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ア メ リカ ・イ ン デ ィ ア ン政 策 史 (1532年 〜1789年)(下) 藤 田 尚 則

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研 究 ノ ー ト〉

ア メ リカ ・イ ン デ ィ ア ン政 策 史 (1532年 〜1789年)(下)

藤 田 尚 則

は じめ に

第 一節 植 民地 時代(以 上、 第40巻 第1号) 第 二節 アメ リカ独 立 戦 争 と大 陸 会議

第 三節 イ ンデ ィァ ン条約 、 「北 西 部連 邦 領 条令 」 第 四節 合 衆 国憲 法 制 定 会議(以 上 、本 号)

第二節 アメ リカ独立戦争 と大陸会議

1「 連 合 規 約 」

1.1774年9月5日 、 ジ ョー ジ ア を除 く12植 民 地 か らの代 表56人 が フ ィ ラ デ ル フ ィ ア(Philadelphia)に 会 同 し、 第1回 大 陸 会 議(ContinentalCongress) が 開催 され る が 一1774年10月26日 に解 散 一 、 そ の 当 初 か ら 中央 政 府 は 、 イ ンデ ィ ア ンの 憤 りの原 因 が 奈 辺 に あ りや の 聞題 及 び イ ンデ ィ ア ン問 題 の 集 権 化 の そ れ に 取 り組 む こ とに な る。 翌1775年5月10日 、 第2回 大 陸 会 議 が開 催 され るが 一 常 設 の 中 央機 構 とな る 一 、北 部 、西 部 及 び南 部 辺 境 の イ ンデ ィ ア ン部 族 が イ ギ リス との 同盟 関係 に入 る こ と を恐 れ た大 陸 会 議 は 、 部 族 の 中 立 を確 保 す る た めの 様 々 な行 動 に 出 る。同年7月12日 、大 陸 会 議 は 、 「イ ンデ ィア ン ・ネ ー シ ョ ン との 友 好 を 確 保 し且 つ 維 持 す る こ とが 、 これ ら植 民地 に とっ て の 目下 の 最 大 の 課 題 で あ る。」 旨 を決 議 し、 「平 和 と友 好 を維 持 す る為 … … イ ンデ ィ ア ン を処 理 し及 び 目下 の 動 揺 に何 等 か の貢 献 を す る為 」 の 各 々5人 の 委 員 に よ っ て 指 揮 さ れ る北 部 、 南 部 及 び 中部 の各 部局(department)を 設 け る こ とに よ って そ の管 轄 権 を宣 言 した の で あ る(北 部局 は、 六部 族連 合及 び北部 に拠 る諸 部族 を、

南部局 はチ ェ ロキー及 び チェ ロキ ーの南部 に拠 る全 部族 を、 そ して 中部 局 は六 部族 連

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合 とチ ェ ロキーの 中間 に拠 ってい た諸 部族 を担 当)。従 っ て 、新 た に選 出 され た 委 員 の責 任 は、 イ ギ リス の監 督 官 の そ れ に 類 似 す る もの で あ った が 、 これ ら部 局 が 如 何 に重 要 視 され た か は 、 中 部 部 局 の 委 員 に1754年 の 「オ ー ル バ ニ ー連 合 案 」 の起 草 者 で あ るベ ンジ ャ ミ ン ・フ ラ ン ク リン(BenjaminFrankiin,且706‑1790)、

バ トリ ッ ク ・ヘ ン リー(PatrickHenry,1736‑1799)及 び ジ ェー ムズ ・ウ ィル ソ ン(JamesWilson,1742‑98)が 選 出 され た こ とか ら も窺 い知 る こ とが で き よ う。

2,大 陸 会 議 が 連 合 の 政府 の形 態(frameofgovernment)を 起 草 す る仕 事 に 携 わ った 際 、 イ ン デ ィ ア ン問 題 の 分 野 に お け る全 国 的 な 対 等 関 係 の 原 則 は 受 け 入 れ られ た か に見 え、 主 要 な争 点 は 各 州 が この 分 野 に お い て 何 等 か の 権 限 を保 持 す るか ど うか に あ っ た 。1775年7月21日 、 フ ラ ン ク リン は、 連 合 規 約 の 草 案 を提 示 す るが 、草 案 の 第10条 は如 何 な る植 民 地 も大 陸 会 議 の 同 意 な く して イ ン デ ィ ア ン との侵 略 戦 争 を遂 行 し得 な い 旨 を定 め て い る。 第11条 は、 侵 略 に対 し て彼 らの 土 地 の 保 護 の た め六 部 族 連 合 との攻 守 同盟 を構 想 す る もの で あ り、 土 地 の 売 買 契 約 は専 ら当 該 部 族 連 合 会 議 と大 陸 会 議 との 間 に の み締 結 す る もの と

して い る。 他 の 部 族 に 関 して は 、 草 案 の 関連 条 項 は 、 土 地 の保 証 、 交 易 にお け る不 正 防 止 の た め部 族 内 に駐 在 す る政 府 職 員 の 任 命 及 び 生 活 用 晶 の 付 与 を構 想 し、 六 部 族 連 合 以 外 の 他 部 族 か らの 全 て の 土 地 購 入 は 連 合 植 民 地 の 利 益 の た め に 大 陸 会 議 に よ っ て行 わ れ る もの と して い る。

この よ うに 、 フ ラ ン ク リン草 案 は、 交 易 の 規 制 及 び 土 地 譲 渡 を含 む イ ン デ ィ ア ン問 題 の管 理 の1・1・1央集 権 化 を 目論 む もの で あ っ た。1776年7月12E1に 開 催 さ れ た 連 合 規 約 起 草 委 員 会 に お い て 一 ニ ュー ・ジ ャー ジ ー は代 表 を見 送 っ て い る 一 原 案 の 報 告 が 行 われ たが 、 同委 員 会 は 、 フ ラ ン ク リン草 案 に従 い(オ ール バニ ー連合 案 とほぼ1司じ内容 と見 て よいで あ ろう。)、草 案 第18条 で 「交 易 の 規1剛及 び イ ンデ ィ ア ン との 全 て の 問題 の 管 理 」 の 権 限 を 唯 一 且 つ 排 他 的 に連 合 政 府 に 委 ね る と して い る。 加 え て 草 案 第14条 は 、 ① 六 部 族 連 合 及 び そ の他 の 全 て の 隣 人 た るイ ン デ ィ ア ン ・ネ ー シ ョン との攻 守 同盟 を 結 ぶ こ と、② 境 界 を 正 確 に定 め、 イ ンデ ィ ァ ンの 土 地 を保 証 す べ き こ と、 ③ 以後 、 植 民 地 若 し くは 個 人 に よ る イ ンデ ィ ア ン との 土 地 購 入 を禁 止 す る こ と、 ④ 植 民 地 の 境 界 内 に含 まれ な い 全 て の 土 地 の 購 入 は、植 民 地 の利 益 の た め にイ ンデ ィ ア ン大 会議(greatCOUncil ortheIndians)と の間 で 、参 集 した 合 衆 国 との契 約 に よ って 又 は連 合 会議 に よっ

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ア メ リ カ ・イ ン デ ィ ア ン 政 策 史(1532年 〜1789年 〉(下)

/73 て 認 め られ た 目的 の た め に個 人 に よ る契 約 に よ っ て行 わ れ な け れ ば な らな い こ

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と を 謳 っ て い る 。

しか し、 イ ン デ ィ ア ン 問 題 に 対 す る 排 他 的 権 限 を 連 合 政 府 に 委 ね る か 否 か を め ぐ っ て 、 委 員 の 間 一 各 植 民 地 の 間 一 に 対 立 が 生 ず る の で あ る 。 サ ウ ス ・ カ ロ ラ イ ナ の ラ ト レ ッ ジ(Rutledge)と リ ン チ(Lynch)は 、 イ ン デ ィ ア ン と の 交 易 は 利 益 が 多 い と し て 連 合 政 府 に 委 ね る こ と に 反 対 の 意 を 表 し た 。 反 対 に ジ ョ ー ジ ア の ウ ォ ー ル ト ン(WaltOn)と グ イ ネ ッ ト(Gwinnet)は 、 対 イ ン デ ィ ア ン 防 衛 費 は 交 易 に よ っ て 各 州 が 商 取 引 か ら得 る 利 益 を 遥 か に 上 回 る と して 、 草 案 に 賛 成 し て い る 。 ヴ ァ ー ジ ニ ア 代 表 は 、 総 論 と して は 草 案 に 賛 同 した が 、 連 合 政 府 の 権 限 は 「い ず れ か の 州 に 従 属 す る 」 部 族 に 対 し て は 及 ぶ べ き で は な い と主 張 し た 。 こ の 従 属 的 な 諸 部 族(tributarytribes)に つ い て トー マ ス ・ジ ェ フ ァ ソ ン(ThomasJefferson,1743‑1826)は 、 「州 内 に 居 住 し 且 っ あ る 程 度 州 法 に 服 従 し て き た イ ン デ ィ ア ン た ち 」と説 明 して い る 。ペ ン シ ル ヴ ェ ニ ア の ジ ェ ー ム ズ ・ウ ィ ル ソ ン は ヴ ァ ー ジ ニ ア の 提 案 に 反 対 し て 、 「我 々 は 、 植 民 地 の 真 の 又 は 偽 りの 境 界 の 内 で あ る と外 で あ る と に 拘 ら ず 、 イ ン デ ィ ア ン に 対 す る 如 何 な る権 利 も 持 ち 合 わ せ な い 。 彼 ら イ ン デ ィ ア ン た ち は 、 植 民 地 の 境 界 に よ っ て 区 分 さ れ る こ と を 許 さ な い で あ ろ う。」 と述 べ 、 イ ン デ ィ ア ン 問 題 の 管 理 の 集 権 化 の 必 要 性 に つ い て 、 「如 何 な る権 力 も 、 合 衆 国 を 除 い て イ ン デ ィ ア ン を 処 理 す べ き で は な い 。 イ ン デ ィ ア ン は 、 連 合 に よ る 著 し い 恩 典 を 知 っ て い る 。 彼 ら は 、 そ の 例 を 六 部 族 連 合 に 見 出 して い る … … 何 人 も 、 連 合 会 議 の 許 可 な く して イ ン デ ィ ア ン と 交 易 す べ き で は な い 。 あ ら ゆ る 人 が イ ン デ ィ ア ン と の 交 易 を 許 さ れ た な ら ば 、 戦 争 は 半 永 久 的 に 続 くで あ ろ う 。」 と 主 張 し た の で あ る。

イ ン デ ィ ア ン の 土 地 譲 渡 の 統 制 に 対 す る 州 の 妬 み を 含 ん だ と も 恩 え る言 動 は 、 草 案 第14条 の 提 案 に つ い て も 言 い 得 る と こ ろ で あ る 。 す な わ ち 、 ヴ ァ ー ジ ニ ア の トー マ ス ・ジ ェ フ ァ ソ ン は 、 植 民 地 の 境 界 内 に 入 ら な い 土 地 を 購 入 す る た め 土 地 譲 渡 の 対 す る 連 邦 の 統 制(取 締 り)は 制 限 さ れ る べ き で あ る主 張 し た が 、 こ れ に 対 して 、 メ リー ラ ン ドの サ ミ ュ エ ル ・チ ェ イ ス(SamuelChase)は 、 領 土 拡 大 主 義 的 で あ る 不 明 確 な 土 地 取 得 の 主 張 が 幾 つ か の 植 民 地 に よ っ て 行 わ れ て き た と し、 各 州 に 対 し て そ の 利 益 の た め に か か る 拡 張 主 義 的 で 部 分 的 な 要 求 の 追 及 を認 め る こ と は危 険 で あ って 、 破 壊 主 義 的 で あ る と主 張 した の で あ る。49)

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3.原 案 は 、 戦 時 中 で あ っ た こ と も影 響 し、 検 討 に長 期 間 を要 し、 若 干 の修 正 を経 て1777年ll月15日 に会 議 の 承 認 を得 た。 そ して、 翌78年7月9日 に8 州 が 批 准 した が 、 残 りの5州 の 批 准 を 得 る こ とが で きな か っ た。 そ の 最 大 の 理

由 は 、 弱 小 な 州 が 強 力 な 州 が 主 張 す る西 部 の土 地 に対 す る領 有 権 を 連 合 会 議 に 移 譲 させ よ う との 態 度 を と り、 そ れ が 認 め られ る ま で は 批 准 を行 わ な い との 強 固 な 姿 勢 に 出 た こ とで あ る。 この 争 い は、 最 終 的 に は 強 力 な 州 が 譲 歩 す る こ と に よ って 解 決 を見 、 終 戦 間 近 の1781年3月1日 に最 後 の 州 メ リー ラ ン ドが 批 准

し、 「連 合 規 約 」 は 効 力 を発 生 した。

連 合 規 約 第1条 は 、まず 始 め に 「本連 合 の名 称 は、 『ア メ リカ合 衆 国 』 とす る。 と謳 い 、 イ ン デ ィ ア ン問 題 に 関 して第5条 は 「… … 各 州 は 、 連 合 会 議 の 承 認 な く して交 戦 して は な らな い 。 但 し、 そ の 州 が 真 に 敵 か ら攻 撃 を受 け 、 又 は あ る イ ン デ ィ ア ン部 族 が そ の 州 に 侵 入 を 決 意 した との確 実 な報 知 が あ っ て 、 危 険 が 切 迫 し、 連 合 会議 に諮 る余 裕 が な い と判 断 した 場 合 、 これ を例 外 とす る。 … … 」

と規 定 し、 そ して 第9条 は 、 「連 合 会 議 は 、 以 下 のrf̲i項に関 し全 権(soleand exclusiverightandpower)を 有 す る。 会議 又 は各 州 の 当局 に よっ て 鋳 造 され

る貨 幣 の 純 分 比 率 及 び 価 値 の 決 定 、 合 衆 国 共 通 の度 量 衡 の 標 準 決 定 、 い ず れ の 州 に も属 さな い イ ンデ ィ ア ン との 交 易 の統 制 及 び イ ン デ ィ ア ン との 全 て の 事 項 の 処 理 。 但 し、 各 自の 州 内 に お け る各 州 の 立 法 権 は 干 渉 若 し くは侵 害 され る こ

と は な い 。 … … 」 と 定 め て い る(傍 線 筆 者)。 連 合 会 議 に お け る 妥 協 案 と し て の 規 約 第9条 は 、 州 の 構 成 員 」(members)で あ る イ ン デ ィ ア ン に 対 す る 州 の 権 限 を 留 保 し て い る と解 釈 さ れ る 余 地 が 残 さ れ て い る が 、 で は 誰 を も っ て 構 成 員 と す る か に つ い て は 、 何 等 触 れ て い な い 。 ま た 同 条 は 、 「各 自 の 州 内 に お け る 各 州 の 立 法 権 」 の 保 障 を 試 み て は い る が 、 こ れ ら 立 法 権 に つ い て の 定 義 は 為 さ れ て い な い の で あ る 。

ジ ェ ー ム ズ ・マ デ ィ ソ ン(JamesMadison,1751‑1836)は 、 『フ ェ デ ラ リス ト』

(FederalistPapers)第42号 の 中 で 「イ ン デ ィ ア ン部 族 と の 通 商 の 統 制 は 、 連 合 規 約 に お い て 規 定 を 不 明 瞭 で 矛 盾 し た も の に し て い る 二 つ の 制 約 か ら 非 常 に 適 切 に も足 枷 を は め ら れ て い な い 。」 と皮 肉 り、 「〔連 邦 の 〕 権 限 は 、 如 何 な る 州 の 構 成 員 で も な い イ ン デ ィ ア ン に 制 約 さ れ 、 ま た 、 各 自 の 州 内 に お け る 各 州 の 立 法 権 を 干 渉 若 し く は 侵 害 で き な い と さ れ て い る 。 如 何 な る 説 明 書 を 以 っ て 州 の

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ア メ リ カ ・イ ン デ ィ ア ン政 策 史(1532年 〜1789年)(下) /7S

構 成 員 と肴 倣 す の か 、 問 題 は い ま だ未 解 決 の ま ま で あ る。 … … 州 の 立 法 権 限 が 及 ぶ 域 内 に居 住 して い る が 州 の 構 成 員 で は な い イ ンデ ィ ア ン との 如 何 な る交 易 を以 っ て 州 の 立 法権 を侵 害 す る こ とな く連 邦 の権 限 に よ っ て取 締 りが で き る と い うの か 、 理 解 で きな い と こ ろで あ る。 この こ とは 、 連 合 規 約 が 無 分 別 に も不 可 能 を達 成 す る た め に 努 力 して き た唯 一 の 例 で は な い 。 す な わ ち 、 合 衆 国 に お け る部 分 的 主 権 を 州 に お け る完 全 主 権 と調 和 させ る こ と、 部 分 を 取 り去 り全 体

を 残 す こ と に よ っ て 数 学 的 公 理 を 覆 す こ と が そ れ で あ る 。」 と 述 べ て い る 。

こ の よ う に 規 約 第9条 は 、 イ ン デ ィ ア ン 問 題 に つ い て の 連 邦 の 権 限 と州 の 権 限 の 範 囲 を め ぐ る 論 争 に 油 を 注 ぐ こ と に な る が 、 そ の 解 決 は イ ン デ ィ ア ン 問 題 に 関 す る 州 の 権 限 へ の 言 及 を 一 掃 した 合 衆 国 憲 法 」 の 制 定 を 待 た な け れ ば な

ら な い 。 II「 独 立 宣 言 」

1.1776年7月4日 、 第2回 大 陸 会 議 は 、 「独 立 宣 言 」(theDeclarationoP Independence)を13連 合 諸 州 の 全 員 一 致 で 可 決 した 。 し か し 、宣 言 が イ ギ リス 国 王 の 暴 政(despotism)を 列 挙 し た 件 の 最 後 の 第18番 目 に 次 の1文 が 挿 入 さ れ て い る こ とに ど れ だ け 多 く の 読 者 が 気 付 い て い る で あ ろ うか 。 す な わ ち 、 「彼 〔国 王 〕 は 、 我 々 の 間 に 国 内 の 動 乱 を 誘 発 し 、 ま た 我 が 辺 境 の 住 民 に 対 し 、 年 齢 、 性 別 、 貴 賎 の 区 別 な く全 面 的 破 壊 を 行 う こ と を 戦 闘 の 法 則 と す る残 酷 な イ ン デ ィ ア ン 蛮 族(mercilessIndianSavages)を 唆 した 。」 と 述 べ て い る 。 更 に 言 う べ き は 、 宣 言 は5人 の 起 草 委 員 の 中 で ジ ェ フ ァ ソ ン が 執 筆 し た も の で あ る こ と は 誰 人 も 知 悉 して い る こ と で あ る が 、 彼 ジ ェ フ ァ ソ ン は 、 執 筆 の ひ と 月 後 の 私 信

の 中 で 、 「イ ン デ ィ ア ン が 、 戦 争 を 開 始 し た の は 遺 憾 だ 。 … … こ ん な 卑 劣 な や つ ら の 力 を 早 く弱 め る に は 、 や つ ら の 国 の 中 心 部 ま で 戦 い を 押 し す す め る ほ か な い 。 い や 、 そ こ で や め る つ も り は な い 。 こ い つ ら が ひ と り で も ミ シ シ ッ ピ川 の こ ち ら 側 に 残 っ て い る か ぎ り、 決 し て 追 及 の 手 を ゆ る め た り は し な い 。 … … も し イ ロ コ イ 部 族 連 合 が 、 我 々 と開 戦 す る 道 を 選 ぶ な ら ば 、 断 固 と し て こ う言 っ て や ろ う 。 お 前 ら の 家 族 を 我 が 植 民 地 か ら 引 揚 げ る の は 勝 手 だ が 、 覚 え て お く が よ い 。 決 し て 二 度 と も と の 居 住 地 に 帰 れ な い ば か りか 、 ひ と りで も こ の 地 上

に 残 っ て い る 限 り 、 我 々 は 断 じ て 最 後 ま で 追 い つ め て 戦 う で あ ろ う 、 と。」、 声 高 に 言 い 放 っ て い る の で あ る。

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2.果 せ る か な 、 独 立 戦 争 の 最 中 の1776年6月 及 び9月 に は 、 植 民 地 民 兵 軍 (Militia)が 、 ヴ ァ ー ジ ニ ア 及 び カ ロ ラ イ ナ 植 民 地 の 辺 境 の 開 拓 地 を 襲 撃 し た チ ェ ロ キ ー 部 族 へ の 報 復 戦 を 展 開 し、1780年 に は 、 ヴ ァ ー ジ ニ ア と ノ ー ス ・カ ロ ラ イ ナ 連 合 軍 が チ ェ ロ キ ー ・ネ ー シ ョ ン に 侵 攻 し、更 に1782年 に は 愛 国 派(Patriots) 軍 が チ ェ ロ キ ー ・ネ ー シ ョ ン に 攻 撃 を 行 い 、 広 大 な 土 地 譲 渡 を 含 む 講 和 条 約 の 締 結 を 強 要 して い る 。 一 方 、 六 部 族 連 合 や 北 西 部 の 諸 部 族 は と い え ば 、 独 立 戦 争 開 戦 当 初 は 中 立 の 立 場 を 堅 持 した が 、 英 米 両 勢 力 か ら の 強 力 な 勧 誘 と 軍 事 的 圧 力 の 前 に 遂 に 分 裂 し、 六 部 族 連 合 の オ ナ イ ダ と タ ス カ ロ ー ラ の 部 族 が ア メ リ カ 側 に 、 残 り4部 族 が イ ギ リ ス 側 に つ き 、 連 合 崩 壊 と い う 悲 惨 な 結 末 を 迎 え て い る 。1778年 に イ ギ リ ス ・イ ン デ ィ ア ン 同 盟 軍 が ペ ン シ ル ヴ ァ ニ ア の ワ イ オ ミ ン グ 渓 谷(WyomingValley)地 方 とニ ュ ー ヨ ー ク 植 民 地 の チ ェ リ ー 渓 谷(Cherry Valley)地 方 で 開 拓 地 を 攻 撃 し た の に 対 し 、 総 司 令 官 ジ ョ ー ジ ・ ワ シ ン ト ン

(GeorgeWashington,1732‑99)は ヴ ァ ー ジ ニ ア植 民 地 の 屈 指 の プ ラ ン タ ー で あ り、 西 部 へ の ニヒ地 投 機 に 利 害 関 係 を も ち 、 イ ギ リ ス 本 国 の 土 地 規 制 に 反 対 の 立 場 を とっ て い た 一 、 翌79年8月 に 報 復 作 戦 を 開 始 し、4個 師 団 約4,000名 の 軍 隊 を 派 遣 し て ペ ン シ ル ヴ ェ ニ ア の ワ イ オ ミ ン グ 渓 谷 か ら ニ ュ ー ・ ヨ ー ク 北

,i)

西 部 一 帯 の イ ンデ ィ ア ン掃 討 作 戦 を展 開せ しめ た の で あ る。

こ の よ う に見 て くる と確 か に独 立 革 命 は 、 一 面 で は本 国 の 璽 商 主 義 的 抑 圧 に 対 抗 して ア メ リカ の独 立 と自 由 を獲 得 す る た め の 戦 い と位 置 づ け られ るが 一 勿 論 か か る側 面 の 重 要 性 を 否 定 す る考 え を筆 者 は 毛 頭 持 ち 合 わ せ る もの で は な い 一 、 視 点 を変 え れ ば、 他 面 で は、 白人 植 民 地 人 に よ る西 部 の土 地 に 対 す る支 配 権 を確 立 す るた め の形 振 り構 わ ぬ イ ン デ ィ ア ン の独 立 と自 由 を侵 害 す る とこ

ろの 侵 略 戦 争 で も あ っ た と評 価 し得 る ので あ る。

第 三 節 イ ン デ ィア ン条 約 、 北 西 部 連 邦 領 条 令

1イ ン デ ィ ア ン 条 約

1.1764年 管 理 計 画 の 廃 棄 後 、 イ ギ リ ス 本 国 は 、 再 び 、 例 え ば1768年10月14 Eiの 「 ハ ー ド ・ レ イ バ ー 条 約 」(theTreatyofHardLabor)や1768年ll月5

日 の 「フ ォ ー ト ・ス タ ン ウ ィ ク ス 条 約 」(theTreatyorFortSYBIIWIX)に 見 ら

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れ る よ う に 、 イ ン デ ィ ア ン と の 条 約 締 結 の 直 接 交 渉 を 開 始 して い た 。 前 者 は 、 チ ェ ロ キ ー 部 族 と の 間 に 結 ば れ た も の で 、 ア レ ゲ ー ニ ー 山 脈(Allegheny Mountains)の 西 方 及 び オ ハ イ オ 川(OhioRiver)の 東 方 の 財 産 権 に 対 す る チ ェ

ロ キ ー の 全 て の 主 張 を 放 棄 さ せ る も の で あ っ た 。 ま た 、 後 者 は 、 六 部 族 連 合 と の 間 に 締 結 さ れ た 条 約 で 、1763年 の 国 王 宣 言 で 確 定 さ れ た 境 界 線 を 更 に 西 に 延 長 し 、 オ ハ イ オ 川 及 び サ ス ケ ハ ナ 川(SusquehannaRiver))以 南 の 土 地 に 対 す

る領 有 権 を イ ギ リ ス に 譲 り渡 す と す る も の で あ っ た 。

独 立 を 宣 言 し た 後 、 大 陸 会 議 も ま た 自 ら条 約 を も っ て イ ン デ ィ ア ン ・ネ ー シ ョ ン と の 友 好 を 保 証 し、 保 持 す る こ と を イ ン デ ィ ア ン に 誓 約 し た が 、 こ の 努 力 の 最 初 の 成 果 が1778年9月17日 に デ ラ ウ ェ ア ・イ ン デ ィ ア ン(DelawareIndians, Lenape)と の 間 に ペ ン シ ル ヴ ァ ニ ア の フ ォ ー ト ・ ピ ッ ト(FortPitt)で 締 結 さ

5'L)

れ た 「デ ラ ウェ ア部 族 との 条 約 」(theTreatywiththeDelawares)一 フ ォ ー ト ・ピ ッ ト条 約 」(theTreatyorFortPitt)と も 「ピ ッ ッバ ー グ第4条 約 」(the FourthTreatyorPittsburgh)と も呼 ば れ る 一 で あ る。 連 合 政 府 は、1775年 か ら1783年 に か け て 多 くの 非 公 式 の条 約 を イ ン デ ィ ア ン ・ネ ー シ ョ ン との 間 に 結 ん で い るが 、 フ ォー ト ・ピ ッ ト条 約 が初 め て公 式 に 文 書 化 され た もの で あ る

とされ る。

条 約 は全 文6箇 条 か ら成 るが 、 冒頭 第1条 は 、 「一 方 に よ る又 は契 約 当 事 者 の いず れ か一 方 の 他 方 に 対 す る全 て の 攻 撃 若 し くは戦 争 行 為 は相 互 に禁 止 され 、 忘 却 の 彼 方 に葬 り去 られ た … … 」 と謳 い、 第2条 は永 久 の平 和 と友 好 を約 束 し、

い ず れ か一 方 の 当事 者 が 正 戦 若 し くは必 要 な 戦 争 を行 う場 合 、 他 の 当 廓 者 が こ れ を支 援 す る 旨 を規 定 し、 第3条 は 、 特 に独 立 戦 争 に 際 して の 当:F者 の 戦 時 便 宜 供 与 に つ い て 詳 細 に規 定 して い る。 条 約 第4条 は、 平 和 及 び友 好 を 維 持 す る た め 、 い ず れ か 一 方 の 市 民 の 平 和 及 び 友 好 違 反 に 対 して 、 両 当 事 者 か ら構 成 さ れ る判 事 又 は 陪 審 員 に よ る公 平 且 つ 不 偏 不 党 の公 判 が 開 か れ る ま で は 、 い ず れ の 当 事 者 も他 方 の 市 民 に 刑 罰 を科 す こ とが で きな い と定 め て い る。 そ して 第5 条 は 、 デ ラ ウ ェ ア ・ネ ー シ ョン との 交 易 は合 衆 国 に よ っ て 任 命 され た誠 実 で職 務 に 忠 実 な そ して 不 偏 不 党 の 政 府 職 員 に よ っ て処 理 され る旨 、 規 定 して い る。

特 にTs要 な規 定 が 、 第6条 で あ ろ う。 す な わ ち 当該 条 項 は、 「合 衆 国 の 敵 国 は、

自 ら所 持 す る あ らゆ る策 略 を 用 い て 、 イ ン デ ィ ア ン総 体 が 合 衆 国 は イ ンデ ィ ア

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ン を 根 絶 せ し め 、 彼 ら の カ ン ト リ ー を 占 領 し よ う と 企 て て い る と い う 思 惑 を 抱 く よ う試 み て い る と こ ろ 、 合 衆 国 は か か る 偽 り の 入 れ 知 恵 を 排 除 す べ く、 デ ラ ウ ェ ア ・イ ン デ ィ ア ン が 友 好 を 遵 守 し、 そ の 友 好 の 鎖 を 速 や か に 手 に す る 限 り、

デ ラ ウ ェ ア ・ネ ー シ ョ ン 及 び そ の 子 孫 に 完 全 且 つ 最 も 十 分 な る 方 法 を 以 っ て 彼 ら の 領 有 権 を 保 証 す る 。」 と定 め て い る 。

2.独 立 戦 争 は 、1781年9月19日 「ヨ ー ク タ ウ ン の 戦 い 」(Yorktown Campaign)を も っ て 事 実 上 終 了 した が 、 形 式 的 に は1783年9月3日 の パ リ で の

講 和 条 約 」 の 調 印 を も っ て 終 了 し た と さ れ る 。1782年ll月301ヨ 、 両 国 の 間 に 講 和 予 備 条 項 が 調 印 さ れ た が 、 そ こ で イ ギ リ ス は 、 西 は ミ シ シ ッ ピ 川 に 至 る ま で の イ ン デ ィ ア ン 占 有 地 に 対 す る領 有 権 を 合 衆 国 に 譲 渡 し た 。 し か し、 当 該 条 項 に は 、 イ ン デ ィ ア ン に つ い て は 一 言 も 言 及 さ れ て は い な か っ た の で あ る。 ア メ リ カ 使 節 と交 渉 した イ ギ リス 使 節 リ チ ャ ー ド ・オ ズ ワ ル ド(RichardOswald) は 、 イ ン デ ィ ア ン 地 方 の 境 界 線 と1768年 フ ォ ー ト ・ス タ ン ウ ィ ク ス 条 約 で 定 め

ら れ た 境 界 線 に つ い て 知 ら さ れ て い な か っ た と さ れ る が 、 カ ナ ダ に お け る 六 部 族 の イ ン デ ィ ア ン 監 督 官 と し て 赴 任 し て い た イ ギ リ ス 人 ダ ニ エ ル ・ ク ロ ー ズ (DanielClaus)は 、1783年6月14日 付 け 書 簡 で 「国 王 が 、 全 て の イ ン デ ィ ア ン ・ ネ ー シ ョ ン に そ の 権 利 及 び 財 産 と し て 譲 渡 した 土 地 は 、 交 渉 の 権 限 外 に あ る と 留 保 し 、 そ う書 き 入 れ る の は 容 易 い こ と だ っ た は ず で あ る 。 そ うす れ ば あ の 条

,a)

約 に 関 して 、 我 が 政 府 の 名 誉 は救 わ れ た で あ ろ うに 。」 と記 して い る。

イ ンデ ィ ア ン ・ネ ー シ ョ ンの 主 権 は 、 パ リ講 和 条 約 に い た る過 程 の 中 で 大 方 無 視 され た と言 わ ざ る を得 な いが 、 そ れ は 「イ ンデ ィ ア ンの 土 地 所 有 権 が結 局 の と こ ろ イ ンデ ィ ア ン以 外 の いず れ か の 競 い合 う領 土 請 求 国 の 旗 印 の 下 に存 在 しな けれ ば な らな い とい う仮説 の 上 に立 っ て い た か らで あ る。」 と ウィ ル コ ンブ ・

E・ ワ ッ シ ュ バ ー ン(WilcombE.Washburn)は 言 う 。

3.独 立 戦 争 終 結 後 合 衆 国 は 、 南 部 に 居 住 し て い た イ ン デ ィ ア ン 部 族 と の 間

65)

に和 睦 を結 ぶ(burythehatchet)た め に条 約 を締 結 して い く こ とに な るが(後 述)、 既 に述 べ た よ うにパ リ講 和 条 約 が イ ン デ ィア ン との 土 地 問 題 に何 ら言 及 し

て い な か っ た が た め 、 州 の 中 に は 敵 対 す る部 族 との和 平 交 渉 を 行 い、 土 地 を獲 得 しよ う との 機 運 が 高 ま り、 そ れ ぞれ の 州 が イ ン デ ィ ア ン 問題 に関 して 州 の 権 限 を主 張 し、 連 合 会 議 を通 り越 し個 別 的 に イ ン デ ィ ア ン と交 渉 す る こ と を主 張

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ア メ リ カ ・イ ン デ ィ ア ン 政 策 史(1532年 〜1789年)(下 〉

179 して い く動 き が 出 て き た の で あ る 一 特 に、 ヴ ァー ジ ニ ア 、 ニ ュ ー ・ヨー ク、

ノ ー ス ・カ ロ ライ ナ、ジ ョー ジ ア、ペ ンシ ル ヴ ェ ニ ア に顕 著 にあ らわ れ て い る 一 。 そ こで大 陸 会 議 は、1784年3月12日 、北 部局 及 び 中部 局 の部 族 との 交 渉 に任 命 され て い た 委 員 に 、 彼 らの要 求 を放 棄 させ 、 イ ンデ ィ ア ン と 白人 植 民地 人 との 境 界 を確 定 す る権 限 を付 与 した の で あ る 一 交 渉 部 族 にニ ュー ・ヨー ク とペ ン シル ヴ ェニ アの六 部族 連 合 が含 まれ て い た 一 。 ま た、1784年8月3日 に は大 陸 会議 休 会 中 に活 動 して い た 州 委 員 会(CommitteeofStates)が 、 ヴ ァー ジニ ア の 行 政 官 にfk簡 を送 り、 イ ン デ ィ ア ン部 落 及 び そ の狩 猟 場 と白 人 植 民 地 人 との 境界 線 の 画 定 交 渉 は合 衆 国 が 条 約 を通 して解 決 す る と述 べ 、 ヴ ァー ジニ ア は オ ハ イ オ 川 の西 に 位 置 す るイ ン デ ィ ア ン の土 地 へ の 更 な る入 植 を止 め 一 オ ハ イ オ川 は、 ア メ リカ 独 立 革 命 の 当時 、 その 北 西 部 に 居 住 す るイ ン デ ィ ア ン諸 部 族 に と って 白人 入植 者 との 問 の 自然 の 境 界 線 で あ り、 イ ンデ ィ ア ンに と っ て は 最 後 の 抵 抗 線 で あ っ た 一 、 イ ン デ ィ ア ン との戦 争 を 回避 す る手 立 て を 打 つ よ う警 告 を発 して い る。 更 に、 この 年 の 間 に連 合 会 議 は 、 南 部 局 の 部 族 との条 約 交 渉

SG)

の た め の 審 議 を 開 始 して い る の で あ る 。

4.1784年 の 段 階 で 大 陸 会 議 の 指 導 者 た ち が 、 イ ン デ ィ ア ン 問 題 に 関 す る 合 衆 国 と州 と の 権 限 に つ い て 如 何 に 考 え て い た か を 垣 間 見 る た め 、 ジ ェ ー ム ズ ・ モ ン ロ ー(JamesMonroe,1758‑1831)と ジ ェ ー ム ズ ・マ デ ィ ソ ン と の 往 復:llF 簡 を 見 て み よ う。lI月15日 、モ ン ロ ー は 、マ デ ィ ソ ン に 州 の 権 限 問 題 、特 に ニ ュ ー ・ ヨ ー ク 州 内 の イ ン デ ィ ア ン は 州 の 構 成 員 と肴 倣 さ れ る べ き か 或 い は 単 に 偶 然 に 州 内 に 居 住 す る 連 邦 権 限 に 服 す イ ン デ ィ ア ン と 看 傲 さ れ る か に つ い て 紛 争 が 生 じ て い る と し て 、 ニ ュ ー ・ヨ ー ク は 明 らか に 「大 陸 会 議 に ニ ュ ー ・ヨ ー ク の 権 利 を 侵 害 す る 意 図 が あ る 。」 とい う疑 い を 抱 い て い る の で 、 六 部 族 と の 単 独 の 条 約 を 交 渉 し て き た 旨 を 書 き 送 っ て い る 。 モ ン ロ ー は 、 中 央 政 府 が 権 限 を 主 張 す る こ と は 正 当 と し て い る 一 方 で 、 ニ ュ ー ・ ヨ ー ク 州 を 孤 立 さ せ た 場 合 に 生 ず る 偶 発 的 事 件 に 直 面 す る こ と に 危 惧 を 抱 い て い た の で あ る 。 こ れ に 対 し 、 マ デ ィ ソ ン は 、ll月27E1付 け 書 簡 で 、 連 合 規 約 第9条 の イ ン デ ィ ア ン 問 題 条 項 の 下 で の 連 邦 権 限 に つ い て の 彼 の 一 般 的 見 解 に 触 れ 、 ニ ュ ー ・ヨ ー ク は 自 ら の 境 界 内 の 土 地 購 入 に つ い て イ ン デ ィ ア ン と交 渉 す る権 利 を 有 し、 連 合 の 支 持 を 有 す る が 、 州 の 代 議 員 が 土 地 購 入 に つ い て の 中 央 政 府 の 条 約 発 議 権 に 違 背 し、 そ して

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一 般 条 約 に 敵 対 す る形 で 行 動 した場 合 、 彼 らは そ の 法 的 義 務 と礼 儀 を侵 す こ と に な る とす る。 そ して 、 連 合 規 約 の 下 で 州 に保 留 され た 立 法 権 限 は 、 土 地 の 譲 渡 に関 しイ ンデ ィ ア ンの 土 地 を取 得 す る た め の先 買 権(preemptiveright)に 定 さ れ る、 そ して 構 成 員 の 適 用 除 外 は部 族 関係 を放 棄 し、 州 の 法 的 枠 組 み の 中 に組 み 込 まれ た イ ン デ ィ ア ン に の み 当 て 嵌 ま る と した た め て い る。 先 買 権 の 主 張 の 根 拠 と して マ デ ィ ソ ン は、 先 買 権 が ① イ ン デ ィ ア ン に関 して 植 民 地 に よ っ て 以 前 か ら行 使 さ れ た基 本 的権 利 で あ る こ と、② 全 て の植 民 地 のや り方 と1司様 、 そ の 法 律 に よ って 主 張 され た権 利 で あ る こ と、 ③ 個 々 の 植 民 地 に とっ て 最 も重 要 性 を持 つ 皐 項 で あ って 、 大 陸 会 議 の一 般 的 権 限 と最 小 限度 に お い て の み相 反 す る こ と、④ 州 の構 成 員 の領 有 権 につ いて 最 も警 戒 心 を持 っ て(vigilant)ヴ ァー ジニ ア の 代 議 員 に よ っ て主 張 され た もの で あ る こ とが 絶 え ず 言 わ れ て き た こ と

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を 挙 げ て い る 。

と こ ろ で 、 ワ シ ン トン は 、 イ ギ リ ス と 同 盟 し た 部 族 が 領 有 す る テ リ ト リ ー は

征 服 さ れ た 地 方 」(conqueredprovinces)と 考 え て い た が 、 土 地 を イ ン デ ィ ァ ン か ら 全 て 取 り上 げ る こ と に は 反 対 し た と さ れ る 。 ま た 大 陸 会 議 は 、 当 初 、 委 員 に 対 し て イ ギ リ ス を 支 援 し た 部 族 が ア メ リ カ の 勝 利 の 結 果 と して 彼 ら の 土 地 を 喪 失 し た こ と を 明 ら か に す る よ う指 図 し た が 、 こ の 政 策 は 完 全 に は 遂 行 さ れ

5R)

な か っ た と さ れ る 。

5.北 部(乃 至 北 西 部)部 族 と の 条 約 を 見 る に 、1784年ll月22日 に 、 フ ォ ー ト ・ス タ ン ウ ィ ク ス(FortStanwix)で 合 衆 国 全 権 委 員 と六 部 族 連 合 一 モ ホ ー ク 、 オ ノ ン ダ ガ 、 セ ネ カ 、 オ ナ イ ダ 、 カ ユ ガ 及 び タ ス カ ロ ー ラ の 各 部 族 一 の 間 に 条 約(一 般 に、 「フ ォ ー ト ・ス タ ン ウ ィ クス 条 約 」 と呼 ば れ る。)が 締 結 さ れ て

59)

い る 。 条 約 は 、 そ の 前 文 で 「ア メ リ カ 合 衆 国 は 、 セ ネ カ 、 モ ホ ー ク 、 オ ノ ダ ン カ 及 び カ ユ ガ を 降 服 さ せ(givepeaceto)、 以 下 の 条 件 で 合 衆 国 の 保 護 下 に お く。」

と宣 言 し 、 第2条 で 独 立 戦 争 に 際 して ア メ リ カ 側 に 立 っ て 戦 っ た 残 り の オ ナ イ ダ と タ ス カ ロ ー ラ の 各 ネ ー シ ョ ン は 、 「彼 ら が 居 住 す る 土 地 の 占 有(possession) を保 証 さ れ る も の と す る 。」 と規 定 して い る 。 第3条 で は 、 境 界 線 が 確 定 さ れ 、 彼 ら イ ン デ ィ ア ン は ニ ュ ー ・ヨ ー ク 西 部 及 び ペ ン シ ル ヴ ェ ニ ア の テ リ ト リ ー の 割 譲 を 迫 ら れ て い る 。 そ して 第4条 は 、 人 道 的 観 点 か ら六 部 族 に 物 資(goods) が 交 付 さ れ る 旨 を 謳 っ て い る 。 こ の 条 約 は 、 六 部 族 連 合 の 利 益 に 反 す る の み な

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ア メ リカ ・イ ン デ ィ ア ン政 策 史G532年 〜1789年)(下)

181 らず 、 彼 らが 代 弁 して い る と 自任 した西 方 イ ン デ ィ ア ン の利 益 に も反 す る も の で あ っ た 。 また 、 土 地 保 全 を認 め られ た オ ナ イ ダ と タス カ ロ ー ラ も、 聞 も な く

C‑0)

して 土 地 を 売 却 し西 方 へ 移 住 す る よ う勧 誘 さ れ る こ と に な る。

1785年1月21日 に は 、 フ ォ ー ト ・マ ッ キ ン ト ッ シ ュ(FortM'lntosh)で 合 衆 国 全 権 委 員 と ワ イ ア ン ド ッ ト、 デ ラ ウ ェ ア 、 チ ッ ペ ワ 及 び オ タ ワ の 各 ネ ー シ ョ

cu

ン との 間 に条 約 が 締 結 され て い る。 本 条 約 は 、 前 文 で 合 衆 国 が 各 ネ ー シ ョ ン を 降 伏 させ た 旨 を謳 い 、 第1条 で 白人 及 び黒 人 の 捕 虜 が 解 放 さ れ る まで ワ イ ア ン ドッ トの族 長1人 、 デ ラ ウ ェ ア の 族 長2人 を 合 衆 国 委 員 に 引 渡 す 旨 を約 束 して い る。 第2条 は、 条 約 に言 うイ ンデ ィ ア ン ・ネ ー シ ョ ン とそ の全 部 族 は合 衆 国 の保 護 下 に入 り、 他 の 如何 な る主 権 国 家 に も服 さ な い と規 定 して い る。 そ して 、 第3条 で ワイ ア ン ドッ ト とデ ラ ウ ェ ア の問 の 境 界 を画 定 し 一 オ ハ イ オ 川 を 越 え て 更 に 西 方 に伸 び て い る 一 、 第4条 で は 合 衆 国 が ワ イ ア ン ドッ ト及 び デ ラ ウ ェ ラ ・ネ ー シ ョ ンの 境 界 線 内 の 全 土 地 を居 住 及 び狩 猟 の た め及 び 現 在 当該 場 所 に居 住 す る オ タ ワ ・ネ ー シ ョ ンの そ れ に割 当 て る(allot)と し、 交 易所 の 設 置 を 規 定 して い る。 第5条 は 、 「合 衆 国市 民又 は イ ンデ ィ ア ン に属 さ な い そ の他 の 者 が 、 本 条 約 で ワ イ ア ン ド ッ ト及 び デ ラ ウ ェア ・ネ ー シ ョン に割 当 て られ た 土 地 に 居 住 し よ う と試 み た る場 合 、 前 条 で 合 衆 国 に保 留 され た る土 地 を除 い て 、 そ の者 は合 衆 国 の 保 護 を 受 け る権 利 を失 い 、並 び に イ ンデ ィ ア ンは 自 らの欲 す る方 法 で そ の 者 を処 罰 し得 る もの とす る。」 と規 定 し、 第9条 は 、 「イ ン デ ィ ア ン個 人 若 し くは 複 数 イ ン デ ィ ア ン が 合 衆 国 市 民 に 強 盗(robbery)又 は 謀 殺 (murder)を 犯 した る場 合 、 当 該 犯 罪 者 が 所 属 す る部族 は直 近 の 交 易所 に 当該 犯 罪 者 を 引 渡 す こ とを 義 務 づ け られ 、 合 衆 国 の条 令(Ordinances)に 従 っ て処ill

され る。」 と定 め て い る。 そ して 、 第10条 は、 合 衆 国 が 人 道 上 の観 点 か ら物 資 が 支 給 され る 旨 を謳 って い る。

翌1786年1月31E1に は、 オ ハ イ オ の北 西 河 岸 の グ レー ト ・マ イ ア ミ(Great Miami)河 口で 合 衆 国 全 権 委 員 と シ ョー ニ ー ・ネ ー シ ョ ン との 間 に条 約 が締 結 さ

G2)

れ て い る。 同 条 約 第5条 で 降 服 宣 言 が 、 第1条 で捕 虜 引 渡 し宣 言 が為 され 、 第 2条 は 「シ ョー ニ ー ・ネ ー シ ョ ンは 、1784年1月14日 に大 英 帝 国 とネ ー シ ョ ン との間 に締 結 さ れ た 講 和 条 約 に基 づ い て ネ ー シ ョ ン に割 譲 され た 全 て の テ リ ト リー に対 す る 唯 一且 つ 絶 対 的 主 権 が 合 衆 国 に あ る こ とを承 認 す る。」 と規 定 して

(12)

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い る 。 そ して 条 約 第6条 は 、 上 記1785年1月21条 約 第4条 と同 様 の 規 定 を 置 き 、 第7条 は 上 記1785年 条 約 第5条 と同 様 の 規 定 を 置 い て い る 。 注 目 す べ き は 、 第

3条 が 第1文 で 上 記1785年 条 約 第9条 と 同 様 の 規 定 を 設 け 、 続 く第2文 衆 国 市 民 が 、 シ ョ ー ニ ー ・ネ ー シ ョ ン の イ ン デ ィ ア ン 若 し く は 彼 ら の タ ウ ン に 居 住 し及 び そ の 保 護 下 に あ る そ の 他 の イ ン デ ィ ア ン 個 人 又 は 複 数 イ ン デ ィ ア ン の 権 利 侵 害(injury)を 犯 した 場 合 、 合 衆 国 の 法 律(laws)に 従 っ て 処 罰 さ れ る 。」

と規 定 して い る こ とで あ る 。

北 部(乃 至 北 西 部)部 族 と の 間 に 合 衆 国 憲 法 が 採 択 さ れ る 以 前 に 締 結 さ れ た 条 約 は 、 知 る 限 り で は 上 で 触 れ た3条 約 の み で あ る(1789年1月9日 の フ ォ ー ト・

ハ ー マ ー(FortHarmer)で の 「ワイ ア ン ド ッ ト(Wiandots)、 デ ラ ウ ェ ア(Delawares)、

オ タ ワ(Ottawas)、 チ ッペ ワ(Chippewas)、 ポ タ ワ ト ミ(Pattawatimas)及 び サ ッ

ク(Sacs)と の 条 約 」 で 、 上 記1785年1月21EIに フ ォ ー ト ・マ ッ キ ン トッ シ ュで 締 結 さ れ た 条 約 で 確 定 さ れ た境 界 線 及 び 土 地 譲 渡 が 確 認 さ れ 、 更 新 さ れ る と共 に 、 彼 らイ ン デ ィ ア ン 、 そ の 相 続 人 並 び に そ の 子 孫 は 、 境 界 線 の 東 方 、 南 方 及 び 西 方 の 全 て の 土 地 の 放 棄 と合 衆 国 へ の 譲 渡 を約 束 させ られ 、 合 衆 国 が 当 該 土 地 に絶 対 的 優 先 権 を 保 有 す る も の と され た(第2条)。)。

6.こ こ で 、 南 部 の 部 族 との 条 約 に 目 を 転 じ て み よ う 。 大 陸 会 議 が 南 部 の 部 族 に つ い て 行 動 を 開 始 す る の は 北 部 に 比 べ 緩 慢 で あ っ た が 、1785年3月15日 大 陸 会 議 で 南 部 の イ ン デ ィ ア ン ・ネ ー シ ョ ン と 交 渉 す る 委 員 を 任 命 す る 決 議 が

可 決 さ れ る 。

1785年ll月28日 、 ケ ウ ォ ウ ィ 川(KeoweRiver)河 畔 の ホ ー プ ウ ェ ル

GS)

(HopeweH)で 、 チ ェ ロ キ ー との 間 に 条 約 が 締 結 され る。 前 文 及 び13ヶ 条 か ら な る条 約 は、 そ の 前 文 で チ ェ ロ キ ー の 降 服 を宣 言 し、 彼 ら を ア メ リカ の 保 護 下 に置 く と宣 言 し、 第1条 及 び 第2条 は 捕 虜 の交 換 及 び チ ェ ロ キ ー が 収 奪 した そ の他 の 財 産 の返 還 を約 束 し、 第4条 は 狩 猟 場 と して 割 当 て られ る境 界 を定 め て い る。 第5条 は 、 イ ン デ ィ ア ン に狩 猟 場 と して 割 当 て られ た 境 界 の 西 方 地 域 及 び南 方 地 域 に居 住 しよ う と試 み 、 又 は 既 に 当該 場 所 に居 住 し条 約 批 准 か ら6ヵ 月 以 内 に移 転 しな い合 衆 国 国 民 又 は イ ン デ ィア ンで な い そ の 他 の者 は、 合 衆 国 に よ る保 護 を 受 け る権 利 を失 い、 イ ン デ ィ ア ンが 望 む方 法 で 該 当者 を処 罰 し得 る とす る。 第6条 は、 イ ンデ ィ ア ン個 人 又 は複 数 イ ン デ ィ ア ン 、彼 らの 中 に 居

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ア メ リ カ ・イ ン デ ィ ア ン 政 策 史(i532年 〜i789年)(下)

183 住 す る者 若 し くは ネ ー シ ョン に避 難 して い る者 が 、 合 衆 国 市 民 又 は そ の 保 護 下

に あ る者 に強 盗 、 謀 殺 若 し くは そ の 他 の死 刑 を科 し得 る犯 罪(capitalcrime) を 犯 した場 合 、 部 族 は 犯 罪 者 を合 衆 国 に 引 渡 し、 犯 罪 者 は 合 衆 国 の条 令 に従 っ て 刑 罰 を科 され る 旨 を 規 定 し、 第7条 は、 合 衆 国 市 民 又 は そ の保 護 下 に あ る者 が イ ン デ ィア ン に対 して 強 盗、 謀 殺 又 は そ の他 の 死 刑 を 科 し得 る犯 罪(capital crime)を 犯 した場 合 、合 衆 国 市 民 に 犯 罪 を犯 した 者 と同様 の方 法 で チ ェ ロキ ー の 何 人 か の 出 席 の 下 で 処 罰 さ れ る と して い る。

上 記(3)で 述 べ た 北 部(乃 至 北 西 部)部 族 との 間 の 三 つ の条 約 と比 較 した 場 合 、 特 に 注 目 さ れ るの が 第9条 、 第12条 及 び第13条 で あ る。 第9条 は 、 「 ンデ ィ ア ンの 利 益 及 び 援 助 の為 並 び に市 民 又 は イ ン デ ィ ア ン の い ず れ か 一 方 の 当 衷 者 へ の権 利 侵 害 若 し くは圧 力 を回 避 す る為 、 参 集 した 大 陸 会 議 に お け る合 衆 国 は 、 イ ンデ ィ ア ン との交 易 を規 制 し及 び適 切 と考 え る方 法 で 全 て の イ ンデ ィ

ア ン問 題 を管 理 す る唯 一 且 つ排 他 的 権 利(soleandexclusiveright)を 有 す る もの とす る。」 と規 定 して い る。 そ して第12条 は、 イ ンデ ィ ア ンは合 衆 国 の正 義 に 全 面 的 に信 頼 す る と こ ろ、 彼 らの 利 益 に鑑 み 大 陸 会 議 に代 表(deputy)を る こ とが で き る と規 定 して い る こ とで あ る(尤 も、 大陸会 議の 間実現 され る ことは な か っ た)。 第13条 は 、 和 睦 に つ い て 、"Thehatchetshallbeforever

buried"と 規 定 して い る(尤 も 、 そ の 後 、 チ ェ ロ キ ー は 、1791年7月2日 の 条 約 で ク リン チ 川(ClinchRiver)東 南 の2660,000エ ー カ ー の 土 地 を 僅 か1,000ド ル の 年 金 支 払 い と引 換 に 譲 渡 させ ら れ て い る)。

続 く1786年1月3日 に は ホ ー プ ウ ェ ル で チ ョ ク ト ー ・ネ ー シ ョ ン と の 間 に 、

同 年1月10日 に は 同 じ ホ ー プ ウ ェ ル で チ カ ソ ー と の 間 に 条 約 が 締 結 さ れ る。 前 者 は 前 文 及 びllヶ 条 か ら な り、 後 者 も ま た 前 文 及 びllヶ 条 か ら 成 る が 、 そ の 内 容 は ほ と ん ど 上 記 チ ェ ロ キ ー と の 条 約 の そ れ と 同 一 と言 っ て よ い で あ ろ う(」 二記 3条 約 は 、1786年4月17日 に 大 陸 会 議 に お い て 承 認 さ る)。

7.と こ ろ で マ ー シ ャ ル 判 事(Marshall,J.)は 、1832年 の 仰b名cθ5∫6γ裏 件'h1

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決 こ こで 取 り上 げ た1785年ll月 の 「チ ェ ロキ ー ・ネ ー シ ョン との 条 約 」 に つ い て 詳 細 に逐 条 解 釈 を試 み て い る。 以 下 、 マ ー シ ャル 判 事 の説 示 で あ る 一 マ ー シ ャル は 、条 約 の 解 釈 に 先 立 ち チ ェ ロ キ ー の族 長 た ちが 英 語 の 読 み害 きが で き な か っ た と指摘 して い る 一 。 独 立 戦 争 の際 、 チ ェ ロ キ ー は イ ギ リス側 に つ い た

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が 、1785年11月28日 の 「ホ ー プ ウ ェ ル条 約 」 は、 合 衆 国 全 権 委 員 は 、 「全 チ ェ ロ キ ー を 降 服 させ 、 及 び ア メ リカ合 衆 国 の 支 援 並 び に保 護 に迎 え入 れ る。」 と宣 言 して い る。 チ ェ ロ キ ー は 、 講 和 を 受 け入 れ た で あ ろ うか 。 更 に 雷 え ば 、 チ ェ ロキ ー は 、 平 和 を乞 うた め に ア メ リカ政 府 の 用 意 した席 に つ い た の で あ ろ うか。

条 約 が締 結 され た の は、 ニ ュー ・ヨー クで は な くホ ー プウ ェル で あ って 、 『降 服 させ る』 とい う文 言 は、 条 約 に とっ て 重 要 な 意 味 を持 つ もの で はな いの で あ る。

条 約 第1条 、 第2条 は 、 捕 虜 の相 互 の 返 還 を約 定 して い るが 、 勿 論 、 相 互 に平 等 の 条 件 の下 にで あ る。 第3条 は 、 チ ェ ロ キ ー が 他 の 国 家 で は な く して ア メ リ

カ 合 衆 国 の保 護 下 に入 る こ とを認 め て い る。 か か る約 定 は 、 イ ンデ ィ ア ン との 条 約 一 般 に見 出 され 、 大 英 帝 国 との 条 約 に採 り入 れ られ 、 そ して他 の ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 との条 約 に も見 出 され 得 る と こ ろで あ る。 そ の発 端 は、 そ れ ら諸 国 と彼

ら との 交 渉 の性 格 に遡 り、 その 真 意 は それ らの 相 互 の 置 か れ た状 態 に認 め られ る。

ヨー ロ ッパ の 主 権 国 の一 般 法 は 、 それ ぞ れ の ア メ リカ に お け る請 求 に関 して 、 イ ンデ ィ ア ン との 交 渉 を か な りの範 囲 に亘 っ て領 土 に対 す る究 極 的権 利 が 他 の 国 に よ って 承 認 され た 特 定 の主 権 者(potentate)に 限 定 した。 この こ とは 、 平 和 時 に お け る物 事 の 通 常 の 状 態 で あ っ た 。 そ れ は 、 時 と して 変 更 さ れ た 。 重 要 な こ とは、 彼 らの 生 活 用 品 は主 に チ ェ ロ キ ー ・ネ ー シ ョ ンか ら得 られ 、 彼 らの 通 商 はネ ー シ ョン に限 定 され た とい う こ とに あ っ た。 イ ン デ ィ ア ンの 生 活 に と っ ・

て不 可 欠 な商 品 は 、 贈 物 の か た ち で 同 じ援 助 の 手 か らイ ンデ ィ ア ンに よ っ て 受 け取 られ た。 よ り重 要 な こ とは 、 そ れ は政 府 の 強 力 な援 助 の 手 が 、 イ ン デ ィ ア ン ・カ ン トリー へ の 侵 入 、 イ ン デ ィア ンの 土 地 へ の 侵 食 及 び しば しば 報 復 の た め の殺 害 に伴 う侵 害 行 為 か ら無 秩 序 と放 縦 を抑 制 す る た め に差 し挟 まれ た とい う こ とで あ る。 イ ン デ ィア ン達 は 、 この 保 護 の 下 に彼 らに とっ て 有 益 な る もの の み 一 彼 らへ の 正 当 な理 由の な い 攻 撃 を処 割 す る た め の 約 束 の み 一 を 了 解 した の で あ る。 約 定 に は 、 特 に彼 らの 土 地 へ の 要 求 、 彼 らの 人 身 へ の 支 配 が含 まれ て は い な か った 。 約 定 が 、 イ ンデ ィ ア ンの 国 家 と して の 性 格 を 失 う こ とな く、 チ ェ ロ キ ー ・ネ ー シ ョン を強 力 な 友 人 と隣 人 の 保 護 を請 求 し及 び そ の保 護 の 利 益 を受 取 る独 立 した 同 盟 国 と して 大 英 帝 国 に結 び付 けた 。 この こ とが 約 定 の真 に 意 味 す る とこ ろ で あ って 、約 定 が 締 結 され た 意 義 で あ る こ と に疑 い を差

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ア メ リ カ ・イ ン デ ィ ア ン政 策 史(1532年 〜1789年)(下)

i8S し挟 む 理 由 は存 在 しな い。 英 国 政 府 の み な らず チ ェ ロ キ ー も、約 定 が そ れ 以 上 の もの を 意 味 す る とは 理 解 して は い なか っ た 。

合 衆 国 との 間 に結 ば れ た 約 定 が 、 全 く同 じ よ うに理 解 され 得 る こ とに疑 い は な いの で あ って 、 合 衆 国 は チ ェ ロ キー を そ の 恩 恵 と保 護 の 下 に受 入 れ て い る。

チ ェ ロ キ ー は 、 自 ら合 衆 国 の 保 護 下 に あ る こ と を認 め て い る。 保 護 は 、 被 保 護 者 の駆 除 を意 味 しな い。 か か る約 定 の ア メ リカ政 府 に よ る理 解 の さ れ 方 は、初 代 大 統 領 の 言 葉 と行 動 に よ って 説 明 され る。

第4条 は、 イ ンデ ィ ア ン と合 衆 国 市 民 との 間 の 境 界 を規 定 して い る。 この 境 界 を規 定 す る際 に 、 「割 当 て られ た 」 と い う用 語 と 「狩 猟 す る土 地 」 と い う用 語 が 使 用 され て い る。 書 くこ とが 値 わ ず そ して そ の 多 くは読 む こ とが で き ず 、 ま た 我 わ れ の 国 語 を批 判 的 に判 断 で き な い イ ンデ ィ ア ン達 が 「割 当 て られ た 」 と い う言 葉 を 「区 画 さ れ た 」 とい う言 葉 か ら区 別 して理 解 しな け れ ば な らな い と 我 わ れ が 一 方 的 に想 定 す る こ とに 、 何 等 か の 合 理 的 理 由 は 見 出 さ れ るで あ ろ う か。 契 約 の 実 質 的 目 的 は 、 二 つ の 国 家(twonations)の 問 に 境 界 線 を 引 く こ と に あ り、 こ れ ら国 家 の注 意 力 が 当該 目的 に限 定 され て きた と想 像 す るに 難 くな い。 奉 実 、 イ ンデ ィ ア ン達 が 、 合 衆 国 に 土 地 を割 譲 し、 そ して その範 囲を記述 して い る時 に、彼 らが使 用 され る用 語 が 土 地 を譲 渡 す る代 わ りに土 地 を受 け取 っ た こ とを 示 唆 す る もの と理 解 で き得 な か っ た こ とは 、 よ しん ば 想 像 さ れ 得 る と こ ろで あ る。 「狩 猟 す る土 地 」 に 関 して言 え ば 、 狩 猟 は条 約 が締 結 さ れ た 当 時 イ ンデ ィ ア ンの 主 要 な職 業 で あ り、 イ ン デ ィ ア ンの 土 地 は ほ とん ど狩 猟 目 的 に 使 用 され て い た と言 っ て よ い。 しか しな が ら、 イ ン デ ィ ア ンが 保 留 した 土 地 の 完 全 な 使 用 を制 約 す る意 図 が あ っ た とは 想 定 で きな い。 これ らの 用 語 は 、 大 英 帝 国 との 条 約 に 使用 され て きて お り、 決 して 誤 っ て 理 解 さ れ て きて は い な い。 こ れ らの 用 語 が 、 英 国 政 府 に イ ン デ ィア ンの 土 地 を取 り上 げ る権 利 が あ る こ と或 い は イ ン デ ィ ア ンの 内 部 の政 府 に介 入 す る権 利 が あ る こ とを意 味 す る とは 想 定 され て は こ な か っ た 。

条 約 第6条 及 び 第7条 は、 い ず れ か 一 方 の カ ン トリー の 市 民 が他 方 の カ ン ト リー の 市 民 に 対 して実 行 した犯 罪 を処 罰 す る 旨 を約 定 して い る が 、両条項 か ら 推 論 で き る唯 一 の こ とは 、 合 衆 国 が チ ェ ロ キ ー を国 家 と看 倣 して い る とい う こ とで あ る。 条 約 第9条 は、 「イ ンデ ィ ア ンの 利 益 及 び安 寧 の為 に 並 び に… … イ ン

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デ ィ ア ン へ の 侵 害 と圧 迫 を妨 げ る為 に、 合 衆 国 は … … イ ン デ ィ ア ン との 通 商 を 規 制 し及 び イ ン デ ィ ア ンが 適 切 と考 え る方 法 で 全 て の 彼 らの 問 題 を処 理 す る 唯 一 且 つ 排 他 的権 利 を 有 す る もの とす る。」 と規 定 して い るが 、 こ こに い う 「全 て の イ ンデ ィ ア ン問題 を処 理 す る」(managingalltheiraffairs)と い う文 言 を 「自 治 の放 棄1(surrenderofself‑government)と 直 訳 して 解 釈 す る こ とは、 そ れ ら文 言 の 本 来 の 意 味 の 曲解 で あ り、 一 貫 して加 え られ て きた 解 釈 に違 背 す る こ とに な る。 第9条 の重 要 な 目的 は 、 イ ンデ ィ ア ン との 通 商 に あ る。 全 権 委 員 は、

条 約 を締 結 す る動 機 が イ ン デ ィ ア ンの 利 益 と安 寧 並 び に 侵 害 と圧 迫 の 防 止 に あ る こ とを表 明 して 請 求 を提 示 した が 、 この こ とは、 通 商 の 規 制 と交 易 に 関 連 す るす べ て の 問 題 に 関 す る規 制 に 関 して は 当 て嵌 ま る が 、 す べ て の 問 題 の処 理 に つ い て は 的 を得 て い な い。 これ らの 中 の最 も重 要 な 事 項 は、 彼 らの 土 地 の 割 譲 で あ っ て 、 彼 らへ の 侵 入 者 か らの 安 全 に あ った の で あ る。

条 約 第2条 は 、 チ ェ ロ キ ー ・ネ ー シ ョ ンが 他 の如 何 な る主 権 国 の 保 護 下 で も な く、 ア メ リカ合 衆 国 の保 護 下 に あ る こ とを繰 り返 し承 認 して い る。 イ ン デ ィ ア ン ・ネ ー シ ョ ン は、 そ の 置 か れ た状 況 か ら して 、 必 然 的 に 彼 らの欲 求 の 充 足 を、 そ して 彼 らの カ ン ト リー へ の不 法 且 つ 不 正 な 侵 害 か らの 保 護 を 外 国 の君 主 に頼 ら ざ るを 得 な か っ た 。 そ の国 家 は 、 自然 に 彼 ら の保 護 者 を任 じ、 イ ンデ ィ ア ン は大 英 帝 国 の 保 護 下 に入 っ た の で あ る。 しか し、 英 国 の 失 墜 と それ に伴 う 合 衆 国 の 建 設 は、 自 然 に チ ェ ロ キ ー の 側 に 立 て ば彼 らが 合 衆 国 の保 護 下 に あ る とい う宣 言 へ と導 い た の で あ る。 彼 らは、 以 前 に大 英 帝 国 と築 い た 関 係 を合 衆 国 との 間 に 想 定 した の で あ っ て 、 か か る関 係 は、 一 方 の 国 家 が よ り強 力 な 国 家 の 保 護 を 求 め、 そ の保 護 を受 け る とい う国 家 間 の 関 係 で あ っ て 、 国 家 と して の 性 格 を捨 て て 、 臣 民 と して主 人 の 法 に服 従 す る とい う個 人 と個 人 との 間 の 関 係 で は な い の で あ る。

第3条 は、 捕 虜 の 解 放 に つ いて 全 く同 様 の約 定 を定 め て い る。 第4条 は 、合 衆 国 とチ ェ ロキ ー ・ネ ー シ ョン との 間 の 境 界 を 宣 言 して い る。 境 界 は、 相 互 の 合 意 の 下 で 国 家 と国 家 との 間 で 引 か れ 、 相 互 の 国 家 と して の 性 格 、 か か る 境 界 を確 定 す る資 格 は他 方 に よ っ て承 認 され て い る。 従 っ て 、 本 件 条 約 は、 明 らか にチ ェ ロ キ ー の 国家 と して の 性 格 及 び チ ェ ロ キ ー の 自治 の権 利(rightofself government)を 認 め て い る 。 す な わ ち 、 チ ェ ロ キ ー の 土 地 を 保 障 す る こ と、 保

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ア メ リカ ・イ ン デ ィ ア ン 政 策 史(1532年 〜1789年)(下)

187 護 義 務 を負 う こ と、 そ して 勿 論 彼 らの 保 護 の た め に合 衆 国 が 誓 約 す る こ とが 、

しば しば 更 新 され 、 現 在 も完 全 な る効 力 を維 持 して い る。 我 わ れ の政 府 が 開 府 さ れ て か ら、 合 衆 国 議 会 は イ ン デ ィア ン との通 商 及 び 交 易 を規 制 す る立 法 を可 決 して きた が 、 当 該 立 法 は 、 チ ェ ロ キ ー を 国 家 と して 扱 い 、彼 らの 権 利 を尊 重 し、 条 約 で 約 定 され た 保 護 の 提 供 を堅 持 して い る。 これ らの立 法 、 中 で も今 日 も効 力 を保 って い る1802年 法 は、 明 白 に幾 つ か の イ ンデ ィア ン ・ネ ー シ ョ ンを 、 テ リ トリー の 境 界 を 持 ち 、 そ の権 限 は排 他 的 で あ っ て 、 そ して合 衆 国 に よっ て 承 認 され て い る だ け で は な く保 護 され て い る境 界 内 の全 て の 土 地 に 対 す る権 利

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を 有 す る 別 個 の 政 治 的 コ ミ ュ ニ テ ィ」 と着 倣 して い る の で あ る 。(傍 線 、 箪 者) II「 北 西 部 連 邦 領 条 令 」

1.1786年8月7日 、 連 合 会 議(CongressofConfederation)は 、 イ ン デ ィ ア ン 問 題 を 規 制 す る た め 二 つ の イ ン デ ィ ア ン部 局 を 設 立 す る 一 般 条 令 を 制 定 し た 。 北 部 局 は 、 オ ハ イ オ 川 の 北 及 び ハ ド ソ ン 川(HudsonRiver)の 西 の テ リ ト リ ー を 管 轄 し 、 南 部 局 は オ ハ イ オ 川 の 南 の テ リ ト リ ー を 管 轄 し、 各 部 局 は 陸 軍 長 官 に 対 して1任 を 負 う長 に よ っ て 統 括 さ れ 、 長 は イ ン デ ィ ア ン と の 交 易 及 び

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イ ン デ ィ ア ン と の 居 住 に 許 可 を 発 す る 権 限 を 付 与 さ れ て い た 。

連 合 規 約 の 両 義 性 に よ っ て 激 化 した 州 の 抵 抗 は 、 連 邦 政 策 の 遂 行 に と っ て 大 き な 障 壁 と な っ た の で あ る 。 ノ ー ス ・カ ロ ラ イ ナ 、 ジ ョ ー ジ ア 及 び ニ ュ ー ・ヨ ー ク は 、 中 央 政 府 と チ ェ ロ キ ー 、 ク リー ク(Creeks)及 び 六 部 族 連 合 と の 条 約 締 結 に 猛 烈 な 抵 抗 を 露 わ に し、 条 約 は 州 の 主 権(statesovereignty)侵 害 で 当 た る

と 主 張 し た の で あ る 。 ジ ョ ー ジ ア 州 に い た っ て は 、 中 央 政 府 の 条 約 委 員 が 全 ク リ ー ク ・ネ ー シ ョ ン を 代 表 す る も の で は な い と して 交 渉 を 拒 否 し た ク リー ク の 小 集 団 と 条 約 締 結 に 踏 み 切 っ た の で あ る 。 結 果 は 、 ク リ ー ク政 府 の 怒 り を 買 う こ と に な り、 条 約 に よ っ て 州 に 割 譲 さ れ た 土 地 に 非 イ ン デ ィ ア ン の 入 植 者 が 入 り込 ん だ た め に 反 乱 へ と発 展 し た の で あ る 。1784年 フ ォ ー ト ・ス タ ン ウ ィ ッ ク ス 条 約 に 反 対 し た ニ ュ ー ・ ヨ ー ク も 、 六 部 族 連 合 と別 個 の 条 約 交 渉 と土 地 譲 渡 に 乗 出 し た の で あ る。

ま た 、1785年 の チ ェ ロ キ ー との 条 約 で 確 定 さ れ た 境 界 線 を 越 境 し、 チ ェ ロ キ ー の テ リ ト リ ー に 侵 入 し た 暴 徒 は 、 「イ ン デ ィ ア ン部 落 に 入 り、 非 道 に も女 子 供 を 見 つ け て は 殺 害 し、 陰 部 を 最 も 恥 ず べ き や り方 で 晒 し、 果 て に は 子 供 の 両 腕 を

参照

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出典 : Indian Ports Association & DG Shipping, Report on development of coastal shipping 2003.. International Container Transshipment Terminal (ICTT), Vallardpadam