はじめに Nuck管水腫は,女性における鼡径部膨隆の原因 疾患のひとつであり,治療は,外科的切除が第一 であるが,前方アプローチによる外科的切除が多 く,近年,腹腔鏡アプローチでの報告例が散見さ れる. 今回,われわれは,中年女性のNuck管水腫に対 して,術前にNuck管水腫の局在を画像検査にて確 認し,前方アプローチにて手術を施行した1例を 経験したので,術式の選択に関して,文献的考察 を加えて報告する. 症 例 患 者:54歳,女性. 受付:2015年9月24日,採用:2015年12月26日 連絡先 宮内竜臣 〒116-8567 東京都荒川区西尾久2-1-10 東京女子医科大学東医療センター外科 主 訴:右鼡径部の膨隆. 既往歴:特になし. 家族歴:特記すべきことなし. 現病歴:2014年4月頃から右鼡径部の膨隆を自 覚するようになり,特に症状はないため様子をみ ていたが,徐々に増大してきたため,10月に当科 を受診した. 現 症:右鼡径部に40mm大の腫瘤を触知した. 圧痛はなく,境界は比較的明瞭で,弾性硬.還納 は不能であった. 血液生化学検査:特記すべき異常所見は認めら れなかった. 腹部超音波検査:右鼡径部に,隔壁を有する39 ×37mm大のcystic massを認めた(Fig. 1 ).境界 明瞭で辺縁平滑であり,後方エコーの増強あり. 明らかなヘルニア門は描出されなかった. 腹部CT検査:右鼡径部に,35mm大の単房性囊 胞性腫瘤を認めた(Fig. 2a ).腹腔との明らかな 内容要旨 患者は54歳の女性.約半年前から右鼡径部の膨隆を自覚するようになり,徐々に増大してきたため, 当科を受診.右鼡径部に40mm大の腫瘤を触知し,超音波検査およびCT検査にて,右鼡径部にcystic massを認め,Nuck管水腫疑いの診断となった.比較的短期間で増大してきており,子宮内膜症や悪 性疾患の可能性が否定できないため,診断的治療目的に手術の方針となった.画像検査にて,Nuck管 水腫が内鼡径輪より腹腔側へ広がっていることはないと判断し,前方アプローチにて手術を施行した. 病理組織学的所見は,Nuck管水腫の診断であった. Nuck管水腫の治療は,外科的切除が第一であるが,近年,腹腔鏡アプローチでの報告例が散見され る.しかし,腹腔鏡手術の合併症として,Nuck管水腫の増悪があることを考慮すべきであり,安易に 腹腔鏡アプローチを選択するのではなく,術前にNuck管水腫の局在を画像検査にて確認し,術式を選 択することが重要であると思われた. 索引用語:Nuck管水腫,前方アプローチ,腹腔鏡アプローチ
症例報告
中年女性のNuck管水腫の1例
流山中央病院外科1),東京女子医科大学東医療センター外科2)宮内 竜臣
1)2)宮木 陽
1)2)井田 在香
1)2)山口健太郎
2)塩澤 俊一
2)碓井 健文
2)久原浩太郎
2)河野 鉄平
2)成高 義彦
2)Fig. 1 Ultrasonography shows a septated cystic mass, 39 mm× 37 mm in size, in the right inguinal region.
Fig. 3 Operative findings reveal a cystic mass protruding from the superficial inguinal ring. Fig. 2 a: Abdominal computed tomography shows a cystic mass (arrow) 35 mm in di-ameter in the right inguinal region. b: The cystic mass (arrow) has no communication with the abdominal cavity. a b 交通は認められなかった(Fig. 2b ). 以上より,右Nuck管水腫疑いの診断となった が,比較的短期間で増大してきており,子宮内膜 症や悪性疾患の可能性が否定できないため,診断 的治療目的に手術の方針となった.画像検査にて, 内鼡径輪より腹腔側へ広がっていることはないと 判断し,前方アプローチにて手術を施行した. 手術所見:全身麻酔下,仰臥位にて手術を開始 した.右側鼡径靭帯より一横指頭側に,皮膚割線 に沿って約3.5cm長の皮切をおいた.皮下組織およ び浅筋膜を切開し,外鼡径輪より突出する腫瘤を 認めた(Fig. 3 ).鼡径管を開放し,腫瘤を周囲組 織から剝離した.腫瘤は,末梢側では盲端となっ ており,中枢側では索状化していた.中枢側へと 剝離をすすめ,内鼡径輪まで剝離した(Fig. 4 ). 明らかなサックは認められなかった.内鼡径輪の 辺りで,索状化した腫瘤と子宮円索とが強固に癒 着していたため,腫瘤を子宮円索とともに,内鼡 径輪の高さで刺通二重結紮切離した.鼡径管後壁 は脆弱ではなく,また,内鼡径輪は小さかったた
Fig. 4 Dissection of the cystic mass in the deep inguinal ring.
Fig. 5 The resected specimen shows a 40 mm × 25 mm multilocular cyst. め,Marcy法にて修復した.閉創し,手術を終了 した. 摘出標本:40×25mm大の多房性の腫瘤(Fig. 5 ) で,内容物は淡黄色の漿液性の液体であった. 標本内容物の細胞診:ClassⅠ. 病理組織学的所見:Peritoneal tissue, consistent with Hydrocele of the canal of Nuck. 脂肪織や神経・血管束が介在する疎な線維性膜 状組織で,一部にリンパ球浸潤巣と陳旧性出血像 がみられるが,異所性内膜症の像は認めなかった. また,特異的な炎症性疾患や腫瘍性増殖を示唆す る所見は認めなかった. 術後経過:術後経過は良好で,術後2日目に退 院.現在,外来通院中であるが,再発なく経過し ている. 考 察 Nuck管は,17世紀のオランダの解剖学者Anton Nuckにより,腹膜鞘状突起が開放したままになっ たものであると記載されている1).通常,生後1年 以内に閉鎖するが,閉鎖されずに遺残し,囊胞を 形成して内部に液体が貯留すると,Nuck管水腫と 呼ばれる.腹膜鞘状突起は,子宮円索とともに鼡 径管を通り大陰唇へと至るため,Nuck管水腫は, 鼡径部だけでなく,外陰部にも発症する.腹腔と の交通がある交通性と,交通がない非交通性に分 類され,交通性は小児発症例に多く,非交通性は 成人発症例に多いとされている. 「Nuck管水腫」,「ヌック管水腫」をキーワード に検索した志賀ら2)の報告によると,2013年3月ま での本邦での報告は会議録を含め73例と少ない. 報告例が少ない理由としては,鼡径ヘルニアとし て手術されNuck管水腫と認識されなかった可能 性,バルトリン腺囊腫や外陰部囊胞と診断され婦 人科で治療されている可能性が示唆されている. 症状は,腫瘤触知および膨隆で,疼痛を伴うこ ともある3).鼡径部に発症するものがほとんどで, 女性における鼡径部膨隆の原因疾患のひとつであ る.女性における鼡径部膨隆の原因疾患としては, Nuck管水腫以外に,鼡径ヘルニア,大腿ヘルニ ア,子宮円索静脈瘤,鼡径リンパ節炎,流注膿瘍, 鼡径部子宮内膜症,鼡径部の腫瘍などがある4)~8). 理学所見のみでは鑑別は難しいが,超音波検査や CT検査などの画像検査にて,比較的容易に診断さ れる.子宮円索の走行と一致する囊胞性腫瘤とし て描出され,内容の均一な漿液性成分を示唆する 画像を呈する4)9).しかし,悪性疾患でも同様の画 像を呈した報告例があり6),正確な診断および治療 が重要であると考える. そのため治療は,外科的切除が第一であり,囊 胞を損傷することなく完全切除し10),術後の詳細 な病理組織学的検討が必須である11).また,鼡径 ヘルニア合併例や内鼡径輪の開大例では,従来の 鼡径ヘルニア手術に準じて修復を行う.術式につ いては,山野ら12)の報告によると,2003年から2011 年までの成人症例で詳細が明らかな20症例中,前 方アプローチが17例,TEPP法が2例,TAP法と 前方アプローチの組み合わせが1例であった.こ のように,前方アプローチによる外科的切除が多 いものの,腹腔鏡アプローチでの報告例が散見さ れる.腹腔内からのアプローチではヘルニア囊と
腫瘤の関係が把握できないことや完全切除が困難 である可能性があるために,前方アプローチによ る切除が推奨される13)との意見や,子宮内膜症と の合併などを考慮すると腹腔鏡下手術は不適当で あると考える4)といった,腹腔鏡アプローチに対し て否定的な意見がある一方で,Nuck管水腫が内鼠 径輪よりも腹腔側に広がっている場合,腹膜外腔 からの確認と切除が容易なTEPP法が有用であっ た12)との意見や,腹腔側に伸展したNuck管水腫を 損傷することなく完全に切除するためには腹腔鏡 が極めて有用であった10)といった,腹腔鏡アプロー チに対して肯定的な意見もある.しかし,腹腔鏡 手術を契機に,潜在化していたNuck管水腫が顕在 化した報告例がある2).通常安全域とされる腹腔内 圧10mmHg以下であっても,鼡径ヘルニアやNuck 管水腫が潜在していた場合,腹腔鏡手術によって 増悪する可能性があると報告しており,腹腔鏡手 術の合併症として,Nuck管水腫の増悪があること を考慮すべきである. Nuck管水腫の局在についてみてみると,先の山 野らの報告によれば,詳細が明らかな20症例中, 鼡径管外(恥骨付近)が3例,鼡径管内が14例で, この17例は前方アプローチが施行されており,そ の他の3例は全て,内鼡径輪より腹腔側へ広がる 症例であり,腹腔鏡アプローチ(前方アプローチ 併用を含む)が施行されている.内鼠径輪より背 側の腹膜前腔は術野が深く損傷せずに切除するの は困難であった10)との報告がある通り,Nuck管水 腫が内鼡径輪より腹腔側へ広がる場合には,前方 アプローチでの切除は困難であり,腹腔鏡アプロー チが有用と思われる.そのため,術式の選択には, Nuck管水腫の局在を画像検査にて確認し,内鼡径 輪より腹腔側へ広がっていない症例では,前方ア プローチを選択し,広がっている症例では,腹腔 鏡手術の合併症としてのNuck管水腫の増悪がある ことを考慮しつつ,腹腔鏡アプローチ(前方アプ ローチ併用を含む)を選択することが重要である と考える.本症例では,画像検査にて,Nuck管水 腫が内鼡径輪より腹腔側へ広がっていることはな いと判断し,前方アプローチにて手術を施行した. 囊胞を損傷することなく,完全切除しえた.また ヘルニア門は小さかったため,Marcy法による内 鼡径輪縫縮にて修復した.その後,再発や対側の 発症なく経過している. Nuck管水腫の治療は,外科的切除が第一であ り,囊胞を損傷することなく完全切除し,術後の 詳細な病理組織学的検討が必須である.近年,腹 腔鏡アプローチでの報告例が散見されるが,腹腔 鏡手術を契機に,潜在化していたNuck管水腫が顕 在化し,増悪する可能性があるため,腹腔鏡手術 の合併症として,Nuck管水腫の増悪があることを 考慮すべきであり,安易に腹腔鏡アプローチを選 択するのではなく,術前にNuck管水腫の局在を画 像検査にて確認し,術式を選択することが重要で あると思われた. 利益相反:なし 文 献 1) 相川直樹,青木継稔,青木 藩,他:南山堂医学 大辞典.第17版,南山堂,東京,1990,p1486 2) 志賀尚美,宇都宮裕貴,石橋ますみ,他:腹腔鏡 手術を契機に顕在化した子宮内膜症を伴うNuck 管水腫の1症例.日産婦内視鏡会誌 29:168-172, 2013 3) 澤田雄宇,矢加部茂,伊藤修平,他:右下腹部痛 にて発症したNuck管水腫の1成人例と本邦報告 例の検討.医療 62:347-349,2008 4) 上山 聰,小林達則,里本一剛,他:鼠径部痛で 発症したNuck管水腫の一例と本邦報告例の検討. 外科治療 103:205-209,2010 5) 浅井陽介,中村利夫,倉地清隆,他:鼠径ヘルニ ア嵌頓との鑑別が困難であった子宮円索血栓性静 脈瘤の1例.日臨外会誌 67:1409-1412,2006 6) 伊藤元博,土屋十次,立花 進,他:Nuck管水 腫内に発生した類内膜腺癌の1例.日臨外会誌 71:2145-2149,2010 7) 唐國公男,木内亮太,砂山健一,他:鼠径部に発 生したperivascular epithelioid cell tumorの1例. 日臨外会誌 72:510-515,2011 8) 佐々木省三:右鼠径部にNodular histiocytic/me-sothelial hyperplasiaと子宮内膜症を併発した1 例.日外科系連会誌 32:87-90,2007 9) 佐藤雅彦,島田長人,鈴木孝之,他:Nuck管水 腫の1例.日外科系連会誌 29:797-800,2004 10) 坂本一喜,山口智之,片岡直己,他:腹腔鏡が診
断と切除に有用であった成人Nuck管水腫の1例. 日臨外会誌 72:2654-2658,2011 11) 村上英嗣,緒方 裕,内田信治,他:成人にて発 症した子宮内膜症を伴ったNuck管水腫の1例.日 臨外会誌 74:1388-1391,2013 12) 山野武寿,池田義博,仁科拓也,他:腹腔鏡下鼠 径ヘルニア修復術(TEPP法)が有効であった成 人Nuck管水腫の1例.日臨外会誌 73:2099-2103,2012 13) 窪田公一,田中知博,纐纈真一郎:成人のNuck 管水腫内に発生した子宮内膜症の1例.日臨外会 誌 74:1092-1095,2013
A Case of Hydrocele of the Canal of Nuck in a Middle-aged Female
Tatsuomi Miyauchi1)2), Akira Miyaki1)2), Arika Ida1)2), Kentaro Yamaguchi2),
Shunichi Shiozawa2), Takebumi Usui2), Kotaro Kuhara2), Teppei Kono2)
and Yoshihiko Naritaka2) 1)Department of Surgery, Nagareyama Central Hospital 2)Department of Surgery, Tokyo Women’s Medical University Medical Center East A 54-year-old woman presented to our hospital with a progressive swelling in the right inguinal re-gion for last 6 months. On palpation of the region, a 40 mm palpable mass was detected, which was confirmed to be cystic in character by ultrasonography and computed tomography. A primary diag-nosis of a possible hydrocele of the canal of Nuck was made. But the rapid growth of the mass prompted a diagnostic and therapeutic resection of the mass to rule out endometriosis or a malignant disease. After confirming by imaging studies that the mass did not extend through the deep inguinal ring to the extraperitoneal space, we planned a resection by an anterior approach. The pathologic ex-amination confirmed our primary diagnosis. Surgical resection is the first treatment of choice for the hydrocele of the canal of Nuck. Recently, its resection by a laparoscopic approach has been reported. However, a careful consideration should be made when choosing laparoscopic surgery, because of the possibility of worsening of the hydrocele. In addition, the preoperative imaging studies for the localization of the hydrocele of the canal of Nuck are important in selecting the most suitable surgical procedure.
Key words: hydrocele of the canal of Nuck, anterior approach, laparoscopic approach