Ⅰ . 事案の概要
X は、動画共有サービス YouTube に投稿する自身の動画の再生回数を増やす 目的で、覚せい剤に見せかけたグラニュー糖入りのポリ袋を通行人や警察官の前 で落としてわざと逃走して、その者らの反応を撮影する「いたずらドッキリ」の 動画を投稿することを思い付き、当時の妻である A に撮影役を引き受けさせる などした。
X らは上記の共謀に基づき、平成29年 8 月26日午後 3 時59分頃、本件交番前 の歩道上において、同交番勤務の警察官である B 警部補の面前で覚せい剤のよ うに偽装したグラニュー糖の入ったポリ袋を故意に落とし、これを受けて B 警 部補が職務質問等を行おうと外に出たところ、X は同ポリ袋を拾い上げて逃走 した。B 警部補の追跡の結果、X は同日午後 4 時頃身柄を確保され、B 警部補の 無線連絡によって現場に臨場したパトカー内で職務質問を受け、本件ポリ袋の中 身の検査に応じて覚せい剤予備試験試薬による予試験が行われたが、結果は陰性 であった。そして、X は警察署に任意同行され、同署内で取調べを受けて尿を 任意提出したが、その予試験のおいても違法薬物の陽性反応は現れず、同日午後
7 時25分釈放された(以下、「本件行為」とする)。
本件行為の結果、X に対する職務質問や任意同行、取調べ等のため、B 警部補 を含む県警察職員28名が X の逃走現場に臨場するなどして職務に従事したが、
この間、刑事当直、警ら活動、交番勤務等、これらの警察職員が当時従事すべき 判例評釈
〔刑事判例研究〕
早稲田大学刑事法学研究会
「覚せい剤いたずらドッキリ」と偽計業務妨害罪の成否
─名古屋高金沢支判平成30年10月30日 LEX/DB 25561935
(1)─
大 塚 雄 祐
( 1 ) 本判決の評釈として、安田拓人「判批」法教467号(2019)131頁。
であった業務(以下「本件業務」とする)を妨害したとして、X は同年 9 月 8 日に 逮捕され、偽計業務妨害罪で起訴された。
原審(2)は、「業務妨害罪の客体には、強制力を行使する権力的公務は含まれない とされるが、その理由は、強制力を行使するような公務は、暴行・脅迫に至らな い程度の威力や偽計による妨害は、強制力によって排除しうるから、あえて業務 妨害罪によって保護するまでもないという点にある。そうすると、強制力を行使 する権力的公務であるかどうかについては、当該公務員の一般的な地位、権限に よってではなく、対象とされる公務が、実際に強制力を行使しうる局面にある か、強制力による妨害排除を期待しうるかといった観点から検討すべきである」
とした上で、「本件……のような妨害行為に対しては、これを強制力によって排 除することは不可能であり、前記白色結晶粉末が違法薬物ではないとただちに看 破できない限りは、これに対応する徒労の業務を余儀なくされるのであるから、
その結果として、被告人の妨害行為さえなければ遂行されていたはずの判示の刑 事当直、警ら活動、交番勤務等の業務は、業務妨害罪の業務に当たるというべき である」として、業務妨害罪の成立を認めた。
これに対し、弁護人は、①被告人らに対する警察官の一連の対応は警察の通常 業務であり、かつ、覚せい剤事犯の取締りという権力的公務であるから、偽計業 務妨害罪の「業務」には当たらない、②本件行為がなければ遂行されていたはず の警察官らの刑事当直、警ら活動、交番勤務等の本件業務は、薬物事件の対応と いう権力的公務が妨害されたことの反射効であり、薬物事件の対応とは表裏一体 の関係があるから、その全部が権力的公務と評価すべきである、③本件は軽犯罪 法 1 条16号(虚構申告の罪)または31号(悪戯などによる業務妨害の罪)が成立する にとどまる、等の旨を主張した。
2 .判旨─控訴棄却・有罪
「強制力を行使する権力的公務に当たらないものは、公務であっても業務妨害 罪の対象となると解するのが相当であるところ、本件業務は、同罪の対象となる べきものといえるし、同業務中に警察官がその遂行の一環として強制力の行使が 想定される場合が含まれるとしても、本件行為が行われた時点では、そもそも、
その強制力を同行為に対して行使し得るはずはなく、その偽計性を排除しように もそのすべはないことになる。」「そうすると、本件業務は、偽計業務妨害罪にお ける『業務』に当たると解するのが相当であり、本件行為によって同業務を妨害 した被告人には、同罪の成立を認めることができる。」
( 2 ) 原審の評釈として、神元隆賢「判批」北園54巻 3 号(2018)63頁以下。
「確かに、本件捜査が行われたことで、関係する警察職員の本件業務の遂行が 妨害されたのであり、両者は表裏一体の関係にあるとみることはできる。しか し、本件捜査が強制力を行使する権力的公務に当たるからといって、これと性質 を異にする本件業務が同種の公務性を帯びる訳ではないし、同業務の範囲は記録 上明らかになっている。また、業務妨害罪における『業務』とは、現実に執行し ている業務にとどまらず、その業務を行う者が遂行すべき業務も含むものと解す るのが相当であるから、本件捜査を行わなければ遂行していたはずであった警察 職員の職務を除外すべき理由はない。」
「本件行為は、単なる悪ふざけの域を超えており、その目的及び態様に照らし ても違法性は高いというべきであるから、補充規定である軽犯罪法によるではな く、偽計業務妨害罪を適用した原判決の判断は相当である。」
なお、本判決後、弁護人によって上告がなされたが、最決平成31年 2 月26日
(LEX/DB 25563043)は上告を棄却した。
3 .評釈
( 1 )総説
233条・234条の業務妨害罪における「業務」について、判例・通説は「職業そ の他社会生活上の地位に基づき継続して行う事務または事業(3)」と定義づけ、「具 体的個々の現実に執行している業務のみに止まらず、広く被害者の当該業務にお ける地位に鑑みその任として遂行すべき業務も含まれる」としており、現実的業 務のみならず本来的ないし仮定的な業務も本罪の保護対象に含むものと解されて いる(4)。後述するように、本判決においても、本件警察官らの「刑事当直、警ら活 動、交番勤務等」といった本来的・仮定的業務の妨害につき偽計業務妨害罪の成 立を認めている。
「妨害」について、判例は業務を妨害するおそれがある行為があれば足りると して本罪を危険犯とする(5)。これに対し、学説上は、「妨害した」という文言や、
妨害結果についてある程度客観的に判断可能であることから、本罪を侵害犯と解 する見解(6)も有力である。この見解によれば、たとえば単に替玉受験をしただけの
( 3 ) 大判大正10年10月24日刑録27輯643頁。
( 4 ) 最判昭和28年 1 月30日刑集 7 巻 1 号128頁。
( 5 ) 大判昭和11年 5 月 7 日刑集15巻573頁、最判昭和28年 1 月30日刑集 7 巻 1 号128頁。
( 6 ) 山口厚『刑法各論[第 2 版]』(有斐閣、2010)167頁以下、松原芳博『刑法各論』(日本 評論社、2016)159頁以下、西田典之(橋爪隆補訂)『刑法各論[第 7 版]』(弘文堂、2018)
142頁、高橋則夫『刑法各論[第 3 版]』(成文堂、2018)204頁など。
場合のように業務上の個々の判断を誤らせるだけでは足りず、妨害結果として外 形的な混乱ないし支障の発生を必要とする。
本罪の手段は、「虚偽の風説の流布」「偽計」(233条)、「威力」(234条)である。
「虚偽の風説の流布」とは、客観的真実に反する噂や情報を不特定又は4 4多数人 に伝播させることをいう(7)。名誉毀損罪の場合のように公然性を要件としないた め、少数人に噂を伝達した場合をも含む(8)。
「偽計」とは、「人を欺罔し、または人の不知・錯誤を利用すること」をいい、
詐欺罪における「欺く行為」より広い概念であることから、被害者に向けられて いなくてもよいとされる(9)。判例・裁判例では、障害物を海底に沈めて漁網を破損 して漁獲不能にする行為(10)、駅弁業者の駅弁が不衛生である旨の葉書を鉄道局に郵 送する行為(11)、ATM 利用者の暗証番号を盗撮する目的でビデオカメラを設置した ATM に利用客を誘導する目的で、一般利用客を装って隣の ATM を相当時間占 拠する行為(12)などのほか、中華そば店に多数回無言電話をかけて業務を妨害する行
(13)為
や有線放送会社が送信用に用いる電線を密かに切断して放送不能にする行為(14)、 電話通話料金課金に用いられる度数計器の作動を不能にする「マジックホン」と 称する装置を電話機に取り付ける行為(15)などについても偽計業務妨害罪の成立を認 めており、人の意思に対する働きかけという要素は希薄化されている(16)。
「威力」とは人の自由意思を制圧するに足りる勢力(17)をいい、被害者の意思が制 圧されたことまでは要しないものとされる。判例・裁判例は、百貨店の食堂に蛇 を撒き散らす行為(18)、消防署の机の引き出しに猫の死骸を入れておく行為(19)のように
( 7 ) 山口・前掲注( 6 )163頁、高橋・前掲注( 6 )199頁以下、西田・前掲注( 6 )137頁 など。
( 8 ) 大判昭和12年 3 月17日刑集16巻365頁。
( 9 ) 山口・前掲注( 6 )163頁、高橋・前掲注( 6 )200頁以下など。
(10) 大判大正 3 年12月 3 日刑録20輯2322頁。
(11) 大判昭和 3 年 7 月14日刑集 7 巻490頁。
(12) 最決平成19年 7 月 2 日刑集61巻 5 号379頁。
(13) 東京高判昭和48年 8 月 7 日高刑集26巻 3 号322頁。
(14) 大阪高判昭和49年 2 月14日刑月 6 巻 2 号118頁。
(15) 最決昭和59年 4 月27日刑集38巻 6 号2584頁。
(16) このような判例・裁判例の態度に批判的な立場として、平野龍一『刑法概説』(1977、
東京大学出版会)188頁、林幹人『刑法各論[第 2 版]』(東京大学出版会、2007)132頁、曽 根威彦『刑法各論[第 5 版]』(弘文堂、2012)75頁、松原・前掲注( 6 )159頁、西田・前 掲注( 6 )141頁など。
(17) 最判昭和28年 1 月30日刑集 7 巻 1 号128頁。
(18) 大判昭和 7 年10月10日刑集11巻1519頁。
(19) 最決平成 4 年11月27日刑集46巻 8 号623頁。
被害者の意思に働きかける場合のほか、キャバレーの客席で牛の内臓やニンニク を焼いて悪臭を放つ行為(20)、弁護士の訴訟記録が入った鞄を奪って隠匿する行為(21)な ど、被害者の意思への働きかけのない場合であっても、公然と行われた妨害行為 であれば「威力」を認める傾向にある(22)。
( 2 )公務と「業務」の関係をめぐる議論
233条・234条の「業務」に公務が含まれるかをめぐっては、学説上で様々な見 解が主張される。
このうち、本罪の「業務」に一切の公務が含まれるとする積極説(23)は、公務執行 妨害罪が行為の手段を暴行・脅迫に限定した意義が損なわれるし、また同説によ れば犯人蔵匿等罪や証拠隠滅等罪に当たる行為は同時に業務妨害罪にあたること になり、犯人蔵匿罪や証拠隠滅罪よりも重く処罰されることになる点で妥当でな い。反対に、「業務」に一切の公務は含まれないとする消極説(24)もまた、民間類似 の公務について公務員が行っているという理由のみをもって一律に業務妨害罪に よる保護を認めないのは妥当ではなかろう。そこで、学説の多くは、公務を本罪 の「業務」に含まれない公務と含まれない公務に区別する二分説を支持する。
二分説の内部においても、公務の区別基準をめぐって見解が対立する。
近時の多数説である限定積極説(非強制力説)は、強制力によって妨害を排除 可能な公務か否かという基準で公務を二分し、妨害を排除できる強制力を備えて いない公務のみ本罪の「業務」に含める(25)。
このような限定積極説(非強制力説)に対しては、まず、客体の保護価値の観 点ではなく侵害態様の観点から保護客体の範囲を論ずるのは妥当でない(26)という批
(20) 広島高岡山支判昭和30年12月22日高刑特 2 巻18号1342頁。
(21) 最決昭和59年 3 月23日刑集38巻 5 号2030頁。
(22) それゆえ、判例・裁判例の理解からは、「威力」と「偽計」の区別は本質的な意義を失 い、両者の区別は単に妨害の手段が公然か非公然かという差異に尽きることになろう(団藤 重光『刑法綱要各論[第 3 版]』(創文社、1990)541頁参照)。このような判例・裁判例の態 度に批判的なものとして、平野・前掲注(16)188頁、曽根・前掲注(16)75頁、松原・前 掲注( 6 )159頁、西田・前掲注( 6 )142頁など。
(23) 小野清一郎『新訂刑法講義各論[第 3 版]』(有斐閣、1950)122頁、植松正『再訂刑法 概論Ⅱ各論』(勁草書房、1975)351頁、西原春夫『犯罪各論[第 2 版]』(筑摩書房、1983)
285頁、大谷實『刑法講義各論[新版第 4 版補訂版]』(成文堂、2015)143頁。
(24) 吉川経夫『刑法各論』(法律文化社、1982)116頁、松宮孝明『刑法講義各論[第 5 版]』
(成文堂、2018)179頁。
(25) 高橋・前掲注( 6 )198頁、井田良『講義刑法学・各論』(有斐閣、2016)177頁、林・
前掲注(16)129頁以下、大塚仁『刑法概説(各論)〔第三版増補版〕』(有斐閣、2005)345 頁、福田平『刑法各論〔全訂第 3 版増補〕』(有斐閣、2002)199頁など。
判が妥当する。また、妨害の排除可能性は必ずしも公務の場合にのみ認められる ものではなく、民間の業務にも認められ得よう。もし、ここでの「強制力」が物 理的な妨害の排除可能性を意味するとすれば、たとえば民間の警備会社の警備業 務は物理的な妨害排除可能性を有しているといえるし、民間事業についても警察 官や警備会社による護衛をつければ物理的な妨害の排除可能性を有するといえ
(27)る
。また、もし「強制力」が妨害を排除しうる「法的権限」を意味するのであれ ば、私人にも正当防衛権が認められる以上、強制力による排除の権限があるとい える(28)。なお、非強制力説に立った上で、233条の「偽計」による公務の妨害は強 制力によって排除しえない以上、一律に本罪の成立を認める修正積極説(29)も主張さ れるが、「偽計」か「威力」かという手段の相違によって「業務」概念を変える のは妥当ではなかろう(30)。
以上のように強制力による妨害の排除可能性を基準に公務を二分する非強制力 説に対し、たとえば旧国鉄の運送業務や旧郵便局の配達業務などのように現業的
(機械的)な公務のみを本罪の「業務」に含める現業説(31)や、民間業務に類似して いる(実質的に国家の統治作用に属しない)公務のみを本罪の「業務」に含める民 間類似説(32)も主張される。もっとも、現業説に対しては、民間における管理職など による裁量的事務は「業務」に含まれるのに、なぜ公務の場合のみ裁量的事務を
「業務」から除外するのか明らかでないとの批判(33)が、民間類似説に対しては、議 会の議事など民間と異なる公務が業務に含まれないのは妥当でないとの批判(34)がそ れぞれ向けられる。
なお、二分説の内部では、公務の区別基準に加え、本罪と公務執行妨害罪(95 条 1 項)との競合関係をめぐって見解が対立する。すなわち、「業務」に含まれ る公務を暴行・脅迫を用いて妨害した場合に、業務妨害罪に加えて公務執行妨害 罪の成立をも認める競合的二分説と、業務妨害罪のみ認めて公務執行妨害罪の成 立を否定する配分的二分説(公務区分説)の対立である。
(26) 松原・前掲注( 6 )152頁以下。
(27) 松原・前掲注( 6 )153頁。
(28) 橋田久「業務妨害罪」法教244号(2004)66頁。
(29) 山口・前掲注( 6 )161頁、西田・前掲注( 6 )140頁。
(30) 高橋・前掲注( 6 )198頁、松原・前掲注( 6 )153頁など。
(31) 団藤重光『刑法綱要各論[第 3 版]』(創文社、1990)
(32) 中森喜彦『刑法各論〔第 3 版〕』(有斐閣、2011)73頁、伊東研祐『刑法講義 各論』
(日本評論社、2011)98頁、橋田・前掲注(28)66頁、松原・前掲注( 6 )153頁以下など。
(33) 松原・前掲注( 6 )152頁。
(34) 山口・前掲注( 6 )160頁以下、西田・前掲注( 6 )140頁、高橋・前掲注( 6 )197頁 など。
たとえば、非強制力説かつ競合的二分説を採る場合、強制力を伴う4 4公務に対す る暴行・脅迫による4 4妨害については公務執行妨害罪が成立、強制力を伴う4 4公務に 対する暴行・脅迫によらない4 4 4 4妨害については不可罰、強制力を伴わない4 4 4 4公務に対 する暴行・脅迫による4 4妨害については業務妨害罪と公務執行妨害罪の両罪が成 立、強制力を伴わない4 4 4 4公務に対する暴行・脅迫によらない4 4 4 4妨害については業務妨 害罪のみが成立、との結論にそれぞれなるだろう。これに対し、たとえば、民間 類似説かつ配分的二分説(公務区分説)を採る場合、権力的公務に対する暴行・
脅迫による4 4妨害については公務執行妨害罪が成立、権力的公務に対する暴行・脅 迫によらない4 4 4 4妨害については不可罰、民間類似の非権力的公務に対する暴行・脅 迫による妨害については業務妨害罪が成立、民間類似の非権力的公務に対する暴 行・脅迫によらない妨害については業務妨害罪が成立、という結論にそれぞれな るだろう。なお、非強制力説(限定積極説)の論者は競合的二分説を、現業説な いし民間類似説の論者は配分的二分説(公務区分説)を採る傾向にある(35)が、非強 制力説や現業説、民間類似説は公務の「区別基準」に関する対立であるのに対 し、競合的二分説と配分的二分説は95条 1 項との競合を認めるか否かに関する対 立であるため、両者の結びつきに必然性はないといえよう(36)。
判例は、大審院時代から最高裁初期の判例(37)は消極説に立っていたが、国鉄労組 の組合員が実力を用いて国鉄連絡船の出航を遅らせた行為につき234条の威力業 務妨害罪の成立を認めた「摩周丸事件」判決(最判昭和41年11月30日刑集20巻 9 号 1076頁)において、「運輸を目的とする鉄道事業その他これに関連する事業ない し業務であって、国若しくは公共団体又はその職員の行う権力的作用を伴う職務 ではなく、民営鉄道のそれと何ら異なるところはないのである」としており、現 業説または民間類似説に親和的な判示をした。
もっとも、その後、県議会の委員会室に押し入り、委員に罵声を浴びせたり机 を叩いて審議の妨害をした行為につき威力業務妨害罪の成立を認めた「新潟県議 会事件」決定(最決昭和62年 3 月12日刑集41巻 2 号140頁)は、被告人らの行為によ って妨害された委員会における条例案の審議・採決は「なんら被告人らに対して 強制力を行使する権力的公務ではない」ことを理由に本罪の「業務」に含まれる
(35) 松原・前掲注( 6 )155頁参照。
(36) 判例においても、後述する「摩周丸事件」(最判昭和41年11月30日刑集20巻 9 号1076頁)
では、国鉄労組の組合員が実力を用いて国鉄連絡船の出航を遅らせた被告人の行為につき、
民間類似説ないし現業説的な理由付けで威力業務妨害罪の成立を肯定しつつも、「その妨害 の手段方法の如何によつては、刑法233条または234条の罪のほか同95条の罪の成立すること もあると解するのが相当である」としており、競合的二分説に立っている。
(37) 大判大正 4 年 5 月21日刑録21輯663頁、最大判昭和26年 7 月18日刑集 5 巻 8 号1491頁。
としており、非強制力説に立ったものといえよう。さらに、公職選挙法上の選挙 長の立候補届出受理手続を遅延させて威力および偽計を用いて妨害した行為につ き偽計・威力業務妨害罪の成立を認めた「立候補届出受理事務妨害事件」決定
(最決平成12年 2 月17日刑集54巻 2 号38頁)も、妨害された立候補届出受理手続は
「強制力を行使する権力的公務」ではないことを理由に本罪の「業務」に含まれ るとしていることから、234条の威力による場合のみならず233条の偽計による場 合についても非強制力説が妥当することを示しており、判例が限定積極説に立つ ことを明らかにしたものといえよう。
( 3 )本判決の特徴
本判決は、現実的業務としての「薬物事犯の取締り」ではなく、被告人らの行 為がなければ遂行されていたであろう本来的・仮定的業務としての「刑事当直、
警ら活動、交番勤務等の「本件業務」を「妨害」の対象としている(38)。その上で、
「同業務中に警察官がその遂行の一環として強制力の行使が想定される場合が含 まれるとしても、本件行為が行われた時点では4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4……その強制力を同行為に対して 行使し得るはずはなく、その偽計性を排除しようにもそのすべはない4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4」(圏点は 報告者)としており、「偽計」の場合にも強制力によって排除しうる余地を認め ている限りでは、従来の判例・裁判例を踏襲して、限定積極説を採用したものと いえよう。
本判決以前に本来的・仮定的業務に対する妨害につき偽計業務妨害罪を認めた 裁判例として、たとえば、他人名義で虚構の注文をして無駄な物品配達を行わせ た行為につき同罪の成立を認めた大阪高判昭和39年10月 5 日(下刑集 6 巻 9 =10 号988頁)は、「虚構の注文をし、右店員をして……青木方居宅まで注文品配達の ため赴かせ……る一方、注文した覚えのない青木方ではもとよりその受領を断わ つたので、右配達業務を徒労に帰せしめて小倉屋本店の業務を妨害した」と認定 しており、被害者の本来の業務を妨害の対象としたものと評価できよう。また、
中華そば店に対していやがらせ電話を断続的に掛け続けた行為につき同罪の成立 を認めた東京高判昭和48年 8 月 7 日(高刑集26巻 3 号322頁)は、「約九七〇回に わたり同人方に電話し、相手方が電話口に出てもその都度無言で終始し、相手方 が送受話器を復旧しても自らの送受話器は約五分間ないし約三〇分間(稀には数 時間の長きに及ぶこともあつた)復旧しないで放置することを繰り返し、その間右 石川方の電話の発着信を不能にさせ、同店に対する顧客からの電話による出前注 文を妨げ、かつ石川を心身ともに疲労させ、同人の業務を妨害した」と認定して
(38) この点について、安田・前掲注( 1 )131頁は「被告人の意図との関係でも違和感が残 りうる」とする。
おり、他の顧客からの出前注文などの本来的業務を妨害の対象と捉えたものとい えよう。
本判決と同様に、虚偽の通報によって本来的な公務4 4を妨げた行為について偽計 業務妨害罪の成立を認めた裁判例として、たとえば、虚偽の犯罪事実の通報によ り海上保安庁職員らに不必要な指令・連絡・出動などをさせた行為につき同罪の 成立を認めた横浜地判平成14年 9 月 5 日(判タ1140号280頁)は、「上記内容虚偽 の通報に応じて、いずれも不必要な上記海域周辺における巡視船艇又は航空機等 の出動を指示させ、各種指令、連絡等の徒労の業務を行わせ、出動の指示を受け た……職員を……出動せしめて捜索等の徒労の業務を行わせるとともに、いずれ もその間……被告人の通報さえ存しなければ遂行されたはずの本来の行政事務、
パトロール業務、出動待機業務等の業務の遂行を困難ならしめ、もって偽計を用 いて人の業務を妨害した」としており、本来のパトロール業務を妨害の対象とし ている。また、インターネット掲示板に無差別殺人を予告する書き込みをし、こ れを閲覧した者による通報を受け、警察官 8 名を出動させた行為について同罪 の成立を認めた東京高判平成21年 3 月12日(高刑集62巻 1 号21頁)は、「インター ネット掲示板に……無差別殺人を実行する旨の虚構の殺人事件の実行を予告し、
これを不特定多数の者に閲覧させ、同掲示板を閲覧した者からの通報を介して、
同県警察本部の担当者らをして、同県内において勤務中の同県土浦警察署職員ら に対し、その旨伝達させ、……同伝達を受理した同署職員 8 名をして……出動、
警戒等の徒労の業務に従事させ、その間……被告人の予告さえ存在しなければ遂 行されたはずの警ら、立番業務その他の業務の遂行を困難ならしめ、もって偽計 を用いて人の業務を妨害した」と認定しており、本来なされるはずであった「警 ら、立番業務その他の業務」を妨害の対象としている。
以上の 4 つの裁判例における「配達」や「電話対応」「出動」自体は、店や海 上保安庁、警察にとって予定されているものであり、これらの業務を「徒労」に 帰させた点を「妨害」としており、それゆえ妨害の対象を本来的・仮定的業務と 捉えたものであるといえよう。
( 4 )本判決の評価
①妨害対象の「業務」の特定性
業務妨害罪の成立を認める際には、訴因の特定性の観点から、どのような業務 が妨げられたかをある程度具体的かつ明確に特定すべきである。たとえば、会社 に対する業務妨害罪を認めるためには、「会社の本来の業務を妨害した」とする だけでは訴因の特定としては不十分であり、「会社の××という本来的業務を妨 害した」といったように妨害された業務を明示するのが望ましい。本判決は、警
察の「刑事当直、警ら活動、交番勤務等の本来の業務」といった形で、妨害され た業務を具体的に特定している点は妥当といえよう。
②「本件業務」の強制力公務性
本判決は、本来的・仮定的業務としての「本件業務」(本来の刑事当直、警ら活 動、交番勤務等)について、「同業務中に警察官がその遂行の一環として強制力の 行使が想定される場合が含まれるとしても、本件行為が行われた時点では4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4、そも そも、その強制力を同行為に対して行使し得るはずはなく、その偽計性を排除し ようにもそのすべはない」(圏点は筆者)ことを理由として「強制力を行使しうる 権力的公務」にあたらないとしている。前述の平成21年東京高判が、「最近の最 高裁判例において、『強制力を行使する権力的公務』が本罪にいう業務に当たら ないとされているのは、暴行・脅迫に至らない程度の威力や偽計4 4による妨害行為 は強制力によって排除し得るからなのである」とした上で、「妨害された本来の 警察の公務の中に、仮に逮捕状による逮捕等の強制力を付与された権力的公務が 含まれていたとしても、その強制力は、本件のような虚偽通報による妨害行為に4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 対して4 4 4行使し得る段階にはなく、このような妨害行為を排除する働きを有しな い」として、妨害された警察の本来的・仮定的業務は233条の「業務」に含まれ るとしており、強制力で偽計は排除しうる余地を認めている限りで限定積極説を 前提にしたものといえる(39)が、本判決における前述の判示も、このような平成21年 東京高判の理解を踏襲したものといえる。
しかし、平成21年東京高判は「本件のような4 4 4 4虚偽通報による妨害行為」は類型4 4 的に4 4強制力で排除できるものではないとして強制力公務性を否定しているのに対 し、本判決は「本件行為が行われた時点4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4では…その偽計性を排除しようにもその すべはない」としており、「本件業務」が仮定的4 4 4業務であるがゆえに本件行為に 対しては現実的4 4 4には強制力を行使して偽計を排除できないことを理由に、本件業 務の強制力公務性を否定している。しかし、仮定的な業務を問題にしておきなが ら、強制力による排除の可否については現実性を要求することは不均衡であり、
常に強制的公務性を否定する結果になる点で妥当ではない。仮定的業務の強制的 公務性を論じる以上、「当該仮定的業務が実現したとすれば4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4強制力によって偽計 を排除する能力を有するか否か」を検討すべきであろう(40)。
(39) 東京高判平成21年についてこのような分析をするものとして、田山聡美「判批」刑ジャ 20号75頁以下参照。
(40) もっとも、このような「仮定的な業務を問題にしている以上、強制力による排除可能性 も仮定的に考えるべき」という命題自体の妥当性もそもそも疑わしい。非強制力説の根拠が
「強制力によって自ら妨害を排除できる公務は業務妨害罪としての要保護性に欠く」ことに
このように考える場合、平成21年東京高判のようにインターネット上で殺害予 告をした場合のように警察官らの面前に「偽計」を行っている被告人がいない場 合は格別、本件のように警察官の面前で被告人が「偽計」を行っている場合は、
警察官には職務質問を行う法的権限も能力も備わっている(41)以上、限定積極説の理 解に立つのであれば、(本件の警察官らはたまたま被告人の行為が虚偽であることを 見抜けなかったが)強制力によっても偽計を全く排除し得ないとまではいえない のではなかろうか。この限りで、本判決は結論においては、(平成21年東京高判以 上に)修正積極説に親和的なものであるといえよう。
③「妨害」結果の有無
本判決では、前述の通り、被告人の行為によって警察のどのような4 4 4 4 4業務が妨害 されたかを具体的に示している点で、妨害結果4 4を具体的に認定しており、侵害犯 説に親和的な判決であるとみる余地もないわけではない。しかし、犯罪を疑うに 足りる状況を現認した警察官らが出動するのは、警察や警察官としては正常な対 応ともいえる(42)。警察官らが「本件業務」をなし得なかったことによって、他に発 生した事件への出動が遅れた場合などは「妨害」結果を認め得るとしても、徒労 の出動をさせたことのみをもって、(少なくとも可罰的な程度の)「妨害」結果は認 めるべきではなく、妨害の危険が生じたにとどまるとみるべきであろう。したが
あるのだとしたら、そこでの「強制力」とは現実的強制力を意味すると解すべきであり、そ うだとすれば、強制力による妨害の排除可能性という基準自体が現実的公務の場合にしか用 い得ない基準であり、「仮定的な強制力」は観念しえないと解すべきであろう。したがって、
仮に非強制力説に立つとしても、本来的・仮定的公務に対する妨害を問題とする場合には、
「強制力による妨害の排除可能性」とは異なる基準で当該公務について本罪の要保護性を判 断すべきであるし、妨害対象が現実的業務か本来的・仮定的業務かによって判断基準に差異 が生じる理論的根拠が見出しがたいのであれば、ひいては非強制力説自体の妥当性に疑問を 呈せねばならないことになろう。
(41) この点、「強制力」の意義を物理的排除力ないし自己執行力と解するか、それとも妨害 を排除し得る法的権限・地位と解するかが、結論に影響を及ぼすだろう。「強制力」の意義 を後者の意味で解するのであれば、警察官には職務質問を行う法的権限がある以上、「強制 力」による偽計の解除可能性が認められよう。これに対し、「強制力」を前者の意味で解し た場合、「物理的な排除力・自己執行力をもって『偽計』を見抜いて排除する」という説明 は、フィクションの感が否めない。この限りでは、非強制力説に立った上で「偽計による妨 害は強制力をもって排除し得ない」とする修正積極説の指摘は的を射たものであるといえよ う。もっとも、既に修正積極説に対する批判として向けられるように、手段が「偽計」か
「威力」かによって要保護性を認めるべき公務の範囲に差異が生じる理論的根拠を見出しが たいのであれば、やはり非強制力説自体の妥当性に疑問を呈することに至るだろう。
(42) 川端博ほか編『裁判例コンメンタール刑法( 3 )』(立花書房、2006)106頁[原田國男]
って、本判決も従来の判例と同様に危険犯説に立ったものと解するのが妥当と思 われる。
このような理解は、( 3 )で挙げた 4 つの裁判例にも同様に当てはまるだろう。
たとえば、虚偽の注文によって徒労の物品配達を余儀なくされた前掲昭和39年大 阪高判も、注文を受けて配達をすること自体は、店舗としては通常の対応といい うるのであり、当該配達が「徒労」であったことが問題とされたのであるから、
(判決文中明記はされていないが)もし当該配達によって本来なすべき他の配達業 務や商品の製造に具体的な支障が出たのでなければ、妨害の危険が生じたにとど まると解すべきだろう。また、中華そば店に無言電話を繰り返すなどして業務を 妨害した前掲東京高判昭和48年は、無言電話に対応を余儀なくされることで、他 の顧客からの受注が現実的に受けられず、また中華そばを作れなくなっているこ とを立証できない限りは、妨害の危険が生じたにとどまると評価すべきであろ う。
④軽犯罪法 1 条16号および同31号の成否
最後に、軽犯罪法 1 条16号ないし31号の成否について簡潔に触れる。
軽犯罪法 1 条16号は「虚構の犯罪…の事実を公務員に申し出た者」を処罰対象 としており、異常な事態の発生に対処すべき公共の機関が無駄な活動を余儀なく されることで公共の利益を害する恐れのある行為を防ぐことを、その立法趣旨と する(43)。本号における「虚構の」とは、存在しない事実を存在するように装うこと(44)
であるとされており、刑法233条における「偽計」よりは狭い概念といえるが、
本件被告人の行為は問題なくこれに該当しよう。また、粉末の入った袋を落とし て逃走するという本件被告人の行為が本号の「申し出た」といえるかが問題とな りうるが、裁判例(45)において警察官派出所に通じる非常ベルのボタンを悪戯で押す 行為を「申し出た」と評価し得ると解されており、このような理解によれば、本 件被告人の行為は虚偽の犯罪事実を「申し出た」と評価可能であろう(46)。
軽犯罪法 1 条31号は「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」を処 罰対象とする。本号における「業務」とは、(非強制力説による)刑法上の業務妨 害罪における「業務」の解釈とは異なり、強制力を行使する権力的公務をも含む ものと一般に解されている(47)。これは、刑法には公務執行妨害罪が存在するのに対
(43) 伊藤榮樹『軽犯罪法[新装第 2 版]』(立花書房、2013)145頁。
(44) 伊藤・前掲注(43)146頁。
(45) 旭川簡判昭和50年 7 月 2 日刑裁月報 7 巻 7 = 8 号795頁。
(46) 神元・前掲注( 2 )168頁参照。
(47) 伊藤・前掲注(43)211頁。
し、軽犯罪法には公務執行妨害罪に対する一般補充規定が存在しないので、31号 を公務執行妨害罪及び業務妨害罪の補充規定(48)と解することによる。「悪戯」とは、
一時的なたわむれでそれほど悪意のないものであり、「など」には、他人の業務 の妨害となり得る行為で刑法の公務執行妨害罪や業務妨害罪にあたることとなら ない一切のものを含むと解される(49)ことから、結果的に業務の妨害に至る行為であ れば全て本号にあたることになるため、本件の被告人の行為は本号に該当するこ とになろう。もっとも、 1 条16号は本号の特別規定と解されるところ、16号の適 用が可能な場合は本号の適用の余地はなく、結論として 1 条16号の罪のみが成立 し得ることになろう(50)。
なお、刑法上の業務妨害罪と軽犯罪法 1 条16号の罪の罪数関係について、業務 妨害罪と軽犯罪法 1 条16号は罪質や保護法益を異にするので両罪の成立が認めら れるとした裁判例(51)があるのに対し、本判決の原審は「偽計業務妨害罪が成立する 以上同条16号違反の罪も成立しない」としている。たしかに、 1 条16号は無駄な 公務を防ぎ公共の利益が損なわれないようにすることを立法趣旨としており、私 的経済活動の保護を目的とする業務妨害罪とは保護法益を異にするため、両罪の 成立を認めるとする結論は説得的である。もっとも、業務妨害罪の「業務」に含 まれる公務は、公務自体を保護することで間接的に公共の利益の保護も実現しう るのであるから、公務を対象とした業務妨害罪が成立する場合に限り、業務妨害 罪と本号は法条競合の補充関係にあるとみて、一方が成立する場合は他方の成立 を否定する余地はあろう。
(48) 伊藤・前掲注(43)208頁。
(49) 伊藤・前掲注(43)212頁。
(50) 伊藤・前掲注(43)216頁。
(51) 大阪高判平成14年 6 月13日高刑集55巻 2 号 3 頁。