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(1)

金融

ADR

の今後の展開に関する考察

損保ADRを中心に,豪州金融ADRも参考にして

竹 井 直 樹

1.はじめに

顧客との紛争を解決する手段として,ADR(Alternative Dispute Reso-

*平成23年10月23日の日本保険学会全国大会報告による。

/平成24年1月20日原稿受領。

■アブストラクト

2010年10月に金融ADRの制度が発足し,以後1年半ほどの活動実績が明 らかになった。今後の展開を考察するためには,そもそもADRとは何か,

金融ADRとはどのような意義があるのかという論理的な検討が必要であり,

例えば,裁判とはまったく異なる自主解決のための手続きであること,業界 団体が大きな役割を担っていることなどが重要なポイントになる。また,

ADRの先進国である豪州の金融ADRの実情も本考察には参考になり,苦 情・紛争のプロセスに応じたシステマチックな体制整備や専門家集団の養成 について,成熟度の高い仕組みが出来上がっている。今後の金融ADRと損 ADRの展開にあたっては,①苦情申立ての初期段階における手続きの再 整備,②顧客側がADRの何たるかを理解することの重要性とその周知,③ ADRの成熟化がビジネスモデルに与える好影響,そして④ADRにおける 事実認定問題の限界性と裁判との役割分担,の4点について検討を加える必 要がある。

■キーワード

金融ADR 損保ADR 豪州金融ADR

(2)

 

lutionの略称。以下 ADR という。)が注目されている。ADRは日本語 訳では 裁判外紛争解決手続(機関) と呼称され,言辞上は裁判に代替す るものとして位置付けられている。金融分野では2010年10月,いわゆる金融 ADRの制度がスタートした。金融ADRとは,銀行,証券,信託,貸金業,

損害保険,生命保険などの金融分野に設けられた新たな仕組みのADRのこ とであり,金融機関を規律する各金融業法を改正して発足した。従来は各金 融業界が自主的にADRを設けて顧客等との苦情・紛争に対応してきたが,

今回,これに法律的な根拠を与え,かつ,行政が監督する仕組みを構築した。

損害保険分野では,所要の改正が行われた保険業法に基づき,日本損害保険 協会(以下 損保協会 という。)が新たに金融ADRの指定を受けてスタ ートした 。組織的には損保協会内に そんぽADRセンター (以下,単に

損保ADR という。)を組成し,そこがADRの実務に対応している。

本稿では,金融ADRに対する世の中の期待が高まるなかで,金融ADR とはどのような種類の,どのような性格のADRなのかという問題意識を起 点にして,まず,改めてADRとは何かという理念・意義あるいはメリット などの若干の再整理を試みたい。その上で損保ADRの対応状況や特徴を概 観しながら,併せてADR規格化の先進国である豪州の金融ADRの実情も 紹介しつつ,金融ADRや損保ADRが抱える課題とこれからの展開を考察 したい。

2.ADR とは

⑴ 分

まずADRとは何かを明らかにしておきたいが,実は,これを明確に述べ ることはきわめて難しい。あえて簡便に言えば, 紛争について第三者が仲

金融ADRの今後の展開に関する考察

1) 金融ADR発足の経緯とそれまでの損害保険の相談・苦情の取り扱い状況に ついては,竹井直樹 損害保険に係る相談と苦情・紛争解決に関する考察―損 ADR序説とサステナビリティー― 大谷孝一博士古稀記念 保険学保険法 学の課題と展望 129頁以下(成文堂,2011年)。

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介して解決をめざす(裁判以外の)手続 ということになろうが,これをさ らに詳しく述べようとすると途端に混迷する。その理由は,紛争は太古の昔 から存在し,その解決をめざす手続きもさまざまに存在してきた長い歴史が あること,そして,学術的な論議もさまざまにあり,しかも体系的とは言い がたく,研究者の専門領域(法領域とは限らない。)も,向いている方向も まちまちだからである。したがって,ADRの概念は,本来,多様,多義,

多層,多元であるといわれ,これを議論することの困難性がうかがえる。

しかし,それでは考察できないので,若干の,大枠の整理を試みる。

ADRということばが使われるようになったのは1970年代前後のようである が,現代における概括的な定義を試みるとすれば以下のようになろう。

ADRは,広義には,調停,あっせん,仲裁など,裁判によらない紛争解 決手続全般を指し,民事調停・家事調停,訴訟上の和解,行政機関によるも のなども含まれるとされる。分類としてはADRの主体からみれば,民事調 停・家事調停に代表される司法型,国民生活センターや消費生活センターに 代表される行政型,弁護士会や業界団体に代表される民間型(弁護士会は独 立型,業界団体は業界型といわれる。)に分かれる。

また,ADRの手続きの中身からみれば,相談者・相手方の主張の取次ぎ にとどまる相談・助言型,ADRの典型的な形である,仲介を行うことによ って当事者間が和解合意をめざす 調停 に代表される調整型,そして紛争 当事者に対して強制力を及ぼす 仲裁 に代表される裁断型に分かれる 。

ちなみに2004年に公布された 裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する 法律 (以下 ADR促進法 という。)では,その第1条(目的)でADR

保険学雑誌 第 618号

2) 山本和彦=山田文 ADR仲裁法 18頁〜27頁(日本評論 社,2008年)。な お,理論上は裁断型と調整型は区分できるが,我が国の現状はこれが渾然一体 となっている例が多いという指摘がある。法務省司法制度改革推進本部事務局 がまとめた 総合的なADRの制度基盤の整備について―ADR検討会におけ るこれまでの検討状況等― (2003年7月29日)31頁参照。この点は,民事調 停法に基づく司法型調停が念頭にあるように思われるが,後述する民間型 ADRである金融ADRにおける 特別調停案 もそうした一例であろう。

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を 訴訟手続によらずに民事上の紛争の解決をしようとする紛争の当事者の ため,公正な第三者が関与して,その解決を図る手続 と定めて,広義の ADRを射程に含めていることがわかる。しかし,一方でADR促進法は裁 判に代替するADRの拡充・活性化をめざすため,一定の要件を満たす ADRに対して法務省がお墨付きを与える認証制度を構築した。この認証制 度の対象となるADRは前述の広義のADRとは異なり,同法第2条(定 義)では, 民間紛争解決手続 として, 民間事業者が,紛争の当事者が和 解をすることができる民事上の紛争について,紛争の当事者双方からの依頼 を受け,当該紛争の当事者との間の契約に基づき,和解の仲介を行う裁判外 紛争解決手続をいう。 と定めている。

したがって,ADR促進法では,総則的には仲裁を含めて司法型,行政型,

民間型のすべてのADRを射程に含め,認証制度においては仲裁を含まない 民間型,調整型のADRを対象にしている 。これから論じようとしている 金融ADRと損保ADRは,こうした分類のなかでは,民間型・業界型の,

調停 の範疇にある調整型ADRということになる。なお,これから述べ ADR論議については,特に断り書きのないかぎり,司法型と行政型は除 外し,民間型を対象にする。

⑵ 基本理念

ADR促進法では,第3条(基本理念等)においてADRの基本理念を,

(ADRは)法による紛争の解決のための手続として,紛争の当事者の自主

3) 山本=山田・前掲注2)95頁。また,理論的な観点で 仲裁 をADRに含め るべきか否かについては議論が分かれる。山本=山田・前掲注2)9頁は,裁判 の強制力とは本質的に異なることを理由に含めるべきとする。一方,仲裁の判 断には強い拘束力が与えられるから,裁判と同質の手続でありADRに含める べきではないと主張するものとして,早川吉尚 紛争処理システムの権力性と ADRにおける手続の柔軟化 早川吉尚=山田文=濱野亮編 ADRの基本的 視座 20頁(不磨書房,2004年)。なお,注2)でも若干触れたが,実態上は,

仲裁 とADRの典型的な形である 調停 との融合が進んでいる。

金融ADRの今後の展開に関する考察

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的な紛争解決の努力を尊重しつつ,公正かつ適正に実施され,かつ,専門的 な知見を反映して紛争の実情に即した迅速な解決を図るものでなければなら ない。 と定めている。この文脈を分解するとADRの利点・特徴,あるい は別の観点からみれば具備すべき要件を次のとおり整理できる。

また、このほか一般的に指摘されている点としては次のものがある。

こうしてみてくると,少なくとも我が国のADRの基本的な観念がおぼろ げながら明らかになる。すなわち,ADRは,当事者間でこじれた紛争につ いて,第三者の仲介を利用して,自主的,主体的な紛争解決をめざして当事 者間で和解成立 の努力を試みるという,過去に決着をつけるのではない,

4) 法務省が公表したADR促進法の実施に関するガイドラインでは,和解を仲 介するにふさわしい者の能力として,①法律に関する専門的能力,②和解の仲 介を行う紛争の分野に関する専門的能力,および③紛争解決の技術(コミュニ ケーション,カウンセリング等の技術)に関する専門的能力をいうと規定して いる。金融ADRでも同趣旨である。大森泰人=中沢則夫=中島康夫=稲吉大 輔=符川公平 詳説金融ADR制度 183頁〜184頁(商事法務,2010年)。

5) 金融ADRでは法律上,非公開を原則としている。保険業法では308条の13 第7項参照。

6) ADRの典型的な形である調停においては,調停人が調停案を示して当事者 間の合意形成に積極的に関わって説得するやり方と,調停人は自らの判断は示

和解を仲介する者の専門的知見を活用

かならずしも厳密な法令適用や法令解釈にとらわれない紛争解決 手続きが簡便で早い

公正性 適正性 専門性 柔軟性 迅速性

利用料

自主性 ADRの利用はあくまで紛争当事者の自発的な意思に基づく

簡易性 手続きを利用するためのアクセスが簡単 仲介する者の中立性

手続きの透明性

秘密性

が安い 非公開 廉価性

険学雑誌 第 61

8

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いわば未来指向の手続きであるいうことができる。ADRは,言辞上,裁判 の代替手段として位置付けられているため,裁判所の代わりをADRが担う 第二裁判所 あるいは ミニ裁判所 のように受け取られがちだが,私的 自治原則に基づいて当事者が自己決定による合意により紛争解決を図る手 続 であるから,裁判とはまったく異なるプロセスと理念である。

⑶ 意

顧客側にとってADRを利用する意義は前述したADRの利点や特徴のと おりである。一方,事業者側の意義は何かを一般論として論じる。

顧客からの苦情が紛争に発展し,ADRに持ち込まれる過程を考えると,

事業者側には程度の差はあれ何らかの紛争の原因となった事象があるはずで ある。事業者としては,こうした紛争事例を積み重ねることによって商品・

サービスや販売方法の改善が図られることが期待できる。そもそも,苦情や 紛争は顧客現場で起こっており,経営側がこれにしっかりコミットメントす ればコンプライアンスの徹底や業務品質の向上にきわめて有効である。業界 ベースでも,業界としての情報共有と問題意識の共有を通じて課題解決の取 り組みが行われれば業界の信頼が高まっていくことが期待できる。幸い,金 ADRでは,事実上,各金融業界団体がその役割を担い,仮に当該団体に 加盟していないアウトサイダー企業が存在しても,法律で金融ADRの利用 が義務付けられるため,業界ベースでの取組みが有効に機能する仕組みとな っている 。

なお,苦情や紛争という現場でのトラブルを減らす取り組みは,個社が商 品やサービスを見直すことのほか,業界として守るべき自主ルール(販売手 続,保険金請求手続,苦情・紛争の解決に向けた手続など)を設けることに さず両当事者の主張を整理しながら合意の手伝いするやり方がある。前者は金 ADRを含めた日本の一般的な調停,後者は後述するmediationの例である。

早川・前掲注3)13頁〜15頁参照。

7) 山本=山田・前掲注2)10頁。

8) アウトサイダーの問題については,山本=山田・前掲注2)23頁。

金融ADRの今後の展開に関する考察

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よっても行われる。これがいわゆる自主行動基準であり,一般的には事業者 団体が策定している。英語ではcode of conductあるいはcode of prac- ticeといわれているものである。自主行動基準のなかでとりわけ重要な項目 は苦情・紛争解決のための基準であり,したがって,ADRと自主行動基準 の策定は,顧客視点上,さらにはコンプライアンス上も密接な関係にある 。

3.金融 ADR 制度の特徴

金融ADR制度には,ADR促進法では特に定めていない,大きな特徴が 二つある。

第一は,ADRを実質上,事業者団体に担わせたことである。これは各金 融業法(損害保険の場合は保険業法)を改定することによって実現させた。

なお,ADRという一業務とはいえ,事業者団体に対して業法の定めに基づ き事業者と同じような行政監督を行おうとする手法は,自主規制機関として 規制するなら首肯できるが,そうではないから,きわめてユニークな建てつ けであるといえる。

第二は, 紛争解決手続 のほか,その前段階として 苦情処理手続 を法 定化したことである。 苦情処理手続 とは,顧客側が最初に苦情を申し立 てる場面で,ADRがそれを受け止め,金融機関側へ解決を促す手続きであ る。ADRの機能としては,最終的な紛争解決に向けて当該ADRが具体的 にどのような手続きを行うかは事案の性質,深刻度,事業者側の考え方など によって多様である。したがって,かならずしも和解案を提示する必要はな く,ADRが第三者的に論点整理をして,解決に向けた話し合いの再開を促

9) 2004年6月に改正された消費者保護基本法( 消費者基本法 に改称)では,

事業者団体の努力義務として,苦情処理体制の整備,自主行動基準の作成など が規定された。また,金融審議会第一部会のホールセール・リーテイルに関す るワーキンググループの報告である 金融分野における裁判外紛争処理制度の 整備について (2000年6月公表)の6頁では,ADR制度の構築を金融機関 のコンプライアンスの観点からも評価している。同趣旨として,山本=山田・

前掲注2)390頁。

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すことで解決する場合も多々ある。むしろそうした解決手続の方が時間的に もコスト的にも効率的であるといえる。

4.損保 ADR の相談・苦情・紛争の対応状況

こうしたなかで2010年10月に損保ADRがスタートした 。現在は金融 ADRで法定された 苦情解決手続 と 紛争解決手続 のほか,一般的な 相談業務も含めて対応している。まず, 苦情解決手続 も 紛争解決手続 も2010年10月以降件数が激増している。この大きな変化は,損害保険会社側 が顧客へ損保ADRを周知する方策を講じることが義務付けられたことと,

損保協会から各自治体の消費生活センターへの事前周知が徹底されたことに よるもので,潜在的な不満を含めて申立行動が促進されたものと考えられ る 。

① 苦情解決手続

苦情全体の件数に対して 苦情解決手続 が行われる割合は,およそ13%

程度(2011年度で約2,400件)であり,保険会社に対する具体的な対応を求

10) 損保ADRでは2010年10月以降,相談・苦情・紛争の対応状況を四半期ごと に そんぽADRセンター統計号 として詳細にまとめ,公表している。以下 の分析はこの統計号における数値や事案概要をもとに行う。2011年度の相談・

苦情の取り扱い件数は約78,000件,うち23%(約18,000件)が苦情である。

11) 損害保険分野では外資系損害保険会社は,損保協会ではなく 一般社団法人 保険オンブズマン という指定金融ADRを利用している。本稿での対応状況 の説明は損保協会の損保ADRを利用する損保協会加盟会社のものである。

12) 従来の自主的な業界ADRである 損害保険調停委員会 では,交通事故の 被害者からの紛争解決の申し立てについては対象とせず,これらは 財団法人 交通事故紛争処理センター に委ねてきた。しかし,金融ADRのもとではこ の取り扱いは法律上認められず,今回,損保ADRの新たな業務となった。な お,この新たな対象事案は扱い件数の激増にはあまり寄与していない。これは 交通事故紛争処理センターの長年の実績が被害者側でも一定評価されていて,

損保ADRを積極的に選択しようとするインセンティブがさほど働いていない ためと思われる。

に関す 金融ADRの今後の展開 考察

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める苦情ではない,単なる不満の表明や業界に対する不満がいかに多いかが わかる。これは,金融ADR発足前と同じ傾向であるが,苦情を申し立てる 側が第三者へ不満を吐き出すことによって感情的な憤りが沈静化していくケ ースが多々あることによる。こうした傾向自体はADRのネガティブ要素と して考えるべきではなく,ADRが本来備えている申立側の言い分をしっか りと十分に聞くという機能が大いに発揮されていると捉えるべきである。な お,当初は相談のつもりで問い合わせてきたものが説明を受けるうちに憤懣 やるかたない苦情に進展する場合もある。このことは相談と苦情の境界線が 事案によっては明確ではないことを意味することから,相談業務を,その後 の展開として考えられる 苦情解決手続 や 紛争解決手続 のプロセスと 一体のものとしてADR業務に含める意義は大きい。

苦情解決手続 では,自賠責保険・自動車保険が圧倒的に多いこと,そ のうち交通事故被害者の割合が多いこと,したがって保険金の支払いをめぐ る苦情が多いことは,損保ADR発足前の傾向と変わっていない。また,

2010年10月から2011年12月までの15か月の手続終了事案のうち,その81%と いう高い割合で解決が図られていることは注目される。損保ADRが仲介し て再度和解に向けた話し合いを促して当事者間で解決に至るプロセスはまさ ADRの真骨頂であろう。

一方,原因別にみると手続遅延,接客態度および説明不足が全体の1/3を 占めており,顧客に対する基本的な言動が疎かになっている実態が明らかに なっている。こうした言動は質的な問題は少ないから陳謝して改めればただ ちに解決するが,この傾向が変わらないとすれば,損害保険会社にとっては 人事,要員,教育・研修といった構造的,態勢的な課題として認識する必要 がある。

② 紛争解決手続

紛争解決手続 は 苦情解決手続 に比べると件数的には各段に少なく なる。これは 苦情解決手続 によって解決する事案が相当数にのぼるから

保険学雑誌 第 618号

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である。2010年10月から2011年12月までの15か月の手続終了事案(262件)

の内訳をみると,解決した事案の割合は極端に少なくなり,解決した事案は 67件で割合は26%,解決の見込みなしの事案は168件で,その割合は64%で あり,解決に至らない場合が太宗を占める。損保ADRが公表する統計号で は 紛争解決手続 の事案はすべてその概要が掲載されていて,どのような 事案がどのような形で解決したのか(合意成立のもとになったものが 和解 案 か 特別調停案 かなど),どのような事案が解決に至らなかったの かなどを把握することができる。解決に至らなかった事案は,当事者双方が 和解に向けて歩み寄る余地が見出せない場合であり,具体的な争点は,失火 の有無,盗難の有無,傷害の偶然性などの事実認定の問題に集中している。

こうした事実認定での争いは,ケースによってはADRでの解決が困難な場 合があり,その限界を認識せざるを得ない 。

5.豪州の金融 ADR の現状

⑴ 問題意識の発端

筆者は2003年9月に豪州の金融分野を中心としたADRを視察した。当時,

財団法人日本規格協会の 消費者保護分野の国際規格適正化調査委員会 の 裁判外紛争処理システム国際規格適正化ワーキンググループ(以下単に WG という。)の委員として,ADRISO(国際標準化機構=Interna-

13) 金融ADRでは, 紛争解決委員 が紛争解決手続を主宰し,和解を促すこ とになる。紛争解決委員は,当事者の受諾の判断に制約がない一般の 和解 案 と事業者側に一定の受諾義務が生じる 特別調停案 を提示できる。なお,

申立人は両案とも拘束されない。金融ADRが 特別調停案 という法的枠組 みを構築した意義は大きい。それは一般的な 調停 の領域( 和解案 がそ れに当たる。)から 仲裁 の領域に踏み込んだことを意味し,いわゆる 片 面的仲裁 を含んだ制度となっている。まさに 調停 と 仲裁 の融合である。

14) 金融審議会第一部会のホールセール・リーテイルに関するワーキンググルー プの報告である 金融分野における裁判外紛争処理制度の整備について

(2000年6月公表)では,事実認定自体が争点になった紛争についてはADR 事案とすることの限界が示唆されている。

金融ADRの今後の展開に関する考察

います。

←一行でいれる た め、イ レ ジ ュ ラー処理を

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tional Organization for Standardization,以 下 ISO と い う。)規 格 化 に対する国内での対応の検討に加わっていた。豪州は,当時世界に先駆けて ADRの規格化を行った国であり,ISO規格化の論議でもオピニオンリーダ ー的な役割を果たしていることもあって,WGで調査団を組織して現地へ 赴いた。2003年当時,豪州の金融ADRは,損保ADR(Insurance Enquiries and Complaints Led,以 下 IEC  と い う。),銀 行ADR(Australian Banking and Financial Services Ombudsman  ,以下 BFSO という。),

そして証券・生保等ADR(Financial Industry Complaints Service Led 以下 FICS という。)の3つの主要機関 が活 動 し て い た。こ れ ら の ADRは,いわゆる業界型のADRとして1990年〜1991年にかけて設立され ているが,金融サービス改革法(2001年公布)が2004年に施行されることを 受けて,消費者保護の強化策として金融当局(Australian Securities and Investments Commission,以 下 ASIC  と い う。)に よ るADRの 認 定

制度が設けられ,金融機関はそれぞれの認定金融ADRに加盟することが義 務付けられた 。当時これらのADRはそれぞれ認定手続を終了していた。

15) この3つのADRは,中立的な第三者のオンブズマンを据えた形態と消費者 代表,業界代表そして中立な有識者の三者合議制を敷くパネルという形態に分 かれる。銀行ADRはオンブズマン,その他はパネルであった。なお,本稿で 紹介する当時の豪州ADRの実情は,視察時のインタビューを中心にまとめて いる。ちなみにIECでは代表取締役(当時)のサム・マリノ氏と面談した。

なお,ほぼ同時期に豪州の金融ADR を研究したものとして,杉浦宣彦=徐 熙錫=横井眞美子 金融ADR制度の比較法的考察―英国・豪州・韓国の制度 を中心に― 10頁以下(金融庁金融研究センター,2005年)。

16) ASICは市場の監視と消費者保護を担当する金融当局であり,一方,金融機 関を監督す る 当 局 と し て は,Australian Prudential Regulation Authority

(APRA)がある。

17) 金融サービス改革法では,金融機関に対しては内部苦情解決手続(internal dispute resolution)を構築する措置を義務付け,さらに認定制度を設ける等, 

金融ADRを法定化したうえで,金融機関が当該ADRに加盟することを義務 付けた。認定金融ADRは外部紛争解決手続(external dispute resolution の位置付けになる。

618号 保険学雑誌 第

がわら れてし ー処 理しています。

イレジュラまうので

←英単語

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IECは法人形態としては保証有限会社であり,運営コストは損害保険会 社の負担であるが,中立性や公正性の観点から業界団体(Insurance Coun- cil of Australia,以下 ICA という。)からは独立している。IECで は ADR業 務 をGeneral Insurance Enquiries and Complaints Schemeと い う業務規定に基づいて運営していた 。

⑵ 現在の金融 ADR 事情

① 金融ADRの一本化

IECはその後Insurance  Ombudsman  Service(IOS)に改名されてい るが,2008年7月,そのIOSBFSO,そ し てFICSの 3 つ の 金 融ADR Financial Ombudsman Service(以下, FOS という。)として一本化 された。まさに横断的・包括的な金融ADRの誕生である。ただし,金融サ ービス改革法ではこの一本化については言及しておらず,2003年の訪問時も こうした動きはまったくなかったことから,筆者には寝耳に水の出来事であ った。FOSの幹部によれば,一本化した理由は消費者からのアクセスのし やすさと統合による効率性の向上であるとのことであったが ,顧客や消費

18) IECの活動状況はIECAnnual Review2002年によれば,問い合わせは 75,487件で,そのうち2,557件が紛争として取り扱われ,2,551件が処理されて いる。パネルによる裁定は紛争事案の80%前後を占めるが,紛争として取り扱 われる前に,内部苦情解決手続(internal dispute resolution)等を使って解 決する例が相当数にのぼるとのことだった。そのほか特徴的な仕組みとしては,

ADRの対象事案について,争っている保険金の額の上限を定めていることで ある。当時の上限は150,000豪ドルであった。

なお,当時の豪州の人口は1,900万人,損害保険会社数は130社(ただし,数 社に寡占化)。損害保険の市場については,2002年当時では1.7兆円であり,ち なみに2009年は2.6兆円(いずれもスイス再保険会社発行の sigma をもと に損保協会が集計したものを使用)である。

19) FOSの現状については,帝塚山大学法学部のタン・ミッシェル教授を通じて FOS幹部に電子メールによるインタビューを行い,その内容をもとにまとめ た。タン教授自身も豪州のADRを研究している。 オーストラリアの消費者 保護制度における民間型ADR機関の役割上・下 帝塚山法学7号53頁以下 金融ADRの今後の展開に関する考察

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者のニーズを踏まえたFOSの戦略的な意図が感じられる。

現在のFOSは上記3つの機関のほか,クレジットカード,個人ローンな どの消費者信用業界,保険ブローカー業界,共済業界などのADRが統合・

吸収されている。オンブズマンの名称を使用していることからもわかるよう に,FOSにはオンブズマンが4名就任している。チーフ・オンブズマンが1 名,銀行分野が1名,損害保険分野が1名,そして証券・生命保険分野が1 名である。このほか案件によっては各分野ごとに設置されたパネルで対応す る場合もある。

② 紛争解決に向けたプロセス

FOSによる紛争解決手続の流れは次のとおりである 。

(2002年)・同9号327頁以下(2005年)参照。

20) 2010―2011Annual Review 12頁(FOS,2011)。詳 細 はFOSの パ ン フ レットである How  to resolve your dispute 参照。

FOSは 裁定 (オンブズマンまたはパネルが作成した最終の書面による決 定)を行う

FOSは 勧告 (ケースマネージャーが作成した書面による決定)を行う FOSは当該苦情を調査し,情報を収集する

FOSは,苦 情 を 解 決 す る た め に 交 渉(negotiation) ま た は 調 停

(conciliation) の技法を使うか,当該苦情を評価し,その解決が可能な見 解を提供する

金融機関は21日以内に,申立人に対して直接苦情を解決するか,金融機関と しての回答をFOSへ提供しなければならない

FOSは当該事案がFOSの管轄事案か否かを評価し,管轄事案であれば金融 機関へその決定を連絡する

期間内に苦情が解決しない場合は,金融機関はFOSに対してその旨を連絡 金融機関は申し立てを受けてから45日(一部の事案は21日)以内にこの苦情 の解決をめざす

⇒内部苦情解決手続(internal dispute resolution といい以下 IDR いう。)によって対応

⇒紛争解決へ

⇒紛争解決へ

⇒苦情解決へ

⇒苦情解決へ

⇒苦情解決へ 顧客などの申立人は,金融機関への苦情を申し立てるか,FOSへ連絡する。

FOSが連絡を受けた場合は,金融機関へ回付する

保険学雑誌 第 618号

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FOSのこのプロセスを,日本の金融ADRと対比しながら特徴的な点を 述べたいと思う。

第一は,全体がシステマチックに構築されていることである。IDR ADRが金融サービス改革法によって法定化され,それらを盛り込んだ自主 行動基準がルール化され,かつ,モニタリング等のフォローアップの仕組み が整備されていることは,豪州が標準化,規格化の先進国であることを物語 っている 。ADRIDRを前提に成り立っていて,それぞれが有機的に機 能していることも興味深いし,日本への示唆となろう。

第二は,紛争解決への流れを手続のステップに即して5つに分類している ことである。上記の流れでいえば,Ⅱ,Ⅴ,Ⅵ,ⅧおよびⅨである。FOS が公表している 2010―2011Annual Review では,FOSが扱った金融機 関の全苦情28,826件のうち,Ⅱの段階で解決しているものが18,388件で,全 体の64%を占めており,ⅤおよびⅥの 交渉 や 調停 といった手続きが 行われたものが2,078件である。そして,ⅧおよびⅨの 勧告 または 裁 定 によって解決したものが3,012件,そのうち顧客側が有利なものが1,170 件,金融機関側が有利なものが1,529件となっている。また,この数年の傾 向では苦情が全体に増えつつあり,その原因は住宅ローンや個人ローンに係 る自己破産の増加と自然災害の頻発による損害保険の保険金支払いの増加で あるといわれている 。こうしたなかで,FOSは早期の紛争解決に積極的

21) ISOは,2005年にISO10002(品質マネジメント―顧客満足―組織における 苦情対応のための指針)を,2007年にはISO10003(品質マネジメント―顧客 満足―組織の外部における紛争解決のための指針)をそれぞれ発行している。

前者は内部苦情解決手続に関するもの,後者が外部紛争解決手続に関するもの に該当する。なお,ISO10003と日本の金融ADRを比較したものとしては,

大森・中沢ほか前掲注4)33頁〜35頁。また,自主行動基準については,損害保 険の業界団体であるICAが作成した同基準のモニタリングをFOSが担当して いる。

22) 前掲注20)2010―2011Annual Review20頁。損害保険の苦情は全苦情件数 の3割弱くらいである。

る考察 の今後

金融ADR の展開に関

の 注 が入らないため、イレジュラー処理をしています。

23)

(15)

に取り組んでいる 。日本との対比では苦情解決手続の段階でその80%程度 が解決していることから,手続がシステマチックではない違いはあるが結果 に大きな差異はないといえる。

第三は,紛争解決のため技法・技能と人の役割が詳細に確立していること で あ る。上 記FOSの プ ロ セ ス の な か で も 交 渉(negotiation) , 調 停

(conciliation) さらには 評価(assessment) という技法があり,また,

欧米のADRにとっては欠くことのできない概念である mediation 活用される。また,苦情を最初に受け付ける者,次の段階で当事者の主張か ら解決案を探る者,さらに詳細な調査を行って合意を支援する者,そしてオ ンブズマンやパネルメンバーなど,ステップごとにさまざまな役回りの専門 家が配置されている 。当然,一定以上の資質が求められ,教育や研修も徹 底していて,まさに専門家集団である。日本では残念ながらこうした役割分 担の仕組みにはなっていない。

6.金融 ADR の今後の展開

今後の展開を考える場合の論点には,ADR論議の多面性からさまざまな 切り口があると思うが,金融ADRの成熟化を願って,①苦情申し立ての初

23) 前掲注20)2010―2011Annual Review2頁。

24) mediation ということばは,日本語では 調停 と訳したり, あっせ ん と訳したり,日本語には適当な訳語がないとして英語をそのまま使うなど 帰一していない。FOSではconciliationということばを使っていて本稿では これを 調停 と訳した。FOSの幹部によれば,mediationは事実関係をま ったく考慮せずに当事者の話を聞き,当事者が話し合える環境を整える技法,

conciliationは事実関係に立ち入り,法律,保険約款,業界慣行などの情報を 提供し,強制はしないが自らの考えを述べる技法とのことだった。なお,米国 におけるmediationの発展史と日本のADRとの対比については早川・前掲注 3)10頁〜17頁参照。

25) 上記Ⅳのステップはcase officer(最初の受付を担当,FOSの管轄事案か 否 か も 判 断),Ⅵ の ス テ ッ プ はdispute analyst(事 実 認 定 な ど を 担 当)と conciliator(conciliationを担当),Ⅷのステップはcase manager(当事者に

勧告 する役割を担当)が対応する。

保険学雑誌 第 618号

(16)

期段階における手続きの再整備,②ADRに対する理解を深めることの重要 性,③ADR成熟化の意義,そして,④ADRにおける事実認定の問題の,

4点について論じたい。

① 苦情申し立ての初期段階における手続きの再整備

金融ADRについては,それまでの業界実務を尊重しつつ,法律を新たに 作成し,一定の手続きの枠をはめてスタートした。ADR促進法は民間型 ADRの包括的な基本法であるから紛争解決の具体的な手続きまでは法定化 していないが,金融ADRはその点を踏み込んで手続きの枠組みを法定化し,

これ自体がADRの一般論からみてもユニークである。しかし,前述のとお り,ADRの普遍的な定義も難しいなかで,法律を作る前に,金融ADR どのようなADRであるべきなのかという議論が十分にはされてこなかった ように思う。それは,例えば金融ADRは民事調停と同じように互譲の精神 を掲げるべきなのか,ADRにとって和解案の提示は必須の手続きなのか,

和解案について拘束力をどのように考えるべきなのか,紛争解決の 解決 とは何か, 解消 を含むのか,あるいはADRは当事者の合意形成をめざ すことが唯一無二の目的なのかなど,ADRの本質に係る論議である。当事 者が私的自治原則に基づいて自主的・主体的に紛争解決を図るという理念か らすればADRの役割は自ずと限定されるのではないかという論議もあるだ ろう 。金融ADRの運営にあたってはこうした論議も念頭において,さら なる発展をめざしていくべきである。筆者が感じていることは,金融ADR の場合は, 紛争解決手続 については一定法定化されているため,そのバ リエーションを検討する実務上の意義はさほど大きくはないが, 苦情解決

26) 日本型ADRについて,欧米のADRとは異なった,司法や行政が仕切る 紛争管理システム がその特徴であり,これを前提にして 互譲 , 合意 , 話し合い , 説得 , 解決 などの意味を問いただしたものとして,濱野亮 日本型紛争管理システムとADR論議 早川=山田=濱野編・前掲注3)43頁

〜48頁。また,ADRの典型的な形である 調停 の理念やモデルの多様性に ついて検討したものとして,山本=山田・前掲注2)134頁〜146頁。

金融ADRの今後の展開に関 る 察

イレジュラ ー処理していま す。

◯ 数 字 と ADRと の ア キ が空いてしまう ので

(17)

手続 についてはこれを担当する者の機能・役割をADR理論に基づいて検 討する意義は大きいのではないかということである。豪州の金融ADRのよ うにシステマチックに,マネジメントシステム的に整備することによって,

担当者に求められる資質が明らかになり,その資質を確保するための教育レ ベルや教育の仕方が明らかになるのではないか。そうであれば,今後の金融 ADRの発展には大いに資するものと考える。顧客が最初にADRに接触す る段階で,例えば,交渉理論の専門家が対応すれば事案処理の効率性が格段 に高まるばかりでなく,当事者の満足度も高まっていくだろう 。当事者の 満足度を高めることは,裁判とはもっとも異なる,ADRの最大ミッション であり,この苦情申し立ての初期段階での対応について,再整備に向けた検 討を行うべきではないか。

ADRに対する理解を深めることの重要性

ADRを利用する顧客側からみれば,本質論はともかく,裁判手続とどこ が,どのように違うのかということを正確に理解しているかという問題があ る。金融ADRについて, 訴訟以外の方法ではなく,裁判所以外で行う裁 判所と同じような方法 ,すなわち 第二裁判所 や ミニ裁判所 だと いう認識あるいは期待が顧客側にあるとすれば,それは正していかなければ ならないだろう。ADRは,受動的な立場で,仲介する第三者の判断を仰ぐ ものではなく,前述したように当事者が自主的・主体的に紛争解決に関わっ ていく参加型のプロセスであることを丁寧に,根気よく周知していく必要が

27) 小島武司 紛争解決システムの日本的展開(序説)―調整型ADRの動向を 中心に― 仲裁ADR法学会Vol.6,6頁(商事法務,2011)では,対話促進 ADR(自主交渉援助型調停)は, 私的自治を前提に据えて,win‑win 向けた創造的観点からADR全体の魅力を引き上げことをめざす としている。

FOSでも,早期の紛争解決は満足度がより高く,かつ,効率的であるという 認識である。

28) 田中圭子 イギリスにおけるメディエーションの現状からみるわが国のメデ ィエーションへの示唆 仲裁ADR法学会Vol.6,36頁(商事法務,2011)。

保険学雑誌 第 618号

(18)

ある。金融ADRに対する顧客側の理解促進が当該ADRの今後の発展を大 きく左右するといっても過言ではない。

ADR成熟化の意義

金融ADRは間違いなくその事案の規模において民間ADR分野をリード することになるのではないか。そうであればなおさら大事に育てていきたい と思う。消費者の利益と金融機関の利益が極力一致するようなビジネスモデ ルをめざすことがサステナビリティーの基盤であるから,ADRの運営はそ のバロメーターのようなものである。顧客からの相談,そして不満や苦情は 現場で発生する。この現場感覚を経営に反映させること,すなわち業務品質 の向上や業務プロセスの改善に結びつけていくことが,顧客視点,消費者視 点の原点である。こうした観点では,損害保険の場合は,商品内容が簡単と は言い難いから,商品のわかりやすさや簡便化が重要であり,事務手続きの 簡便化も不可欠だろう。ADRと自主行動基準は密接な関係にあることは前 述したが,ADRの経験をベースにした業界の自主行動基準を作成し,その 実施状況をフォローアップしていく仕組みが構築できれば,サステナビリテ ィーを確固としたものにできる。ADR成熟化の意義はまさにこの点にあり,

金融ADRが率先して取り組み,民間型ADR全体の牽引役となることを期 待したい。その意味では,豪州や英国のように横断的・包括的な金融ADR をめざした方が消費者にも金融機関にもメリットが大きいのではないかと思 う 。消費者側からみれば窓口が一本であるというわかりやすさ,金融機関 側からみれば人材確保,教育・研修,ADR周知策等の効率化が図れ,さら に自主規制の促進に対しても大きな力になる。また,金融行政にとっても監 督の効率化や実効性向上などのメリットがあげられよう。

29) 横断的・包括的な金融ADRの創設,すなわち金融ADRの一本化は,関係 金融業法を改正する法律の附則にその検討と措置が明記され,国会の附帯決議 でも政府が業界団体等に対して一本化を促すことが掲げられた。したがって,

現実味を帯びている。

金融ADRの今後の展開に関する考察

(19)

なお,紙面の関係で詳細は述べないが,自主行動基準の作成は,損害保険 会社の販売プロセス,事務プロセス,あるいは商品開発・システム開発プロ セスの標準化を促す効果もある。その標準化が,顧客指向・消費者指向が究 極の目的であるかぎり,すなわち何のために自主行動基準を作るのかという 原点がぶれないかぎりは,これを推進していくべきであろう。

ADRにおける事実認定の問題

前述したように損保ADRの紛争事案については,解決事案の割合が高く はなく(26%),解決に至らない不調事案には,失火の有無,盗難の有無,

傷害の偶然性などの事実認定の関する事案が多い。これをどのように評価す るかということは,畢竟,損保ADRの射程をどのように考えるべきなのか をという問題にほかならない。2000年当時の金融審議会のワーキンググルー プ報告書でもこの事実認定の問題が懸念されていたことは,すでに述べた。

損害保険の場合には,保険事故の原因が何かは,保険金支払責任の有無と保 険金の支払額の多寡に直結する最重要事実である。この点がもっぱら当事者 の争点になっていれば和解案を探るのは難しいと言わざるを得ない。まして 保険金詐取が疑われるような事案(保険会社側の論理だという主張もあり得 るが)であればなおさらである 。しかし,これは損保ADRの限界ではあ っても,デメリットと考えるのは当たらない。なぜなら,司法の中核たる裁 判とADRはトレードオフの関係ではなく,相互に補完し,連携しあう関係 だからである 。今後,金融ADRで受付・処理される事案が大量に蓄積さ 30) 山本和彦 金融ADRの意義とその可能性 金融法務事情,No.1887(2010

年)では, 従来の日本企業の問題点として,外部から見るとき,一方では顧 客の側の無理な要求にやや安易に妥協する傾向があり,他方では紛争が激化し た場合にやや硬直的に裁判による解決に放り投げる傾向があったのではないか と思われる。(中略)企業としては,顧客と正面から向き合い,中立公平な第 三者の前でしっかり議論をし,譲歩すべきところは譲歩しながら,顧客の理由 のない主張に対しては安易な妥協は避け,裁判で法的基準を求めるべき場合に は裁判に行くことを決して排除するものではない。 と論じる。

31) もちろんADRにおける関係情報を裁判手続で利用することを禁止する等の 保険学雑誌 第 618号

(20)

れることによって裁判事案との事実上の区分も明確になっていくだろうし,

それが健全な紛争解決秩序である。金融ADRの発展は一方で訴訟事案とし て解決を図る紛争の類型を明らかにする効果も期待できると考えるべきであ る。なお,不調事案には顧客側が期待しているADRと,ADR側が提供す るサービスとの間に少なからずミスマッチがあるような事案があることは否 めない。ADRは中立的な機関なのに何故,自分の主張を認めてくれないの かという顧客側の不満である。これらの多くは前述した 第二裁判所 や ミニ裁判所 としての期待であり,自分流の価値観や権利概念をまったく 変える気がない場合である。この問題についてはADRの理解促進と周知を 通じて,少しずつ金融ADRの取り扱い実績を積んでいく以外に改善方法は ないであろう。

以上,4つの論点を含めて,今後のADR実務の経験を踏まえつつ,さま ざまな論点について論議を深めながら,金融ADRの発展,そして民間型 ADR全体の発展につなげていくことを期待したい。

なお,最後に,金融ADRは金融取引に係る紛争解決手続であるから,何 が金融経済にとって効率的で効果的なADRなのかという経済学的な論議も 当然あってしかるべきであることを付言しておきたい 。

(筆者は一般社団法人日本損害保険協会勤務)

情報遮断の問題には留意しなければならない。

32) 金融ADRについて,保険市場とその取引に及ぼす影響を考察したものとし て,石田成則 金融ADRが市場に及ぼす影響 保険学雑誌第613号,35頁以 下(2011年)。

金融ADRの今後の展開に関する考察

参照

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