズ台での1樹平均の着果数は着果2年目の1964年から1969年まで30∼40 果で,年による変動は少なかった.樹間の変動はカラタチ台よりはげしかった.−・方,カラタチ台では着果3年目の1965年に120果の着果を示したが,それ以後は次第に果実数を減じた.いずれの台木でも1969年以降は前述の幹周の
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10 15 20 25 31 5 10 15 20 25 30 5 10 15 20 25 31 5 10 日
l 5・−Jト+6_−」 」一−__7−−」 L8」 月
第4図 生理的落果の披相 第6表 砂 じ ょ う 数 1965年 供試果実重 砂じょう数 供試果実重 砂じょう数 g g l()1.4 1962 111.5 2332 109.2 2082 109.7 2213 NS NS NS NS 増加および収盈の面からみて樹勢が衰え.たことを示すものと思われる.1963年より1971年にわたる累積収遺は1樹あ たりユ・ズ台で24kg,カラタチ台で49kgであった.1果平均重は着果数の関係もあってか,平均してユズ台で大き かった. 果汁の品質の変化をみると着果4年目の1966年にユズ台,カラタチ台とも全糖含蓋および酸含蓋が最高となった. それ以後は全糖含意はほとんど変わらず,酸含意はわずかに低下した.台木問では1964年を除き糖含意は常にカラタ チ台で高く,酸含蕊はユズ台で高かった.したがって,甘味比はカラタチ台でユ・ズ台より高くをった. (Y)1果あたりの薫数の多少と果実の品質 前項の果実の品質の年次変化は供試樹全体の平均値で示されたものであるが,1果あたりの英数との関係で左右さ れる品質が,さらに台木によって変わるのでは凌いかと考えた.そこで,1965年の成般より1果あたりの英数が20枚 未満と,40枚前後の樹を両台から3本ずつ選び出して,第7真にまとめた.すをわち,南台とも着果数の多少により 新棉の伸長盈には差は認められなかったが,1果あたりの柴数が多くなると果実は大きくをり,着色は劣った.果実 比重および果皮歩合には−・定の傾向は認められをかった.果汁の品質では両台とも1果あたりの乗数が多いと糖倉見 が減り,酸含意が多くをった.1果あたりの英数を同じにして比較しても,ユズ台で酸含鬼は多くなった.をお,前 項でも述べたように果汁中の糖含量は平均するとユ・ズ台で常に低かったが,1果あたりの葉数を20枚前後にすると糖 含意はかなり高くなった.香川大学鹿学部学術報告 30
1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971年
第5因 果実収盈の年次変化
% 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0%4
3 0%点 l 1964 1965 1966 1967 1968 1970 1971年 第6図 果汁品質の年次変化 第7表1果あたり基数の多少と果実の品質(1965) 1呆あた 新梢伸長童 1 果 潜色 果 実 果皮 り 英数 春 枝 夏秋枝 計 平均重 歩合 比 重 割合 全糖 Cm Cm Cm g % ユ ズ 台 37い2 868..3 183.0 1,051い3 113‖3 6小8 0い843 36り4 19‖6 977..8 0 977..8 88‖6 9…9 0=824 39.3 カラタチ台 35い7 2,153‖5 3.0 2,156…5 125−3 6り8 0い829 32.7 19..1 2,258小0 16.0 2,274.0 98.7 9い3 0.856 32い5 6 4 7 7 4 6 3 7 0 2 5 3 3 2 2 9 1 1 1− 0 7 1 6 00 9 8 6 1 5 7︰4 7︰ 注)着色歩合は完全着色果を10,緑色果を0として示したい 3.薫内3要素含量 1965年と1971年の両年の12月上旬に採蒸して,その恭内3要素含克をみた(第8表). 1965年にはNとK倉見には両台の間に有意差はなかったが,P含羞はカラタチ台で高かった.1971年にもN倉並に は有意差を認めをかったが,P含虫はカラタチ台で,K倉並はエ・ズ台で高かった. 両年を比較すると,1971年には 1965年より南台ともN,P含盈ほ低くなり,K含量は高くをった.香川大学農学部学術報告 32 第8表 薬 内 3 要 素 含 量 1965年 197】年 N P K N P K % % % % % % ユ ズ 台 3.42 0.16 0..95 2.62 0.12 1.41 カラタチ台 3.36 0.18 0..93 2.75 0…14 1.20 吉 備 NS 2.74* NS NS 3.12** 2.44* ⅠⅤ.考 察 1.ユズ台温州ミカンの樹体の生育および果実収盈とポット試験の関係 カラタチ台の温州ミカンが浅根性であり,エ・ズ台のそれが探根性であることを普通種では木村(9)が,早生種では平 松・飛騨(6)がすでに調査し,報告している.最近の園芸試験場久留米支場(11)の成紙でも,ユズ台はカラタチ台にく らべて採種性を示しており,この点ではその他の多くの報文とも一・致するところであるが,地上部を含めた樹体の発 育患は必ずしもユ・ズ台がまさるものばかりではをい.愛媛県果樹試験場南予分場(9)の25年生樹の台木試験成級では, 地下部の調査は行なわれていないが,樹容楷・果実収畠ともユズ台でカラタチ台の1/2に過ぎをかった.この成蹟に っいて薬師寺(14)は同試験を行をった土地が水田転換園ではあるが,湿気が多くてユズ台の生育が劣ったのかどうか は明らかでないとしている.しかし,地下部に問題があることは確かである.ユズは前述のように探根性に加えて, 耐水性がカラタチよりも弱く(1,10),栽放された土地によって探根性を十分発揮し得ない場合は,エ・ズ台の生育が優 れないことも考え.られる.木村(8)もユ・ズ合およびカラタ車台温州ミカンの根群調査でこのことを指摘している. ほ場試験にくらべ規模が小さい2,3の実験成頂からユ・ズ台とカラタチ台の樹体の生育および果実収量の比較を行な ってみよう.佐藤ら(12)は直径39cmの植木ばちに3年生から5年生まで3年間生育させたところ,エ・ズ台の新棉伸 長患および果実収盈はカラタチ台の1/2程度にすぎなかった.安達ら(8)は内径75cm,探さ60cmの無底のコンクリ ートわくで3年生から6年生まで栽培し,4年間の新梢伸長盈の合計と幹周肥大蕊で樹体の生育を比較したところ, 両台木間に顕著な差を認めなかったが,果実収蒐は明らかにエズ台で少なかった.一男,1.8mXl.8m,深さ1mの コンクリ・−トわくに笛木を植えつけ,4年生から9年生まで両台の樹体の生長と果実収塩を比唆した成兢(5)では,ユ・ ズ台がカラタチ台より優った.これらは同一・条件で根群分布の広さのみを異にした実験でないので速断でき、凌いが, 根群分布を抑制した場合にはユズ台でカラタチ台より生育が妨げられるのではをいかと考える.本実験でも内径66 cm,探さ55cmのポット内で栽培したため,12カ年間も栽培を続け樹齢がすすんだにもかかわらず,ユズ台はカラ タチ台より樹体の生育・果実の収量ともすぐれをかった.したがって,ユズ台がその特性を発揮して樹勢が旺盛にな り,大樹とをるためには,探根性を十分発揮できる土壌条件を与えねばをらないと考える.探根性が発揮されれば, 山本ら(15)も観察しているように晩秋期の根群の活動の終止期も遅くなり,カラタチ台より樹勢が強くをる原因をつ くるであろう. 2.ユズ台温州ミカンの果実の品質 ユ.ズ台温州ミカンの果実の品質はカラタチ台に劣り,果汁中の糖含盈少なく,酸含長が多ぐて甘味比が低い(18〉. 本実験でも結実1年目を除き6年間の果汁分析の成撥はユズ台の果実で糖含丑が低く,酸含盈が高い傾向を示した. 岩崎(7)も述べているように果実の品質は樹勢からくる二次的なものが多く,上述の傾向と一哉しない報告(8・5)も認め られるが,本実験で1果あたりの若葉数の近い二つのグループで台木間の比較をしたところでも酸含盈は同じ傾向を 示した(第7表).したがって,少をくともユズ台で酸含盈が多いという傾向は本台の特性ではないかと考える.た だ,この酸含盈は施肥とくにリン酸肥料と大きく関係するので(る〉,土壌中で移動しにくい肥料形態のものを用いた場 合には根群分布域の異をる二つの台木の果実の品質の比較に一腰の傾向とは−・致しない場合のでることも十分に理解 できるところである.
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3.ユズ台温州ミカンの葉内3要素含盈 徳島県果樹試験場が行なった県下のユズ台温州ミカンの葵分析調査(2)によると,3要素ではNとK含盈がカラタチ 台よりも高かった.本実験の結果では,N含量には台木による差を認めなかったが,1971年の成兢でK含盈がユ・ズ台 で高かった.佐藤ら(12)はユズ台の葉にマグネシウム欠乏症の発生しやすい理由として,ユ・ズ台の樹体内にカリ含盈 が高いため葉へのマグネシウムの移行が困難となることをあげている.ただ,12年間にわたるポットによる本試験で はマグネシウム欠乏症は南台とも発生しなかった. Ⅴ.摘 要 1.ユズ台およびカラタチ台温州ミカン(杉山系)の1年生苗木を内径66cm,深さ55cmのコンクリートボッl、 に植付けて,12カ年間栽培し,根群の分布をポバ、内に制限した場合の樹体の生長ならびに果実収量・品質の経年変 化を観察した. 2.・ユ・ズ台の樹体の生長はカラタチ台よりも劣った. 3.開花期,生理的落果の披相および果実内の含有砂じょう数は台木によって変わらなかった. 4.果実の収塵はカラタチ台では植付け5年冒に最高に達し,以後樹齢のすすむにつれて減少した.コ・ズ台では4 年目に最高に達し,数年間はあまり変わらなかったが,累積収蓋はカラタチ台の約半分であった. 5。・ユズ台の果実の糖倉見はカラタチ台より低く,酸含意は高かった. 6.・ユ・ズ台の無着果の春草内のP倉見はカラタチ台より低く,K含羞は高かった. 文 (1)安達義正,中川正視:徳島果試研報,1,1−23 (1967).
(2)+
,中島芳和,堀金正巳:昭和32年度果 試研年報,145−146(1959)(3)+
,+,+ :国学雑35(2), 98−105(1966).(4)+
,音井格:中四国ブロック会議資料 (1966)(5)+
,大和浄国:徳島果試研報,1,25−37 (1967) (6)平松文一・,飛弾元暁;蘭学雑,10(1),52−61 (1939). (7)岩崎藤助:柑橘栽培法.66−73,東京,朝倉書店 (1954). 献 (8)木村光雄:園学雑,12(3),179−193(1941). (9)円木忠志,船上和音;昭和35・36年度果試研年 報,63−64(1963). (10)桧本和夫:園研集録,5,65−68(1951). (11)奥代直巳,岩佐俊吉,小園照雄,松尾 平,横尾 宗敬,大崎 守;園試報,D2,ト26(1964). (12)佐藤公一,石原正義,長谷嘉臣:園試報,A2, 29−46(1963). (13)高橋郁郎:柑橘,195−197,東京’,養賢堂(1958)‖ (14)薬師寺清司:柑橘栽培新説,105,東京,養賢堂 (1962). (15)山本弥栄,森岡節夫,真鍋 礼:徳島果試研報, 2,15−30(1969)‖香川大学農学部学術報告 34
COMPARATIVE PHYSIOLOGY AND ECOLOGY ON THE GROWTH
OF SATSUMA ORANGE TREES ONJUNOS AND TRIFOLIATE
ORANGE ROOTSTOCKS
IV・YearlyChangesintheGrowth,YieldandFruitQuality
oftheTrees Plantedin Pots
HirOShiINOUE
Sllmmary
l.One−year−01d Satsuma orangetreeSOnJunos(Curu5juno5SIEB…eXTANAKA)andtrifoliate
Orange(Ponciru∼irybliaia RAF”)rootstocks were plantedinpots(66cmindiameter,55cmin
depth)in1960.Theywere observedfor12year・Sunti1197lonthetreegrowth,yieldand丘uit
quality.
2.The trees onJunos rootstocks were not so vigorous as the trees on trifbliate orange
rootstocks.3.Flowerlng time,physiological丘uit drops and number ofjuice sacsper fiノuit were not
afftctedbytherootstock
4”YieldontrifbliateorangerOOtStOCksreachedthemaximuminthefifthyear,anddecreased
graduallywithadvancedtreeage… ThehighestyieldonJunosrootstockswasobtainedinthe
fourthyear,andthereaftertheyielddidnotchangeforseveralyears・However,thecumulative
yieldofJunosrootstockswasonlyhalfof’thatofthetrトifo1iateoranger・00tStOCks・
5・・Sugar contentin fiuitjuice fンomthetr・eeSOnJunosrootstockswaslower thanthaton
trifo1iateorangerOOtStOCks,andthereversetendencywasfoundinacidcontent
6・Phosphatecontentofspringleaveswaslower,and potassiumcontentwashigheronJunos
rootst9Cksthanontrifo1iateorangerootstocks・
(1972年6月5日 受理)