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文化庁事業 Dr. りえのおしゃれなクラシック の実施による小学校音楽鑑賞教育法の研究 (1) 平井李枝 宇都宮大学教育学部紀要 第 65 号第 1 部別刷 平成 27 年 (2015)3 月

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宇都宮大学教育学部紀要

第65号 第1部 別刷

平成27年(2015)3月

文化庁事業「Dr.りえのおしゃれなクラシック」の

実施による小学校音楽鑑賞教育法の研究(1)

平 井 李 枝

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文化庁事業「Dr.りえのおしゃれなクラシック」の

実施による小学校音楽鑑賞教育法の研究(1)

by Concerts given in the Title of “Japan. Dr. Rie, The Graceful Muse.”

on the project of Agency for Cultural Affairs, Japan. Vol.1.

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1.はじめに

 本研究は、小学校での音楽鑑賞教育について、筆者が実際に小学校を訪問し、演奏会を開催する ことにより研究を行ったものである。  文化庁では「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」を平成25年度まで、平成26年度からは「文 化芸術による子供の育成事業」という事業を行っている。この事業の芸術家の派遣は、「小学校・ 中学校等に個人又は少人数の芸術家を派遣し、子供たちに対し質の高い文化芸術を鑑賞・体験する 機会を確保するとともに、芸術家による表現手法を用いた計画的・継続的なワークショップ等を実 施する事業」1とされており、「子供たちの豊かな創造力・想像力や、思考力、コミュニケーション 能力などを養うとともに、将来の芸術家や観客層を育成し、優れた文化芸術の創造に資することを 目的としている。」2  筆者はピアニスト、ソプラノ歌手として、文化庁から全国の学校に派遣され、各地で「Dr.りえ のおしゃれなクラシック」と題する演奏会を開催している。  「Dr.りえのおしゃれなクラシック」は、平井李枝が博士ならではの知識を活かし、難曲をわかり やすく解説しながらピアノを演奏し、またオペラのアリアや歌曲などを披露するスタイルで行われ る。  世界の様々なピアノ曲や声楽曲を聴き、音楽を通して世界の国々への興味を引き出したり、日本 及び世界で活躍する講師(平井李枝)の、音楽との出合いや今の活動についての話を通して、児童 が将来に向けて夢を持つことや、夢の実現に向けて努力することの大切さを理解するコンサートと して、全国の学校で先生方や子どもたちから好評を得ている。  また子どもたちへの歌唱指導も行い、豊かな感性を育み、日本の素晴らしさを理解し、愛校心を 育てるコンサートとして全国の学校で高評を得ている。平成25年度は43公演行い延べ20000人が鑑 賞し、平成26年度も継続して開催している。3  各小学校の管理職の先生方や現場の先生方から寄せられる意見として、音楽鑑賞の方法がわから ないという声が多い。そこで、本研究では、小学校における音楽鑑賞の方法を、筆者が「Dr.りえ のおしゃれなクラシック」演奏会にて多種多様なアプローチ方法を実施し、その効果を研究する。 児童の反応は、筆者が演奏会実施時に観察するほか、児童からの感想文、現場教員からの感想、ま 1 文化庁「文化芸術による子供の育成事業」パンフレットより 2 文化庁「文化芸術による子供の育成事業」パンフレットより 3 これまでの実施校は付録に記載。

文化庁事業「Dr.りえのおしゃれなクラシック」の

実施による小学校音楽鑑賞教育法の研究(1)

A Study on Music Appreciation in Elementary Schools by Concerts given

in the Title of “Japan. Dr. Rie, The Graceful Muse.”

on the project of Agency for Cultural Affairs, Japan. Vol.1.

平井 李枝

HIRAI Rie

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た客観的な分析としては演奏会の写真やビデオ録画を用いる。  本研究の特徴として、演奏者が研究者本人であること、音楽鑑賞の対象者が小学校1学年から6 学年までの全校児童であること、実施対象校が全国各地であることが挙げられる。また演奏会とい う形式上、基本的に各楽曲は一度のみの鑑賞となる。一度のみの鑑賞をより印象深くするための方 法を実践検証することで、小学校の音楽授業の限られた時間の中でどのように鑑賞させるか、小学 校での鑑賞授業の合理的な実践方法を導き出すことができる。 「Dr.りえのおしゃれなクラシック実施風景」

2.様々な目的による鑑賞

 本項目では「Dr.りえのおしゃれなクラシック」の、様々な目的を持った鑑賞について、例を挙 げて述べる。 2.1 世界の国々への興味を引き出す鑑賞  筆者がスペイン音楽の研究で博士号を取得したことから、スペイン音楽を取り上げている。ま ず、スペインの国について知っているかどうかを問いかけると、8割ほどの児童が挙手する。そこ で世界地図を掲示し、日本の位置とスペインの位置の確認を行う。その後に、演奏楽曲についての 解説を行う。筆者の専門であるエンリケ・グラナドスはスペインのバルセロナで活躍した作曲家で ある。この作曲家の魅力を解説する前にバルセロナについて質問すると、地名だけは耳にしている ことが多い。そこで、より児童の興味を引き出すため、バルセロナのサッカーチーム、「FCバルセ ロナ」とサッカー選手メッシ等の名を挙げてから、知っているかどうか挙手を求めると、格段に挙 手の確立が高くなる。さらに偶然にもFCバルセロナのユニフォームを着用している児童を発見で きた場合にはその児童に起立を促し、他の児童に披露することによって、バルセロナに対する認識 が深くなることが明らかになった。このような前置きを踏まえたうえで、グラナドスについての解 説を行うと、児童が興味を持つ。グラナドスはスペインの作曲家であるが、児童にとっては初めて 触れる人物であるので、現在もし健在であったら何歳かというように、児童がより身近に感じられ るよう配慮した。グラナドスは146歳ほどであるのでそのように解説すると、「ひーひーひーおじい さんくらいかなぁ」と考える姿が多く見られた。グラナドスは《演奏会用アレグロ》の作曲におい 写真1 歌曲の鑑賞 (平成26年5月24日佐賀県武雄市立朝日小学校) 写真2 ピアノ曲の鑑賞 (平成25年10月4日佐賀県武雄市立若木小学校)

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て、ピアニストの技量を最大限に発揮できるよう、豪華絢爛なテクニックを駆使した書法を用いて いる。児童の音楽鑑賞においては、難解な書法の解説は無用であるので、鑑賞のポイントを1点に 絞ることにした。題名の「アレグロ」の意味について考える鑑賞を行う。演奏の前にアレグロの意 味を知っているかどうか挙手を求めると、学校にもよるが、たいてい3割以下の挙手率である。そ こでアレグロの意味について、「速いか遅いかのどちらかですので、演奏を聴いて考えてみましょ う」と鑑賞のポイントを提示する。速いか遅いかという速度のみの質問であるので、低学年から高 学年までいずれの学年でも可能である。演奏を行うと、筆者の指の動きや音色から感じ取る速度に ついて、児童からそれぞれ小さい声で思うことをつぶやく姿が見られた。演奏終了後、口々に述べ る感想はどれも質問に対する正解である。「今の曲を聴いてアレグロの意味がわかったかな?速い と思った人、遅いと思った人」というように、質問に対する答えを挙手させると、9割9分の確立 で「速い」の方に挙手する。ごくまれに「遅い」に挙手する児童がいた場合には、速い箇所をより 際立たせるために遅い部分もみられる作曲法であることを解説し、疑問点を払拭することにした。 このように、鑑賞のポイントを明確にすることで、難解な楽曲も興味を持って鑑賞することができ ることが明らかになった。 譜例1 《グラナドス 演奏会用アレグロ》冒頭 2.2 外国語に親しむ鑑賞  スペイン語の歌詞を持つ楽曲を児童にどのように鑑賞させるか、筆者はアマポーラの歌唱で検証 を行った。ラカリェ作曲のアマポーラは、テレビコマーシャルなどでもしばしば使用されるスペイ ンの有名な歌曲である。スペイン語については全く触れたことのない児童がほとんどであるが、興 味をもって鑑賞させるために、解説を行うことにした。アマポーラは花の名前で、日本語では「ひ なげし」であることを述べると、ひなげしを知っている児童は1割にも満たない。そこで英語では ポピーであることを述べると、2割ほどの児童が挙手をする。愛の歌であるスペイン語の歌詞の意 味を説明し、鑑賞のポイントを伝える。外国語の歌曲であるためここでも、前述のグラナドスのピ アノ曲同様鑑賞のポイントを1点に絞ることにした。歌詞の途中に出現するYo te quieroというス ペイン語を聴き取るように指示した。Yo te quieroはヨ テ キエーロと発音する。私はあなたが 好きですという言葉の意味を解説すると「よっ!手 消えーろ!」と自らの手を見ながら満面の 笑みで発音を行う児童が多く見られた。アマポーラを演奏し、歌詞にYo te quieroが現れると、笑 写真3 「アレグロの意味、わかったかな?」 (平成25年10月10日東京都江戸川区立西小松川小学校)

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顔になったり、隣の児童と顔を見合わせたりしながら、鑑賞する姿が確認できた。演奏終了後に Yo te quieroを聴き取れたかどうか確認すると、約9割の児童が挙手することが明らかになった。 また感想文などからもスペイン語の歌詞が理解できたことの喜びを読み取ることができた。このよ うに、未習の外国語であったとしても児童にとって身近な言葉を限定的に聴き取らせることによっ て、興味を引出し、外国への関心を深めることができる。 2.3 時間の流れを感じ取る鑑賞  スペインの舞台音楽からマヌエル・デ・ファリャの作品を取り上げた。ファリャは前述のグラナ ドスと同時代の作曲家であり、グラナドスを鑑賞した後の児童にとっても関連が明確な存在となっ ている。ファリャのバレエ音楽《恋は魔術師》はファリャ自身によってピアノ独奏版としても発表 されている。舞台作品としての物語性を鑑賞のポイントに設定した。  《恋は魔術師》は13曲から構成される楽曲であるが、その中でも特に〈火祭りの踊り〉が有名で ある。筆者は〈火祭りの踊り〉とその導入にあたる〈真夜中〉から引き続き演奏を行うことにして いる。〈真夜中〉について、児童に夜中の12時であるということを確認し、楽曲内に真夜中の鐘が 12回なることを解説する。ここで筆者は鐘の音色がどのように1回と数えるかをピアノで実際に奏 して見せた。物語は12時に鐘が鳴り、呪文を唱える。そして〈火祭りの踊り〉が始まる。着火さ れた炎が小さくなったり大きくなったりする様子と村人が悪霊を追い払うために踊る様子をイメー ジしながら鑑賞するように指示した。演奏が始まると、鐘の音を指折り数える姿が確認でき、不気 味な呪文の音色では神妙な面持ちとなっていた。〈火祭りの踊り〉が始まると、独特のリズムやト リル奏法などを興味深く鑑賞していたことが感想文やビデオから明らかになった。児童たちはお化 けに関することを好むようで、悪霊も同様であり、悪霊と村人の対決という構図を想像していたよ うである。ある小学校ではあまりに熱心に鑑賞し情景を想像するあまり、楽曲の終わりごろ後ろの ドアからそっと入場された副校長先生をお化けと勘違いし、大騒ぎになった。このような事例は、 鑑賞前の解説を真剣に聞いていたことを実証するものである。  ピアノの演奏を聴きながら時間の経過と物語を想像し鑑賞する際も、なるべく児童にとって理解 しやすい情景を選択することで、より興味をもって鑑賞させることができる。 写真4 アマポーラについての解説 (平成25年7月18日東京都杉並区立杉並第一小学校) 写真5 スペインに関する質問に対する挙手 (平成26年5月29日東京都杉並区立杉並第一小学校)

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2.4 絵画と関連した音楽の鑑賞  近代音楽の作曲家には、絵画からの印象による作品も数多く見られる。筆者はグラナドスやド ビュッシーの作品を用いて、絵画と音楽が関連した鑑賞を行った。グラナドスはスペインの画家、 フランシスコ・デ・ゴヤの絵画からの印象によるピアノ作品を残している。《ゴイェスカス》とい うタイトルの曲集は、ピアニストの試金石ともいわれるほど音楽的にも技巧的にも難曲である。そ の中で《エル・ペレレ》はゴヤのタペストリーからの印象で作曲されており、超絶技巧の非常に明 るく楽しい楽曲である。日本訳では「わら人形」とされることが多いが、日本人にとって「わら人 形」は「呪い、五寸釘」などの悪いイメージをもたらす存在としてとらえられることが多く、それ は教員や児童にとっても同様である。そこで筆者は題名を原題のスペイン語のままカタカナで表記 し、イメージの固定概念を払拭することにした。「エル・ペレレ」とは藁で作られた等身大の男性 人形に服を着せ、年ごろの女の子が大きなブランケットを数人で広げ、その中央にエル・ペレレを 置いてトランポリンのように跳ね上げるスペインの伝統的な遊びである。この情景を描いたゴヤの タペストリー絵画をスライドなどで児童に見せながら、グラナドス自身が述べている楽曲について の物語を解説する。その後演奏を行うと、作曲者の意図がゴヤの絵画の印象とともに児童に受容さ れ、非常に印象深くなることがわかり、感想文には絵画の世界が音楽で表現されていたことを感じ たことや、もう一度聴きたいというものが多く見られた。また絵画と音楽の関わりから、美術に興 味を持つ児童も現れたことが明らかになった。  「Dr.りえのおしゃれなクラシック」では美術作品と関連のある楽曲として、グラナドスの《ゴイェ スカス》の他、ドビュッシー作曲の〈金色のさかな〉なども取り上げている。前述の〈エル・ペレ レ〉と同様の方法で解説しながら演奏を行い、児童たちからは、情景描写と音楽の構成に関する具 体的な感想が得られている。 譜例2 《恋は魔術師》より〈真夜中〉冒頭 写真6 〈真夜中〉〈火祭りの踊り〉を鑑賞 (平成25年11月20日東京都板橋区立若木小学校)

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2.5 日本の魅力を感じ取る鑑賞  筆者は2012年内閣官房国家戦略室より「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」プロジェク トの63人の一人に選出された。本プロジェクトは日本の強み、魅力、日本的な価値の対外的な情報 発信を通じて、海外の一人でも多くの方に日本の良さ、日本人の人となりや美徳などを理解してい ただくための目的を持つ。国際社会で顕著な活動を行い、世界で『日本』の発信に貢献した人が選 出された本プロジェクトで、筆者は、クラシック音楽のピアノ、ソプラノとして選出され、国家よ り日本ブランドの象徴としてのロゴマークを授与された。ロゴマークには日の丸と桜のモチーフ、 そして筆者自身を象徴するキャッチフレーズ「Japan. Dr. Rie, The Graceful Muse」が付けられて いる。このロゴマーク(図1)は筆者が海外及び日本において演奏活動に使用するためのものであ る。筆者は海外や駐日大使館などでのコンサートにて日本の魅力を発信する楽曲として、日本人作 曲家の作品も演奏し、このような活動は海外メディアでも報道されている。その中で《幻想曲「さ くらさくら」》は特に好評を得ている。  そこで「Dr.りえのおしゃれなクラシック」でも日本の魅力を感じ取る鑑賞教材として平井康三 郎4作曲の《幻想曲「さくらさくら」》を演奏している。  本研究では日本の小学生にも《幻想曲「さくらさくら」》の鑑賞を行い、どのようなアプローチ でより印象を深めることができるかを検証した。  《幻想曲「さくらさくら」》は平井康三郎が日本古謡「さくらさくら」をモチーフに、日本の情景 を織り交ぜて作曲したピアノ曲である。鑑賞の前に児童たちに「さくらさくら」の古謡について問 4 作曲家 平井康三郎(1910-2002)は筆者平井李枝の祖父。 写真7 絵画を見ながらの鑑賞〈エル・ペレレ〉 (平成25年10月30日川崎市立柿生小学校) 写真8 〈金色のさかな〉の鑑賞 (平成26年5月15日東京都大田区立久原小学校) 図1 ロゴマーク

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いかけた。「さくらさくら」を知っている人との問いかけには、4割ほどの児童が挙手する小学校 が多く見られた。そこで、筆者が「さくらさくら」のメロディーを歌唱すると、ほぼすべての児童 が挙手するようになった。これは題名だけでは思い浮かばない楽曲が、筆者の歌唱によって記憶が 呼び起こされたことを示している。「さくらさくら」は小学校音楽共通教材として4年生で学習す る楽曲であるが、幼少時より親しんでいる児童がほとんどであることがわかる。児童が「さくらさ くら」の楽曲を理解した後、作曲者が楽曲に込めた願いなど、筆者が平井康三郎から直接伝授され たことを児童に解説した。日本の伝統楽器である箏の響きを模倣していること、中間部では低音部 に祭り囃子の太鼓の音色が低音部で奏され、高音部にて笛の音色が模倣されていること、楽曲の終 わりでは、桜がはらはらと舞い散る様子が表されていることなどである。このような解説の際、言 葉のみで解説を行ったときと、重要なモチーフをピアノにより演奏しながら解説したときを比較す ると、前者はイメージのみで楽曲の途中の重要なモチーフを認識できなかったのに対し、後者はほ ぼ全ての児童が重要なモチーフを鑑賞中に聴き取ることができた。さらに、外国曲と日本の作品と を比較し、それぞれの良さを理解することができた。  このことから、鑑賞前の解説では鑑賞のポイントを明確にし、その音楽的な特徴を少しずつ音に して聴かせておく事が重要であることが明らかになった。この方法により児童は鑑賞の際にポイン トと合致する箇所を見つけ出し、より具体的な内容を感じ取る鑑賞が可能になる。 2.6 愛校心を高める音楽鑑賞  「Dr.りえのおしゃれなクラシック」では実施校の校歌を必ず演奏し、全校児童とともに歌唱す る。演奏会を機会に、校歌の歌詞の意味などを改めて考え、作詞者や作曲者の思いや願いを感じな がら歌唱することで、校歌に対する愛着を深めている。校歌を歌唱することで学校を愛する心情を 育て、全校で声を合わせて作り上げる響きの美しさやすばらしさを体験している。また、校歌につ いてより深く知るために、作詞者や作曲者の校歌以外の作品を取り上げ児童とともに歌唱も行っ た。この場合は、自分たちの校歌を作った人物の偉大さを感じ、校歌の価値を認識し、より尊敬と 愛着の念を持って歌唱できるようになったことが感想文などから読み取ることができる。 写真9 開校記念日を校歌で祝う(中央に筆者) (平成25年11月21日東京都世田谷区立松沢小学校) 写真10 開校記念式典での校歌斉唱        (筆者の指揮による) (平成25年11月30日東京都中央区立佃島小学校)

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3.教科を超えた音楽鑑賞

 「Dr.りえのおしゃれなクラシック」では、音楽以外の教科と連携した鑑賞も行っている。以下に その例を挙げる。 3.1 国語  国語教育との連携を試みた鑑賞では、日本歌曲の楽曲と歌詞に着目し、児童の興味を引き出し た。 石川啄木「やはらかに 柳あをめる 北上の 岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」  東京都世田谷区では独自のカリキュラムにて国語の発展的な科目として「日本語」が設置されて いる。上記の石川啄木の短歌は小学校2年生の「日本語」の教科書に掲載されている。「Dr.りえの おしゃれなクラシック」の実施以前に、日本語の授業で当該短歌を学習し、その後コンサートにて この短歌を歌詞として用いている楽曲を取り上げた。  作曲家である平井康三郎は日本歌曲「ふるさとの」において石川啄木の歌集「一握の砂」より2 編を歌詞に用いている。1番は「ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は あり がたきかな」そして2番の歌詞に上述の短歌「やはらかに・・・・」を使用されている。鑑賞前の 解説で、歌詞を筆者が読み上げると、「知ってる!知ってる!」という声が全校児童から上がった。 そこで、歌詞を知っている児童に挙手を求めると、約8割の児童が挙手した。このうち挙手しな かった2割は未学習の1学年児童であった。「ふるさとの」の独唱を行う前に、石川啄木と作曲者 の平井康三郎の関係、楽曲ができた経緯などを解説し、鑑賞に移った。楽曲演奏中は静かに聴き入 り、2番の歌詞になると頷きながら聴いている姿が見られた。演奏が終わると、「この曲歌ってみ たい!」との感想が得られ、全校児童が同意賛成したため、全校で、もう一度「ふるさとの」を歌 唱することになった。「ふるさとの」は平井康三郎が芸術歌曲として作曲したため、音域が広く、 メリスマによる長いフレーズが特徴の難易度の高い楽曲である。また東京芸術大学音楽学部声楽科 をはじめとする音楽大学声楽科の入試やコンクールの課題曲にしばしば選出されたり、声楽家によ るリサイタルなどで頻繁に演奏されている楽曲である。このような難曲であるにもかかわらず、児 童たちは意欲的に「ふるさとの」の歌唱に取り組み、2回の歌唱で歌えるようになった。児童の感 想文などからも、他教科で既習の作品と音楽の関連に興味を深めた様子が伺えた。  一方、今までに一度も当該楽曲の短歌に触れたことのない世田谷区以外の小学校での実施では、 意欲的に鑑賞はするものの、児童たちの感想は、「声が高くてきれい」や「良い曲だった」という 抽象的なものが多く見られ、全体的に難易度の高い高尚が楽曲であるという受け入れが見られた。  このような事例から、難易度の高い楽曲も他教科の授業との連携を図ることで、児童にとってよ り身近なものとして受容され、鑑賞の際の印象も具体的なものとして受け入れらることが明らかに なった。 3.2 図工  「Dr.りえのおしゃれなクラシック」の実施に当たっては、実施校で事前、または事後に図工の授 業との連携も見られた。実施前の事例では、コンサート会場となる体育館のステージ上の吊看板の 作成などが上げられる。筆者の名前を入れた「ようこそ」は、絵の具による絵画的手法、色紙をち ぎって形を作るちぎり絵、貼り絵などさまざまな手法が見られた。また舞台装飾としては、薄い色

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紙を何枚も重ねて作る色とりどりの花や、ひまわり、蝶などのモチーフなども見られた。これら は、コンサート実施前図工の授業で、製作を行う学年の技量に合わせた形で取り組まれていた。  コンサート実施後の連携としては、コンサートの絵を描く授業が行われていた小学校が多く見ら れた。ここではコンサートで印象に残った楽曲とその演奏シーンを一枚の紙に描く方法が用いら れ、児童が絵の下に文章で解説を書いていた。主に小学校低学年児童を対象に行われることが多 く、筆者のドレスやピアノ、照明器具や舞台装飾などを詳細に描かれていた。また、ある学校では 「Dr.りえ先生のドレスデザインコンテスト」と題する筆者のドレスのデザインコンテストが行わ れた。当該小学校では3回の実施と140周年記念式典の計4回演奏会を実施したため、次回のコン サートで筆者に着用を希望するドレスの色とりどりのデザイン画が全校児童から届けられた。その 中の1点については、デザインを参考に140周年記念式典にて着用することとなった。このような コンテストにより、将来の進路がデザイナーになった児童も数名見られ、音楽鑑賞が図工や美術と 関連し、進路にまで結びついた一例となった。 3.3 社会  さまざまな作品を演奏する前に解説を行う方式で「Dr.りえのおしゃれなクラシック」は進行さ れるが、作曲家についての解説では、出身国や活動していた国々、また楽曲作成過程における時代 背景など社会科の分野と関連する内容も多い。音楽を通して、世界の国々への興味を引き出した り、作曲年代などから世界史などへ関連することで、音楽と地理、音楽と歴史などの連携的な鑑賞 が可能である。 3.4 道徳  音楽を通して、道徳的な教育と連携する鑑賞では、「あきらめない心」を育てる楽曲として児童 から人気が高い楽曲の一例を挙げる。平井丈二郎5作曲《かざぐるま》は1971年に作曲されたピア ノのための作品である。この楽曲は、小学生の子供たちがピアノのレッスンにおいて指を早く動く ように訓練するために作曲されており、かざぐるまが回るスピードと練習成果が比例の関係になっ ている。初歩の段階ではゆっくりのスピードでしか演奏できないが、あきらめずにコツコツと根気 よく練習を行うと、最終的に楽譜に記載された速い速度での演奏が可能となる。筆者が演奏の前 に、初歩段階での遅いスピードでの《かざぐるま》を8小節ほど実演する。その後、指を早く動か すための練習方法を3種類実演する。その後、本来の速度での演奏に移行する。児童たちは筆者の 指の動きと音色に感嘆し、自らの指をピアノを弾いているかのごとく早く動かしたり、かざぐるま が回っている様子をイメージして糸車のように両手をぐるぐる回したりしながら鑑賞している姿が 確認された。このように練習過程を実演することで、児童たちは筆者が《かざぐるま》の演奏を完 成させるまでの努力を体感し、何事においてもあきらめずに練習を続け努力を積み重ねることに よって、不可能もいつか可能になる日が来るという教訓を感じ取っていたことが感想文から明らか になった。 5 平井丈二郎(1939-)ピアニスト、ジュリアード音楽芸術博士、東京藝術大学名誉教授。筆者の父。

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4.むすび

 本研究では、文化庁事業によるコンサート「Dr.りえのおしゃれなクラシック」を通して、小学 校音楽鑑賞の様々な教育方法を実践し、その効果を検証してきた。「Dr.りえのおしゃれなクラシッ ク」は鑑賞のめあてが明確であるため児童が演奏に引き込まれていると、現場の先生方から感想が 寄せられる。「めあて」を明確にした鑑賞を行うためには、鑑賞前の解説が非常に重要であること が明らかになった。どのような楽曲であっても、これから聴く曲は良い曲であるという期待感を持 たせること、そして児童にとって楽曲をより身近な存在にすることが鑑賞に向かう雰囲気づくりの 上で重要である。初めて聴く楽曲は難易度に関わらず作詞者や作曲者に関連することの情報を、な るべく児童の経験や知識と関連させることで、より興味を引き出すことができる。また聴きどころ を説明する際は、単に言葉だけでなく、ピアノなどで重要ポイントの旋律などを聴かせておくこと が重要である。めあてを明確にすることにより、児童はポイントの出現を心待ちに鑑賞することが でき、集中した鑑賞態度につながるのである。  音楽鑑賞は国語、社会、図工、道徳などさまざまな教科と連携した鑑賞を行うことが可能であ る。音楽を聴くことが児童の学校生活の他教科と関連付けられることで、児童にとっての音楽鑑賞 がより意義深いものとなる。音楽鑑賞をきっかけとして、自国の芸術文化や自分の学ぶ学校の素晴 らしさを体感したり、世界に視野を広げ、様々な分野への興味を引き出したり、夢を持つことや努 力の大切さなどを学ぶという多岐にわたる効果が認められ、音楽鑑賞の潜在価値が明らかになっ た。  小学校児童の音楽鑑賞能力を高めることは、想像力を高めるなどの情操教育としての価値だけで なく、聞く態度の向上、聞いて理解する能力の向上など学校生活全体において非常に重要な要素の 向上の可能性を持っている。  今後も「Dr.りえのおしゃれなクラシック」の実施により、音楽鑑賞方法を実践し考察するとと もに、小学校教育現場で即戦力となる合理的で応用可能な鑑賞方法の研究を続けることにしたい。

参考文献・引用楽譜

平井康三郎     1964 『平井康三郎 名歌曲集 1』 東京: 音楽之友社       『幻想曲「さくらさくら」(全音ピアノピースNo.297)』東京: 全音楽譜出版社. 平井丈二郎 『かざぐるま(全音ピアノピースNo.425)』 東京: 全音楽譜出版社. 平井丈二郎;平井李枝(編)    2008 『グラナドス 演奏会用アレグロ』 東京: 全音楽譜出版社. 譜例3 《かざぐるま》冒頭

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   2008 『グラナドス スペイン舞曲集』 東京: 全音楽譜出版社.    2009 『グラナドス ゴイェスカス』 東京: 全音楽譜出版社.    2009 『グラナドス 詩的なワルツ集』 東京: 全音楽譜出版社.    2012  『ファリャ バレエ曲《恋は魔術師》作曲者によるピアノ独奏版 解説付』 東京: 全音楽譜出版社. 文化庁「文化芸術による子供の育成事業」事業パンフレット

付録

「Dr.りえのおしゃれなクラシック」実施校(平成26年度実施分まで、順不同) 東京都板橋区立若木小学校 東京都江戸川区立西小松川小学校 東京都大田区立久原小学校 東京都北区立堀船小学校 東京都北区立十条台小学校 東京都葛飾区立奥戸小学校 東京都江東区立香取小学校 東京都江東区立第五大島小学校 東京都杉並区立杉並第一小学校 東京都品川区立上神明小学校 東京都世田谷区立城山小学校 東京都世田谷区立世田谷小学校 東京都世田谷区立太子堂小学校 東京都世田谷区立代田小学校 東京都世田谷区立松沢小学校 東京都世田谷区立花見堂小学校 東京都中央区立佃島小学校 東京都目黒区立下目黒小学校 東京都練馬区立大泉南小学校 東京都練馬区立豊渓小学校 東京都中野区立大和小学校 神奈川県川崎市立生田小学校 神奈川県川崎市立柿生小学校 神奈川県川崎市立百合丘小学校 神奈川県横浜市立滝頭小学校 神奈川県横浜市立並木第一小学校 神奈川県茅ヶ崎市立鶴嶺小学校 神奈川県茅ケ崎市立茅ヶ崎小学校 神奈川県寒川町立一之宮小学校 千葉県船橋市立咲が丘小学校 千葉県船橋市立船橋小学校 新潟県村上市立猿沢小学校 石川県金沢市立金石町小学校 高知県いの町立伊野小学校 高知県越知町立越知小学校 高知県南国市立赤岡小学校、赤岡保育園 高知県南国市立吉川小学校、吉川みどり保育園 高知県南国市立赤岡中学校 高知県高知県立城山高等学校 高知県香南市立岡豊小学校 高知県土佐市立高岡第一小学校 高知県土佐市立高岡第二小学校 高知県土佐市立戸波小学校 山口県宇部市立厚南小学校 福岡県みやま市立上庄小学校 福岡県みやま市立本郷小学校 佐賀県武雄市立武内小学校、武内保育園 佐賀県武雄市立若木小学校、若木保育園 佐賀県武雄市立朝日小学校

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参照

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