脳神経外科医が脊髄脊椎疾患を治療する中で,頚椎病 変や髄内腫瘍を治療する状況はあっても,腰椎疾患の治 療経験は少ないと考える.実際,腰椎病変を扱っている 脳神経外科部門は,脊髄外科訓練施設や脊髄外科専門医 がいる施設に限定されると考える.しかし,高齢化社会 を迎え,腰椎変性疾患は,今後症例がさらに増加し,社 会的にその診断治療が重要となる病態であり,脊髄脊椎 を扱う脳・神経外科医にとって,知っておくべき病態で ある. 今回は,代表的な腰椎変性疾患である,腰椎椎間板ヘ ルニアと腰部脊柱管狭窄症ならびに腰椎固定術について 記載する. 1 .椎間板の解剖 椎間板は椎体と椎体の間に存在し,衝撃緩衝材として の役割を果たしている.その構造は上下に椎体終板が存 在し,プロテオグリカンを含む髄核を挟み込んでいる. 終板と髄核の周囲は幾層にも重なり合った弾性線維の線 維輪で覆われ,さらに前面には上下の椎体から連続する
はじめに
腰椎椎間板ヘルニア
前縦靭帯が,後面には後縦靭帯が存在する1).後縦靭帯 は下位腰椎では後正中部にのみ存在する.椎間板は血流 が乏しく加齢とともに水分が失われる.このため髄核は 弾性を失い,線維輪には断続的に機械的損傷が加わり椎 間板の変性が進行する2).このように変性した椎間板に おいて,髄核が線維輪内やさらに脊椎管内に脱出(her-niate)し,馬尾神経や神経根を圧迫した状態が椎間板ヘ ルニアである. 2 .分 類 腰椎椎間板ヘルニアでは椎間板の突出の程度と脱出方 向により分類される. まず脱出の程度による分類であるが,ヘルニア塊であ る椎間板髄核と,それを保護する椎間板線維輪および後 縦靭帯との関係により以下の 4 つに分類される3). )Protrusion:線維輪に軽度の損傷があり,髄核が1 局所的に膨隆したもの.髄核は椎間板内に存在する. )Subligamentous extrusion:髄 核 は, 線 維 輪 を2 破って後方に脱出するが,後縦靭帯を破ることなく,後 縦靭帯下に存在する. )Transligamentous extrusion:髄核は,線維輪を3 破って後方に脱出し,さらに後縦靭帯を破って,脊柱管 内硬膜外に脱出する.脱出した髄核は椎間板内の残存髄 核と連続性を保っている. 亀田総合病院脊椎脊髄外科/〒296−8602 鴨川市東町 929〔連絡先:水野正喜〕Address reprint requests to:Masaki Mizuno, M. D., Ph. D., Department of Spinal Surgery, Kameda Medical Center, 929 Higashi− cho, Kamogawa−shi, Chiba 296−8602, Japan
腰椎変性疾患:
腰椎椎間板ヘルニアと腰部脊柱管狭窄症の外科治療
Lumbar Degenerative Disease:
Surgical Treatment of Lumbar Disc Herniation and Lumbar Canal Stenosis
水
野
正
喜
Masaki Mizuno, M. D., Ph. D.
Key words
lumbar disc herniation, lumbar canal stenosis, surgical treatment
Spinal Surgery 24(1)71−79,2010 第 7 回脊髄外科教育セミナーより
)Sequestration:脱出した髄核が連続性を失いヘ4 ルニア塊として脊柱管内遊離したもの. また脱出方向により以下の 4 つに分類される. )Medial type:脊柱管内の正中に脱出したもの.硬1 膜 *を中央で圧迫する. )Mediolateral type:脊柱管内の外側に脱出したも2 の.分岐直後の神経根(L4/5 であれば L5 神経根)が障 害される.
)Lateral または foraminal type:ヘルニアが椎間3 孔内に脱出したもの.上位または分岐直後の神経根(神 経節)が圧迫される
)Extra−foraminal または far−lateral type:椎間孔4 のさらに外側で,上位神経根(L4/5 であれば L4 神経根) が圧迫され症状をきたす.画像上,正中での神経圧迫所 見に乏しいため,見落とされる可能性がある(Fig. 1). 3 .発症部位と神経症状 腰椎椎間板ヘルニアの頻度は,L4/5 が最も多く,次い で L5/S1,L3/4 の順となる4).さらにヘルニアの脱出方 向は後縦靭帯の解剖学的構造から,mediolateral type で 上下方向に進展したものが多い5)(Fig. 2).このため L4/ 5 の病変では分岐直後の L5 神経根が障害されることが 多く,L3/4 病変では L4 神経根が,L5/S1 では S1 神経 根の症状が出現する.ただし,全体の数%といわれる外 側型や far lateral type の椎間板ヘルニアでは,椎間孔を 通過する 1 つ上位の神経根が障害される6).例えば L4/5 farlateral 椎間板ヘルニアでは L4 神経根症状を呈する. これらのことから,下肢神経根のうち,特に L4,L5, S1 神経根の知覚,運動,反射それぞれの支配を十分理解 しておくことが重要である7). 実際の症状としては,腰背部の痛みで発症し,坐骨神 経痛と呼ばれる,下肢の神経支配に一致した領域に放散 する痛みやしびれが出現する.ヘルニアの程度や経過が 長い例では下肢筋力の低下,直腸膀胱障害なども伴うこ とがある.いわゆるぎっくり腰と呼ばれる突然の腰痛の 場合は,背筋群の緊張や椎間関節による局所の痛みで, 明らかな椎間板ヘルニアを合併してないことが多いが, 腰痛とともに臀部痛や下肢のしびれ,痛みなどの神経根 症状を認める場合は,椎間板ヘルニアの存在を疑い画像 所見を確認することが必要である. 4 .画像診断(Fig. 3 a,b) 通常の腰椎単純 X 線写真で椎間板高の減少,脊椎の変 形などの所見を確認できるが,画像診断には MRI が最も 有用である.椎間板の変性,ヘルニアの脱出方向,黄色 靭帯の肥厚,椎間関節の変性,硬膜 *や神経根の圧迫の 状態が確認できる.腰椎すべり症を除外するために,単 純 X 線側面前屈,後屈の機能撮影による腰椎不安定性の 診断も忘れてはならない.また,MRI 所見と症状が解離 している場合には,ミエログラフィー,CT ミエログラ フィー(CTM)が有効である.特に腰椎では,立位での 加重によって椎間板内圧が増大し,神経圧迫症状が増悪 することが多く,ミエログラフィー所見では起立時に硬 膜 *の圧迫所見として描出される.また解像度の点でも thin slice CTM が病変描出に現時点では最も優れてお り,Standing MRI や高解像度 MRI が一般的になるまで は,ミエログラフィー,CTM の診断価値は十分あると 考えられる.そのほか,高位診断に苦慮する例では椎間 板造影や神経根造影を行うこともある7).
① ②③ ④
Fig. 1 Direction of disc hernia-tion
1
Medial, Mediolateral,2 Later-3
al/foraminal,4Extra−foraminal/ far−lateral.
Fig. 3 L5/S1 Lumbar disc herniation a:MRI. b:CT myelography.
a
b
5% 7% 13% 30% 45%Fig. 2 Distribution of disc her-niation
5 .保存的療法 椎間板ヘルニアによる症状は自然経過や保存的加療に より,その 80∼90 %が改善するとの報告がある9).そこ で,まず最初に各種保存療法を行う.特に腰痛のみを訴 える椎間板ヘルニアの症例は形態が protrusion であるこ とが多く,保存的加療で改善することが多い. 保存療法には,第一に運動制限や生活動作の制限など で安静を保ち疼痛緩和をはかり,消炎鎮痛剤や中枢性筋 弛緩剤などを用いる薬物療法で症状を軽減させる.腰椎 の不安定性や高度変形を伴う例では,短期間の腰椎外固 定装具による保持も有効な場合がある.痛みが強い場合 は硬膜外ブロックや神経根ブロックが行われる.理学療 法としては,腰椎牽引,腰部の温熱療法,腹筋や傍脊柱 筋を強化する腰痛体操,筋緊張緩和目的のマッサージ, などがある.いずれの療法も患者の症状経過に十分注意 し,治療にもかかわらず疼痛の増悪する例や下肢の運動 麻痺が進行する例では,いたずらに保存的治療を続行す ることなく,手術療法も考慮する. 6 .手術療法 腰椎変性疾患の治療では,症例の神経学的所見を十分 に診察し,神経所見から判断される罹患神経根の局在と, 画像所見での病変が一致することが重要である.特に手 術治療を考える場合には,所見の一致があって初めて手 術適応となる. 1 )手術適応 各種の保存的療法を 2 カ月以上行っても効果のない もの,痛みの発作を繰り返すもの,疼痛の程度が激烈な もの,下肢の運動麻痺が著明なもの,直腸膀胱障害が悪 化しているもの,などが手術適応となる10,11).急速に尿 閉をきたした場合は緊急手術を要する.手術を行うかど うかの選択は慎重でなければいけないが,手術を行い症 状が改善することで,早期に通常の日常生活に復帰でき るならば,手術の社会的意義は大きいと考える. 腰椎変性疾患の手術は機能的手術であり安全な手術が 要求される.また高齢者も多いことから,術前に全身状 態の把握が大切である.腰椎椎間板摘出術は腹臥位で行 われることが多く,胸部腹部圧迫による心肺機能低下が あることを踏まえて検査しておくことが必要である12). 2 )手術法の選択 Protrusion の例では,椎間板内圧を下げる経皮的レー ザー焼却術が有効な場合もある.不安定性の認める症例 では除圧のみの手術も効果があるが,長期的には不安定 性が増悪する症例もあり固定術を行う場合が多い. 経皮的レーザー椎間板減圧術(percutaneous laser disc decompression:PLDD):レーザーによる椎間板 蒸散によって椎間板内圧が低下し,間接的に神経の減圧 が得られる.効果が期待できるのは protrusion と sub-ligamentous extrusion の一部である. 経皮的髄核摘出術(percutaneous nucleotomy:PN) (Fig. 4 a,b):経皮的に椎間板を穿刺し,鉗子や各種機 器を用いて髄核を摘出し,椎間板内圧を減少させる.効 果が期待できるのは protrusion と subligamentous extru-sion の一部である.最近,新たな instrument が開発され ている.
経 皮 的 内 視 鏡 腰 椎 ヘ ル ニ ア 摘 出 術 (percutaneous endoscopic lumbar discectomy:PELD):硬 性 鏡 の 内 視鏡を用いて行う percutaneous endoscopic discectomy (PED)の手技である.局所麻酔下に後外側から椎間板 腔に到達し,内視鏡下に椎間板を摘出する方法.骨・靭 帯・筋肉などを大きく切開せずに行う低侵襲脊椎手術で ある.今後,主流となる可能性のある手技である. 内視鏡下手術(microendscopic discectomy:MED): 後方から径 16 mm 程度の外筒を椎弓間に挿入し,内視鏡 下に椎間板を摘出する.低侵襲手術と考えられるが,手 技習得までの合併症率が高いこと,二次元操作であるこ と,再発率が高いこと,などが問題となる. 顕 微 鏡 下 椎 間 板 摘 出 術 (microsurgical lumbar discectomy):基本的手技について述べる(Fig. 5 a∼ d).
Fig. 4 Percutaneous nucleotomy (PN)
a:Percutanous insertion.
b:Intradiscal nucleotmy.
a
1術野の展開:正中または傍正中部を 4∼6 cm 切開 する.筋膜は棘上棘間靭帯を温存するように,傍棘突起 でこれを切開し展開する.多裂筋と腰回旋筋を正中から 離断し,牽引しながら椎間関節包が確認される位置まで /離する.開創器を用いて術野を保持し顕微鏡を導入す る. 2椎弓と黄色靭帯切除:腰椎の椎間板と椎弓の位置関 係は高位によって異なる.上位椎間板ヘルニアでは椎弓 間より頭側に椎間板が存在するため,上位椎弓切除範囲 は大きくなる.さらに術前の画像診断でのヘルニアの脱 出方向により,骨削除を modify することが重要である. 尾側や神経根腹側方向に脱出したヘルニアでは,神経根 を覆っている椎弓を切除し,背側に神経根を除圧してお く〔椎間孔拡大術(foraminotomy)〕.椎弓切除はエアド リル,骨鉗子,ケリソンパンチなどを用いる.次いで黄 色靭帯を切除する.黄色靭帯は尖刃刀で切開し,ケリソ ンパンチで黄色靭帯を切除する.以上で神経組織の後方 除圧はなされている. 3神経根の確認と /離:ヘルニア摘出のためには硬膜 *と神経根の外側から椎間板にアプローチする.硬膜外 脂肪組織をバイポーラーで凝固切断し,神経根を同定す る.硬膜 *を牽引する場合,頭側の上位椎体の位置で硬 膜 *を確保しこれを尾側にたどり神経根外側を確保する 方法が安全である. 4ヘルニアの露出と摘出:硬膜 *を内側に牽引する と,硬膜外静脈叢が存在し,これを凝固切断し後縦靭帯, 線維輪を露出する.椎間板は通常膨隆しており弾性があ る.この位置で切開し椎間板内に到達する.脱出した髄 核はできるだけ連続した一塊の状態で摘出する.椎間板 内容は可及的に摘出するが,椎間板終板は遺残性腰痛に つ な が る 可 能 性 が あ り 摘 出 し な い. Transligamentous
disc や sequestered disc では靭帯を破り,硬膜外にヘル ニア塊が存在するので,この組織を検索し取り残しがな いよう摘出する.ヘルニアおよび椎間板摘出が十分行わ れると硬膜 *の呼吸性拍動が出現し除圧が確認される. 5ヘルニア摘出後から閉創まで:術後感染,出血予防 のため,摘出椎間板腔や術野を十分に生理食塩水で洗浄 し,出血点を凝固止血する.傍脊柱筋群はその断端を棘 間靭帯に縫合する,筋膜はナイロン糸で密に縫合する. 皮下は吸収糸で縫合し,皮膚は steri−strips または sta-pler で閉じる.硬膜外ドレナージは止血が十分であって も術後出血の可能性があるので,1∼2 日間留置する. 3 )手術手技のバリエーション Paraspinal approach13):外側型ヘルニアの切除には, 外側からの椎弓切除によるヘルニア摘出が望ましい (Fig. 61∼3).術前に多裂筋と最長筋の筋間(正中から 2∼3 cm)をあらかじめ計測しておき,傍正中切開を行う. 多裂筋と最長筋の筋間は徒手的に筋鉤を用いながら展開 する.まず上下の椎間関節が確認できる.次いで,下関 節突起から連続する椎弓の外側縁と横突起基部まで露出 する.ここで術野展開のため横突起基部から椎弓外側縁 をドリルにて削除する(Fig. 7 a,b).筋肉や靭帯を丁寧 に /離すると,脂肪組織の中に神経(神経節または節後 神経)が確認できる.外側型ヘルニアや超外側型ヘルニ アでは,神経は頭側から椎弓根により,尾側からはヘル ニアによって挟み込まれ圧迫される形となる.そこで神 経を保護しながら,神経の尾側から脱出した髄核を摘出 する.通常はヘルニア摘出(herniotomy)のみで十分で あるが,術野の展開が広い場合は椎間板内容の摘出 (nucleotomy)を追加する. Trans−axillary approach14):椎間板から尾側に脱出し たヘルニアが硬膜 *と神経根の間に迷入した場合,神経 Fig. 5 Microsurgical lumbar discectomy
a:Curved opening of the lumbosacral fascia.
b:Retraction of muscles and area of laminectomy.
c:Exposed herniated disc with medially retracted root.
d:Incision of PLL and annulus fibrosus, and removal of herniated disc.
根の内側への牽引が困難な場合がある.術前所見で,ヘ ルニアが尾側の椎体背側に落ち込んだ形に脱出してお り,硬膜 *と神経根との間にヘルニアが陥入している所 見があれば注意を要する.術中に神経根の外側からの牽 引が困難な場合は,trans−axillary approach として,硬膜 *と神経根の間の液窩部に侵入する.この部位は動静脈, 脂肪組織が混在しており,micro−dissector を使用しなが ら注意深く侵入する.数個のヘルニアを摘出できれば, その後の椎間板摘出は,通常の手技に戻り,神経根を外 側から牽引し椎間板を切除する.
Microsurgical trumpet laminectomy15):正中に脱出し た巨大ヘルニアや骨性要素を含む病変の場合は,より広 い術野で安全に手術を行う必要がある.棘突起正中縦割 法による両側椎弓切除(microsurgical trumpet laminec-tomy)では,後方支持組織をある程度温存して術野を広 く展開し,両側椎弓切除を行い,神経組織を後側方に十 分に減圧することによって広い視野が得られる.硬膜 * の腹側病変へアプローチする際に,神経組織の牽引はよ り安全に行うことができ,また病変摘出も硬膜 *を牽引 しつつ左右から行うことができるので確実な病変摘出が 可能となる(Fig. 8 a∼c). Transdural approach:罹患椎間が高位で,正中部に脱 出した大きなヘルニアの場合や,非常にまれではあるが 硬膜内椎間板ヘルニアの病変に硬膜を切開して病変を摘 出する手技である.この手技では,広範囲椎弓切除また は棘突起縦割法による椎弓切除を行い広い術野を確保す る. 1 .定 義 腰部脊柱管狭窄症は Verbiest16)によって最初に報告さ
腰部脊柱管狭窄症
① ② ③Fig. 6 Paraspinal approach
1
Far−lateral disc hernia,2Displaced nerve root,3Approach route
Fig. 7 Relation of far−lateral disc hernia and the root a:The root is displased upward and posteriorly by
herniation.
b:Reaming of the pars interarticularis.
a
b
Fig. 8 Microsurgical trumpet laminectomy a:L5/S1 lumbar disc herniation.
b:Herniated disc with bony detachment.
c:Postoperative CT scan.
れた病態であるが,当初は脊椎管(骨性要素)の狭窄に よって馬尾神経症状を呈する疾患と理解されていた.し かし黄色靭帯肥厚などの退行性変化による,脊柱管(硬 膜 *や神経根を囲む組織)の狭窄による症例も腰部脊柱 管狭窄症として報告されるようになり,その定義に混乱 が生じていた.このため 1976 年,Arnoldi ら17)は,国際 分類として変性疾患やすべりによる狭窄も含む広義な病 態として提唱し,現在広く用いられている(Table 1). 依然として,この病態の定義には議論があるが,われわ れが日常の臨床で経験する症例の大半は,黄色靭帯や椎 間関節の退行性変性による脊柱管狭窄症である18).高齢 化社会では今後,罹患率,手術数ともに増えていくと考 えられ,治療法に関する知識は重要と考えられる(Fig. 9 a,b). 2 .神経症状 腰部脊柱管狭窄症の症状としては,腰痛,下肢痛,間 欠性跛行などが認められる19).狭窄の絞扼部位(中心性 central type と外側型 lateral type)によっても出現する症 状が異なる.中心性狭窄では間欠性跛行がおもな症状で ある.数分から数十分の歩行で下肢のしびれ,だるさが 出現し,安静にて症状が改善し,再び歩行可能となる症 状である.長時間の立位や座位で出現することもある. ただし間欠性跛行をきたす閉塞性動脈硬化症などの血管 病変を鑑別することが必要で,簡易法としては足背動脈 が触知されれば血管性跛行は否定的である.神経の圧迫 要素が肥厚した黄色靭帯の場合,前屈位で神経圧迫が軽 減する.外側型の狭窄の場合は,主に上関節突起の変性 により神経根が圧迫され,椎間板ヘルニアと同様な神経 根症状を呈する. 3 .保存的治療 保存的療法としては腰椎椎間板ヘルニアと同様な各種 治療法が選択される.特に腰部脊柱管狭窄症では,血流 改善を期待してプロスタグランジン E1誘導体が使用さ れる.しかし腰椎椎間板ヘルニアと異なり,神経圧迫要 因が肥厚した黄色靭帯や変性した椎間関節であるため, 自然経過での退縮は期待できない.このため保存的治療 では症状の改善が得られないことが多い.症状が進行し, 日常生活動作が著しく障害される例では手術治療を考慮 すべきである. 4 .手術療法 腰部脊柱管狭窄症に対する後方開窓除圧(正中アプ ローチと片側アプローチ)について比べる. 腰部脊柱管狭窄症に対する手術加療として,以前は後 方からアプローチし,正中の棘突起と靭帯を切除し,罹 患椎間の椎弓をすべて削除する広範囲椎弓切除術20,21)が 行われていたが,現在では棘突起や棘間棘上靭帯などの 後方脊椎支持組織を温存する方法が一般的に行われてい る22). 1 )正中アプローチによる両側開窓術 罹患病変の展開は腰椎椎間板ヘルニアと同様であり, 一側を展開した後,正中構造物(棘突起,棘上棘間靭帯) を残す形で対側の椎弓も露出する.椎弓切除は黄色靭帯 Table 1 Classification of lumbar canal stenosis
1.Congenital−developmental stenosis a)idiopathic
b)achondroplastic 2.Acquired stenosis a)degenerative
i)central portion of spinal canal
ii)peripheral portion of canal, lateral recesses and nerve root canals(tunnels)
iii)degenerative spondylolisthesis b)combined
any possible combinations of congenital/develop-mental stenosis, degenerative stenosis and herni-ations of the nucleus pulposus
c)spondylolithetic/spondylolytic d)iatrogenic
i)post laminectomy
ii)post fusion(anterior and posterior) iii)post chemonucleolysis
e)post−traumatic, late changes f)miscellaneous
i)paget disease ii)fluorosis
Fig. 9 Lumbar canal stenosis
a:MRI;canal stenosis at the level of L3/4 and L4/ 5.
b:Myelography;strangulation of dural theca.
a
L3
L4
L5
付着部(上位椎弓では椎弓の下 3 分の 2,下位椎弓では 上縁から 5 mm 程度)を中心に左右それぞれ独立した形 で椎弓切除を行う.この切除範囲は thin slice CTM を 行っていれば,その画像所見から黄色靭帯の起始停止の 範囲が判明し,術前の検討で椎弓切除範囲が決定できる. 椎間関節の変形や上関節突起の肥厚による神経根症状が 伴う場合は,神経根の除圧として,椎間関節内側縁の一 部 削 除 (medial facetectomy) を 行 い, さ ら に forami-notomy を追加する.この手技では,棘突起直下の正中部 の除圧が不十分にならないように注意する.また,椎弓 切除外側に当たる椎間関節内側への視野が,正中構造物 で妨げられるため,ここでの神経根などの除圧が不十分 にならないよう注意する. 2 )片側侵入による両側除圧法23) 一側から侵入し同側の椎弓切除を行ったのち,対側の 除圧を脊柱管内を経由して行う方法である.術者側の片 側椎弓切除後に,患者の体位を対側に傾け,顕微鏡の角 度を合わせ,棘突起の基部と対側椎弓の内側皮質の一部 を掘削し脊柱管を拡大し視野を確保する.そののちに黄 色靭帯を切除する.この手技では,常に視野を確保する ことが大切で,対側の神経根の除圧が不十分にならない よう注意する.対側に椎間関節の変形など骨性要素によ る神経圧迫がある場合は,一側侵入では骨掘削時の神経 損傷の危険があり,手術手技の選択としては両側侵入に よる除圧を行う. 3
)Microsurgical trumpet laminectomy15)
棘突起正中縦割法による両側椎弓切除(microsurgical trumpet laminectomy)では,後方支持組織をある程度温 存して術野を広く展開し,両側椎弓切除を行い,神経組 織を後側方に十分に減圧することが可能であり,広い術 野で安全に手術を行うことのできる手技である(Fig. 10 a∼c).この手技では,後方正中構造物の温存が十分で なく,術後の不安定性の出現が懸念されているが,経験 値の少ない術者には有効で確実な手技である. 腰椎すべり症,腰椎分離症,腰椎側弯症などの傷病で, 腰椎不安定性が症状の一因となっている場合は腰椎固定 術が選択されることが多い. 不安定性とは,1前屈位−後屈位にて 4 mm 以上のす べりを生じ,2前屈位−後屈位にて 10 度以上の角度変化 があるもの,と定義されている24).これらの定義に当て はまる症例でも減圧術のみで有効な場合もあるので,実 際には症例ごとに固定術の適応を慎重に検討する.
腰椎固定術
現在は種々の instrument が開発,改良されており,手 術手技に応じて選択される.しかし,制動を目的とする 機器を使用する場合を除き注意しなければいけない点 は,固定の最終目標は骨癒合(bony fusion)であり,自 家骨や骨化材料を用いて罹患脊椎が上下間で癒合すこと である.instrument は初期固定を強固として骨癒合率を 高める補助に過ぎないことを忘れてはならない. ただし,骨癒合が隣接椎間の不安定性を悪化させる事 実もあり,絶対的な手技ではない. 以下に基本的な固定術について紹介する. 1 )前方固定術前方経由腰椎椎体間固定術(anterior lumbar interbody fusion:ALIF)が,開腹下,後腹膜経由,内視鏡下で行 われる.脊髄神経系への侵襲が少ない手技であるが,腹 部大血管や交感神経系などの合併症の危険がある.人工 椎間板による置換術も開発されたが本邦で認可される前 に欧米では見直しの時期に入っている.
Fig. 10 Microsurgical trumpet laminectomy a:Spinous process splitting and muscle detachment.
b:Opend operative site with wide visibility.
c:Postlaminectomy, sufficient decompression of dural theca and nerve roots.
a
b
2 )後方固定術 椎弓上や,棘突起に移植骨を置き骨癒合をはかる方法 である.骨移植の母床を確保するために脊椎後方要素を 温存しなければならず,十分な神経除圧ができない可能 性がある. 3 )後側方固定術(posteoLateral fusion:PLF25)) 椎間関節外側から横突起まで展開し,同部位に骨移植 を行う方法である.展開の方法は正中から外側まで展開 する方法から,より侵襲の少ない経筋間的アプローチ (transmusclar approach,paraspinal approach13))が用いら れることもある.骨移植母床が広い利点があるが,骨移 植単独では骨癒合率が低いことから,さらに骨癒合率を 高めるため椎弓根スクリュー(pedicle screw:PS)が併用 されることが多い(PLF+PS)(Fig. 11 a,b). 4 )後 方 経 由 腰 椎 椎 体 間 固 定 術 (posterior lumbar interbody fusion:PLIF26)) 腰椎病変の処置を後方から行い,硬膜 *,神経根の外 側を経由して前方の椎間に移植骨または instrument を 挿入する方法である.骨癒合率を高めるため PS が併用 されることがほとんどである.上記の経筋間的アプロー チを用いて後外側から椎間固定を行う椎間孔経由腰椎後 方椎間固定術(transforaminal lumbar interbody fusion: TLIF)も低侵襲手技として行われている. 手術合併症を知ることは,安全に手術を行うために重 要なことである.また手術の同意を得る際には,患者に 必ず説明しておかなければならない.以下にいくつかの 腰椎手術合併症について述べる27). )手術レベルの誤認:腰椎では,仙骨の腰椎化など1 紛らわしい所見が多いため,必ず手術体位をとった後に X 線で手術レベルを確認する. )硬膜,神経損傷:硬膜損傷や神経損傷は顕微鏡下2 手術によってそのリスクは軽減されているが,ドリルや ケリソンパンチなどを使用して病変を切除する手技であ
腰椎手術合併症
るため,常に愛護的操作を心がけることが大切である. また,椎間板摘出の際,硬膜 *腹側病変ではブラインド の操作となり,ヘルニア鉗子の先端で硬膜,神経損傷を きたすことがあるので鉗子先端の角度には十分注意す る.硬膜損傷をきたし髄液漏をきたした場合は硬膜を直 接縫合するか,筋肉片を用いて修復する. )ヘルニア摘出時の大血管損傷:大血管損傷は致命3 的な合併症である.椎間板ヘルニアを摘出する際は,大 血管保護のため,髄核周囲の線維輪までは摘出しない. あらかじめ椎体の前後径を計測しておくことで鉗子挿入 の安全域を知ることができる. )術後出血:術後出血による血腫形成は神経圧迫を4 きたし,症状の再増悪を引き起こし再手術を要すること もある.術野の展開を丁寧に行うこと,骨削除の断端の 止血を確認すること,硬膜外静脈叢の止血は確実に行う ことが必要である. )感染:感染の軽減には術前抗生剤投与や手術時間5 の短縮などが有効であるが,術野に異物を残さないこと が最も重要で,閉創前に大量の生理食塩水で洗浄するこ とで予防できる. )大 6 œ 外側皮神経障害:体位取りの際に上前腸骨稜 内側付近の圧迫が強いと術後に大 œ外側に放散する痛み を訴えることがあるので注意を要する. )術後不安定性:術中に過度な骨切除を行うと術後7 不安定性を生じる.椎間関節の半分以上の削除や,椎弓 峡部に及ぶ椎弓切除による椎弓骨折(医原性腰椎分離) などで不安定性をきたす.術前に切除範囲を決定してお くことが重要であるが,病変摘出の手技によって術後不 安定性が生じる可能性がある場合は,あらかじめ固定術 の準備をしておくことが望ましい. )下肢深部静脈血栓症:下肢深部静脈血栓症の予防8 には,弾性ストッキングの術前からの着用,大 œ静脈を 圧迫しない体位をとること,術後,加圧マッサージを行 うこと,低用量ヘパリンを使用すること,早期離床を計 ることなどが有効である. )術後腸管麻痺:腰椎手術の重篤な合併症の 1 つ9 Fig. 11 Lumbar fixationa:Posterolateral fusion(PLF)with pediclae screw(PS).
b:Posterior lumbar interbody fusion(PLIF).
に toxic megacolon がある.術後,腸管麻痺は通常は一時 的であるが,術後腰椎写真を確認する際,腸管ガスの状 況も必ず把握しておくことが大切である.
文 献
1) Cailliet R:Lumbosacral spine. In:The illustrated guide to functional anatomy of the musculoskeletal system. USA, AMA, 2004, pp27−36
2) Cailliet R:Lumbosacral spine. In:The illustrated guide to functional anatomy of the musculoskeletal system. USA, AMA, 2004, pp71−74
3) Macnab I, McCulloch JA:Spondylogenic Backache:Soft Tissue Lesions, Backache. Baltimore, Williams and Wilk-ins, 1990, pp120−147
4) 花北順哉,諏訪英行,西原 毅他:Microsurgical Lum-bar Discectomy 270 例の検討.脳外 5:429−434,1991 5) Reulen HJ:Lumbar Disk Herniation. In:Bauer R,
Kerschbaumer F, Poisel S, editors. Atlas of Spinal Operations. 1st ed. New York, Thieme Med Publ, 1993, pp325−336
6) Reulen HJ:Extracanalicular Disk Herniation. In:Bauer R, Kerschbaumer F, Poisel S, editors. Atlas of Spinal Operations. 1st ed. New York, Thieme Med Publ, 1993, pp337−339
7) Hoppenfeld S:津山直一訳.腰椎椎間板ヘルニア.In: 整形外科医のための神経学図説.新装版.東京,南江 堂,2006,pp99−105
8) Fenton DS, Czervionke LF:Discography. In:Williams AL, Murtagh FR, editors:Handbook of Diagnostic and Therapeutic Spine Procedures. 1st ed. St. Louis, Mosby, 2002, pp167−199
9) Saal JA, Saal JS, Herzog R:The natural history of lum-bar intervertebral disc extrusions treated nonoperatively.
Spine 15:683−686, 1990
10) 花北順哉:腰椎椎間板ヘルニアのマイクロサージャ
リー.脊椎脊髄 5:41−48,1992
11) Nelson MA:Indications for spinal surgery in low back pain. In:Jayson MIV, editor. The Lumbar Spine and Back Pain. 3rd ed. New York, Churchill Livingstone, 1987, pp321−326
12) 水野正喜,久保和親,上甲眞宏:術前術中管理.In:山
浦 晶,橋本信夫編.脳神経外科学大系 11 脊椎・脊髄
疾患,末 W神経・自律神経疾患.1 版.東京,中山書店,
2005,pp74−81
13) Wiltse LL:New uses and refinements of paraspinal approach to the lumbar spine. Spine 13:696−706, 1988
14) 水野正喜:腰椎椎間板ヘルニアの手術.In:脊椎脊髄の
外科シリーズ vol. 12−2.東京,メディカルリサーチセ
ンター,2006
15) 水野正喜:腰部脊柱管狭窄症に対する手術手技と各種
手術法.脳神経外科速報 16:529−536,2006 16) Verbiest H:A radicular syndrome from deplomental
nar-rowing of the lumbar vertebral canal. J Bone Joint Surg
36B:230−237, 1954
17) Arnoldi CC, Brodsky AE, Cauchoix J, et al:Lumbar canal stenosis and nerve entrapment syndromes. Clin
Orthop 115:4−5, 1976
18) 水野正喜,花北順哉,諏訪英行,他:腰部脊柱管狭窄症
に対する手術治療成績 8 年間,164 例の手術治療成績. 脊椎脊髄 7:309−315,1994
19) 角家 暁:脊髄間欠性跛行.脳外 6:23−27,1978
20) Reulen HJ:Stenises in the Lumbar Spinal Canal. In: Bauer R, Kerschbaumer F, Poisel S, editors. Atlas of Spi-nal Operations. 1st ed. New York, Thieme Med Publ, 1993, pp340−345 21) 栗原 章:腰部脊柱管狭窄症の観血的治療 広範囲椎 弓切除術.Orthopaedics 6:63−72,1993 22) 中井 修,山浦伊裟吉:腰部脊柱管狭窄症の観血的治 療 拡大開窓術.Orthopaedics 6:83−94,1993 23) 諏訪英行,花北順哉,大下 昇:腰部脊柱管狭窄症に対 する一側アプローチによる両側黄色靭帯切除の有用性. 脊髄外科 12:177−186,1998
24) Herkowitz HN, Kurz LT:Degenerative lumbar spondy-lolisthesis with spinal stenosis. A prospective study com-paring decompression with decompression and intertrans-verse process arthrodesis. J Bone Joint Surg 73A:802− 808, 1991
25) Watkins MB:Posterolateral fusion of the lumbar and lumbosacral spine. J Bone Joint Surg 35A:1014−1018, 1954
26) Cloward RB:The treatment of ruptured intervertebral disces by vertebral body fusion. Ann Surg 136:987− 992, 1952
27) Horwitz NH, Rizzoli HV:Herniated Intervertebral Discs and Spinal stenosis. In:Horwitz NH, Rizzoli HV, editors. Postoperative complications of extracranial neu-rological surgery. 1st. ed. Baltimore, Williams & Wilkins, 1987, pp30−72