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奄美五感塾参考資料 2 日目 ( 担当者岩田 屋我 野口 ) さきばる Ⅰ. 奄美市立崎原小 中学校 校舎 3 階からの風景 学校概要 崎原小学校 中学校は 2007 年度で全校生徒 9 名からなる小中併設の学校です 崎原地区は奄美市街地の東南方向 12km に地点にあり, 太平洋を見下ろす海抜 1

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奄美五感塾 参考資料 一日目

(担当者 永松、高橋、志手)

1.鶏飯

1609 年、奄美大島は、薩摩藩の支配をうけるよ

うになって藩役人が、たえず往来するようになり

ました。

純朴な島の人々は南海の荒波を渡りくる藩の役

人を鶏飯でもてなしたと伝えられています。

別名、殿様料理の名をつけられているように、

鶏飯は材料選びから、調理に手間をかけてつくら

れる、島の代表的なもてなし料理です

2.田芋(方言名・ターンム)

サトイモ科

「田芋」は沖縄では「ターンム」と呼ばれています。

水田の中で子芋を次々と増やす事から、子孫繁栄を連想させ

沖縄では、正月や盆などの行事料理には必ず入っています。

概要・歴史

原産地はインド東部からインドシナ半島にかけての熱帯地方であり、一般的なサトイモ

の二倍体変種。草丈は 1.5-2m になり、根茎(球根、厳密には球茎)は長さ約 15cm の紡錘

形となる。親芋の周囲に子芋や孫芋ができるが、一般的なサトイモとは異なり子芋や孫芋

は食用に適さず親芋を食用とする。芋茎(ずいき)や若い葉も食用となる。赤茎種と白茎

種とがあるが、主として白茎種が栽培されている。専用の水田で栽培されることもあるが、

稲田の脇で栽培されることが多い。但し稲田の下流では品質が悪くなるとされる。水中で

栽培するためネズミやモグラに食べられることがなく、台風にも強いため非常用の食糧と

して重宝されている。

南西諸島の自生植物ではなく人間によって持ち込まれた植物であり、一部野生化してい

るものもある。特別な道具を使わずに木の棒一本で栽培・収穫することができ、水田に植

えたままで貯蔵できるなど利用しやすい作物であることから、南西諸島において稲作に先

立って広く栽培されていたと考えられている。加熱すると一般的なサトイモより粘り気が

あり、各地でタイモを潰して餅状にした料理が作られている。色は薄紫色で、味は八頭に

似ている。米の餅の原型であったとする説もある。

(2)

奄美五感塾 参考資料 2 日目

(担当者 岩田、 屋我、 野口)

Ⅰ. 奄美市立 崎原

さきばる

小・中学校

【学校概要】

崎原小学校、中学校は、2007 年度で全校生徒 9 名からなる

小中併設の学校です。

崎原地区は奄美市街地の東南方向12kmに地点にあり,太

平洋を見下ろす海抜170mの大地に位置しています。

【沿革】

崎原小・中学校の歴史は古く、

明治39 年小湊小学校の分教場 と

して設立、昭和 20 年 小湊小学校より独立し、崎原国民学校と

して命名、その後、改名や独立・分校などを繰り返し、昭和 37

年現在の小中併設の学校となっています。

鹿児島県奄美市立崎原小学校

鹿児島県奄美市立崎原中学校

住 所

〒894-0776

鹿児島県奄美市名瀬大字崎原 44 番地

電話番号

0997-52-9900

FAX 番号

0997-53-2628

E-mail

[email protected]

小学校児童数

(2007 年度)

1 年(1 名) 2 年(2 名)

5 年(1 名) 6 年(1 名)

計 5 名

中学校生徒数

(2007 年度)

1 年(2 名) 2 年(2 名)

計 4 名

校舎 3 階からの風景

【特色】 色々な交流を含め、特色ある教育を実施しています。

ふるさと体験留学生受入れ〔小〕

(2007

年6月)

名瀬小2名・朝日小1名・奄美小1名・伊津部小1名の5

名を受け入れ、田平川探検や炭焼き体験,釣り大会などの学

習活動を実施しています。他校から来た留学生たちのそれぞ

れの良さに気づきながら,自分たちのこれからの課題を考え

ることができたそうです。

職場体験学習〔中〕

(2007 年 7 月)

ブックス十番館,スポーツショップしまかわ,ミスタ

ードーナツ奄美大島ショップ,さくら保育園に生徒1名

ずつ受け入れて頂き、あいさつや礼儀,人との接し方,

仕事の難しさや楽しさ等,多くのことを肌で感じ充実し

た体験学習を実施しています。

<はあごろ太鼓>

平成 16 年 5 月 15 日に崎原小中学校にて結成されたグループ

(3)

<8 月踊り>

8 月踊りとは、旧暦 8 月に新穀を供え先祖を祀り,豊作を祈る 8 月祭りの際の踊りを指す。祭りの起源は、奄

美で大災害が発生した際、当時の琉球王からアドバイスを受けて実施したのが始まりとされる。踊りには、主

に以下の3つがあります。

①ヤーマワリ(家まわり)

・・・集落全戸の庭先で踊る

②ミヤーおどり・・・村の守護神が祀られている場所の前で、円になって踊る

③ヨーハレ・・・踊りながら行進する

Ⅱ. 奄美少年自然の家

【全体概要】

奄美の豊かな自然の中で、大型野外活動や天体観察・海洋研修などを通じ、

心身を鍛えるとともに深い感動を体験できます。

また、生涯学習の拠点としての役割を果たしています。

・所在地 : 〒894-0043

鹿児島県奄美市名瀬大字朝仁字赤崎 1096-2

TEL : 0997-53-1032

【施設の概要】

1. 敷地総面積 : 22846.00m

2

2. 建物延面積 : 3052.85m

2

3. 宿泊定員 : 200 人

4. 施設・設備等

① 管理棟内 : 研修室,保健室,印刷室

② 宿泊棟内 : 宿泊室,和室研修室,リーダー室

談話室

③ 食堂ホール

④ 大浴場 : 浴室(男女各 30 人)

⑤ 体育館 : バレーボール,バトミントン,卓球台等

⑥ 屋外施設 : 野外トイレ,天体観察研修棟,キャンプ場,

自然観察コース,オリエンテーションコース,

海洋、海浜研修場・・・等

【施設略図】

(4)

奄美少年自然の家周辺施設>

1. あかさき公園

【全体概要】

市街地の北側に位置する丘の上の公園で眺めがよく、家族が楽しめる場所です。

・場所 : 奄美自然の家から約 0.7km

2. 奄美博物館

【全体概要】

奄美に関する資料の調査研究や収集保存、情報発信を担う施設として、1987

年 7 月に開館。

「黒潮の流れに生きる」をテーマに、奄美の歴史・自然・文化・

など、資料が数多く展示されている。又、作家尾家敏雄に関する資料も数多

く展示されています。

・料金 : 大人 300 円

・場所 : 奄美自然の家から約1.1km

・営業時間 : 9:00~17:00

Ⅲ. 名瀬・島ラジオ「ディ!ウェイヴ」

【放送局「あまみエフエム」

、愛称「ディ!ウェイヴ」】

・・・・・・2007年5/1開局

・ロゴで使われている”島ラジオ”は、島ンチュの、島ンチュによる、島ンチュのためのラジオ、という意味が込め

られています。

・コミュニティFMとは?

今までの、県をカバーする放送エリアの県域FMとは違い、原則として一つの市区町村を放送エリアとする、地

域密着型の FM 放送です。県域 FM よりも少ない費用で開局することができ、総務省から超短波放送免許をうけ、

20W 以下の出力で電波を送信します。ちなみに、ディ!のアンテナは山の上、名瀬クリーンセンターの近くに建っています。

島ラジオ(あまみ FM)は、島ンチュによる、島ンチュのためのメディアです。

島ラジオは、島ンチュが島の情報を知り、 島の文化を支え、島の楽しいことや大事なことを語る媒体です。

島ラジオ(あまみ FM)は、これからの島づくりの起点となるものです。

(島ラジオホームページより抜粋)

ゆぶぃニング・アワー(情報ワイド番組)

情報イベントコーナーに出演

(5)

Ⅳ. 島唄の味 吟亭

(島唄を聴けるお店)

島料理を食べるお店メニューもあるが島料理ならばお任せすると次々に料理がでてくる。

ここのお店の特徴はお任せの島料理と店主の松山美枝子さんが島唄を披露してくれる。

松山美枝子さんは自身のCDもだしていて島唄を唄い続けている。

【島料理の品々】

アサオと貝の汁

島の野菜ハンダマ

豚の煮物

島らっきょ

薬草のかき揚げ

近海の魚

(6)

奄美五感塾 参考資料 3日目

(担当者 中吉、木下、美澄、姫野)

1.奄美自然学校 永江 直志(ながえ なおし)氏

奄美大島生まれ。奄美自然学校の代表。フリープランで奄美大島のガイド(自然体験、生き物ウ

ォッチング、釣り、カヌー等)を行っている。奄美大島の自然を知り尽くしており、旬の奄美を体

感させてくれる。下見では、奄美の川、海、山(滝)を体感させて頂きました。

2.宇検村(うけんそん) 湯湾岳(ゆわんだけ)

奄美群島最高峰の湯湾岳(標高 694.4m)。島建て伝説二

神はこの地に降り立ったといわれている碑が立っている。

ここ湯湾岳には、古代から生き続けている動植物が多数見

られる。アマミノクロウサギをはじめケナガネズミ、アマ

ミトゲネズミ、ルリカケス

※1

、オオトラツグミ、アカヒゲ

等天然記念物のほか、リュウキュウアセビ、アマミヒイラ

ギモチ等、固有種の植物も多く、頂上付近全体が、昭和

43 年に国の天然記念物、同 49 年に国定公園特別保護地区

に指定されている。

※1:鹿児島県の県鳥

<出典:宇検村ホームページより>

3.大和村(やまとそん) 国定公園 ヒエン浜

ビーチロックや珊瑚礁が形成する変化に満ちた海岸

で、浜には荒波に磨かれた玉石が散在し、背後に群生

するアダンとの調和した美しい所。

<出典:大和村ホームページより>

4.奄美市(あまみし) 名瀬(なぜ) 大熊(だいくま)漁港

カツオ船の母港。

宝勢丸鰹漁業生産組合の加工販売所があり、カツオのぼりが上がっていれば、営業中。

下見では、カツオの水揚げを見ることができました。また、奄美の海の幸を堪能させて頂きました。

湯湾岳

ヒエン浜

少年自然の家

大熊漁港

奄美空港

(7)

奄美五感塾 参考資料

4 日目

(担当者 片山(正)、敷田、細田)

1.大島紬

・本場大島紬の定義

昭和49年5月に公布施行された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律に基づき、昭

和50年に本場大島紬も、「伝統的工芸品」の指定を受けて法的な定義されています。定義

内容は、下記の通りです。

(1)先染め、平織りである事。

(2)カスリ糸のカスリ合わせが手作業によって行われ、カスリ紋様を出した物である事。

(3)カスリ糸の染色法は、「織締め」技法である事。

(4)本場大島紬に使用する糸は絹に限る事。

・本場奄美大島紬の証し

本場奄美大島紬の製品はすべて一反ごとに、地球のマークと本場奄美大島の文字が織口

に織込まれてあり、かつ地球印の商標が必ず貼られています。また泥染には泥染証紙が草

木染めには草木泥染証紙が別に貼られていて、本場奄美大島紬であることを証明していま

す。

(8)

・大島紬ができるまで

1.図案

大島紬の図案はすべて糸の密度にあわせ、織物設計をした上で方眼紙

の上にえがかれていく。大島紬はまずこの図案作成からはじめられる。

2.のり張り

ばた)で絣を織込むためには、必要な本数をそろえ糊で

締機(しめ

固めておかなければならない。絣糸は反数によって糸の本数をそろえ

イギス・フノリなどをつけ、日光で十分乾燥させる。

3. 締機(しめばた)

大島紬の特徴は精巧な絣の美にあるが、その秘密は締機(しめばた)

にある。他の産地が糸くくりや板締を用いているのに対し、奄美では

この締機を用いている。縦糸の綿糸で図案に合わせながら絹糸を強く

締めないときれいな絣はできない。がから締機は力の強い男の仕事で

ある。

4.テーチ木染

大島紬の生命とも言うべき泥染めにはその前提としてテーチ木染

めが必要である。まずテーチ木の幹と根を小さく割り、大きな釜で約

14時間煎じその汁でおよそ数十回も繰返して染めるうちテーチ木

のタンニン酸によって糸はしだいに赤褐色に変わっていく。

5.泥染

テーチ木の樹液で20回染め泥田で一回染めを一工程として、これ

を3~4 回繰返すことによりテーチ木のタンニン酸と泥の鉄分とが科

学結合して糸はやわらかくろなされ、決して化学線料では合成し得な

い独特の渋い黒の色調に染め上がる。

(9)

6.加工

一口に加工と言われる工程は締や染色を除く、機織りのための準

備工程を言い細分化すると28工程にものぼる作業工程がある。主

なものは整経・糸繰り・部分脱色・摺込み染色・絣むしろほどき・

綾ひろいなどである。

7.手織

締は力のいる男の仕事であるが、織は根気のいる女の仕事だ。高

機による手織りで一糸一糸心をこめて織られていく。およそ7セン

チほど織っては経糸をゆるめ一本一本たんねんに針で絣を合わせる。

8.検査

織りあげられた大島紬はすべて本場奄美大島紬協同組合の検査

場に持込まれる。

ここではこの道数十年のベテラン検査員が、長

さ・織幅・絣不揃い・色ムラ・織キズ・量目不足など18項目に及

ぶ厳重なチェックを行い、合格不合格を決定している。

出典:本場奄美大島紬協同組合ホームページ、奄美大島紬村ホームページより

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2.西郷南洲 謫居跡

明治維新で活躍し、西南の役で自刃した西郷隆盛は維新前、薩摩藩主島津公の怒りをか

い潜居の身となったが、最初の流謫地龍郷では、奄美大島唯一の名門郷士格竜家出身の愛

加那と結婚し、近所の子供たちに学問を教えたり、すもうをとったりして島の人々に敬愛

されたといいます。

竜家二男家の娘愛加那は、流謫の身であった、西郷隆盛と安政六年(1859年)結婚

しました。愛加那は22歳で西郷は33歳の時でした。

当時、奄美諸島は島津氏の征縄役の結果、琉球から分割されて薩摩藩に属し代官制によっ

ておさめられていましたが、薩摩藩の代官には島妻(アンゴ)という妾制度が認められて

いました。西郷はすでに結婚していましたが、愛加那は島妾とは少し違う立場にあったよ

うです。二人の仲は円満で、藩主久光公の命により西郷が鹿児島に帰るまでの3年3ヶ月

の間に長男菊次郎、長女菊子の二人に恵まれました。その後二人の子供は西郷本家に引き

取られ、愛加那は孤独な生涯を送ったようです。

長男、西郷菊次郎は、長じて台湾宜蘭庁長官、京都市市長にもなった人物です。

西郷南洲 謫居跡 愛加那(あいかな)

出典:龍郷町商工会ホームページより

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