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~川根茶の今後~

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伝統と市場の間で~川根茶の今後~ 

伝統と市場の間で        

~川根茶の今後~

 

富田一博  

はじめに 

1

茶生産の基礎知識 

2

日本の緑茶事情

 

2.1 

緑茶の消費量の推移 

2.2 

緑茶ドリンクの登場 

2.3 

深蒸しという製茶法

  3 

川根茶の特徴       

現場の声 

4.1 

三人の茶農家の話 

4.2 

川根茶の振興

  5 

商品としての川根茶 

考察   

おわりに

 

参考文献 

はじめに 

川根といえば川根茶というほど、茶はこの地域の顔になっている。しかし、この川根茶 にも突きつけられている課題がある。日本全体を見ても、急須から煎れる緑茶は消費量が 毎年落ち続けている。川根茶は、急須から注いでゆっくりと飲んでこそ味わえる緑茶であ るから、日本全体で緑茶の消費量が落ちれば、それだけ川根茶の消費量にも響くという訳 である。この状況に対して、現場の人々は何を考え、どう対処しようとしているのか。こ れが本章のテーマである。

 

なお本章は以下の通りに進めていく。第

1

節では日本の緑茶の現状を分析し、第

2

節で は川根茶の課題を明らかにする。第

3

節では川根本町水川地区に住む方々に伺った話を基 に、川根地域の実態に迫る。そして第

4

節では、川根地域でお茶屋を営む方の意見を取り 上げ、商品としての緑茶の在り方を分析する。そして今現在川根茶置かれている状況を考 察する。

茶生産の基礎知識

 

日本で茶といえば、緑茶

(日本茶)

、ウーロン茶、紅茶が主に挙げられる。本章で取り上げ る川根茶は緑茶である。

一口に緑茶といっても、現在では多くの種類の緑茶の品種が生み出されており、それら

は色や香り、味が異なっている。その中で、「やぶきた」と呼ばれる品種は、全国の茶園面

積の

76

パーセントを占めている。明治末年、静岡県阿倍郡有度村

(現・静岡市中吉田)

の篤農

家、杉山彦三郎によって開発された。「やぶきた」という名称は竹やぶを開墾した試験地の

北側で増殖して選抜したことからつけられた

(袴田  2003)

。 「やぶきた」は耐寒性があり、収

量も極めて高かったため、他品種に比べて大きく普及した。

(2)

さらに製法や栽培法によっても分類される。煎茶、番茶、玉露、かぶせ茶、玉緑茶、て ん茶とそれを加工して作られる抹茶、煎茶や番茶を加工して作るほうじ茶や玄米茶などが 代表的である。なかでも煎茶は日本の茶生産量の約

80

パーセントを占めており、本章でも 緑茶に関して論じる際、煎茶が中心となっている。加えていえば、収穫時期によっても呼 称が異なる。その年の最初に収穫したものが一番茶、次いで二番茶、三番茶、四番茶と呼 ばれ、その他は総称して冬春秋番茶と呼ばれる。早く収穫されたものほど上等とされるの で、茶葉の価格も一番茶以降下がっていく。早く収穫を迎える品種を早生

(わせ)

系統、遅い ものを晩生系統といい、年間平均気温の高い南部から収穫が始まるため、南部の晩生と北 部の早生の収穫時期が重なるという現象も起こる。

それでは煎茶、番茶、玉露などの製造過程を簡単に説明する。

     

茶の製造工程     

摘み取り 

4~5

月の茶の新芽が出る時期に一番茶が収穫される。

二番茶は

6~7

月頃である。摘んだ葉を「生

なま

」という。

じょうねつ

蒸 熱

 

摘んだ生葉に無圧の蒸気を当てて蒸し、茶葉の発酵を止める。

冷却  蒸熱し茶葉を冷やし、表面の水分を取り除く。

荒茶製造過程

粗揉

そじゅう 

茶葉に熱風と力を加えながら揉み、乾燥させる

(揉捻では熱を加え ない)

じゅうねん

揉 捻

 

ちゅうじゅう

中 揉

 

せいじゅう

精 揉

 

乾燥  茶葉を乾燥させて水分を

7~8

パーセントくらいにする。

乾燥の終わった茶葉を「荒茶

(あらちゃ)

」という。

整形、選別  ふるいにかけて荒茶に混じった茎や葉、粉などを取り除く。ま た、切断して形を整える。

仕上げ

火入れ  仕上げの乾燥をし、さらに香りを立たせる。

包装  完成

      (大森  2008 

引用・改変)

①は茶を栽培している農家全てが行う。いわゆる茶摘みであり、現在では人の手による

手摘み、茶摘みばさみを用いたはさみ摘み、エンジンの付いた動力摘採機を用いた機械摘 みに大きく分けられる。手摘みは最も上質な摘採ができるが、作業能率が悪いため、品質 を重視する上級茶の摘採に多く用いられる。一般的には摘採効率の高い機械摘みが行われ ている。機械摘みに用いる動力摘採機は可搬型摘採機といわれる機械が広く使われている。

近年になって、茶園の大規模化と茶園労働力の不足から、より摘採能率の高い乗用型摘採

(3)

伝統と市場の間で~川根茶の今後~ 

機やレール走行式摘採機が開発、改良され、次第に広がりつつある。

②は、茶葉を蒸す作業であり、蒸す時間は短いもので

20~30

秒、長いものでは

60~120

秒となる。③~⑦は蒸した葉から水分を取り除く工程である。茶を揉む作業は、元々は手 揉みとよばれる手作業で行われていたが、現在では手揉みを真似た機械によって行われて いる。この機械が必要なため、機械を持っていない農家はそれを保有している茶農家や茶 商、農協などに依頼する場合もある。⑨~⑩の行程は「仕上げ」で同じく専用の機械が必 要である。茶農家の選択肢としては生葉を栽培するのみか、荒茶製造まで行うか、仕上げ まで全て行うかに分かれることになる。全ての行程を行う茶農家は、良い茶葉の栽培と機 械の調整両方に心血を注ぐ必要がある。

また、茶農家は自分の作った茶をコンテストに出すことができる。社団法人日本茶業中 央会が開催する全国茶品評会は平成

21(2009)

年で第

63

回を数える茶の全国大会である。審 査項目は茶葉の形、色、茶の香り、味覚など多岐に渡る。この品評会の最高賞は農林水産 大臣賞であり、優秀な成績を収め農業活性化に貢献した農家には、秋の農林水産祭におい て天皇杯や内閣総理大臣賞が授与される

(大森 2008)

日本の緑茶事情

 

この節では、現在緑茶を取り巻く環境がどのようなものなのか説明する。本章では急須 で茶葉から淹れる緑茶をリーフ茶と呼び、ペットボトルや缶入りの緑茶飲料を緑茶飲料と 呼ぶ。現在の状況を簡単に述べると、リーフ茶の需要は低下しているが緑茶ドリンクは高 い需要を誇っている。そして安価で大量の、緑茶ドリンク向けの茶葉が市場に出回ること により、茶全体の価格が下がり、茶の大量生産傾向が生まれている。また、「やぶきた」と よばれる品種が緑茶生産の

7

割を占め、 「深蒸し」とよばれる製茶方法が経済性を理由に大 きく普及していることも事実である。

これらの状況は緑茶の大量生産大量消費化を呼んでいる。これが良いか悪いかの価値判 断を下すことはできないが、少なくとも川根地域の茶農家には歓迎できない事態である。

なぜなら川根の茶農家たちは小規模ながら高品質な茶を作ることで茶業を営んできており、

それは大量生産、大量消費の流れとは全く逆を行くものだからである。

2.1 

緑茶の消費量の推移 

この節は主に岩崎

(2008)

に依拠している。一世帯当たりの緑茶

(急須で入れる葉緑茶)

に関する

消費量の長期的な推移を見たものが図

1

である。購入数量は平成

10(1998)年以降落ち込ん

でいる。支出金額も徐々に低下しているのがわかる。飲料支出金額に占める緑茶支出額シ

ェアをみても平成

8(1996)年に 16.1

パーセントであったものが、10 年後の平成

18(2005)

年には

12.0

パーセントと

4.1

パーセントも減少している

(図2)。

(4)

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000

950 1,000 1,050 1,100 1,150 1,200 1,250 1,300

1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005

支 出 金 額( 円) 購

入 数 量

g 購入数量

支出金額

緑茶

(茶葉)

に関する一世帯あたりの支出金額、購入数量の推移  

 

飲料支出金額にしめる緑茶支出額のシェアの推移  

2.2 

緑茶ドリンクの登場 

現在の日本の緑茶を論じる際、緑茶ドリンクの存在は無視できない。緑茶ドリンクは緑 茶の新しいスタイルを確立し、茶葉の需要を創出したことは緑茶業界にとって功績といえ る。けれども、同時に茶の大量生産指向を加速させ、茶の単価を落とすというマイナス面 も指摘できる。

昭和

59(1984)年から始まったウーロン茶ブーム、1990

年代の紅茶ブームの後、緑茶ドリ

ンクは登場した。緑茶ドリンクが普及することによって、手軽に便利に緑茶が飲めるよう

になった。これは、リーフ茶を急須で淹れる茶の飲み方とは、大きく異なる緑茶の新しい

飲み方を提供した。つまり緑茶は急須から注いでゆったり飲むものという概念を打ち崩し

たのである。

(5)

伝統と市場の間で~川根茶の今後~ 

1,224 1,350

1,939 2,617

2,728

3,047 4,351

4,727 4,377

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000

1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

販 売 金 額 億 円

(年)

     

緑茶ドリンクに販売金額の推移       

3

が示す通り、緑茶ドリンクは現在では安定した地位を築いている。緑茶の需要が落 ち込む中で、緑茶ドリンクの開発は茶葉の需要を飛躍的に向上させた。一見すると、緑茶 業界にとって救世主のような感を与えるが、現状はそう簡単なものではない。

0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000

1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

荒 茶(

1 0

㎏)

生 葉

1 0

(年)

生葉 荒茶

     

緑茶の生産者価格の推移

4

は、緑茶の生産者価格の推移を生葉と荒茶の両面からみたものである。これは、茶 の生産者がいくらで茶葉を出荷しているかを示しているものである。生葉、荒茶価格とも

に平成

9(1997)年、10(1998)年は大きく下落するが、翌年にかけては急激に高騰している。

これは緑茶ドリンクの開発のため、飲料メーカーが茶葉を買い込んだためと考えられる。

メーカーが茶葉の価格を抑えて生産者と契約を結んだためであろうか、翌年以降はまた下 落が始まっている。緑茶ドリンクの登場により、茶葉の需要は高まったが、飲料メーカー が安価な茶葉を求めるため、実際に取引される茶葉の価格は下落の一途をたどっている。

生産者の立場からすれば、茶葉は売れるようになったが、得られる利益は大きく増加して

いないのである。それどころか、ドリンク用の茶葉は大量の茶葉の供給を生みだしたため、

(6)

茶の単価を落とし、茶の大量生産傾倒に拍車をかけることとなった。少量高品質の茶を生 産する川根のような茶農家にとっては大きな打撃となったのである。

2.3 

深蒸しという製茶法 

深蒸しという製茶法も現在の緑茶事情を説明する上で必要なキーワードである。深蒸し 製法とは簡単にいってしまえば、標準よりも長く蒸す製法である。第

1

節で述べたように、

摘んだ葉を蒸す作業

(蒸熱)

がある。この段階で蒸す時間が異なると完成した茶に大きな差が 生まれる。蒸す時間が短いほど香りが強く生葉本来の風味を味わうことができ、長く蒸す と香りは損なわれるが生葉の青臭さや苦み渋みを抑えることができる。標準蒸しと呼ばれ るものが

30

秒~40 秒、深蒸しとよばれるものは

60

秒~100 秒を超える時間を蒸す。

この深蒸しという製茶法が開発されたことで大量生産、大量集荷、大型製茶機、大量消 費を目指す傾向がある茶業界に、拍車をかけてしまった。

深蒸しの利点は、その経済性と合理性にある。深蒸しで作られた茶は色が濃く、

3、4

煎、

煎れても色が残る。そのため食堂や事務所など不特定多数が出入りする場所では、好都合 であり、経済的な製茶法である。また、やぶきたを深蒸したものならば、水道水のカルキ 臭をカバーできるといわれる。さらに深蒸茶はお湯の温度や急須の滞留時間

(浸出時間)

にこ だわらず飲めるため、沸騰してポットに入れたお湯を急須に注ぎ、間髪入れずに茶碗につ いでも、飲めるのである。手間がかからず、早く飲め、加えて経済的となれば、市場を席 巻するのは容易である。

けれども深蒸ししたものは、香りが無くなり、茶本来の味ではないと、古くからの緑茶 を好む人からは批判されている。

「若者の日本茶離れは年とともに防ぎようがない。今の深蒸し茶に若者をつなぎとめる 魅力がない。飲む人にほっと安らぎを与える実力が備わっていない。日本茶に愛着を持ち 続けてきた中高老年は深蒸しのドロドロ茶に愛想をつかし始めている。」という意見もある

(波多野  2002)

そして川根茶は一般的に普通蒸しで製茶されており、黄色に近い薄い色をしているが、

味は深く、香りも強い茶に仕上がっている。普通蒸しが川根茶の良さを最も引き出せるも のとされている。川根茶は深蒸しの茶との差別化が図れるが、深蒸しが普及することで川 根茶にも影響が出ている。これについては次節で詳しく述べることにする。

川根茶の特徴

 

川根地域は北に

1000

メートルを越える山々が連なる山間地である。平地に比べて日照時 間が短いため、収穫量は落ちるが、その分渋みを抑えた茶をつくることができる。また、

昼夜の温度差が大きく、成長が遅れる分、養分を蓄えた茶葉ができる。つまり、川根地域

では早く多く生産することはできないが、平野部の産地では作れない風味を持った茶がで

きるという訳である。

(7)

伝統と市場の間で~川根茶の今後~

製茶の段階でも川根茶の特徴が表れている。ここでは第

2

節に述べた深蒸しに対比させ ながら述べていく。川根地域では摘採した茶葉を標準蒸しで製茶している。既に述べた通 り、茶葉は浅く蒸した方が茶葉の風味が損なわれない。深蒸しが浸透している現在でも川 根茶には標準蒸しがほとんどである。水川で調査したインフォーマントの方々も皆、川根 茶は標準蒸しと声を揃えていた。深蒸しの茶は茶ではない、あれは飲めないと話す方もい た。川根茶には標準蒸しが最良という結論が経験上出されている。

深蒸しの普及は川根茶にとって逆風だといわれるがそれはなぜか。標準蒸しで製茶する 川根茶にとっては深蒸し茶との差異化が図れ、市場では利点とも考えられる。けれども、

それ以上に不利な点がある。

深蒸しの普及がもたらしたものは、消費者に画一的な刷り込みをほどこしたことである。

深蒸しの茶は色が濃く、茶独特の渋みを抑えた味を持つ。これが普及したことによって、

消費者に、緑茶は「濃い緑色で、あっさりとした味」というイメージを刷り込んでしまっ た。それに対して「黄色に近い薄い色で、濃厚な味」である川根茶は正反対の特徴を持っ ているともいえる。嗜好品は好みであるから、標準蒸しの川根茶と深蒸しされた茶のどち らがおいしいかは決めることができない。けれども、慣れ親しんだ味の方が支持を得やす い。深蒸しの茶が消費者に刷り込まれたことにより、川根茶のおいしさが伝わりにくくな っている。

1

節では緑茶の需要低下に対して、緑茶ドリンクは毎年販売金額を伸ばしていると述 べた。その結果茶価の低下を招き、茶葉の大量生産・大量消費の傾向が進んでいる。緑茶 ドリンク用茶葉で恩恵を受けたのは平野部で大型機械を導入できる大規模茶園のみである。

これは、川根茶にとっては逆風である。川根茶のような小規模生産で、なおかつリーフ茶 での飲料に向いている茶には、現状はマイナスというほかはない。リーフ茶の需要が落ち たからといって、川根地域で緑茶ドリンク用茶葉の生産・製造に切り替えても大規模茶園 にはかなわず、潰れてしまう。緑茶ドリンクと川根茶に関して、尾沼は川根地域の人々の ペットボトル茶に対する見解を述べた後、川根に住む人々の言葉を引いて次のように述べ ている。「ペットボトルを川根の茶葉で作るなんて単価的にまず不可能。そんなので抽出し たら、1 本数百円のペットボトルになってしまう。ペットボトルと川根茶は相性が悪いん だ。」

(中略)

「人が来たら茶を出す、その手間にこそ意味がある。」

(中略)

ブランド化という戦 略自体、山間地である藤川が身につけた生き残りの戦略なのである。これに対しペットボ トルというのは平坦茶産地が獲るべき戦略であり、川根がそちらへ走るということは双方 の利点を相殺することになる、つまりは馴染まないのだ

(尾沼 2008)

現場の声

この節では、川根本町水川地区と隣接地域に住む

3

軒の茶農家の方と

JA

大井川、川根本

町役場職員の、茶生産の現場の声を紹介する。

(8)

4.1 

三人の茶農家の話 

 

この節のはじめとして水川地区に住む三人の茶農家の方の話を取り上げる。一人目の

T

さんと二人目の

R

さんは共に、最上級の煎茶を作ることを心がけており、県や全国の茶品 評会において優秀な成績を収めてきた茶農家である。三人目の

S

さんは

(亡)

夫さんの後を継 ぐ形で茶業を営んでいる方である。

T

さんは平成

15(2003)

年全国茶品評会で、普通煎茶部門の「一等一席」

(優勝)

を受賞し、

日本一に輝いた経歴の茶農家の方である。

  T

さんは、高品質の茶を作ることを信条とし、常に品質の向上を心がけている。化学肥料 を極力使わない土作りを心がけ、機械で製茶を進める中でも、各工程に手を加えてできる だけ手作りに近づける工夫を行っている。自然や手作りに近づけることが

T

さんの茶のお いしさの秘密である。インタビューの中でも「お茶作りは生き物相手ということを再認識 する必要がある。管理する側の都合ばかりで管理される側の視点を忘れてはいけない。お 茶が何をしてほしいか見極めないと。」という言葉が印象的であった。

そんな

T

さんがインターネットで通信販売している茶葉は、100 グラム当たり

2,100

~10,500 円と大変高価である。これらのお茶は全て手摘みであり、中でも最上位の茶は全 国茶品評会に出品した茶である。なぜこれほど高価な茶のみを販売しているのか尋ねたと ころ、それは普通煎茶でもこれほど高価な茶があることを宣伝したいからだという。もち ろん機械で摘んだ、100 グラム当たり

300

円の茶葉も小売店には出荷しているが、高価な 茶を並べることにより、消費者に強いインパクトを与えたいそうである。また、ネットで 販売されている茶は

4

段階にグレードが分けられており、グレードの異なる茶を提示する ことで、「なぜ値段が異なるのか。」という関心を消費者に喚起させたいという。

  T

さんは現在でも毎年全国茶品評会に出品し続けている。出品する茶は手摘みである上、

手作業で茶葉に含まれるごみを取り除いている。手摘みとごみの除去にはのべ

100

名近い 人を雇って作業している。そのため出品には

100

万円ほどの経費がかかるが、出品をやめ ることは考えていない。

 

それは、一度最高位を得た自負がそうさせることもあるが、なにより品評会で活躍する ことにより、川根茶の名が全国に広められるからである。川根茶は品評会で伝統的に優秀 な成績を収めてきているため、その名を汚してはならないという意識が

T

さんに茶の探究 を継続させているのである。品評会に出品し、良い成績を収められるように努力すること は、川根茶の

PR

にもなるし川根茶の質を高めることにもなるという訳である。

 

農家として川根茶の振興について何が必要かと質問した。

T

さんは茶の単位を小さくして 販売すれば、高品質高価格茶の需要が増すのではないかと思案している。例えば

100

グラ ム当たり

3000

円の茶を

10

グラム当たり

300

円で販売することである。高級なお茶を飲ん でみたいけれど、3000 円は高すぎると感じる消費者も

300

円という価格なら手が届く。単 位を小さくして、高級茶の敷居を低くすることがねらいである。

「一度高いお茶を飲んでもらいたい。できるならお客さんには川根に遊びに来てもらっ

(9)

伝統と市場の間で~川根茶の今後~ 

て、川根の風景と共にお茶を味わってもらいたい。飲んでもらって、おいしいと唸らせる お茶をつくる努力をしている訳だから、まずはお客さんにいいお茶を飲んでほしい。」と

T

さんは語る。上に挙げた小単位での販売戦略も、一度高価でいいお茶を飲んでもらいたい という気持ちから思いついた発想である。また、消費者には実際に川根地域でお茶を飲ん でもうことも

T

さんは望んでいる。その地域に訪れて特産物を口にすると、後々もリピー ターとなる可能性は高い。それも見込んでの考えである。

「一度飲んでもらうためにはお茶の

PR

が必要。世界お茶まつり等の茶のイベントで出品 することも宣伝になるし、川根茶を楽しむというような企画で川根地域に観光で来てもら えると一番の

PR

になる。」と

T

さんは続ける。 飲んだらおいしいと感じさせる自信はある、

あとは飲んでもらうだけというニュアンスが

T

さんの語り口から読み取れた。

  R

さんは海抜

600

メートル近い高地で茶業を営む農家である。

R

さんは平成

20

年の全国 茶品評会で、煎茶部門において一等一席を受賞し、また同年の県内品評会においても「お くひかり」部門で優勝した。茶園の高度が高いと茶葉の葉肉が薄い、芽の数が少ない、日 照時間が短いというマイナス面がある。けれどもハンディがあるから逆に頑張れていいも のができた。それに、標高

580

メートル前後の土地で賞を取れたことは、PR になるし、こ の条件でできたことに価値があると、

R

さんは語った。

R

さんが県内の品評会で優勝した「お くひかり」は次節で述べる「天空の茶産地  奥光」に使用されている品種である。R さんが

「おくひかり」を栽培している理由は、JA が町おこしのために「おくひかり」を開発して いる背景と重なる。「やぶきた」では市場で差異化が図れない。だから、新たな品種が求め られる。そこで高地に向いている「おくひかり」に目を付け栽培している。R さんによれば

「おくひかり」は

400

メートル以上の高地に適しており、おくひかりの特徴である香りが 高地であるほど強く出るのだという。R さんの茶園の標高は約

580

メートル前後であるか ら、「おくひかり」に栽培に適している。

R

さんは「おくひかり」の栽培以外にも、独自の新しい試みをしている。それは個性的な 茶を作る試みである。

まずは、在来種への注目である。在来種とは、川根に茶が伝わった時から栽培され続け ている茶であり、今の「やぶきた」も在来種から交配され開発された。R さんは自分の茶園 にある在来種に懐かしい香りの茶と書いて「懐香茶」と名づけて栽培を続けている。これ は香りが非常に濃い茶である。昔と同じ肥料を使ったら、昔の味を再現できるのかなと

R

さんは在来種の可能性を分析している。

もう一つは、小型機械での製茶である。現在川根でも大型機械による製茶が進む中で、R

さんは小型機械での製茶を続けている。その理由としては、

T

さんの場合と同じく、できる

だけ手作りに近づけるためだという。大型機械では、蒸熱するあるいは揉捻する時間や量

を機械が判断して、製茶する。さらに一台で何工程も製茶することができる。現在では一

度に

240

キログラムの茶葉を処理できる粗揉機が登場している。一方

R

さんが使用してい

るものは、一度に処理できる茶葉の量は約

35

キログラムで小型に分類される機械であった。

(10)

さらに大型のものと異なり、蒸熱用、粗揉用、中揉用など工程ごとに異なる機械で製茶す るものである。手間がかかる分、人の目で判断し微調整を加えることが可能である。これ が小型機械の利点である。また、小型機械は一度に作業できる量が限られているため、摘 採時期や質の異なる茶葉を区別して製茶できる。入によって独自性が無くなってきた。け れども、業者や消費者は各農家の個性を求めている。だから、品種や製茶方法で個性を出 そうしていると

R

さんは話す。

次に水川で茶業を営む

S

さんの話である。S さんはこれまで取り上げた

T

さんや

R

さん とは異なった形で、品評会への出展はせず、茶業で利益を上げることもあまり考えていな いそうである。それでも現在もお茶を作り続けているのは、今まで作ってきたから今年も 作るのだという。30 年ほど前までは三番茶も採っていたが、今では一番茶しか摘んでいな い。理由は、二番茶以降は手間のわりに利益も少ないからである。そのため一番茶も採ら ない家庭もあるという。茶園が衰退していく理由として、茶が安くて儲からず、茶業を継 ぐ人がいないからだという。若い人は高校を卒業すると都市部へ出て行ってしまうのであ る。

S

さんの息子さんである

U

さんは、仕事が連休の時に茶業を手伝っている。5 月の連休 時はちょうど収穫の時期と重なるため、一番茶の収穫には支障がないという。現在では機 械の普及で人手が少なくても、短時間で作業ができる。機械で作業できるため、高齢者で も、時間があまりない兼業農家の方でも茶業が続けられているという。

3.2 

川根茶の振興 

次に農家から離れ、JA の茶業センターと川根本町町役場の職員の方の話を取り上げる。

茶業センターでの話では、川根で作られた新たな銘茶作りが中心である。町役場では行政 の立場から見た川根茶の振興や地域の活性化の話を伺った。

農事組合法人、JA、経済連などが中心となり「天空の茶産地を創る推進会議」が平成

19(2007)

年に設立された。この会議では川根地域の自然環境を元にして新しいイメージの茶

産地を創造し、商品の開発を進めてきた。そして、山間地で特性が発揮される「おくひか り」という品種に照準を絞り、天空の茶産地川根が育む銘茶「奥光」として商品化したの である。 「奥光」は平成

20(2008)

年の

12

月から「天空の茶産地  奥光』として試験的に販売 されている。

 

「おくひかり」に照準が絞られた理由はその香りにある。この「おくひかり」は爽快感 のある独特な香りが特徴である。お茶の世界では、標高が高い産地の茶は、香りが強いと いわれる。そのため、香りが特徴である「おくひかり」ならば標高の高い川根地域でより 個性が出せ、他地域の茶と差異化が図れると考えられたのである。

 

さらに、標高の高い産地を新ブランドのイメージ作りに据えるため「天空の茶産地」を 全面的に打ち出している。 「おくひかり」という品種と標高の高い茶園という二つの特徴で、

新たな銘茶形成を試みている。

(11)

伝統と市場の間で~川根茶の今後~ 

 

この「天空の茶産地  奥光」に関して、川根茶業センターの

O

さんは以下のように語っ てくれた。

 

「おくひかり」の製品化は、まず茶農家の収益増加を見込んで着手された。 「おくひかり」

は「やぶきた」と比べて出荷時期が遅いから、差別化ができる。出荷が早い新茶を買わな いで待ってくれるお客さんに買ってもらうために。川根は南

(牧之原や菊川)

と比べてお茶がで きるのが遅いから、逆にさらに遅い品種なら特徴を出すことができる。その分、味と香り で勝負するけど」。

 

また、品種以外で他の地域の茶と差別化を図るために、パッケージに表記できることは ないかと質問したところ、「100 パーセント川根茶ということは間違いないのだけれど。農 薬も南よりはかなり少ないのだけれど、完全に無農薬という訳ではないから表記するには 至らない。」と話していた。 

川根茶について役場の考えを川根本町役場、産業課に勤務する

N

さんにお話を伺った。

N

さんには、はじめに川根茶の振興に関しての役場の役割、次に現状の分析、そして最 後に役場が川根茶に対して期待していることを質問した。

川根茶の振興に関しての役場の仕事は、農家や小売業者への援助であると長嶋さんはい う。行政の立場から第

1

次産業としての方針は掲げることはできるが、農家が取り組んで いる茶業に直接口を出すことないそうである。彼らが主体となって活動し、それを役場が 後方から支援する体制をとっているという。そのため、地域の人々には自分たちの地域は 自分たちで守るという意識が強くなってほしいと

N

さんは話す。その手助けとなる情報を 提供し、補助金を出していくことが役場の役割なのだという。

手助けとなる情報とは、例えば現状を分析した資料のことである。役場では今年の

8

月 から

12

月にかけて川根茶の知名度を調査するリサーチを予定している。このリサーチは一 般消費者を対象に関東圏で

3000~4000

件、名古屋圏で

1000~2000

件の規模で実施される。

消費者の声を聞いて茶業界で川根茶がどの位置にあるのか分析し、それを農家や小売業者 に提示する予定である。さらに役場でも川根茶振興のために何ができるか、方針を立てる 資料として役立てていくつもりである。

  N

さんは今の川根本町を以下のように分析している。茶業の不振により町の魅力、そし て雇用がなくなって若者が町を離れ、それがまた茶業の衰退につながるという悪循環が川 根本町全体で起こっている。実際に最近川根本町農業経営者に実施したアンケートによれ ば、現状を維持したい意向が大多数だが、縮小・離農志向も

3

分の

1

近い結果となってい る。ちなみに縮小・離農施行者には、農地そのもの売却や農地貸付といった意見が多く、

この意見に対する対応が今後の地域農業維持のための課題である。

 

地域と茶業の活性化のために、観光客を川根の土地に呼び込み、茶のある風景と川根茶

を味わってもらい、川根ファンの人を増やす構想もある。それは茶の生産で活気溢れる一

番茶、二番茶の収穫の時期

(5月上旬から6月下旬にかけて)

に観光客を呼んで川根の魅力を伝え

ることになる。しかし裏を返せば、その時期は茶業関係者にとって一番忙しい時期である。

(12)

仕事をしながら、なおかつ観光客の対応となると、現実的には困難である。一番見せたい 時期が一番応対できない時期というジレンマがある。それならば観光客向けの観光農園を 設けるという考えもあるが、収穫が終えた後の何もやっていない時期に観光客が来ても、

十分に魅力を伝えることはできない。そもそも経営が成り立つのかという問題も大きい。

そして、最後に川根茶に期待することは何か質問してみた。長嶋さんは川根茶が川根ら しさを失わないでいってほしいと願っている。現在煎茶は「やぶきた」の深蒸しが大衆的 な茶になっており、消費者も濃い茶の方がお茶を飲んでいる感じがするという。そのため 川根茶のような色の薄い茶より濃い茶の方が好まれるのだという。深蒸しの濃い茶は、水 道水のカルキ臭を打ち消すことができ、また数煎入れても色が出るため、合理的という理 由で市場に多く出回っている。このため、お茶イコール濃い緑というイメージが消費者に 刷り込まれ、濃い茶の方が需要を得ていると長嶋さんは分析している。その中で、川根茶 が単に大衆受けに走らず、色が薄く、けれども、香りがあり、渋みがある川根茶独特の味 を残していきたいという。

商品としての川根茶 

 

ところが、水川でお茶屋を営む

N

さんの店では、普通蒸よりも長めに蒸した茶を中心に 販売している。店員である

N

さんに淹れていただいたお茶は、深蒸しの濃い緑色とまでは いかないが、各インフォーマントの方に淹れていだだいたお茶よりも色がある茶であった。

 

一般的な川根茶よりも、長く蒸した茶を多く取り扱っている理由を

N

さんに尋ねると、

最近では色のある茶を好むお客さんが増えてきたからだという。それも、初めから色のあ る茶を求める客だけではなく、昔から川根茶を愛飲してきた客も普通蒸しよりもやや濃い 茶を選ぶようになってきているという。川根茶の特徴である渋みは深蒸しにするとなくな ってしまうが、やや渋みが抑えられた味を好む消費者が増えているそうである。また、色 があった方が見た目もおいしいという意見もお客さんの中にあるという。

  N

さんも川根茶の特徴は標準蒸しの薄い色にあるということはわかっている。しかし、

お客さんが好む以上はそのニーズに応えなければいけないと考え、標準蒸し以上の色のあ る茶を取りそろえている。お客さんに好まれているお茶にしていくのが、お茶屋さんの仕 事だと

N

さんははっきりと語っていた。

また緑茶をマ―ケティングの立場から見た場合、次のような主張がある。

 

岩崎は、効果的なマーケティングを行うためには、「消費者にいかに売り込むのか」とい

う発想ではなく、「いかに買いたいと思ってもらうか」という買い手の視点が大切になると

述べている。 「やぶきた」一辺倒になってしまった品種構成が緑茶の需要減をまねいたとし

て、茶葉の品種の違いを売りに需要を拡大しようとする動きがあるが、おそらく、茶葉の

品種の違いだけを売りにしても消費者は緑茶を買いたくはならないだろう

(岩崎 2008)

。つ

まり品種の違いで需要を伸ばそうとしても、それは消費者を無視した行為であり、成功し

ないというのである。続いて岩崎は消費者が求めているのは緑茶を飲むことで得られるや

(13)

伝統と市場の間で~川根茶の今後~ 

すらぎやリラックス効果であると述べている。そのため、緑茶業界を茶葉ビジネスとして ではなく、緑茶を通じて消費者に「やすらぎ」や「くつろぎ」を提供するリラックスビジ ネスとして事業を再定義する必要があると指摘している。結論として、 「地域の緑茶を売る」

よりも、「緑茶のある地域を売る」という発想が産地ブランド構築にとっては大切であると いい、「茶業界と観光業との連携によるグリーン・ツーリズムなどへの取り組みが有効だろ う。」と提言している

(岩崎 2008)

考察

   

水川地区周辺で調査を進め、明らかになってきたことは、今川根茶は一つの岐路に立た されていることである。その岐路とは、これまで通りの風味を守り続けていくか、多くの 消費者のニーズに応えて風味を変えていくかである。水川でお茶屋を営む

N

さんの話では、

最近のお客さんは従来の川根茶のより、色のあるもの、渋みが抑えられているものを好む という。そのため、深蒸しとまではいかないが、標準蒸しよりやや長め蒸した茶を販売し ているという。消費者が色のある茶を好む背景には深蒸しの刷り込みが考えられる。それ も一理あるだろう。けれども、長年川根茶を愛飲してきた人も長めに蒸した茶を好むよう になってきたというから、理由を深蒸しの刷り込みだけでかたづけてはならない。「やぶき た」の標準蒸しに飽きを感じた消費者が、風味にアクセントを求めて、長めに蒸したもの を求めているからとも考えられる。また、根本的に消費者の嗜好が変化してきたからとも 捉えられる。どちらにしても、N さんは消費者のニーズに沿う茶を販売することがお茶屋 の仕事だと言っている。

ここに生産する側と消費する側にずれが生じている。作り手は今までの伝統的な風味を 守り消費者に届けることが使命だと考えている。一方消費者はこれまでとは異なる茶を求 め始めている。そしてその間で販売する側が板挟みとなっている。生産者側からは、標準 蒸しの伝統的な川根茶を生産者に売り込んでほしいと言われる。けれども消費者のニーズ に合わせた深蒸しに近い茶を販売したい。消費者のニーズに応えるか、飲んでほしい茶を 提供するべきか、なかなか決着はつかない問題が今川根茶の現場に存在している。川根茶 は、これまで茶農家の生計を立てるという役割を担ってきたのであり、同時に「川根茶」

という伝統文化という側面も持ち合わせている。二つの意味があるからこそ、簡単に答え が出ないのである。

本章では、第

2

節で日本国内での緑茶の現状を分析し、第

3

節でそれがいかに川根茶と 関連し、川根茶の問題となっているか指摘した。第

4

節ではその問題を川根地域の人々が どう受け止め、乗り越えようとしているのかを述べた。そして第

5

節において、現場から 離れた視点で問題・課題のアプローチを紹介した。

現在、日本の緑茶の消費量は年々減少傾向にある。その背景には、コーヒー、ウーロン

茶、紅茶などの他の嗜好品の普及がある。また、若者を始めとするライフスタイルに変化

が起こり、ゆっくりと緑茶を味わうという喫茶文化が薄れつつあることも、緑茶の消費量

(14)

低下の一因である。一方、それに代わるようにして緑茶ドリンクが登場し、消費者の支持 を得ている。この緑茶ドリンクの普及は、茶の単価を落とし、川根の茶農家に大きな打撃 となった。

生産性、経済性を重視した茶の製造が間違いであるとは言えない。けれども、その流れ に一線を画す川根茶までもが、同じ緑茶としてひとくくりにされ、不利益を被っているこ とは事実である。

 

実際の現場でも町役場の

N

さんの話によれば、茶業の不振、農家の高齢化も相まって、

川根本町の農業経営者全体の

3

分の1が縮小・離農を考えているという。実際に

S

さん宅 のように、今まで耕作してきたから、今年も作るというスタンスの農家がある。S さんは、

2

番茶以降はお金にならないという理由で

1

番茶のみを収穫している。ほとんどが兼業農家 であるため、お茶どころ川根といえども、茶業が儲からなければ、今後縮小・離農が進む 可能性は大いにある。

 

このような状態であるから、川根茶も色のある深蒸しで世間のニーズに応えていくのも 間違った選択ではない。けれども、川根で茶に携わる人々は、自分たちの誇りある茶を広 めていきたいと願っている。品評会で活躍する

T

さんと

R

さんは茶作りの熱を冷ましては いない農家の方である。

T

さんは、川根には高品質の茶が存在することを示すために、最高値で

100

グラム当た

10,500

円もする茶を販売している。高価な茶を販売することで、安価の茶との差別化を

図り消費者に川根ブランドを印象づける試みである。また、県や全国での茶品評会で毎年 優秀な成績を収めることは、それだけで川根茶の

PR

になり、ブランドの強化につながる。

これは次に取り上げた

R

さんの功績にも当てはまる。R さんは他にも、個性を生みだす茶 作りに取り組まれている。「おくひかり」の栽培や在来種への注目など、「やぶきた」一辺 倒からの脱却を試みているのである。製茶機の大型化が進む中、人間の手によって微調整 が可能な小型製茶機を用いて、できるだけ手揉みに近い製茶を行っている。茶は一律では なく、作り手の個性が表れることを消費者に伝えようとしている茶作りに関していえば、

JA

が中心となって、 「天空の茶産地  奥光」を研究・販売している。 「おくひかり」で「「や ぶきた」」との差別化をすることがねらいである。これが好評を博せば、新銘茶形成、農家 の収益増加が期待できる。茶業界全体でみれば、「おくひかり」の需要が増せば、「やぶき た」一辺倒からの脱却の糸口となる。

また、N さんが話していたように、地域の緑茶を売るのではなく、緑茶のある地域を売 るという発想もある。このことに関して

T

さん同様なことを話していた。一度川根に来て もらってお茶を味わってもらいたい、そうすれば川根茶の魅力を余すことなく伝えられる からと語っていた。ゆっくりとお茶を飲んで心を落ちつかせるといった習慣のない人に、

茶を購入して飲んでもらうためには、ただ茶葉を売るだけでは効果は出ない。どんな茶の

味わい方があるのか、まずそれを提示しなければならない。そのための方法として、川根

地域に人を呼び込み川根茶と風景を味わってもらうのである。実際には、最も魅力ある一

(15)

伝統と市場の間で~川根茶の今後~ 

番茶二番茶収穫の時期が最も忙しく、農家も観光客への対応ができないというジレンマが あり実現は難しい。けれども、ゆっくりと茶を味わう文化の再構築および川根茶の振興を 目指すなら、お客さんを川根に呼び、癒しの茶を提供することは効果的である。

おわりに

 

作り手が飲んでほしいお茶と、買い手が飲みたいお茶が異なったらどちらの意見を優先 すべきなのだろうか。市場の原理で考えれば、需要を満たすために供給があるのだから、

消費者のニーズに生産者が合わせなければならなくなる。今回の例でいえば、茶は地域の 人々の生計を立てる生業としての役割があるから、茶業不振の今、消費者の嗜好に合わせ て茶をアレンジしていくのは正しい選択である。けれども、ここに伝統の要素が絡んでく ると話は変わってくる。川根地域の人びとは、深蒸しした色の濃い茶は茶ではないという ほど、川根茶独特の風味を好み誇りに思っている。この状況ではいくら消費者が深蒸しに 近いものを求めたとしても、簡単にはその要求に茶農家が応えないだろう。自分が飲みた くないものを売ることに抵抗があるのは当然なものであるからだ。茶の風味を変えること も正しいし、変えないことも正しい。茶が文化と生業の二つの顔をもつからこそ、伝統と 文化の間で揺れ動くのであろう。

作り手が飲んでほしいお茶と、買い手が飲みたいお茶が異なったらどちらの意見を優先 すべきなのだろうか。市場の原理で考えれば、需要を満たすために供給があるのだから、

消費者のニーズに生産者が合わせなければならなくなる。今回の例でいえば、茶は地域の 人々の生計を立てる生業としての役割があるから、茶業不振の今、消費者の嗜好に合わせ て茶をアレンジしていくのは正しい選択である。けれども、ここに伝統の要素が絡んでく ると話は変わってくる。川根地域の人びとは、深蒸しした色の濃い茶は茶ではないという ほど、川根茶独特の風味を好み誇りに思っている。この状況ではいくら消費者が深蒸しに 近いものを求めたとしても、簡単にはその要求に茶農家が応えないだろう。自分が飲みた くないものを売ることに抵抗があるのは当然なものであるからだ。茶の風味を変えること も正しいし、変えないことも正しい。茶が文化と生業の二つの顔をもつからこそ、伝統と 文化の間で揺れ動くのであろう。

謝辞 

 

最後に、調査の際にお世話になった川根地域の皆様ありがとうございました。皆様とお 話しできたことは、調査の枠を越えて貴重な経験となりました。心からお礼申し上げます。

また、調査の指導にあたっていただいた先生方、議論を深めてくれた文人のみんなにもこ の場を借りて感謝の気持ちを表したいです。ありがとうございました。 

     

(16)

参考文献  岩崎邦彦 

2008『緑茶のマーケティング』社団法人 

農山漁村文化協会

大井川農業共同組合

2005「川根茶業センター 

強い農業づくり交付金事業」

大森基予子

2008 

「ブランド茶農家の人生~藤川で茶に生きる~」『フィールドワーク実習報告書』

静岡大学人文学部社会学科文化人類学研究室 尾沼宏星

2008「茶業を支えた生業複合」 

『フィールドワーク実習報告書』同上

武田善行

2004『茶のサイエンス育種から栽培・加工・喫茶まで』筑波書房

袴田勝弘

2003『お茶の力~暮らしの中のお茶と健康~』化学工業日報社

波多野公介 

2002『おいしい〈日本茶〉が飲みたい』PHP

研究所

参照

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