現
代
バ ング
ラ
デ
シ
ュの
社会
に
お
け
る
仏教 寺 院
の役 割
ギャ ナ・ ラ タ ナ1
. は じめ に古代 よ り寺 院は人々 が集ま るた めの もっ と も重 要な場所 であっ た。 その 後 寺 院は教 育の 機 関と して , また文化の 中心 と して存 在 して き た。 今 現 在 も寺 院は単に 僧 侶の 住 居 と して だ けで はな く, 教
育
や福祉
の機
能を もっ こ と が知 られてい る。 現在の バ ン グ ラ デ シ ュ に お け る寺 院で も精 神 的 な指導を行 うだ け で な く,教 育,社 会福 祉,宗 教, 経 済の 各 活動を行っ て お り, これが今 回 の 発 表の 主題 とな る。 今 回の 発表では現 在の バ ン グラデ シュ の村
や町に おい て 仏 教寺 院が社 会の なかで どの よ う な役 割を もっ て い る のか を,特 定の地域 を取 り上げて考え て い きた い。2
.2004
年
3
月
フ ィー ル ドワ ー ク
報
告
(
1
)Gohira
Shantimoy
Vihar
Morning
Dhamma
School
こ の
学校
は1976年
にARE
(D に よ っ てBhikkhu
Mahatnandal
(2)とい う僧の 組織の 中に
作
られ た。 これ は子供 に 仏教 の 教 え を伝えるの た め に 日曜日の 朝に 開 設 さ れ た講座で ある。 小 学1
年 か ら中 学1
年までの 生徒が こ の対 象 と な っ た。1987
年までの10年
間で宗
教の み の 科 目であ る た め, 受講す る生徒が年
々 減少 して きた。 受講
しな くな っ た 生徒
に やめた 理由
を聞くと,家 庭 教 師をつ けて数 学 や 英 語 を勉強 したい か ら だ とい う意 見 が 返 っ て き た。 両 親に意 見を聞
い て も同様
であ っ た。 そ こで こ のShantimoy
Vihara
〔3)で は 日曜の朝だ けの 授業で は な く, 毎朝7
時30
分 か ら小学 校の授 業が始 まる9
時30
分まで の2
時 間, 宗教の みで は な く, 学校の他 の 教科 も勉 強 さ せ る こ と と し た。 さ ら に96 パ ーリ学仏 教 文 化学
家庭 教 師で は大 変 高額 となる授 業料を講 師に地元の
高
校生 や大学生 を雇 うことで安 くした。
Sources:Morning Schoo1
教えて お り,勉強だけを教え る学 校で は ない 。 的な と し て働い てい る。 こ の
Moming
School
を卒 業 した 生徒の 多 くは高
校 進 学後 に優 秀な成 績を残 して お り,寺 院の社 会へ の貢 献 と教育
機 関とし て の 役 割を果た し て い るC4)。生
徒
一 人が払
う金 額は左の よ うにな る。 小学生 以下で あ れ ば一 ヶ 月で5Tk
,,5
年生で あ れ ば10Tk
. で あ る。 こ れ は家 庭 教 師の 十分 の 一 程 度の授
業料
で あ る。 ま た講 師
の給料
は 一 ヶ 月50
−100Tk
.で あ り,これ も通 常の 学校 講 師の10
分の1
程度で ある。 宗 教の 授 業は週3
日に増や した。 学校の科目 だ け で は な く仏教 経典の 主 なgatha
や 仏教 的な歌や劇を これが村全体の 文化的 , 道徳
Meditation
Centre
in
Shakyamuni
Buddhist
Templec5
)次に チ ッ タ ゴ ン市 内の 商 業 地 区に ある
Shakyamuni
寺 院の瞑想セ ン タ ー を 紹 介 し たい 。2000
年に開か れ た こ の 寺 院の 大き な特徴は瞑想 に 力 を 入 れ て い るこ とで あ る。 こ の 寺 院で は市 民の精神
的なケ ア を目的とし て,説
法 と瞑 想が毎 日行わ れて い る。 午後3
時か ら と5
時か らの そ れ ぞ れ2
時 間,説法 と 瞑 想が市
民に開
放されて い る。 午 後3
時か らの 瞑想は主 に主婦や学生が参加 して お り,5
時 か らの瞑 想 で は会 社員 や教員 な どの 有職 者が参加 し て い る。 こ の寺 院
が開
か れる2000
年以前に もこ の 地 域に は仏 教 寺 院が5
箇 所 ほ どあ っ た が ,説
法 の中
に 瞑想の話
が 登場して も, そ れ を指導 し実践す る比丘 も無 く, その よう な場所 も存
在 し な かっ た。 心 の ケア の 重要 性が多 くの 人々の 間 に持
ち 上 が り, 住 民の 間で 瞑想セ ン ターの た めの 土 地が用 意さ れ た。 そ こ に 瞑想を実 践す る比丘が呼ばれ, 住 民に瞑想 を指導す る よ うに なっ た。 セ ン タ ー が開設 した当時は ト タ ン 板で 出来た簡 素な建 物で あ っ た。2004
年 現在
, セ ン ターは コ ン ク リー ト2
階建 て に まで拡 張されて お り, こ の こ とか ら も 多現代バ ン グラ
デ
シュ の 社会に お け る仏教寺
院の役割97
くの市 民がセ ン タ ー を利用 し,精
神 的な ケアを受けて い る結果であ る とい え よ う。3
.Chittagong
Buddhist
Monastery
(6〕チ ッ タ ゴ ン の 仏 教 寺 院
Bhikldiu
Training
Center
(以下B
.T
.C
)に て住 職 と研 修 生に イ ン タヴュ ー を行っ た。 住 職の 名 前は
Gyanasree
Mahathero 〔7)で あ り,2003
年の5
月に就任 した。B
.T
℃.で は比丘 が5
人,沙 弥15
人の 合 計20
人の研 修生 が在 籍 してい る。 こ こ で の 日課 と し て は午 前7
時か ら10
時ま で 仏 教 教 理の 授 業を受け, 午 後1
時か ら4
時まで 一 般教 養の 授 業 (数 学,英 語,ベ ン ガル 語,社 会)を受け る。 午後7
時か ら8
時ま で は瞑 想の 時 間と な る(s〕。 仏教 教理 の授 業で は初級 者は仏,法 ,僧へ の礼 拝, 慈悲の 瞑想 (MettE
bh
巨van 巨〔9)経 典 の授
業 はMahgala
−sutta (]e),Ratana
−sutta ,Metta
sutta C i 2〕,Supava
皿 a−sutta 〔13),Bojhafiga
−sutta c 14) ,Dasadhamma
−sutta u 5) な どの隴
己が行わ れる。 上級者 に なる とサ ン ス クリ ッ ト,パ ー リ教育の ための プロ グラム を受 け るこ と とな る{16)。 現 在で は 講師と して 寺院の 住 職 と在家 者1
人の 合 計2
人が勤めて い る。 住 職は ボ ラ ン テ ィ ア と して , 在 家者の 講 師は1
月2500Tk
.の 給 料を も らっ て い る。 こ こ で は比丘 の養
成を 目的と して お り, 良い僧 侶を輩出
す るこ とを社
会 の人々 も期 待 して い る。 これは結果
と して仏 教の 教え を伝えて い くこ と とな り,社 会へ の 大き な役 割 と して機 能 して い る。4
.Marriage
Ceremony
atChittagong
Buddhist
Monastery
(17] こ の チ ッ タ ゴ ン仏 教 寺 院に お い て 今 年の5
月に結 婚 式が 行わ れた。 こ れ はバ ン グラ デ シ ュ の 伝 統か ら す る と, 非 常に新しい 試み で あ る。 こ れ まで は村で あれば新郎の 実家で 行 うこ とが習 慣で あ り,都 市で はコ ミ ュ ニ テ ィ ー セ ン ター と呼ばれ る集会所で行わ れて きた。 なぜ こ の ような試み が行われた か。 こ れ まで も結 婚式 に仏教僧侶が呼ばれ る こ とは多くあっ たが, ヒ ン ドゥ ー教の 影 響か ら深 夜に行わ れ るこ とが多
く,僧侶
が大 変待
た さ れる とい う問g8 パ ーリ学 仏 教 文 化 学 題があっ た。 ま たコ ミュ ニ テ ィ ーセ ン ターに集まっ て
食
事を摂
るた め僧 侶の 前で 鶏や ヤ ギ を屠るこ と も しばしば行わ れ これ も問題 となっ て きた。 また仏 教以外の 宗教 を もつ もの も多く招か れ る た め習慣
の違い な どの問題があ げ ら れ た。 こ の よ うな 理由か ら今年 初め て,仏教 徒が寺院
に おい て結婚 式を あ げ る とい う発展がみ られた。 コ ミュ ニ テ ィ ーセ ン タ ー に は宗教は関係 ない が, 寺 院で 結 婚 式を あ げ るこ とに は仏 教 的な雰 囲気
やそ の文化
に触れ るこ とがで き, 仏教 徒 同士が自
らの ア イ デ ン テ ィ テ ィー を確かめ る こ とがで き る。 こ の よ うに寺 院は社 会の 要 求に答
えて 現 在もその役 割を変化させつ づ けて い る。5
.Kadalpur
Sudhammanandha
Viharq8
)The
Buddhist
Co
−operativeSanchoy
and
Rindan
Samiti
Ltd
(19)こ れは
1997
年に20
人の 会 員で資
金が320Tk
.に よ っ て始まっ た合資
組織で あ る )。 仏 陀の教 えに は経
済 的な教え はない が,三 蔵の中で は仏 陀は食 事,衣服
, 住 宅, 薬につ い て言 及 して い る (21) 。 こ の4
つ は経 済活動の 基 盤 と な るもの で あ る。B
.C
.S
.R
.S
.で始 まっ た こ の 運 動 は,2003
年
まで に236
人の 会 員に よっ て1
,596
,567Tk
.の資 金 まで 発 展 し て お り( 22), こ れ らの 運 営 を僧 侶 が 行うこ とで 社 会へ の 貢献
を果た して い る。こ の 基金の株主数 と資 本金の
推
移 を1998
年か ら紹 介 したい 。 一一 株主数 資 本 金 株 主へ の 配 当 貯蓄 経 費1997
−1998
20人 320tk 23 .00 %5
% 1%1998
−2000
h4且人648
,597
.35tk
2556 %5
%1
% 2000 −2001
245 人 972 ,421 .90tk 且190%10
%1
% 200卜2002
232人 1,272
,4
直890tk
650
% 10% 1% 2002 −2003 236人 1,596,567 .00tk
9.70%10
%1
%1998
年か ら2000 年
に か けて 株主 数 が急 増 して い る 理由は, こ の 基 金 自体の 信用が安定
した こ とに 加え , こ の 地域
で 起 こ っ た洪 水に よ る被害の復興の 資 金 繰 りに活用 さ れた た め で あ る。 ま た こ の 基 金の 信 用が安 定す る と同時
に さ まざま な別の プロ ジ ェ ク トが開
始さ れた。 そ れ らの 例を あ げ たい。 まずは寺現 代バ ン グ ラ デ シ ュ の社 会に お け る仏 教寺院の 役割
99
院 内に つ く られた こ ど も口 座で あ る。 こ れは子供や青 少年を対 象に した貯 金 凵 座の開設
で あ る。0
歳か ら18
歳まで の青年
に口 座 を持
っ て も らい , そ こ に 貯 金を して も ら う。 こ の貯 金は主 に彼
らの教育費
と して 利 用 され る。 また こ の 口座か らロ ー ン を組む こ ともで き る。 これ らは通常で は銀 行の 行う業 務 で あ るが,寺 院
内に 専門
の事務
所 を構
えて365
日利用 が可
能になっ て い る。 こ の 口 座で は固定の 金 利 と して1
年10
%が 還 元 さ れ る。 こ の事業
の 目的 と して は子供に 経 済 的な節
約を教え,教育費
の援
助を す る と同時に ,将来 的に はこ の基
金を経
営す る人材を育成
す る機 会で も あ る。 こ ど も 凵座 人数 総貯金高 1998−2000
66
人39
,305tk
2000
−2001
71
人61
,746d
く2001
−2002
64
人102
,900tk
2002−200368
人 142,562tk
経営役
員は12
人で ,役
員か ら選 出さ れ る。 こ の基金で の主 な貸 付先の業種を見て み たい 。2002
−2003
のデータ 貸し付け 用途 件 数 金 額1
教育 5 22,000 .00tk2
商業 17 185,000 .00tk 3 畜産 10 50,000 .00d(4
不動産 3 80,000 .00d( 5 建築 14 317,000 ,00tk 6 生活扶 助 6 80,500
.00tk 7 金 融 ! 50,000 .00tk 8 海外渡航 5 220,000 .00tk9
治療 2 5、000 .00tk 10 設備投 資 1 25,000 .00tk i ll その他 1 25,000 .00tk 1 合 計65
1
,059
,500
.00tk
100
パ ーリ学 仏 教文化学6
.結 論
これ ま でバ ン グラ デ シ ュ の 仏 教
寺 院
に お け る社
会活動
の 学 術 的な報告
例は 少な く, 日本で はあ まり紹 介さ れて い ない 。 今回の 調 査で見て きた よ うに 現 在の バ ン グラ デ シ ュ で は仏 教 寺 院が社 会の 要 求に答 えて 様々 な 対応を 果 た し てい る。 教 育の 面で はMoming
schoo1 やB
∫LC
.の存在
, そ れ だ けで は な く境
内に小 中 高の 各 学校を併
設 して い る とこ ろ も少な くない 。 ま た瞑 想の指導
な どで, 精 神 的な ケア を行 う寺 院も増えて きた。 結婚 式を寺院
で開 く とい っ た宗
教 的,社
会 的な活動
。B
.C
.S
.RS
.の よ う な経済活動
の支援
までバ ン グ ラデ シ ュ の仏 教寺
院は幅広 くその社
会のな かで機 能 して い る。 この よ うな活
動は 個人 と して行 うこが 不 可能に近 い 。 バ ン グラデシ ュ で は現 在で も多
くの 人々 が貧
困に あ えぎt 労働
をせ ざる を え ない とい う経済
的な問題
が ある。 こ の た め社
会 的 ボラ ン テ ィ アに参
加 するよ うな余裕
は少ない。 一方 , 一切 の生産活
動を行わ ない上 座 仏 教僧 侶に は社 会 的な信用 が な け れば,彼
らは生活を維持
して い くこ と が不可
能で あ る。 こ れ ら双方の状
況を考慮
す れ ば,今
回の報 告
で あげて い るよ うな社
会活 動は仏 教 寺 院が果たせ る最も有
効な活
動で ある と い え よ う。 今後は こ の よ うな活 動が バ ン グ ラデ シ ュ 仏教 社 会の 中で寺
院が も つ 役割
と して大き な位置
を しめて い くの で は な か ろ うか。 現在
は特定
の寺 院
に限定さ れて行
わ れてい るが, 今後
はバ ン グラデ シ ュ 全 土の仏
教寺院
に波及 し て い くこ とが望 まれ る。Notes
(
1
)Associatlon
ofReligious
Education
(ARE
),Dhamm
吾yatana
,Annual
Bulleting
of the
Association
,(
2
) Establishedin
l933
.(
3
) Locatedin
Gohira
,Raozan
,Chittagong
.(
4
) Interviewing to the teachers and students of the Moming School.(5) Located at Agrabad, Mogoltoli, Chittagong City,丿ournal of Pali and Buddhist Stud’es
101
(6)
Located
at1
No.
Buddhist
1lemple
Road,
Enayet
Bazar,
Chittagong,
Establishedment
year1889.
(7>
Ven.Gyanasree Mah5therois
one ofthe mostprominent
figure
ofmonk andhe
is
also aDeputy SahgharajofThe SuprerneSahgha CouncilofBangladesh.
(8)
Interviewwith Abbot ofthe Monasteryand Trainees.(9>
J,
I,
176;
III,
45;Miln.199;Vism. IV 295.(10
Khuddakapatha pp.89ff,;Suttanipata
pp.46ffl(1D
lbid.pp.157ff;
pp.39ffl(IZ
Ibid.<1st
DhammapalMahathero:SadhammaRainakor.<14
Ibid.(IS
Ibid.(]6
Produce
by
Sansknt
andPali
EducationalBoard,Dhaka,an
A newidea
of Safighamembers andlay
peoples started atNandankanan
Vihara
in
Chittagong
city areain
thisyear,which was not appeared inany village temple of
Bangladesh.
{]g
SituatedatVillageKadalpur,Raozan,fhrfromChittagongcity about 35km.
(lg
FounderandPresident
Vkin,
Shasana
Rakkhita
Bhikkhu.
eO
Sanchoy,
Annual
bulleting
oftheSamiti
1998.
eD
AN. II.27;R A.Payutto:BuddhistEconomics,Bangkok lstedition 1992,pp.71ff,eZ
Sanchoy,Annualbulletin
of theSamity
2003.
Exehange
rate inthe month ofMarch,
2004,Tk.toJPY 1.00Tk.=1.88JY