「つれづれの語義」私考 その(一)
著者名(日) 渡邊 修
雑誌名 大妻国文
巻 31
ページ 159‑171
発行年 2000‑03
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001405/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
﹁ つ れ づ れ の 語 義
﹂ 私考
そ の
︵ 一
、
、
, J
渡 連
修 無住の沙石集に﹁うゑてつれづれ﹂とある︒戦後間もないころ︑道ばたで乳母車の上に板を敷き本を売っていた︒そん
なところで︑岩波文庫本の沙石集を見つけて買い求めたのである︒
﹁天下回干して池の水も酒れ食物もなうしてうゑてつれづれなりける時﹂というのである︒食物がないので腹がへって︑ひ
もじくてたまらぬというのが﹁うゑてつれづれ﹂とは︑
沙石集は一二八
O
ごろに成立し︑あと加筆が行われたとしても︑徒然草が二二一Ol
一三として一世代をへだてただけで 一風変った﹁つれづれ﹂のつかいかたである︒おかしいと思った︒ある
︒
﹁つ
れづ
れの
語義
﹂私
考
その
︵一
︶
五 九
一六
O
そのころ三越の古書部に︑レオン・パジエスの日仏辞書︵一八六六︶がおいであった︒もちろんその内容はキリシタン
版の日葡辞書︵日本イエスズ会︑
一六
O一二︶をもとにしたものである︒それには﹁つれづれ︑トゼン﹂が﹁ヒトリボツチ︑
サ ピ
シ
転じて空腹︑食物ガホシイ﹂とあった︒これは思いがけない訳だった︒びっくりするとともに︑うれしくなった︒
時をへだてずに﹁腹がへってひもじい︑食物がほしい﹂というパジエスの奇抜な解と︑それにちょうどもってこいの沙石
集の奇異の例とがあわせて見つかった︒こんなことはめったにあることではない︑すばらしいことだ︑おもしろい︑興味
をそそられた︑よしもっと続けてしらべよう︑と勢いこんだ︒
徒然草第七五段はこうである︒﹁つれづれわぶる人はいかなる心ならん︒﹂つれづれをきらって困ったことだとなげき︑
不満に思って不平をいふ人︑こんな人の気が知れぬ︑どうかしていると思う︒﹁まぎるるかたなく︑ただひとりあるのみこ
そよけれ︒﹂世俗をはなれてただひとりしずかに︑これこそ最高にすばらしい︑これを超えるものはほかにない︒﹁まぎる
るかたなくただひとりある﹂が明らかに﹁つれづれ﹂の境地である︒
﹁まぎるる﹂は︑ごたごた入りまじりもつれあって︑みわけがつかないので︑とりちがえて﹁あらぬ道﹂にふみまよう
こと︑他のことに心を︑つつしてわき道にそれ︑本来なすべきことがわからなくなり︑忘れてしまうこと︒他のことに気を
とられ正心を失って︑ときに胸にわだかまって心の重荷になっている悩みや苦しみを忘れてしまうことをいう︒﹁まぎるる
かたなく﹂は︑みること聞くことにつけて︑人の心はうごき︑まどわされる︒心の散り乱れ︑迷うことのないように︑ご
たごたした世間の俗事を一切すてて雑念をはらい︑ほかのことは何もしないで︑一事だけに集中専念すべきである︒﹁しづ
かならでは道は行じがたし﹂ひとり世のわずらわしさをはなれ︑心を散らさず︑安らかにみちたりて︑身を静かに︑閑寂
な境地に浸って一事をはげんで道にむかい︑まことの大事をいそぐべきである︒世事一切を放下して︑余事をまじえず︑
ただ
ひと
り心
しず
かに
ある
︑
つまり﹁つれづれ﹂であってこそ︑﹁道をたのしむ﹂ことができるのである︒
四
次に第一七段をみる︒ここでは﹁山寺にこもりで﹂世俗をはなれて山に入り︑
一切
の俗
事を
すて
てひ
とり
静か
に︑
﹁仏
に
っかうまつる﹂ひたすら仏に奉仕してそのほかにすることがない︒これは﹁つれづれ﹂の境地そのものである︒それがい
ま﹁つれづれもなく︑こころのにごりもきよまる﹂という︒両者相矛盾していてうまくない︒考えなおさなければならな
、
、 。
五
停年を間近にひかえた藤村作先生が﹁国語教育論﹂を講じ︑その中で島津久基先生の﹁つれづれの語義﹂を紹介し解説
を加えていた︒この論文は﹁国語と国文学﹂に連載されたものである︒当時の﹁国語と国文学﹂は創刊されて年も経ぬま
まに相当啓豪的であった︒この論文は﹁つれづれ﹂を通じて語釈の法を示そうとしたもので︑その用例は源氏物語のころ
のものが多くをしめていた︒﹁つれづれ﹂の境地をとくのに︑徒然草と近いころのものがもっとあるとよいがとこれを読ん
﹁つ
れづ
れの
語義
﹂私
考
その
︵ニ
ーよー・
ノ、
ノム、
だとき思ったものだ︒島津先生は徒然草の第七十五段に着目して︑﹁つれづれの語義﹂をまとめた︒
先生は﹁まぎるるかたなくただひとりある﹂を明らかに﹁つれづれ﹂の境地であると認め︑﹁まぎるるかたなく﹂はなす べきことのない﹁閑暇﹂であり﹁ひま﹂であるとする︒﹁公私に事なし﹂といった意である︒そこには︑
一切
の制
約か
らは
なれ︑何ものにも束縛されず︑思うままに︑おのが欲するままに︑
ふるまうことのできる自由とゆとりがある︒
一面
︑他
に用事がない︑なにもすることがなくて時間をもてあまし︑ひまでこまることになる︒どうしよう︑なにをしようか︒ひ まつぶしにあれこれと迷ってくだらぬことに時を過ごし︑単調で変化が乏しく気のひかれることもなくて︑もうたくさん
とあきあきしていやになることもある︒﹁つれづれ﹂
の諸
形態
であ
る︒
ほんの一時︑橘純一先生と机をならべたことがある︒先生は﹁つれづれ﹂を﹁閑散無柳﹂と解している︒おもしろいこ とばだ︒先生は﹁閑散﹂することがなくてひま︑﹁無柳﹂仕事がなくて退屈︑という︒退屈は︑
っかれてものうい︑あきて
うん
ざり
︑
いや
にな
る︑
の意だといっていた︒もともと﹁柳﹂には﹁頼・願・楽・快﹂などの意味があって﹁無柳﹂もま
たさ
まざ
まに
用い
られ
てい
る︒
﹁頼
﹂﹁
たの
もし
げ﹂
と訓
じ︑
ささ
えに
なる
︑
いざ
とい
う時
にた
より
にな
る︑
期待
がも
てる
︑ 心強いの意︒﹁願﹂たよる︑たのむの意︒信頼したよりにすることができるので︑﹁やすんず﹂と訓じている︒﹁無柳﹂やす きことなしは︑たよりにならぬ︑たすけにならぬの意︒心さびしく︑不安である︑また︑心楽しいことなし︑うれしくな ぃ︑快ならず︑おもしろくない︒心中常に憂あってはれやらずの意である︒でもやはり︑先生は﹁無柳﹂は﹁退屈
L
とい
う一
一言
につ
きる
とい
って
いた
︒
.......
,
、
﹁つれづれ﹂を一度だけ教室でとりあげたことがある︒そのとき清水享君から﹁蓮如上人御一代問書﹂に次の例があるこ
との
教示
を︑
つけ
た︒
﹁金森の従善にある人申され候︑この間さこそ徒然に御入り候ひつらん︑と申しければ︑善申され候︑我が身は八十にあ
まるまで︑徒然といふことをしらず︑その故は︑弥陀の御恩のありがたきほどを存じ︑和讃聖教等を奔見申し候へば︑心
面白くも︑またたふときこと充満するゆゑに︑徒然なることもさらになく候︑と申され候よしに候﹂
従善は蓮如が不思議の人とたたえ︑世人に法然の化身といわれたほどの人である︒
その身八十になるまで徒然ということを知らず︑その故は︑まず弥陀の御たすけをかたく信じて疑わず︑ありがたくもっ
たいないと思う︑心になやみもなく︑さわやかである︒和讃聖教等には︑たつといことがみちみちて︑いくらよんでも心
をひきつけられて面白く︑もっとよく読みたい︑何度でもくりかえしてよみたいと思う︑もうたくさん︑たんのうした︑
これで十分だと満足し︑あきてしまって︑あとはうんざり︑もういやだと思うことがない︒﹁無厭足﹂ということだ︒﹁面
白い﹂ということばの心は︑面白さに心をひきつけられうごかされて︑みあきることがない︑の意である︒蓮如は︑うぐ
いすの烏さしの狂言をみて︑﹁面白くおぼして﹂ひどく気に入って︑も一度とあくる日もあらためてその狂言を見たという
ことである︒﹁面白い﹂ということばはこのようなつかいかたである︒﹁つれづれならず﹂は申し分なくおもしろく︑心ひ
かれ︑あいていやになることがない︒もうこれで十分だと満足することがない︒もっと進んでみたいききたいと思う意で
ある︒徒然草第十七段﹁つれづれもなく﹂第百三十七段﹁つれづれならず﹂は︑おもしろくてやめられぬ︑もっとみてい
たいという意で︑あきていやになることがないと解するとぴったりする︒第十七段は︑世俗をはなれて山に入り︑ひとり
しずかに龍り居て︑仏に奉仕し修行すると︑このおかげでつれづれもなく︑心のにごりも清まり︑執著をはなれ︑迷妄も
打ちはらわれる︒なるほど後の蓮如のいうように﹁仏法は一入居てよろこぶ法である﹂よ︑といった意味である︒
ここには衆生の信心のまことに仏がこたえ﹁つれづれもなく心のにごりも清まる﹂という︒念仏を行って
︵因
︶そ
のお
かげで浄土に生まれる︵果︶ことを期待するのである︒衆生の信心があつければ仏もまた深く感応するとする︒﹁念仏多く
﹁つ
れづ
れの
語義
﹂私
考
その
︵ご
....L..
ノ、
一六 四
申し︑その功徳によって仏のたすけ給はんずるやうにおもうてとなふる﹂は自力である︒これに反して弥陀の念仏本願を
深く信じて疑わず︑ありがたやもったいなやとよろこびそのうれしさに名号をとなえる︒これは仏恩報謝︑仏徳讃嘆の念
仏である︒﹁御たすけありたるありがたやとおもふ心をもちてよろこびて申す﹂は他力である︒蓮如のことばに﹁ねがひの
ぞむ︑︵これをして御心に叶はんと思ひ御利益を要求する︶自力の人は仏にならず︒弥陀を心からたのみですがりつく︵弥
陀のおたすけを疑はず往生決定と信じて︑ありがたや︑たふとやとよろこび︑そのうれしさに念仏申す︶他力の人は仏に
なる﹂とある︒徒然草と蓮如上人御一代聞書とをよんで︑自力・他力のちがいを知り︑﹁山寺にこもりで﹂の段と﹁従善徒
然を知らず﹂の条をよみくらべて︑徒然草は自力従善は他力であることを実感したのである︒とにかく第十七段は入山龍
居の修行によって﹁つれづれもなく﹂物思い︵憂喜の情︶を忘れて心はればれと︑心身静かに迷いがはらわれて真実のす
がたがあらわれ︑さとりの境地に近づくというのである︒
七
はじめに記した沙石集の話は﹁経論の中に畜生の問答多く見えたり︒大論には﹂という書き出しで大論︵大智度論︶に
のっている話をやわらげて書いたのである︒今原拠である大論の文を沙石集の文と対比してみると︑話のはこびも語句の
つづきぐあいも同じである︒沙石集の著者は︑大論をみながら一句一句を日本語に和げていったようである︒﹁飢窮困乏而
無所控告﹂のところに﹁うゑてつれづれ﹂とあてている︒﹁控止巳は詩の朱伝に﹁控持市告之﹂とあって﹁袖を執ってひき
とめ告げ知らせる﹂ということであり︑﹁ひきとめて話しかける相手がいない﹂︵無所控告︶というのが﹁つれづれ﹂にあ
たることになる︒そこで話は︑﹁食も手に入らぬ︑ひもじくてたまらない︑︵ひとりぼっちで︶相手になってくれるものも
ない︑さびしくて心細いけれども何ともならぬ︑せめて友と話しあうことができればその苦しみを互に分ちあいまぎらす
こともできようがひとりではそれもかなわぬ︒とにかく友を呼んでみようと思って︑蛙に話し相手になってくれないかと
呼び
使い
を出
した
﹂と
いう
こと
にな
る︒
﹁つれづれ﹂を﹁ひとりぼっちで誰もいない︑話し相手になってほしい﹂と解してみると︑徒然草の第百七十段は︑﹁亭
主がつれづれな折に訪れた客が︑早々に帰ろうとするのを︑﹃いましばし﹄とひきとどめ﹁今日は心聞かに﹄語り合おう﹂
というのであるが︑ここに﹁つれづれリ無所控告︵話し相手がいないごという解がピッタリと適合する︒﹁つれづれ﹂は
﹁ひもじくて食べ物がほしい﹂というのではない︒﹁ひとりぼっちで話し相手がほしい﹂というのである︒してみると︑パ
ジエスの日仏辞書の﹁つれづれ﹂の転義﹁空腹﹂の用例とするには︑沙石集のこのところは不適当で︑それは他にあらた
めて
求め
なけ
れば
なら
ない
こと
にな
る︒
康照字典に︑﹁控﹂は﹁説文引也︑庚韻告也﹂とし︑﹁詩劇風控子大邦︑毛伝控引也︑朱伝控持而告之﹂とある︒もとも
と﹁控﹂は﹁引弓﹂又﹁止馬日控﹂の意である︒
さて第百七十段では﹁同じ心にむかはまほしく思はん﹂主がひきとめた︒客は絶好の機会だと喜んでこの申し出をうけ
る︒ところが沙石集の話だと︑主は食にうえた蛇だ︒うっかり誘いに乗ったらあぶないあぶない︒なお︑詩の伐木の﹁喫
其鳴失︑求其友声﹂のところ︑毛詩抄に﹁一人シテナケパ徒然ナホドニ友ヲヨブゾ︑昔ノ友ダチヲ今求ムル﹂とある︒こ
れは
別に
また
考え
るこ
とに
する
︒
) ¥
苦境にあってなやみ苦しみ︑﹁控持而告之﹂というのは︑そでにすがってあわれみを請い︑なきついて同情・助力を求め
る意である︒その苦しみをやわらげ︑なゃみをまぎらし︑なぐさめはげまして力づけ︑苦痛・不安をとりのぞくのである︒
﹁つ
れづ
れの
語義
﹂私
考
その
︵一
︶
一 六
五
一 ム ハ ム ハ
助けてくれ︑なぐさめはげましてくれ︑うしろだてとして力をかし︑支え︑加勢︑合力してほしい︒たのみにしよりかか
ることのできるたより所になってくれ︑と求める意である︒
詩の載馳の詩に﹁控子大邦︑誰因誰極﹂とあるが︑毛詩抄は﹁許ハ小国デ助ケニナラヌ︒衛ハ今一身シテハナルマイ程
ニ︑大国ノ助ヲ得イデハナルマイゾ︑サテ諸侯ノ中デハ︑誰ヲ頼ウデ合力セウゾ﹂と釈している︒この詩は︑許の穆夫人
の作で︑夫人は衛の出である︒里である︵宗国の︶衛の難に際して助勢することも帰って亡兄を弔うこともできないのを
悲しんで作ったのである︒﹁大邦に控れん﹂は大国がとくに目をかけ引きよせて︑世話をし面倒をみてくれることを求める
意か︑毛伝に﹁控引也﹂とある︒﹁誰にか因り誰にか極らん﹂は誰になきっき︑たよろうか︑どの国へ行ってよりっき従お
うかの意か︒韓詩に﹁控赴也﹂とある︒してみると﹁無所控告﹂は︑たよるところなし︑身をよせるところなし︑
つま
り︑
たすけてくれるものなし︑後盾となって世話をし面倒をみてくれる者なしの意である︒
孟子に︑銀・寡・孤・独の四者は︑世にみすてられた不幸なものたちで︑みよりのないひとりものだ︑﹁天下之窮民﹂﹁窮
而無告﹂である︒その世話をし面倒を見る者はない︒誰も手をさしのべない︑たすける者のないあわれなものたちである︒
親類縁者がないからである︒困窮しても︑窮状を訴えるところがない︒助けを求めることがないのである︒昔︑文王は︑
その政のはじめに︑特に目をかけそれらを慰め︑あわれみ︑いたわり︑たすけたという︒孟子はこうした文王の仁政をた
︐
M﹂ −
o
J J J 与 八 手
血を分け︑血のつながったみうち同志は︑親密に交わって︑相より相たすけ︑思い合う心がある︒親類縁者でない無縁
のものは︑親身になって世話をし面倒をみることがない︒沙石集のあとの方に︑蛇は親類縁者のない無縁のものと書かれ
ている︒困窮しても︑たすけてくれる者はない︒手をさしのべ食物をめぐんでくれる者はない︒また︑たよって行ってた
すけを求めるところもない︒﹁無所控告﹂無縁である故に︒
朋友もこんなときあてにできぬ︒自分のなやみわずらうことを打ち明けて訴えても︑﹁それはお気の毒に﹂というだけで︑
なぐ
さめ
︑
いたわり︑はげまし︑力づけてくれる者はいない︒詩の常様の注に﹁当急難之時︑難有善同門来革︑対之長嘆
而巳﹂とある︒この詩は兄弟程大切な事はない︒いかなよい友なれ共兄弟にまさるものはない︒兄弟をしたしみ︑
族
門より合って仲よくしたしもうとうたっている︒
九
蛇は
︑
一に食物が手に入らない︒二に食物が不足してひもじい︒もちろん︑三にめぐんでくれる者はない︑旧友もたよ
りにならない︒四にひとりぼっちで無縁故にたよるところもない︑今﹁飢窮﹂ひもじさは極点に達した︒﹁困乏﹂貯えも底
をついて︑もう何一つ残っていない︑補充はできない︑無一物だ︒このままでは餓死するほかに道はない︒何とかならな
いか︑あれこれと思案したが︑どうしょうもない︒のつぴきならないところまできてしまった︒こまりきったあげく︑苦
しまぎれに︑蛙を招くことにした︒蛙は﹁見参せん﹂というあらたまったことばづかいに︑蛇の下心を見ぬき︑今は非常
のとき︑旧来の友情も無視され︑ただ食物のことしか蛇の念頭にない︒のこのこ出かけていったら︑何がおこるかわかっ
たことでない︒あぶない︑あぶない︑と断りをいって事なきをえた︒蛇のとことんおいつめられ︑せつぽつまって︑
やむ
をえず︑悪いことをしたさまが﹁飢窮困乏﹂の匂にあらわされている︒このように解してはじめて︑論のむすびに﹁こん
なこと︵短乏H乏短︑無一物なこと︶さえなければ︑蛇も悪事を企てることなく︑戒を完うすることができたであろうに﹂
ということばが生きてくる︒
沙石集はこれと結論が異なり︑蛇も天命が限りあれば︑うえで死ぬこともないとしている︒
﹁つ
れづ
れの
語義
﹂私
考
その
︵一
︶
一 六
七
一六 人 十
﹁つ
れづ
れ﹂
の語
義を
まと
めて
みる
︒︵
一︶
ひとりいて﹁つれづれもなく﹂は︑﹁おもしろくて︑もっと次を︑とあきるこ
とが
ない
︒﹂
とす
れば
︑﹁
つれ
づれ
﹂は
﹁お
もし
ろく
ない
︒興
味を
そそ
り︑
心を
ひき
つけ
るも
のな
くも
うあ
きあ
きし
た︒
﹂︵
二︶
ひとりいて話し相手がないと﹁つれづれ﹂︒同じ心にうち語らう相手があれば﹁つれづれもなく﹂うれしい︒いつまで話し
あつでもあきていやになることがない︒︵三︶親類縁者がなくて︑なやみ苦しむことが多くても︑たよるところがなく︑た
すけ
る者
もな
い︑
みじ
めで
︑わ
びし
い︒
心ふ
さい
です
っき
りし
ない
︒﹁
つれ
づれ
﹂が
︵一
一一
︶
のようであると︑︵こ
の﹁
つ
れづれもなく﹂は︑心はれやか物思いもなしの意︒︵二︶の﹁つれづれ﹂も心がすっきりしない︒心に憂あるさまをいう︒
とにかく︑沙石集のこのつつゑてつれづれ﹂を︑パジェスの辞書の﹁つれづれ﹂の転義の用例とするわけにはいかない︒
なるほどでつゑてつれづれ﹂は︑閑散無柳︑何もしないでいて︑ひまで退屈︒閑暇孤独︑することがなくひまで︑ひとり
つくねんとしている︒といった意味ではうまく解けない︑一風変わった用法である︒蛇は﹁うゑてつれづれ﹂腹がへって
ひもじい︑食物がほしい︒そこで蛙を呼び出す︒と解するとうまくいきそうだ︒しかし今までのしらベで︑沙石集の﹁つ
れづれ﹂が﹁空腹﹂の意でないことがわかるであろう︒その上︑腹がへって苦しい︒食物も底をついて何一つ残っていな
いー飢窮困乏ーの上に︑さらに誰も助けてくれない︒とくれば蛇の苦悩のほどがよくわかろうというものだ︒これがパジエ
スの﹁空腹﹂の用例とするわけにいかない︑それは他に求めなければならないとすれば︑いまのところ︑他に適例を見つ
けていないから︑今後に侠たなければならない︒もし他に適例が見つからなければ︑パジエスのこの解はすでなければな
らない︒ことによるとパジエスのこの解は誤りではないかと思われるから︒つまり︑キリスト教に入信する前に仏徒とし
て説教をしていたものが︑種本の一つとして当時世間に弘く流布していた沙石集を読んで︑
てっ
きり
﹁つ
れづ
れリ
空腹
﹂
ときめこみ︑くわしく考えもせずに辞書編修の折︑新しく﹁つれづれ﹂の転義として﹁空腹﹂という項をつくり出したの
ではあるまいか︒これが思い違いとすれば︑他に適例は見つからず︑この誤解から生じた語釈はすでらるべき解となる︒
十
新撰字鏡に﹁償﹂﹁ヒトリ︑又ツレツレ﹂と訓んでいる︒注文によく読みとけないところもあるが︑﹁但一人﹂﹁単己﹂﹁独
単也﹂などの字が読みとれる︒﹁縄問字同在上﹂とある︒この本は︑今は亡き友松尾拾君が︑その家族の疎開後︑家に出入し
ていて︑家人にたのまれて︑私の多くもない蔵書一の中で目ほしいものをとり分け︑庭に穴を掘って入れておいてくれたの
で︑戦火をまぬがれやっと焼け残った数十冊二十部足らずのうちの一つである︒国語学大系は刊行の都度かいもとめてお
いてくれたのをとどけてもらった︒帰還後しばらくの問︑教壇に立つことが許されない︒資格審査を経なければならなかっ
たのだ︒何もすることがないので︑当時一片の鯨肉を求めてデパートの広庭に長い行列をつくっていた︒その列の中にま
じって売出しを待っている問︑大小の漢字が入りまじった新撰字鏡を︑ろくに見もしないで一枚一枚めくっていたから︑
はたからは奇妙に見えたことであろう︑のぞきこんで声をかける人もいた︒﹁何の本ですか︒﹂そうしているうちにこれを
見つ
けた
のだ
︒
この﹁僚﹂の字は康照字典には見えないので︑反切を同じくする同音字を広韻についてさぐると次の通り︒
理眠時一時管荷配智一抑制止日叫ん恥骨概﹃研一醐昨錦繍汗官時一野庶醐炉駈砂糊行和団即位酔騨勲枇世間一糊一明
i t
伸蛸
この中で﹁僚﹂と似た字は﹁憐﹂の字︑注文に﹁俺字同在上﹂とあるそれだ︒他に似たものはない︒新撰字鏡には
﹁つ
れづ
れの
語義
﹂私
考
その
︵一
︶
一 六
九
七 0
長 巨 築 反 畦 円 上 作 誤f
待也逸f
此正作広韻
とて
らし
あわ
せで
みる
と︑
﹁待
﹂は
﹁特
﹂の
あや
まり
であ
る︒
﹁特
﹂は
︑﹁
孤特
ノヒ
トリ
ト云
字﹂
︑た
だひ
とり
ぬき
んで
て
いる︒ひとりずばぬけて﹁人なみはずれて﹂すぐれている︑音ω
︒﹁
逸傑
﹂は
人な
みす
ぐれ
た人
︒
主弔古文作惇傑二形巨管反珪向車己也元兄弟是也﹁単己﹂は︑身すがら︑からだ一つの境涯︑するつみ︑又するすみ︑天涯孤独で︑妻子なく︑住む家もない︒何ももたない
無一
物︒
︵先
の僚
は傑
を誤
った
もの
か︶
︶手
品弔
問渠
管反
作無兄弟
﹁惇ク博︒
とも
ある
︒
十 日 小 ク
嫡
↑ 中
皆憂
也﹂
母ナ
環螺
十仁
一削
昨正
借開
耕一
品川
去d
i説
明一
制り
か︶
一一
反平
己乃
牟
﹁身軽﹂は︑広韻をみあわせると︑﹁身軽便﹂︑音も﹁於縁切﹂とある︒なまめかしくあでやかの意︒
した
がっ
て︑
﹁コ
ノム
﹂
広韻に﹁後 ﹁好﹂の字は﹁好悪﹂の﹁好﹂でなくて﹁美好﹂の﹁好﹂でなければならぬ︒
独也一日同飛也﹂とあるが︑康照字典に﹁後
同疾
也 広 広 広 広 庚 韻 韻 韻 韻 韻 に に に に に 又
「 「 「 「 「 憂
智
I O
煉9
惇6
粟5
究4
思也
同党
古文慌又単也無兄弟也無所依也或作惇螺独也
︵要
点の
み︑
簡略
に記
す︶
上向﹂とあるが︑康照字典に﹁党本作後﹂
驚視﹂とあるが︑字典に﹁衆同驚視也
栗田
東無
所依
一本
作柴
又作
党
輿飴
通
又憂
也﹂
無弟兄也﹂とあるが字典は﹁惇又独也無兄弟日惇
又輿
祭同
﹂
憂也
好也﹂とあるが︑字典に﹁螺輿燦同亦通惇﹂
上岡﹂とあるが字典に﹁智
典出
庁同
﹂
広 広 広 広 韻 韻 韻 韻 に に に に
慌
1 7
↑勾1 3 惣 1 2
飴1 1
独行貌﹂とあるが︑字典に﹁超
独行
也読
若祭
﹂
憂也﹂とあるが︑字典に﹁智憂也或作肉︑又輿惇同﹂
上同﹂とあるが︑字典に﹁拘憂也本作惣亦作情﹂
特也﹂とあるが︑字典に﹁悦古文栄字﹂さらに﹁俺
同環
﹂
ずいぶんゴチヤゴチャしている︒各字とも独と憂の意味をもっているようである︒康問⁝字典の記述によると︑近時の字
書には惇を憂の意とし︑却すを独の意として区別しているが︑経伝をみわたしてみると︑場
T
惇後等の字はあれこれ入りみだれ︑まじりあって︑区別がつかなくなっている︒大抵互いに通用する字であり︑その意味もまた同じようである︒
康照字典はこのまとめに﹁蓋憂従独生﹂と述べている︒﹁ひとりある﹂ことから﹁物思い・心に憂あり﹂
への
うつ
りか
わ
りをたどってみる︒自分だけひとりでいても︑主口凶禍福いりみだれ︑或は喜び或は悲しむ︒或は楽しみ或はなげく︒事に
ふれて気のかわり︑他に心をそらす︒世間には気になることが多い︒ありし昔をしのび今をうれえ︑未発をおそれる︒気
のもめることあり︑気がかりのことあり︑心にあきたりないことあり︑わずらわしさに気もくさる︒胸中の思いをどこへ
もっていこうか︑ひとりでは﹁われとひとしき人しなければ︑思ふこともいはでやみなん﹂﹁腹ふくるる﹂ことではある︒
﹁つ
れづ
れ﹂
は﹁
心に
憂あ
り﹂
心ふ
さい
て︑
晴れ
ずの
心境
︒次
に﹁
孤・
独・
削除
・寡
﹂﹁
無兄
弟﹂
のよ
うに
︑妻
子親
族の
ない
︑
ひとりうど︑ひとりごなど︑たがいにたすけあい︑なぐさめあうものがない︒親身になって世話をし面倒をみるものがな
ぃ︒これではひとにたよれない︒無所依︑よるべなし︒即ち︑取りつく所がない︑よりすがって力をかりるあてがない︒
﹁単独之民︑窮而無所告也﹂﹁物申スコトナドモナイ﹂︑助けを求める事がない︒いざという時にたよりにならぬ︒大事のお
こった場合不安である︒心細い
0
ほんとに気になり︑気をもむことばかり︑なんとしようかと考えれば︑途方にくれる︒あれこれ心にかかっておもいなやむ︒﹁ひとりして心に憂あり﹂これが﹁つれづれ﹂の心境︒
︵そ
の一
完︶
j主
拘子
の字
は宋
本庚
韻の
誤り
︑字
典に
は撃
︒
﹁つ
れづ
れの
語義
﹂私
考
その
︵一
︶