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トルコ、アナトリア高原中央に位置するカッパドキアはおおよそ東京都と同等の広がりをもつ。
「ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群」はUNESCO世界遺産に複合遺産として 登録されており、奇岩が織りなす幻想的な風景ゆえにトルコの観光名所として今なお多くの観光 客を集めている。カッパドキアにはビザンティン帝国統治期に開削されたキリスト教の岩窟聖堂 群が数多く残存する。伝聞によれば、その数はカッパドキア全土で1500を超え、壁画を有する 聖堂だけでも300弱が確認されている。
そのほとんどが聖イ コ ノ ク ラ ス ム
像破壊論争(826〜943年)以降の中期ビザンティン期(9〜12世紀)のも のである。この時期になって初めて、ビザンティン帝国はローマ美術や初期キリスト教美術の影 響を脱却し、ビザンティン独自の絵画様式や聖堂装飾プログラムを形成していく。ビザンティン 様式の形成過程をつぶさに観察するにはイコノクラスム直後の9〜10世紀の作例が重要になる ことは言うまでもない。しかし、その連続的な発展を詳細に辿れる地域は、旧ビザンティン帝国 の影響圏内ではカッパドキアをおいて他にない。さらに中世の文化的先進国だったビザンティン 帝国の美術がイタリア・ルネサンスの胎動を促したことはつとに知られている。カッパドキアで 観察できるのはイタリア・ルネサンスの遠因となったマケドニア朝(9世紀〜11世紀中葉)の 貴重な作例である。
これら岩窟聖堂の体系的な研究は20世紀の前半にフランスのイエズス会士G・ドゥ・ジェル ファニオン神父により拓かれた。カッパドキア研究は齢100年にも満たない若い学問分野である が、カッパドキア研究を振り返って問題点を指摘する。まず、絵画様式による年代比定は研究者 の主観性を免れえないことが指摘できる。どの作例を基準作例に定めるのかは、個々の美術史家 の主観的な判断に委ねられている。また、カッパドキア研究では美術史的な研究が大勢を占めて いるため、聖堂の制作年代も自然と精度半世紀の絵画様式に引っ張られてしまう。つまり、ここ で問題になるのが美術史と建築史の非対称性である。建築史に網羅的な研究がないため、建築様 式の発展からカッパドキアの編年を見ることができない。進歩の目覚しい文化財学でも、カッパ ドキアでは信頼の置ける分析は欠如している。年輪年代測定や炭素14年代測定のように絶対年 代を測定する方法はことごとくカッパドキアでは無効である。カッパドキア研究の大きな問題は、
議論の根幹になる聖堂の制作年代がもっぱら主観的な様式の年代比定に偏り、多角的・複眼的な 検証法がないことに尽きる。
そこで案出されたのがヴァーチャル・リアリティー・モデル(以下VRモデル)の導入である。
カッパドキア研究の現在と展望
菅原 裕文 ( 金沢大学准教授 ) 第二十四回研究会(2018.01.20)
— 美術史研究におけるヴァーチャル・リアリティー・モデルの可能性 —
[発表要旨]
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VRモデルはこれまで専ら研究成果の発表手段として用いられてきたが、報告者は聖堂の構造、
各部の形状、測量値、図柄、図像の配置、色彩が正確に再現されるVRの長所に着目して一次資 料、換言すれば研究手段として活用する。その上で、美術史・建築史・考古学の複眼的な観点から、
混乱が見られたカッパドキア岩窟聖堂の編年を精緻化し、新たに統一的な編年を構築することを 目的とする。以下3項目を編年構築のための補足的な目的とする。a)基準作例の聖堂を選定し、
建築部位・意匠のセリエーションを構築する。b)聖堂各部の比率を算出してカノンの有無を探る。
c)建築部位と図像・装飾の組み合わせの傾向を年代別に整理する。従来の絵画様式による年代 比定では、制作年が特定できない聖堂について半世紀単位の編年設定が限界だった。報告者は上 記の考古学・建築史・美術史の観点を加味して、四半期単位にまで編年の精度を高めることこと が見込まれるだろう。