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項 号前段により証拠採用することが 許容されないとされた事例

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判例研究

退去強制によって出国した者の検察官に 対する供述調書について、刑事訴訟法

項 号前段により証拠採用することが 許容されないとされた事例

東京地裁平成 年 月 日判決 判例タイムズ

(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図 るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下、「麻薬特 例法」という。)違反、変更後の訴因:同法違反、関税法違反、認定罪名:

覚せい剤取締法違反、関税法違反 平成 年(合わ)第 号。被告人控訴)

平 江 徳 子

事案の概要

被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、営利の目的で、みだりに、平成 年 月 日(現地日時)、イラン・イスラム共和国内において、覚せい剤約

. グラムを航空小包郵便物に隠し入れて、東京都内の英国国籍を有す る外国人であるA宛てに発送し、同郵便物を、同月 日、大阪府泉佐野市所 在の関西国際空港に到着させた上、作業員に航空機の外に搬出させて、覚せ い剤を日本国に輸入するとともに、同月 日、東京都内の郵便事業株式会社 東京国際支店に到着させ、同月 日、同支店において、東京税関職員の検査

福岡大学法科大学院教授

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を受けさせて、関税法上輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しよ うとしたが、これを遂げなかった。

なお、検察官は、被告人が上記輸入行為を業として行ったとして麻薬特例 法違反(同法 条 号)で起訴したが、本判決はこれを認めず、覚せい剤取 締法における覚せい剤輸入罪(同法 条 項)を認定した。

捜査段階において、Aは、本件に関し、麻薬特例法違反等により逮捕され たが、受け取った郵便物の中に覚せい剤が入っていたことの認識についての立 証が困難であるとの理由で平成 年 月 日に不起訴処分(嫌疑不十分)とな り、釈放され、その際、在留期限である同年 月 日を過ぎていたために収容 令書に基づき入国管理局に収容され、同年 月 日に退去強制により出国した。

公判廷において、検察官が、本件起訴(平成 年 月 日)前に作成され たAの検察官面前調書 通(以下、「本件各供述調書」という。)について、

刑訴法 条 項 号前段により証拠請求を行ったところ、弁護人は、捜査 担当の検察官と公判担当の検察官が、Aが出国間際であることを被告人及び 弁護人に明らかにせず、第 回公判期日前の証人尋問その他被告人又は弁護 人が反対尋問をする機会を失わせたこと等を理由として本件各供述調書には 証拠能力がない旨を主張した。

判決要旨

裁判所は、外国人が入国管理局の退去強制処分を受けたため、公判期日等 において供述することができない場合に、その外国人の検察官面前調書を刑 訴法 条 項 号前段に基づいて証拠能力を認めることについて、最高裁 平成 年 月 日第三小法廷判決(刑集 巻 号 頁。以下、「最高裁平成 年判決」という。)及び東京高裁平成 年 月 日判決(高刑集 巻 号 頁)を引用した上で、これらの判決の趣旨について、「退去強制となった 供述者の検察官調書を証拠として採用する前提として、検察官のみならず、

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裁判所はもとより入国管理当局を含めた関係国家機関が、当該供述者の証人 尋問を実現するために、相応の尽力をすることを求めているものと解され る。」と判示した。

その上で、本件について、「検察官が、当時の状況を踏まえて、被告人又 は弁護人にAに対し直接尋問する機会を与えることについて、相応の尽力は おろか実施することが容易な最低限の配慮をしたことも認められないのであ るから、Aの本件各供述調書を刑訴法 条 項 号前段により証拠採用す ることは、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあっ て、その程度が著しいと認められるし、将来における証人審問権に配慮した 刑事裁判手続を確保するという観点からも、到底許容することができない。」

として、本件各供述調書の証拠能力を否定した。

本判決以前の裁判例の動向 最高裁平成 年判決以前の下級審

⑴ 大阪高裁昭和 年 月 日判決(判例タイムズ 頁)

被告人が、台湾出身の女性らを雇い入れて売春させていた売春防止法違反 事件について、上記女性が検察官による取調べの約 週間後に退去強制によ り出国した事案である。

判決では、「供述者が法定の手続に従って退去強制され国外にいるに至っ た場合であって、とり得る手段を尽くしても公判準備ないし公判期日にこれ を出頭させることができない以上、原則として刑事訴訟法 条 項 号前 段所定の供述不能の要件にあたるものと解される。もっとも、捜査官が、被 告人の証人審問権を妨害する目的で、出入国管理当局に意見を申し入れ、あ るいは供述者に不服申立権の不行使を働きかけるなどして、故意に供述者の

評釈として、上口裕「証人の国外退去強制と証人審問権」(南山法学 巻 号 頁)、田口 守一・ジュリスト臨時増刊 頁)がある。

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退去強制の時期を早めさせた場合、あるいは事件の重大性、供述者の証拠方 法としての重要性その他当該事件の証拠関係等に照らし、被告人の証人審問 権保障のため公判準備ないし公判期日における出頭確保がとくに必要である 供述者であって、出入国管理当局の裁量権の範囲内において容易に相当期間 本邦内に滞留させうる者について、捜査官がその職責上要請される連絡や意 見の申入れを出入国管理当局に対して行うことを怠った結果、退去強制によ りその供述者を公判準備ないし公判期日に出頭させる機会を失わせた場合な ど、特別の事情の認められる場合には、同号前段所定の供述不能の要件をみ たすものとは解しがたい」とした上で、本件については、そのような特別の 事情のないことは明らかであるとして上記女性らの検察官面前調書の証拠能 力を肯定した。

この判決は、手続的正義という言葉は用いていないが、検察官が故意的に 証人尋問を妨害した場合だけではなく、検察官が連絡を怠るなどの過失が あった場合も証拠能力は否定されうることを指摘している点において、後の 最高裁平成 年判決やその後の下級審判例と共通する。なお、検察官が入国 管理局に意見を申し入れて退去強制の時期を早めさせることは制度上考えら れず、この点、この判決には退去強制手続に対する誤解がみられる。

⑵ 大阪高裁昭和 年 月 日判決(高等裁判所刑事裁判速報昭和 年 頁)

被告人が、タイ人女性を自己の管理する場所に居住させ、売春させること を業とした売春防止法違反事件について、タイ人女性らが検察官の取調べ後 まもなく退去強制により出国した事案である。

判決では、「『国外にいる』との要件につきこれを厳格に解し、国外にいる 事情ことに捜査官がことさら被告人の証人審問権を妨害ないし侵害する目的

評釈として多谷千香子・研修 号 頁があり、クリーンハンドの原則を適用すべき事柄で はないかとの指摘がなされている。

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で供述者を国外に行かせたかどうか等を検討し、『国外にいる』ことがやむ をえないと認められる場合に限りこの要件にあたると解すべきである。」と した上で、本件について、「捜査官がことさら反対尋問にさらされない女性 のみについて公訴事実を構成し、或いは入国管理官と通謀するなどして出国 をことさら早めたりしていないことが明らかである」として、タイ人女性ら の検察官面前調書の証拠能力を認めた。

この判決における規範は、「国外にいる」ことがやむをえないか否かであ り、そのような事態になったことについて検察官の故意があるか否かのみを 検討し、検察官の過失については言及していない。

最高裁平成 年 月 日第三小法廷判決

⑴ 被告人らが、タイ人女性らを自己の管理する場所に居住させ、売春 させることを業とした売春防止法違反事件において、上記タイ人女性 名が 検察官面前調書の作成された当日ないし 日後までの間(いずれも起訴前)

に退去強制により出国した事案である。

⑵ 一審の大阪地裁昭和 年 月 日判決は、「検察官がその供述者を 調書作成後意図的に国外に赴かせた場合など、ことさら被告人の公判廷にお ける反対尋問権の機会を失わせたと認められるようなときには例外的に証拠 能力を否定すべきことがありうるにすぎない」とし、二審(原審)大阪高裁 平成元年 月 日判決(判例タイムズ 頁)は、一審の上記判示部分 を支持した上で、これは証拠禁止の問題であるとし、「公判が開かれる時に は既に証人たる外国人が国内にいないという事態は大いに起こり得るところ、

そのような場合、検察官は、被告人の反対尋問権を確保するために第 回公 判前に刑訴法 条、 条の証人尋問の制度の準用が認められるべきであり、

検察官において容易に右制度による証人尋問が可能であったにもかかわらず、

これを怠ったときは、検察官面前調書の証拠能力は否定されるべき」という弁

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護人の主張に対して、「刑訴法 条、 条の制度は、もともと捜査機関に十 分な捜査を可能にさせるために、捜査に必要な資料の収集およびその保全の方 法を認めた制度であり、かつ、被疑者、被告人、弁護人には同法 条による 証拠保全の方法も認められているのであるから、本件のような場合においても、

検察官には同法 条、 条による証人尋問を請求する義務はない」とした。

⑶ 最高裁は、 条 項 号が伝聞証拠禁止の例外を定めたものであ り、憲法 条 項が被告人に証人審問権を保障している趣旨から、供述人が 国外にいることになった事由によっては証拠能力を否定すべきであることを 示唆した上で、「(退去強制処分を行う入国管理局と)同じく国家機関である 検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期 日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を 利用しようとした場合(以下、「第一類型」とする。)はもちろん、裁判官又 は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強 制送還が行われた場合(以下、「第二類型」とする。)など、当該外国人の検 察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認 められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあ り得るといわなければならない。」(かっこ内は筆者)とした。

⑷ その上で、本件については、検察官が退去強制により供述不能にな ることを殊更利用しようとしたとは認められず(第一類型該当性否定)、前 記タイ人女性 名と同時期に収容されていたタイ人女性 名については、弁 護人の証拠保全請求に基づき裁判官が証人尋問の決定をし、その尋問が行わ れているのであり、前記 名のうち 名については、証拠保全請求がなされ たが請求時には既に強制送還されており、他の 名については証拠保全の請 求がないまま強制送還されていたというのであるから(第二類型該当性否定)、

本件検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠 くとは認められないとして、前記 名の検察官面前調書の証拠能力を認めた。

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なお、大野裁判官の補足意見があり、そこでは、「入国管理当局による出 入国の公正な管理という行政上の義務と刑事裁判における公正の観念及び真 相究明の要請との間に調整点を求めることが必要である」とした上で、被疑 者国選弁護制度がなかった当時の状況から弁護人による証拠保全請求が期待 できないことも多いことや現行法制上、検察官がそのような場合に第一回公 判期日前の証人尋問を行うのも困難であることが指摘され、これらの問題点 について、「このような法の不備は、速やかに立法により解決されるべきで ある。」と述べられている。

⑸ 最高裁平成 年判決に対する評価

同判決は、外国人が参考人である場合の「出入国の公正な管理を目的とす る入国管理当局による退去強制の執行と、公共の福祉の維持と個人の基本的 人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにすべき刑事裁判の要請」と の調整(大野裁判官補足意見)の観点から、検察官面前調書の証拠能力が否 定されるのは「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められる場合」であ るとし、その例示として第一類型と第二類型を挙げたものである。

今回は、この判例の研究がメインではないこと、既に多くの学者が論評し ていることから、ここでその内容を深く検討することはせず、研究対象であ る東京地裁平成 年判決の類型である第二類型の解釈を中心に調査官解説 やその他若干の文献に簡潔に触れるにとどめる。

まず、調査官解説では、第二類型について、まさに入国管理当局による退 去強制の執行義務と適正な刑事裁判の実現との調整の場面であるとした上で、

「具体的事案においては、当該外国人の収容の理由及び時期、強制送還の態 様・時期、検察官による検面調書の作成状況、弁護人選任状況、証人尋問請 求の時期、裁判所による証人尋問決定の時期、関係機関等の連絡・調整状況

池田耕平・最高裁判所判例解説平成 年度

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など」の総合的判断により、「手続的正義の観点から公正さを欠くか否か」

を判断することになると述べられている。そして、「裁判所においては、証 拠保全の請求があった場合には状況に即応した速やかな証人尋問の実施が求 められることになろうし、検察官、弁護人、入国管理当局においても、その 機会をつくるべき協力と調整が求められることになる」が、本判決は、「こ のような証人尋問が可能な状況の下で裁判官又は裁判所の尋問決定がなされ たにもかかわらずあえて強制送還が行われたような場合には、その供述者の検 面調書が証拠として許容されないことがあることを示唆したもの」としている。

一方、検察実務家は、第二類型について、退去強制事由のある外国人につ いて、証人尋問の決定があったとしても、通常の退去強制手続に従って送還 された場合は、手続的正義の観点から公正さを欠くとはいえないとし、証拠 能力が否定される場合として、「検察官において、証人尋問を回避する意図 の下に、裁判所に当該証人予定者が退去強制手続により送還される時期(見 込み)について、殊更虚偽の情報を伝えるなどしたため、裁判官又は裁判所 が証人尋問の決定をしたものの、その尋問期日には退去強制されていた場 合」や「裁判官又は裁判所が証人尋問決定をして、退去強制が行われるまで の間に、これを実施する時間的余裕があったにもかかわらず、検察官が、証 人尋問を阻止する意図の下に、殊更公判期日を引き延ばすなどして、そのた めに証人尋問が実施できなくなった場合」など極めて例外的な場合に限られ るとしている(上野友慈・法律のひろば 年 月号)。同旨の評釈が検察 実務家によって多く書かれたが 、調査官解説では、「限定的すぎるように思 本田守弘・警察学論集 巻 号 頁、津田賛平・研修 号 頁、小山憲明・警察公論 巻 頁、上富敏伸・別冊ジュリスト刑事訴訟法判例百選第 版 頁などが挙げられる。

なお、椎橋隆幸・平成 年ジュリスト重要判例解説 頁では、上野論文を引用した上で、

第二類型について、「検察官等の違法・不当な行動により手続的正義の観点から公正さを欠 くとみられる極端な場合に限られることになろう。」と述べており、同旨の見解と思われる。

また、清水真・法学新報 巻 号 頁もこの判決の射程として検察官が故意に証人尋問の 実施を妨げるケースを挙げており、同旨の見解と思われる。

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われる」とされている。

この点、中谷雄二郎判事は、本判決は、立法的手当の欠缺が刑事手続の公 正さに欠ける事態を生じさせたことを理由として、当該手続により得られた 供述について、事実認定の証拠としての許容性を否定することにより証拠か ら排除するという「不公正手続証拠排除法則」を根拠としているとした上で、

「被告人の立場からみれば、入国管理当局と検察官とは『同じく国家機関』

(しかも同じ法務省の機関)であり、関係機関による証人尋問の機会を確保 するための調整を期待するのは無理からぬところがあるし、立法により調整 を可能にすることも決して困難なことではないと思われる。そして、適切な 立法的手当が採られていればもちろん現行法を前提にしても、証人として尋 問することが合理的に期待できたのに、立法の不備によりその機会が失われ たと認められる場合にも、刑訴法 条 項 号前段にいう『供述不能』に 当るとして証拠能力を無条件に認めることは、手続的正義の観点から公正さ を欠くと評価することができ」、最高裁平成 年判決の第二類型はその具体 例であり、「原則的に証拠として許容されないことを認めたもの」と解して いる(中谷雄二郎「手続の公正と証拠の許容性」 頁 )。

また、福崎伸一郎判事は、最高裁平成 年判決そのものの解釈としてでは なく、その後の制度の整備、裁判例に現れた実際の活動の成果等を踏まえて の見解としてではあるが、「検察官を中心とした国家機関には、被告人の証 人審問権を保障するため、法制度の限界内で誠実な努力を行う義務があり、

その義務を果たさなかった場合は、その者の供述を録取した書面を事実認定 の証拠として使用することはできない。」とする (福崎伸一郎「退去強制と

中山善房判事退官記念「刑事裁判の理論と実務」(成文堂、 年)

このような努力義務にとどまらず、証人提出義務を尽くさなければ伝聞証拠の提出を許すべ きではないとする見解として、前掲上口 頁)、山田道郎「証拠の森」(成文社、 年)

頁がある。

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供述証拠の証拠能力」 頁 )。具体的には、検察官は、「入管当局と連絡を 取り、供述者の強制送還の時期等を把握して、弁護人がある場合には、弁護 人に、ア犯罪の立証のため当該供述者の供述調書を利用する予定があること

(当該供述調書の開示を含む)、イ当該供述者には退去強制事由があり、い ずれ強制送還される可能性があること、ウ当該供述者の所在場所、予想され る強制送還時期等を教示し、証拠保全手続を取る機会を与えるべきである」

とする。なお、 条の利用については「制度の趣旨から考えて、そのよう な運用が義務付けられるとすることが可能か、疑問である」とする。一方で、

「弁護人が機会があったのに証拠保全の機会を徒過したような場合は、当該 供述調書の利用も許されるもの」とする。

さらに、堀江慎司教授は、第二類型について、「憲法の証人審問権保障か らは、検察側公判外供述の許容のためには、第一に、原供述者も公判に喚問 されるか又はそれが不可能であることを証明されなければならない。」と検 察官に原供述者喚問義務があると述べた上で、「また、これには、単に現在 喚問可能な原供述者を喚問するというだけでなく、公判での喚問を実現すべ く前もって積極的に努力する義務が含まれる」ので、「入管法による原供述 者の国外退去が予想されるような場合であれば、検察側には、少なくとも入 管当局も含めた関係諸機関との間で連絡や申入れ、調整等を行い公判での喚 問の実現へ向けて努力する義務があり、これらを怠った過失が認められれば、

公判外供述の許容は証人審問権規定によって禁じられるといわなければなら ない。」とした。その上で、これは努力義務ではあるが、決して不可能を強 いるものではなく、第二類型については、「証人尋問の決定があったときに は『速やかにこれを実施するなり、実施に向けて訴訟関係者と入国管理当局 との協議を期待したものであり、これらを排して強制送還がおこなわれたと

植村立郎判事退官記念論文集「現代刑事法の諸問題」第 巻(立花書房、 年)

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きは証拠能力の否定という結果が導かれることもありうる旨を示したもの』

と理解すべきであり 、また、証人尋問決定に至るまでの段階における関係 諸機関(裁判所、弁護人、入管当局等)との連絡・調整の状況を勘案して検 察側に過失が存するといえる場合にも、証拠能力を否定する余地を排除して いないと解すべきである。」としている(堀江慎司「証人審問権と検面調書」

法学教室 号 頁)。ただ、この見解では、努力義務の主体を検察官として 考えている。

第二類型の要件は非常にシンプルでそのような事態に至るには様々な事情 が考えられるのであるから、これに形式的に該当しただけで、手続的正義の 観点から公正さを欠くという評価になると考えられない。一方で、当時の検 察実務家の述べるような、きわめて例外的で非現実的な場合を想定している とも言い難い。かといって、立法的不備ゆえに、立法に関わることのできな い行政機関である検察官に明文の根拠が不明確な義務を負わし、その違反の みによって証拠能力を否定するような見解は妥当でない。真実発見の要請と の調和も考えるべきである。そこで、私見としては、最高裁平成 年判決は、

堀江論文が指摘するように、第二類型を考える上で、検察官の努力義務違反 といった過失を考慮すること自体は排斥していないが、それだけを判断基準 にはしていないと解する。つまり、検察官の努力義務の不履行を絶対的な事 由とするものではなく、判断要素の一つとするのであり、それ以外に裁判所 の事情、拘置所の事情、弁護人の事情なども考慮し、適正な刑事手続の要請 と入国管理行政の調整を考えて、「手続的正義の観点から公正を欠くか否か」

を判断すべきとしているのである。

では、下級審の裁判官はこの第二類型をどのように捉えたのか。その後の 下級審判例において第二類型該当性について限定的な解釈がなされているの

二重括弧部分は、三井誠・別冊ジュリスト刑事訴訟法判例百選第 版 頁の引用がなされ ている。

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で、主要なものを概観する。

最高裁平成 年判決後の下級審裁判例

⑴ 大阪地裁平成 年 月 日判決(判例タイムズ 頁)

被告人が、国際宅配便を利用してあへんを輸入した事件について、第 回 公判である平成 年 月 日に、国際宅配便の宛先となっていた被告人の内 妻の従兄弟Aの検察官面前調書が不同意となり、検察官から同人の証人尋問 請求がなされ、平成 年 月 日に証人尋問の実施が予定されていたところ、

Aが同年 月 日に退去強制により出国したという事案である。

検察官は、証人尋問決定後直ちにAの収容先である入国管理センターを通 じてAに証人出廷を要請したが、入国管理センターは、「パスポートを所持 し既に出国のための航空券も自費で購入済みの者を同センターとして留め置 くことはできない。本人も予定どおりの出国を希望している。」と回答した。

裁判所は、その旨弁護人に連絡したところ、弁護人も出国を理由にAを証人 として尋問できなくても致し方ないと回答していた。

判決では、「検察官においてAが強制送還され将来公判準備又は公判期日 に供述することができなくなるような事態を殊更利用しようとしたとは認め られないのはもちろん、その後検察官がAの検察官面前調書を刑事訴訟法 条 項 号前段の書面として証拠請求したことが手続的正義の観点から公正 さを欠くとも認められないから、裁判所が同調書を証拠採用したことは許容 されるというべきである。ましてや、本件においては、裁判官がAの再来日 の可能性を探り、同人に対する証人尋問の機会を得ようとして、右調書の証 拠採用の時期を可能な限り遅らせるという配慮までしているのであって、本

評釈として、前掲山田「証拠の森」 頁がある、その他、この判例の評釈として研修 頁があるが、同評釈はコントロールドデリバリーについてのみ取り上げており、検察官面 前調書をめぐる問題については割愛されている。

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件事案の重大性やA供述の重要性を考慮しても右調書の証拠採用に違法不当 な点はなかったということができる。」としてその証拠能力を肯定した。

この判決は、最高裁平成 年判決における第一類型への該当性を否定し、

形式的には第二類型に該当するにもかかわらず、「検察官の証拠請求が手続 的正義の観点から公正を欠くとする事情はない」ことを述べ、さらに、裁判 官が証人尋問実現のための配慮をしたこと、本件事案の重大性及びA供述の 重要性をも考慮して、証拠採用の適法性、妥当性を肯定している。つまり、

手続的正義を考える上で、検察官の行動や努力だけではなく、裁判官の努力 も評価対象をしている。これは、手続的正義とは、訴追する検察官だけの問 題ではなく、刑事手続を行う、すなわち刑罰権を行使する国家の問題である という考え方と思われる。また、排除の要否の判断に当たっては、事案の重 大性や証拠の重要性も考慮しており、真実発見の要請への配慮も行っている。

⑵ 東京高裁平成 年 月 日判決(判例時報 頁)

被告人が、営利目的で覚せい剤や大麻等を所持していたという覚せい剤取 締法違反等事件について、平成 年 月 日に行われた第 回公判において、

被告人と同居し、密売の状況を見聞きしていたAの検察官面前調書が不同意 となり、検察官から同人の証人尋問請求がなされ、同月 日に期日外の証人 尋問の実施が予定されていたところ、検察官が第 回公判終了後に、同月 日にAが退去強制により出国するという情報を得て、その旨裁判所に伝え、

裁判所が同月 日に証人尋問を行うべく予定したが、拘置所の都合により被 告人が同尋問に立ち会えないことなどの理由から弁護人が難色を示し、結局 証人尋問を行うことができず、Aが同月 日に退去強制により出国したとい う事案である。

判決では、「検察官においてAが強制送還され将来公判準備又は公判期日

評釈として、高窪貞人・判例評論 号 頁、前掲山田「証拠の森」 頁がある。

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に供述することができなくなるような事態を殊更利用しようとした事情は認 められない。」、また、上記に述べたような経過で「検察官及び裁判所として は、(証人尋問の実施について)できる限りの手段を講じたといえること、

一方、翌日の東京入国管理局第二庁舎への被告人の押送を突然求められた東 京拘置所が、職員及び車両の不足を理由にこれに応じられないとしたことを もって、一概に不当ということはできないこと、このような状況の下で、あ くまでも被告人の立会いを求めると証人尋問の実施は法的に不可能であり、

Aの出国により二度と反対尋問ができない結果になるから、被告人の立会い がなくても弁護人による反対尋問を行うことは十分な意味があり、かつ、弁 護人及び被告人において、そのような方法を選択する余地がなかったわけで はないことを併せ考える」と、検察官がAの検察官面前調書を刑事訴訟法 条 項 号前段の書面として「証拠請求することが手続的正義の観点から公 正さを欠くとは認められない」としてその証拠能力を肯定した。

この判決は、最高裁平成 年判決における第一類型への該当性を簡潔に否 定した上で、第二類型について検討し、証人尋問が決定した後であっても、

検察官や裁判所が期日変更により証人尋問を実施すべくできる限りの努力を しており、結果的に実施できなかったのは、拘置所のやむを得ない事情と弁 護人の判断にあったのであり、手続的正義の観点から公正を欠くとは言えな いとしたものと言える。ここでも、検察官だけでなく、裁判所の努力を評価 の対象としている。それだけでなく、拘置所の事情も単なる客観的状況では なく、国家側の事情として考慮しているといえる。

⑶ 東京高裁平成 年 月 日判決(東京高等裁判所判決時報刑事 巻

〜 号 頁)

被告人が、Aを殺害しようとしたという殺人未遂等事件について、A及び 参考人B、同Cの各検察官面前調書が不同意となったが、Aは起訴前に、C は起訴の 日後にそれぞれ退去強制により出国し、Bは検察官が同人の検察

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官面前調書を 条 項 号前段により取調べ請求し、証拠決定がなされた 第 回公判期日にはまだ日本国内にいたが、その 日後に退去強制により出 国したという事案である。

判決では、A及びCの各検察官面前調書については、「検察官として、右 両名の各送還前に、右両名の証人尋問を裁判官又は裁判所に求める時間的余 裕などはなかったものと認められる。」として、検察官が両名の各検察官面 前調書を刑事訴訟法 条 項 号前段の書面として証拠請求したことが「手 続上公正さを欠くものということはできない」として、証拠能力を認めた。

一方で、Bの検察官面前調書については、検察官の証拠請求自体客観的に 違法であった上、Bの国外退去の時期についてなど調査を行わなかった裁判 所にも手落ちがあり、これらの事情がなければBの証人尋問の実現を目指し て請求手続を進めることも可能であったのであるから、本件瑕疵は重大であ り、その後、「国外にいる」という条件を充たす状態になったからといって、

「直ちに本件瑕疵が治癒したなどということは許されない」として証拠能力 を否定した。

この判決は、「手続上公正さを欠く」か否かという表現を用いているが、

この「手続上」とは「手続的正義の観点から」と同旨と思われる。そして、

A及びBの各検察官面前調書については、最高裁平成 年判決におけるどち らの類型とも示しておらず、規範である「手続上公正さを欠く」か否かを検 討している。また、Bの検察官調書については、そもそも「国外にいる」と いう要件を満たさない時点で行われた証拠請求及び証拠決定自体に重大な瑕 疵があり、証拠能力がないとしたものであり、「検察官の証拠請求が手続的 正義の観点から公正を欠く」か否かには言及していないことから、それ以前 の問題としていると思われる。したがって、この判決は、最高裁平成 年判 決における第二類型の事案ではない。ただ、基本の考え方は共通するように 思われる。すなわち、この判決では、考慮事情として、検察官だけでなく、

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裁判所の手落ちについても挙げているが、これは証拠採用手続を行ったのが 裁判所である以上、その瑕疵の重大性を考える際に裁判所の手落ちを考える のは当然であるといえる。とすると、「手続的正義の観点から公正さを欠く か否か」でも証拠決定という手続を行う裁判所の手落ちを考慮すべきという ことになろうか。なお、この判決を出した裁判体の右陪席は中谷判事であり、

前記論文が書かれた時期の判決と思われるが、この判決が、「法的手当の欠 缺が刑事手続の公正さに欠ける事態を生じさせたことを理由に証拠を排除す る」いう同判事の見解に基づいているか否かは明らかではない。

⑷ 東京高裁平成 年 月 日判決(東京高等裁判所判決時報刑事 巻

〜 号 頁)

被告人が覚せい剤を譲渡したという覚せい剤取締法違反等事件について、

参考人Aは起訴前に、同Bは第 回公判期日と第 回公判期日との間にそれ ぞれ退去強制により出国したが、最重要証人であるCの証人尋問を先行させ、

A及びBについては証人尋問を行わなかった事案である。

判決では、最重要証人をまず取調べた原審の措置は事案解明のための重要 な手続を履践したというべきである上、A及びBの検察官面前調書は間接事 実もしくは補助事実に関するものであることにもかんがみると、検察官の証 拠調べ請求が手続的正義の観点から公正さを欠くなどとは言えないことは明 らかであるとして、その証拠能力を肯定した。

この判決は、最高裁平成 年判決の規範を使いつつも、複数存在する証人 の重要性の程度から証人尋問の順番を合理的に決めたことで証人尋問が不可 能になってもそれだけで手続的正義の観点から公正を欠くとは言えないとし たところに特色がある。これも、第二類型の事案ではないが、「手続き的正 義の観点から公正を欠く」か否かの考慮要素として、その証人の重要性など 具体的にその事件における事情を考慮している点で参考になる。

(17)

⑸ 東京高裁平成 年 月 日判決(高等裁判所刑事判例集 巻 号 頁)

被告人が、勤務先の飲食店の経営者やその店の関係者とともに麻薬を密売 していたという麻薬及び向精神薬取締法違反事件について、経営者の交際相 手であり、密売に関わっていたAの証人尋問が平成 年 月 日と決定され ていたのに、Aが同年 月 日に退去強制により出国した事案である。

経緯は以下のとおりである。Aは、被告人が起訴された同年 月 日より 前である 月 日には退去強制令書が発付されていたが、Aが旅券を所持し ておらず、送還を拒否しているという事情があったために退去強制の手続が 滞っていた。検察官は、同年 月中旬ころ、Aの収容先に連絡を取り、退去 強制に進展があればすぐ教えてほしいとの申し入れをする一方、裁判所と協 議し、弁護人に証拠保全の手続の検討をされたい旨の連絡をした。しかし、

弁護人はAについて証拠保全の手続は行わなかった。第 回公判期日(同年 月 日)にAの証人尋問を同年 月 日にAの収容先に近い水戸地裁土浦 支部で行う旨決定され、検察官は即日上記収容先にその旨連絡した。ところ が、その後Aに旅券が発給されるなどし、同年 月 日、収容先から検察官 に対し、Aが同月 日に出国する予定である旨の連絡があった。検察官は、

退去強制の延期の可否等を収容先に確認したが、旅券が発給されれば証人尋 問の予定があっても退去させるほかはないとの回答であった。同月 日、A は予定通り出国した。

判決では、「上記判示(最高裁平成 年判決)の趣旨は、供述者が国外に いるため、刑訴法 条 項 号ないし 号所定の要件に該当する供述調書 であっても、供述者の退去強制によりその証人尋問が実施不能となったこと

評釈として、松田岳士・刑事法ジャーナル 号 頁、津村政孝・平成 年度重要判例解説

(ジュリスト 号) 頁、小川桂樹・判例セレクト (法学教室 号別冊付録) 頁 がある。

(18)

について、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあっ て、その程度が著しく、これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判 の理念に反することとなる場合には、その供述調書を証拠として許容すべき ではないという点にあるものと解される。」とした上で、「確かに、裁判所が 外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われ た場合であるが、原審における裁判所及び検察官は、それぞれの立場から、

各時点における状況を踏まえて、Aの証人尋問の実現に向けて相応の尽力を してきたことが認められる。」とし、その尽力が実らなかったのは裁判所や 検察官の責めに帰す事情ではなく、その一方で、「入国管理当局は、検察官 の要請に基づき、Aの退去強制手続の実情を伝えるとともに、その所在尋問 についても、可能な限り協力するという態勢を整えていたことが認められ る。」として、「本件は、Aの退去強制によりその証人尋問が実施不能になっ たことについて、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところ があって、その程度が著しく、刑訴法 条 項 号ないし 号をそのまま 適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には該当しない」

としてその証拠能力を肯定した。

この判決は、最高裁平成 年判決の趣旨をどのように解釈するのかについ て具体的に示し、検察官だけでなくその他の関係国家機関の行動をも考慮す る旨明言したものであり、本判決(東京地裁平成 年判決)にも引用される こととなった。

⑹ 東京高裁平成 年 月 日判決(判例タイムズ 頁)

被告人が覚せい剤の密輸入を行ったという覚せい剤取締法違反事件につい て、「運び屋」のA及びBについて、勾留中に刑訴法 条 項に基づく証人 尋問が行われ、その翌日に釈放されて入国管理局に収容されたが、 週間後

評釈として、石田倫識・法律時報 巻 号 頁、山田道郎・ジュリスト 頁、松田 岳士・判例セレクト (法学教室 号別冊付録) 頁がある。

(19)

には退去強制になった事案である。

経緯は以下のとおりである。検察官は、上記のとおり、刑訴法 条 項 の証人尋問を請求し、その連絡が裁判所書記官から被告人の弁護人になされ た。弁護人が証人尋問期日に出頭したものの、検察官の異議申し立てにより、

担当裁判官は、弁護人の在廷は許すものの、反対尋問を行わせないという決 定を行った。このときまでに検察官は、A及びBを起訴せずに釈放する予定 であることを入国管理局に伝えていたが、弁護人には伝えていなかった。結 局、弁護人は、Aらの出国まで、退去強制の手続が行われていることを知ら ないままであった。その後、公判において、上記証人尋問に基づくA及びB の各証人尋問調書及び同尋問前に作成されたA及びBの各検察官面前調書が 証拠請求され、 条 項 号ないし 号前段に該当するとして採用決定さ れ、取り調べられた。

判決では、最高裁平成 年判決の第一類型の事例として検討し、検察官が 刑訴法 条 項による証人尋問の際弁護人の立会いに異議を申し立てた点 については、刑訴法 条 項による証人尋問には被疑者または弁護人の立 会権及び反対尋問権があるわけではないとして格別不当なものとは言えない とし、検察官がA及びBを起訴せずに勾留満期日に釈放した点についても、

マレーシア警察当局に対する情報提供者あるいはおとり捜査協力者である可 能性があるとして起訴せずに釈放したことも不当とは言えないとし、弁護人 にAらを釈放し、入国管理当局に引き渡したことを通知しなかった点につい て、積極的に通知しなければならないと解する根拠はないとして、不当な措 置であるともいえないとした。そして、検察官らにおいて、上記各措置の結 果、Aが国外退去にさせられ、被告人の公判手続において供述できなくなる という事態を不当に利用しようとしたものとはいえないし、他にそうした不 当な意図があったことをうかがわせるような事情も認められないとして、A 及びBの各供述調書の証拠能力を肯定した。

(20)

この判決は、本稿で問題としている第二類型についての判例ではないが、

最高裁平成 年判決以降の下級審判例にみられる、公判期日における証人尋 問実現に向けた検察官の尽力を求める考え方はとらなかった点で特徴的であ るので参考のために挙げた 。

小括

上記で見てきたように、最高裁平成 年判決以降、特に最近の判決では、

その判例理論を採用し、その濃淡はあるものの、検察官に証人尋問実現のた めに尽力する義務を課し、その過失を検察官検面調書の証拠能力の判断にお いて重視し、さらに、検察官だけでなく、裁判所や入国管理当局にもその尽 力を求める傾向にある。しかし、上記判例の中で、最高裁平成 年判決のこ の理論で検察官面前調書の証拠能力を否定したものはない。

上記理論及び傾向は本判決において受け継がれているが、本判決では、こ の理論を用いて遂に検察官面前調書の証拠能力を否定したのである。

本判決についての考察

本判決は、最高裁平成 年判決の上記判旨及び前記東京高裁平成 年 月 日判決を引用し、最高裁平成 年判決の趣旨について、「供述者が国 外にいるため、刑訴法 条 項 号前段所定の要件に該当する供述調書で あっても、供述者の退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことに ついて、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって、

その程度が著しく、これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判の理

前掲山田・ジュリスト 頁では、「本判決と、被告人の反対尋問権ないし証人審問権 に配慮してきた平成 年判例及びその後の判例との違いは際立っている」と指摘するととも に、その背景として、「国際協力という本件に特有の事情が働いているように思われる」と 述べている。

(21)

念に反することとなる場合には、その供述調書を証拠として許容すべきでは ない」という判旨をそのまま挙げた上で、さらに、この判旨の解釈として、

「退去強制となった供述者の検察官調書を証拠として採用する前提として、

検察官のみならず、裁判所はもとより入国管理当局を含めた関係国家機関が、

当該供述者の証人尋問を実現するために、相応の尽力をすることを求めてい るものと解される。」と述べた。

そして、本件の具体的事情を踏まえ、「被告人およびAの捜査を担当し被 告人を起訴したS検察官と被告人の起訴後の公判を担当したU検察官らは、

Aの供述が被告人の有罪立証にとり重要な証拠であるとともに、Aが近日中 に強制送還されて本件の公判期日において同人の証人尋問を行うことができ なくなる高度の蓋然性があること、その場合に、検察官が刑訴法 条 項 号前段の規定により本件各供述調書を立証に用いること、被告人や弁護人 はその内容について反対尋問を行う機会がないことを認識していたのである から、起訴後直ちに、弁護人に対して、Aの供述調書を証拠請求する見込み や同人が釈放され、在留資格がないことから退去強制処分を受ける可能性が あることを連絡し、弁護人に刑訴法 条に基づく証拠保全としてAの証人 尋問請求をする機会を与えるか、何らかの事情によりこれが困難な場合には、

次善の方策として、検察官がAについて刑訴法 条による第 回公判期日 前の証人尋問を裁判所に請求するなど、同人の証人尋問の実現に向けて相応 の尽力をすることが求められていたといえる。」とし、「本件においては、検 察官が、当時の状況を踏まえて、被告人又は弁護人にAに対し直接尋問する 機会を与えることについて、相応の尽力はおろか実施することが容易な最低 限の配慮をしたことも認められないのであるから、Aの本件各供述調書を刑 訴法 条 項 号前段により証拠採用することは、国家機関の側に手続的 正義の観点から公正を欠くところがあって、その程度が著しいと認められる し、将来における証人審問権に配慮した刑事裁判手続を確保するという観点

(22)

からも、到底許容することができない。」として、本件各供述調書の証拠能 力を否定した。

本判決では、上記に述べたとおり、検察官、裁判所、入国管理当局を 含めた国家機関に証人尋問を実現するために相応に尽力する義務があると明 言した上で、その義務を果たしていないどころか最低限の配慮もしていない として検察官面前調書の証拠能力を否定するに至った。これは、検察官等国 家機関の努力義務の存在を肯定し、その違反があれば「手続的正義の観点か ら公正さを欠く」としたものと言えそうだが、「相応の尽力」だけでなく、「実 施することが容易な最低限の配慮」についても言及し、「手続的正義の観点 から公正さを欠く」程度が甚だしいとしており、程度の問題を指摘している ことから、上記努力義務違反は重要な判断要素であるがそれだけで決まるも のではないと考えているといえる。上記東京高裁平成 年判決の規範にあて はめる形で、「将来における証人審問権に配慮した刑事裁判手続を確保する という観点」を示し、違法収集証拠排除法則における「違反の重大性」と「排 除の相当性」を思い起こさせるような規範を述べているのであり、同法則が 真実発見の要請との調和を考慮しているように、本判決も真実発見の要請や 適正な入国管理行政などとの調和を考慮して、努力義務違反のみで判断する ことをしなかったといえる。

そうとしても、なぜ裁判所がここまで明確に国家機関の義務を述べ、その 義務違反を厳しく指摘し、重要証拠の証拠能力を否定するに至ったのか。

思うに、一つは、裁判員裁判の影響であると考える 。すなわち、否認事 件における裁判員裁判では、裁判員に供述調書をはじめとした捜査書類によ

本判決の弁護人であった小松圭介弁護士は、「本件は裁判員裁判対象事件であり、だからこ そ本件のような決定が生まれたということは間違いない」と述べている(季刊刑事弁護 号

頁)。

(23)

る立証を極力避け、口頭主義、直接主義を徹底し、証人尋問によって裁判員 に心証を形成させようとしている。そのため、裁判所が検察官面前調書のみ ならず供述調書全般について証拠採用を控える傾向がある。

裁判員裁判にあたっての指針の一つとなっていると思われる、最高裁判所 事務総局刑事局「模擬裁判の成果と課題」(判例タイムズ 号 頁)にお いては、「立証は基本的には人証によって行われることが中心となろう」と されており、司法研修所「裁判員制度の下における大型否認事件の審理の在 り方」(法曹会)においても、「裁判員裁判における立証の在り方については、

基本的には、裁判官室に戻って書証を読み込むことを前提とした従来型の立 証方法はおよそ取り得なくなり、法廷において、裁判官と裁判員が目で見て、

耳で聞いた証拠のみによって、心証を形成しているという在り方に変容して いくことが不可避である。」としている(同書 頁)。さらに、刑事訴訟法 条 項 号後段の問題として述べてはいるが、「捜査段階の供述調書を広く 採用すると、勢い、不必要な部分まで証拠として取り調べられ、争点を増や すことにもなりやすい。もちろん、安易に捜査段階の供述調書に依存するこ とは公判中心主義に照らしても問題であろう」としている(同書 頁)。もっ とも、これは当該供述者を証人として尋問できる場合を想定しているのであ り、供述不能である 号前段にはそのままあてはまらないと思われる。一方、

上記「模擬裁判の成果と課題」の冒頭部分でも、真相の解明という刑事裁判 の基本的な要請を軽視してはならない旨述べられている。しかし、これらの 記載から直接主義、公判中心主義への回帰傾向は顕著なのであり、裁判所が 供述調書の証拠採用を控えることが多くなっている。実際刑事弁護人に対し てその旨の宣言を述べた文書を配付する裁判所もある 。

また、当然のことながら、関連法規が平成 年以来まったく変わらないこ

司法研究報告書第 輯第 号 頁

筆者が被告人の国選弁護を担当したときに経験したことである。

(24)

とに対する問題提起の意味があると思われる。最高裁平成 年判決で、大野 裁判官が補足意見において立法を促す意見を述べているにもかかわらず、

年経った現在までこの法の不備について何ら立法的解決はなされていない。

ここで改めて、出入国管理及び難民認定法(以下、「出入国管理法」

という。)の関連規定を見てみる。同法 条 項において、国又は地方公共 団体の職員は、その職務を遂行するに当たって退去強制事由該当容疑者を 知ったときは、その旨を通報する義務がある。つまり、検察官や警察官が捜 査の過程で被疑者や関係者である外国人に不法滞在など退去強制事由がある と知った場合は、入国管理局に通報しなければならないのであり、証人尋問 をにらんでわざと通報の時期を遅らせることなど許されない。

そして、退去強制対象者該当性の審査(同法 条 項)、退去強制対象者 該当の通知(同法 条 項)、退去強制令書の発付(同法 条 項等)とい う退去強制までの各手続、そして、退去強制令書の執行、すなわち、いわゆ る強制送還(同法 条 項)においても、「速やかに」行うことを要求して いる。「速やかに」の意義としては、無用な身体拘束の時間は極力排除すべ きという意味であると解される 。退去強制のための収容は人身の自由や出 国の自由に対する制約なのであり、現行制度ですら、自由権規約(市民的及 び政治的権利に関する国際規約) 条に反しているとの指摘もある 。

一方で、法が用意する刑事手続と退去強制手続との調整規定は、同法 条 のみである。刑事手続における強制作用と退去強制手続きにおける強制作用 が競合する場合で、既に刑事手続により身柄が拘束されているときには、刑 事手続による身柄の拘束が退去強制手続による身柄の拘束に優先することを

児玉晃一、関聡介、難波満編「コンメンタール出入国管理及び難民認定法 」(現代人文 社)

上記コンメンタール

(25)

原則とすることとして、その合理的調整を図ったものである 。この条文に おける「刑事訴訟に関する法令の規定による手続」とは、刑事訴訟による手 続のうち、身柄拘束に関する手続のみを指すものと解され、逮捕(刑訴 条、 条、 条)、勾留(刑訴 条、 条)、勾引(刑訴 条)を指し、「刑 の執行に関する法令の規定による手続」とは、懲役、禁錮及び拘留の各刑の 執行、死刑の言い渡しを受けた者の拘禁並びに罰金及び科料に代わる労役場 留置の執行による身柄拘束が行われている場合を指す 。つまり、現に身柄 が拘束されている場合についてのみの規定であり、刑事手続上釈放されてい れば、他人の事件の公判における証人尋問の予定があっても、自分の裁判が 確定していなくても、刑罰を受け終わっていなくても、退去強制により出国 することになるのである。

このように、現在の法律では、刑事司法と入国管理行政の調整は誠に 不十分である。

しかし、検察官も入国管理局も行政機関、すなわち法の執行機関であり、

立法機関ではないから、現にある法律を粛々と執行するしかない。裁判所も しかりである。したがって、立法の不備があるとしても、真実発見と刑罰権 の適正な執行を考えて、現行法のもとでどこまでの努力が必要であるのか、

あるいは、どこまでの努力で十分なのかを考えるべきであろう。

まず、公益の代表者として刑罰権の適正な行使と真実追求の責務を負う検 察官が、現行刑事訴訟法が原則とする直接主義、公判中心主義の実現のため に、証人尋問実施に向けて関係各機関と調整を行う努力義務を負うことは否 定できない。そして、故意がなくてもその努力義務を怠り、その過失が軽微

坂中英徳、齋藤利男「出入国管理及び難民認定法逐条解説改訂第 版」(日本加除出版株式 会社)

前掲逐条解説

(26)

とは言えず、供述不能の要件がもっぱらその検察官の過失により満たすこと になるならば、それをもって検察官面前調書の証拠能力を認めることは手続 的正義の観点から公正さを欠くことになると評価されることはやむをえない。

では、検察官には単なる証人尋問実施のための調整だけではなく、証拠保 全としての証人尋問を請求する義務もあるか。

この点、刑訴法 条ないし 条の活用を述べる説もある 。しかし、

条は、取調べを拒否するなどした者に対する尋問であり、供述調書は作成さ れていないことが前提であるから明らかに趣旨が異なる。また、 条は、

その供述者が公判廷で相反供述を行う可能性が要件となっているが、公判廷 で供述不能となる可能性は要件となっていない。しかも、その相反供述の可 能性は、具体的な可能性でなくてはならないとされている (平成 年改正 により、「圧迫を受け」という言葉が削除されたことにより、本条項が活用 できるようになったとの意見 もあるが、改正の趣旨を拡張しすぎとの指摘 がある。)。とすると、その要件を満たさないことも考えられるのであり、使 える場合もあるといえるにすぎない。全く証人尋問せずに検察官面前調書を 証拠として使用するよりも、反対尋問権の保障が不完全とはいえ、裁判官の 面前で行われる 条の証人尋問の方が望ましいのであるから、 条の適用 も検討するのが望ましいということしか言えないのであり、それを義務的な ものとするのは妥当でない。

では、検察官に弁護人の証拠保全を促す義務があるのか。現行刑事訴訟法 は当事者主義である。確かに、証拠保全という点では、弁護人は検察官より

前掲上口 頁、前掲山田「証拠の森」 頁、髙木俊夫「退去強制が見込まれる外国人の証 言供述の確保」小林充先生佐藤文哉先生古稀祝賀論文集下巻

前掲高木論文 頁では、「その疎明を余り厳格に要求すべきではあるまい」とするが、

条を活用すべきという説であるからこその解釈と思われる。

前掲髙木・

前掲山田・ジュリスト

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