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(1)

権利 自白論」の再検討

( 2

・完)

憲一那

Ⅰ は じめに

Ⅱ わが国における現状 と問題点

ドイツにおける議論の展開 1.普通法訴訟の下での状況

2.CPOの立法 とその後の判例の展開 (以上571号) 3.学説の展開

4.ドイツにおける議論の展開の評価

問題解決の方向性

結語 (以上本号)

ドイツにおける議論の展開 (承前) 3.学説 の展開

CPO制定後 の ドイツにお け る学 説 の展 開 を見 て ゆ こ う。 その際,196812 18日の連邦通常裁判所 (以下「BGH」とす る)判決の前後 で議論 を区切 る ( 半部分 を(1),後半部分 を(2)で取 り扱 う)こととす る。前半部分 で は,デム ラー,

ビュー ロー,ヘ ル ヴイヒ, ゾベ ル ンハ イムの議論の ほか, ローゼ ンベ ル クの教 科 書 の記述 に言及す る。 この時期 の議論 において重要 な点 は,学説上 いわゆる 権 利 自白)概 念 が生 成 ,展 開 した こ とで あ る30)。 続 く後 半 で は,先 決 的法 30)わが国の通説である否定説お よび有力説である肯定説 (その うちの岩松説及び

三ケ月説)が形成 されたのは,この前半部分の時期にあたる。兼子 ・前掲注10) 206‑207頁及び三ケ月 ・前掲注9)387頁の引用文献 もそれぞれ参照。

157

(2)

律 関係 に関す る当事者 の一致‑ の拘束力 を否定 した上記BGH判 決 に触発 され る形 で展 開 したバ ウア,ヘ ‑ゼマ イヤー及 びヴユル トヴ ァイ ンの議論 を見 てゆ

くこ ととす る31)0

(1) (権利 自白〉概念の生成 と展 開

デム ラーの見解

CPO施行後 の早 い段 階 でCPO261条 (現〕ZPO288条) 以下 の規 定 す る裁 判上 の 自白に法律 関係 の 自白が含 まれ るか否かが判例上 問題 となった こ とにつ いて は既 に見 た とお りで あ る32)。 こ う した展 開 を踏 まえて問題 に対 す る立 ち 入 った検討 を加 えたのが,1895年 に出 された 『法律 関係 につ いての裁判上 の 自 白』 と題す るデム ラーのデ イ ツセル タチ オー ンであ った33)0

デム ラーは相手方 に よって主張 された法律 関係 を肯定す る陳述 を3つ に分類 す る34)。 す なわ ち,(i)被 告 が原告 に よって主張 され た請求権 を無条件 に認容 す る請 求 の認諾 の場合35),(ii)被 告 が相 手方 の請求権 を認 めつ つ, 同時 に反対 権 に よって防御 す る場合36)(iii)先 決 的法律 関係 を肯 定す る場合37)が それで あ る。 ところで,CPOは請求 の認諾 及 び事 実 自白につ いて は規 定す るが法律 関係 の 自白につ いて規定 してお らず,その本 質 と効力 はCPOの基本 的 な傾 向

31)わが国最初の 《権利 自白》に関する本格的研究 ともいうべ き坂原正夫 「権利 自白 論 (‑)〜 (三 ・完)」法学研究43巻12 (1970年)2086頁以下,同44巻 1号 (1971 年)49頁以下,同442 (1971年)210頁以下が公刊 されたのはこの後半部分の 時期の初期に該当する。同論文及びそれに続 く石田英雄 「民事訴訟における先決的 法律関係についての当事者の合意の効力」司法研修所論集1975 (1975年)1頁以 下,田辺 ・前掲注3)50頁以下の諸業績はそれぞれ当時の ドイツにおける最新の動 向をフォロー しつつ, 自説の展開を行なっている。

32)本稿Ⅲ.2.参照。

33)Demmler,DasGerichtlicheGestandnisvonRechtsverhaltnissen,1895.デムラー の見解 については,坂原 ・前掲論文 (注31)参照) (二)52‑56頁に詳 しい紹介が ある。

34)Demmler,a.a.0.(Ann.33),$1. 35)Demmler,a.a.0.(Anm.33),§2. 36)Demmler,a.a.0.(Anm.33),§§3und4.

37)Demmler,a.a.0.(Anm.33),§5.

(3)

(Grundanlage)か ら引 き出さなければな らない38)。裁判官 は係争法律 関係及 び請求権 についてのみ判断することがで きるにす ぎないので, この当事者の陳 述の一致によって 自白された法律関係 を審査することが阻止 され, 自白された 法律 関係 を当事者 間で確定 された もの として判決の基礎 としな くてはな らな 39)。法律関係の 自白はいつで も自由に撤回することがで き,CPO263条 (硯〕

zpo290条)は適用 されない40), とい う。

以上 の ようなデム ラー論文 は詳細 な場合分 けを行 った上でCPO制定後 の RG判例の展 開を踏 まえて (法律 関係の 自白)の取 り扱 いについて論 じた もの である。そこでは未だ く権利 自白)とい う言葉は使用 されてはいない ものの,( 実) と (法律関係)の区別 とい う問題関心 にもとづいて訴訟行為 としての 《法 律 関係の 自白≫についての独 自の法的規律が論 じられている。 まさにこの点 に

デムラー論文の学説史的意義があった。

ビューローの見解

1899年 に出されたその大著 『自白法』41)によって 自白意思説 を徹底的に批判 し,裁判上の 自白の法的性質は真実表示であ り,裁判上の 自白の裁判所拘束力 の基礎 には,「平地に波乱 を起 こしてはな らない (queitanonmovere!)」 との 考慮があるのだ とした ビューロー もまた法律 関係の 自白の問題 を 「法律 関係の 自白の評価への 自白意思説の影響」 とい う表題の下で論 じている42)。 ビュー ローにおいて もデムラーの影響が認め られるが43),彼 の著書全体 を通 じる基 本的な トー ン及び問題 を論 じた表題か らも明 らかなように,叙述 は自白意思説 批判の一環 としてなされた ものであった。

38)Demmler,a.a.0.(Anm.33),§6.ここでデムラーは法律関係の自白はCPO261 以下に帰属させ られなくてはならないとする通説の立場に異を唱えている。

39)Demmler,a.a.0.(Anm.33),§7(S.43). 40)かβ∽∽/gr,a.a.0,(Anm.33),§8.

41)Biuou),DasGestandnissrecht‑EinBeitragzurallgemeinenThoriederRech‑

tshandlungen,1899.

42)Billow,a.a.0.(Anm.41),S.270ff. 43)Billow,a.a.0.(Anm.41),S.270,Fn1.

(4)

ビューローは (法律関係) についての裁判上の 自白を (事実) についてのそ れ と同様 に取 り扱 うことの可否及びその範囲 とい う問題 をどの ように評価する のかについて も自白意思説が関係 してお り,RGの判例 は裁判上の 自白を証拠

ヽヽヽ

を処分する当事者の行為 と理解す る結果 として権利 自白(Rechtsgestandnisse) を非常 に制約 された範囲で しか裁判所 に認め させ ない傾 向にある とい う44). こうした理解 を前提 に彼 は,当時のRGの判例が採用 していた,裁判上の 自白 の対象 は原則 として事実及び単純な種類の法律 関係 ・法概念のみであるとする 立場 は支持で きない と言 う。RGは上記の結論 を理由づ けるために,裁判上の 自白は一方当事者が相手方に対 して相手方の義務 に属す る証明を免除するとこ ろの処分行為 であ るが,証 明の対象 は事実上 の主張 に限 られ るので あ って (CPO255条),そ こか ら引 き出される帰結は含 まない (CPO261条,同264条) と述べ ていたが, ビュー ローはこれに対 して異 を唱 えるのである45)。 ビュー

ヽヽ

ローは,裁判上の事実 自白の効力の根拠 を当事者の処分又 は証明を免除す る当 事者の意図に求めるのではな くて,「裁判所の任務」 (それは当事者 間に存する 法的平和 を破壊するとい うことではな く,法的平和 を保障 した り,その回復の ための世話 をす るとい うことに存する) とい うことに求めた。そ して彼 によれ ば, このことか ら権利 自白に裁判所 を拘束す る効力 を承認することが正当であ る, との結論が引 き出 されることとなる46)。 ビュー ローは,デムラー とは異 な り,権利 自白の 自由な撤回を否定する47)。ただ し, ZPO288条 にい う (事実) の中に (法律 関係) を含めることはで きない としてお り,その意味で 《事実 自 白≫ と ≪権利 自白≫ との間に一線 を引いている48)0

44)Biilou),a.a.0.(Ann.41),S.270.

45)Billow,a.a.0.(Anm.41),S.270f. 46)Billow,a.a.0.(Anm.41),S.271. 47)Biuou),aa0.(Ann.41),S.272,Fn.1.

48)BiiLou),a.a.0.(Anm.41),S.273,Fn.1.この意味で,兼子 ・前掲注10)207頁注13) が,「法律関係の存否も当然裁判上の自白の対象たり得ると為すは,例‑ばBtilow GestandnisrechtS.270f.」 と述べているのは,必ず しも正確ではないように思わ れる。ビューローは,法律関係の存否は,直接には裁判上の自白の対象たり得ない

(5)

以上の ようなビューローの議論は, 自白意思説 に対す る批判の一環 として展 開された ものであった。 ここで注 目すべ きは,く権利 自白) とい う概念がおそ らくは じめて用い られたこと及 び事実 自白と権利 自白を別個の訴訟行為 として 観念 しつつ も,両者の拘束力の根拠 を当事者の意思 にではな くて,法的平和の 回復 とい う裁判所の任務 に求めた点である。 なお, ビュー ローの批判 はRG い う裁判上の 自白は 「証明を免除するところの処分行為」であるとの定式に向 け られていたわけであるが,実際には裁判上の 自白が処分行為であることか ら 直ちに法律関係がその対象 とならないことを引 き出す ことはで きない と思われ 49)。 また, ここでい う (権利 自白) とは く法律 関係 の 自白) と同義であ り その意味で必ず しも特筆 には値 しない ように思われるか もしれないが,《権利

ヽヽ

自白≫ とい う裁判上の事実 自白とは異 なる訴訟行為が認め られ,その規律が事 実 自白における自白意思説批判 と歩調 を合わせて,当事者の行為の実質的評価 を離れて, もっぱ ら裁判所の役割 との関係で論 じられた点は きわめて重要であ る。

ヘルヴイヒの見解

ヘルヴイヒもまた1912年に出されたその体系書 『ドイツ民事訴訟法体系 〔 1巻』50)においてこの間題 を論 じている

ヘルヴイヒは,(権利 自白) を請求の認諾及 び放棄 を含 む もの として とらえ ている51)。 したが って,彼 は認諾の方か らアプローチ を加 え,先決的法律 関 係 に関する権利 自白には,請求の認諾がある場合認諾判決 をすべ き旨を定める ZPO307条の適用 はないけれ ども方式 と効力 において認諾 に準 じて扱 われるベ

が,しかし,裁判上の自白と同様に取 り扱うべ し,と述べているのである。ここに (権利自白)概念を持ち出す意味があるのである。

49)例えば,普通法訴訟期におけるベ‑ トマン‑ホルヴェ‑ク‑ より明確にはサ ヴイ二一一 以降の自白学説は自白を処分行為 と見ていたが (拙稿 ・前掲注2)

(3・完)475‑488頁,これらの見解は,本稿Ⅲ. 1で触れたように 「相手方の事 実上の主張」の中には,純然たる事実」のほかに 「法的な事実」も含まれるとし, それらについて 「裁判上の自白」が成立 しうることを認めていた。

50)Hellwig,System desDeutschenZivilprozeLSrechts,1.Teil,1912. 51)EIellwig,a.a.0.(Anm.50),S.440ff.

(6)

きであるとする。 自白があると先決的法律 関係の主張者 はこれを根拠づ ける具 体的事実の主張 ‑証明義務 を免 れ,裁判所 も認諾の場合 と同 じ範囲において当 該法律 関係 の存否 に関す る審査義務 を免 れる52)。認諾の中に事実 自白が含 ま れていない場合 には自由に撤 回で きるが,含 まれている場合 にはZPO290条の 要件の もとでは じめて撤回で きるという53)0

以上の ようなヘルヴイヒの議論は, ドイツにおいて も,わが国において も十 分 な支持 を集めるには至 らなかった ようである。 しか しなが ら,彼の 《訴訟行 為論≫それ 自体 は特 にわが国では圧倒的な影響力 を持 っていたことを忘れては

ならない54)。

ゾベル ンハ イムの見解

ゾベル ンハイムは1916年に出された 『民事訴訟における判決基礎 としての不 利益 な当事者陳述』55)と題す るデ イツセルタチオー ンの中で不利益 な事実の陳 述の取 り扱いについての研究 に取 り組んでいるが,彼 もこの間題 との関連で, 法律関係の 自白の問題 について簡単 にではあるが検討 を加 えている。

ゾベル ンハイムは,法律関係 についての 自白は相手方に主張責任及び証明責 任 を免除す る効力 を持つ ;撤回者 は事実 自白の ような錯誤の証明を要せず,単 に否定のための負担 を持つだけであるとす る ドイツ大審院の立場 は,「裁判所 の任務 は当事者 間に存する法的平和 を破壊す るとい うことにあるのではな く, 法的平和 を保障 した り,その回復のための世話 をす るとい うことに存する」 と

52)Hellwig,a.a.0.(Anm.50),S.447. 53)Hellwig,a.a.0.(Ann.50),S.447.

54)ヘルヴイヒによると,当事者の訴訟行為は,(1)申立て,(ii)事実上及び法律上の主 ,(iii)証拠の申出,(iv)証拠調べの結果ないし法規の存在,内容及び意義についての 意見などに分類される (ders,a.a.0.(Ann.50),S.426.)。兼子 ・前掲注9)208 以下の 《訴訟行為論≫に関する叙述にもこの影響は比較的強 く認められる。ちなみ にへルヴイヒは,法的陳述 (上記(ii))と法的意見 (上記(iv)) とを区別 し,裁判所 は法を知る (iuranovitcuria)」の原則は後者についてのみ妥当するとした。ders, a.a.0.(Ann.50),S.418.

55)Sobernheim,DasungLinstigeParteivorbringenalsUrteilsgrundlageim Zivi1 prozeLS,1916.ゾベルンハイムの 《権利自白論≫については,坂原 ・前掲注9)(二) 70‑72頁に詳 しい紹介がある。

(7)

い うビュー ローの見解 とも矛盾す る ものではない とい う56)。す なわち,裁判 所 は権利 自白を無価値 なもの として排斥するわけではな く,む しろ全ての理由 づ け (Substantiierung)を免 れ させ る。 しか し, この見解 は,争訟が存在す る場合,裁判官はすべての法律 問題の審査 において制限を受けない とい う原則 とも適合 され うる。か くて当事者は相互 に法律 関係の理由づ けを免除すること がで きるが,陳述 された事実 によっては理由づけ られない法律効果 を裁判所 に 強制することはで きないのだ とい う57)

以上の ようなゾベル ンハイムの議論は,前述の ビューローの見解 を基礎 とし つつ ドイツ大審院の立場 を理論的に正当化す るとい うものであった。 これによ れば権利 自白は理由づけ責任免 除効 をもつが,それが重要性 を持つのは当事者 が事実上の主張 を しない ときに限 られることとなる。 もし事実主張 をするので あれば,判決基礎 をなす当事者の事実上の主張 と矛盾す るか,又 は同時に存在 する法律効果 を理由づける事実 自白によって効力 を生 じないか らである。わが 国の通説 である 「否定説」 は, この見解 か らきわめて大 きな影響 を受 けてい 58)

ローゼ ンベルクの見解

これ まで見 て きた ようにCPO制定直後のRG判例の展 開を受 けて,学説で は法律 関係の 自白について議論が展 開されて きた。そこでの議論 に共通 して見 られる特徴 は, (事実) と (法律 関係) とを区別す る見地か らいわゆる (権利 自白) については裁判上の 自白に関する諸規定は適用 されない としつつ も, こ れに類似 した効力 を承認す るとい う思考様式である。いわゆる先決的法律関係 が裁判上の 自白の対象 とはな らない とい う意味において,それはわが国の学説 で言 うところの 「否定説」の系譜に立つ ものであった。 しか し,次第に方向性 は大 きく変わ り,学説 においてはいわゆる 「肯定説」 に分類 される見解が支配

56)Sober72heim,a.a.0.(Anm.55),S.202. 57)Sober72heim,a.a.0.(Anm.55),S.202. 58)坂原 ・前掲論文 (31)参照)⊂)70頁。

(8)

的 となって くる59)。 ここでは初期の段 階におけるこうした傾 向を代表す る見 解 として1927年 に出 された ローゼ ンベル クの 『ドイツ民事訴訟法教科書』初 60)の記述 を見てお こう。

ローゼ ンベルクは,「自白せ られるのは 〔本書〕 §114Ⅱに検討 した意味にお ける事実 (証明の対象 としての事実 ‑ 筆者)であ り,それゆえに,例 えば, 証書の真正 (ZPO439条) あ るいは承継 (ZPO2394項)の ごとき先決的権 利 ない し法律 関係の存否 もここでい う事実にあたるが,当事者の行為 によって 裁判官が規定 されない ところの事実の法的 ・技術的評価 (包摂)はここでい う 事実に当た らず,経験則や法規 もまた, 自白されえない」 とい う61)

以上の ようなローゼ ンベルクの教科書の記述 において特徴的な点は先決的法 律 関係の 自白とい う問題 に対する関心の低 さである。 とい うの も,そこではい わゆる先決的法律 関係の 自白の問題 に関す る従来の学説あるいはRG判例の動 向は全 くフォローされてお らず もっぱ ら法的三段論法 を中心 とした議論 に終始 しているか らである62)。 関連 して,裁判上の 自白それ 自体 について同教科書 に掲げ られた文献が ビューロー,ヘグラー,ゾベル ンハ イムの ものに限 られて いることか らす るな らば63),裁判上の 自白その もの に関す る議論が もはや活 発 になされな くなって きたことが うかがわれる。なお,ローゼ ンベルクの教科 書 においては, (権利 自白) とい う言葉が全 く用 い られていないが, こうした 現象 は今 日の ドイツにおいては一般 に見 られるところである64)65)0

59)三ケ月 ・前掲注9)357頁。

60)Rosenberg,LehrbuchdesdeutschenZivilprozessrechts,1927.

61)Rosenberg,aaO.(Ann,60),S.348f.なお,以上のような結論付けは,彼が自 白と認諾との区別のメルクマールにつき,自白は法的三段論法の小前提の要素に関 連 している点にあると見ていることを背景 としているということができよう。

Vgl.S.642f.

62)ちなみに判例の引用がなされるようになったのは,1949年に出された第4版から である。

63)Rosenberg,a.a.0.(Ann.60),S.348,Fn.1).

64)例えば,Schilken,ZivilprozeLSrecht,5.Auf1.,2006,S.224Rn.419;Grunsky, Zivilprozessrecht,12Auf1.,2005,S.121,Rn.140:Zeiss/Schreiber,Zivilprozessrecht

(9)

(2) 1968年12月13日の連邦通常裁判所第5民事部判決を契機 とした新 たな展

BGH判決の概略

こうした中,先決的法律関係 に対する当事者の一致 した意見 に裁判所 は拘束 されない旨判示 した1968年12月13日の連邦通常裁判所 (以下 BGH」 とする) 5民事部判決66)を契機 として,議論 は再度活発化 して くる。BGH判決の事 案 は私証書 によって結ばれた契約によって住居所有権 を譲渡すべ き義務 を負 っ た原告がその後右契約 を解除 し,右契約 によって被告 に引 き渡 した住居の引渡 しを求めた訴訟において,原 ・被告 ともに契約の方式の欠欧 による無効 を争わ ず,売買契約が有効 に成立 したことを前提 として,専 ら原告のな した契約解除 が,解 除要件 を具備す るか否かが争われたのに対 し,「形式の遵守 は訴 えの一 貫性の審査手続 において職権で調査 されることが らであって,法的安定性 に奉 仕す る要式規定 を看過することはで きない し,弁論主義の適用は事実の主張 に ついてのみ関す るものであるか ら法的判断についての当事者の陳述が一致 した として も裁判所 を拘束するものではな く,法の適用 は裁判官の専権 に属す る」

とい うことを根拠 として,第二審の採 った見解 を採用せず,当初の契約 は ドイ ツ民法 (以下 BGB」 とす る)旧313条,同旧125条 によって無効であ る と判 示 した ものである。

バ ウアの見解

バ ウアは1969年 に出された 「民事訴訟 における先決的法律 関係 に関する当事 者の合意」の論文67)で,狭義の法律上の陳述のみ な らず,広義の法律上の陳

10.Auf1.,2003,S.163,Rn.408,409;Jauernig,Zivi1prozessrecht,29Auf1.,2007,S.

144;Lijke,Zivilprozessrecht,9.Auf1.,2006,S.233,Rn.223.

65)これに対 して,多少古い教科書にあっては く権利自白)という言葉が用いられて いる。GoLdschmidt,ZivilprozeLSrecht,2.Aufl‥1932,S.105;Nikisch,Zivil prozessrecht2.Auf1.,1952.S.26lf.

66)BGHJR1969,10DB1969,301MDR1969,468.

67)Baur,VereinbarungenderParteientiberprajudizielleRechtsverhaltnisseim ZivilprozeL3,FestschriftftirEduardB6tticherzum 70.Geburtstagam 29.Dezem‑

(10)

述の一致の場合 も射程距離にとり入れて問題 を提起 し,判 旨に反対の一般的立 論 を展 開 した。

バ ウアは次の ように言 う。 「裁判官 は法 を知 る (iuranovitcuria)」 とい う 法諺は,法規 は証明を要せず とい うことであ り,法適用 は裁判所の専権である とい うことについて規定はな く,む しろ請求の認諾に関す るZPO307条は当事 者たちによる裁判官の拘束 を意味 している。 また,裁判官の地位 といった もの も問題 にされるが,紛争がなければ裁判官 による解決 も不要であるか ら,法的 判断に関す る当事者の合意によって裁判官の地位が損 なわれるとい うことはな い。おそ らく実務 などが法的判断に関す る当事者の合意 を否定に解する大 きな 前提 は,裁判官が真実の法状態 を発見 しなければな らない とい うものである。

しか し,バ ウアによればこのような原則は,処分権主義,弁論主義 を採 る実走 訴訟法 においては,当事者に争われている範囲内においてのみ通用するにす ぎ ない。実定法 はまさに,裁判官 は当事者 によって引かれた限界内において判決 を下すべ きである としている68)。難 しいのは,合意の限界 をどこにお くか と い う問題であるが,例 え強行法規 に対す る違反が認め られる場合であって も, 判決の効力は当事者間に限 られ,先決的法律 関係 自体 にも及ばないことか らす れば,強行法規 に反す る場合で も合意の効力 は必ず しも否定 されな くてはな ら ないわけではない。ただ し,暴利行為や不当な違約罰 を伴 う価格協定 を有効 と す る合意な ど,民法施行法30条の良俗 ない し ドイツ法の 目的に関する規定 ‑ 一 定の国家政策上の社会的経済的観点 に もとづいて制定 された規定 一 に反 する場合 には,拘束力は否定 しなければならない, とい う69)0

以上の ようなバ ウアの見解 は,強行法規 に反する場合で も合意の効力は必ず しも否定 されるわけではない としてお り,実体法上の私的 自治の限界以上に, 訴訟 にお け る当事者 の処分権 を拡張す る ものであ った とい うこ とがで きよ

bar1969,S.1ff.本論文の紹介として,佐上善和 ・法学論叢894 (1971年)116 頁がある。また,坂原 ・前掲論文 (31)参照)(二)65‑68頁。

68)βαγ,a.a.0.(Anm.67),S.3ff. 69)βαγ,a.a.0.(Ann.67),S.6ff.

(11)

う70)

ヘ‑ゼマイヤーの見解

これに対 して,ヘ ‑ゼマイヤーは1972年 に出 された 「先決的法律 関係 に関す る当事者の合意 ‑ 判決 の基礎 と しての当事者処分の疑 わ しさについて」 と 題す る論文71)でバ ウアに反論 し,結論的に判 旨賛成の立場 を表明 した。

‑ ‑ゼマ イヤーは裁判所 による裁判権 の独 占は先決的法律 関係 に関す る当辛 者 の合 意 に効力 を認め ることとは関係 はない し,「裁判官 は法 を知 る」 とい う 法諺 は法規 については当事者 は証明す る必要が ない とい うことを意味す るにす ぎない としてバ ウアのい うところを認めた上で,先決的法律 関係 についての当 事者 の合意の効力 を論 じる上で問題 となるのは当事者の処分可能性 の範 囲であ 72), とい う。 この間題 は実体法 との関連 において とらえ られ な くて はな ら ないが,その際 に当事者の訴訟上の合意 に対す る限界付 け として持 ち出 される 私 的 自治の制約 だけで十分 か どうか につ いて検討 を加 え73),権利 の保護 と法 的平和 の維持 とい う訴訟制度の 目的 に役立つの は, 「正 しい」判決,す なわち 実体法 の規律 と一致す る判 決のみであ る, とす る74)。 また,実体法 と一致 し ない判決が既判力 を伴 って確定す るとい う危 険は,単 に手続の促進 に役立つ と いった ことによって埋 め合 わせがつかないか ら,先決的法律 関係 に関す る合意 は認め られない75), とい う。

70)Baumgartel,NeueTendenzenderProzeL3handlungslehre,ZZPBd.87,1974,S.

121ff.(S.135f.)は批判的。本論文の翻訳 として,バウムゲルテル (竹下守夫訳)「西 ドイツにおける訴訟行為論の動向」民事訴訟雑誌20(1974年)1頁以下がある ( 記引用の該当個所は24頁)0

71)Hasemeyer,ParteivereinbarungenuberprajudizielleRechtsverhaltnisse‑zur FragwtirdigkeitderParteidispositionalsUrteilsgrundlage,ZZP85,1972,S.207 ff.これについては,石田尭雄 「民事訴訟における先決法律関係についての当事者 の合意の効力」司法研修所論集1975 (1975年)1頁以下に詳 しい紹介がなされて いる。

72)Hdsemeyer,a.a.0.(Anm.71),S.210. 73)Hasemeyer,a.a.0.(Ann.71),S.211f. 74)Hasemeyer,a.a.0.(Anm.71),S.217. 75)EIasemeyer,a.a.0.(Anm.71),S.228.

(12)

以上の ようなへ‑ゼマイヤーの見解 は,実体法 と訴訟法 との関連で問題 を捕 らえるとい う点でバ ウアと共通の問題意識 に立 ちつつ も,実体法の処分範囲 よ りも広い処分 を認めることに対 して反対するものであった。

ヴユル トヴァインの見解

その後, この間題 を詳 しく論 じたモ ノグラフィー として1980年 に出 された ヴユル トヴァイ ンの 『民事判決の基礎 に及ぼす当事者の影響の範囲 と限界』76) が登場 した。

ヴユル トヴァイ ンは,た しかに実体法上の処分権か らの推論によって当事者 双方の一致 した法律上の陳述 に裁判官に対す る拘束力 を認めることは正当化 さ れない としつつ も,当事者 には実体法上の処分権能 と並んで帰属す る権利 を行 使す るか否かに関する事実上の処分権が認め られるか ら, この観点か らの正当 化 がなされるべ きであるとす る77)。 また,訴訟制度の 目的か らして も法的平 和の回復 をもた らす真の紛争解決が可能になるのは裁判所が当事者の望む判決 の基礎 を採用す る場合 だけであるとして,訴訟 における当事者の 自由を広 く認 める78)。その上で,公益の観点か ら私的 自治を制限する実体法上の強行法規 は, (i)第三者の権利保護,(ii)憲法秩序の保護,(iii)良俗違反の保護のいずれかを目的

としているが,強行法規は訴訟上の潜脱の可能性があると無意味に帰するか ら, 訴訟上の処分が許 されるのはこれ らの規範の背後 にある保護 目的が専 ら自由な 法形成の段 階に向け られてお り,訴訟段 階でいわば達成済みになってお り潜脱 にな らない場合 でなければな らない として具体 的に検討す る79)。 まず,(i) ついては,一般に既判力は第三者に及ばず,訴訟上の処分 によって第三者の権 利が侵害 されることはないので,これによる私的 自治の制限の必要はない80) 76)WiirthuJei72,UmfangundGrenzendesParteieinflussesaufdieUrteilsgrund

1agenim ZivilprozeLS,1977.本書の紹介として,鈴木俊光 「(紹介)マルテイン ・ヴユ ル トヴァイン著『民事判決の基礎に及ぼす当事者の影響の範囲と限界法律論叢( 治大学)524 (1980年)1頁以下がある

77)Wiirthu)ein,a.a.0.(Ann.76),S.103. 78)Wiirthu)ein,a.a.0.(Anm.76),S.106. 79) Wiirthwein,a.a.0.(Anm.76),S.107f. 80) Wiirthwein,a.a.0.(Anm.76),S.109.

(13)

次に(ii)の うち,(む当事者 自身を保護する強行法規 については,当事者が訴訟で 自己の法律状態 を的確 に認識 しつつあえてその権利の全部 もしくは一部 を放棄 するのであれば,その保護 目的は意味 を失 うに至 るか らこの種の強行法規 を訴 訟 において絶対的に貰徹 させ る公益が存 しないが81),⑨一定の法律効果の取 得が当事者 に全 く禁 じられるような憲法的秩序保護のための法規 については問 題があ り,(む契約当事者のみならず一般公衆に も影響 を及ぼす ような一連の規 定の場合 (例 えば,不正競争防止法 (UWG)の ごとし) には,その法規の 目 的を潜脱す る処分 は訴訟において も許 されないが,⑧その規定の背後 にある具 体的な 目的が もっぱ ら個人的利益の保護 にある場合(BGB248条 1項,同443条, 476条のごとし),裁判官の監視の下で当事者がその効果 を知 りつつ処分する ことは禁 じられないであろうとす る82)。最後 に(iii)では,当事者の利益 だけで はな く,良俗違反の契約の実体法上の無効 にとどまらず,その契約にもとづ く 請求権の効果発生や実行可能性 を阻止す ることにもかかわる公益が問題 なので あるか ら,訴訟手続上 もその種の契約 を有効視 させ る当事者処分 は許 されない とす が 3)。結局,実体法の強行法規が当事者 自身の保護 に奉仕す る限 り,そ の保護 目的は権利設定段階での当事者支配の制限を正当化するけれ ど権利実行 段階で当事者が一致 を見ている場合 にはその制限を正当化 しない し,不当判決 も問題 にな らない とい う84)。彼 は, この ように広 く当事者 の訴訟上の 自由を 認めた として も実体法が骨抜 きにされ,その制度が害 されるとい う懸念 はない とい う。当事者の処分は終始裁判官の面前でなされ,裁判官の監督の及 ばない 訴訟前 にその ような処分 をなす 旨の債務負担 は許 されないか らであが 5)0

以上の ようなヴユル トヴァインの見解の特色 は, 自己の権利 を行使するか否 かに関する純粋 に事実上の 自由 とい うものを基礎 に訴訟外 よ りも広い私的 自治

81)Wiirthu)ein,a.a.0.(Anm.76),S.109ff. 82)Wiirthu)ein,a.a.0.(Ann.76),S.113.

83)Wiirthu)ein,a.a.0.(Anm.76),S.114.

84)Wiirthwein,a.a.0.(Anm.76),S.118.

85)Wiirthwein,a.a.0.(Anm.76),S.118.

(14)

が訴訟手続 において妥当 していることを明 らかに した点にある。 また訴訟にお いては当事者の処分 は常 に裁判官の面前でなされることを理由に広い範囲での 強行法規 に反す る処分 とい うものを認めている。

4.ドイツにおける議論の展開の評価

最後 に, これ まで見て きた ドイツでの議論の展 開を要約 し,評価 してお くこ とが便宜であろう。

(1)CPOが く事実) に対 して裁判上の 自白がなされ ると証明が排 除 される 旨を規定 したことによって,立法後 きわめて早い段 階で (先決的法律関係) に 対 してなされた 自白の取 り扱 いが判例 ・学説上問題 となった。CPOの起草者 は (先決的法律関係) に対 して も自白がなされ うるとい う普通法訴訟期の見解 を当然の こととして考 え られていた ものの ようであるが,RG判例及 び有力 な 学説はこれ とは異 なった出発点に立つ こととなった。すなわち,RG判決 Dl はここでい う (事実) に く先決的法律関係)は含 まれるか どうか とい う問題 に ついて, (単純 な性質の法律関係」 とい う例外 は認めつつ も)一般にこれを否 定に解 した。

(2)以上の ようなRGの判例法理が礎石 となって,先決的法律 関係 を認める 旨の陳述 は裁判上の 自白ではない としつつ も (否定説」), これに自白と類似 の効力 を認めることい う学説が有力化す ることとなった。その際に, こうした

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効力の基礎 に置かれたのは,当事者の処分意思ではな くて, (争いのない とこ ろには裁判所 は関与 しない) との法原則 (弁論主義)であった。そ して, ここ には裁判上の事実 自白の拘束力の根拠か当事者の 自白意思か ら法的平和の回復 とい う裁判所の任務 に代 わるとい う事実 自白論 における構造転換の影響 と言 う ことがで きよう。

(3) 1920年代 に入 ると 《法律 関係の 自白論≫ ない し 《権利 自白論≫は学説上 急速 に勢 いを失い, (先決的法律 関係)が小前提であることに鑑みて,む しろ 端的に (先決的法律 関係) も自白の対象 としての (事実) に含 まれるとす る見 (肯定説」)が これに取 って代 わって くるようになる。そこでは (権利 自白)

(15)

とい う言葉は使用 されないか,使用 された として もいわゆる 《権利 自白論≫ に 言 うような裁判上の 自白とは異 なる特有の規律 に服する訴訟行為 としての意味 は失 うこととなる。

(4)以上の ような 「否定説」 と 「肯定説」 とは一見鋭 く対立するように見 え つつ も,(法律問題に関す る当事者の表明)の問題の処理に際 して,一方で ( いのない ところには裁判所 は関与 しない)原則 による裁判所の拘束 を認めると ともに,他方で (法適用 における裁判所の専権性) による裁判所の拘束 を排除 するとい う基本観念 を前提 としていた点で共通性があったことを忘れてはな ら ない。こうした基本観念,特 に後者 を否定 したのがバ ウア‑以降の議論である。

そ こでは, (裁判官 は法 を知 る)原則 は,決 して (法適用 における裁判所の専 権性) を認めた ものではない ことが明 らかにされた。加 えて, (争いのない と ころには裁判所 は関与 しない) との法原則が再評価 され,当事者の処分 と結び

ヽヽヽヽ つけられることとなった。 これに伴 って当事者の処分 を制限す る実質的な根拠 が探求 されることとな り,強行法規の 目的あるいは 「正 しい」判決の要請が引 き合いに出されることとなった。 この ような1960年代後半以降の議論は, これ に先立つ議論 とは異 なって,訴訟における処分 と実体法における処分 との関係 に着 目す ることによって当事者 の行為 の実体 的な評価基準 を探求す る もので あった。

問題解 決 の方 向性 1.問題解決のための基本視角

(1) 統一的な処理枠組みの必要性

本稿の 目的は広 く法律上の陳述に対 してなされた 自白の取 り扱 いを論 じるこ ヽヽヽヽヽヽ

とにあった。 しか し,対象 となる法律上の陳述 にも様 々なものがあ り,改めて 整理 を してお く必要がある。

わが国お よび ドイツの双方 において特 に重要 な位置 を占めて きたのは,(i) 決的法律関係の陳述であった。当事者が相手方の主張す る自己に不利益 な先決

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