『大乗荘厳経論』「種姓品」における
Akṣarāśisūtra
―何故「多界修多羅」と訳されたのか―
早 島 慧
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.序論
『大乗荘厳経論』(Mahāyānasūtrālaṃkāra[-bhāṣya]: MSA[-Bh])第III章k.2には,典 拠として Akṣarāśisūtra (ARS)という経名の経典が挙げられる.このARSは三 乗説等の典拠とされる重要な経典であり,袴谷1981,山部1987等の論考によっ て,その概要・重要性等については既に明らかにされた.
しかし,ARSという『アクシャ樹果(akṣa)の堆積(rāśi)経』とでも訳すべき 経名が,漢訳『大乗荘厳経論』では「多界修多羅」という全く異なった翻訳がな れているという点は,諸研究においても問題視されてきたが,明確に説明される ことはなかった.本稿では「多界修多羅」と訳されるに至った背景を考察する. 2
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AkSar
āCis
ūtra
と
Bahudh
ātuka-s
ūtra
MSA-IIIはその章題「種姓品」が示す通り,種姓を主題とする章であり,k.2は 種姓の存在性について論じる.そして,この存在性を界,信,実践,結果の区別 に基づき示すが,界の区別についてのMSABhの解説が以下である1). 諸々の衆生にとっては様々な界があるので,界の区別は無量であり,Akṣarāśisūtraに述べ られている如くである.それ故,界の区別がそういった類を含むものでもあると信認され るべきであるので,三乗の種姓の区別がある. ここでは界の区別が無量であることが述べられ,その教証としてARSが挙 げ ら れ る.ARSは「ア ク シ ャ 樹 果 の 堆 積 経」 を 意 味 す る 経 名 で あ る が, Prabhākaramitra(Pra)による漢訳では「多界修多羅」とあり,対応しない. 「多界修多羅」について袴谷・荒井(1993, 408)は「修多羅はsūtraの音写語で経 を意味するから,『多界経』(Bahudhātuka-sūtra)のことである」と述べ,ARSが『多 界経』として訳されたことを指摘している2).この『多界経』については,
Majjhima Nikāya所収のBahudhātuka-sūtra等であることが袴谷(2001, 242–243)に よって指摘されている.漢訳によれば同一の経典がARSとも『多界経』とも呼 ば れ た よ う に 理 解 さ れ る が, 後 述 す るMahāyānasūtrālaṃkāra-ṭīkā(MSAṬ), Sūtrālaṃkāra-vṛttibhāṣya(SAVBh)から明らかなように,両経典は別々の経典であ る.しかし,両経典は密接な関連にあったようで,例えば『婆沙論』においては 「大樹葉聚/悪 聚」の比喩の直後に『多界経』の経名が示されており3),両経が 密接な関係にあると理解されていたことがうかがえる. このARSの内容を,MSAṬ,SAVBhは次のように示す4).
MSAṬ 世尊は「比丘たちよ,例えば,アクシャ樹果の堆積は,高さにして一ヨージャナ,幅にし ても一ヨージャナである.そのアクシャ樹果の堆積から,百年経過する毎に,ある者がア クシャ樹果を一つずつ取り出して,『このアクシャ樹果はある界に投げ入れた』,『このア クシャ樹果は〔別の〕ある界に投げ入れた』と,そのように言ったとしよう.その場合, このアクシャ樹果の堆積は,直ぐに尽きて無くなってしまうが,界はそのように無くなっ てしまうことはない」と説かれた. SAVBh 世尊は次の様に,「比丘たちよ,例えば,高さにして一ヨージャナほど,幅にしても一ヨー ジャナほどのアクシャ樹果の堆積であるが,そのアクシャ樹果の堆積から,ある者が百年 経過する毎に,一つのアクシャ樹果を取り出して,『このアクシャ樹果は声聞の界に属す る,このアクシャ樹果は独覚の界に属する』と言ったとしても,このアクシャ樹果は,直 ぐに尽きて無くなってしまうが,衆生の界はそのように無くなってしまうことはない」と 仰った. 下線部の相違はあるものの,両者が引用するARSの内容は概ね一致している. さらに,ARSと『多界経』との関係については,直後に次のように注釈される5). MSAṬ 聖典に出てくる「界」の意味は何か.〔一般的には〕眼などの〔十八〕界の区別が説かれ る.そして,『多界経』と結びつけ〔て考え〕るならば,界の区別は多種あるのである. SAVBh この聖典に出てくる「界」の意味は何か.『多界経』と結びつけ〔て考え〕るならば,眼な どの界が多種多様に示されるという観点からすれば,界は量り知れない. 両釈ともARSの「界」の意味について「『多界経』と結びつけるならば」と述 べ,両経が密接な関連にありながらも別々の経典であることを明示している.
(T2, 114c27–115a4)であることが,袴谷(2001, 243–244)によって指摘されており, 上記の諸論書が示すように『多界経』とは異なるものである.
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AkSar
āCis
ūtra
と「多界修多羅」
次に,漢訳MSABhにおいてARSが何故「多界修多羅」と訳されたかという 問題について考察する.この問題について,袴谷(2001, 242; 248)は『婆沙論』に おいてARSが固有名詞ではなく「余契経」とされることから,「元来が固有名詞 で呼びうるような単一の経典であったのではなく,akṣarāśi(悪 聚)の比喩を中 心とした不特定多数の経典であったかもしれない」,「『雑阿含経』第四四四経の 存在を知った上で考えれば, 阿含 所収の名もない経典であったので 余契経 といったかもしれない」と推測し,「その教説が次第に増広されていったとすれ ば,それは,比喩の面からはAkṣarāśi-sūtraたりうる要素を保ちながら,教説の 側面からはBahudhātuka-sūtraとも呼ばれうる性格のものへと展開していったは ず で あ る.Mahāyānasūtrālaṃkāraの 漢 訳 者 がAkṣarāśi-sūtraをBahudhātuka-sūtra
(多界修多羅)と呼びえた背景には,そのような事情が介在していたのかもしれな い」と述べている. 本稿では,この問題について「多界修多羅」という翻訳に注目する.何故なら Praの翻訳傾向を検討した場合,特定の経名を挙げる際には「十地経」等のよう にsūtraに対して「経」の語があてられており,ここで「修多羅」の訳語があて られることは不可解だからである.Praの訳出としては,MSAのほか,『宝星陀 羅尼経』・『般若灯論』が知られる6).『般若灯論』における「修多羅」の訳語は管 見の限り,大別して[1] Sautrāntikaの訳語としての「修多羅人」(T30, 57b2–3等), [2]章末に教証が複数挙げられた際の,「諸経典(修多羅)に説かれる如く」(T30, 59b26等),[3]引用直前の「ある経典(修多羅)には」(T30, 66b17等),[4]「阿毘曇」 と並列的に挙げられる経典一般(T30, 54c28–55a1)の用例が確認される.一方,固 有名詞として経名は「般若波羅蜜経」(T30, 59b18等)等の「経」で翻訳し,「修多 羅」は固有名詞としての経名の際には用いられないのである. また,漢訳MSABhにおける「修多羅」の用例の大部分が「阿毘曇」等と並列 的に説示される経典一般(T30, 610a14等),「大乗修多羅」のような「大乗経典群」 (T31, 591c14–15等)の用例であり,「経典一般」,「経典群」を指すものである.そ して,例外的な例が当該の「多界修多羅」と『雑阿含経』の引用を示すもの (T31, 636a13),そして論書名を音写した「修多羅」である(T31, 661c20).一方,特
定の経名については,先と同様に「十地経」(T31, 596b8等)等,「経」が用いられ ている. 以上のように,特定の経典名に「修多羅」を当てる用例は「多界修多羅」の一 例のみである.経典一般を示す場合に「修多羅」を用いることはあっても,特定 の経典の場合には「経」の語を用いており,「修多羅」の語は用いられることは ない.この点を考慮すれば,そもそも「多界修多羅」は『多界経』という固有名 詞を指すのではなく,「大乗修多羅」のような「多界を示す経典一般」或いは 「多界を説く経典群」と理解すべきではなかろうか.つまり,PraはARSを『多 界経』と理解して「多界修多羅」と訳したのではなく,ARSを包括する「多界を 説く経典群」として訳したということである. 前述の『雑阿含経』No. 444の後には様々な「界」が説かれる「界相応」の経典 群が示されが,Praはそれら「多界を説く経典」の存在を考慮した上で,ARSを その「多界を説く経典群」の一部として理解し,ARSと『多界経』等を含む意味 での「多界修多羅」と翻訳したものと考えられる. 4
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Prabhākaramitraは何故「多界修多羅」と訳したのか
それでは,Praは何故ARSの経名を「多界を説く経典群」という意味での「多 界修多羅」と翻訳したのであろうか.『瑜伽師地論』「摂事分」(Vastusaṃgrahaṇī: VSg)もARSに言及するが7),そこでは「同様にそれぞれの界もまた無量である が,一つの種類であるので『それぞれ』と言われると説かれるのである」という 説明がなされる.VSgもまた,アクシャ樹果の比喩を用いて「界の無量」を示し ているが,注目すべきは「数」と「種類」についてである.この一節は界の 「数」は無量であるが,その「種類」は一つであると解説し,「何が無量なのか」 という点に考慮していることがうかがえる.この点を踏まえると先に引用したMSAṬ所引とSAVBh所引のARSが異なったものであることに気づくであろう.
つまり,下線部のように,MSAṬでは界が無量であるのに対し,SAVBhでは 「声聞界」・「独覚界」と「界」の区別が言及された上で,「衆生の界」が無量であ ることが説かれている.ARSの諸形態を考慮すれば,MSAṬ所引のような「界 の無量(界の数が無量)」を説くものと,SAVBh所引のような「界の区別の無量 (界の種類が無量)」を説くものの二種が確認されるのである. さて,以上のような二種のARSを考慮した場合,両釈所引のARSは『多界 経』との関係について重大な差異をみせる.下線部のように,MSAṬでは「界の
無量」を説くARSを引用した後に,『多界経』を結びつけるなら「界の区別は多 種である」とし,一方のSAVBhでは「界の区別の無量」を説くARSと『多界 経』を結びつけて「界が無量である」と説くのである.したがって,両釈におけ るARSはその内容も,『多界経』との関連についても大きく異なっているのであ る. この点をふまえて当該のMSABhを確認すると,「界の区別が無量であること」 の教証としてARSが挙げられ,そして「三乗の種姓の区別」が説かれている. MSAṬ所引のARSでは,「界が無量であること」は説かれるが,その区別が無量 であることは明示されない.そこで,MSAṬは『多界経』を引いて「界の区別は 多種である」と補足するのである.つまり,MSAṬ所引のARSでは当該の文脈 の教証として不十分だったために『多界経』をさらに引用したのである.Praが 理解したARSが如何なるARSであったか不明であるが,彼がMSAṬ所引のよ うなARSと理解したのであれば,それでは教証として不十分であることから, ARS以外も含む「多界を説く経典群」として訳した可能性が考えられよう. 5
.結論
・Pra訳の用例を見る限り,「多界修多羅」は固有名詞としての経名ではなく, 「多界を説く経典群」を意味すると考えられる.したがって,「多界修多羅」とい う訳はARSを『多界経』として訳したものではない.・二種のARSが確認され,MSAṬ所引のARSでは当該の文脈に対する教証とし ては不十分であり,PraはこのARSの存在を考慮して「多界を説く経典群」を意 味する「多界修多羅」と訳した可能性が考えられる.
1)MSABh-III p. 10: nānādhātukatvāt sattvānām aparimāṇo dhātuprabhedo yathoktam akṣarāśisūtre / tasmād evaṃjātīyako pi dhātubhedaḥ pratyetavya ity asti yānatrayagotrabhedaḥa / (a
yānatraye gotrabhedaḥ reads yānatrayagotrabhedaḥ).
2)Praの参照した梵本が,Bahudhātuka-sūtraとなっていた可能性もあるが,『成唯識論述
記』(T43, 304b19–20)は当該の経典について「大荘厳論亦引此経.名無尽意」とし, akṣarāśiとakṣayamatiを間違えたものと思われるので,その可能性は低いであろう. 3)旧訳『婆沙論』T28, 279b21–26,新訳『婆沙論』T27, 367c1–6.
4)MSAṬ(D Bi51a3–6, P Bi58a2–5): bcom ldan das kyis dge slong dag / dper na ba (ba D: bu P) ru ra i phung po phang du dpag tshad tsam / rgyar yang dpag tshad tsam zhig yod par gyur la / ba ru ra i phung po de las ga zhig gis lo brgya (lo brgya P: om. D) das shing ba ru ra re re zhig blangs te / ba ru ra di ni khams che ge mo zhig tu dor ro // ba ru ra di ni khams che ge mo zhig tu dor ro zhes de skad zer na / ba ru ra i phung po de ni myur ba kho nar zad pa dang yongs su gtugs
par gyur gyi / khams ni de ltar yongs su gtugs pa ma yin no //
SAVBh(D Mi42b4–6, P Mi46a7-b1): bcom ldan das kyis di lta ste / dge slong dag ri lu i phung po phang du (du D: du yang P) dpag tshad gcig tsam la / chu zheng du yang (yang P: om. D) dpag tshad gcig tsam yod pa i ri lu i phung po de las skyes bu la la zhig gis lo brgya am lo brgya das nas ri lu gcig blangs te / ri lu di ni nyan thos kyi khams su gtogs / ri lu di ni rangs sangs rgyas kyi khams su gtogs zhes smras na yang ri lu de myur du zad cing med par gyur gyi sems can gyi khams ni de ltar zad par mi gyur ro zhes gsungs pa /
5)MSAṬ(D Bi51a6–7, P Bi58a5–6): gsung rab las byung ba i khams kyi don gang yin zhe na / mig la sogs pa i khams kyi dbye ba bstan pa dang / khams mang po i mdo dang sbyar na ni / khams kyi dbye ba rnam pa mang po zhig yod do //
SAVBh(D Mi42b6–7, P Mi46b1–2): gsung rab di la khams zhes bya ba i don gang zhe na / khams mang po bstan pa i mdo dang sbyar na ni mig la sogs pa i khams tha dad par bstan pa i sgo nas khams dpag tu med de (de D : pa P) /
6)『宝星陀羅尼経』には管見の限り「修多羅」の語は確認されない.
7)VSg D Zi288b3–5, P Ḥi330a6–8. 〈略号表〉
ARS: Akṣarāśisūtra. MSABh: Mahāyānasūtrālaṃkāra-bhāṣya. Mahāyāna-sūtrālaṃkāra:
Ex-posé de la Doctrine du Grand Véhicule, Tome I, Texte, Ed. Sylvain Lévi. Paris, 1907. Reprint, Kyoto:
Rinsen Book, 1983. MSAṬ: Mahāyānasūtrālaṃkāra-ṭīkā. D4029, P5530. Pra:
Prabhākaramitra. SAVBh: Sūtrālaṃkāra-vṛttibhāṣya. D4034, P5531. VSg:
Vastusaṃgrahaṇī. D4039, P 5540. 〈参考文献〉 岡田英作 2015「『大乗荘厳経論』における種姓の存在根拠― 種姓品 第2偈を中心 に―」『高野山大学密教文化研究所紀要』28: 80–96. 袴谷憲昭 1981「三乗説の一典 拠―Akṣarāśi-sūtraとBahudhātuka-sūtra―」古田紹欽博士古稀記念会編『仏教の歴史的 展開に見る諸形態』創文社(袴谷2001所収). ― 2001『唯識思想論考』大蔵出 版. 袴谷憲昭・荒井裕明 1993『新国訳大蔵経 大乗荘厳経論』大蔵出版. 山 部能宜 1987「初期瑜伽行派に於ける界の思想について―Akṣarāśisūtraをめぐって―」 『待兼山論叢 哲学 』21: 21–36. 〈キーワード〉 大乗荘厳経論,Prabhākaramitra,多界経,gotra,悪 (龍谷大学専任講師,博士(文学))