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契約当事者に対する不法行為責任 : アメリカ法における不誠実な契約違反という不法行為 利用統計を見る

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契約当事者に対する不法行為責任

―― アメリカ法における不誠実な契約違反という不法行為 ――

目 次 1. はじめに 2. 不誠実な契約違反という不法行為 ! Bad Faith Breach of Contract " アメリカ法における請求権競合 3. 若干の比較法的考察−日本法への示唆− 4. むすびにかえて

1.は じ め に

アメリカ法上,保険契約の分野で一定の契約違反を独立の不法行為として理 論構成することが行われている。これを不誠実な契約違反(Bad Faith Breach of Contract)といい,保険会社が保険金を支払わないために,あるいはその他保 険契約者に不利益な行為をしたために,保険契約者が被った損害を契約違反と してではなく,不法行為として賠償請求することを認めるものである。契約違 反に対して「不法行為」としての救済を与えるものといえる。 この不誠実な契約違反という不法行為については,すでに保険法上の議論と して紹介・検討がなされたところであり,1)またアメリカ契約法上の「契約を破 る自由」に対する例外を示すものとの視点からの検討もなされている。2)本稿 は,この不誠実な契約違反という不法行為について,請求権競合問題のひとつ の局面を示すものとして検討を加える。不誠実な契約違反という問題は保険契 約の契約違反を問題とするものであるから,第一義的には契約法上の債務不履

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行の問題として処理すべきものと思えるところ,アメリカ法においては何らか の事情によって不法行為として処理する道を開いた。したがって,ここでは契 約違反と不法行為がともに問題となり,日本法上かつて激しく論争され現在に おいても「カオスの中にある」3)とも「膠着状態」4)にあるともいわれる請求権 競合問題の一事例を示すものであるといえる。本稿では,アメリカ法上の不誠 実な契約違反という問題についての議論が,日本法上の請求権競合問題に何ら かの示唆を与えるものであるか否かについて検討したい。

2.不誠実な契約違反という不法行為

" Bad Faith Breach of Contract ! 序 保険契約者(あるいは被保険者・保険金受取人)は,一定の保険事故が発生 した場合に備えて保険契約を締結する。いわば,保険料という対価と引き換え に安心感を買っているといえる。ところが,保険者が契約上の義務,とりわけ 保険金支払義務を履行しない,あるいは事故の被害者である第三者から加害者 である保険契約者に対してした和解の申出に保険会社が不当な対応をすると, 保険契約者にとって保険契約を締結した目的を達成することができないばかり か,後で賠償金がえられてもそのときでは遅いということにもなりうる。 例えば,責任保険契約において,保険契約の対象となる事故により被保険者 に賠償責任が発生し,被害者から被保険者に対して賠償請求がされた場合,保 険会社は被保険者のために保険金支払義務を負う。この場合,保険会社は被害 者の訴えに対して被保険者のために防御する義務を負うと同時に,多くの場 合,保険契約により被保険者の代理人として訴訟遂行の権限を有する。単純に 考えた場合,不法行為者であり賠償責任を負担する被保険者と,その賠償責任 について保険金を支払う義務を負う保険者の利益は一致するように思える。と ころが,保険者である保険会社の利益と被保険者である保険契約者の利益は必 ずしも一致しない。次のような場合が典型的な場合である。責任保険に入って 86 松山大学論集 第18巻 第3号

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いる被保険者がなんらかの事故を起こし,被保険者が被害者から賠償責任を問 われ,被害者との交渉について権限を有する保険者=保険会社に対して,被害 者から和解の申出がなされたとする。このとき被害者から提示された和解額が 保険金限度額に近ければ近いほど,保険者は和解の諾否について真剣に検討す るインセンティブをもたない。なぜなら,もし訴訟に持ち込まれても,訴訟に 被告が勝訴すれば賠償責任を負わなくてよいことになるし,仮に負けても保険 会社の負担は保険金限度額を超えることはないからである。これに対して,被 保険者の立場からすると,和解の提示額が保険金額の範囲内であれば,その額 の多寡にかかわらず早期に和解に応じる方が得策といえる。和解の提示額が保 険金額を超えない限り,被保険者は保険金を当てにしていればいいだけで現実 にはなんの責任も発生しないのと同様だからである。保険者と被保険者との間 にはこのような利益相反状態が生じるが,結果的に保険者が和解に応じなかっ た場合に,裁判によって保険金限度額を上回る賠償額が認められると,被保険 者は保険金限度額を上回る部分について保険金とは別に自ら負担しなければな らない。その場合,被保険者にとって保険契約を締結して事故に備えていたこ とが部分的に無意味となり,この部分の賠償を求める訴訟を保険会社に対して 提起することになる。これが不誠実な契約違反という不法行為が問題となる状 況である。5)保険会社が応じるべき和解に応じないという契約違反をする,ある いは,保険会社が保険契約の義務の履行に積極的にならない理由としては,ア メリカ契約法上,金銭債務の不履行に対して債権者が求めうる損害賠償は法定 利息に限られ,それ以上の経済的損害については,不履行と損害との間に因果 関係が認められるとしても,一般原則としてはその賠償を求めることができな いという事情もある。6)つまり,保険会社としては保険金の支払を怠ったとして も,法定利息分さえ余計に払えば足りるのである。さらに加えて,保険契約に おいては通常,保険者は保険料の前払いを受けており,他の通常の双務契約の ように同時履行の関係にはなく,一方的に保険金の支払義務を負っているので あるから,自らの義務を履行するインセンティブは自然と乏しくなる。7) 契約当事者に対する不法行為責任 87

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以上のような事情から不誠実な契約違反という問題が生ずるのであるが,次 にこの問題を2つの類型−第三当事者関連の不誠実の場合と第一当事者関連の 不誠実の場合−にわけて検討することにする。

! 第三当事者関連の不誠実(Third Party Bad Faith)

アメリカ法上,不誠実な契約違反という不法行為類型が認められる契機と なったのは,責任保険の分野で,保険会社が事故の被害者からの和解の申出に 対して不当に応じなかったというケースである。この類型を第三当事者関連の 不誠実(third party bad faith)のケースという。保険会社が和解に応じない相 手は保険契約者である被保険者ではなく,事故の被害者=第三者であるところ からこの名称がある。8)第三者との和解に応じないという,保険会社の被保険者 に対する不誠実を,被保険者が保険者に対して訴訟提起するのがこの類型であ る。 判例は,当初,和解に関して被保険者と保険者の利益が相反する場合でも, 保険者は被保険者の利益を考慮する必要はなく,自らの判断で和解に応じるか 否かを決定できる権利を有するとした。9)判例には,「和解をする機会があった としても,保険会社が和解を義務づけられる条項は存しない」として,和解を 拒否する根拠を保険証券の文言のみから結論づけるものや,10)「保険会社は,自 らの最良の利益にかなうように,和解をするか否かについての判断をする絶対 的な権利を有する」としたものがあった。11)この態度を変更し,不誠実な契約 違反という不法行為をはじめて認めたのはカリフォルニア州裁判所である。 1957年にカリフォルニア州控訴審裁判所は,第三者から提起された訴訟にお いて,保険者が和解の申出を拒絶したケースについて,「誠実かつ公正な取引 の黙示の約款の法理」(good faith and fair dealing)を根拠として,保険者が被 保険者の利益を考慮しなかったとして不法行為の訴訟原因を認めた。これが Brown v. Guarantee Ins. Co. 判決12)である。被保険者が15,000ドルの不法行為 訴訟を提起され,自動車保険の保険者が保険金額の限度額である5,000ドルの 和解要求を被保険者に知らせることなく拒絶したケースであった。この事件に

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おいて,裁判所は,一方では,被保険者の利益に適切な考慮を払い,保険金額 の範囲内で和解するという重大かつ強制力のある負担を保険者に課さないなら ば,保険者は保険金額を超える損害賠償に関して,被保険者の負担によって無 謀なギャンブルをしてもよいことになってしまうこと,他方では,その義務が 一方的に被保険者に有利に加重であると,被保険者に訴えられることを避ける ために,第三者の不合理な,場合によっては詐欺的な和解の申込みに対しても 保険者が応じることを被保険者は求めることができる立場にたちうることとい う,いずれにしても当事者の一方に傾きすぎる結論を避け,両者の利益の調和 を図ることに考慮を払った。13)そして契約法上の義務である誠実かつ公正な取 引をする義務を不法行為における被告の義務として不法行為の成立を認めたの である。14)そして誠実かつ公正な取引の基準を判定するための要因として,① 賠償責任と損害について,原告被害者の主張がどの程度の勝訴の確率を有して いるか,②保険会社が,保険契約者に和解に応じさせようと試みたか否か,③ 保険契約者に不利な証拠を確定することとなる状況を適切に調査することを保 険会社がしたか否か,④保険会社が,会社の弁護士または代理店からの助言を 拒絶したか否か,⑤保険会社が和解の申出について保険契約者に通知をしたか 否か,⑥和解を拒絶した場合,保険会社と保険契約者の双方がそれぞれどれほ どの金銭的危険にさらされるか,⑦保険会社が和解の申出を拒絶することにつ いて,保険契約者が事実に関して誤解させるような失敗があったか否か,⑧保 険会社の側の不誠実を立証するまたは否定する傾向を有するその他の諸要因, という8つの要因を示した。どの要因も単独で不誠実に結びつくものではな く,8つの要因のすべてを考慮して結論を出すべきものとされた。15)

そして,さらに1967年,カリフォルニア州裁判所は,Crisci v. Security Ins. Co. of New Haven, Conn.16)判決において,不誠実な契約違反の訴訟原因の成立 要件を厳格責任の水準にまで引き下げた。この事件では,保険契約者はアパー トの所有者であり賃貸人であった。アパートの賃借人がアパートの木の階段を 降りているときに階段がこわれ,賃借人は地上15フィート(4メーター半)

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の高さでつるされたままになるという事故が起きた。賃借人はそのために重傷 を負ったのみならず,非常に重い神経障害を被った。賃借人は保険契約者であ る賃貸人に対し,階段の維持・管理に過失があったと主張して損害賠償40万 ドルを求めた。賃貸人の入っていた責任保険の保険金限度額は1万ドルであ り,保険契約によると保険会社は防御義務とともに適当と考える和解をする権 限を与えていた。賃借人の被った重篤な神経障害がこの事故のために起こった ものといえるか否かという点が和解交渉のポイントとなったが,保険会社の弁 護士もクレーム担当者も,この事故以前に賃借人が神経障害を病んでいたとい う証拠がみつからないかぎり,最低10万ドルの判決が出るだろうと考えてい た。そしてそのような証拠はみつからなかったにもかかわらず,保険会社は賃 借人の弁護士が1万ドルで和解しようと申し出たときにそれに応じなかった。 賃借人側が和解の提示額を9千ドルに引き下げ,保険契約者である賃貸人がそ のうち2,500ドルを出すと提案したときにも,保険会社は陪審が自分たちの提 出する証拠だけを信じる可能性に賭けた。ところが,陪審は10万1千ドルの 賠償を命じた。保険会社はこのうち1万ドルを支払い,残りの9万1千ドルは 保険契約者の負担となった。保険契約者は財産をあらかた失い,絶望のあまり 自殺を試み,その後,保険会社を訴えたのがこの事件である。17) カリフォルニア州最高裁は,保険契約者の訴えを認容し,保険会社に対して 9万1千ドルおよび利息に加えて保険契約者の精神的損害に対する賠償2万5 千ドルの支払を命じた。裁判所のとった立場は,「保険会社が保険金額限度内 の和解の申出を受けたにもかかわらずそれを拒絶した場合,保険会社は最終的 な判決額が保険金額の限度の内外にかかわらず,いかなる場合においても,最 終的な判決の認容額について支払責任を負う」18)というものであり,これは保 険会社の厳格責任を認めるものであったといえる。19)保険会社は,いかに協力 な抗弁をもっていたとしても,保険金額限度内の和解の申入れを拒絶すること によって,後に限度額を超える判決が出た場合には最終的な判決額について責 任を負わされるのである。20)そしてその理由を裁判所は,黙示的な公正かつ誠 90 松山大学論集 第18巻 第3号

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実な取引の義務は,保険契約から生じる義務であり,契約法上の義務は厳格に 強制されるものであるとした。保険金額限度内で訴訟が和解されることはいか なる場合でも保険契約者にとって利益にかなうことであるので,保険金額限度 内の和解の申出を拒絶することは,保険会社が保険契約者の利益よりも自己の 利益に重きをおいたことの決定的な証拠となるとして厳格責任を理由づけたの である。21) 保険金額限度内の和解の申出を拒否した不誠実な契約違反という不法行為の 救済として,第三者の被保険者に対する判決額の保険金額を超える部分の支払 責任が命じられる。これに追加して,訴訟費用の賠償,精神的苦痛に関する賠 償も認められる。また,違反がはなはだしい場合には懲罰的損害賠償も認めら れる。22)

! 第一当事者関連の不誠実(First Party Bad Faith)

この類型は,火災保険・生命保険・医療保険などの被保険者が被った損害に ついて保険者が!補する保険契約を問題とするものである。23)これらの保険に おいて,保険事故が発生したにもかかわらず,保険会社が被保険者からの保険 金請求を不当に拒み,支払を引き延ばした場合,保険契約者は保険契約を締結 した目的を達成できないため,保険会社を訴えることになる。事故の被害者で ある被保険者が訴訟提起することになり,被保険者は保険契約の当事者である ことから,この名称がある。 前述したように,不誠実な契約違反を不法行為とする理論は,第三当事者関 連の類型で発展したものであったので,それを第一当事者関連の類型について も拡張して適用することができるか否かが問題となる。

この類型のリーディングケースは Gruenberg v. Aetna Ins. Co. 判決である。24) 保険契約者はレストランを経営しており,店に火災保険をつけていた。店が火 災により全焼したとき,保険会社は警察当局に対して,店には過大な保険金が かけられていたと通報し,保険会社は被保険者が故意に火をつけたとほのめか した,とされる。被保険者は放火の嫌疑で逮捕されたが,予備審問(preliminary

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hearing)の段階で疑うに足りる相当の理由がないとして正式起訴はされなかっ た。この間に保険会社は被保険者に対して出火に関して一定の質問に答えるよ うに求めたが,被保険者は弁護士と相談のうえ,刑事手続が進行中なので応じ られないとして断った。放火の嫌疑が晴れた後も,保険会社は被保険者が保険 会社の求めに応じて宣誓のうえ損害に関する調査に協力しなければならないと いう保険約款上の要件に違反したと主張して一切の保険金の支払を拒んだ。被 保険者は,保険会社が保険契約上の支払責任を免れるために捜査当局に対して 被保険者が火をつけたとほのめかしたのは,保険会社の不誠実な契約違反であ るとして保険会社を訴えた。25)この事件で,カリフォルニア州最高裁は,被保 険者の訴えを認め,この類型にも第三当事者関連の不誠実な契約違反の判示を 拡張して適用することを認めた。裁判所は,誠実かつ公正な取引の法理から生 じる義務は,第三当事者関連のケースにおいて合理的な和解の申出に応じる義 務を保険者に課すだけでなく,第一当事者関連のケースにおいて約款上被保険 者に支払われるべき保険金の支払を不合理に留保してはならないという義務を 保険者に課すと判示した。26) 第一当事者関連の不誠実が問題となるケースにおいて,全米の州のうち過半 数を超える州が,カリフォルニア州の考え方を踏襲し,被保険者の保険金請求 に対する不誠実な支払の不履行は不法行為となると判示している。27)これらの 判例は,Gruenberg v. Aetna Ins. Co. 事件判決の理由づけにしたがい,保険金の 支払の決定において誠実に行為しないことは,誠実かつ公正な取引の法理が要 求する黙示の義務の違反に該当し,それにより不法行為として訴訟提起が可能 となるとする。28) 第一当事者関連の不誠実が問題となるケースにおいて,不法行為成立のため の要件として,裁判所は単なる過失ではなく,故意を要求する。「事実を現に 認識したうえでの保険金支払いの拒絶に法的根拠がないこと」または「保険金 支払いの拒絶に法的根拠があるか否かの判断を意図的に行わないこと」が要件 とされる。29)そして支払の拒絶の法的根拠がないということは次のように定義 92 松山大学論集 第18巻 第3号

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される。「a)当事者間に保険契約が締結され,被告によって契約違反がなされ たこと,b)被保険者の請求に対して,保険者が意図的に支払を拒絶したこと, c)支払拒絶に関して,合法的な理由がないこと,または議論の余地のある理 由がないこと,d)合法的な理由がないこと,または議論の余地のある理由の ないことを,保険者が現実に知っていたこと,e)法的根拠の存在の有無を判 断することを意図的に行わなかったことを訴えの根拠としている場合,原告が それを証明しなければならない。」30) ! アメリカ法における請求権競合 アメリカ法の不誠実な契約違反という不法行為類型を請求権競合問題の一局 面とみる視点から検討するために,ここではアメリカ法上,契約責任と不法行 為責任とがどのような関係としてとらえられているかを検討する。31) この点,アメリカ法においては,契約責任と不法行為責任との原則的競合が 認められており,このことについて大きな議論は存しないようである。32) アメリカ不法行為法において,不法行為の成立要件としての行為者の義務は 2つの源泉から生じるとされる。その1つは,各人が他者の利益を適切に配慮 して行動する一般的な義務であり,2つめは,2人またはそれ以上の人の間の 関係から生じる特別な義務である。この特別な義務を生ぜしめる関係の1つは 契約関係であり,契約関係は,当事者間の合意によって,契約がなければ課さ れることがない一定の強制力を伴う義務を生じさせるものである。33)日本法 上,われわれは契約責任は契約関係から生じる義務の違反であり,不法行為責 任は「なにびとをも害するな」という命題を原型とした「他人の法益の侵害を 回避する措置をとるべき義務」すなわち「一般的法義務に対する違反」である と考えているが,34)アメリカ法上は契約関係という特別な関係によって課せら れる義務も不法行為法上の義務となることが率直に認められているといえる。35) 契約関係にある当事者間では契約責任が生じるのは当然として,加えて不法行 為の要件を満たせば不法行為責任も生じるというのがアメリカ法の立場であ 契約当事者に対する不法行為責任 93

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る。36) アメリカ法で議論されるのは,むしろ契約法上の義務違反が,単なる契約違 反にとどまるのか,それとも不法行為ともなるのかという区分けはどこでなさ れるかという点の基準の問題である。この点について,失当行為(misfeasance) すなわち不適切に履行した場合については契約責任とともに不法行為責任が生 じ,不作為(nonfeasance)すなわち全然履行しない場合には契約責任のみが生 じる,とされる。37)作為的加害に対しては不法行為の責任を認める蓋然性が高 いが,不作為的行為に対しては当事者間に使用者と被用者,運送人と乗客,占 有者と訪問者といった特別な関係が存在しないかぎり不法行為責任を認めるこ とに消極的である。38)これは,アメリカ法を形成している極端な個人主義に起 因するところが大きいといえ,法政策的には作為義務を一般的に課することに よる市民への負担,不作為的加害者の特定の困難性などをその理由としてあげ ることができるとされている。39)D の作為義務が,D と P との契約関係から生 じたものであるとき,D は履行行為をはじめなかった場合,契約違反によって 生じた損害について不法行為責任を負うことはない。これに対して,いったん 履行行為をはじめた場合,作為あるいは不作為のいずれについても失当行為と して不法行為責任を負う可能性があることになる。40)例えば,D が P の敷地内 の樹木を切り倒す契約をしたとする。その樹木が P の家屋に倒れた場合,D が まだ作業に取り掛かっていなければ,たとえ D が作業をはじめなかったこと に過失があると認定されたとしても,D は P に対して不法行為責任を負うこと はない。しかし,いったん P の敷地内に D があらわれて作業をはじめたなら ば,履行または不履行に関して過失があれば,同じ損害に対して失当行為とし て不法行為責任を負う可能性があることになる。41)一般的には,合意あるいは 準備行為と区別された D の履行行為が,契約自体の期待利益を超えて P の利 益に影響を与え始めたか否か,および単なる履行の約束を超えて,明白に義務 を引き受ける行為としてみなされうるか否かによるとされる。42)この失当行為 か不作為かという区別はかなり不明確なものであり,しばしば実体のないもの 94 松山大学論集 第18巻 第3号

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のようにも思えるが,43)それが非難めいた調子で語られることはなく,むしろ きわめて不確実であるがゆえに事案の柔軟な解決が可能となる点を長所として 評価する傾向がつよいといわれる。44) 次に,アメリカ法における契約責任と不法行為責任の異同について注目すべ き点を確認しておく。特にそれぞれの責任の法的性質の違いを確認することは 重要である。 まず,要件面において,当事者の故意または過失を要するか否か,という点 に関して,アメリカ法においては,日本法と同様,不法行為の成立には原則と して故意または過失を要するが,契約違反には債務者の責めに帰すべき事由を 要しない。この点,日本法とは顕著な差を示す。アメリカ法において,契約違 反は,単に約束したことが実現しないということを意味する。約束したことが 履行されなければ,債務者の故意または過失を要さずに,原則として債務者は その責任を負わなければならない。例外的に,不履行の抗弁が認められること があるが,それはきわめて例外的なことである。その結果,契約責任は厳格責 任(strict liability)つまり無過失責任である。45) 次に,アメリカ法上,契約責任と不法行為責任は,その効果の点について, 損害賠償の範囲の点で異なっている。不法行為責任においては精神的苦痛に関 する賠償が,①補償的損害賠償(compensatory damages)の1つとしての苦痛 (pain and suffering)に対する賠償,②家族のメンバーとの共同生活から受け る利益の喪失(loss of consortium)に対する賠償,③懲罰的損害賠償(punitive damages),という3つの形で認められるが,46)債務不履行責任では,精神的苦 痛に関する賠償は認められない。47)アメリカ法においては,不法行為が成立す れば,その直接の結果(direct consequence)については,損害の予見可能性の 有無にかかわらず賠償責任を負わなければならない。48)不法行為においては, 予見可能性は責任成立の要件として要求されるが,49)損害賠償のいわゆる保護 範囲の問題としては要求されない。50)一方,契約違反の場合は保護範囲の問題 について,契約締結のときに予見可能である損害について賠償するとのルール 契約当事者に対する不法行為責任 95

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があり(予見可能性ルール),51)これは実は予見可能性という文言を用いなが ら,純粋に予見可能性のみで判断するものではなく,当事者があらかじめ勘案 していた範囲内に賠償を限定する趣旨であると考えられている。52)契約違反に よって精神的苦痛が賠償請求できないのは,契約違反において精神的苦痛が予 見可能でないというのではなく,一般の契約において,当事者が契約違反の場 合の相手方の精神的安定まで保証する趣旨はないということが理由であるとさ れる。53) また,不法行為責任として英米法上の特色の1つとして数えられる懲罰的損 害賠償についても,債務不履行責任としては認められない。54)UCC においても その原則を維持している。55)しかも,これは契約違反の態様を問わない。故意 による場合も,さらに悪意がある場合も,懲罰的損害賠償は認めないのが原則 である。56)名目的損害賠償(nominal damages)については,不法行為について だけではなく,契約違反について損害の立証がない場合にも認められる。57) なお,アメリカ法においては,契約の特定履行(specific performance)の強 制は原則として認められない。日本法上,履行強制は契約責任のいわば本則的 責任としての位置づけを有するが,アメリカ法はこれに対して非常に冷淡であ る。アメリカ法上は契約違反をした当事者に履行を命じる判決は,衡平裁判所 のみが,コモン・ローによる金銭賠償という救済では十分でない場合にのみに 下すことができる。58)通常のケースでは,契約違反をされた相手方は金銭によ る損害賠償によって,契約が履行された場合の立場にたちうるので,特定履行 を求めることはできない。59)特定履行を求めることができる典型例は,契約の 対象が個性的な性質を有する物である場合である。歴史的な理由から不動産は 個性的なものと考えられている。契約が個性的な物を目的とする物品売買契約 であれば,不履行があった場合,不履行された方は金銭賠償を得ても契約が履 行されたのと同じ立場にたつことはできないので,個性的な物については特定 履行が認められる。60)今日,衡平裁判所と普通裁判所は併合して存在するが, 特定履行を命じるための要件は変わっていない。61) 96 松山大学論集 第18巻 第3号

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3.若干の比較法的考察−日本法への示唆−

アメリカ法の状況を概観すると,そこにいくつかの興味ぶかい点を見出すこ とができる。まず,アメリカ法が請求権競合を当然のことと考えることについ て,アメリカ法の有する関係概念的発想との関連性を指摘することができよ う。日本法とアメリカ法の発想の差異をもたらす要因としていかなる法文化的 要因を想定できるかを検討することは至難の業であり,本稿のなしうるところ ではないが,周知のとおり大陸法的意思理論に対して英米法的関係理論をパラ ダイム的に対置することはよく行われるところである。コモン・ローの根本思 想は「意思」(will)にではなく「関係」(relation)にある,といわれてきた。62) 英米法系においては,ほとんどすべての法的問題を「関係」およびその関係の 内容であり,その関係に効力を付与する「相互的権利義務」(reciprocal rights and duties)を中心に考察しようとする傾向が強い。63)不法行為法に関していえば, 行為義務を課せられるある特定の関係の存在が,不法行為責任を問う上で決定 的となることが多い。64)たとえば,加害者が被害者に対して行為義務を負って いなければ,ネグリジェンスという不法行為そのものが成立しないとされる。 ネグリジェンスという不法行為も人と人との関係において相対的に捉えられて おり,関係性を離れた抽象的なネグリジェンスは不法行為となるものではな い。その意味で,ネグリジェンスは「関係用語」であるといわれる。65)このよ うにアメリカ法上,もともと不法行為法上の義務の措定は日本法のように一般 的抽象的に何らかの義務違反を考えるのではなく,特定の人に対する関係を前 提としてネグリジェンスを考える。そこから契約関係にある者の間において, 不法行為が契約関係と競合的に成立すると考えることが,アメリカ法において は違和感なく受け入れられるのであろうと思われる。 次に,アメリカ法における失当行為(misfeasance)の処理も興味ぶかい。こ れは日本法においては不完全履行という債務不履行として処理される問題を, アメリカ法においては債務不履行および不法行為のいずれかとして処理すると 契約当事者に対する不法行為責任 97

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いうことを意味する。日本法における不完全履行は,もともと不法行為に関す る BGB の不備を補完するために契約責任の拡張を図ったドイツの学説を日本 の学説が参考にして日本法において定着したものであるが,66)アメリカ法にお いては失当行為について,その体系上の位置づけについてのこだわりはない。 そして,日本法においては,不完全履行は契約法と不法行為法の体系的区別か らすると本来は不法行為法によって処理されるものを,契約責任を拡張するこ とによって契約責任のなかに取り込んできたものであるのに対し,不誠実な契 約違反という失当行為のケースはアメリカ法において,本来は債務不履行の問 題であるものを不法行為の問題として取り込んできた。この点で,逆の方向性 をたどってきたものといえ興味ぶかい。 不誠実な契約違反は,アメリカ不法行為法上,失当行為にあたるものであり, アメリカ法の立場からすると,それが不法行為となりうること自体は特別なこ とではないといえよう。アメリカ法上,不法行為法上の注意義務が契約関係か らも発生することは,ごく端的に認められていることであり,67)契約法上の注 意義務を負う者が重ねて不法行為法上の注意義務を怠れば不法行為が成立する のは当然だからである。したがって,アメリカ法の請求権競合問題のなかで, 不誠実な契約違反の議論がどういう位置づけを有するのか,つまり原則に対す る例外なのか,あるいは原則の適用なのかといえば,このこと自体はいわば一 般原則の適用にすぎないといえる。68) しかし,契約責任としてではなく不法行為責任を問うということは当事者の 利害関係にとっては非常に大きな差をもたらす。不法行為の主張が認められれ ば,原告の請求できる経済的な損害の範囲は広がり,契約違反の主張の場合に は認められない精神的損害の賠償も求めることができる。さらに懲罰的損害賠 償も認められることになる。出訴期限の問題も重要である。したがって,アメ リカ法上,このケースで不法行為の主張ができるということは,理論上はいわ ば当たり前のことともいえるが,当事者の実際的利益からするときわめて大き な意味をもつのである。このように,不誠実な契約違反のケースを不法行為と 98 松山大学論集 第18巻 第3号

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して処理するアメリカの判例のねらいは,伝統的なアメリカ契約法上の原則で 認められる範囲を超えた責任を保険者に負わせることにあるといえる。 ここで,その目的を達するための法律上のテクニックとしては,不法行為と しての損害賠償を課する方法のほかに,契約法上の責任を拡張するという方 法,つまり契約法上の原則的救済である法定利息を付した損害賠償を超えて実 際に保険金請求権者がこうむった損害の賠償を認めるという方向もありうる。 事実,その方向性にたつ判例もないわけではない。69)しかし,この解釈方法は アメリカにおいてはほとんど支持をえていない。これは1つには伝統的な契約 法の原則に正面から反するということのほかに,契約責任ととらえるかぎり懲 罰的損害賠償を課すことができず保険会社に対する抑止的効果を期待できない ということが理由であると考えられる。この問題に関しては,日本法やその母 法であるドイツ法のとった契約責任の拡張という方向性はアメリカ法では支持 されないのである。 以上のようなアメリカ法に対する分析から,契約違反と不法行為の関係につ いて,アメリカ法はそれをきわめて機能的に判断しているといってよいと思わ れる。70)また,アメリカ法はきわめて政策的な価値判断を反映した処理を認め ているということができよう。71)このような処理方法は,すべての誠実違反が 不法行為になるわけではなく,どこでその線をひくか,そしてその線引きの根 拠はなにかという問題を引きおこすことになる。72)この点,不誠実な契約違反 が不法行為となる要件として,第三当事者のケースにおいては厳格責任とされ るにもかかわらず,第一当事者のケースでは被告の故意が要求されるが,これ は不法行為が成立する場面を画定する必要性から要求されるといってよいであ ろう。第一当事者のケースにおいて,契約違反と不法行為の区別は要件面での 境界を明確にしなければきわめて困難となるからである。しかし,このような 困難があるにもかかわらず,アメリカ法はあえてこのような処理を選択してい る,と思える。多少の論理的な困難性や体系的な混乱には目をつぶって,問題 解決のための機能に注目して処理方法を決めるというのがアメリカ法の行った 契約当事者に対する不法行為責任 99

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選択なのではないかと考えるのである。そして,契約責任と不法行為責任の関 係についての,ある意味で融通無碍なアメリカ法の態度は,実は各責任の本質 についての考察,とくに不法行為責任の抑止的効果について,アメリカ法にお いて十分な理解と了解が得られていることと関係しているように思える。73) それでは以上のようなアメリカ法の態度は日本法の解釈論にどのような示唆 を与えうるのであろうか。日本においては,請求権競合問題に関する理論的な 到達点74)とされる全規範統合説が登場した後も,学説は帰一するところを知 らず,判例も統一的な立場を見出すことができない「膠着状態」にあるといわ れる。75)アメリカ法における議論は,日本法上膠着状態に陥った請求権競合問 題に対するアプローチの仕方についてのひとつの視点を提供するものであると いえると思われる。76)アメリカ法の態度を日本法上の請求権競合論争の理論的 到達点といえる全規範統合説と比較するとあまりにも対照的である。請求権競 合を当然のことと認め非常に機能的政策的に契約責任と不法行為責任を使い分 けるアメリカ法の立場は,日本法上の学説の立場にあえておきかえれば,発想 としては作用的請求権競合説に類似しているといえよう。日本においては過去 のものとなった(と考えられる)作用的請求権競合説の立場77)によって動い ているアメリカ法をみるとき,日本においてもあえて全規範統合などときばら なくとも,基本的に請求権の競合を認めつつ契約規範と不法行為規範との相互 の影響を広く認めていくことにより,事実上の規範統合を図っていくという対 応によって,問題解決にたえうる基準となるのではないかと思われる。そして, 全規範統合説が行う要件および効果の統一という作業は本来立法の行うべきこ とであって解釈のわくを超えているとの批判78)が存することを考えると,理 論的に徹して全規範統合説を採用するよりも,解釈論として無理がなく実際上 も穏当な解決を採用するという選択は十分に合理的なものと思われるのであ る。学説史をみても,理論的な徹底を図った全規範統合説の登場後に,契約規 範が不法行為規範を排除する場面と両責任が競合する場面の双方を認める折衷 説が登場し,79)さらに折衷説が両場面を区別する基準をめぐって小別され,小 100 松山大学論集 第18巻 第3号

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別されたそれぞれの説において競合する場面での解決方法を請求権競合で処理 するか,規範統合で処理するかの争いがある。このきわめて錯綜した状況は問 題処理のために必要かつ大いに有益といえるのであろうか。若干,議論の方向 性に疑問があると感じなくもないのである。 次にアメリカ法からの示唆として,日本法においては不法行為責任の本質 論,とくに機能的な観点からみた目的論が十分ではないのではないかと思え る。平野教授は,契約責任と不法行為責任の限界を不明瞭とさせた一因は,契 約責任の不法行為責任に対する独自性が十分に明らかにされることがなかった ことに存するとの指摘をされている。80)しかし私は,加えて,不法行為責任の 特質についての考察も実は十分ではなかったのではないかと考えるのである。 たとえば日本の不法行為法においては,不法行為法の目的あるいは機能の1つ として「不法行為の抑止」ということを掲げるのが通常である。81)ところが, 不法行為の抑止という目的論ないし機能論が不法行為法の解釈の中でどのよう に生かされるのかは実は不明であった。アメリカ法において,不誠実な契約違 反が不法行為とされる理由の1つは,不誠実な契約違反を抑止するためであっ た。アメリカ法上,契約は「破る自由」のあるものであるために,抑止すべき 契約違反は不法行為とされたのであった。アメリカ法上は,契約法と不法行為 法の目的と機能についての明確な了解が存するためにこのような領域分担が可 能となったのであろう。ひるがえって,日本法をみてみると,不法行為の抑止 ということを不法行為法の目的のひとつとして掲げるものの,それが具体的な 解釈の場面で重要な決め手として登場することは,少なくとも過失による不法 行為においては,ほぼ皆無であったといえるのではないだろうか。82)「不法行為 の抑止」が日本の不法行為法の目的のひとつであるならば,過失による不法行 為の場面でもそれを目的とすることの意味が解釈論上も存在しなければ不可解 なのではないだろうか。それが,ひいては故意あるいは重大な過失による場合 等に,たとえば制裁的損害賠償という制度を認めるべきであるという解釈論に まで発展するかという点は別としても,少なくとも不法行為の目的論とそれと 契約当事者に対する不法行為責任 101

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の関連性が議論されるということが,あってしかるべきであるが,実はそれが 十分なされてこなかったのが現状である。解釈論に反映しない目的論は意義が 乏しいあるいは非生産的なものと評価されざるをえないであろう。アメリカ法 においては契約責任と不法行為責任について,各制度の「目的」や「機能」の ちがいについての認識について,ほぼ共通の了解事項が存するということが可 能であるのに対し,日本法においては,それがきわめて不十分であるといえよ う。平野教授は,日本の「競合論」は「本質論」を見落としており,「本質論」 を欠いた脆弱な地盤のうえに立脚しているといわれている。83)平野教授は,契 約責任の本質論が欠けているといわれるのであるが,同じことが不法行為責任 の本質論についてもいえると思われるのである。

4.むすびにかえて

アメリカ法の立場がきわめて機能的であるということは抽象的一般的にすで に十分いわれてきたところである。本稿はこの一般的な命題を契約責任と不法 行為責任の交錯する領域において確認するとともに,アメリカ法を参考にする ならば,請求権競合論争に対するアプローチの仕方として,理論面での徹底あ るいは純化という方向性とは別に,機能面あるいは実質面からの検討という方 向性があることを指摘した。そしてさらに日本の不法行為法は,その目的論の 検討が十分ではないことを指摘した。 今後,とくに不法行為法の目的論について考察を深めることは,不法行為法 の解釈のあり方を左右する可能性を有するものと考える。日本の不法行為法 が,「抑止的効果」を有するものなのか否か,それが解釈論にどのように反映 するものなのか,これらの点について,今後も継続して検討していきたい。 1)山下友信「不当な保険金支払拒絶についての保険者の責任−アメリカ法を中心として −」保険学雑誌494号1頁(1981),吉田直「アメリカにおける保険者の誠実・善意義務 の動向について」国学院法学20巻4号211頁(1983)。 102 松山大学論集 第18巻 第3号

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2)樋口範雄「不誠実な契約違反という不法行為−契約を破る自由の例外−」学習院大学法 学部研究年報21号25頁(1986)。「契約を破る自由」という概念の形成の歴史について は,吉田邦彦『債権侵害論再考』695頁(有斐閣,1991)。 3)加藤雅信「(書評)四宮和夫『請求権競合論』」加藤雅信編『民法学説百年史』353頁(三 省堂,1999)。 4)大久保邦彦「請求権競合」山田卓生編『新・損害賠償法講座1巻総論』216頁(日本評 論社,1997)。 5)樋口・前掲注"28頁。

6)山下・前掲注!2頁。11Williston on Contracts §1410(3rd ed.1979, by Jaeger). 7)このような事情から保険金支払拒絶が行われやすいという弊害は比較的古くから認識さ れていたようであり,それに対処すべく制定法上,保険金請求権者の救済を図るための規 定が設けられている州もある。これらの制定法上の救済の概要については,山下・前掲注 !4頁参照。カリフォルニア州等はこの種の制定法をもたないので,不当な保険金支払拒 絶を救済する判例があらわれたといえる。 8)樋口・前掲注"35頁。

9)J. F. DOBBYN, INSURANCELAW IN ANUTSHELL402(4th ed.2003). 10)Auerbach v. Maryland Cas. Co., 236N. Y.247, 140N. E.577(N. Y.1923). 11)Long v. Union Indemnity Co., 428, 178N. E.737(Mass.1931).

12)Brown v. Guarantee Ins. Co., 319P.2d69(Cal. App.2Dist.1957). 13)J. F. DOBBYN, supra note9, at403.

14)アメリカ法において,契約法上の義務が不法行為成立のための被告の義務となることに とくに議論がないことについては,後掲注#参照。

15)See supra note12, at75.

16)Crisci v. Security Ins. Co. of New Haven, Conn., 426P.2d173(Cal.1967). 17)Id. at175‐76. 樋口・前掲注"32頁。

18)J. F. DOBBYN, supra note9, at408.

19)Id. ただし,この点については異論もある。樋口教授は,この判決 に つ い て 過 失 (negligence)の判断基準を適用したものとされている。樋口・前掲注"33頁。確かに,本 件はネグリジェンスの判断基準によっても不法行為が成立する事案であり,厳格責任を認 める判示部分を傍論とみることもできるが,本稿ではドヴィン教授の見解にしたがって論 をすすめる。

20)J. F. DOBBYN, supra note9, at408. 21)Id.

22)Id. at414.

23)その他に,傷害保険・障害保険・入院保険・盗難保険・無保険自動車保険なども第一当 事者関連の不誠実が問題となりうる保険契約である。

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24)Gruenberg v. Aetna Ins. Co., 510P.2d1032(Cal.1973). 25)Id. at1034−35; J. F. DOBBYN, supra note9, at417−18. 26)See supra note24, at1037; J. F. DOBBYN, supra note9, at418. 27)J. F. DOBBYN, supra note9, at418.

28)Id. at419.

29)Chavers v. National Security Fire & Casualty Ins. Co., 405So.2d1, at7(Ala.1981). 30)National Security Fire & Casualty Ins. Co. v. Bowen, 417So.2d179, at183(Ala.1982). 31)アメリカ法における請求権競合問題については,すでに上野芳昭「アメリカ法における

契約違反と不法行為との関係について」山形大学紀要11巻1号1頁(1980)がある。 32)このことを上野教授は「アメリカ法にも競合問題は存在する。しかし競合論争は存在し

ない」といわれる。上野・前注3頁。

33)E. J. KIONKA, TORTS IN ANUTSHELL383(4th ed.2005).

34)四宮和夫『不法行為(事務管理・不当利得・不法行為 中巻・下巻)』252頁(青林書 院,1988)。 35)このようにアメリカ法では,契約法上の注意義務が不法行為法上の注意義務となること が率直に認められており,この点に争いがないことが日本法と対照的である。 36)その例外がいくつかある。そのひとつは医療過誤事件であり,医療過誤事件は契約責任 ではなく不法行為責任で処理される。つまり,身体への加害に対する訴訟においては,訴 訟の基礎ないし要点は misconduct であり injury であり,本質的に不法行為訴訟であるとさ れ,出訴期限・損害賠償の範囲・Survival Act の適用等について不法行為法の原則による。 上野・前掲注!29頁。しかし,この点について,エプスタインは逆に,医療過誤について は不法行為ではなく契約責任で処理せよとの説をとっている。R. A. Epstein, A Theory of Strict Liability, 2J. LEG. STUD.151(1973).

37)E. J. KIONKA, supra note33, at384; E. J. KIONKA, TORTS151(2d ed.1993). 38)E. J. KIONKA, TORTS152(2d ed.1993).

39)木下毅『アメリカ私法』78頁(有斐閣,1988)。 40)E. J. KIONKA, supra note38, at151.

41)Id. 42)Id. 43)Id. 44)上野・前掲注!3頁。 45)樋口範雄『アメリカ契約法』67頁(弘文堂,1994),望月礼二郎『英米法〔改訂第二版〕』 405頁(青林書院,1990)。 46)不法行為による精神的苦痛の賠償については,拙稿「ネグリジェンスによる精神的苦痛 賠償の準則」比較法36号195頁(1999)参照。

47)J. D. CALAMARI& J. M. PERILLO, CONTRACTS312(1990), D. B. DOBBS, 3 LAW OFR

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DIES: DAMAGES-EQUITY-RESTITUTION§12.5!, 107−08(2d ed.1993). 48)木下・前掲注"90頁。 49)事故を目撃した第三者のこうむった被害についての賠償請求のケース等においては,た んなる予見可能性をこえて特別な要件を要求されることがあることについて,拙稿・前掲 注$203頁参照。 50)イギリス法においては,この点,ワゴン・マウンド事件(Overseas Tankship(U. K.), Ltd. v. Morts Dock & Engineering Co., Ltd.,〔1961〕1 A. C.388, Overseas Tankship(U. K.), Ltd. v. Miller Steamship Co. Pty. Ltd.,〔1967〕1 A. C.617)以降の一連の判決によって,保護範 囲の問題についても予見可能性テスト(foreseeability test)が採用されている。木下・前掲 注"90頁。

51)J. D. CALAMARI& J. M. PERILLO, supra note 47, at 299. リステイトメントも同様の旨を 定める。RESTATEMENT(SECOND)OFCONTRACTS§351!. 判断基準時は契約締結時であっ て,債務不履行時ではない。この点においてアメリカ法は,基準時を債務不履行時とする 日本法と大きく異なる。 52)樋口・前掲注#309頁。 53)樋口・前掲注#314頁。樋口教授は,予見可能性ルールは,むしろ当事者が考えていた 範囲の賠償に限定されるという意味で,「当事者の勘案ルール」とでもよぶのがふさわし いとされる。樋口・前掲注#309頁。したがって,例外的に,相手方の精神的安定に直結 するような契約内容を有する契約,例えば死者の埋葬に関する契約で,葬儀屋が遺体を乱 暴に取り扱って契約の相手方である遺族から訴えられるケース等においては,相手方の精 神的損害についての賠償も認められることがある。樋口・前掲注#315頁。なお,不法行 為の場合も身体的損害を伴わず純粋に精神的苦痛のみを生じた場合については,アメリカ 法は基本的に冷淡であり,契約法上も賠償が認められるケース,つまり葬儀屋が遺体を乱 暴に取り扱ったケースや電信会社が死亡通知をあやまって配達したケースにおいて,例外 的に賠償が認められるにすぎない。PROSSER & KEETON, THE LAW OF TORTS362(1984). これらの事情については,拙稿・前掲注$212頁参照。

54)C. D. ROHWER& A. M. SKROCKI, CONTRACTS IN ANUTSHELL417(6d ed.2006). 55)U. C. C.§1−106!.

56)J. D. CALAMARI& J. M. PERILLO, supra note47, at312. 57)Id. at313, C. T. McCormick, Damages §22, at90−91(1935).

58)C. D. ROHWER & A. M. SKROCKI, supra note 54, at 418, 442. 同様に差止命令について も,金銭による損害賠償では救済の目的を達しえない場合に二次的な救済として認められ る。木下・前掲注"296頁。

59)C. D. ROHWER& A. M. SKROCKI, supra note54, at418. 60)Id. at442.

61)Id. at418.

(22)

62)R. POUND, THESPIRIT OFTHECOMMONLAW14(1921). 63)木下・前掲注&52頁。

64)R. POUND, supra note62, at23−24. 65)木下・前掲注&52頁。 66)北川善太郎『日本法学の歴史と理論』34頁(日本評論社,1968),椿寿夫・右近健男編『注 釈ドイツ不当利得・不法行為法』44頁〔今西康人〕(三省堂,1990)。 67)前掲注$参照。 68)樋口教授は不誠実な契約違反を「契約を破る自由」の例外と位置づけておられる。不誠 実な契約違反は,契約を破る自由に対しては例外を認めるものであるが,請求権競合問題 の処理としては原則の適用にすぎないことになろう。

69)Reichert v. General Ins. Co. of America, 428P.2d860(Sup. Ct, 1967).

70)樋口教授は,その行為を抑制する場合は不法行為,そうでない場合は契約違反という区 分けを行っているとされる。樋口・前掲注!67頁。 71)請求権競合が問題になる場面のうち,医療過誤については,当事者の自由な選択を認め るのではなく不法行為で処理するというのがアメリカ法の態度である。上野・前掲注#29 頁。この点も,請求権競合を当然のこととして当事者の自由な選択にゆだねながら,ある 特定の分野においては,法によって特定の方法による処理を命じて他の方法での処理を許 さないというアメリカ法のきわめて機能的政策的な態度とみることができる。この点,前 掲注%で述べたように,エプスタインは医療過誤については不法行為ではなく契約責任で 処理せよとの説をとっているが,これはエプスタインが不法行為については過失責任を廃 して厳格責任のみで処理するべきという主張を有していることと関係するのであり,この エプスタインの立場もまたきわめて機能的な発想によるものであるといえる。 72)樋口・前掲注!43頁。 73)アメリカ不法行為法においては,不法行為法(あるいは制度)の目的について「損害の 賠償」と「不法行為の抑止」の双方にあるとするのが伝統的に圧倒的な通説である。J. C. P. Goldberg, Twentieth-Century Tort Theory, 91 GEO. L. J.521(2003). そして近時は,「法と 経済学」の立場から不法行為法の抑止的効果がますます強調されるようになってきている。 G. T. Schwartz, Mixed Theories of Tort Law : Affirming Both Deterrence and Corrective Justice, 75TEX. L. REV.1801, 1803(1997). 74)奥田昌道「民法学のあゆみ」法時47巻11号126頁(1975)。 75)大久保・前掲注"216頁。 76)もうひとつの見方は,アメリカ法と日本法は,不法行為責任と契約責任の両者ともに, そのあり方が大きく違うのでアメリカ法の議論は日本法の参考にはならず示唆を受けるべ き点はないという否定的な見方である。請求権競合問題について,どの説を採用するかと いうレベルではアメリカ法の議論はあまり参考にはならないとの指摘がある。上野・前掲 注#3頁。 106 松山大学論集 第18巻 第3号

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77)もっとも,近時この立場の再評価を主張する学説が現れている。半田吉信「責任競合論 −請求権競合説への回帰」北川善太郎先生還暦記念『契約責任の現代的諸相(上巻)』167 頁(東京布井出版,1996)。 78)前田達明『口述債権総論第3版』227頁(成文堂,1993)。 79)平野充好「高価品に関する運送人免責規定とその適用排除」山口経済学雑誌43巻6号 645頁(1995),村田治美「判批」判評98号104頁(1967)。 80)平野裕之「契約責任の本質と限界」法律論叢58巻4=5号576頁(1986)。 81)例えば,比較的新しい代表的な不法行為法のテキストをみると,不法行為法(ないし制 度)の目的あるいは機能として多くのものが損害!補的機能のほかに,少なくとも「理念 型」としては予防的機能あるいは制裁的機能を掲げている。森島昭夫『不法行為法講義』 466頁(有斐閣,1987),四宮和夫『不法行為(事務管理・不当利得・不法行為 中巻・下 巻)』265頁(青林書院,1988),平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』5頁(弘文堂,1992), 近江幸治『民法講義Ⅵ 事務管理・不当利得・不法行為』90頁(成文堂,2004),加藤雅 信『新民法大系Ⅴ事務管理・不当利得・不法行為(第2版)』381頁(有斐閣,2005),吉 村良一『不法行為法〔第3版〕』16頁(有斐閣,2005)等。 82)故意による不法行為については,周知のように,不法行為の抑止効果を強調する学説が 存する。平井宣雄『損害賠償法の理論』457頁(東京大学出版会,1971),同『債権各論Ⅱ 不法行為』124頁(弘文堂,1992)。 83)平野裕之「完全性利益の侵害と契約責任論」法律論叢60巻1号44頁(1987)。 (本稿は,2005年度松山大学特別研究助成による研究成果の一部である。) 契約当事者に対する不法行為責任 107

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