福岡におけるゲイセクシュアルの交流の変化
―― HIV に対する取り組みと出会いのツールの多様化を通して
石井純平
1.序
本研究は福岡におけるゲイセクシュアルの共同性に着目し、その共同性の感覚を明らかにする ことを目的とする。主な調査方法は文献調査およびインタビューである。対象は福岡在住のゲイ セクシュアル4名、HIV/STDの感染予防活動を行う団体「LOVE ACT FUKUOKA」である。
2.福岡におけるゲイセクシュアルの概要
本研究の中心課題となる「ゲイセクシュアル」に関連して、ゲイ、ホモセクシュアル、レズビ アンといった多くの用語があり、またその定義もさまざまで一定していない。石丸は「LGB(レ ズビアン・ゲイ・バイセクシュアル)とは恋愛感情や性的魅力を同性に対し感じる人たちのこと である」(石丸2004:590)と述べ、伏見は「ゲイとは性的志向が同性に向くこと」(伏見1997:
124)と述べている。本研究では上記の2つの定義をもとにしてゲイセクシュアルを、「恋愛感情 や性的嗜好が同性に向くこと、あるいはそうした志向をもつ人々」と定義する。
2−1.福岡におけるゲイセクシュアルとゲイバーの現状
市川(2007)は成人男性に占める
MSM(Men who have sex with men)の人口比率を3〜5%と
見積もっている。平成22年度の国勢調査によれば福岡県の男性の人口はおよそ200万人であり、この比率を適用するとおよそ7万人から12万人のゲイセクシュアル、あるいは潜在的ゲイセク シュアルが福岡県に在住していることになる。
福岡のゲイタウンである住吉春吉地区にはゲイバーはもちろん、ハッテン場!やゲイショップ"
があり、福岡県のみならず九州各地から人々が訪れる。新ヶ江の調査によれば福岡県在住もしく は福岡県に来る九州在住のゲイセクシュアルの98.4%が過去6カ月に福岡市のゲイ向け施設を利 用しており、93.5%がゲイバーを利用している(新ヶ江ほか2008)。また福岡のゲイセクシュア ルが最も多く利用するウェブサイト「k@toom」#によると住吉春吉地区には登録されているだけ で約50軒のゲイバーがある。
2−2.問題設定
ゲイセクシュアルに関する近年の研究の多くは
HIV
に関連するものである。HIV関連以外である 39%
あなたは今まで性感染症に罹ったことがありますか?
無回答・無効回答 3%
ない 58%
(東京)
関東
(愛知)
東海
(大阪)
近畿
(福岡)
九州
29.8 21.1
28.4 22.9 26.5
27.6 17.9
20.6
0 7.5 15.0 22.5 30.0
図1 福岡のゲイセクシュアルの生涯性 感染症感染率
(新ヶ江ほか(2010)をもとに筆者作成)
図2 居住地域別 HIV 抗体検査受検割合
(「ゲ イ・バ イ セ ク シ ャ ル 男 性 の 健 康 レ ポ ー ト 2」(2007)より作成)
は砂川秀樹の「新宿二丁目が照射する異性愛社会」(砂川2003)、伏見憲明の『性のミステリー』
(1997)など、同性愛者が同性愛社会を研究するというものが多い。
ゲイセクシュアルと
HIV/AIDS
は切り離せない問題であり、また欠かせない研究テーマであ る。福岡に関してはとくに、HIV検査率が他の都市に比べて低く、この理由を明らかにするこ とが今後の課題となるであろうが、一方でHIV
関連以外の研究は皆無である。ゲイセクシュア ルの交流には見過ごされがちな内在する問題があり、またその問題からコンドームの使用率やHIV
検査率の低さの理由が見つかる可能性もあると考えられる。本研究ではゲイセクシュアル のHIV
感染予防に対する活動を行っているのか、ゲイセクシュアルの交流ツール、交流の質を 探ることでゲイセクシュアルの交流に内在する問題や、ゲイセクシュアルが共有する共同性を明 らかにすることを目的とする。3.福岡のゲイセクシュアルの HIV への取り組み
3−1.HIV データから見る福岡のゲイセクシュアルの現状
新ヶ江らが
LAF(後述)との協働で実施したアンケートによると、3
9%が性感染症に感染し た経験を持っている(新ヶ江ほか2010)。その一方で、福岡県および九州における
HIV
抗体検査受検割合は他の地方と比べると低く(図 2)、福岡のゲイセクシュアルの性感染症やHIV
予防への関心が相対的に低いことが読み取れる。3−2.LOVE ACT FUKUOKA の活動
2003年、厚生労働省認可のもと、福岡を中心とするゲイコミュニティに対して
HIV/STD
の感 染予防活動を行う団体「LOVE ACT FUKUOKA」(以下、LAF)が設立された。LAFの主な活動内 容は以下の4項目である。!
フリーペーパー『SEASON』の発行、"
コンドームアウトリーチ(SEA-SON
とともにコンドームを配布する)、#
性病などに関する勉強会の開催、$
コミュニティーセンター
haco
の運営。フリーペーパー『SEASON』はゲイセクシュアルのためのタウンマップや、HIV抗体検査の情 報、コラムなどバラエティに富んだ内容を掲載している。コンドームのアウトリーチとは、コン ドームをゲイバーなどのゲイセクシュアルが利用する場に無料で配布する活動である。これは不 定期だが、平均すると1ヶ月に約1回の割合で実施されており、ウェブサイトに日時や時間の詳 細を掲載してボランティアを募っている。またコンドーム・パッケージのデザインも独自に行っ ている。さらにコンドームのアウトリーチと関連して、性感染症に関する勉強会「we’st-weekend
study」も不定期で開催されている。
コミュニティーセンター
haco
は住吉地区にある。だれでも自由に立ち寄ることができ、福岡 のゲイセクシュアル関連の資料だけでなく、他地域の資料、漫画、雑誌、写真集などを閲覧する ことができる。上記の勉強会もここで開催されている。LAF
はまたHIV
予防に関する研究の協力も行っており、ゲイバーにアンケートを配る活動も 実施している。3−3.福岡のゲイセクシュアルのセックスと HIV に対する考え
福岡のゲイセクシュアルはセックスや
HIV
についてどのように考えているのか。インタビュー に応じたゲイセクシュアルの全員が、毎年ではないもののHIV
抗体検査を受検していた。とく にHIV
に対する知識が豊富なM
さんはこう述べている「節目ごとに検査は受けるようにしてる。もっと受けたほうがいいかもしれないけど、基 本的に相方以外とそういうことしないし、新しい相方が出来たときとかの節目には必ず受 けるようにしてるし、受けてない人とか意識低い人はいやだ。自分の周りは正直意識低い 人が多いし、HIVについて正しい知識がない人が多すぎる。ノンケ!よりリスクが高い分 そういった知識は必要だと思う。自分はありえないけど周りは経験人数100〜200とかざら やし危ないと思う。コンドームは基本的に相方としかしないからつけることが少ない。相 手も検査受けてるし安心感はある。」(Mさん)
M
さんの実感では、HIVに対して正しい知識があり感染予防に対しての意識が高いという人 は少ないという。ただ、ゲイセクシュアルである以上HIV
感染のリスクがノンケより高く、潜 在的感染者が周りにいるはずだとほとんどの人が自覚しているとも言っていた。またバーマスターの
R
さんはこう述べている。「若いときはセックスが好きだし何も考えずにやっていた。今考えるととても怖いしあり えない。今は落ち着いたし、検査にも行くようにした。特定の相手としかしないから不安 も少ない。検査を受けることで実際に安心したいし、相手が安心するのもあると思う。」(R さん)
これらのインタビューからはいずれも、周囲の
HIV
に対する意識が低いという意見が見られ る。MさんやR
さんのように、HIV予防に対して比較的意識が高い人の周りに意識の高い人が 集まると言うわけではない。「日本でも同性愛者が結婚できるようになれば相方のこともさらに意識するだろうし、自 分に対して責任も芽生えて
HIV
の予防にもつながると思う。」「学校などでもっと性教育などで同性愛者について学ぶ機会が増えれば、ゲイ自身も正し い知識が身につくと思うし、ノンケに認められなくても理解だけでもしてもらえればもっ とオープンになってゲイが生きやすくなり、セックスに走る人が減るのでは。」(Mさん)
この意見はゲイセクシュアルの現状を的確に言い表している。ここには結婚のための法整備や、
異性愛者によるゲイセクシュアル理解といった社会環境の整備によって社会への受け入れがすす み、ひいては彼らのストレスの軽減に繋がるという可能性が示唆されている。社会が理解し、認 めるという土壌を作るための法整備や社会への啓発が進めばゲイセクシュアルが社会の目から隠 れるような状況がなくなり、ゲイセクシュアルの
HIV
予防にも大きく貢献するはずである。3−4.LAF の活動から見るゲイセクシュアルの交流
LAF
の活動であるフリーペーパー配布や、コンドームアウトリーチ、コミュニティースペー スhaco
は、HIV予防促進の効果を挙げているのであろうか。LAFやhaco
自体の認知度は高いが、実際には
HIV
予防促進の効果を挙げているとはいえない。「LAF自体は知ってるけど行ったことない。前働いていたゲイバーに
LAF
のスタッフが 来てコンドームを置いていったけど自分が店のカウンターに置くまで裏でずっと眠ってる 状態だった。実際普段生活していてLAF
と触れるきっかけがないしゲイの中で機能して いるとは思えない。存在知ってる人はいるけど活動してるのかって感じ。」(Mさん)一部のゲイセクシュアルのなかでしか
haco
は交流の場として機能していない。利用者は固定 化されており、交流の幅が広がっていないのが現状である。目立った効果をあげることができて はいないが、設立されてからまだ10年足らずという事情もあるのだろう。4.ゲイセクシュアルの交流の変化、緊密化
4−1.新たなツールの出現による出会いの広がり
旧来のゲイセクシュアルの出会いのツールは主にゲイバーである。したがってかつてはゲイ バーにしか出会いを求めることができず、お酒が飲めない人には行きづらい面があった。また、
かつてはゲイバーにおけるマスターの権力が強く、いわゆる営業努力があまりされていなかった。
そのような状況の中、携帯電話とインターネットの急速な普及により、新たに利用され始めた
のが出会い系サイトである。ゲイバー以外の場所で同じセクシュアリティの人々と容易に交流を 持つことができるという点で、インターネットの発展は彼らにとって画期的なものであった。ま た、インターネットではさまざまな情報を調べることもでき、自分と同じような人々がいるとい うことを確認できるだけでもゲイセクシュアルの人々の精神的負担はかなり軽減されたようであ る。
しかし、インターネットによる顔の見えない者同士の交流は「その場限りの交流」であったり、
時にはその匿名性ゆえに詐欺被害などの危険な目に合いやすいという面もある。また、そこで得 られる情報の中には信憑性の疑わしいものも多く、正しい情報と間違った情報を見分ける能力が 必要とされる。
また、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が2002年ごろから日本にも登場し、
2004年には
GREE
やmixi
などの全国的な知名度を誇るSNS
も登場した。これにより、インター ネットを出会いのツールとする利用者はさらに増加していった。さらにはmen’smixjp
などのゲ イセクシュアル専用SNS
も登場し、これを利用する人も増加しているという。SNS
はゲイバーで知り合った人々と更なる交流を深めるためのツールとしても利用されてお り、バーチャルな世界でのコミュニティーとしては、使い方を誤らなければ有益で健全な交流ツー ルだといえる。SNSの登場はゲイセクシュアルの出会いの幅をいっそう広げたが、出会い系サ イトと同様にそれがセックスだけの関係になってしまうことも多いという。4−2.公的機関の出現
では、交流ツールとしての
LAF
の位置づけはどうであろうか。これまでのゲイセクシュアル の出会いのツールと違うところは、公的機関が関係していること、いつでも無料で行くことがで きること、利益に左右されないことなである。SNSなどと比べ安全でかつ、健全な出会いの場 であることは確かである。また、ゲイセクシュアル、HIVにかかわる学術的資料が豊富であり、情報の信憑性も確かなものがある。ゲイバーと違い、より気軽に足を運びやすい環境にある。
出会い系サイト出現以降、ゲイセクシュアルの出会いのツールや情報収集方法は広がりを見せ たが、インターネット上で信憑性の高い情報を得るにはある程度のメディアリテラシーが必要で ある。その中で正しい情報を発信する場としての
haco
は福岡のゲイセクシュアルにとって有益 な施設である。4−3.変化するゲイバー
出会いのツールの選択の幅が広がったものの、既存のツールが消滅したわけではない。新たな ツールの登場は既存のツールにどのような影響をもたらしたのであろうか。まず言えることはゲ イバーに来る人々が減少したこと、そしてゲイバー自体が数を減らしたことである。
「携帯とかで出会えるようになった分ゲイバーに行く人が減ってゲイバーが減った。その 分ゲイバーは営業努力を始めたと思う。というか今までが営業努力をしてなさすぎた。」
(Aさん)
インターネットが世の中に浸透していき、ゲイバーを訪れる客数が減少し始め、ようやく福岡 地区のゲイバーは営業努力をし始めたということである。言い換えれば客とゲイバーマスターの 力関係が逆転したのである。その結果、以前のようにゲイバーマスターが客に性関係を命じるよ うなことはなくなり、ゲイバーを居心地の良い空間にしようと努めるようになったのだ。
また、出会い系サイトや
SNS
の登場はゲイバーの利用方法にも変化をもたらした。ゲイセク シュアルはかつて、セックスの相手、友達、親友、信頼のおける人、それら全てをゲイバーで求 めていた。とくにセックスする相手を探すことがゲイバーに行く目的としている人が多かったと、当時を知る30代の
R
さんは述べている。では現在のゲイバーはどうであろうか。20代前半の
M
さんはこう述べる。「ゲイバーで仲良くなった人と体の関係になることは滅多にない。自分にとってゲイバー は酒場。人と人としての出会いの場的な。ゲイとしての自分を確認できる場所と思う。周 りもネットとバーは分けている。ネットはセックス目的な感じで、ゲイバーは親友とかと の出会いの場。」(Mさん)
ゲイバーはセックスの相手を求める場所から、人と人とを繋ぐ場、心をつなぐ場へと変化した のである。
伏見憲明が編集するゲイ専門誌『Queer JAPAN』の座談会では、次のような会話が交わされて いる。これは「伏見」という40代のゲイセクシュアルと「ゴウ」「タカ」という20代、そして「斉 藤」という30代のゲイセクシュアルの座談会である。
伏見 同世代のゲイの友だちって、ネットが中心なの?
ゴウ そうですね。
タカ ネットから出てくる人は今は多いですね。すごく手軽だから。自分とゲイ世界との 距離を自分で決められるじゃないですか。匿名希望で自分に足がつかないように関 わることも、友だちを作って二丁目で一緒に遊ぶきっかけ作りにすることも、本人 の意思でどちらでも選択できるから、段階を踏んで関わっていくのにも、便利なツー ルだと思います。
ゴウ ネットがなかったら出てこられなかった人も多いと思う。
(中略)
伏見 逆にそういうネットをゲイ活動の中心にしているゲイからすると二丁目というのは どういう場所なのか。
ゴウ 二丁目はあまり大きい存在ではないんじゃないかな。友だちどうしでいつでも二丁 目に行くわけでもないし、ゲイの友だちと渋谷であったりとかもするし。
タカ 二丁目に行かない人多いよね。逆に二丁目に行きたがらない人も多いし。
(Queer JAPAN vol.4pp.178‐179。下線は筆者による。)
20代の人々にとっては、同じセクシュアリティと初めて関わる場所はもはやゲイバーなどのゲ イタウンはなく、インターネットなのである。また
M
さんにとってもそれはインターネットで あった。「16歳になる前、高一のときに初めてネットのオフ会でゲイの人と出会った。そしてその 日にゲイバーデビューした。そこから本当に世界が広がったし、精神的にも安定した。」(M さん)
以前はゲイバーが担っていた、ゲイセクシュアルが同じセクシュアリティの人々と直接関わり を持つ最初のきっかけを、現在はインターネットが担っている。この点においては東京と福岡の 間には違いはない。
5.福岡のゲイセクシュアルの共同性の感覚
5−1.ゲイセクシュアルが共有している共同性
ゲイセクシュアルの交流が生み出す共同性はどのように醸成されているのであろうか。
ゲイセクシュアルはゲイバーやゲイタウンについてどのように考えているのか。インタビュー 回答者の多くはゲイバーを特別な場所と捉えていた。
「ゲイバーは人と人としての出会いの場。ゲイとしての自分を確認できる場。ゲイバーが なくても酒が好きだからバーとかで飲むことも出来るけどやっぱりゲイバーがないときつ い。共感できる人がいる場として……」(Mさん、2012年1月19日)
「出会い系などの出現でゲイバーは縮小した。でもその分濃縮した。現在のゲイバーは親 友、もっと言えば親戚的な心のつながりを求めていく場所だ。信頼関係、友情が大切。ゲ イバーもそれを理解していて良い意味で質が高くなっている。」(Aさん)
M
さんは「人と人の出会いの場」だと強調し、Aさんもまたゲイバーでは親友や親戚的な人 付き合いを求めている。交流ツールが多様化しても、ゲイセクシュアルとゲイバーの関係は緊密 である。ゲイセクシュアルたちに共有されているものは「同じセクシュアリティである」ということで ある。ゲイセクシュアルにまつわる場所(インターネットも含む)は当然、そこにいる人々が同 じセクシュアリティ、ゲイセクシュアルであるということ抜きには成立し得ない。
福岡に関しては、住吉春吉地区での交流が重要である。ゲイセクシュアルそれぞれには、行き つけの店がある。ゲイバーが営業努力をした結果、ゲイバーの種類はより細分化されている。例 を挙げると、「イカニモ系」といわれる如何にもゲイセクシュアルらしいといわれる(髭を生や して、筋肉がある)人々が集まるゲイバーや、「前髪系」、「ナイアガラ系」(前髪を流した髪型で、
いわゆるジャニーズ系)の集まるゲイバーなど、ゲイバーの多様化も著しい。このように細分化
されれば、客側も目的意識や、好みがはっきりと分かれてくるので、より仲間意識や連帯感が生 まれやすくなる。
福岡のゲイセクシュアルはゲイタウン住吉春吉地区という大枠の共同性(村)の中に、細分化 されたゲイバー(家)があり、個々のゲイバーがその内部により濃密な共同性を有する。住吉春 吉地区には福岡の各地から、また九州各地から人が集まる。もちろん常連からデビュー(ゲイバー に行き始めることを指す)し始めの人までさまざまである。年齢や、出身はさまざまであり、一 見共通項がない人々であるが、同じセクシュアリティであることを共有する、まさに「性縁」と も呼べるつながりがゲイセクシュアルにはある。この「性縁」が同じ場所、同じ時間の共有だけ でなく、セクシュアリティや境遇を共有するという事実性の積み重ねを生み、ひいてはゲイセク シュアルの共同性の感覚を醸成しているのだと言えよう。
5−2.ゲイセクシュアルの共同性の境界
日常生活を送る上で、ゲイセクシュアルの共同性の感覚はどのように保たれているのか。これ はカミングアウトの有無、あるいは職種によって大きく異なる。福田の調査協力者であるゲイセ クシュアルは「こっちの世界」(ゲイとして生きる社会)と「あっちの世界」(ノンケとして生き る世界)と二つの世界が存在するという。「こっちの世界」では素でいられる、「あっちの世界」
では状況に応じて嘘をつくというように自己を使い分けているという。また2つの世界を行き来 する自己に関して「2倍の楽しさがある」、「異常ではなく特別」、「広い視野がもてる」と語って いる(福田・サトウ2007:200)。
この調査協力者の場合、共同性の境界が強固であり、その境界の内側と外側とを行き来するこ とを楽しんでいる。日常生活において異性愛者との関わりが多い人には、このように2つの世界 を使い分けている人が多い。一方で
LAF
の代表であるA
さんは仕事柄、異性愛者と接すること が極端に少ない。「ゲイとしての顔とかそうじゃない顔とかはない。仕事も仕事だし、親も知ってるし、隠 す場面がない。」(Aさん)
A
さんには「こっちの世界」しかないという。Aさんの場合は多くのゲイセクシュアルと違い、境界の幅が広くそしてとても弱い。Aさんの境界は自分の属する共同性とそれ以外を分けている が、どちらの「世界」にいても自分を変えるわけではなく、自分自身には境界を設けていない。
今回のインタビュー回答者の中で特殊なのは
M
さんである。Mさんは福岡市の歓楽街である 中洲の一般的なバー(ゲイバーではないバー)で働いている。その店にはM
さんのゲイセクシュ アル仲間も多く訪れるが、中洲で働く人々といった異性愛者も多く訪れる。「店に来るお客さんはゲイの友達も来るし、ノンケも来る。ノンケで自分がゲイであるこ とを知っている人や知っている人の知り合いにはゲイであることは別に隠さない。逆に初 めてのお客さんにも隠すつもりはないけど、あえて言う必要はないと思う。わざわざ知ら
れたいわけじゃないしね。」(Mさん)
M
さんの場合、境界がとても曖昧である。隠すわけでもないがあえて言うこともない。これ がゲイバーであれば「ゲイバーで働くこと」がすなわちゲイセクシュアルと考えられるが、一般 のバーで働くM
さんの場合は、周りからとくにセクシュアリティについて意識されることはな い。その一方でM
さんは、派遣のアルバイトに従事するときにはゲイであることを隠すと言う。また自分自身のセクシュアリティは隠さないものの、周囲に他のゲイセクシュアルがいるときは、
その人たちの素性がばれないように隠すこともあると言う。Mさんの場合は、パーソナルな部 分では共同性の内と外との境界が曖昧であり、境界がない場合も多いが、それはしかし、自分以 外のゲイセクシュアルが関わってくる場合にとても強固なものになる。
パーソナルな「あっちの世界」、「こっちの世界」やその境界は人によりさまざまである。比較 的に境界が弱く、隠すことが少ない人であっても他のゲイセクシュアルが関わる場合にはその境 界がとても強固なものになる。これは、彼らがゲイセクシュアルとして、ゲイセクシュアルであ るという共同性を共有しているからであろう。
6.結び
現在のゲイセクシュアルにはさまざまな出会いのツールの選択肢がある。ゲイバーは減少して いったが、その分人間関係が密になり、人と人をつなげる場に変化したということは大きな発見 である。
コミュニティースペース
haco
は現在、利用者が少なく目立った効果を上げていない。しかし、健全な出会いの場としても、正しい情報を発信できる場としても今後ゲイセクシュアルにとって 必要な場になると考えられる。HIV感染予防については未だに正しい情報がゲイセクシュアル 全体に行き渡っていない。しかしゲイバーオーナーが主体となった
HIV
感染予防の啓発イベン トが行なわれるなどゲイセクシュアル自身もHIV
感染予防に主体的に取り組み始めている。LAF
の活動も含め今後、HIVについての正しい情報の発信、感染予防の啓発が広がることを期待し たい。住吉春吉地区に集うゲイセクシュアルは、年齢や出身がさまざまであり、一見すると共通項が ない人々である。しかし彼らのあいだには地縁でも血縁でもない、まさに「性縁」とも呼べる共 同性がある。セクシュアリティと境遇を共有するという事実性の積み重ねが、ゲイセクシュアル が共同性の感覚を共有する土台となっているのだ。
参照文献
石丸径一郎 2004 「レズビアン,ゲイ,バイセクシュアルについて」『心身医』44:590‐594
市川誠一 2007 「わが国の男性同性間の
HIV
感染対策について―ゲイNGO
との協働による疫学研究を通して―」『日本エイズ学会誌』9(1):23‐29
新ヶ江章友ほか 2008 「福岡地域の
MSM
におけるHIV
予防に関する質問紙調査:2008年実施のバー顧客調 査より」厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究推進事業新ヶ江章友ほか 2010 「福岡地域の
MSM
におけるHIV
予防に関する質問紙調査の経年比較:バー顧客調査 とスポーツ大会参加者調査の結果から」厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究推進事業砂川秀樹 2003 「新宿二丁目が照射する異性愛社会」、松園万亀雄編『くらしの文化人類学 第4巻 性の文 脈』雄山閣、pp.196‐225
日高庸晴 2007 「ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート2」 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研 究推進事業
福田茉莉・サトウタツヤ 2008 「あるゲイ男性における自らの存在意義をめぐる語り〜「ゲイ」と「ノンケ」
の境界を行ききする当事者のあり方〜」『日本パーソナリティ心理学会大会発表論文集』7:200‐201 伏見憲明 1997 『〈性〉のミステリー:超越する心と体』講談社現代新書
『QUEER JAPAN』VOL.4 勁草書房
! 特定または不特定多数のセックスの相手を求めて集まり、性行為を行う場所、ゲイセクシュアル専用の性風 俗産業。
" ゲイセクシュアル向けのアダルトグッズを取り扱う店。
# 九州のゲイセクシュアル向けのサイト。
$ ヘテロセクシュアル、異性愛者のこと