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こぺる No.004(1993)

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NO. 4

部落のいまを考える② 部落解放教育の岐路 住田一郎 ひろば④ 差別落書とその反応 山城弘敬 メディア・メディア④ タテマエ 本音の中身 池村六郎 乙べる刊行会

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部 落 の い ま を 考 え る ②

住田一郎

部落解放教育の岐路

﹁ 中 三 合 宿 ﹂ 中 止 の 波 紋 大阪における部落解放教育の停滞、危機が叫ばれて久 しい。一方に、いまだに克服できない高校進学率の七、 八%格差、他地区の子どもたちとの一

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ポイントの学力 差、大学進学率の著しい格差等の具体的な数字を根拠に 危機を指摘する人々がいる。他方には、数字にあらわれ る実態にではなく同和対策事業にどっぷりとっかり、他 人にや、ってもらうこと、依存することになれきった被差 別部落の父母や子どもの状況に危機を強く感じる人々が いるのである。前者の実態はここ数年間の公的な調査結 果からも共通に導きだされた一定の結論でもある。この 事実に対し、二十数年間解放教育を推し進めてきた部落 解放同盟はやり場のない憤りを感じている。我々がこれ まで勝ち取ってきた数多くの教育条件の整備・改善・充 実はいったいなんだったのかという疑問とともに。特に、 被差別部落の子どもは父母の強い願いを受けた教職員の 努力によって高等学校に入学した。しかし、この生徒た ちに中途退学者が増加しているのである。この事実をま えに、解放教育運動にかかわってきた解放同盟・父母・ 教職員はこれまでの実践内容をいやが上にも振り返り、 総括せざるをえない状況においこまれているのである。 大阪での部落解放教育の﹁総点検・改革運動﹂は、部 落解放同盟大阪府連の提唱する﹁解放教育改革への提

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言﹂を、つけてスタートじた。支部段階でも府連の提唱を 待つまでもなく﹁子どもの危機的状況﹂認識は共有でき るものであり、改革論議は独自の課題もプラスしながら 活発に展開されてきた。この改革論議にはさきに述べた 後者の立場から総括する視点がほとんど見られない。が 反面、﹁子育ての責任は親にある﹂﹁本来、親や子ども自 身が負わねばならない責任まで教育行政に転嫁してはな らない﹂と、これまでに見られなかったスローガンが前 面に掲げられていた。さらに、被差別部落の父母の考え 方に根強く引き継がれてきた教育行政まかせ、学校まか せ、地域の運動・子ども会まかせの発想の転換を促す大 きな意義が含まれていたのである。 大阪市内の解放教育実践で他地区を一歩リードしてき た支部においても、この間の改革論議を通じて十数年ら い継続されてきた中学三年生対象の﹁夏休み特別教科合 宿 H 高校受験対策﹂を中止した。﹁わが子には、どうし ても高校に入ってほしい。いまのままで入れるやろか。 家では分からんとこあっても、夫婦とも無学で教えられ ん。ながい休みが心配やねん。先生いい方法ないやろか。 私らできることはなんでも協力します﹂という父母の切 実な要求が学校に提出された。学校のほうでも﹁ながい 休み中、夜の勉強会だけではこころもとない。やっぱり みんなで集まって勉強することも必要ではないか。この 時期に勉強の習慣も、生活のリズムもつけたいし﹂とい うことで合宿はスタートしたのである。親たちも﹁先生 や子どもが勉強でがんばっているんやから、親としても なにかせなあかん﹂とすすんで食事の世話を買ってでた。 他の地区では子どもに学力をつけるのは学校の責任とい うことで食事の世話まで女教師が負担させられたところ もあったが。このような経緯で始まった﹁合宿﹂、学力 向上の象徴的な取り組みの中止である。父母の落胆は大 きかった。当然、地域ではさまざまな議論が展開された。 これまで地域の運動、学校、父母は子どもへの教育諸条 件の保障と手厚い対応こそが彼らの力を伸ばすに違いな いと素朴に信じてがんばってきたのである。運動は合宿 の条件保障を、教職員は泊込みの教科指導を、父母は食 事の世話をというように。子どもたちは上げ膳据え膳の なかで、ひたすら勉強さえすればよいとされてきた。し かし、結果は残念ながら思わしくなかった。この点につ いて真剣に話し合われた。つまり、子どもたちに私たち 大人がどれだけすぐれた教育条件を保障したとしても、 それだけで’機械的に子どもの学力も含めた成果が上がる 一,

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ものではない。やはり子どもたち自身の主体的なかかわ りや責任を暖昧にしたままお膳だてられた﹁中三合宿﹂ では、子どもは﹁お客さん﹂でしかなかった。当然、 p大 人たちの思惑とは逆に子ども自身の自立・自主性が育た なかった。それどころか子どもたちは﹁恵まれた条件 に﹂知らず知らず安住し、むしろその力を獲得する機会 を私たち大人が子どもから奪ってきたのではないかとい う結論が導きだされてきたのである。この論議では子ど もの自立・主体性のみが話し合われたわけではない。む しろ、子育ての責任者である被差別部落の父母の生育歴 からくる生活リズムの乱れや弱さ、子育で放棄とも思え る婆勢︵祖父母や教育行政に子育てを依存する︶等も厳 しく問い直された。結局、子どもの自立・主体性の確立 はそのまま被差別部落の父母が部落差別のなかで獲得し えなかった自立・主体性の確立の課題でもあづた。﹁中 三合宿﹂中止もこうした論議の中から提起されたのであ る 。 ところがこの事実経過を報告されても、被差別部落の 活動家からは﹁そうやったんか、やっぱり子どものこと 考えたら納得せざるをえんな。真綿でくるんでしもたら 子どもは身動きとれん。これまでのように何でも責任を 行政や学校に突き付けるだけではいかん﹂という共感の 声は少なかった。むしろ当初は﹁それはないぜ、わしら はこれまで十数年間子どもに学力・生きる力・部落差別 に打ち勝つ力をつけるためにということで、学校での教 育条件の改善や家庭における教育環境の充実をめざして 教育行政と闘ってきたんや。闘争の結果、みんなも知っ ているように教育の条件はほんまにようなったはずや。 それなのになぜ部落の子どもには力がついてないんや。 なぜ、せっかく入学した高校もまともに卒業できんのや。 わしらが獲得してきた成果はなんやったんや﹂との憤り にも近い発言の方が多かった。多分、このように発言し た古くからの活動家の心情は次のようなものであったに 違いない。﹁私らが勉強できんかったのは、家が貧乏で 家事や子守り、家計の足しに年を偽って働いて、学校に いかんかったからや。それに先生や生徒の差別も厳しか ったしな。はよいうたら長期欠席・不就学ゃ。たとえ学 校に行けても家で勉強する場所も学用品も満足になかっ たからや。それに比べいまの子どもの教育条件は恵まれ ている。月とスッポンの違いや。もしもわしらの時にこ れだけ条件に恵まれていたら、みんな一流高校入学間違 い な

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ゃ。先生はほんまに部落の子乞もに力を入れてく

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れてるんか﹂。つまり学校への不信であり不満であった。 他方、六九年に施行された同和対策事業特別措置法下の 諸対策とともに生育した小・中学生をもっ現在の父母の 多くは、自分らがそうであったように、子どもたちに力 をつけるための対策事業の実施は当然であると考えてい る。もし成果が上がらないのなら充実した対策がその上 に打たれてしかるべきだと考えて疑わないのである。彼 らにとっては﹁対策の是非﹂が問題なのではなく、どの ような対策が実施されるかだけが問題なのである。自分 たちの側から主体的に対策を返上することに積極的な意 義を見いだせないのも当然である。 これらの意見は、行政闘争によって要求を獲得するこ とのみが目的化されてきた部落解放運動の反映でもあっ た。どのような目的で要求するのか、また獲得した成果 をどのように生かしていくのかを問うことはほとんどな かった。同和対策事業による教育条件の充実はひとりで になされたわけではない。要求闘争の成果であった。こ の成果の中身を自分自身の口で噛み砕き消化する課題が 抜け落ちていたと指摘しなければならない。獲得された ︵与えられた︶条件も、それを生かす子ども自身の主体 的ながんばりがなければ絵に画いた餅にすぎない。問題 は、子ども自身の主体的ながんばりをいかに引き出すか、 引き出せるような手立てをどのように考えればよいのか というところにある。それは、ある活動家が明言したよ うに﹁条件さえあれば、わしらはみんな一流高校に入れ ていた﹂などという問題でないことはいうまでもない。 この点の重要性については、これまで解放教育を進めて きた関係者の総括に基づく共通理解でもある。がしかし、 以下に示す現実の具体的な解放教育実践には、これで子 どもの主体的なかかわりやがんばりが発揮できるのか、 子どもは自立した力を自らの努力、葛藤のなかで獲得で きるのかとの疑問が生じるのである。 自 立 を 阻 む 、 ﹁ 善 意 ﹂ の教育実践 先日、私が参加した解放教育の研究集会で次のような 報告がなされた ο 報告者の同和教育推進校では、四月以 降、早朝一時間の教科学習を毎日続けてきた。この学習 会の目的は学力保障にあるだけでなく、生徒たちに生活 リズムを定着させることにも置かれていた。なぜ生活リ ズムなのか。報告者によると、最近学校、地域の運動体 の努力で高等学校に入学させた被差別部落の生徒が生活

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リズムの乱れから相次いで中途退学を余儀なくされてい る。この現実への対策としてスタートしたらしい 1 高校 での生活リズムの乱れは高校から気をつけてももはや手 遅くれで、中学時代から身につけておくべきである。そ こで早朝学習会の登場となった。﹁転ばぬさきの杖﹂と いうことらしい。報告を聞きながら私は﹁なんと甘い先 生や、子ども自身の責任はどこへ行ったのか。子ども自 身が負わねばならない責任まで、なぜ学校が負わねばな らないのか﹂との疑問から素直には納得できなかった。 高校での生活リズムの乱れと中学校における早朝学習会 の開始がなぜいとも簡単に結びつくのか、理解できない のである。生活リズムの乱れの責任は学校にあるわけで はない。高校に入学した生徒︵青年︶の場合には、今日 まで獲得された被差別部落の生活環境から考えるなら家 庭の責任とも言いきれない。むしろ、生徒自身がその時 点で負わねばならない自己責任である。その生徒︵青 年︶が負わねばならない生活を自己コントロールする責 任まで、なぜ中学校が肩代わりしてしまうのか。もちろ ん、白己責任を取りきれない被差別部落の生徒︵青年︶ の課題は大きいに違いない。この課題を克服するために 従来どおり中学校が手を差し伸べ、レールを敷く対応で よいのだろうか。この対応では生徒。︵青年︶自身が自己 責任を取らねばならない場面を先に延ばしているだけで はないのか。このような甘い対応の是非こそが現在、部 落解放教育運動の実践者に問われている課題なのである。 子どもが成長する過程には数多くの乗り越えねばなら ないハードルが用意されている。子どもはその一つ一つ と格闘し、ときには挫折も経験し、それらを肥やしにし ながら自分自身を形成していくのである。ところが、先 述の中学校では、被差別部落の子どものハードルだけ低 くしたり、その上、踏み台まで用意して飛び越えさせて いるように思えるのであ芯。私にはこの対応が被差別部 落の子どもに自立した力を身につけさせるものとは到底 思えない。自立した力の獲得は己れとの厳しい対決のな かからしか生まれない。厳しい己れとの対決の場を奪っ てはならない。しかし、私はこの甘い対応の責任をすべ て学校側に負わせることはできないと考えている。なぜ なら、同和教育推進校での解放教育実践の多くには、必 ず被差別部落の運動や父母の要求がある意味でストレー トに反映されてきたからである。もちろん、私は運動や 父母が学校に様々な要求をだすことが間違いだと言って いるわけではない。そうではなく運動や父母の要求を学

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校がすべて是とし、そのまま鵜呑みに教育実践を展開し てしまう傾向への問題提起なのである。学校には、長年 の教育科学・教育実践の成果が蓄積されているはずであ る。私はこの蓄積された教育の論理でそれらの要求を阻 噂した対応を学校に求めているのである。さきに述べた 早朝学習会も部落差別による厳しい父母の生育歴では、 家庭で子どもの生活リズムの乱れを直すことはできない、 学校でなんとかしてほしい、との運動・父母の要求に応 えた結果に違いない。しかしことはそれだけで終わるわ けではない。父母は子育てにおいて、学校に依存すれば するだけ、自分たちが子どもと踏張らねばならない課題 を暖昧にしてしまっているに違いないのである。 現在もなお、解放︵同和︶教育を進める教職員の意識 の底に流れているのは﹁部落差別の現実から学ぶ﹂﹁被 差別部落住民にかぎりなく︿寄り添うこという考えで ある。しかも、ほとんど無条件に﹁被差別部落から学 ぶ﹂ことが強調されてきた。しかし、﹁学ぶべき被差別 部落﹂の実態はこの三

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年間に実施されてきた同和対策 事業によって著しく変化してきた。特に、子どもの教 育・生活環境は大きく改善されてきたのである。三

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年 前の解放︵同和︶教育実践で被差別部落を校区にふくむ 学校の教職員が果たさねばならなかった教育課題はあま りにも大きく、かつ深刻であった。多くの教職員は子ど もを学校の机に着かせるために、あらゆる努力を惜しま なかったのである。当然、教職員が教育実践を推し進め るために、地域・父母の責任範囲にまで踏み込まざるを えなかった。当時の被差別部落の父母・子どもが置かれ ていた劣悪な教育状況では、まず教職員が動かねばなに も始まらなかったのである。しがし、教育諸条件の保障 が飛躍的に進んだ現在では、地域・父母が負うべき責任 範囲まで安易に教職員に押しつけるべきではない。むし ろ、教職員の責任範囲を徐々に縮小し、地域、父母、‘子 どもが担うべき役割を明確にすべき時期を迎えている。 ﹁同和対策事業﹂としての部落解放教育の脱皮が求めら 、れているのである。にもかかわらず、各地では教職員の かかわり過、ぎが結果的に被差別部落の父母と子どもの自 立を阻んでいる状況が見られる。もちろん、私は解放教 育実践に取り組む教職員の善意を疑っているわけではな い。むしろ、教職員のあいだで被差別部落とのかかわり を避ける傾向が強まる今日の風潮では彼らは貴重な存在 ですらある。しかしながら、いま最も重要な課題は善意 に基づく被差別部落の父母と子どもへの教職員の配慮が、

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結果として彼らの自立・自主性の獲得を阻んでいる事実 な の で あ る 。 まさに、解放教育実践は﹁新しい皮袋には、新しい酒 が注がれるべき﹂時期を迎えているのである。 ﹁抽象的な概念﹂をいかに修得するか ではつぎに、解放教育実践における子どもの課題を見 ることにする。ある研究会に提出するレポートの事前検 討会の席上でのことであった。部落の父母が子どもの学 力について日を聞けば、小学校の先生は信用できんとい うことが多かった。父母の言い分は﹁小学校ではまあで きてますと言われてきたのに、中学校ではほとんど理解 一できていない﹂事実からきている。私はこの疑問もふく め報告者に次のように聞いてみた。﹁私には、たぶん小 学校の先生がまるっきりでたらめを父母に報告している とは思えない。子どもはその時点、時点ではいちおう教 科の内容をマスターしていたに違いない。時間の経過と ともに忘れることも十分に考えられる。ただそれだけの ことなのか。それとも中学校と小学校の聞には学ぶ子ど J もにとって大きな違いでもあるのですか﹂と。中学校の 数学教諭である報告者はやや考えながらきっぱりと答え た。﹁一言宝干つなら言語能力だと思います O A 具体的に 言えば、たとえば中学校の数学の授業ではで﹂の数字と この数字を逆にすれば答えがでる﹄と教師が教壇から発 問するのが普通です。ところが、教室にはこの﹁逆﹂ ︵ ギ ヤ ク ︶ と い う こ と ば の 音 ︵ オ ン ︶ は 分 か っ て い て も 、 その意味がつかめない子どもがいるんです。その場合、 おとなしく授業を聞いていても、いくら考えてもその子 どもには問題は解けないでしょう。多分、小学校ではこ のような場合、子どもが理解できるところまで﹁逆﹂の 意味をたえず噛み砕いていたはずです。その結果、問題 も解けていたし理解もできていたのです。しかし、いつ までも噛み砕いてくれるわけではない。噛み砕けない内 容だつであるのです。中学校に入学する子どもは噛み砕 かなければ理解できない状況から、噛み砕く必要が少な くてすむ力を身につけることが目標でもあるのです。し かし、残念ながらこのギャップに戸惑っている生徒に部 落 の 子 が 多 い よ う に 思 い ま す ﹂ 。 私ばこの﹁言語能力﹂の課題を、つぎに述べるように 被差別部落の父母と子どもが獲得すべき﹁抽象的な概 念 ﹂ の 問 題 と し て 考 え て み た 。

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部落の子どもに学力的なしんどきがめだちはじめるの がほぼ小学校四年生前後である。教育懇談会でも父母か ら出される心配ごととして子どもの学力が問題となりだ すのもちょうどこの時期だ。また実際に、この四年生ご、 ろから﹁これまで具体的な概念だけで進められていた教 育内容のなかに、抽象的な概念で考えることも要求され てくる﹂ともいわれている。この大切な時期に、多くの 部落の子どもは叶抽象的な概念﹂を各教科を学習するな かで身につけることが困難になっている。なぜか。子ど も を も ふ く め 被 差 別 部 落 の 日 常 生 活 で 、 ﹁ 抽 象 的 な 概 念 ﹂ が会話のなかでふつうに使われる場面はほとんどないに 等しい。部落の子どもにとって﹁抽象的な概念﹂での会 話世界は自分たちから遠くかけ離れた存在に違いないの である。この子どもにも小学校は高学年から﹁抽象的な 概念﹂を教えなければならない。そこで先生は﹁抽象的 な概念﹂をストレートに教えるのではなく、子どもが理 解できるようにその概念をたえず噛み砕きながら繰り返 し学習してきた。ところが、もともと﹁抽象的な概念﹂ の世界に無縁に近い被差別部落の子どもにはその概念は つねに先生が噛み砕く説明や言葉を通じてしか理解でき な い も の に な っ て い た の で は な い か 。 私はこの状況を次のようなたとえとして考えてみた。 重症で病院に入院している患者さんが病状に応じた﹁流 動食︵やわらかく、熟れたもの︶﹂を用意されるのは当 然で、だれも不思議に思うものはない。しかし、その患 者さんが病状が回復しても、いつまでも﹁流動食﹂のほ うが食べやすく、慣れているので﹁普通食﹂は要らない といったらどうなるか。まずそれ以上、体力が戻らない の で 病 状 の 回 復 は 望 み 難 い 。 ﹁ 流 動 食 ﹂ だ け で は 健 康 な 身 体を作りだすことはできない。あくまでも﹁流動食﹂は 緊急避難の措置である。そこで患者さんは医師や看護婦 さんの説得で、最初は喉を通りにくく抵抗があっても 徐々に﹁普通食﹂を受け入れるようになるのである。 前述した部落の子どもが﹁抽象的な概念﹂を獲得でき にくい理由の一つはこの点にある。彼らの多くは﹁流動 食﹂にあたる小学校での﹁噛み砕いた説明や言葉﹂は受 け入れやすく、居心地もよいのでその時点に止まってし まう。自分自身の努力によってしか修得できない﹁普通 食﹂である﹁抽象的な概念﹂を身につけようとはしない の で あ る 。 ﹁ 流 動 食 ﹂ が 決 し て ﹁ 普 通 食 ﹂ に 変 わ り え な い よ う に 、 ﹁ 噛 み 砕 い た 説 明 や 言 葉 ﹂ も ﹁ 抽 象 的 な 概 念 ﹂ の マ か わ り は で き な い 。 実 際 に 、 司 流 動 食 ﹂ の 患 者 さ ん は 阻

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鴫する能力の弱さを﹁流動食﹂によって補ってもらって いるのであり、決して正常な身体状況ではない。﹁普通 食﹂を十分に組鴨できる力の獲得がめざされているので ある。この﹁普通食﹂にあたる﹁抽象的な概念﹂の修得 は部落の子どもにとって自立への第一歩である。クラス には生活環境や生活意識の違う仲間がいる。彼らとの友 情 や ト 人 間 関 係 を 深 め る た め に も 、 自 分 の 殻 に 閉 じ こ も っ たままではならない。部落の子どもにとっては、この殻 を破り続ける困難な作業が﹁抽象的な概念﹂の修得過程 そ の も の な の で あ る 。 ところが、これまでの解放教育運動︵特に婦人の識字 運動︶のなかにも﹁抽象的な概念﹂の獲得を意識的に無 視しようとする動きがあった。部落差別による強いられ た閉鎖社会での生活・日常会話が生みだした弱さなので あ ろ う か 。 ﹁ 抽 象 的 な 概 念 ﹂ を こ む ず か し い 言 葉 と し で 、 一方的に敬遠してしまう姿勢がそれである。実際に、彼 女らが被差別部落以外の人々との会話を極端にさけてき たのもこの姿勢が大きく影響している。また、地域での 学習会や講演会の講師にたいし﹁漢字﹂ではなく、﹁ひ らがな﹂で話してほしい︵話すべきだ︶とやたらと注文 するのも、さきの考え方からきている。もちろん、講師 に聴衆が要求を出すことがあやまっているわけではない。 しかし、﹁漢字﹂ではなく﹁ひらがな﹂で話すべきだと 注文をつけることはできない。なぜなら、ほんらい質の 違った意味をもち、相互に関連しあってつくられてきた 日本の︿ことば文化﹀を、﹁漢字﹂ではなくすべて﹁ひ らがな﹂で代替することは不可能なのである。﹁漢字﹂ を噛み砕いた、こなれたことばが﹁ひらがな﹂なのでは ない。こ仰はについて彼女らは自分自身の間違いに気づ く 手 段 を 持 ち 合 わ せ て い な い の で あ る 。 四 自 ら の ﹁弱さ﹂と向きあう つ 己 、 ︵ 一 二 ︶ で 指 摘 し た 内 容 を ふ く め て 解 放 ︵ 同 和 ︶ 教育実践は展開されてきた。四

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年の聞に、解放教育実 践は他の教育関係者に、誇るべき、継承されるべき成果 を数多く生み出してきた。にもかかわらず、ここで解放 教育実践の弱点・課題のみをなぜ強調するのかと問われ そうである。私は次のように答える。従来の解放教育実 践を総括する視点には、私が指摘した被差別部落の父母 と子どもの自立という観点が抜け落ちているからである。 不思議に、被差別者がかかえる︿弱さ﹀に対する指摘が

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回 避 さ れ て き た 。 同和教育推進校という﹁温室﹂で、部落の子どもは常 に﹁守られる﹂ベき存在になっていた。前述の研究大会 でも、他の報告者は﹁部落の子どもは部落差別によって 一般社会では生きにくくされている。これは現実なんで す。それに比べれば学校は子どもにとって温室です。僕 は温室でいいと思っている。温室にいる聞に差別社会に 立ち向 ν かえる力を身につければいいんですから﹂と発言

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ていた。この報告者は彼らの学校が寸温室﹂だと理解 している。彼の言い分も解らないではないが、現実はそ うではない。社会の価値・矛盾︵部落差別も含めて︶を 一人一人の子どもは背負って学校にきでいる。たしかに、 学校は社会の矛盾をストレートに反映するわけではない。 だが、社会意識とまったく切れたところでの教育実践は そもそも不可能なのである。つい最近も、残念ながら部 落の子どもが中心の﹁いじめ﹂事件が起こった。さらに、 被差別部落の﹁豊かな﹂経済生活を背景に高価なブラン ド洋品を身につけ、そうでない他地区の子どもを﹁ダサ イ﹂と傷つけた報告もあった。学校での子どもを取り巻 く状況は一般社会の意識状況と完全に切れているわけで はない。学校は無菌状況の﹁温室﹂ではない o − この学校で、人権学習の一環として寛罪事件である狭 山事件が取り土、げられる。差別と闘う部落子ども会の子 ど も が 毎 回 、 教 室 の 前 か ら 石 川 さ ん の 無 実 を 訴 え 、 、 同 時 ー に、具体的な課題として﹁いじめ﹂をなくそう、﹁ひと りひとりを大切にする仲間づくりを﹂と呼びかける。し かも指導的な立場から。他地区の子どもはこの呼びかけ を自分自身の課題として素直な気持ちで聞けるのだろう か。その上、他地区の子どもは部落の子どもと先生との やり取りを見聞きしながら﹁部落の子どもは先生にひい きされている﹂とも敏感に感じているのである。この部 落の子どもと他地区の子どもとの意識のずれが、相互に 徹底的な議論をつうじて是正されることは少ない。多く は被差別者の思いのみが強調され、同じ地平から深め合 うことなく、建て前のみが常に優先されてきた。この状 態は差別・被差別双方の子どもに歪んだ部落問題認識を 与えてしまっているのである。 教育学者の大田たかしは今日の受験競争一本槍の教育 実践を批判して次のように語っている。﹁聞いと答えの聞 がかぎりなくつまっており、教育現場から余裕が奪われ ている。ほんらい教育とはこの間いと答えの聞を十分に 子どもに保障し、子ども自身の試行錯誤する時間として

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大切にされてきた。ところが、受験に必要な能力は間違 う余裕を認めず反射的に反応することのみが重視されて しまった。今日、この︿間﹀の復権が大切なのだ﹂と。 私にはこの指摘が﹁温室﹂のなかで行われる解放教育実 践に向けられているようにも考える。特に、人権教育に かかわる授業ではこの︿間﹀が大切にされなければなら ない。にもかかわらず﹁温室﹂に寄りかかった解放教育 実践では、﹁聞いと答えの間﹂に︿自明の真理︵差別す る自由はない・被差別者の声︶﹀が大手を振り、子ども に十分な︿間﹀を与えることなく性急に展開されてきた。 しかし、今日解放教育実践でもっとも大切にされなけれ ばならない課題は、この八開﹀での差別言辞も含めた子 どもの意見・誤答を許容することであろう。 私はこの小文で解放教育実践が陥っている弱さについ て指摘した。冒頭に述べた﹁同和対策事業にど 9 ぷ り と っかり、依存することになれきった被差別部落の父母と 子どもの状況﹂からの自立をめざす私の立場からすれば 当然である。さらに、詩人金時鐘が昨年の﹃京都新聞﹄ 紙 上 で 、 ︵略︶本当のひどさ︵差別される|筆者注 V は 、 そのことで自分︵被差別者 l 筆者注︶を省みる内省 力がなくなっちゃうことなんだね。人からひんしゅ くを買うことを一切気にしなくなってしまうことな ん だ ね 。 ︵ 略 ︶ 心ある日本人ほど在日朝鮮人を、いたわるんだよ な。つまり、向き合う関係でなくて、ごもっともと 言 い 分 を 認 め ち ゃ う と い う の か : : : 。 あ の

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た ち は 差別されているから、民族的受難を経ているからと い う だ け で 、 意 識 の 深 い 人 ほ ど 対 朝 鮮 人 と 一 言 う 論 議 を 一 緒 に し 合 う 対 象 に な ら な い ん だ よ な 。 エゴイズムは差別する側のものだけでなく受ける 側にもある。むしろその度し難きは受ける側にこそ あるというのが私の持論だが、こんなのは随分見て き て い る し 、 良 く 知 っ て い る 。 と提起した内容に、解放教育実践は真正面から応える質 を 持 ち え て い る の か と い う 問 題 で あ る 。 私は、被差別者自身に対する彼の厳しい提起を真正面 から受けとめねばと思っている。甘えることなく、回避 するととなく、論難することなく、にである。

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ひろば④

差別落書とその反応

山城弘敬

各地で﹁差別落、書事件﹂が起こっているとの話をよく 聞きますが、昨年末から、ぼくの住む四日市市の近辺で も、起きました。同一人物によると思われるものが、四 十件近く続いています。身のまわりでも、一時慌ただし い動きがありました。そこで、これについて感じたこと を ま と め て み ま す 。 今回の事件の特徴を簡単に報告すると、﹁××はエツ タだ﹂などと、①特定の個人名をあげ、②賎称を積極的 に使い、③公共施設の壁などにスプレーで大書きし、④ 半年以上あちこちに落書するというものです。なお名指 しされた人物は、部落の出身者ではありません。出自や 家族関係、過去も含めた住所、仕事に部落と結び付くも のはありませんし、本人もそうしたアイデンティティー を持っていないという意味においてです。 こうした事態に対し、行政はすばやく対応しました。 落書発見時のマニュアルを作成し、全職員に配布。年末 年始も含め、深夜に職員を動員してのパトロール。様々一 な取り組みを依頼する文書は、手当たりしだいに発送さ一 れ、受け取った人は、人口の数パーセントにのぼります o 各種のチラシにいたっては、人口の数より多いのではな一 い か と 思 わ れ る ほ ど 配 布 さ れ ま し た 。 一 氾濫した文書の中には、﹁落書を人ごととして見過ご一 すのは、明らかな差別者﹂﹁差別に中立的立場はない﹂一 などの内容もあります。これに教育長などの署名がある一 のです。ここに行政がどれほど大変なパニックに陥って一 い る か が 如 実 に あ ら わ れ て い る で し ょ う 。 一 なぜこんなに慌てふためくのでしょうか。そして、そ の中で大切なことが、忘れさられているのではないでし− ょうか。この間いを抜きにすれば、ニ疋の強制力を持つ一 て広範に組織されている部落問題についての今日の取り一 組みは、マイナスの効果しかもたらさないのではないか一 と 考 え ま す 。 一

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、まず狼狽の根拠。ごれには、暖味な形で認知されてき た﹁行政責任論﹂と、今回の事件のような表現のどぎつ さがあるでしょう。﹁同和問題の解決は、固と地方公共 団体の責務﹂とのフレーズは、広く語られています。こ れが個別の差別事件の責任まで、行政のものとして認め るものではないことは明らかです。そもそも責任などと いうものは、それ自身が持つ権限の強さと範囲との関連 で語られるべきものです。 ところが今回の事件のように、落書という匿名性に隠 れて、あからさまな表現を用いた事件が発生した途端、 ふだんから暖味な責任の内容と、誰が落書をしたかわか らないという事態がミックスされて、一切の責任が行政 にあるとの誤解が生じでしまうのです。 、この混乱は不必要に行政の権限を拡大するものにつな がり、とても危険な事態ではないでしょうか。同時に行 政権力にしか、部落解放の展望をゆだねることのできな い考え方として、検討しなおすべきです。 次いで、議論されるべくしてされていない点。なぜご のようにおおげさな取り組みを行なうのかが、抜け落ち でいます。そもそも﹁部落差別はいけない﹂という主張 さえ、その根拠が問われるべき時期にきていると思いま す。しかしそれとは別に、発覚した個別の差別事件につ いて、その都度一それに対して﹁なぜ取り組みをするの か﹂ということを議論することは最低限のことです。 個別に差別事件が、どのような実害をもたらすのか。 同時に、なぜそれが実害をもたらすのかを問うことなし 仁、具体的な取り組みの方向などでてくるはずがありま せん。﹁エツタ﹂なとの言葉にまどわされて、それを問 うことを放棄されているように思われます。 また、なぜこのような落書がなされるのかを、真剣に 分析・検討しているようにも思えません。深刻な差別 H 実害のある差別とは、それが人間関係を歪めてしまうも のであると考えます。すでに歪んでしまった人間関係を 表現するのに用いられる差別に、深刻さを感じません。 まして今回の事件は、行政などの過剰反応を期待し、そ れを利用しようとしている可能性があるのです。 むろん、差別落書は許せません。しかし、モグラたた きのごとき大騒ぎでは、それをなくすことはできないで しょう。そればかりか、類似の事件をひきおこす可能性 さえあります。まして差別をなくし、あるいは無力化す るという、部落解放運動の本来の目的から遠ざかってし まっているのではないかとの思いを強めています。

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メ ﹃ ア ィ ア ・ メ ﹃ ア イ ア ④ タ テ マ エ

本音の中身

池村六郎

コミュニケーションは、お互いのつ主張﹂のやりとり である、といえば驚かれるだろうか。それとも、ああそ うだよと平然とうなずかれるだろうか。 だれもが同意するようなメッセージだと、﹁主張﹂ら しさが隠れてしまう。﹁梅雨はジメジメしてイヤだねえ﹂ このように言われて、異論をとなえる日本人はあまりい ないだろう。﹁ウメボシは酸っぱいなあ﹂というメツ セ 1 ジにはなにも主張がないように思われる。ところが、 ウメボシという﹁話題の設定﹂や酸っぱいという﹁性質 の抜きだし﹂に隠れた主張が潜んでいる。﹁ブル l ン は 甘くて身体によい﹂とのべてもよかったのである 0 1 こ れ ら を 聞 け ば 、 口に唾が出たり、ある季節感もともなうだ ろう。このようなメッセージが発せられるのは、おそら く食べ物についての話題が違和感のないような﹁状況﹂ ウメボシ文化圏にいる者どうしの会 に い る の だ ろ う し 、 話にちがいない。﹁地動説は正しい﹂というメッセージ だと、科学的真実の受

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れが迫られているのだが、だれ もそんな強迫がなされているとは思わないで、いまさら 何を言うのかという顔付きで同意する。﹁古池や蛙飛び 込む水の音﹂という俳句の引用ともなれば、だれも解 説・解釈を求められないのをいいことに、ああそうだね えと梅雨の話題らしさで挨拶代わりに納得している始末 で あ る 。 なかには風流人になりたくない者がいて、 しミ か なる意味であるのかと怪請な表情をうかべて反問すれば、 分かりあっていたはずの﹁意味﹂について、あらためて ﹁?﹂となり、コミュニケーションを深い意味もなくか わすだけの快楽から、別の思考の次元へと誘い出されて しまう。しかし、だれもが分かりあっているはずだとい う匠名の権威そのものは疑問視されはしない。 このような﹁主張﹂にたいする同意を、状況・背景・ 匿名の権威による︵積極的な︶同意とまとめよう。この ような﹁客観的真実らしさ﹂は日常的な真実ではあるけ

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れども、暗黙の同意がそれを支えていることも真実であ る。﹁主張﹂にはさまざまなものがある。このような

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当惑している砂漠の民のように、自分を部外者と見なーし、 ア ウ ト サ イ ダ ー それを暴くことが﹁部外者﹂の、部外者にしかできな い任務である。たとえ暴力的におこなわれようとも﹁計 算された暴力﹂なら、沈黙よりは正しい。 だれもが不同意をあらわせないようなメッセージでも ﹁主張﹂らしさは水面下に隠れてしまうが、この場合に は不同意をあらわせない事情に応じて、当事者の主観の 内 部 で さ ま 、 ざ ま な 処 理 が お こ な わ ∼ れ る 。 登校拒否になった子供に対して、母親が優

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く﹁行き たくなければ行かなくてよいのよ﹂と語りかけつつ、声 の表情、身振り、学校への連絡の仕方、その他の対応の 中身で、じつは﹁行ってくれ﹂という隠れたメッセージ を発しつつじかもそのことを認めず意識せず、あくまで も理解ある母親をほとんど無意識に演じるなら、子供に は無目的な反抗・退行・暴力しか残されていないことに ダ ブ ル ・ バ イ ン ド なる。このような﹁カナ縛り﹂による家庭内暴力がどれ ほど子供ながらに計算されたものであっても、母親はひ たすら自分の愛情に惑溺するばかりとなり、しかもその ことで﹁行ってくれ﹂という隠れたメッセージをさらに 補強することになる。勉強部屋をあたえ小遣いをあたえ 家庭教師をつけ、﹁登校拒否に理解を!﹂というキヤン ベ l ンをやったとしても、子供の意思に対する﹁二重の 矛盾する命令﹂が取り消されないことには変化はない。 矛盾する命令は、いずれも本心であって、本音である。 子供が変身してみずからイニシャテイブをとり、親子関 係を︵この問題について︶対等な関係に変えてしまえば よいのだろうが、それだけの意思のある子供なら登校拒 否にならないかもしれない。 二重の矛盾する命令、といえば堅苦しい響きがあるが、 日常的にありふれている。﹁よく遊び、よく学べ﹂と親 や教師がいえば、幼い子供なら悩んで、﹁どっち!?﹂ と問い返すだろう。だが、中学生にもなれば、自分に都 合よく解釈してかまわないことを知ってしまう。メツ セ l ジの背後の意味が別の次元にあることを経験したか

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らである。恋をすればさらに知る。歌入の俵万智に,﹁結 論はすでに出されている夕べお前次第といううまい 嘘﹂というのがある。どのようにも解釈できそうだが、 そろ言われた女性にすれば別れたくても別れられず、し かも相手は浮気が本気になりかねないような優位にある という状況だとしよう。﹁お前次第﹂とい、つメッセージ で、問題がすり替えられ、決めよ/決められまい・決め るなという両義的な命令となり、この現状を受け入れよ という別次元メッセージを発している・ことになる。男に すれば、﹁お前次第﹂というのはもはやウソではない。 真実ではないにせよウソではないのである。何も決めよ うとしなくなった者がその場の状況を超えた状況を決め ょ う ’ と し て い る 。 そ れ に し て も ﹁ お 前 次 第 ・ 諸 君 次 第 ﹂ というセリフはだれしもどこかで聞いたような気がする 言葉であろう。もちろんズルイ男のように、︵自分の主 観の内部で︶優位にあると思うゆえのセリフであって、 さらにはこのセリフで優位の見せ掛け・演出をしようと いう場合も多いのである 0 1 もちろん不同意をあらわせない事情はさまざまである。 必ずしも抑圧的状況ばかりとは限らない。 現実の利益がまもられるかぎり、﹁沈黙は金﹂という こともある。このようなことが意識的に、あるいは意識 的でないにせよ慣習的におこなわれている場合、﹁建前 と本音﹂の使い分けとなる。キリスト教では性交は原罪 という奇怪な観念の支配下にあるけれども、このメッ セージに対して信者たちは教会での告解の場での意識を ﹁至高の意識﹂としつつ飛ぴ地にして隔離し、 日常の意 識では性はさまざまな快楽追及と関係維持・展開の手段 としていとなまれた。憲法や法律を弾力的に解釈・運用 している日本の政治や経済にもこのメカニズムがあって、 憲 法 九 条 が 、 ﹁ 戦 後 平 和 ﹂ の夢を託す﹁良心の飛び地﹂ であったことをいまや認めてよいであろう。原罪意識よ りは現実に利益をもたらしだ﹁建前﹂であった。もちろ ん、ただの飾りのような建前ではなく、裸体の戦後の本 音が選んだ似つかわしい衣裳であった。 PKO 論争がわ れわれにとって、二重の矛盾する命令であるのかどうか、 それこそ﹁われわれ次第﹂というべきであろう。

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第二回﹃こぺる﹄合評会から 汗ばむ初夏の陽気の中、第二回合 評会が行われた︵五月二十九日︶。 話はやはり﹁特殊部落一千年史﹄改 題をめぐっての論議になる。師岡氏 は出席されたが、沖浦氏は残念なが らフィールド調査中とのことで欠席 された。沖浦さんからは﹁皆さんに よろしく﹂と伝言があり、関係がプ ツンと切れたという感じがないのに 救われた気分。こういった問題に関 しては、もはや討論さえ許されない 雰囲気がある中で、自説を展開して くださったお二人に、まず﹁ありが とうございます﹂と、私は言いたい。 時間と情報を持った学者・運動家 ならいざしらず、日ごろ部落問題に 直接関わりを持たない人にとって ︿特殊部落﹀に込められた数々の歴 史と人間関係は、なかなか見えてこ ない。そんな状態のところへ、つ特 殊部落 u はダメ﹂と言われでも、納 得できる理由を見つけられないまま に、結局﹁部落の人が傷つくから﹂ ということですますしかない。キツ チリした議論をする土俵さえないの である。お二人の討論がアリの穴と なって堤を崩し、表現と差別をめぐ って論議がどんどん進められたらと 切に願わずにはおれない。 さて、合評会を通しての私の感想 であるが、テキストクリティ l ク の 問題にもちろん興味を持ったけれど、 なんといっても﹁なぜ、いま表題だ けを変えたのか?﹂に第一の関心が ある。︿特殊部落﹀という語は以前 はマイナスイメージに使ったときの みパツとされた。そのうち、︿被差 別部落﹀と同義語に使ってもダメ、 すなわちその言葉自体がいけないと され、今回のように古典でさえ表現 を変えねばならぬところまで進んで 来ているように思う。運動団体は、 これまでどおりの主張をしていると 言うが、現実はそうだ。 高橋貞樹は、この表現にどんな意 味を込めたのだろう。部落民になり かわって書き上げた﹃特殊部落一千 年史﹂には、彼が生きた時代と思想 が詰め込まれている。たとえ欠点だ らけだろうが、言語道断だろうが、 その書を丸ごと評価の対象とするこ とが、後の世の私たちの当たり前の 姿勢ではないだろうか。そして、彼 と彼の時代をそのままに二十一世紀 へ、歴史として伝えていくのもまた、 私たちの務めではないだろうか。 ︵ 高 木 奈 保 子 ︶ ﹃ こ ペ る ﹄ 合 評 会 の お 知 ら せ 七 月 三 一 日 ︵ 土 ︶ 午 後 二 時 よ り 京 都 府 部 落 解 放 セ ン タ ー A O 、 方第二会議室 E O 七 五 四 一 五 一 O 三 O 編集・発行者 こベる刊行会(編集責任藤田敬一)

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者 か ら H それは差別ではないか仰とか H 差別の拡大 ・ 助長につ ながる H と 指 摘 されても平然とし 、 H 差 別とはなにか、なぜこ れ が 差 別 になるのか H と議論をた た かわせられる人はめったに いない。まして H あ る 言 動 が差別にあたるかどうかは、その痛 み を 知 っている 被 差 別 者 にしかわからない 勺 差 別する 側 に立っ ている 者 に 、 被 差 別 者の思いなどわかるはずがない H といわれ て 、 な おか つ 対 話を試みようとする人はめずらしい ﹂ 。 ︵ 本文よ り ︶ こ のような立場 ・ 資格が 、 差 別 ・ 被差別の双方から固定化 ・ 絶 対 化 さ れ て いるとしかいいようがない現 実 は 、 実は 、 差 別 | 被 差 別 の 隔 絶 さ れた関係の反 映 ともいえる 。 い ま 、大きく変貌を遂げつつある被差別部落の現実を直視し、 既 成 の 理 論や思想の枠組みそのものの検討を 、 自 由 な対話をと おしで積み 重 ね ら れ て こ そ 、こ の隔絶 さ れた関係の蘇生への道 が開かれるのではないだろうか。 つ

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U − 内 容 ・ 執 筆 者 紹 介 部 落 青 年 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー ︹ 座 談 会 ︺ 今 問 販 二 + 中 島 久 恵 + 濃 本 昌 久 + 山 城 弘 敬 + 山 本 尚 友 常 織 の 再 検 討 部 落 H 貧 困 の 再 検 討 ・ 山 本 尚 友 不利益 H 差 別 の 再 検 討 : ・ 縫 本 昌 久 現 在 を 考 え る 同 和 事 業 総 括 の 一 慢 占 ⋮ ・ 山 本 尚 友 ﹁ 差 別 語 ﹂ と い か に 向 き あ う か ・ 灘 本 昌 久 図 書 館 の 自 由 と 差 別 表 現 − − − − − − 高 木 奈 保 子 今 日 の 実 態 的 差 別 と は 何 か ・ : ・ ・ 住 田 一 郎 差 別 と 言 葉 の 狭 間 宮 武 外 骨 と ﹁ 機 事 ﹂ の 語 − − − − 師 岡 佑 行 差 別 と い う ニ

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ぱ : 山 本 尚 友 必 7 ﹃ しず 、

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被 差 別 部 落 民 の 内 面 ・ : 住 田 一 郎 差 別 ! 被 差 別 の 現 在 を 凝 視 す る ・ 藤 悶 敬 一 あ と が き − こ べ る 編 集 部 編 + − 四 六 判 ・ 並 製 ・ 三 O 回 頁

+ − 定 価 一 二六 O 円 ︵ 本 体 ニ O 九 七 円 ︶ 四 号 一 九九 三 年 七 月 二 十五日発行︵毎月一回二十五日発行︶ 一 九九 三 年五月 二 十 七 日 第 一 一 一 種郵便物認可 定 価

同和はこわい考

藤 田 敬 一 著 定 価 八 二 四 円 発行以来すでに六年 。 そ の 間 に 多 く の 読 者 に 支 え ら れ 、 数々の論議を生ん だ。そして いま主お新たな読者 を 獲 得 し て い る 。 部落解放運動の存在恨拠 そ の ものを、差別 ・ 被 差 別 の 関係総体の中に問い直し た 本書は 、 ﹁ 共 同 の 営 み ﹂ と しての運動 の 創出を強く訴 え る 。

同和はこわい考を

読む

こ ぺ る 編 集 部 編 定 価 一 七 二 O 円 ﹁ 批判の拒否は 、結局のとこ ろ 自 ら が H 練 の 王 様 H に な る 道 し か 残 さ れ て い な い と 確 信 す る : : : 部 落 民 で な いお前に何がわかるかな ど と は 決 し で 雷 ・ 7 ま い ﹂ ︵ 本書 よ り ︶ 。 || 解放運動あるいは部落問題や守 勺 に 諸 差 別 の 問 題 に か か わ り 、 そ の 主 体 の 有 価 帽 を 深 く 考 え よ う とする人々によ っ て 論議された様々な織論を収録 。

l 中 世 文化と部落問題を追 っ で | 横 井 清 著 定 価 二 三 六 O 円 寸 現実の部落問題に つ いてはむろんのこと 、 部落史そ のものについても 、 今 後は多数の人前で自 ら の 音声を つ う じ て 語ることも敢 えてしな ければ、税者 に 活 字 を と お し て : ・ 告 げ る こ と も ま た : ・ ﹂ ︷ 本書 ︶ 。 ひ た す ら に 内なる心音の伝え来る 差 別意織の波長に耳傾けできた 著者が 、 遂にこの 一 容 に 独り伶み 、 自らの軌跡を問う 。

件社

事 郷 市 上 京 R 寺町今 出川 ト ル 肉 丁 目 圃 山 町 十 四 T E L D 童 l − 実 1 一 = 一 一 語 F AX 室 1 三 丁 突 き 三 百 円

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