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担任ができる実践研究の可能性についての予備的考察 -「学習感想」を活用した「子どもの声を聴く」実践研究を通して-

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Academic year: 2021

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1,通常学級における授業を通した子ども理解の課題 教育方法学会編集の「日本の授業研究」序文におい て的場・深沢(2009)は,「授業研究は理論と理念だけ でなく,方法やアプローチも重層的に多様に積み重ね られてきている。また,授業研究のテーマも各学校で 編成された教育課程を効率的に実現していくための教 科教育の指導法の改善や教師の力量編成に限定されて いるわけではない。むしろ,授業研究を通して,教育課 程の編成のあり方そのものを問い直したり,教材の配 列を見直したり,教科書の批判的検討や学習集団の編 成,特別な支援を必要とする子どもの理解など,その研 究は重層的に積み重ねられてきている」1) と日本の授 業研究を評価する。しかし,現実はむしろその「限定」 部分に授業研究が収斂されていく状況が広がってい る。 授業研究がその限定部分に収斂されていく背景に は,2007年より実施されている全国一斉学力学習状況 調査(以下学・学調査)が大きく影響している。学校 で子どもの課題を考える時に,その出発点に学・学調 査が据えられる。例えば「学力調査,国語Bの第◯問の 正答率が低かったことから,事実と自分の意見を区別 して表記することに本校児童の苦手さがある」という 「結果」がその学校の子どもの課題として理解され,そ の対策として日常の授業改善,学力向上策と校内研究 のテーマが設定される。 学校における教育活動の中心・出発点に,子どもの 実態として「学・学調査の結果」がおかれる。本来は 評価の一手段でしかないはずの「テスト」の結果が, 教育委員会,学校ぐるみですべての目的へと収斂され ていく「テスト収斂システム」(金馬国晴2014)がつ くられつつあり,小学校の通常学級における子ども理 解と教育実践研究のありようを大きく変えている2) 。 この中で授業改善・授業研究は,学習指導要領と教科 書を絶対視したうえで,それをどう効率よく教えるか という方向性をとることになっていく。的場・深沢の 後段の指摘とは逆方向に進んでいる。 平成25年度の学・学調査において「・授業の冒頭で 目標(めあて・ねらい)を児童に示す活動を計画的に 取り入れた。・授業の最後に学習したことを振り返る 活動を計画的に取り入れた」という質問項目があげら れた。特別支援教育の視点からは,授業のユニバーサ ルデザイン化やスタンダード化が推進される。そのな かで授業スタイルの統一が学校,学校区,行政区単位に おいて図られていく傾向もある。ある市では,市内の 全小中学校で授業スタイルを統一している3) 。それは, 次のようなものである 。 その1 本時の「めあて」を自覚する その2 課題に対する自分の考えを書く その3 それぞれの考えを交流する その4 めあてに応じた「まとめ」をする その5 学習を「ふりかえる」 (学んだことを自覚する) 授業は小学校であれば担任が子どもと授業内容,単 元計画からどのような授業展開にするかを構想するも のである。しかし,授業スタイルの統一が地域の状況 や個々の学校や個々のクラスの子どもの実態に無関係 に行政区単位で実施されることになると創造的な授業 研究は困難を極める。 私たちは2012年1月に「気になる子の指導に悩む センセのための学習会」という学習会を始めた。この 学習会は,通常学級において気になる子ども(特別支 援対象の子どもや対象として校内委員会等では認めら れなくても担任が学習状況の気になる子ども)に対し て,担任として何ができるかを考えていこうと始めた 学習会であった。K先生は小学校2年生の担任であっ たが,学習指導要領が変わって特に算数でつまずく子 どもたちが増えているように感じていたという。 「それは,2年生4月の単元『時間と時刻』です。ある 時刻の何時間後・何分後(前もある)の時刻や経過し た時間を求める学習なのですが,わかる子はわかる,わ からない子は具体物を使っても教材を工夫してもわか らない,といった状態でした。しかも5月の家庭訪問で,

石垣 雅也

Masaya ISHIGAKI

近江八幡市立岡山小学校

窪島  務

Tsutomu KUBOSHIMA

滋賀大学名誉教授

―「学習感想」を活用した「子どもの声を聴く」実践研究を通して―

On the Practical Research in the Regular Classroom Setting

- Through the “Self-Evaluation” to Learning in the Lesson -

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授業論の必要性」を説く。  ナラティブアプローチは「日本の民間教育運動の実 践が「子どもを丸ごととらえる」ことを志向し,授業 の形式的な画一化を批判しながら展開してきたことの 意義を説明する手がかりになる」という5)。授業の形 式的な画一化が進む中で,田中のこの指摘は重要であ る。「子どもを丸ごととらえる」とは,意識的に生活綴 方(的)教育実践に取り組む教師や生活指導実践,教育相 談的対応の中で意識されてきた。子どもの表現をその 表面にとどまらず,家庭生活や社会状況の中などの文 脈に位置づけて理解しようとする実践的態度のことで もある6) 。「ナラティブ的探究に基づく授業論が有意義 だと判断するのは,人間存在の根本であるナラティブ までおりて授業をとらえることで,そこにある一般性 を授業の形式論に陥らずにつかむことができ,また同 一性についても個性あるストーリー同士の関係が織り なすものと理解することで,センスの問題に還元する ことなく対処への見通しがつけられる」からであると 田中は考えている。授業の形式論に陥らず,子どもを 丸ごととらえるような実践的態度を継承していこうと する問題意識は共有できる。  では田中のいう「ナラティブ的授業論」とは具体的 にはどのようなものであろうか。田中(2011)は,「臨 床教育学の子ども理解」概念をめぐって出されている 問いを三つに整理している7)。一つは一般の子育てや 臨床教育学以外の教育学や心理学の子どもについての 認識や理解とどこが異なるか,二つめは従来の実践研 究との違いは何か,三つめは臨床教育学において方法 論の客観化はできているのかということである。 二つめの従来の実践研究との違いについて田中の整 理に従って若干の検討をしてみたい。田中は日本の教 師がこれまで教育実践の中で培ってきた「子どもから 学ぶ」ということと臨床教育学の「子ども理解」の関 係について4つのレベルに区分している。第一のレベ ルでは子どもから学ぶ契機が教育実践にふくまれてい ない。第二のレベルでは教育技術・方法の問い直しレ ベルで「子どもから学ぶ」ということである。第三の レベルは教育方針・教育観の問い直しのレベル,第四 は教師と児童・生徒といった関係の枠を超えたところ で生き方の影響を受けるレベルであり,このレベルで の気づきは第二,第三のレベルの問い直しにもつなが るとしている。 田中(2011)は,「ナラティブ的探究に基づく授業づ くりで中核になる点」を,「家庭や地域といった学校 外の生活で身につけているストーリーと授業の接続を はかること」「授業自体を子どもが『生きる』場にす ること」としているが,それはこの第四のレベルを想 定した授業論ということであろう。そのレベルにおけ る授業論は,どのような研究方法において可能なので あろうか。田中が紹介するジーン・クランディニンら 困っていた子のおうちで『うちの子,あの勉強,ぜんぜ んわかっていませんねえ』『どうしたらいいですか?』 と言われることが多く,私自身困っていますなんて言 えず,『難しいですよねえ。学校でも繰り返し復習し ていきますから』と答えるのが精一杯でした」4) 教材配列,教材(主たる教材としての教科書を含む) の選択の権利が学校・教師に豊かに保障されていれ ば,12進法の「1時間」と60進法の「分」が混在して 表されているこの学習内容が無理をして2年生の子ど もたち(4月であれば7歳になったばかりの子と8歳に なったばかりの子が混在する集団)に学ばせなければ ならないかどうかということは教師の経験上判断がつ くはずのことである。つまり「時間と時こく」の学習 を2年生の始まったばかりの4月ではなく,もうすぐ3 年生を迎える3月にした方が混乱する子どもが減るの であれば,そのようにすればよいのではないかという ことである。事実「これってあんまりしつこくやりす ぎても,このタイミングでわからない子は,今ここでつ めてやってもわからないよ。また二学期とか三学期に 復習を兼ねながらするといいんじゃない」というよう な会話が職員室で低学年の経験豊富な教師から語られ る。ここには経験豊富な教師の子ども理解がある。教 育課程の編成権や主たる教材である教科書の選択権も 個々の教師に与えられていないという制約があるなか でも,教師はそのようにして折り合いをつけていこう としている。  子どもがその学習内容をその時期では理解しづらい という教師の子ども理解は,授業の中の子どもの事実 から育まれた「授業を通しての子ども理解」である。 教師の仕事は,低学年ではほぼ毎日5校時(下校は午 後3時ごろ)まで子どもがいて,休み時間は連絡帳 確認の事務,宿題の確認等の学習実態の把握と指導に 費やされる。その休み時間も業間体育などに占められ ることもあり,中・高学年ではほぼ毎日6校時(下校 は4時ごろ)まで子どもがおり,休み時間は事務,学 習実態の把握と指導に加え,生徒指導,委員会活動の 指導などに占められることもある。このように業務量 が増加する中であっても,子どもと最も多くの時間を 共にするのは「授業」である。現状の教師のおかれる 勤務の状況や授業研究の条件も視野にいれ,授業を通 しての子ども理解のあり方について検討する必要があ る。   本研究での授業研究はいわゆる5教科のアカデミッ クサブジェクトにとりあえず限定する。 2,先行研究における子ども理解と授業研究 1)子ども理解と授業研究の方法 田中昌弥(2016)は, 「ベテランの教師の大量退職や教 育実践に対する画一化の圧力が強まり,若手に対する 現場の教育力は衰えている」ことから「ナラティブ的

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である。その時の子どものしんどさやつらさをもつ子 どもに合わせた教育課程や教育内容の修正または「合 理的配慮」についても,「子どものわからなさや認識」 から教師が検討しなければならないことである。それ は「問題を子どもに還元する」ことではない。子ども がその授業においてどのような「思いやねがいを持っ たか」ということは,教師の関心事の中心でもある。 その意味でも「授業における子ども理解」は重要な課 題である。 2)「学習感想」を用いた子ども理解 通常学級の担任が,授業において一人ひとりの子ど も理解を深めていくことは重要であるが,実際には大 きな課題がある。例えば,発表・発言から子どもの声 を聴こうとして,「全員発表」を目指す授業を掲げた としても,例えば40人学級であれば,一人が一分発表す ればそれだけで授業時間は終わってしまう。20人学 級であればその倍の時間が保障されるのであるが,制 度的な教育条件が子どもの声を聴くということ一つを とっても制約的に影響している。一人ひとりの子ども 理解を深めようとしたとき,発表や発言など子どもの 語りを手がかりにすることは,この条件に大きく影響 される。そこで,どの時間でも取り組むことが可能で, 日常の学級での授業で一人ひとりの子どもの思いやね がいを聴き取る方法として,子どもが授業を振り返っ て書く「学習感想」に注目する。学習感想は授業スタ イルの統一化が進められる中でもその必要条件の一つ として位置づけられている。それは先に述べた政策的 要求もあるからである。国立情報学研究所の論文検索 システムcinii-Articlesを用い「学習感想」をキーワー ドとして検索できた実践研究論文など39本のうち,外 部機関や外部講師らが,いわゆる「出前授業」として 実験的に行った授業評価のデータとして子どもの感想 が用いられるたような研究を除き,小学校の算数科を 扱った先行研究13本と中学校の数学科1本を取り上げ, 検討を行う。 学習感想の研究上の扱いとして,一部の子どもの感 想をとりあげるのか,すべての子どもの感想を取り上 げるのかという2つに分類できた。さらに,一部の子 どもの感想はどのような意図で取り上げられているの かということや,書かせる上で子どもに書く内容の指 示の有無などで分類することができた。 すべての子どもの感想を取り上げた研究は14本中 3本,一部の子どもの感想を取り上げた研究は11本で あった。11本はさらに二つに分類される。11本中の 5本は,研究主題に沿った子どもの感想を結果の一部と して用いている。 「倍概念の進展を促す指導に関する考察」をおこなっ た市川(2010)は,考察の(3)において,「調べる対 象を変えずに,基にする大きさを変えたことにより,同 じ長さのものでも(比較量は同じでも)倍を表す数が のナラティブ的研究では,子どもだけでなく,教師,校長, 親と,子どもに関わる多くの立場がそれぞれのストー リーを語り,それが研究者たちによって聴き取られて いる8) 。 授業については,ある教科の一時間の授業や,単元を 通しての授業の様子から描かれるのではなく,子ども たちの語りからその授業での子どもの言動についての 考察が加えられる。研究の方法は田中が特に注目すべ きというように,「研究者が一方的に教師,子ども,家族 を研究対象とするのではなく,教師,子ども,家族も共同 的・研究的な探求を行う共同研究者として位置づけ, ともに探求に加わる」という重層的な研究である。 子どもから学ぶ,授業を子どもが生きる場にする,と いうような田中の提起に共感はするのであるが,通常 学級を担任する一人の教師が授業を通して子ども理解 を深める授業研究の方法論としてはその具体化は実際 上困難である。さらに人生・ストーリーという大きな 枠組みと一時間や単元を単位とする授業とその研究の 枠組みは実際にはどのように統一できるのかという課 題もある。 そこで田中が区分した,子どもに学ぶ第二のレベル に立ち返ってみたい。第二のレベルで子どもから学ぶ ことは,「教師の説明や学習指導,生活指導の方法が子 どもたちと合わなかった場合,問題を子どもたちに還 元するのではなく,子どものわからなさ,認識の状況な どから学んで教育方法や技術の改善を図るということ である」と「子どもから学ぶ」ことを教育方法・技術 の問い直しのレベルとしている。子どものわからなさ や認識の状況から学んで問い直すべきことは,教育方 法や技術だけではない。例えば先の時間と時刻の学習 において,教師が子どものわからなさに学んで改善し たことは,学習指導要領と教科書という絶対的な縛り がある中での教育課程・内容の自主的な組み換えであ るといっても過言ではない。つまり個々の子どもの発 達と教育課程や教育内容の対応関係の吟味や再検討と いう課題がそこにある。   第二のレベルにおいて,「子どものわからなさや認 識」から学ぶという担任教師にとってもっとも切実な 課題は,授業方法や技術といった教師の個人の力量に 還元される方向ではなく,教育内容の編成という教師 の専門職性の発揮という道筋へと展開する契機にされ なければならい。 子どものわからなさや認識から学ぶということは, 授業を通して子どもを理解することの重要な鍵であ る。さらに,わからないということだけでなく,「わかっ てうれしい」「次はできるようになりたい」というよ うな子どもが今を生きる喜びの表現もある。また,子 どもの発達的課題からどのようにしてもその学習内容 の理解には限界があるということも存在する。通常学 級に在籍する学習障害のある子どもたちなどがその例

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にかけられた子どもの感想が用いられ,学習内容の理 解が困難であった子どもの事実は捨象されている。通 常の学級であるならば単元終了時に学習内容の習得が 困難だった子どもも間違いなくいるはずであるが,子 どもの学習感想を通した先行研究からはその事実が見 えてこない。学級全体の子どもの状況を対象とした 先行研究は,集団として処理した平均値的理解か,田畑 (2001)の「小数倍で表すよさを実感した子どもは,未 習である小数倍の意味にもとづいて小数倍にあたる大 きさを求めることができる」という結論のように,い わば「できる子ども」理解となり,できない子どもが いるという事実は捨象されてしまう。 小池(2016)らの研究はすべての子どもの感想を点数 化はするが,質的な意味づけをした分類がなされてお り,子どもの感想という事実を切り捨てず扱う方法を とっている。フィードバックシートを用いた理由とし て,「多忙な授業者が生徒一人ひとりの振り返りシー トに目を通す時間をつくることができ」ないことも配 慮してフィードバックシートを支援チームが作成する ことにしているがその意図も共感的に理解できる。今, 小中学校の教員がおかれている長時間過密労働下で は,日常業務をこなすのが精いっぱいで,実践研究をお こなう上では特段の負担にならずにできる方法を模索 するという点は重要である。しかし,それが授業者に 一時間の授業のまとめとしてのフィードバックシート として返されることで,結局のところ学習集団として の平均値的な理解度が示され,個々の生徒の言葉は匿 名化されてしまう。 一人ひとりの子どもの声を聴き取ることは,教育実 践において重要である。臨床教育学的な子ども理解 のアプローチのひとつとして重視されているナラティ ブ的アプローチは,個々の授業あるいはひとまとまり の授業単元における子どもの声を聞き取ることにこだ わった場合に,具体的にはどのような方法になりうる か明らかでない。以上のように,「子どもの声を聴く」 という方法論は趣旨や理念は理解できる。しかし,特 にアカデミックスキルを扱う授業においては具体的な 方法は未確立である。教育方法学的な授業研究のアプ ローチでは,子ども理解を深めるというベクトルには 向かわないが,子どもの学習感想を取り上げる手法に ついては一定の蓄積がある。 以上を踏まえたうえで,通常学級担任に可能な授業 研究の方法は単位時間は一時間および最大一単元であ ること,研究主体は担任であること,担任の周りに小さ くても議論する集団があること,個々の子どもを最後 まで一貫して固有名詞でとらえること,子どもを実際 には知らない外部者の研究ではないこと,授業者自身 も対象化すること,授業および子どもとの関係が常に 変化する授業といういとなみの中でみること,もっと も重要な条件として,多忙さの中で担任が継続的に実 変わることに気づくことができた」とし,「子どもの 手だとリコーダーの長さは,もとの長さの5ばいだっ たけど先生のてだと4ばいでミッキーマウスのてだと 2ばいでびっくりした」という子どもの感想を提示し ている9) 11本のうち5本は,ある条件に適合する子どもを抽 出し,その子どもの授業における思考と学習感想を重 ね合わせて分析をしている。例えば「割合概念の理 解における児童の思考の様相」についてノート記述の 分析を通じておこなった中村(2008)は,差と倍を併 記する中で差が伸びると考え,話し合いを通じても十 分な納得をしていない児童,話し合いの後に考えが変 わった児童,一貫して倍がのびると考えた「割合概念 の意識が早期から見られる児童」というようにカテゴ リー化して子どもを抽出している10) 。11本のうち2本 は,学習感想を書く視点が子どもに明示されているこ とがその特徴としてあげられる。例えば鈴木(2008) では,児童が自分の考えを簡潔に表現できるように,学 習して感じたことは…わかったことは…友達の考えに ついて思ったことは…自分の考えを見直すと…今日の 学習を使うと…もし~だったら…と,6点にわたってそ の視点が明示されている11) 一方,一部の子どもの感想ではなく,すべての子ども の感想を取り上げた研究としては,子どもの思考や解 答を分類した中村(2008)や,田端(2001)12)の研究が ある。いずれも,授業感想の中にある考えや,用語が全 体の中でどのくらいの割合で記述されているかという ことや,正答の割合などと関係づけて子どもの感想が 用いられている。 小池克行(2016)らの研究対象は中学1年生の数学の 授業であるが,授業の終末場面で生徒が記入した振り 返りシート13回分の記述内容の分析を行っており,全 員の授業感想を多数回にわたって検討している13) 小池らは,中村(1989)の「学習感想の指導の4つの段 階」をベースにして,第1段階の1-A学習への感想が 主な記述, 1-B 自らの学びを振り返る記述, 1-C 他とのかかわりについての記述。第2段階の2-A具 体的な学習内容の記述, 2-B自らの考えなど具体的 な記述と,それぞれをさらに分類した,学習感想の指導 の4段階を開発している14)15)。これらの感想の分類は, フィードバックシートと呼ばれるシートにまとめられ る。シートは,クラス全体の集計がなされ,生徒の自己 評価の点数が棒グラフで示され,学習感想の記述内容 や支援チームからみた気づきなどが示され,学習集団 としての理解度や個々の生徒のまとめの様子などを把 握することができるよう作成されている。 3)「学習感想」を取り上げる方法の検討 一部の子どもの感想を取り上げた研究については, 基本的に研究のベクトルが,教師の側からの授業方法, 授業内容の検討に向かっており,教師の視点でふるい

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表1 「学習感想」の記入一覧表 学習感想には,「わかったこと,できたこと」や,「わ からなかったこと,むずかしかったこと」を書くよう に指示した。また,「わかった,わからなかった,できた, むずかしかった」の四つの視点に限定するのではなく, それ以外の振り返りも書ける余地がうまれるように, さらに以下のような指示をした。ひとつは,「わかっ たこと,できたことは,「!」で表せることだから,わかっ たこと,できたことの他にもそんなことがあれば,それ を書いてもいいよ」という指示,もう一つは「わから なかったこと,むずかしかったことは「?」で表せる ことだから,そんなことがあればそれを書いてもいい よ」という指示である。それにより,「うれしかったっ て, !で書いていい?」「できるかなぁって心配なこと は, ?で書いていい?」など,子どもの側から学習感想 に書きたいことの内容を拡張していくような要求があ がった。子どもがその授業をどうとらえているかとい うことを理解することが「授業を通した子ども理解」 であるので,このような子どもの声を受け入れて,「!」 や「?」を書くことがふりかえりを書く時間であるこ とを子どもたちとたしかめた。 子どもの感想へのコメントを書いたり,文字や文章 表記のまちがいを訂正したりはしない。この一時間の 授業を振り返った中でどのような思いやねがいを持っ たかを教師が理解し,その後の指導に生かすためであ る。文字,文章表記の間違いがあっても,それを理解す る上では何ら支障はないからである。子どもの書いた 文章が読み取れなかった時には,その子どもに「これっ てどういうこと?」とたずね,口頭で説明をしたこと を記録したり,本人が書き直すといった場合にのみ書 き直しをさせたりした。 5,分析と考察 ①学習感想の評価(解釈)について 子どもの書いた感想の評価(解釈)の仕方の第一は, 書かれていることをそのまま読むということである。  第1時間目の指導細案には「p.38の絵を提示し,焼 施できるものであるべきである。 3,目的 本実践研究の目的として2つを設定した。一つは,日 常の教師の負担を増やさず無理なくできる方法の探 求。授業スタイルの統一化の問題点は少なくないが, 学校,行政区単位での導入が決められれば個々の教師 はそのスタイルで取り組まざるを得ない。しかしその ような条件下でも,その条件を利用しながら「子ども 理解」を可能にする方法を考えた16)。その条件を拒否 したり,それとは別に感想を書かせることは教師の負 担が大きくなりすぎる。そこで,感想はできるだけ子 どもの本音を自由にかけるようにし,一時間ごとの学 習感想を一単元分記録した。一時間の学習感想はエク セル入力で約30分で可能である。二つは,「学習感想」 にこめられた「子どもの声」と単元後の評価テストと の関係を検討し,感想に記述された「子どもの声」の 内実を検討することを目的とする。 4,方法 特別な条件設定を行うことをしない通常の授業に そった実践的研究とする。一時間の授業の終末場面で ある「学習の振り返り」を一部手直して活用する。授 業は教科書を主たる教材として使用する。教科書の一 単元分を分析の一単位とする。実施した単元は,東京 書籍「新しい算数3年上」新しい計算を考えよう[わ り算]p.38 ~ 50である。指導書の配当時数は10時間 である。学級の子どもの状況に応じ,問題文の表現を 変えたり,練習問題の問題数の増減をおこなったりし たが,原則として東京書籍発行の指導計画細案に則し て指導を進めた。 配当時数10時間の内,学習感想を書いたのは5回であ る。学習感想は一時間の授業の最後に,子どもが算数 ノートに「今日の学習の振り返り」として書く時間を 設けた。授業の終末場面で,おおむね3分から5分を 使い,分量としては1行17マスのノート(うち15マ ス分を使用)の3行程度が目安になる時間である。子 どもからの「どれくらい書いたらいい?」という問い に対しては,「書きたいことを,書けるだけ書いたらい いよ」と応答した。学習感想をその授業時間内に書く 時間が確保できない時は, 子どもの休息時間の保障の 観点から休憩時間を挟んだ後で書く時間を設け,その 日の内に感想を書く時間を確保するか,その時間も確 保できない場合は学習感想は無しとした。 授業後子どものノートを回収し全員分の感想を一覧 表(表1)に打ち込む。一覧表には,一時間ごとの感想 を打ち込む欄と単元の評価テストの得点欄,単元評価 テストの一学期分の合計得点を打ち込む欄を作成し た。34人の感想を全員分打ち込むのに要する時間はお おむね30分程度である。

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単元の学習の前半から中盤にかけて,子どもたちの新 しく学習することへの喜びや前向きな気持ちが学習感 想には書かれる。 一方,表3ではわからなかった,できなかった,という 感想も当然みられる。単元評価テストが近づくと,c2 児「どうしようかな」c5児「心配です」c8「不安や」 というように,心配や不安な気持ちが表れてくる子ど もが増え,全体を通してみても,そのことについての 記述が増える。 表4 第9時の学習感想より 「あまりまだわり算のことがわからない」と書いて いるc28のノートは時間内に練習問題が解けていな い。しかし,第6時の感想では,前はあまりわからなかっ たけど,今日は勉強してよくわかるようになった。と, 等分除,包含除の2種類の立式ができるようになってい る。それとは対照的に,c32児は,「第7時には,きょう わりざんをしました。わりざんははじめはむずかし かったけど,わかったからうれしいです。と書いたが, 第9時には,今日割り算をしました,割り算は今日はでき たと思うけど,明日はダメだと思います」と書いてい る。 単元の評価テストの点数と見比べてみると,学習感 想における子どものわかった,むずかしかったという 表現と,点数の間に関係性は特にみられない。表5は,単 元末の評価テストの得点が,34名中下位3名の学習感 想である。だいすきになった。わかったからうれしい。 など,わかるようになった喜びを感想では表している。 ③算数の時間以外の日常の生活場面の行動との関連 学習感想を打ち込む作業をしているときにc30児の ノートを見てみると,ノートには消して書き直しをし ている跡がたくさん残っていた。しかし練習問題や考 え方など書かれていることは正解であり十分理解した きそばとジュースの分け方の違いを話題として取り上 げ,自由な話し合いなどをしながら,わり算への興味・ 関心を高めるようにする。」とある。体の大きさに応 じてわけられた焼きそばと,均等に分けられたジュー スの絵を見ながら「分ける」ということについて,子 どもたちの生活経験に則して考える場面である。均等 に分ける,つまり等分して,1あたりの量を求める計算を (等分除の)割り算ということを学習していく。表2 はそこでの学習感想である。 表2 第1時の学習感想より c5児の感想は,今日の学習内容が理解したかどうか ということが気にかかる感想である。c13児の感想は, 視覚的にとらえて思考することが得意で,文章表現に 苦手さを感じているようにとらえられる。担任をして いると,この子どもたちの感想から,さらに解釈ができ ることがある。 c5児は,算数の単元ごとの評価テストの成績はほぼ 満点に近く,一時間ごとの適用問題も間違えることは ほぼない。しかし「ちょっと,むずかしかった」と書 いている。 c13児は,この感想の通り,視覚的な資料から情報を 読み取ることに得意さを感じている。国語の授業でも, 本文からわかることよりも,挿絵や写真からわかるこ とをもとに発言することが多い子どもである。 つまり,子どもの感想は,その子の書いたものと,その 時間の様子や,それ以外の時間や場面でのその子の様 子とを重ね合わせることでしか評価ができないのであ る。子どもの学習感想は書かれたものをまずそのまま 受け止めるということと,さらにその子のその学習感 想以外の姿とを往還しながら評価(解釈)を進めてい くことが必要となる。 ②単元全体を通した評価(解釈)と分析 まず,子どもの学習に対する前向きな表現が多いこ とが目にとまる。表2は第3・4時,第6時の感想一 覧の抜粋であるが,わかったこと,できたことに対して, 楽しみだ,好きになったなどの表現が見られる。特に 表3 第4時・第6時の学習感想より

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c18児は55%の得点であり,c2児は100%の得点で ある。 しかしそれは子どもが「わかった,できた,好きになっ た」と書いたことが事実でないということではない。 一人ひとりの子どもが,その瞬間わかったと感じたこ と,うれしかったと感じたこと,すきになったことはそ の子にとってのかけがえのない事実である。授業を通 しての子ども理解は,子どもの学習内容に対しての理 解度(認知的側面)を理解するだけでなく,子どもの 気持ち,いわゆる内的条件とそれがどのように作用し ているかを理解することである。授業スタイルの統一 やスタンダード化などによる授業の画一化は一人ひと りの子どもの内的条件や授業による作用が視野に入っ ていない。 子どもは一人ひとりが個性的な存在であるというこ とを無視することは,教師の子ども理解のみならず,授 業の力量をもそぐことにつながっていく。最近の授業 改善の方向性の一つとして学習感想を「本時の学習で 分かったこと」のみを書かせたり,「日常生活で活か せることは何か」と限定的に書かせたりする取り組み もあるが,限定的な条件下で書かせたものは子どもの 理解度を測定するだけであり,子どもの内的条件をと らえようとする方向には働かない。   6,今後の課題 1)実践研究の方法について 授業スタイルの統一化が進む中でも,学習感想を活 用することで授業を通しての子ども理解は可能である ことが実践できた。30分とはいえ,感想を打ち込み一 覧表を作成する時間的負担はある。しかし,この時間 は一人ひとりの子どもの学習感想に目を通す時間でも あり,今日の授業の子どもの学習の定着度の理解に加 え,その子の学習への意欲や喜びや不安といった教師 が共有したい思いを理解することができる。さらに, その授業以外の場面での子どもの姿とも結びつき理解 が進むため,時間的負担は十分に相殺できるというの が,今回取り組んでみた担任教師としての実感である。 その事実と学習内容の定着が一致しないことがあると いう事実を統一的にとらえるためには,その子どもの 学習の困難さが何に起因するかということをとらえる 実践的方法について更に検討することが必要である。 2)実践研究を集団的に行う意味 最後に授業を通した子ども理解に取り組むうえで, サークルの必要性にふれておきたい。私たちは,数年 にわたり小さな研究会を開催し,そこに教室と子ども の学習の事実を持ち寄り実践研究に取り組んできた。 「教育実践の問題は当然サークルの問題につながる」 という勝田(1995)17)の指摘は教育実践の事実を集 団的にいろいろな角度から検討し個々の授業の中にあ 内容であった。第3・4時の感想にある20÷3と間違 えたとあるのは,それに続く練習問題の24÷3とい う式を20÷3と書いた間違いのことである。c30児 は,算数の学習場面だけでなく,日常の学校生活の様々 な場面で,○○していいですか?△△はどうすればい いですか?と担任に対してたずねてくることがとても 多い子どもであった。 このノートの感想を見ながら,「できてるのに,こん らんしたん?」とたずねると,「うーん。できてるね んけどなぁ。なんか心配やねん。すぐ心配になるねん」 と答えた。「じゃあ,いつもいろいろ聞きに来るときは, わからなくてきいてるっていうより,心配だから聞き にくるの?」とさらにたずねると,すこし柔らかい表 情で「うん。心配やねん。」と答えた。 それ以降,彼が何かをたずねてくるときには「うん, だいじょうぶやで」と,その質問に答えるようにすると, 「先生ちょっと心配あるねんけど聞いてくれる?」と たずねてくるようになってきた。学習の理解度とは別 に,常に不安感を持っているc30児の様子が学習でも うかがえた。 ④子どもの学習感想と内容理解 一時間ごとの子どもの学習感想から当然のことであ るが子どもはできるとうれしい,わかるとうれしいの である。わかっている・できているが,不安だったり むずかしいと感じていたりもする。単元末テストの結 果と,各時間の学習感想には関連性はない。子どもが わかった,できたと書いていても,実際にはそれが学習 内容の定着には結びついていないことがある。つまり, 学習感想をそのまま授業の理解度を測定する事実とし ては扱えないということである。「わかった」という 実感一つをとってもその内実は個々それぞれである。 第4時のc18児の「やり方がわかってわり算が好きに なった」という感想と,c2児の「わりざんのやりかた わからなかったけどわかるようになってきた」という 感想はいずれも「やり方がわかった」ということに言 及しているが,単元末の評価テストの結果においては 表5 第5時,6時,7時の学習感想より 表6 c30児の第4時,第6時,第7時の学習感想

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倍に表すよさに焦点をあてて」日本数学教育学会 誌 第83 巻第12 号2001年p.2-12 13) 小池克行,霞英樹,佐々木祐哉,石川和広,松沢 要一,岩崎浩「生徒による振り返りを視点とした 授業改善への実践的アプローチ」上越教育大学教 職大学院紀要第三巻(2016年)p.103-110 14) 中村享史「数学的な考え方を伸ばす学習感想のあ り方第4学年面積の指導を中心に」日本数学教育 学会誌第71巻第2号(1989年)p.14-21 15) 中村が分類した四段階は,「第1段階は具体的記 述がなく,抽象的な言葉が多い。第2段階は数学 の学習内容についての記述がある。第3段階は他 者の考えについて,自分の考えが記述されている。 第4段階は自分の考えを見直し,発展的に考えて いる記述がある」という四段階である。 16) 著者の勤務校でも「学習の振り返り」を書かせる ことが授業改善の方法として提案された。その方 法の意味について学校全体の統一的なやり方とし て導入されることが多くなっているが,著者の勤 務校では部会の検討の結果,振り返りの中身は「今 日の学習でわかったこと」や「キーワードを使っ て書きましょう」などと,内容を限定しないこと, 各学年学級の実態に応じて取り組むことが確認さ れた。 17) 勝田守一「実践記録をどう評価するか」『教育』 1955年7月号 る個別性と普遍性を抽出することは集団的検討を通し てなされることにより可能となるということだけでな く,「名目上のサークルが,かえって,職場での話し合い, 生活のなやみ,自分の家庭の問題というような『弱音 や本音』を素通りして話し合いをしているという欠陥 を持つ場合」にはらまれる大きな危険の指摘が含まれ ていた。この指摘は,まさに今の職場,教師を取り巻く 創造的教育実践が困難という状況にあてはめれば,授 業スタイルまでもが統一化されるという中で,その枠 組みを緩め,実践上の困難や本音を出し合える「サー クル」の必要性の指摘となる。 今回の実践研究は,創造的教育実践の困難さや教師 に対する評価の眼差しの厳しさなどを共有しながら, 自己責任的な授業改善路線に乗らない授業研究のあり 方を数年にわたり,小さなサークルの仲間と模索して きた中で取り組まれた研究である。本稿においてはそ の経過や詳細は反映されてはいないが,サークルの役 割が重要な役割を果たしていることを記して,その検 討は今後の課題としたい。 引用文献 1) 的場正美・深澤広明「はしがき」教育方法学会編 「日本の授業研究」学文社 2009年 2) 金馬国晴「テスト収斂システム」が教育を壊す 『教 育』かもがわ出版 825号(2014年10月) p.5-12 3) http://www.city.konan.shiga.jp/_upfiles/ news/f19857/kyoikuzu.pdf 4) 滋賀民研研究所通信「手をつなぐ」第325号2015 年7月 5) 田中昌弥「授業とナラティブアプローチ」『教育』 かもがわ出版840号(2016年1月)p.47-54 6) ここで田中が想定している教育実践は,山崎隆夫 や,今泉博,太田一徹らのような民間教育研究団 体に所属した著名な実践家の教育実践である。 7) 田中昌弥「臨床教育学の課題とナラティブ的探究」 『臨床教育学研究』 第0巻(2011.10)p.44-57 8) ジーン・クランディニン他 田中昌弥訳『子ど もと教師が紡ぐ多様なアイデンティティ―カナ ダの小学生が語るナラティブの世界―』明石書店 2011 9) 市川啓「倍概念の進展を促す指導に関する考察 第2学年倍の導入に着目して」第43回数学教育論 文発表会論文集(第1巻)2010年p.133-138 10) 中村享史「割合概念の理解における児童の思考の 様相-ノート記述の分析を通して-」日本数学教育 学会誌第90巻第4号(2008 年)p.2-10 11) 鈴木晴雄「数学的表現力を重視した授業展開一第 6学年「複合図形の体積」一日本数学教育学会誌  第90巻 第2号(2008 年)p.25-32 12) 田端輝彦「小数倍の導入についての一考察-小数

参照

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