1. 福祉コミュニティ形成の今日的意義
近年, 地域や福祉領域で〈福祉コミュニティ〉という用語が, 幅広く使われるようになった。
それは地域福祉の目標に掲げられることが多いが, 必ずしも一義的な規定をみているわけでは ない。 とはいえ, この魅力的な響きをもつ用語には, そこに共通する認識や社会的期待といっ たものの存在を見落とすことはできない。
それを大雑把にまとめていえば, 日本社会全体が新たな福祉の装置やシステムを必要とする 時代に突入したということ, そして, この当面している福祉課題の達成には, 行政や福祉関連 の機関, 施設による生活環境や福祉サービスの整備充実とともに, 地域や福祉をつくる主体と しての住民・当事者の参加を必須条件としている, というコンセプトが広く存在しているので ある。 つまりフォーマル部門による営為だけでは新たな福祉形成ができず, 地域社会で生活す る住民・当事者のつながりや参加が地域や福祉を支え, 地域の福祉力を高める力になる, と考 えられている。 この地域社会を基盤に, 福祉の環境・サービス整備とコミュニティ形成を実現 しようとする, いわゆる地域福祉の文脈に福祉コミュニティは胚胎し, なによりも人々の新し い共同性や共生への期待が込められているのである。 ここでは最初に, こうした今日的福祉の 形成に, 多大な注目や期待を集めている福祉コミュニティの意義といったものを, 近年の日本 社会における福祉制度改革との関連で, 少し整理していくことにしたい。
周知のように1980年代後半から進展した日本の社会福祉改革も, 「福祉関係8法の改正」
(1990年) による第1のピークを終え, 2000年6月には第2のピーク 「社会福祉の増進のため の社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律」 が施行された。 すでに 「福祉関係8法改正」
によって, 法制度的には地域福祉時代を迎えているともいえようが, 福祉コミュニティが政策 概念として姿をみせるのはその3年後, 1993年4月 「国民の社会福祉に関する活動への参加の 促進を図るための措置に関する基本的な指針」 (いわゆる 「福祉活動参加基本指針」) を嚆矢と する。 そこでは福祉活動への参加促進に当たっての考え方として, ①自主性の尊重, ②公的サー ビスとの役割分担と連携, ③地域福祉の総合的推進と並んで, ④皆が支え合う福祉コミュニティ づくりを指摘し, その内容を 「地域社会の様々な構成員が互いに助け合い交流するという広い
福祉コミュニティの多様な可能性 *
稲 葉 一 洋**
*Various Possibilities of Welfare Community
**Kazuhiro INABA (立正大学社会福祉学部社会福祉学科)
キーワード:福祉コミュニティ, 地域福祉, 福祉コミュニティ調査, 上福岡市, 小鹿野町
意味での福祉マインドに基づくコミュニティづくり」 と規定したのである。
さらに同年7月には, この基本指針を受けて出された中央社会福祉審議会・地域福祉専門分 科会 「ボランティア活動の中長期的な振興方策について」 では, 21世紀福祉社会に向けたボラ ンティア振興策が提言されている。 この意見具申でも, 「ボランティア振興の今日的意義」 の 一つとして, 「福祉社会の基礎−福祉コミュニティの形成」 を挙げ, その内容を 「福祉という 共通の価値観を共有し, ともに生きるという思想に立って, ともに理解し共感し, 地域におい てさまざまな形で福祉を支え合うものである」 と説明している。 このように基本指針の告示や 意見具申により, 支えあい・共生・福祉的価値などをキーワードに, それを地域で担う人々の 参加や役割に着目して, 社会福祉の政策概念にも相次いで, 福祉コミュニティという用語や発 想が採り入れられていったのである。
その後, 1997年には社会福祉基礎構造改革の呼称で改革論議がスタートし, 2000年の法改正 へと進んでいくが, これら一連の制度改革により, 「措置制度から利用制度」 への移行に象徴 されるような, 戦後社会福祉の基本枠組が大きく変更されていった。 そこでは 「市場原理」 の 積極的導入や行政役割をめぐる問題なども少なくない。 しかし市町村を基盤とする福祉形成や 地域福祉計画の法定化など, 地域福祉への方向転換をいっそう明確に, そして強化する内容を もち, とくに福祉コミュニティの形成に不可欠な地域住民を, 地域福祉推進の主体として位置 づけたことは, 注目に値するものであったといえよう1)。
こうした地域住民への注目は, すでに1990年の法改正によって社会福祉事業法第3条の2 (地域等への配慮) でも, 「地域に即した創意と工夫」 とともに, 「地域住民等の理解と協力」
を得るための努力が指摘されていた。 それが2000年 「社会福祉法」 の第4条 「地域福祉の推進」
では, さらにそれを前進させて 「地域住民, 社会福祉を目的とする事業を経営する者および社 会福祉に関する活動を行う者は, 相互に協力し, 福祉サービスを必要とする地域住民が地域社 会を構成する一員として日常生活を営み, 社会, 経済, 文化その他あらゆる分野の活動に参加 する機会が与えられるように, 地域福祉の推進に努めなければならない」 として, 地域福祉の 推進主体に地域住民を明記している。
ただし, この社会福祉法にも福祉コミュニティ, という呼称は使われていない。 とはいえ, かつて行政や福祉サービスの対象, 受益者と考えられてきた地域住民が, いまや社会福祉法に おいても, 地域福祉の推進主体として位置づけられるに至った。 ここに住民が地域で福祉を支 え, 福祉力をつくる担い手であることを, 初めて法的にも明確化したのである。 このことは一 言でいえば, 社会福祉における対象から主体へと住民観を転換し, 社会福祉行政と住民との関 係を考えるうえで, 画期的な変化といえよう。 そして, ここでの住民に対する役割期待という ものは, 住民相互のつながりや支え合い, 参加を不可欠とする福祉コミュニティづくりを進め る営為そのものにほかならない。 ちなみに, 福祉コミュニティという用語を広めるうえで大き な役割を担ってきた社会福祉協議会 (以後, 「社協」 という) は, 2000年の法改正によって地 域福祉の推進役に位置づけられたが, 全社協が新しい社協像として提唱推進する 「事業型社協」
も, 福祉コミュニティの形成をすすめる市区町村社協と規定している2)。 そこで発行する冊子 や報告書等, 社協の計画・事業・活動の目標にも福祉コミュニティがよく使われるなど, この 概念は社協にとっての基本理念や実践上のキーワードといってよい。
2. 福祉コミュニティの諸類型
福祉コミュニティは, 一般にノーマライゼーションや共生などの理念に立脚し, 新たに形成 される福祉やコミュニティの目標概念として受けとめられることが多い。 とはいえ, 福祉コミュ ニティのとらえ方は, その立場や視点によって多様であることは否めない事実である。 それゆ えに, この用語がもつ意味内容も, それを論じる論者や文脈によって異なるなど, 一義的で明 確なものではない3)。
それというのも, もともと多様な意味を持つ, 「福祉」 と 「コミュニティ」 を合成して作っ た福祉コミュニティの場合には, その多様さがいっそう増幅していたとしても不思議はない。
当初, わが国において福祉コミュニティは, 地域福祉の概念用語としてスタートしている。 そ の後, 福祉活動や地域の状態を指す実態概念にも使用されるようになり, さらには社会福祉の 政策概念にも採用されるなど, わが国地域福祉の発展とともに, 多様な意味をもつ現代福祉の 重要用語として定着していった4)。 ここでは, 多様な福祉コミュニティの輪郭を明らかにする ために, その概念的発展のなかで登場した主要な福祉コミュニティの類型をとらえ, その後さ らに地域性の有無を焦点にして福祉コミュニティに検討を加えていきたい。
1) 当事者中心の福祉コミュニティ
わが国で福祉コミュニティ概念を最初に提起したのは, 岡村重夫 地域福祉論 (光生館, 1974年) である5)。 かれは地域福祉概念の構成要素として①コミュニティ・ケア, ②地域組織 化活動, ③予防的社会福祉の三者を示し, さらに②地域組織化活動をコミュニティづくりを働 きかける〈一般的地域組織化活動〉, 社会福祉を共通関心にして組織化を進める〈福祉組織化 活動〉の二つに分け, この後者の目標として実現を目指したのが, 福祉コミュニティであった。
周知のように岡村は, 一般コミュニティを重視しながらも, それによる少数者の問題解決や ニーズ充足での限界を直視し, 下位コミュニティとしての社会福祉を共通関心にする, 福祉コ ミュニティの必要性を強調する。 つまり福祉コミュニティを, 「社会的不利条件をもつ少数者 の特殊条件に関心をもち, これらのひとびとを中心として〈同一性の感情〉をもって結ばれる 下位集団」 と規定し, 「社会福祉サービスの利用者ないし対象者の真実の生活要求を充足させ るための組織体」 と性格づけたのである6)。 そして, この福祉コミュニティを支えてつくる主 体も, 第1に現実的または可能的なサービス受給者ないしは対象者を中核に, 第2に生活困難 の当事者と同じ立場に立つ同調者や利害を代弁する代弁者を加え, さらに第3に各種サービス を提供する機関・団体・施設によって構成されるという。 こうした岡村による当事者中心の性 格づけは, 福祉コミュニティが遂行する機能にも反映し, 第1に社会福祉政策に対する住民参
加ないしは対象者参加 (client's participation), 第2に福祉情報の収集・整理と提供, 第3 に地域福祉計画の立案, 第4に福祉コミュニティ内外にわたるコミュニケーション, 第5に地 域社会における社会福祉サービスの新設と運営, の5つに集約されている。
2) 全社協による福祉コミュニティ
1970年代後半になると、全国社会福祉協議会 (以後, 「全社協」 という) は福祉コミュニティ に岡村と異なる新たな解釈を与え, その後の福祉コミュニティ概念の展開に大きな影響を及ぼ していく。 その発端となったのは, わが国において在宅福祉の概念規定や方向づけの指針となっ た 在宅福祉サービスの戦略 (1979年) である。 そこでは在宅福祉サービスの掲げる目標も, サービスの整備充実だけでは達成できず, 地域住民によるサービスの支持や協力, 参加する態 勢づくりが不可欠とし, そうした条件を備えたものを福祉コミュニティと呼んでいる。
この報告書の姉妹編ともいうべき 在宅福祉サービス組織化の手引き (1980年) では, 地 域福祉の内容を①在宅福祉サービス, ②環境改善サービス, ③組織化活動から構成されるとし, この③組織化活動の一方の柱である〈地域組織化〉を, 「住民の福祉への参加・協力, 意識, 態度の変容をはかり福祉コミュニティづくりをすすめる」 ための活動として, 福祉コミュニティ をより明確に位置づけて打ち出している。 全社協によって提起された福祉コミュニティは, 在 宅福祉サービスの推進と住民参加を軸に据え, 要援助者の支援体制強化の意味合いが強く, 岡 村による当事者中心の福祉コミュニティとは, 同一概念とみなし難い内容となっているのであ る。 全社協が市町村社協の目標として, 公式的に福祉コミュニティの形成を初めて掲げたのは, 社協基盤強化指針−解説・社協モデル (1982年) であるが, そこでは 「福祉コミュニティの 形成は, 社協本来の課題であり, 創立以来, 社協活動の中心課題としてとりくんできたもの」
(13頁) と整理されている。 このように福祉コミュニティは, 地域福祉や地域組織化の目標に されるとともに, 社協の新たなアイデンティティを示す概念として普及していくのである。
3) 社会学的福祉コミュニティ
それがやがて1990年代に入ると, いわゆる社会学的コミュニティ論の延長線上に展開される 福祉コミュニティ論が台頭してくる。 それは地域福祉や在宅ケアへの問題関心を含みつつも, 岡村や全社協に共通する地域福祉枠組みのなかでの位置づけとは, やや異なる文脈や立場から の福祉コミュニティ概念といえよう7)。 これに近い立場や発想から, 地域社会や地域生活に関 する文脈を論じるうえで, 福祉コミュニティという言葉が使われることが少なくない。
この立場でもっとも代表的なものといってよいのが, 東京都社協の委員会報告 福祉コミュ ニティを拓く (1991年) である。 同報告書では福祉コミュニティを, コミュニティの延長線 上や深化の方向でとらえ, 「福祉コミュニティのありかたは, コミュニティ自体のありかたで もある。 逆に言えば, 福祉コミュニティの発想を欠くコミュニティは, コミュニティの内実に 値しないことになる」 (3頁) とし, 福祉コミュニティは本来的なコミュニティの姿, もしく
はあり方にほかならないと言う。 そこでとらえられた福祉コミュニティは, 従来の地域福祉領 域で展開されたものと重複や交錯する部分も多いが, その焦点や文脈の違いを明確に示してい る8)。
4) 地域性を軸とする二つの類型
ここまで福祉コミュニティ概念の発展をたどることにより, 3つの類型を析出してきたが, いまもそのいずれもが福祉コミュニティの意味内容として用いられている。 それらは視点や立 場に相違があるにせよ, ともに地域福祉の推進にとっての目標や課題といってよいものといえ よう。 また, それらの概念には共通の構成要素も指摘することができる9)。 つまり福祉コミュ ニティという用語は, 地域生活でかかわりの深い 「福祉」 と 「コミュニティ」 の合成語である ことから, いずれの場合にも, この両者を必要な要素として含み, それを結合して人々の生活 や共生を支える共同性を培い, 福祉やコミュニティの形成化を含意している。 さらに, この語 にはもう一つの共通する要素がある。 それは, そうした福祉やコミュニティの創出には, 人々 のつながりを作って強め, 地域の福祉力を高めていくような住民・当事者の参加や関与, いわ ゆる 「住民参加」 を必須の要素としている点である。
福祉コミュニティの類型といったものを考える場合, 先にみた類型以外にも, いま一つ重要 な争点, もしくは論点ともいうべきものがある。 それはコミュニティのとらえ方, もしくは地 域設定に関する問題である。 一般に福祉コミュニティは, 一定の地理的範囲を指して用いられ ることが多く, たとえば①地方自治体としての市町村レベル, ②市町村内部の小地域レベル,
③市町村を連合した広域圏レベル, といった区分で福祉コミュニティが構想されることもあ る10)。 早くから福祉コミュニティに関心をもった牧里毎治も, 「一般的に用いるコミュニティ に対して, 地域社会を基盤としつつ, ハンディキャップをもつ階層の福祉追求を原点にサービ ス・施設の体系的整備とともに公私協働, 地域住民の福祉意識・態度の醸成を図ろうとする機 能的コミュニティのひとつである」11)と福祉コミュニティを定義し, さらにその最適のエリア として, 小学校区単位に組織化される 「地区社協」 を提起している。
ただし, このような小地域を単位として形成されるものだけが福祉コミュニティなのではな い。 各地の福祉コミュニティ化に向けた実践をみても, 一定地域内ですすめられる小地域活動 だけでなく, 特定地域に限定されない脱地域的なネットワーク型活動に注目する必要がある。
それというのも, 現代社会における共同性というものに着目するならば, 地域性と共同性の契 機が一致しない状態が広まり, 地域性の弱い取り組みや, 脱地域型のネットワーク活動も, 人々 の絆や共同性をつよめる重要機能を担い, その今日的可能性への期待が高まっている。 各地の 当事者・当事者家族の組織化, それらを支援するボランティアグループなどの場合にも, その 多くが地域というものを基盤としたり意識することなく, 目的や関心を共有する人々が絆を結 びあい, 新たな共生や共同性を創出し, 福祉コミュニティが形成されている。 そこに近年, 福 祉コミュニティも町内会や学校区などの小地域を範囲とする場合と, 脱地域的なネットワーク
やグループの2つに類型化して, トータルに捉えることが必要になっている12)。
しかし, この類型区分も, 多分に理念的である点を忘れてはなるまい。 兵庫県社協で長い実 践経験を持つ沢田清方は, 福祉コミュニティづくりを地区を想定して網羅的な組織を活用する
〈網打ち方式〉, 地域で自発的にやりたい人を募る〈この指とまれ方式〉, とそれぞれをユニー クな名称で呼んで区別している13)。 この両者は地域福祉活動における参加方式の基本類型では あるが, 地域での実態に目を向けると, むしろその性格を併せ持ったり, 曖昧な組織や活動が 多数存在している。 そして, それらの活動を接合したり, 相補性を高めることは地域福祉のす ぐれて実践的な課題でもある。 福祉コミュニティと呼ぶべき活動や地域が存在しない, 見当た らないというような場合もあろうが, 大小の異質で多様な活動が広がり, 福祉コミュニティが 重複したり, 交錯するような状態を多く作り出すことが, 地域の福祉力を高めることにつなが る。 福祉コミュニティには, 人と人との絆や同一性の感情を基礎とした, 多様でヒューマンな 複線的な共同のあり方が指向されているのである。
3. 本プロジェクト研究の意図と取り組み
1) 研究意図と調査地域
すでにみてきたように, 福祉コミュニティは地域福祉の目標とされることが多いが, そのあ り方や実態というものも, 地域の実情を反映して複雑多様な点に特徴があるといわれる。 そし て当然のことながら, その形成化の方途や筋道, 可能性もまた多様であると考えられている。
そうした地域性や個別性のつよい, 福祉コミュニティの実態や形成化のプロセスを, 一定の地 域内でリアルに捉えようとする, 個別的・事例的な調査研究は, 福祉コミュニティという名称 を直接用いる場合だけでなく, 地域福祉実践やコミュニティワークといった名称のもとに, こ れまでも数多く蓄積されてきた14)。 しかし一定の地域や活動を超えて, かつ比較といった視点 や方法によって, 福祉コミュニティにアプローチする調査研究となると, ほとんど皆無といっ ても過言ではないかもしれない。
本プロジェクトによる研究は, 首都東京に隣接する埼玉県の秩父郡小鹿野町と上福岡市を調 査地域として設定し, そこでの複雑で多様な福祉コミュニティ形成の可能性に迫ろうとしたも のである。 その際, われわれは福祉コミュニティを支える住民の福祉活動や意識を焦点にしな がらも, 行政による保健福祉施策・サービスの展開, さらに地域社会の構造的特性といった, 福祉コミュニティの背景や文脈を重視し, かつこれら三つの視座から重層的, 総合的に福祉コ ミュニティ形成の可能性に接近しようとした。 またそこでは, 本プロジェクト研究のタイトル が示すように, 比較の視点を導入して捉えようとしている。 そのことにより一定地域において, 福祉コミュニティを支える活動や人々の意識を, 個別的, 具体的に調査研究するだけでなく, 多様性を超えてみられる福祉コミュニティの共通性や普遍性とともに, そこでの相違性や個別 性にアプローチし, 福祉コミュニティ形成を支える担い手や活動の特性, 福祉コミュニティの
推進や支援の方策, その類型化や比較分析への知見を得たいと考えた。
この調査研究でいう比較とは, 社会事象への科学的, 実証的な研究に不可欠な〈くらべる〉
という視点, つまり広く方法としての比較を意味しており, プロジェクトメンバーの一人ひと りが執筆担当部分において, 有効かつ必要な比較の視点, 方法を工夫しているはずである。 そ れゆえに, さまざまな比較が行われているが, それをいくつか具体的に例示するならば, 仮に 大きく〈地域〉と〈人=担い手〉の二つのレベルに区分すると,〈地域〉レベルでは上福岡市 と小鹿野町との地域比較, 同一市町内における地域ごとの比較などが考えられるし, また
〈人〉のレベルならば, 一般住民と担い手との比較, 両地域ともにアンケート調査で3つ選定 した担い手類型間の比較, などが当然のごとく考えられよう。 ただし, その場合にも, 数量的 な多少を比べること自体よりも, むしろそれぞれの実情に即して地域の特性や住民性, 文化や 歴史という文脈のなかで活動や担い手に注目し, そこでいかなる役割を担い, また行政や社協 が支援をしているかを掬いだし, それを比較検討していくというような視点やスタンスをとる ことに意味があるといえよう。 それゆえに本プロジェクトでは, 福祉コミュニティ化に至る文 脈とプロセスを重視し, 安易な数値化や単純な比較には, 慎重さが要請されると考えた。 つま り比較という方法や視点を採ることで, よりいっそう地域の個別性や独自性を強く意識するこ とを含意している。
ここに本調査研究においても, これらの比較によって多くの類似や差異などを明らかにして いくことに加わえて, 多様な福祉コミュニティ形成化に向けての, 地域での相互関連やトータ ルな把握をしていくことが, よりいっそう重要なポイントになる。 それゆえに本調査研究では, 上記のような比較の視点や方法に立脚することにより, 両地域における福祉コミュニティ化に つながる背景や要因を捉え, 相互に比較考量するなかで, 各地域がもつ福祉コミュニティの多 様な発展可能性に迫ることにしたい。
今回, 調査研究の対象地域に選定した埼玉県内の二つの地域は, ともにすぐれた保健医療福 祉行政や社会福祉協議会による実践活動を積極的に展開し, 地域の福祉形成に先駆的取り組み を続けてきている市町である。 いわゆる福祉先進地と呼んでよい地域にほかならない。 しかし 同時に, この二つの地域をみると, その地域的特性や福祉形成のあり方は, むしろ対照的といっ てよいような印象をもつ。 このことは本報告のなかで, その詳細が逐次明らかにされることに なるが, ここではごく簡単に, この埼玉県小鹿野町と上福岡市の地域的, 福祉的な特徴的に言 及しておきたい。
周知のように, 小鹿野町のある秩父地域は埼玉県西部に位置するが, 同町はさらにその西の 荒川左岸にあり, 山と緑に囲まれた人口1万2千人の中山間地域である。 小鹿野町は戦後も早 い時期に町立病院の設置, 保健婦活動の充実など, 住民の生命と健康を守ることに大きな力を 注いできた町であり, 現在も 「地域包括ケアシステム」 をキー・コンセプトに, 意欲的な福祉 づくりを展開している。 空き教室を利用してのデイサービスも, 町行政によりすすめられて県 内初の実施例となっている。 また秩父を象徴するお祭り以外にも, 伝統と文化に支えられる住
民活動には注目すべきものも多く, 近隣での濃密な人間関係と互助は大きく変化しつつも, い まもなお存在して機能している町である。 その反面で, 住民による福祉活動への参加などは概 して少なく, 住民参加による福祉づくりを支援する町社協の法人化も1992年と遅く, 今後の事 業展開が期待される段階にあるといえよう。
こうした小鹿野町の保健福祉のあり方は, 一言でいえば行政主導による福祉の推進実施を特 徴として展開してきたといえよう。 しかし近年, 町行政が掲げる地域包括ケアシステムを有効 に機能させていくには, 地域の特性である面識性や知悉性の高い人間関係をいかした近隣互助 や, 住民参加による地域福祉活動を活性化し, 行政施策と住民活動との有機的な組み合わせや 協働化が必須条件である, と考えられ始めている。 行政主導型福祉をすすめてきた小鹿野町に とっても, 住民参加による福祉コミュニティの形成化が, ようやく地域課題として登場してき たのである。
いま一方の調査地である上福岡市は, 都心から30㎞圏内の県南西部にあり, 人口5万4千人, 面積6.81という小さな住宅都市である。 東武東上線で池袋まで30分前後の距離と都心へのア クセスがよく, 高度経済成長期の1959年には当時東洋一といわれた公団住宅の建設を契機とし て商店も急増し, 1960年に福岡村から福岡町へ, そして1972年には 「上福岡市」 となった。 そ の後, 人口も1974年には安定していくが, 地元出身者よりも都内や地方からの転入者が圧倒的 に多い典型的なベッドタウンであり, 近郊都市としての性格をつよく持っている。 それゆえに 住民や行政にとっても, 地域での人々のつながりを新たにつくる必要性の高い地域であったと いえよう。 ちなみに1981年には, 市民自身による有料・有償サービス 「上福岡市福祉バンク」
を誕生させたことにも象徴されるように, 上福岡市は住民による参加活動, 住民運動や学習活 動が活発な地域といってよく, 福祉分野に限らず, 教育, 文化, 体育, 環境, まちづくりなど, 広範かつ多岐にわたっている。
上福岡市社協の法人化は1974年に行われ、すでに30年余りの歴史を刻んでいる。 その間, 同 市の地域福祉の推進に重大な役割を果たしてきたといえよう。 ちなみに1970年代後半には, 市 社協を中心に 「一人暮らし老人の会」 づくりを支援し, やがてそれを基盤にして, 近隣住民を 見守りチームとして組織化する 「見守り活動」 (1985年) を提唱し, いまも同市の代表的な地 域福祉活動の一つとして発展している。 さらに20年以上も前から, 高校生ワークキャンプに着 手しただけでなく, 活動の場を施設から在宅に移したプログラムの開発など, 福祉教育やボラ ンティア活動にも意欲的である。 また小地域活動の基盤となる支部社協も27地区で組織し, 役 員と福祉委員を中心に支部活動を支えるしくみが作られている。 1989年には, 社会調査で明ら かになったニーズ充足に向けて, 住民相互で支え合う, いわゆる 「住民参加型在宅福祉サービ ス」 も始めている。 このように各地区の民生委員や行政をはじめ, 地域の福祉諸資源とも協力・
協働して, 小地域福祉活動をすすめたり, 地域の住民ニーズに即応したサービス提供など, す ぐれた福祉実践を蓄積してきた社協である。
2) プロジェクトによる取り組み経緯
このプロジェクトは, その発足の経緯からいえば, 立正大学社会福祉研究所の1998年度から 2000年度にわたる 福祉コミュニティの形成に関する総合的研究−秩父市の場合− の継続研 究として位置づけられるものである15)。 本プロジェクト研究をすすめるに当たっては, 前回プ ロジェクトの福祉コミュニティの形成に関する成果や課題をふまえ, それをさらに発展させる 内容であることが求められた。 そこで今回の福祉コミュニティの調査研究では, 単一地域への 事例的アプローチに終わらせることなく, 複数地域における比較研究にすること, また福祉, 心理, 健康, 教育など各スタッフの専攻分野での独自の視点と立場からの学際的なアプローチ を超えて, それらを統合化, 構造化していくような視点や方法, 構成をとることを基本方針に 据えた。 また前回のプロジェクトでは, やむを得ない事情があったとはいえ, 調査地の決定も 大幅に遅れて研究3年目に入るなど, 調査研究の進行管理の必要性を改めて確認してスタート している。
本プロジェクトは2001年7月に発足して以来, 約2年数か月にわたって調査研究活動を続け てきたが, ようやく終結の段階を迎えようとしている。 ここでは簡単に, 本プロジェクトの足 跡を記しておこう。 プロジェクトを立ち上げにあたっては, 前回プロジェクトのメンバーを中 心に打ち合わせを重ね, 7月の立正大学社会福祉研究所の所員会議において, プロジェクト研 究として正式に承認された。 その後, プロジェクトの組織体制づくりやメンバー間の問題関心 の共有化をすすめるなかで, 本調査研究における課題に整理検討をくわえ, 調査候補地の選定 を同2001年12月までに終えている。 それを受けて2002年に入ると, 候補地域の行政や社協に調 査研究実施に向けての打診や打ち合わせを重ねていき, 2002年3月には上福岡市と小鹿野町の 両地域を調査対象地に確定している。 このように前回プロジェクトからの反省と蓄積にくわえ, 両地域の協力を得ることができることにより, プロジェクト発足後, 約8か月で福祉コミュニ ティに関する調査地の決定にこぎつけることができた。
それ以降, 本格的に両地域における福祉コミュニティ形成に関する資料等の収集・分析をは じめ, 現地踏査, 社協や行政, 地域や福祉活動を支える人々=担い手を対象とするヒアリング を数多く実施してきた。 とくに2002年の5月と6月に小鹿野町, 9月には上福岡市において町 役場と市社協の全面的な協力のもとに, プロジェクトスタッフを調査員として地域福祉活動の 担い手を対象とするヒアリング調査を実施している。 これによって有益なデータ収集を行うこ とができ, 両地域における地域や福祉, 住民活動の実情や課題もかなり明らかにされたし, 翌 2003年のアンケート調査実施にも貴重なデータを収集することができた。 これらの調査研究の 蓄積と検討をふまえて, 2003年7月には両地域で合計8種類の調査票を作成して, 主に郵送調 査法によるアンケート調査を実施した。 いうまでもなく, 調査実施に至るまでには, 事前の両 地域との打ち合わせや企画・事前準備, 調査票作成に向けての調査枠組みの検討を経て, 8種 類の調査票を完成させている。 そして, 調査票の回収も7月下旬にはすべて終えることができ,
一連の集計作業に入っていった。 ほぼこの時期に, 本調査研究報告の構成, 各人の執筆分担も 決定されている。 調査の集計作業も, 8月中旬には終了して, 各スタッフによって調査データ の分析がすすめられ, データの補足収集や確認, 原稿執筆の時期へと移っていったのである。
4. 本プロジェクト研究の構成と枠組み
1) 本調査研究の構成
次いで, 本調査研究の構成に関して少しふれておきたい。 先に 「1. 福祉コミュニティ形成 の今日的意義」 でも指摘したように, いまや福祉コミュニティを必要としない地域など存在し ない。 しかしそれは, だまっていても自然にできるというものではない。 福祉コミュニティの 形成化に向けた, 多くの地域住民や当事者による意図的で継続的な営為が不可欠だし, それを 支援する市町村の社協や行政による働きかけが重要なポイントとなる。 さらにいえば, 各地で 形成される福祉コミュニティも, それぞれの地域の歴史, 経済, 文化, 自然などの諸条件にく わえ, 人々の健康や生活を支える保健医療福祉をはじめ, 生活関連の諸施策・サービスの整備 状況によっても, 大きく影響を受ける。 それは複雑多様な地域性や住民性を背景に, 住民活動 や地域文化のなかで生みだされるものといえよう。
そうした福祉コミュニティのあり方を踏まえて, 本プロジェクトではメンバー全員による議 論や討議とともに, 効率的な研究推進を意図して, 当初より大きく3つのグループ (部) に分 けて調査研究活動を進めてきた。 本プロジェクトで設けたグループは, 第部 「地域への構造 的アプローチ」 (チーフ:山本信良), 第部 「地域における保健福祉施策の展開」 (同:田代 国次郎), 第部 「地域における住民福祉活動」 (同:稲葉一洋) である。 調査研究活動をすす めるにあたっては, 各グループ間の調整と全体的な統合化を必要不可欠とした。 そこで本プロ ジェクト内の討議も, プロジェクトとしての問題関心の共有化や方向性をきめるための全体討 議, 各グループごとに具体的な調査研究をすすめるためのグループ討議, そして主にチーフに よるグループ間の調整や討議を行ってきている。 本研究報告の全体構成は, 目次に示したとお りであるが, グループ (部) ごとに以下のプロジェクトスタッフによって組み立てられている。
第部 地域への構造的アプローチ
山本 信良・山口 忠利・近藤 武明 第部 地域における保健福祉施策の展開
田代国次郎・原田 壽子・森下 陽美 第部 地域における住民福祉活動
稲葉 一洋・須賀 和彦・森下 陽美・宮田まり子・
高木 博史・岡田 幸子・長岡 理子
ただし, それ以外にも, 福祉コミュニティに関するアンケート調査の設計・実施の場合など には, 第部と第部のメンバーによって, 調査枠組みや調査票の検討をはじめ, 調査の実施 や集計がいわば共同作業として行われた。 なお, このアンケート調査では, 立正大学社会福祉 学部の学生十数名が調査票の発送や集計に参加, 協力してくれている。 また桑原陽子も, 立正 大学を退職する平成15年3月まで本プロジェクトに参加し, 担い手のヒアリング調査にもすぐ れた報告レポートを残していることを付記しておきたい。
2) 福祉コミュニティに関する調査計画
既に触れたように, プロジェクトの最終年である2003年度の夏には, 第・第部のスタッ フを中心として, 合計8種類の調査票を用いて 「福祉コミュニティの形成に関する調査」 (以 後, 「福祉コミュニティ調査」 という) を企画実施している。 この調査は一次資料の収集とい う点では, 2002年実施の担い手ヒアリング調査の規模を大きく超えて, 本調査研究において最 大のものとなっている。 それゆえに調査の企画をはじめ, 調査票の作成にも, これまでの調査 研究の成果や知見を踏まえて検討を行ったし, とりわけ2002年度に実施した 「担い手」 を対象 としたヒアリング調査に多くを学んでいる。 ここでは以下, この福祉コミュニティ調査の概要 を記しておくことにしたい。
調査の目的
この調査は, 本プロジェクトの研究目的を達成すべく構想され, 企画実施されている。 つま り埼玉県の上福岡市と秩父郡小鹿野町において, 複雑で多様な福祉コミュニティの実態や可能 性に, 住民の福祉活動や地域・生活・福祉に関する意識や行動をとらえ, 比較の視点を導入す ることにより迫ろうとした。 換言するならば, 調査地域における福祉コミュニティの形成を考 えていくための基礎データを収集し, 住民による福祉活動の推進や福祉コミュニティ形成の多 様な可能性に接近しようとしたものといえよう。
調査の内容と種類
この 「福祉コミュニティ調査」 では, 上記二つの地域において 「担い手」 と 「一般住民」 を 対象に調査を実施している。 なお担い手調査に関しては, 地域福祉活動を担い, 福祉コミュニ ティを支える人々を 「担い手」 としてとらえた。 そして両地域とも共通に〈民生委員〉〈ボラ ンティア〉を担い手群として選定したほか, 小鹿野町では〈保健補導員〉を, 上福岡市では
〈福祉委員〉を, それぞれ対象として調査を行った。 また一般住民は, 当該地域に在住する成 人を電話台帳より無作為抽出法により選んでいる。
そのため作成した調査票も, 各地域ごとに一般住民用の調査票を1種類, 担い手用の調査票 を3種類, 合計して4種類, 両地域を合わせると8種類となっている。 そこでは福祉コミュニ ティの多様な可能性とともに, 各 「担い手調査」 と 「一般住民調査」, および各担い手相互の 関連を捉えられるような共通の調査枠組みの検討を行い, 決定した調査枠組みに即して, 各調 査票が作成されている16)。
調査内容の構成
「福祉コミュニティ調査」 の調査内容 (項目) は, 以下のとおりである。 そのうち1〜4が
「担い手調査」 と 「一般住民調査」 の共通項目であり, 5 「担い手にみる活動と意識」 は 「担 い手調査」 のみの項目となっている。 また5の1) の②の活動内容は, ボランティアを対象と する調査のみの項目である。 なお, これらの調査結果および分析については, 部の2 「小鹿 野・上福岡地域における福祉意識の比較」, 部 「福祉コミュニティの担い手への接近」 でそ れぞれ行われている。
1 調査対象の基本属性
①性 ②年齢 ③世帯構成 ④職業
⑤住居形態 ⑥居住地区 ⑦居住年数 2 コミュニティと地域課題
①居住地区の特徴 ②地区のまとまり ③近所づきあいの程度
④地域団体への加入 ⑤現住地への定住意思 ⑥困ったときの相談先
⑦地域の生活問題
3 住民福祉活動への参加の現状と意思
現在の活動参加と今後の参加意思 (それぞれ全15項目) 4 住民の福祉意識への接近
①在宅支援の考え方
②担い手に関する認知−社協 保健補導員 福祉委員 民生委員
③社会福祉に関する意識−社会福祉のもつ意味 5 担い手にみる活動と意識
1) 活動の実態と動機 ①活動年数 ②活動時間・内容 ③活動の動機 2) 活動上の問題と評価 ④活動への積極性 ⑤活動して良かったこと
⑥活動上の悩みや困りごと ⑦活動の活発さ
⑧福祉力としての評価
3) 今後の活動のために ⑨今後の活動の方向性 ⑩活動への支援方策