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茨城大学国語教育学会の十年

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Academic year: 2021

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茨城大学国語教育学会の十年

 昭和五十六年に発足した茨城大学国語教育学会は︑創立

以来既に十年を経過した︒この学会の設立の趣旨は︑会則

の第二条︵目的︶に﹁国語教育・国語学・国文学・漢文学

・書道に関する研究の推進と会員相互の親和を図る﹂とあ

る通り︑国語教育等の研究の開発・発表と︑今一つは会員

間の親睦を目的とするものである︒発足した時期は︑丁度

教育学部が︑大学院修士課程の概算要求をめざして整備中

であったこととも重なり︑大学院が設置されれば︑院生に

とって研究発表の場が必要となることが予想されたので︑

それに備える意味もあった︒それと︑国語講座の教員と︑

附属校の教員とが︑懇親と情報交換の意味とから︑毎年集

まることがあったのを︑この会を開くことで定例化しよう

との目論見もあり︑また︑卒業生が︑年に一度集まるのに︑

この会が中心になったらよいとの思惑もあって︑この会に

対する期待が膨らんで行ったように記憶している︒

 昭和五十六年二月に開かれた第一回大会は︑故金沢直人

先生の定年退官記念講演で花を添え︑第二回以後は茨城大

学を中心に開催していた淋︑第七回︵昭和六十二年度︶以

降は︑附属校に会場を移して︑授業研究を中心に︑大会を

開くことになった︒国語教育は︑何等かの意味で︑教育実

践︑すなわち学校の国語の授業に結び付かなければ意味が ない︑との思い入れもあってのことであった︒附属校での 発表会も回を重ね︑一方大学院も発足して院生が研究発表 に加わるようになり︑そして平成三年度︑十周年記念大会 は︑遂に永年の念願であった︑公立学校を会場としての大 会に漕ぎ着けることができた︒水戸市の梅が丘小学校を会

場としての第十一回大会がそれであった︒

 一般に人間の個体には終りがあるが︑人間の作った組織 は不滅であると考えられている︒しかし︑組織が永世であ るためには︑それが後継者によってしっかりと継承されて 行くことが必要であって︑暖簾を守る人がいなければ︑老 舗も廃業に追い込まれる例があるように︑どんな組織で あっても︑それを受け継いで育てて行こうとする人がいな いと︑遠からず終焉を迎えることになる︒学会もそうであ り︑それを守り立てていこうとする構成員の熱意と努力と

が結集して︑はじめて永続するのであると思う︒

 ささやかながら︑地域の国語教育の充実発展に寄与して いるという自負に支えられて︑細々ながら︑よくぞ今日ま で続いてきたと思うにつけ︑今後とも会を発展させていく ために︑会員諸賢の︑これまでに変らぬ御支援を戴きたい

と願う次第である︒

       ︵茨城大学︶

一1一

参照

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