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― ― 途上国から先進国へのアップヒル型直接投資の動機分析

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(1)

途上国から先進国へのアップヒル型 直接投資の動機分析

―中国企業の対米直接投資を中心に―

1

苑 志佳

【要旨】

21

世紀に入ってから,世界の対外直接投資は大きな変化が生じている.それ は,これまで直接投資受入側の発展途上国から多国籍企業が出現しているという 現象である.したがって,一部の途上国多国籍企業は先進国にも投資している.

途上国から先進国への直接投資が「アップヒル型直接投資」

( Uphill FDI )

と呼ば れる.発展途上国からの対外直接投資が急速に拡大していることは,伝統的な経 済発展理論および直接投資理論からは説明しづらいことであり,そのメカニズム を解明する必要がある.本稿はこの問題意識を抱え,中国企業の対米直接投資に 照準を合わせ,既存の先行研究のサーベイを行ううえで,中国多国籍企業の対米 直接投資の動機を明らかにし,その今後の方向性についても分析を行ったもので ある.本稿の分析を通じて,「中国企業による先進国へのアップヒル型直接投資 は,従来型の先進国企業の直接投資の動機と異なり,先進国企業から戦略型資産 を獲得しようとする動機を持つ」という重要なファクトファインディングが明ら かにされた.

【キーワード】

 アップヒル型直接投資,中国多国籍企業,戦略型資産

1 本稿は,立正大学経済研究所の研究助成

( 2013 , 2015 , 2016

年)を利用してアメリカ へ現地調査を行った際に入手した情報とデータに基づいて作成したものである.

(2)

はじめに

2000

年以降,世界の対外直接投資はかつてない動きが見られた.それは途上国 の資本が先進国市場に投下され始めたことである.本論文は,途上国企業による 対先進国への直接投資の動機に焦点を合わせてこれを解明しようとするものであ る.

一般的に直接投資

( FDI-Foreign Direct Investment )

とは,外国の企業に対し て永続的な権益を取得するもしくは経営を支配することを目的に行われる投資行 為をいう.国際通貨基金

( IMF

では,直接投資は親会社が投資先の企業の普通 株または議決権の

10 %

以上を所有する場合,もしくはこれに相当する場合を直 接投資であると定義している.一般的には上記のような直接投資を行う企業は多 国籍企業

( MNEs )

と呼ぶ.

広く知られているように,

19

世紀以降,とりわけ第

2

次世界大戦以降,世界に おいて数多くの多国籍企業が誕生し,世界中の市場へと拡大していった.これら の多国籍企業は欧米や日本をはじめとする先進国を出自とした企業である.この ため,多国籍企業を研究する分野では先進国企業を想定したうえで構築された理 論・仮説・モデルが多い.たとえば,多国籍企業の理論分野におけるカリスマ的 な研究者のハイマー

( Hymer ) ( 1976 ),バーノン ( Vernon ) ( 1966 )

は,米国企業 の国際化についての初期の研究において多国籍企業は先進国で誕生し,その後,

発展途上国へと国際事業展開を行うことが前提としている.つまり,資本の国際 間移動方向も,豊かな国から貧困な国もしくは同等の豊かな国へ向けられる.こ の方向での資本移動はダウンヒル型直接投資

( Downhill FDI ,「下り坂型対外直

接投資」)と呼ぶ

( Jurgen & Zhang ( 2010 )).

ところが,

2000

年以降,大きな変化が生じている.それは先進国を投資本国と する多国籍企業だけではなく,これまで投資受入国とみなされてきた発展途上国 から多国籍企業も出現しているという現象である.近年,この動向はますます鮮 明になっている.国連貿易および開発機構

( UNCTAD )

が発表した『世界投資報

2013

年』によると,

2012

年の世界対外直接投資額は

1

3,910

億ドルであっ

(3)

て前年比で

2,870

億ドル減となったが,その減額分は,もっぱら先進国企業によ るものであった.逆に,世界の対外直接投資総額に占める途上国地域企業の割合 は史上初めて

3

割に達した.そのうち,東アジア地域の途上国企業は

4

分の

3

占めた.途上国企業による対外直接投資額はこれほど高い割合を占めるのが戦後 以来のことである.このトレンドは今後しばらく続くと同報告書が予測している.

したがって,一部の途上国多国籍企業は先進国にも投資している.上記の「ダウ ンヒル型直接投資」に対して,途上国から先進国への直接投資が「アップヒル型 直接投資

(上り坂型対外直接投資)」( Uphill FDI )

と呼ばれている.対外及び対 内直接投資に占める発展途上国の役割が高まっていることは,国内貯蓄が不足す る一方で,国内の投資機会が多い発展途上国にとっては当然であるが,こうした 発展途上国からの対外直接投資が急速に拡大していることは,伝統的な経済発展 理論および直接投資理論からは理解しづらいことであり,そのメカニズムを分析 する必要がある.

本稿は上記の問題意識を踏まえ,中国多国籍企業の対外直接投資に照準を合わ せ,既存の先行研究のサーベイを行ううえで,中国多国籍企業

16

社による対米 進出の事例を中心として中国多国籍企業の対米直接投資の動機を明らかにし,そ の今後の方向性についても分析を行う.

1. アップヒル型対外直接投資に関する先行研究

途上国企業による対先進国へのアップヒル型直接投資に関する先行研究はこれ まで一定の蓄積が存在している.

まず,アップヒル型直接投資について早い時期から理論的に解釈しようと試み たウェルス

( Wells ), ( 1983 )

は,バーノンの有名な「プロダクト・ライフ・サイ クル

( PLC )」のモデルをベースにして途上国多国籍企業理論に適用するようにそ

のモデルを拡張し,独自のアプローチを示している.企業は,直接投資を行って 外国市場で現地企業と競争しあうために,通常,なんらかの競争優位性を持たな ければならない,という点を重視したウェルスは途上国多国籍企業の競争優位性 を次のように分析している.つまり,途上国企業が先進国で広く普及した技術を

(4)

輸入し,それを本国の経済的特殊条件に適応するよう改良し,その改良した技術 を持ってより遅れた途上国へ投資する.具体的にいえば,発展途上国の多国籍企 業は,

1 )

先進国と比較して労働集約的な小規模生産技術

2 )

発展途上国現地で調達する原材料でも生産できるような生産技術

3

顧客との信頼関係から生まれる市場へのアクセス能力

など,によって競争優位を創造できる,と指摘している

(薛 ( 2001 ), 278

頁).

ウェルスによれば,途上国企業が持つ小規模生産技術は,先進国企業の技術に比 べられないほど,低レベルで労働集約的な性格を持つが,これらの技術は小ロッ ト生産に適正で,途上国に特有な小規模で分割市場に向いている,という.した がって,途上国企業による対外直接投資は通常,

「輸出市場防衛」の動機を明確に

持つ.つまり,伝統的な海外輸出市場におけるシェアが奪われるような実態にな ると,途上国企業は,直接投資の戦略をとることによって海外市場をまもろうと する.いいかえれば,途上国企業の対外直接投資は,強い防衛的投資

( defensive FDI

という)性格を持つ.ウェルスの仮説は,途上国多国籍企業の理論研究にお ける画期的なものだといわれているが,ウェルス自身は,途上国の多国籍企業に 対して悲観的な見方をも持っている.なぜなら,上記のように,途上国多国籍企 業の技術能力は,いずれも投資先の現地企業

(とりわけ地場企業)

によって模倣さ れてしまい,やがて現地市場での事業を維持できなくなるからである.ウェルス のアプローチによって,近年の台湾や韓国など

NIEs

の多国籍企業がハイテク産 業において

(たとえば, IT

産業分野),先進国の多国籍企業と競合している現象 は説明できないと指摘されているが,中国など遅れたアジアの多国籍企業の対外 直接投資を説明するアプローチとしては,依然として有効なものであると思われ る.筆者の海外現地から得られた情報を一般化すると,ウェルス流の競争優位性 を作り出す条件として,

4

途上国企業の進出現地

Host

企業との特殊的な同盟関係

5 )

途上国多国籍企業が持ち込んだ生産技術を現地に既存した資源に結合す る能力,

が挙げて追加される.

(5)

次に,ラル

( Lall )

は,インド企業の対外直接投資における競争優位と投資動機 を丹念に研究したうえで,「技術の局地化」(

Technological localization

概念を 提示し,途上国の多国籍企業が持つ特殊な競争優位性を一般化した.ラル

( 1983 )

によれば,

「技術の局地化」とは,

企業はすべての技術を熟知するのではなく,あ る範囲の技術しか知らないということを指す.

「ある企業がより高いレベルへ技術

を変化させることは,その企業はもちろん,その企業と取引する下請企業までも,

高い技術レベルにシフトし,その企業と下請企業はシフトした高いレベルの技術 しか効率的に活用できなくなるということを意味する.すなわち,一旦より高い 技術レベルに切り替えた企業は,再び旧技術を効率的に利用しようとして,旧技 術を再現するには追加的コストは必要となるからである」(薛

( 2001 ), 279

頁).

さらに,ラルは,この「技術の局地化」の概念を使い,次のように途上国多国籍 企業の競争優位性を説明している.つまり,途上国の多国籍企業は,先進国で広 く普及した技術にマイナーイノベーションを加えたり,小規模生産技術に関する イノベーションを行ったり,途上国の市場・環境に適するような製品を開発した りすることによって競争優位性を創造する.このような技術イノベーションや製 品開発は先進国多国籍企業もできるが,先進国企業がそのような技術イノベーショ ンや製品開発を再生するためには時間およびコストがかかるので,結局,先進国 企業は,このような行動を断念せざるをえず,その市場機会を途上国企業に譲る しかないケースが多い.そのため,すでにイノベーションや製品開発に成功した 途上国多国籍企業は,その技術や製品の分野において先進国企業に対して競争優 位を持つことになる.ラルの仮説には興味深い指摘がある.つまり,途上国多国 籍企業による先進国からの技術導入と学習は,単に機械的に模倣したり複製した りすることではなく,導入された技術を吸収・消化することによってイノベーショ ンを引き起こすということである.さらに,これらのイノベーションによって獲 得した独自の特定優位性は,途上国企業の多国籍化をバックアップするコア競争 力になる.「技術の局地化」アプローチは,

PLC

アプローチと違って,発展途上 国多国籍企業が,イノベーションを重ねることによって労働集約的産業から技術 集約的産業に進化できる」(薛

( 2001 ), 279

頁).

そして,ダニング

( Dunning ) ( 1998 )

における「投資発展経路モデル」

(「 Invest-

(6)

ment development path = IDP

モデル」という)は,途上国の対外直接投資を考 察する際の理論的根拠と有効な国際経験を提供した2

. IDP

モデルによれば,一 国の対外直接投資は同国の経済発展経路と水準に大きく左右されるが,一般的に 一国の

1

人当り

GDP

水準と対外直接投資の発展経路は強い関連性をもつ.ダニ ングによれば,一国の投資発展経路が

5

段階に分けられる.第

1

段階では,海外 からの対内直接投資は天然資源の開発に集中し,一方でその国からの対外直接投 資はほとんどみられない.このため,その国のネットの対外直接投資はマイナス になる状態である.いうまでもなくこの段階にいる国は最貧国である.そして,

2

段階になると,海外からの対内直接投資はさらに増加する.これは低賃金労 働力などの輸出指向型の多国籍企業にとって好ましい受入国の経済環境により,

直接投資の流入が増加するためである.ほかの多国籍企業は輸入代替的な産業に おいて,本国からの輸出が高い関税により困難になったことが投資機会となる.

3

段階では地場企業による対外直接投資が起こりネットの対外直接投資状況は 好転される.一人当たり

GDP

の上昇と賃金の上昇により,労働集約的な産業は 比較優位を失い,当該産業の多国籍企業と地場企業はより発展段階が低く,低賃 金労働力が豊富な国々に生産設備を移す.しかし,対内直接投資は依然として対 外直接投資を上回る.また,進んだ新型産業など特定の産業にとって良好なイン フラやクラスターが多国籍企業による直接投資を促進させる.彼らの投資の目的 は第

2

段階でみられた要素追求型ではなく効率追求型になる.第

4

段階では一人 当たり

GDP

はさらに高くなり,ネットの対外直接投資はプラスになる.賃金高 騰が地場企業の対外直接投資を促進する要因になる.地場企業のうち,対外直接 投資を増やし,複数の子会社を持ち多国籍企業になるものも現れる.この段階に 到達した国は先進国と呼ぶことができる.これらの国々の比較優位は資本集約的 もしくは技術集約的な産業にシフトする.世界中に配置している子会社の数は増 えるため,企業内貿易も増加する.投資段階の第

5

段階になると,ネットの対外

2 これについては

Dunning, J. H., R. van Hoesel and R. Narula ( 1998 ) , ʻ Third World

Multinationals Revisited: New Developments and Theoretical Implications ʼ in

J. H. Dunning ( ed ) , Globalization, Trade and Foreign Direct Investment, Pergamon

の研究があり,参照されたい.

(7)

直接投資は,プラス,マイナス,どちらへも振れる可能性がある.このような発 展段階を登る早さはいくつかの影響要因をうける.それらは,

1

資源の構造,

2

市場の大きさ,

3 )

経済発展戦略,

4 )

政府の役割,などである3

最近の欧米人学者によるアップヒル型直接投資の研究にはいくつの論文がある

( Bernanke, 2006; Caballero et al. 2008, and Prasad et al. 2007 ).これらの論

文の多くは,資本移動現象そのものに最大の関心を寄せているが,その中の一部 の研究者は別の視点を提示している.

Caballero ( 2008 )

は,途上国企業の「逆貿 易方向の対外直接投資」―労働集約的でローテクな商品を先進国市場へ輸出する 途上国企業は同時に,先進国の資本集約的でハイテクな分野に直接投資する―

という現象を解明しようとした.彼らの研究のきっかけは近年,途上国企業によ る先進国企業の大型買収

(インドの Tata

グループによるイギリス自動車企業ジャ ガー社の買収や中国企業レノボによる

IBM

社のパソコン事業の買収など)である が,確かに「「弱い」途上国企業は何故,

「強い」

先進国企業を買収することによっ て先進国市場へ進出するか」という疑問には,納得できる説明が必要である.

以上のように,欧米の学者たちの先行研究は,

「途上国企業から先進国への直接

投資」という明確な問題意識を必ずしも持っておらず,途上国企業は何故多国籍 企業化を展開できることができるか」という点に強い関心を持っているにとどまっ ている.

そして,日本にも途上国企業によるアップヒル型直接投資を研究した先行研究 がある4

.まず,柳田 ( 2011 )

は,タイの華人財閥企業

CP

グループの事例を中心 に途上国企業の多国籍化を説明しようとした.先行研究をサーベイした柳田論文 は,タイの華人財閥の対外直接投資を支える競争優位のうち,「ネットワーク能 力」に大いに注目している.

「ネットワーク能力」とは様々な取引相手の補完的な

資源を利用し,自社の利益に転換する能力のことである.

「ネットワーク能力」の

具体的な内容は,①社会的・文化的つながり

②中国

(系)

企業においてみられる

「クアンシ ( Guanxi )」であるという.クアンシとは中国の文化において特徴的な

3 ここの記述は,穴沢 眞

[2011] , 50 〜 52

頁の記述を引用した.

4 日本国内の先行研究には,ほとんど「アップヒル型対外直接投資」という言葉が使われ ていないが,問題意識および問題関心は本稿とほぼ同じである.

(8)

行動様式のことであり,たとえば個人間の贈与,会食,自宅への招待,といった 信頼関係に基づく様式のことである.さらに発展途上国の国内制度が未発達であ る場合,企業はネットワーク関係へと依存すると指摘しており,この能力は技術 などの企業特殊的な所有優位を持たない途上国企業にとって重要な競争優位にな る,と指摘している.結論として,柳田は次のようにまとめている.タイを投資 本国とする多国籍企業は,先進国を投資本国とする多国籍企業と異なる優位性を 源泉として国際化を図ってきた.すなわち先進国の多国籍企業が保有する高い技 術力に依拠した優位性ではなく,

「ネットワーク能力」

に依存した優位性を元に多 国籍化を図ったのである5

.確かに,

この研究は東南アジアの華僑・華人企業の対 外直接投資の動機を説明することができるが,途上国企業の対外直接投資に関す る一般性を有するか否かは若干疑問が残る.

そして,同じ問題意識を有し,台湾および中国企業の対外直接投資現象を研究 した手島

( 2008 )

は,

「動態的比較優位」の概念を引用して途上国企業の多国籍化

を説明している.つまり,発展途上国の多国籍企業が,十分な経営資源を持たな い場合には,不足している経営資源を補うために,外国企業の技術,ブランド,

流通網,研究開発能力,経営力の獲得を目指して,「資産増大型」の直接投資

( created-asset-seeking FDI )

を行う.東アジア地域は,経済発展にあたって積 極的に外国企業の対内直接投資を受け入れる政策を採用した.このような外資進 出は,途上国の工業化実現に大きな影響を与えることにとどまらず,途上国企業 の海外進出を促進する効果もあるという.つまり,先進国企業が,より多くの経 営資源を発展途上国に移転すれば,発展途上国企業にもこれら先進国企業の経営 資源を獲得する大きな機会が生ずる.優れた経営感覚を持つ発展途上国企業経営 者であれば,様々な競争と協調の過程を通じて,自国に進出した先進国企業から,

生産技術,研究開発能力,資金等を獲得することができ,これを自社の強みと結 びつけることによって,国際競争力を強化できる.さらに,自ら先進国に進出し,

そうした経営資源の一層の獲得が図られることもある.そうした企業発展は,当 該国が保有している動態的比較優位,あるいは,競争優位のレベルを超えて行わ

5 柳田

( 2011 ), 228

頁の記述を引用.

(9)

れる6

また,冼・楊

( 1998

は発展途上国の対外直接投資を

2

つのタイプに分類した.

一方は発展途上国から先進国への投資

(直接投資̶ I )

であり,「学習型直接投資」

とする.他方は,発展途上国から他の発展途上国への投資

(直接投資̶ II )

であり,

「競争戦略型直接投資」と呼んだ.初期の「学習型直接投資」を通じて,発展途上

国の多国籍企業は技術を積み重ねるスピードと効果を高め,所有特殊優位を高め ることができる.その後,「競争戦略型直接投資」を通して,市場シェアが固ま る.両者とも,発展途上国が初期の学習型直接投資を通じて,手に入れた技術の ほうが先進国の持っている技術より優れるようになれば,直接投資

-I

から直接投

-II

に転換すると指摘した.たしかにこの仮説は,東南アジアへ進出した中国 多国籍企業のことを説明するに納得できる理論である.たとえば,アメリカとタ イに現地生産を展開したハイアールの事例はこの理論的説明に当たるといえよう7

上記の先行研究は,非常に優れた論点と仮説を提起したが,

「途上国企業のアッ

プヒル型直接投資を行う動機は何か」,という点は落とし穴になっている.この 点は本稿の最大の問題関心であり,解明したいことでもある.そして,本稿は,

上記の先行研究のうち,手島

( 2008 )

の「資産増大型直接投資

( created-asset- seeking FDI )」の概念に注目して展開していく.

2. 中国資本によるアップヒル型対外直接投資の動機に関する仮説

これまで述べたように,ハイマー以来の対外直接投資理論は,企業の独占的競 争優位に注目し,その競争優位が対外直接投資を行える根拠として主張している.

しかしながら,この伝統理論は中国企業による先進国への直接投資行動を説明す

6 詳しくは手島

( 2008 )

を参照されたい.ここでの記述は,手島

( 2008 ) 22 〜 23

頁の内容 を引用した.

7 中国大手電機企業ハイアールは最初,アメリカに現地生産を目的とする直接投資を行 い,さらに日本の三洋電機

(当時)

とも組んで日本に投資した.その後,ハイアールは タイなどアジア地域に直接投資を行い,日米など先進国で学習した経験を持って現地生 産を展開した.

(10)

ることが困難である.なぜなら,先進国へ投資する中国企業は先進国企業に比べ て優れた競争優位をほとんど持っていないからである.たとえ中国国内で成功し た一部の企業

(ハイアール,華為,レノボ, TCL

など)をみても,そのほとんど は過去

20 〜 30

年の間に大きく成長したものに過ぎない.したがって,これらの 企業は常に,経済体制シフトとこれに伴う企業制度変更に由来した諸問題にも直 面したと同時に,海外先進国企業の対中進出によって激化した市場競争にも強い られている.このため,中国企業は常に存亡の境界に徘徊していた.先進国多国 籍企業と競争する中国企業は最初から先進国企業と同レベルの技術的競争優位も しくは優れた企業管理ノウハウ・生産システムを持っているわけではない.この ように,先進国多国籍企業に対して競争劣位しか持たない中国企業は「独自の競 争優位」を持たざるを得ない.重要なポイントとして,この「独自の競争優位」

は先進国企業のそれと異なる「競争優位」でなければならない,という点が挙げ られる.中国市場で成功した中国企業の経験からいえば,これらの独自の競争優 位は下記のものがある.

   

( 1 )

自国市場の需要に適合する商品を企画する能力    

( 2 )

比較的低いコストで商品を量産する能力    

( 3 )

独自の販売チャネルを開拓・確保する能力    

( 4

自国市場を開拓・深耕する能力

実は上記の独自の競争優位は,中国に進出した先進国企業が持っていないもの であると考えられる.逆に中国企業は,これを市場競争に適合する武器として使 用し,特定の市場に一席の地位を確保する.つまり,中国企業が持っている競争 優位の所在は,本国市場に立脚し,一部の産業分野に限定する低コストで商品を 量産する能力にある.本稿ではこれを「局地的競争優位」と呼ぶ.これに対して,

多くの技術集約的・資本集約的な産業分野において中国企業は先進国企業と並べ る競争優位を有しない.もし,競争優位論をベースに基づく伝統的直接投資理論 から上記の現実を考えれば,中国企業は先進国へ直接投資を行うはずもないであ ろう.ところが,現実は必ずしもそうなっていない.〔図

1 〕

は,過去の

10

年間 に中国企業が欧米諸国へ直接投資を行った動きの変化を示すものである.この資 料は便宜上,

「欧米諸国」を 「先進国地域」として扱い,

途上国の中国から先進国

(11)

7.0% 8.6% 16.3%

93.0% 91.4% 83.7%

䠎䠌䠌䠑ᖺ 䠎䠌䠌䠕ᖺ 䠎䠌䠍䠐ᖺ

Ḣ⡿ 䛭䛾௚

図 1 中国企業による対欧米直接投資の推移

(フロー)

出所:『中国対外直接投資統計公報』各年版により作成.

の欧米諸国へ投下されたアップヒル型の直接投資を想定するものである.また,

年度ごとの変化をみるためには,投資のフロー金額が使用されている.この資料 から下記の点を強く示している.つまり,

2005 09 14

年の間に,中国企業によ る対外直接投資全体に占める対欧米諸国へのアップヒル型直接投資シェアは,

7 %,

8.6 %, 16.3 %

と一方的に上昇していることがわかる.この統計上の変化―中国

企業によるアップヒル型直接投資の増加―の原因について,上記の競争優位論 では説明できないであろう.

では,競争優位を持たないとされる中国企業は何故,先進国への投資を増やし ているだろうか.この問いに強い関心を持つ学者は中国国内にもいる.呉

( 2007 )

は,興味深い仮説を提起している8

.呉 ( 2007 )

によれば,中国企業によるアップ ヒル型対外直接投資の動機は,短期利益の追求というものよりもむしろ,明確な 戦略的なものへの追求である,という.したがって,この明確な戦略的動機は何

8 呉先明

( 2007 ) 「中国企業対発達国家的逆向投資 :

創造性資産的分析視角」

(中国語) 『経

済理論与経済管理』

2007

10

月版

(武漢大学経済与管理学院).

(12)

であろうか.

「それは戦略型資産 ( strategic assets )

の獲得とグローバルな競争基 盤の獲得ほかない」と,呉

( 2007

が指摘している.

実際,これまで,「戦略型資産」という概念がすでに存在していた.ダニング

( 1998 )

によれば,企業の対外直接投資に関わる資産が

2

種類に分かれる.

1

つ目 は「自然型資産」

( natural assets )

と呼ばれるものである.このタイプの資産は,

自然と関わる天然資源を象徴するもの

(自然資源,土地,鉱山など)

と,訓練され ていない労働力を含む.

2

つ目は,

「戦略型資産」 ( strategic assets )

9 である.戦 略型資産は,自然資源に基づいて人間の持続的努力によって作られた知的資産で あると同時に企業の競争優位の源泉でもある.さらに,戦略型資産は有形的なも のと無形的なものに分けられる.有形的な戦略型資産は,物質的資産

(設計図,

産設備,生産指示書など)と財力的資産

(企業の債権,資金など)

を指す.これに 対して無形的な戦略型資産は,専有技術,ブランド,商標,組織能力,販路,制 度などを指す.言い換えれば,無形的戦略型資産は一般的にヒト,所有権,制度 および特殊な能力に関わる知識,ノウハウ,学習能力,経験および組織能力であ る.いうまでもなく,戦略型資産は「知識」という共通点を持つ.しかも戦略型 資産は,企業がグローバル競争に勝ち抜けるかどうかを決める最も重要なポイン トでもある.しかし,知識をベースとする戦略型資産は,必ずしも市場取引によっ て獲得することができるものではない.たとえ市場取引を通じて獲得することが できるとしても,その取得の広義的コストはきわめて高い.なぜなら,ほとんど の戦略型資産は非市場取引的な性格―暗黙性,不明確さ,曖昧さ,無形など―

を持つので,取引経由による取得は難しいからである.結局,戦略型資産を効率 的に獲得する場合のポイントは,

「ヒトを中心とする」もの (獲得する側と受け入

れる側の人的接触,人的コミュニケーション,技術指導など)である.一般的に いえば,技術者の転職や創業によって生まれる技術資産の外部移転,いわばスピ ルオーバー効果は戦略型資産の企業間移転のチャネルの

1

つだと考えられるが,

これによって戦略型資産をフルセットで別の企業に移転することは困難であり,

外部性の限界もある.戦略型資産を最も効率的に獲得する方法は,組織化された

9

「戦略型資産」は「創造型資産」( created assets )

もしくは「増大型資産」とも呼ばれ るが,本稿では,これを「戦略型資産」と統一使用する.

(13)

チャネルを経由するものだと考えられる.いいかえれば,企業が戦略型資産の所 在地

(国)

に自社の組織を設置することは,戦略型資産を効率的に吸収する方法で ある.

一般的には,途上国に比べて先進国における技術的人材の集中度と戦略的資産 の形成にかかわるインフラおよび技術開発の意欲と生産効率は,比較的に高いレ ベルにある.そのため,多くの新技術・新発明および高いレベルの戦略型資産の 大部分が先進国に存在する.これらの戦略型資産を確実に獲得しようとする途上 国企業のグローバル行動は,アップヒル型対外直接投資に至る.

そして,戦略型資産を獲得する目的で先進国に進出する途上国企業にとって

3

種類の進出方法はあると考えられる.その

1

つめは,現地生産拠点

(工場・事業

所)の設置である.この進出方法によって次の効果があると考えられることがで きる.

( 1 )

現地のサプライヤーや販売業者と緊密な協力関係を確立することができ

( 2 )

現地の優秀な技術人材および管理人材を雇用することができる

( 3 )

新製品や新生産方法に関する情報をリアルタイムで入手することができ

( 4

関係産業分野のビジネスチャンスを掴むことができる

( 5 )

現地生産を通じて先進国の管理ノウハウや技術を吸収することができる

; 2

つめは,先進国において技術情報収集・開発機能を持つ事業所であり,技術 開発センターや情報センターの名目での在外組織である.生産機能を持つ現地工 場・事業所に比べて戦略型資産を獲得する機能面では若干落ちるが,先進国にお ける情報収集事業所の設置は,先進国の知識情報や製品情報などを収集すること ができる.いいかえれば,途上国企業は先進国に耳と目の機能を置き,先進国で 生まれる最新技術情報,管理ノウハウを獲得することができる.

そして,

3

つめの方法は,先進国企業の買収・合併である.上記の

1

つめの方

(現地工場・事業所の設置)

に比べて先進国に既存した企業の買収・合併を通じ て下記の利点が加えられる.

( 1 )

海外事業の展開スピードが速い

(14)

( 2 )

新たな設備や追加投資は必要としない場合が多い

( 3

既存の商品ブランドおよび販売チャネルを継続して利用することができ

( 4 )

もっとも重要な点として,既存企業が保有していた生産設備,人材,技 術,ノウハウをまるごと取得することが挙げられる.

しかし,先進国企業の買収・合併による戦略型資産の取得方法は高いリスクも ある.まず,先進国の買収対象企業は戦略型資産に当たるかどうか,という判断 は簡単ではない.とりわけ海外進出経験が浅い中国企業にとってこのような判断 は困難である.次に,既述したように,戦略型資産は,非市場取引的な性格―

暗黙性,不明確さ,曖昧さ,無形など―を持つため,買収後,技術者の転職や 組織の変更などの原因によって戦略型資産が流失してしまう恐れがある.せっか く獲得した戦略型資産が見えない形でなくなった前例が少なくない.そして,第

3

に,買収された先進国企業に存在した戦略型資産およびこれに関わる諸要素

(組

織,文化,戦略など)をうまく統括する能力も戦略型資産を継続して保有できる かどうかに関わるポイントである.

以上の説明から明らかにされたように,途上国企業による先進国へのアップヒ ル型直接投資は,従来型の先進国企業の対外直接投資とかなり異なる性格と動機 を持つことがわかる.本稿では中国企業による対先進国アップヒル型直接投資に 関する動機について下記の仮説を設定する.

中国企業による先進国へのアップヒル型直接投資は,従来型の先進国 企業の直接投資動機と異なり,先進国企業から戦略型資産を獲得しよ うとする動機を持つ.

以下では中国企業による対米直接投資を中心に上記の仮説を検証するが,その 前に中国企業による対米直接投資の歴史的沿革および現状について概観する.

(15)

3. 中国企業の対米直接投資の沿革と現状

3‒1. 対米直接投資の沿革

米中間の相互直接投資は

1970

年代までにほぼ発生しなかった.その主な原因 として,政治的・外交的な対立が挙げられる.中国の建国直後に勃発した朝鮮戦 争とこれに中国が参戦したことをきっかけに米中間は激しく対立したため,互い に直接投資を行う可能性がなくなった.

ニクソン大統領による中国訪問

( 1972

年)および国交正常化

( 1979

年)以降,

米中間の経済交流は再開し,貿易・直接投資も徐々に回復した.

1978

年,中国で は改革開放の方針が導入されたことをきっかけに相互間の直接投資は増え始めた.

おおざっぱにいえば,

1978

年から

2003

年までの時期は米中間直接投資の第

1

階にあたるということができる.しかし,この間の直接投資は,もっぱら米国企 業による少額の対中直接投資であり,逆に中国から米国への直接投資は極端に少 なかった.

先行研究によると10

, 1978 〜 2003

年の

25

年間に中国企業の対米直接投資ストッ ク金額はわずか

5

億ドル程度に過ぎず,年平均では

2

千万ドルの低水準であった.

この時期には,アメリカ企業による対中直接投資が主体であった.中国企業の場 合,条件を備えた企業は対外直接投資が可能になったが,複数の政府機関の審査 と認可を要するなど厳しい制限があった.同時に,外貨の制約もあったため,対 外直接投資資金の貸付もなかった.したがって,この間の中国企業による対米直 接投資は,本格的な「直接投資」ではなく,一部国有企業の市場情報収集を主業 務とした在米駐在員事務所であった.

そして,

2004 〜 07

年の間に中国企業の対米直接投資は第

2

段階を迎えた.こ の期間中の対米直接投資額は上記の第

1

段階の投資総額の

4

倍弱のレベルに達し

18.81

億であったが,年平均では

6

億ドル前後にとどまり,対米直接投資大国

の英国や日本に比べてゲタ違う低レベルであった.この段階における対米直接投

10 郝潔

( 2013 ) 「我が国の対米直接投資の新しい動向,原因および障害について」 『中国経

貿導刊』(国家発展改革委員会誌)

34

期.

(16)

資額はそれほど巨額な金額に達していないが,第

1

段階に比べて興味深い変化が いくつか見られる.まず,対米直接投資は

2004

年から連続して増え続けるとい う現象は最大の特徴である.

2001

年末に世界貿易機構

( WTO )

に加盟したこと をきっかけに中国企業は海外進出を市場戦略として構築し始めた.これは対米直 接投資を拡大した理由だと考えられる.第

2

に,米国企業を買収する形で対米進 出という選択はこの段階で現れ,この後の対米直接投資のパターンを作ったので ある.その有名な事例は,レノボによる

IBM

パソコン事業の買収であろう

( 2005

年).第

3

に,製造業を中心とする本格的な対米直接投資はこの段階よりスター トした.これを象徴するのは,シカゴを中心とする中西部工業地帯への対米直接 投資である.中西部に位置する

9

つの州は,アメリカ製造業の半分以上を占める が,

2005

年までに中国企業

30

社はこの地域に投資した.投資分野は,自動車部 品,コンテナ搬送車両,工作機械,草刈り機,携帯電話用二次電池などに及ぶ.

製造業分野への直接投資は,これまで見られなかった現象であり,本格的な対米 直接投資を象徴する動向でもある.

そして,

2008

年から現在に至る時期は,中国企業による対米直接投資の第

3

階である.この段階の最大特徴は,対米直接投資の継続増加である.この現象に はいくつかの背景がある.金融危機の発生によって米国内では投資不足という流 動性問題が発生したため,海外からの直接投資が歓迎された.また,米国各州は 失業問題に直面したため,外国企業の投資による新規雇用および既存雇用の維持 という期待もあった.そして,米国の再工業化も中国の対米直接投資へインパク トを与える.金融危機後の米国は高付加価値の製造業

(先進的な製造技術,スマー

ト型製造,新エネルギー,バイオ技術,情報科学技術などの新興産業)の発展に 取り組み,高い競争力を持つ新工業システムを再構築するようになった.これら の産業分野への外国投資が歓迎された.また,金融危機から徐々に脱出しつつあっ た米国では,不動産市場の回復が目立つため,不動産分野への海外企業の投資も 活発になった.一方,中国側の背景をみると,対米直接投資に有利な事情もあっ た.国内消費不振に陥った中国市場の減速は企業の収益を圧迫したため,企業は 海外市場に活路を求めて対米投資に踏み切った企業が多い.そして,人民元の対 米ドルの為替相場の上昇およびこれに連動する労働コストの上昇も企業の対米進

(17)

出を後押する.さらに,市場化改革を経験した中国企業自身の国際競争力は飛躍 的に強まったことは対米投資を支える力でもある.マクロ経済面では,

3

兆ドル 以上の巨大な外貨準備という金融的な好条件は企業の対米投資を可能にした客観 的条件である.

中国企業の対米直接投資の第

3

段階における投資規模,業種,投資主体は,前 の段階に比べて大きく変化した.

〔図 2

は,

2003

年から中国企業による対米直接 投資額のフローを示すものであるが,この図における

2008

年の動きが目立つこ とがわかる.まず,

2008

年の対米直接投資額は前年度に比べて倍増した.リーマ ンショックが発生したことをきっかけに世界全体の対外直接投資は大幅に落ち込 んだなかで,中国企業による対米直接投資額が逆に大きく増えたことは,意味深 い.この時点より,対前年比で投資金額が倍増するのはほぼ常態化となった.そ して,対米投資業種別とみると,金融,製造業,採掘業,不動産の

4

業種は最大 の投資分野であり,より本格的な直接投資の様相を呈している.第

3

に,対米直 接投資主体も変化した.これまで対米投資を行った主体は国有企業であったが,

6,505 11,993 23,182 19,834 19,57346,203

90,874130,829 181,142

404,785 387,343 759,613

839,000

図 2 中国企業の対米直接投資の推移

(フロー,万ドル)

出所:『2014年度中国対外直接投資統計公報』中国統計出版社,52頁.

(18)

3

段階に入ると,民営企業は対米直接投資の主役となった.そして,米国の既 存企業を「戦略型資産」として買収することによって対米進出を実現するのは中 国企業の投資パターンになった.

3‒2. 対米直接投資の現状

では,中国企業による対米直接投資の現状はどうであろうか.本節ではこれを 説明する.まず,中国の対米直接投資残高

(ストック)

2014

年現在,

380

億ド ルの規模に達している.対米主要投資国のイギリスや日本に比べて中国企業によ る対米直接投資の開始時期が遅かったため,上記の投資ストック金額は比較的に 低水準にとどまっている

(〔図 3

を参照).一方,対米投資のフロー額をみると,

近年は急増することがわかる

(〔図 2 〕

参照).とりわけ,

2012

( 40.4

億ドル)

2014

( 75.9

億ドル)には,対米投資額は前年比で倍増した.そこで,

2014

には中国企業による対米直接投資に画期的な変化が発生した.

2014

年までの時期 には,中国企業の対米投資額から米国企業の対中投資額を引いた結果,対米純投

66,520 82,268 123,787188,053 238,990333,842487,399 899,303

1,707,977 2,189,956

3,801,097

図 3 中国企業の対米直接投資の推移

(ストック,万ドル)

出所:『2014年度中国対外直接投資統計公報』中国統計出版社,47頁.

説明:2015年の対米直接投資のデータは商務部が発表したものである.

(19)

資はマイナス状態であった.つまり,中国企業による対米投資は,米国企業の対 中投資に及ばなかった.ところが,

2014

年における対米純投資

(〔中国企業の対

米投資額−米国企業の対中投資額〕)は,

52.26

億米ドルのレベルになった.これ は,史上初の出来事である.さらに,

2015

年には,対米直接投資額は史上初めて

80

億ドルの水準を突破した.今後,

100

億ドルレベルに上がるのは時間の問題だ けであろう.そして,

2014

年末現在,中国企業が設立した在米現地子会社数は

3,000

社以上に達して米国に全体で

8

万個の就職機会をもたらした.また,米国

は現在,中国企業の対外直接投資の

3

番目の目的地

(香港,豪州の次)

となった.

次に,中国企業対米直接投資残高

( 2014

年)の業種別分布をみると

(〔図 4 〕

参照),下記の特徴がみられる.つまり,対米投資は,限られた業種に偏ってい る.現在,中国の対米直接投資は

18

産業分野に及んでいるが,そのうち,金融 業への直接投資は,

147.4

億ドルで全体の

38.8 %

を占める最大の投資分野である.

これに次ぐ分野は,製造業

( 65.4

億ドル,

17.2 %),

採掘業

( 44.4

億ドル,

11.7 %),

㔠⼥ᴗ, 38.8%

〇㐀ᴗ, 17.2%

᥇᥀ᴗ, 11.7%

୙ື⏘ᴗ, 7.8%

༺኎ᑠ኎, 6.8% 㟁ຊ䞉䜺䝇䛺䛹, 5.3%

䝸䞊䝇䛸ၟᴗ䝃䞊䝡䝇, 3.7%

஺㏻㐠㍺䞉಴ᗜ䛚䜘䜃㒑ᨻ, 1.7%

⛉Ꮫ◊✲䛸ᢏ⾡䝃䞊䝡䝇, 1.6%

ᘓ⠏ᴗ, 1.5%

Ỉ฼䞉⎔ቃ䞉බඹ᪋タ, 0.9%

ఫẸ䝃䞊䝡䝇, 0.8%

ᐟἩ䛸㣧㣗ᴗ, 0.7%

᝟ሗఏ㐩䛸 䠥䠰 䝋䝣䝖, 0.6%

ᩥ໬䞉䝇䝫䞊䝒䞉ፗᴦᴗ, 0.4%

㎰ᯘỈ⏘ᴗ, 0.3%

ᩍ⫱, 0.1%

䛭䛾௚, 0.1%

図 4 中国企業対米直接投資残高の業種別分布

(2014 年)

出所:『2014年度中国対外直接投資統計公報』中国統計出版社,33頁.

(20)

不動産業

( 25.5

億ドル,

7.8 %)

である.上記の

4

業種は,対米直接投資残高の

7

割程度を占める.もっとも興味深いのは,製造業への対米進出であろう.現在,

中国の製造業企業が米国に設立した子会社による現地生産は,自動車,非鉄金属,

製薬,コンピュータ,通信機器,プラスチックなど幅広い品目に及ぶ.

3

に,中国企業の対米直接投資は現在,買収・合併

( M&A )

の形式で行われ るケースが多い.

2010

年以降,毎年の中国企業の対米投資案件の半分以上は,買 収・合併によるものである.とりわけ,製造業分野への対米投資の大部分は買収・

合併によるものである.

2014

年を例えば,米国既存企業を買収したことによって 対米投資が実現された件数は

93

件に上る.そのなか,聯想集団によるモトロー ラ社の携帯電話事業の買収金額は

31.2

億ドルに達した.したがって,もっと大型 の買収は,その前年の双匯集団によるスミスフィールド社の買収である.中国有 数の民営食品企業双匯集団は,

72

億ドルで米国有数の肉食品加工名門企業スミス フィールド社を傘下に収めた.この点は本稿の問題関心に強く関連している.つ まり,「戦略型資産」を目的とする対米投資は,中国企業の最大の特徴である.

4

に,対米直接投資の主役は国有企業から民営企業へ徐々に交代しつつある.

広く知られているように,中国の対外直接投資は,国有企業がその大半を占める.

ところが,対米直接投資は別のパターンを形成している.つまり,民営企業は対 米投資を主導するようになった.これまで,対米投資案件数に占める民営企業は,

少数であった.たとえば,

2009

年における中国対米直接投資全体に占める民営企 業の割合は

30 %

しかない.ところが,

2012

年には,対米投資案件数に占める民 営企業の割合は初めて

59 %

に達した.それ以降,民営企業の同割合は,

7

割超

( 2013

年),

8

2014

年)へ徐々に高まってきた.一方,国有企業の対米投資は 最近,採掘業と金融業など少数の業種にとどまり,少数派となった.

5

に,中国企業の対米直接投資地域は,ほぼ米国全土をカバーしている.こ れについて米国研究機関ロディウム

( Rhodium )

グループの資料は,比較的詳細 な情報をまとめている

(〔表 1

を参照).

2015

11

月現在,全米に設立された中 国企業の現地子会社数は

1152

社がある11

.その投資案件数の順からみると,上位

11 ロディウム・グループの集計数字と中国政府側が公表した数字の間には大きな開きがあ るが,その原因は今でも不明である.

(21)

1 中国企業による対米各州の直接投資件数

金額残高および投資業種

2000

201511

単位 100万ドル

投資地域総件数残高億ドル農業食品自動車航空基礎材料消費品サービス電力エネルギー娯楽金融バス サービス健康バイオ テクICT工業設備金属鉱物不動産運輸 カリフォルニア州3407700254101251552393084062725942063227317929 テキサス州10156000213464243775020539117137104312630 ニューヨーク州9071000220343745581112311031595612 ミシガン州76300002019602032580534031257160 イリノイ州643900529001117225280140291711644610 ノースカロライナ州5446000120492655092942394002910 ジョージア州36245010045561020166404012 ワシントン州36260002032260253430010553 サウスカロライナ州3562001002092200070003690346 ニュージャージ州3568800031438809333180021111 マサチューセッツ州292600171011027165801311411365051263 オハイオ州2927203001001374030280.517060 バージニア州26890071033053212158100312710526 フロリダ州2282411235153650060120757 テネシー州16443067150103002910402601 ペンシルベニア州152480002120908788328200 メリーランド州161030000251009310010 ネバダ州12183000025840071022071 インディアナ州131680.5501137600152019900.6 コロラド州933800000032900020800 ミズーリ州92860151051200040051000 ユタ州990500040152004600000 ミネソタ州850600310000201118400000 オレゴン州7670040307000500002 デラウェア州6530900002240.50000180 ウィスコンシン州54300209200203300060 ニューハンプシャー州5231088002000000140000 ハワイ州52970000009500041002002 アリゾナ州450002000700000000 アイダホ州4120000001200000000 ネブラスカ州49140010000000003 ルイジアナ州4112000100000000000102 アーカンソー州411000020000000801 アラスカ37000000500000002 ワシントンDC37200000000130200570 コネチカット州3240100002300000000 モンタナ州2410000004100000000 カンザス州22.6000000026000010000 オクラホマ州23500000000346000000000 ミシシッピ州26000000050000010000 アイオワ州2312400000700000000 ケンタッキー州26005000000000010000 ワイオミング州128500000028500000000 ロードアイランド州11000100000000000 メイン州1300000000000000300 ウエストバージニア州15000000000005000 ニューメキシコ州00000000000000000 サウスダコタ州00000000000000000 ノースダコタ州00000000000000000 出所:RhodiumグループHP(http://rhg.com/interactive/china-investment-monitor)に基づいて筆者整理作成

(22)

10

州―カリフォルニア州,テキサス州,ニューヨーク州,ミシガン州,イリノ イ州,ノースカロライナ州,ジョージア州,ワシントン州,サウスカロライナ州,

ニュージャージ州―は,全体の

75 %

を占める

( 867

件).いいかえれば,中国 企業の対米進出は,ごく少数の州に集中する傾向が強い.そのうち,カリフォル ニア州だけへの進出件数は,

340

件に達して全体の

3

割を占める.一方,対米各 州への投資金額をみると,別の様相をみせる.対米投資金額がもっとも多い州は,

件数トップのカリフォルニア州ではなく,中部内陸地域のバージニア州

( 89

億ド ル)である.その理由は,先に述べた民営企業の双匯集団が

2013

年に同州に立地 するスミスフィールド社を買収して進出したことによる.カリフォルニア州は

77

億でこれに次ぐ.そして,ニューヨーク州は,

71

億で第

3

位に付く.その投資 は,金融,不動産およびサービスへ向けられた.そして,中国企業の進出件数順 位で

39

位のオクラホマ州は,対米投資金額で

7

位に相当するが,中国国有エネ ルギー企業による同州への採掘業関係の投資はこれに寄与する.

4. 分析対象と分析方法

4‒1. 分析対象

これまで,中国企業による対米直接投資の概要を説明したが,

1000

社以上の在 米中国企業子会社を網羅して分析対象にするには物理的に不可能であろう.本稿 はこれらの企業の中から

16

社を選定して分析の対象とする.この

16

社に対して 筆者は近年,訪問調査したことを通じて関係データを確保した.以下は,〔表

2 〕

に基づいて

16

社の分析対象企業の概要を説明する.

まず,

16

社の資本所有関係は,対米直接投資の実態に照らして国有・公有企業

8

社と民営企業

8

社を選定した.前述したように,

2012

年までに対米直接投資の 主役は,国有・公有企業であったが,それ以降,民営企業は投資の主体となった.

今後,民営企業はますます対米進出の推進役になるに違いないが,本稿はこれま での事情を踏まえて,すでに在米事業を運営している国有・公有企業を重要な分 析対象として選定した.これによって中国企業の在米投資事業はより客観的に把 握することができるであろう.

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