大正期の茨城県の教育動向に関する一考察
「茨城県教育改善案」の分析を中心として
教育学研究室 谷 口 琢 男
一般の理解するところであるが,歴史上特異な事件や事
はじめに 象で知られている地域であり,教育の分野に診いても同
「大正デモクラシー」とは何であったのか,政治,経 様に関心の寄せられる出来事がいくつかあげられる。
済,社会,文化等の諸領域から接近をはかり,それを茨 この「茨城県教育改善案」に類するものを他県には見 城県という比較的後進地域の歴史的事件や事象を媒介に 出していない。これが生み出される背景を明かにするこ して検討して解明しようとする試みがある.1)教郁お と,そ錐格と内容それのもつ歴史的議を明かにす いてはどうであったか,が問題になるが,その問題に接 ることを本稿の目的とし,その作業を通して間接的に表 近する一つの手がかりを提供してくれそうなものとして 題テーマに迫りたい。
「茨城県教育改善案」(大正14年)をとりあげ,まずは な澄茨城県の産業別人口構成を示して澄くが,地主団 大正期茨城県の教育動向の一部を把握してみたい。これ 体数澄よび員数は全国第1位だったという。2)(このこと が本研究の動機である。 はいくつかの媒介項を経て教育のありかたに影響を及ぼ
茨城県は農業県で比較的後進地域であったというのが したとみられるからである。)
表L 産業別人口構成比(大正9年)
農 林
?Y業 鉱工業 商 業 交通業 公 務ゥ由業
家 事 g用人
その他
L業者 計 全国% 54.4 20.5 13.4 3.5 5.6 2.4 0.2 100.0
茨城県% 73.7 11.4 9.2 1.7 3.0 0.0 0.9 100.0
§1. 「茨城県教育改善案」の成立 のことだとされている。4)それまでのは散発的な抑圧や弾 圧事件であり,その事件に関しての措置については,支 t茨城県における「舳教育弾圧事件」3)と茨城県 配層内部でもそのよう儲置の不必要を説くものさえあ
教育会 ったぐらいである。5)
守屋知事は内務部長のときにも言論弾圧事件を起して茨城県に吾いては政友会知事守屋源次郎が石下小学校
いる。水戸中学校長菊池謙二郎の「舌禍事件」とも呼ぱの湯沢卯吉をはじめとする教師たちの企画した自由教育
れているが,菊池が欧米視察旅行の\ち行った講演内容研究会の開催(大正10年12月28〜30日予定)を阻み,
に対する攻撃で,ついに菊池をして同校校長を辞任するついで大正11年3月5日水戸市教育会(会長菊池謙二郎)
までに迫いやったものであ島講演会は大iE 10年1月10主催の自由教育講演会への茨城県教員の参加を禁止した
所言胃「舳教育干瀕件」を起している.3)新教育に対 日の「国民道徳と臥道勧という題目で個人蟻髄
@ 徳を強調したものであった。6)な澄菊池は水戸学の権威する抑圧もしくは弾圧事件が継続的に行われるようにな
として評価をうけるところがあったが,同時に水戸中学ったのはもう少し後の時期の児童劇禁止の通達以降
校の名校長として評価が高く,欧米視察旅行ののち中学 にも「此の種の施設」をすることは必要だとした。14)
校改革を大胆に進めるところがあった。学校の「諸弊習 ところで「町村是」は「町村は国家を組織するの細胞 打破」を表諺し,「個人性の尊厳」,「自発的創造的」 団にして」「町村の実力を増加すれば,従って国家の実 活動を強訥し「学校生沽の充実化」を大胆にめざしたの 力を増加すべき所以」15)とする「地方改良」「民力洒養」
であった。7) 運動の中で位置づけられる新たな町村(民の福祉)を国 茨城県教育会の機関誌は雑誌『茨城教育』である。『茨 家(的利益達成)に結合し,町村を一元的に把握する国 城教育』は大正9年5月号に「茨城教育改造号」を編輯し 家主義的施策の一環として登場したものとみられる。16)
て新教育思想や実践に学ぶことを目ざしている。8)しか 「町村是」に依拠する教育改善案の発想は各市町村に条 し1年後には早くも「自由教育批判号」を特集するにい 件づけられて存在しており,その発展計画にくり込まれ たっている。g)1°)ところでこの月下旬(5月27日)守 ると、もに市町村の発展そのものに寄与することが求 屋は茨城県知事に就任している。慣行により自働的に守 められる学校や団体に対する「町村」の教育への期待で 屋は教育会会長(総裁)に就任した。雑誌『茨城教育』の あると\もにそれらが国家の利益により多く寄与するこ 織方針の変化も別に検討してみる必要はあるが,11)た とを以て融とするものであった.
とえぱ大正5年1月号の論説欄は菊池の署名入りの解説
4.茨城県教育改善案発表会規定と\もに「教育尊重に関する建議」(全国官公私立中学
校一同)を全鵬載していた。12)このような編集の行わ 茨城県鯖会は大正12年5肛改善案発表会規定を制 れた時期からみて「茨城教育」の内容性格は大きく転換 定している。それによると「総裁ハ茨城県教育会総裁之 をとげていたといえよう・ 二当り本会一切ノ事務ヲ総理ス」(第6条)と知事
2守屋「総裁」下の茨城県教育会と教育改善案発表 (「総裁」)の権限の下に発表会の運営が置かれること 会企画 になった・また・「総裁」は「審査委員長及事務委員長」
を「委嘱」することになっていた(第7条)。改善案の 自由教育弾圧ないし干渉事件は,教育擁護同盟をはじ
提出先は「郡市教育会」とされた(第13条)。発表会に
めとして広く新閾,雑誌等で非難されるところとなり, おける発表形式は「陳列展覧ノ方法」(第11条)による
知事,内務部長や茨城県教育当局は守勢に立たされた観
っていた。審査方法は,中等学校の部を除いてこれを行たまたま関東連合教育会(第19回)を茨城県水戸市で
い,郡市(教育会)の予選(第1次),各部門審査(第開催することを予定して,この連合会の「付帯事業」と
2次)を経て,総合審査(第3次)を行うこと\していして思いっいたのが「茨城県教育改善案発表会」であっ
る(第3次)。た。この改善案をして「本県教育上に一新時期を画する
の期待」を以て対処しようという意気込みが抱かれ島3) 以上の規定によって茨城県内市町村立(尋常・高等)
こ\に自由教育に代表される新教育思想,実践とは異っ 小学校・実業補習学校その他の「市町村自治団体ノ教育 た方向での教育改革意識を見出すことができよう。 施設」(第一部)や実業学校・中学校・高等女学校や師 範学校等の中等学校(第三部)や青年団処女会をはじめ
5.「町村是」に依拠する教育改善案 とする社会教育関係団体(第二部)の教育改善案発表会
V教龍想渓践の影響鰻延することを騰し,こへの網羅的(総)参加の体制力・形成されることとなっ熟 れを封じ込めようとする方向での教育改革意識はどこか 参加校は県内1,520余校,県外から22校の参加をみてい
ら理念を吸みとろうとしたのか。茨城県においては坂仲 る。18)「改善案数量調」によれば出品数は「冊簿」1,999 輔政友会知事(明41〜大1在任)が始めた県是,郡市町 点,「図表」その他835点に及ぶものとなっている。19)
村是(運動)があり,それらの実施がはかられていた。
茨城県教育会は立案にさいしてこれらの成果に依拠して,
5 「茨城県教育改善案」(大正14年)の刊行「町村是」に「策応して教育方針を確立し且之に基きた
る計画施設をなすは両輪双翼の完美を成す所以」と主張 大正13年3月24〜26日,茨城県教育改善発表会は盛 し,市町村立小学校,実業補習学校等以外の中等学校等 況裡に行われたという。この成果を印刷物として保存し
て置きたいという要望に応えて,茨城県教育会編集によ b.施設・設備の拡張・整備と学校統廃合(「一町村 る『茨城県教育改善案』が,大正14年4月単行本として 一校主義」方針と統合)
刊行されるに至った。その内容は c.教育内容方法の改善と徹底 茨城県初等教育改善案 茨城県教育会 d.学校衛生
茨城県補習教育改善案 同 上 2)青年教育(補習教育・青年会等)
茨城鴫難改善案 同上 ・渓業補習学校の普及(「一町村一校」設置方針,茨城県師範学校改善案 綴景響轟学校 青年夜学会の期)
茨城県中学校改善案 茨城県立各中学校 f.女子補習教育の振興
茨城県高等女子校改善案 茨城県立各高等女子校 9.青年会設置(「一町村一団体」方針と統合)
茨城県農業学校改善案 茨城県各農業学校 h.農業学校等設置要求(乙種農業学校,女子技芸学 茨城県商業学校改善案 茨城県立商業学校 校)
茨城県市町村教育改善案 3)教員対策
甲 市町村教育改善案抜葦(刷等入賞)東茨城郡小 i.教員研修・訓練(学力向上)
川尋常高等小学校外10校 j.教員住宅の建設(待遇改善と「部落分住」による
嘱 乙 市町村教育改善案一覧表(二等入賞)東茨城郡 青年「教化」)
竹原尋常高等小学校外30校 k.町村教育会設置(郡教育会への系列化)
丙 市町村教育改善案(提出)目録等(三等および 1)初等教育に澄いて特に注目されるものは「一町村
馴) 一校蟻」方針である。多くの瀞や町村では財政負担
以上のようであった。 問題と関連してこれが採用されている。久慈郡是は「一 町村一校主義」方針の理念をつぎのように述べていた。
§2.県・郡・市町村是と教育振興方針 町村ハーノ完全ナル自治体ニシテ国家構成上ノ単位ナ
「茨城県教育改善案」の検討に入る前に,「町村是」 リ故二町村二於ケル施設事業ハ之ヲー自治体二統一ス の教育振興方針を見て澄きたい。すでに指摘したように ルハ其発達上最必要トスル所ナリ況ンヤ自治ノ根基タ 茨城県においては明治42年5月27日郡市町村是調査標 ルヘキ教育事業二於テオヤ……一町村二数校設置シァ 準が郡役所・市町村役場宛に訓令として出されている。 ルカ如キハ思想上ノ自治区ヲ形成スルモノニシテ徒二 それは「一般民力卜福祉ノ増進トヲ期センカ為郡市町村 部落観念ヲ助長シ児童訓育上不利益ナルノミナラズ時 ハ郡市町村是調査ヲ為スベシ」(第1条)とし,郡市町 連ノ発展ト共二益教育費ノ膨脹ヲ来スハ勢ノ免レサル
ママ ママ
村是には県訓令が示す「調査標準」にもとづき人口,地 所ニシテ負担二困ムニ至ルヘキハ昭乎トシテ明カナリ 勢,産業,教育,公益事業,各種団体等その沿革,現況, 故二向後一町村一校ノ主義ニヨリ可成之レカ統一ヲ図 将来の撚方針をとりあげることを求めた.2・)各郡,市 リ教育ノ効果ノ栓瑚セントス26)
市町村はこの訓令にもとづき,郡・市町村是の作成を開 意識の総合をはかり町村民を国家に結びつける方針と 始するができあがるまでに,数年から10年を要したこと 「一町村一校主義」方針をからませている点が注目され は既にふれた。2i)県是も作成された。明治44年4月の るのである。このような方向をとりながら督励や保護救
「産業二関スル県是」がそれであるが,農業以下各種産 済の措置を講ずる「児童出席率の向上」や「施設・設備 業振興方針をあげ最後に「1.農業教育普及二関スル事 の拡張・整備」が殆んど共通的にとりあげられていた・
項ヲ県是一テ定ム,レコト」を購したが多2)これは矧 教育内容方法敏都つ匠は,「自学ノ習慣盆η をみていない。23) の育成等の都市地域にみられる学習者個人に着眼したも 茨城県郡・市町村是における教育振興方針の概観を試 のよりは「教育ノ地方化」(「農村化」)というべき観 みると,つぎのような項目に整理されようか多4) 点のものが多く,それが「画一主義」教育の批難と結び
1)初等教育(義務教育) ついているところも注目されよう。
a.児童就学・出席率の向上(督励・学齢児童保護会 たとえば稲敷郡古渡村是は,
設置) 制度教育ハ農家タルト商,工業タルトニ論ナク,一律
一本二教育スルニヨリ,学校ヲ終レバ忽チ家業ヲ厭ヒ 導シーニハ智能ノ発達ヲ図リーニハ精神ノ修養ヲ講ス
鱗鰻繋雄鷲勧力如クシテ 綴1駕髄村ノ為メニ忽諸二付スヘカラ
と「制度教育」(=「画一教育」)の実際生活との遊離 「知能ノ発達」と「精神ノ修養」をはかる青年教育は を批難している。それではどのような教育を要求してい 国家と町村のために重要なものである。としているが
るかという点で,たとえば同郡沼田村是は 「壮丁検査」に言及して軍事的要請に対応しようとした 農業的趣味ヲ鼓吹スル為学校園ヲ設ケー坪農業ヲ奨励 ことも注目される。
スル等教育上遺憾ナキ瑚セントス29) 実業禰学校は「_町村_校」主義が原則とされたカ㍉
とのべていた。また他方,国民道徳,国民精神の振興の まだこの時期には青年夜学会が広く存在していたがこれ 強調もそこでなされていたのは言うまでもないが,久慈 を奨励する方針も併存していた。33)
郡是は 青年会設置問題については町村単位でこれを設置し組 歴史的教育資科ヲ尊重シ精神ノ銀錬品位ノ陶治ヲ図リ 織上の統合をはかることがあげられていた。
質実ニシテ剛健ナル本郡固有ノ気風ノ助長二力ムルコ たとえば,行方郡是はつぎのように述べπ。
卜30) 抑モ未来ノ国家町村ヲ負担スルモノハ即チ青年者ナリ とのべているが,「歴史的教育資料」とは常陸太田の西 故二青年者ヲ善導スルト否トハ地方並国家ノ盛衰二甚 山荘での光囲の大日本史編纂事業のことを指すものと思 大ノ関係ヲ有スルヤ論ナシ……本郡二於テモ各町村二
われる。茨城県と国民道徳,国民精神の振興の地域的・ 之ヲ設ケザルモノナキモ其ノ研究スルトコロ概ネノ農 歴史的関連の意識にも発展する萌芽をみることができよ 学上ノ事二止マリ精神ノ修養地方自治的観念ノ養成等 う。 二至リテハ之ヲ等閑二付スルモノノ如シ殊二或村ノ青
つぎに青年教育についてみてみると,まず実業補習学 年会ハ各部落二割拠シテ全村二統一セサルアリ或ハ形 校の普及について「一町村一校」必置(可成)主義方針 式上二於テ統一セルモ精神上ノ統一ヲ欠クモノアルガ をとることがあげられている。その必要性について,か 如シ是等ハ皆町村自治ノ障害ヲ来スノ虞アルヲ以テ速 なリパターン化された表現で以下のように述べている・ 二名実共二統一ヲ期セシメン…トス34)
たとえば猿島郡是は この時期には町村青年会への統合が課題とされ,「部 国購育ヲシテ_層有効ナラシメ賭上ノ改善ヲ図リ落的齢ヲ除去シ 5踊静会としての諸濁の盤 36)
タ業振興ノ実ヲ挙ゲンニハ補習教育機関ヲ完備シテ青 充実をはかり「以テ国家ノ要求二応セント」 するこ
年ノ指導誘抜ヲ図ルヲ以テ最大要義トス若シ其ノ施設 とが志向された。
ニシテ欠如センカ忽チニシテ頽廃セル社会ノ弊風二浸 教員対策として,教員待遇の改善として教員住宅の提 染シテ純良ナル品性ヲ傷ケ遊惰放逸ノ気風ヲ醸シ国民 供が「部落分住」による町村の「教化」活動の分担と結 教育ノ過半ハ之力為二破壊セラレ遂ニハ邦家ノ基礎ヲ びつけられたのが注目される。さらに教員の資質として 危クスルナキヲ保セス31) 「町村」の要求に対応する「信念」が求められていたこと とのべている。「国民教育」の有効さの確保と,町村の も注目される。東茨城郡石崎村是は以下のように述べて
「風教上ノ改善」「実業ノ振興」の観点で必要性が示さ いる。 ・ れていた。また新治郡新治村是はつぎのようにのべてい 本村教員トシテ必要ナルハ農村教育二趣味ヲ有スル た。 一事タリ自治村ノ発展二貢献スルノ意志ヲ有シ永年勤 一般多数ナル青年ハ日々労働二使役セラレ学習ノ暇二 続スル覚悟モテ善良ナル村民ヲ養成センカ為メ其労ヲ 乏シク全ク無教育二畢ルモノ或ハ既得ノ学業ヲ忘却ス 借マサル信念アルヲ要ス37)
ルモノ多シトス之ヲ壮丁検査ノ実績二徴スルモ其一班 以上みて来たように,郡・町村是は国家と一体的関 ヲ知ルベシ此結果向上発展ノ気力ナク中ニハ遊惰放縦 係の意識のもとに,町村の発展計画を立て町村の教育計 ノ悪習二化了シ不生産的ノ徒トナルモノ亦勘ナカラス 画を立てようとした。郡・町村是は「生産技術対策を中 青年ノ前途憂フベキニアラズヤ依テ之ヲ救済シ之ヲ指 心とした増産政策」が基礎となっており,「当時の農村
の階級構成からすれば,地主奉仕の農業対策」が中心と 澄よび方針については県視学(松浦,清水,堀)と協議 なっていた38)といわれるように町村是に澄ける教育振興 を経たという。調査方針としては県・郡・市町村是のこ 方針も「当時の農村の階級構成からすれば」その「合理 とく「沿革と現状とを明かにし之に立脚して理想を樹て
39)性,近代性も自ら狭められた範囲にと獄められざるを得 Zが実現の方途を講ぜんことを期し」 たという。改
なかったといえよう。 善案等作成途上で関東大震災,国民精神作興に関する詔
書の公布という予期しなかった出来事を経験し,この経§5 茨城県初等教育改善案および茨城県
験が改善案の性格に一定の重要な影響を与えたことは椎市町村教育改善案
量できる。
茨城県教育会は茨城県初等教育改善案を作成するため大
正12年7月10日 11名の調査委員(委員長稲垣国三郎) 1)義務教育普及(整備)課題
を委嘱した。委員会は大正13年1月12日に作業を修了 茨城県の学齢児童就学率・出席率は大正期をと澄して するまで6回の委員会を開いたという。その間調査問題 全国平均を下まわるものとなっていた(表2)。
表2.児童就学率・出席率全国平均知よび茨城県比較表
明 治 40 大 正 1 大 正 5 大 正 10 大 正 15 児童就学比全国・茨城 97.38%96.50% 98.23%98.75% 98.61%99.37% 99.17%98.56% 99.44%99.38%
児童出席比全国・茨城 90.04 90.21 92.72 92.93 94.43 94.29 94.95 93。60 96.15 95.11
改善案は義務教育の普及の問題は「国家の要求に副硝 るが,その提案は必ずしも具体的,現実的ではない。と
「個人の幸福を将来する」という観点から,「保護救済」 くに自らが指摘するように,「工場労働に従事する児童 噺
の問題としてこれをとらえ,不就学児童を「疾病」, を加ふる時は其の数霧しきものあり」ということであっ
「盲唖」,「貧窮」に分類しその実数を診さえ,「救済」 たが,その実数を統計上の対象として把握する試みはな の方法(処置)を提示しようとした。40)それはこの時 されてもいなかった。
期の社会政策的見地を反映するものとして一応評価で窒
表3.大正11年度不就学者の内訳澄よび大正12年度未保護児童(要保護)数
大正11年度不就学者 疾病者 盲唖者 貧困その他の者 大正12年度要保護者
2,525 1,032 412 1,081 25.39
茨城県の尋常小学校卒業者の高等小学校をはじめとす 撤廃すること,高等小学校の設備の充実と学級編制の改 る諸学校進学率は大正12年度で80.8%であった。改善 善,高等小学校教育内容の実際化と優良教員の配置など
41)案は高等小学校入学者の増加を推進するため,尋常小学 の方策を提示した。
校に高等小学校を併置すること。高等小学校の授業科を
表4.尋常小学校卒業児童の就学状況(大正12年4月1日現在)
前学年卒業 高小入学 駿入学 実業入学 実補 入学 其他学校入学 小計 何れの学校に燗?wしない者 27,293 18,030 813 351 2,744 111 22,049 5,244 100.0% 66.1% 3.0% 1.3% 10.1% 0.4% 80.8% 19.2%
さらに人口の自然増とともに施設の拡張(校地校舎の 一 教育方針の確立
増改築)の必要度が高まっているのがこの時期の特徴の 教授,訓練,養護の施設現況中其の成績の見るべき
ようであるが,あわせてそれを機会に施設・設備の充実・
@ もの多しと難も之が改善を要すべき事項決して少し
難聡難瓢誓代イヒ」 欝欝謙器灘窪毒
そのさい例の学校統廃合問題がとりあげられ,郡・市 を進むるにあり,未だ確固たる教育方針を見ざる間徒町村是にならって,「一町村一校主義によること」と提 らに新奇を追うて実施を急ぐが如きは慎重なる態度と案している。その説明として, 云ふべからず,殊に今日の如く諸種の教育思潮雑然と
町村の自治及び町村教育の統一上この主義の有利なる
@ して起り各種の教育施設奇を競ふが如き情態にある時
るとした。 すなわち・大正期の新教育思想と実践が否定的消極的
な評価を与えられており,「穏健中正」な,「確固たる」改善案は市町村義務教育費国庫負担法による交付金の
教育方針の確立が奨励されていた。つぎに「国民道徳の増額にともなって,この交付金を教育施設,設備等の整
教養」と「国民精神振作に関する詔書の徹底」があげら備充実費に充てられるように,これを「時勢の進運に伴
れている。すなわち,ふ施設」(図書費,設備の完成,研究費,専科教員),
「学齢児童の自然増加に伴ふ施設」(設備=校舎,校地, 二 国民道徳の教養 保護事業)「教員の優遇」(住宅料)等の「使途に充つ
るを適当勧とす」44)と締した.しかし浦町村財政 尊王愛国崇祖輯此等国民道徳の教養に就きては教 と教育費の関係や交付金のあ励た等,_般轍育経費 授の習【1練に一層深き臆を払はざるべからず・其の名 問題の科学的綱については,これを劃ていた。 辞の古く其の道徳の歴史的なるにれて近時此の国粋
2)初等教育内容方法の改善 道徳の徹底に努力の跡少き傾きあるは誠に遺憾なり一 改善案は茨城県小学校連合教育研究会(茨城師範学校, 三 国民精神振作に関する詔書の徹底
茨城女子師範学校両付属小学校主催)の教科研究の成果
1.教師の修養に関する方面(1)〜4)略)を反映したとみられる若干の提案をしている。直観科を
@ 2.教育の方法に関する方面47)(1,H略)国語(尋小1〜3年)の中で課すこと,「毛筆」書方 以上のごとくであるが,「穏健中正」な,「確固たる」(尋小1〜3年)の廃止と「硬筆」書方の採用,図画 教育方針の具体的,積極的内容を占めるべきものとして(尋小1年)尋常科手工高等科図画の「架設」科目イヒ
以上のものがあげられているが,ことに後の三の場合は実業科数科目兼修を可能とすること,高等科における任
「詔書」の公布以来数か月も経過していない時点にある意科目選定(たとえば「郷土科,社会科,国民科」など)
とき思い事ぱに過ぐるものがある。架設の道を開くこと,ローマ字指導(尋小5年以上)の
教授に関しても「教材の研究」(「最良にて少量なる採用などの教科(内容)の「近代化」ともいえる提案が
なされている。45) 織を伝ふる」の「要訣」)・「教材の整蝋合」の必
要などをとりあげているが,「教授細目は実に教授の中しかし,初等教育(内容方法)改善案には全体として
心にして教壇上に於ける教師日々の活動は此の細目の具新教育思想(潮)の影響が茨城県教育界に拡がるのを抑 体化人格化されたるもの47)」という教育内容国定体制下制しようとする意図が貫かれていたとみてよいのではな
の伝統的な教授観に依拠しての教授改善案であった。かろうか。「町村是」に依拠する改善案という発想もそ
訓練に関しても,のような意図と決して無関係ではないと考えられる。
教授施設に系統なきは少なし訓練施設に系統あるは 改善案は教授,訓育,養護を包括レた「施設経営の改
@ 稀なりこれ訓練成績の向上せざる所以か訓練要目,訓善」に澄いて,つぎのように述べている。 練細目,個人訓練と其の施設を系統的ならしむるに於
ては必ずや成績の見るべきものあらざるはなし,…… 調査を試み村経済の発展のための改善案も提示し,村 訓練施設を系統的ならしむること本県教育界刻化の急 経済と教育費の比率限界などもとりあげている。とく 務なり49) に教育改善案(経費をふくめて)を承認するための「八 と述べその「系統化」を強調しているが,訓練要目が 代村教育調査会」を設置したのが注目される。な冷,村
「徳目」を以て表現される以上,その内容の想定は比較 民を自作,自作兼小作,小作農民に分類し,「約2割 的容易であろう。つぎに「訓練の基調」として,それは が中産農民以上で4割6分が唯中産農民で合計6割6
「実に児童心身の発達情況なり」とし,さらに「よく児 分の農民が本村の中流階級として公共事業に常に重き 童の個性を認め其の長所を伸ばし欠陥を矯正」する「個 負担をなしている」(「耕作業態別戸数」)と小作農 人訓練」と「日本古来の道徳には上行的縦貫的のもの多 民を排除したところで村の改善案,教育改善案を作成
く横断的社会的の道徳少し,従って永続的団体的生活の しているところがこの改善案のもう一つの注目される 、
性格陶治」を志向する「集団訓練」の必要をとりあげて ところであろう。52)
いる。50) b.久慈郡佐竹村「佐竹教育改善案」
これらは新教育思想や実践の一定の反映とみることが 「一町村一校主義」方針の実践の中間報告ともいう でき,こ\に時代的新傾向への同調姿勢を認めることが べき部分がある。佐竹村には,従来3校(1尋常高等 できる。たゴし,たとえば「学校自治」については, 小学校2尋常小学校)があったがこれを一校に統合す
児童の自治能力は如何なる程度にあるものなりや如何 るまでの状況と経過,義務年限延長を見込んで10年間 なる学年より如何なる程度の自治施設を教育上最も適 の増築不要の新校舎計画,3学級減(計11→8)職員 当と認むべきものなりや等の問題に至りては未だ何人 4名減(13→9)教育費3ρ00円節減の見込みを得た をも首肯せしむるに足るの実験的研究なきを憾とする という。つぎのように述べている。
の湧 ) 本村一従来ヨ瞠校ヲ設置シアリ教育上ノ不利不便
として,それ以上の開拓を試みることの提案などはみら ハ勿論村経済上村民ノ融和自治ノ発展上一日モ忽ニス れない。訓練については訓練論や実践の新しい動向に同 ヘカラザルノ状態ナリ…何レモ複式編制ニテ教授上ノ 調姿勢を示したが訓練の系統化案にうかがわれるように 一大欠陥損失ラ認ムルニ至リ…統一併合シ村財政ノ緩 本質的には伝統的訓練観を基本に据えたものであったと 和ト教育ノ改善トヲ図ル_。53)
いえよう。 c.東茨城郡渡里小「郷土に立脚したる動的経営案」
5)市町村教育改善案と初等教育 市町村立義務教育費国庫負担法交付金の活用をテー 茨城県市町村教育改善案で抜葦集録されているのは一 マとしたものといえよう。こ\では,校舎建築費積立 等入賞分11点であり(二等入賞分31点は一覧表のみ)・ 「子守学童」のための季節的(農繁期)托児所の設置,
その抜葦部分は各改善案の特徴的,個性的部分とみるこ 「学籍簿脱漏児童」救済に充てることが計画されている。
とができるが,同時に茨城県教育会の改善案を「総論」 交付金を教育改善の経費にあてることができるかどう と見たてた場合,概して「各論」的位置づけを与えられ かは「町村理事者トノ協調」によるとされた。交付金 ているといえる。少くともそのような編集方針が採られ が直ちに「戸数割付加税等ノ軽減二充テ」られること トいよう.以下それらを,礁教育改善案との関連でみ なく,鯖灘餉けられるための「協調」であっ鷺
て澄きたい。 d.東茨城郡小川小「小川教育改善案」
a.行方郡八代小「教育改善案」 新教育思潮の摂取方針を明かにした部分が抜葦の対 教育改善案を「教育ノ理想ガァリ,之ヲ実現センガ 象となっている。同改善案は「本案ハ郷土二立脚シ法 為メノ具案方法」として把握し,「教育ノ理想」は小 令ヲ原拠トシテ原理並二時代思潮ヲ羅針盤トシテ,健 ママ
w校令と教則に示されているので,「方法ノ改善」こ 実ナル改善ノ歩ミヲ猛進セベク立案」され,時代思潮 そが主要任務となると澄さえ,この任務を達成するに の反映のさせ方については「近来自由尊重ノ教育思潮 は経費がか\る。こ\に村経済と改善案の不離の関係 が高唱サレテ以来,法令ガ軽視サレテル感ガアルガ,
を持つに至るとし,そこで『八代村是』(大3)の追 国家ノ事業タル教育ハ国家ノ定メタル法令ヲ原拠トシ,
改善ノ方策モ之ヨリ派生セネバナラヌト信ジマス。 (3),通学団(4),自発活動(3),個人訓練
とされている.55) (2),個性調査(6)
e・新治郡真鍋」・「真鍋町教育改善案」 以上のようであった。能力別指導が頻度数において注 抜葦部分は全校職員によって構成される「教育改善 目されるが大まかな傾向はとらえられよう。
調査会」を設置し,「各学科ノ教授徹底方案」(第1 三等以下の参加改善案が多数存在していたことを考慮 回)を練り・さらに進んで各学科「学習法ノ研究」 してみると,一般に新教育の思想や実践に対する関心は
(第2回)に取り組み,その成果をまとめたとしてい 比較的広範囲に及んでいたとみることができるし,茨城 る。「基本的典型的教材ヲ精選」し,「主眼点ノ徹底」 県初等教育改善案の教育内容方法改善案はこのような現 と「体験的学習ヲ尊重」することなどの「教授要諦十ケ 実に対応して,一種の統制的機能を意識したものであっ 条」の具体化ともいえよう。56)「奈良の学習法」の影 たといえよう。
響例としてみることができる。
§4.青年教育(実業補習学校,青年会・f.筑波郡北条小「北条町教育改善案」
処女会)改善案こ\でも教育内容方法の改善の部分がとりあげられ
戸
トいるが,村の産業振興との結合の観点でなされてい 1)茨城県補習教育改善案
ることが注目される。他方,二,三男の「海外雄飛」 茨城県補習教育改善案はその沿革を創設期(明治32 の必要も指摘され,「教授」に澄いては「実力養成ヲ 年〜),勃興期(明治37年〜),漸進期(明治41年〜),
主眼トシ,児童ノ向上的努力心ヲ喚起シ,優中劣各階 革新期(大正9年〜)に区分して当時の政府の実業補習 級ノ児童が各内部的欲求二基イテ,自由二発動的ユ能 教育振興策を支持する意見をのべているが,それによっ 力本位ノ学習が出来,自己ノ知的生活ヲ拡張シ得ラル て自らの実業補習教育観を表わしている。
ルニ至ラシムルヲ以テ目的方針ト」して「各科教授改 毎年小学校卒業者中約2割ハ爾余ノ中等学校二入学 善案」と、もに「分団式教育」の展開を期した。「訓 スルトセンモ残リノ約百万人ヲ悉ク実業補習学校二収 練」においては,「国民的訓練」「国際的訓練」「奉 容シ之二完全ナル職業教育,公民教育ヲ施シ行クニ於 公的訓練」等をその改善案に掲げているのが注目され テハ産業(経済)問題,普選問題ハ更ナリ,国民ノ大 る。57)及川の「分団式動的教授」の影響例としてもみ 多数ヲ占ムル中産以下ノ労働者階級二自治ノ途ヲ得シ ることができよう。 ムルノ傍国家及社会ノー員トシ生存スルニ完全ナル人 9.結城郡西:豊田小「小学校教育改善案」 間タラシムルヲ得テ自ラ生活ノ不安定ト思想ノ動揺ト
詳細な訓練計画というべきもの58) .、除キ去ラ、レベク殊揮備制限ノ今日未来ノ軍人トシ h.久慈郡太田小「我が校当面ノ改善案」の任務と訓育方針等に九点榊れて謬 :縫拳;鵜認緩急ノ懸倉旨ノ士タラシム
その訓育は国家主義的,国粋主義的内容のものである。 職業教育,公民教育の実補教育の二大「眼目」以外に 茨城県市町村教育改善案の抜葦診よび一覧表の42例 「思想善導」(「思想ノ動揺トハ除キ去ラルベク」)と の新教育関係用語の使用頻度を参考のためあげてみると 「軍事教育」に言及したのは注目される。特に後者の軍
(( )の中は題度) 事教育的意味を与えようとすることは政府や軍部のその 教1受・…・能力別指導(編制)(13),自学(自習)習 後の青年教育の軍事化政策を先取りしようとするもので 慣・態度の育成(13),学習法の指導(7),分団教 注目されるところである。
授(6),自由研究(学習)(6),個別指導(4), 茨城県においては大正9年12月の実業補習学校規程全 個性尊重(3),個性調査(5),合科教授(1), 面改正をうけた諸規則の改廃は約1年を経過した大正10 自己活動(1) 年12月7日,実業補習学校に関する規程・茨城県実業補 訓育__公民的訓練(6),自治・自律(6),自治・ 習教育実施要項並実業補習学校学則標準の制定によって 共同(7),公徳(公共心)(5),共存共栄(2), これらの実現をみた。茨城県実業補習教育実施要項は実 学級自治会(7),学校自治組織(3),児童役員会 業補習学校のa・設置は「独立・特設ヲ本体トスルコト」・
b.女子部を「可及的併置スルコト」,c・形態は「通 だ「希望案」を描き出すことに作業をふり当てたといえ 年制,昼間教授ヲ本体トスルコト」,d・就学はこれを よう。「希望案」とは,三部制(普通科,実業科,家事
「準義務トナスコト」,e.その実習については「相当 裁縫科)実業補習学校教員養成所設置案,(全)県立農学 設備ヲ為スコト」,f.授業科はこれを「徴収セザルヲ 校併設実業補習学校案,通年制模範実業補習学校(各郡 本体トスルコト」,9.その「専任教員ヲ採用スルコト」・ 市教員部会を標準とし約70校専任所要教員数約350名)
等の実施上の諸事項の願」を明示してい島62)この「実 等であっ鳥63)
施要項」そのものが実態とかなりの距離をもつ一種の ところで当時の茨城県の実業補習学校数,同生徒数,
「理想案」というべきものであった\め,茨城県補習教 専任教員数はどのようであったか。そこにどのような特 育改善案は諸規則を基本的に追認する姿勢をとり,諸規 徴的な問題点があったか,をみて診こう(表5)。
則と実態のギャップを埋める問題,諸規則より更に進ん
表5.実業補習学校数及生徒数(女子),専任教員数
明 32 明 37 明 41 大 1 大 5 大 11 全国順位 大12 大 15
実 補 数 1 6 218 318 414 500 4位 502 476
生 徒 数 54 317 6,177 9,093 18,005 28,072 6〃 29,606 32,713 女子生徒数 一 一 一 820 1,719 6,757 『 8,179 9,421
専任教員数 一 一 一 3 6 59 44 〃 76 141
大正11年現在の実補数,同生徒数ではそれぞれ全国順 り,「一校平均経常費」は293円で全国第38位でこれも下 位で第4位,第6位で全国有数県に位置ついている。こ 位に位置ついている。女子生徒数も不振であった。学校 れは郡・市町是以来の「一町村一校」必置主義方針や 数,生徒数で全国有数位,内容(「専任教員」)や経費
「実施要項」の就学「準義務化」方針のしからしめる所 で全国低位というのがこの時期の茨城県実補教育の特徴 によるものとみられる。しかし「専任教員数(100校当 であった。
り専任教員数)」では全国第44位で最下位郡に入ってお
表6.実業補習学校生徒一人当公学費
明 40 大 1 大 5 大 10 大 15 昭 6
全国平均 2.51円 1.91 1.61 5.32 11.78 11.31
茨 城 県 1.87円 1.27 1.07 2.87 8.62 6.60 文部省年報より算出
な澄「実施要項」や「学則標準」が望ましい実補教育 補の「教科過程及教授時数表」(学則標準)は以下のこ の内容方法を指示していたのでそれをみておきたい。実 とくである。
表7「実業補習学校学則標準」による学科課程診よび教授時数
前 期 後 期 研 究 科
第1学年 2 第1学年 2 3 第1学年 2 3 修身及公民科男 60 60 120 120 120 60 60 60
女 60 60 60 60 60 60 60 60 国 語男 240 240 120 120 120
女 240 240 120 120 120
数 学男 180 180 120 120 120 120 120 120
女 120 120 120 120 120 60 60 60 農業又は水産男 120 120 240 240 240 240 240 240
女 120 120 120 120 120 120 120 120 商業又は工業男 180 180 300 300 240 240 240
女 120 120 120 120 120 120 120
裁 縫女 240 240 300 300 300 240 240 240
家 事女 120 120 180 180 180 120 120 120
体 操男 60 60 60 60 60 60 60 60
女 60 60 60 60 60 60 60 60
冒 合 計 男 660(720) 660(720) 660(720) 660(720) 660 480 480 480
女 960 960 960 960 960
660 660 660
改善案では裁縫は後期・研究科をと論して420時としている。
な澄「実施要項」は教育内容方法に関して 方向を一にする教科教授,訓育(体育)にわたる留意事 教材ハ土地ノ状況二応シ生徒ノ実際生活二適切ナ 項をか\げていたが,茨城県補習教育改善案も「将来ハ ル事項ヲ選択シ特二実業科ハ地方行政ノ方針二鑑ミ 之力実現ヲ期スルヲ要スルノミ」と改善案としての同意 以テ其ノ実績ヲ挙クルニ留意スルコト を示した。64)
特二時代思潮二鑑ミ自主自営ノ精神ヲ奨励シ穏健 2)茨城県市町村教育改善案と実業補習教育
着実ノ思潮ヲ洒養シ以テ国民精神ノ発揮二留意スル 茨城県補習教育改善案の実業補習教育観は既にみたが,
コト在郷軍人会,青年会,処女会等ト協力シ以テ生 市町村教育改善案の中ではその「必要性」や「方向性」
徒訓育ノ徹底ヲ図リ地方公共自治団ノ中堅人物育成 はどのように把えられていたか。大まかな言いかたをす 二留意スルコト れば,それは農村危機の進行に対する「不安」とその
其ノ地方ノ風俗習慣二照シ之力助長矯正二努力シ 「除去」を教育に期待し直すという発想と結びついたと 且ソ娯楽ノ改善趣味ノ向上ヲ期スルコト いえよう。
常二体育,衛生二留意シ毎年一回生徒ノ身体検査 先ほどの久慈郡佐竹村の「佐竹村教育改善案」は,や ヲ行ヒ適当ノ方法二依リ之ヲ公示シ体育ノ必要ヲ自 や誇張した表現で,
覚セシムルコト62) 奢修風俗ノ都会・リ伝播勘コトヤ農村脱走ノ盛トナ
等,郡・市町村是や茨城県初等教育改善案と基本的に ル事ノタメニ翼モスレバ衰頽二赴カントスル農村ヲシ
テ堅実質素ノ美風ヲ存ゼシメ且ッ其ノ地方ノ産物ヲ豊 表8 市町村青年会会員年齢別(大12.3.31)
富ナラシメントスルコトハ国家ニトリテ最モ緊要ナル
正会員の年齢 青年会数 同上百分比 事ナリ農村ノ繁栄ヲ計ル方法ハ技術経済種々アルベケ
レド其ノ根本解決ハ農村民ヲシテ文化的二農業二親シ 25才まで 310 81.4%
マセルニアリ。 26才以上を認めている 71 18.6
農業教育ガ其ノ当ヲ得ズシテ善良ナル農民ヲ養成ス (30才以上 〃 ) (67) (17.6)
ルコトヲ怠リナバ農村脱走ハ陸続トシテ起リ其結果農 (35才以上 〃 ) (13) ( 3.4)
村ハ荒廃二帰スルニ至ルベシ況ヤ近時悪思想浸入奢修 全市町村青年会数
381
100.0浮薄二流レ易キ傾向アルニ於テヲヤ65)
「農村脱走」「悪思想浸入」に対処する農業補習教育 表9青年会長種別調(大正12年3月末現在)
の必要性を痛切に訴えているのである。行方郡八代小の 会長数
教育改善案も「農村脱走」とは言わず「移住者ヲ予防ス 県青年会長 内務部長1
ル」と言つて「生産物ノ精選」による村農業の振興をは 郡青年会長 郡長14
かる儂民教育ノ甑」の役割を実業禰学校に求め蔑)
市町村青年会長 381 百分比 備 考
実業補習学校としては「独立」校3校のうち最もよく規 小学校校長 152 39.9% 会員会長数
模・陣容を整えている北総実修学校の教育改善案ぱ養 市町村長 125 32.8 稲敷郡1(ゾ34
成すべき農民像と教育目標をつぎのように述べている。 名望家 34 8.9 筑波郡7/27
近時民心ノ帰趨スル所,稽モスレバ軽挑読激二流ルル 会 員 56 14.7 真壁郡7/31
ノ風アリ此ノ風潮ノ改善ニハーツニハ穏健着実ナル道 小学校教員 4 1.1 新治郡6/35 義心ヲ養ヒ更二経済上ノ発達改善ニヨリテ,生活ノ安 町村役場職員 4 1.1
定ヲ期スルコトト相侯ツテ民心ノ帰向の定メザルベカ 其 の 他 6 1.6 ラズ而シテコレーツニ教育ノカニヨル外ナシ故二本校
二於テハ最モ健全着実ナル農民精神ノ教養ヲ以テ主眼 青年会の会員年齢問題については同改善案は「25才迄 トナス即チ真二農村ヲ愛好シ田園生活ノ趣味ヲ理解シ ヲ原則トスルコト」と提案したがその理由を「名実共二 尚進ミテ農村ノ改善進歩ヲ計画シ得ル自覚アル人物ヲ 自治的修養団体タラシメンガ為」とした。68)青年会の
驚蒔識舗陶治_要7)謹笈鴇獅鷲糠翻量貢瀦奪
農村の危機の進行の意識を反映して「健全着実ナル農 によって占められているものが多いと言及したにと雲め 民精神ノ教養」を以て実補教育の核としようと試みてい られている。
る。いずれにしても茨城県市町村教育改善案にみられる 以上は茨城県の後進性問題と関連のある事象であると 実業補習教育の必要性(役割)の把握は農村危機の進行 思われるが,このような実態の把握とその由来を解明す とか\わっており,茨城県補習教育改善案の地方産業の るという接近はとくにみられない。改善案は「自治青年 i振興,思想の善導,軍事的教育の役割認識と相補的関係 会」のためには原則として役員選出は会員中より選挙に
に立つものといえよう。 よってこれを行うことを勧告した。但し会長職は重要だ 5)茨城県青年会・処女会改善案 から,年齢に拘束されずに「徐々二適任者ヲ得ルノ機会 同上改善案作成の時期には青年会は既に各県・郡・市 ヲ待ツペキデアル」として原則論より現実適応的配慮の 町村段階に設置されるに至って診り,大正9年1月の青 必要を説いた。69)
年団に関する第3次訓令とか\わって組織問題と活動間 処女会改善案も同様の特徴を示したが,まず良妻賢母 題が主要な改善問題となっており,特に前者の会員の年 主義批判状況を批判して処女会の目的を,
齢(制限)問題と役員選出問題が焦点的問題であった。 温良貞淑克ク家事ヲ治メ良人ヲ助ケ子女ヲ教養シ兼 会員年齢と役員種別の実態が以下のように明かにされて ネテ国家社会ノ進運ヲ扶持スル精神卜其教養トヲ修養 いる(表8,9)。 スルニァリ70)
と規定しようと試みている。処女会会員年齢問題にっい §5. 中等教育改善案 ては茨城県処女会設置基準(大正9年)25才までを23
中等学校関係の改善案は茨城県教育会の審査の対象外才とすることが「穏当」であるとした。
として扱われた。茨城県立中学校改善案(県立中学校代結婚適令期であり身体的心理的成人期に入るからだと
した.71)処女会会員役員問題は男子青年会をモデルと 表水戸中学)茨城県立農学微善案(県膿学校共通)
茨城県商業教育改善案(茨城県立商業学校下館商業学校することは困難かつ同会の発展の障害になるとレ」・学校長,
湊商業学校)は発表会出品目録にある。茨城県高等女学女教師以外に「会出身婦人」の起用を提案していたとこ
うが注目される.72)以上の繊問題に関する改善案で 微善案とい銘のものはなかったので・のちに作成さ
れたものと思われる。こ\では主として茨城県立中学校は処女会組織の網羅性非自主性からの脱出すら望み得な
改善案をとりあげてみたい。い程のものとなっていると思われる。
1)茨城県立中学校改善案
表10処女会会長種別調(大12.3。31) かつて菊池校長が追放された県立水戸中学は茨城県立 会 長 数 百 分 比 中学校改善案を「一ハ以テ県下各中学二対シ,一層具体 学 校 教 員
300
89.6 的ナル実行案ノ攻究二資シ,一ハ以テ県内諸士二対シ,市町村吏員 29 8.7 中学教育ノ前途尚遼遠ナル所以ヲ考慮スルノ料タラシム 会 員 2 0.6 ルニァリ」と位置づけこれの作成にあたった。改善案は 名 望 家 2 0.6 その内容を3分して「施設」「内容」「特殊施設」とし 其 他 2 0.6 て展開した。「施設」ではa「既設校ノ充実」,b「校 計
335
100 舎ノ改築」,c「学校増設」を取り上げていた。いずれ役員改善案 も教育条件整備に関するものである。cの「学校増設」
会 長 小学校長又ハ女教員又ハ会出身婦人 では中学校の「新設」が「本県中学教育ノ改善上最モ重 副会長 女教員又ハ会出身ノ婦人 要ナ」り,として当時の現行7校を少くとも11校となす 幹 事 女教員及会員 べきだと主張し,4校増設の要求提案をしている。4校 評議員 会員,会出身婦人 増設の必要の論拠を全国平均を照準としてそこに到達す 支部長 支部幹事,会員 ることに置いたのである。そのさい「平均ニテ満足スベ キニアラザルモ」「先ヅ第一期計画トシテ」その提案を 青年会・処女会の「修養施設二関スル改善案」の中で, するとことわっていた。以下「イ.人ロト学校数」
青年会(処女会)はつぎの2点で実業補習学校の教育に 「ロ.人ロト生徒定員」「ハ.志願者ト入学者」「二.人 関与しなければならないとする。「イ.就学出席二関ス ロト志願者」「ホ.尋常入学者ト高一修高卒入学者トノ
ル督励」「ロ.補習学校生徒修学態度ノ改善」であるが, 比」の諸点にわたって全国平均との比較および全国平均 イ.については 水準到達のための増設根拠の算出,さらに近県(5県)
青年会ノ規約ニヨリ会員ノ申合ニヨリ丁年未満ノ青年会 との比較方法を駆使して増設案の論証を試みたのである。
員ハ全部就学出席ノ義務アルモノトシ若シ怠ルモノアレ 全国・近県比較法による「本県が如何二劣レルカ」の明 ハ此力督励ハ青年会幹部ノ責任トセネハナラヌ73) 示と,「本県ノ財政ハ決シテ全国ノ低位ニアル者卜思ハ として,実補就学向上を青年会の責務として課そうとし レズ」すなわち全国比較による一般財政の位置づけ(把 ている。ロ.については実業補習学校を「共同研究ノ道 握)による一般財政中の教育費の比率,とくに中等学校 場タラシムル」べく,「青年会幹部ハ常二学校当局卜交 費の比率の妥当性を問うことを論議の基底に置いた課題
74)渉シ協議研究シテ其改善ヲ期セナケレハナラヌ」とした への接近方法を採用したといえよう。
点注目される。73)