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(1)

青山学院大学図書館報 

巻頭エッセイ 

 私の<図書室・図書館遍歴>の思い出 

       …………池田 稔 2〜3  特集「読書のすすめ」………4〜12  展示資料紹介 

   「Le Chat Noir」………13  相模原アンケート 

 学生から見た図書館 ………14〜15  次 

目  特集「読書のすすめ」 

「読書ノスヽメ、図書館ニススメ」……… 福田 敬子 4  言葉に向き合う時間 ……… 坂上 裕子 5  ヴァンカと「私」の先に見えた世界 ………… 中川 辰洋 6  図書館のすすめ……… 大石 泰彦 7 

『遠野物語』のすすめ ……… 佐藤  亨 8  自分の人生を決める本は自分で選べ ……… 國分 俊宏 9 

「哲学としての読書」のすすめ ……… 中野 昌宏10 

「読書のすすめ」 

  −科学技術と向き合うために− ……… 村中 隆弘11 

April 1, 2010 No.

87

ISSN 1345−3505

特集  読書のすすめ  読書のすすめ 

相模原キャンパス 

(2)

■ 巻 頭 エ ッ セ イ

 

 わずかでも本が並んでいる教室を図書室と 呼べるなら、私が人生で初めて図書室と出会っ たのは 1948(昭和23)年に入学した、当時は 畑や蓮田に囲まれた東京の片隅にあった木造 校舎の小学校でした。しかし低学年時には教 室が足りず午前組と午後組に分かれて授業が 行われる二部授業形式でしたから、図書室な どはなかったのです。図書室ができたのは分 校が設置された高学年になってからで、そこ を利用できたのは担任の先生がお休みした自 習時間の時でしたが、粗末な数少ない本の中 から偶然選び何気なく読み始めた 1 冊が『ニ ルスのふしぎな旅』でした。ふとした悪戯で 小人にされ、ガチョウに乗ってスウェーデン 縦断の旅をすることになり、様々な人や動物 と出会い悪戯っ子ニルスが人間的に成長して いく物語で、時間を忘れて読み耽り半世紀余 り経った今でも妙に脳裡に焼きついているの です。この本は、作家大江健三郎氏が少年時 代に深く感銘を受けたことで話題になったス ウェーデン児童文学の古典作品であるという ことをあとで知って嬉しくもあり、そのよう な名作をあの貧しい図書室に当時の先生方が 備えてくださったことに今更ながら感謝する 次第です。一方、記憶が定かではないのです が、戦前同町内に住み近接の尋常小学校に通っ

た豊田正子氏の『綴方教室』(中央公論社、昭 和 12 年)が見当たらなかったのは不思議です。

中学校にも一応図書室はあったのですが、川 端の櫓から浴衣の染物生地が風にそよぐのを ぼんやり眺めながら志賀直哉著『小僧の神様』

を読んだのを憶えているくらいで、図書委員 の K 君が「これはもう読みましたか」と迫っ てくるのに怖れをなし、自然に足が遠のいて しまったような情けない読書家でした。 

 その後進学した嘗て幸田露伴の旧居「蝸牛 庵」が在った墨堤近くの高等学校にはさすが に図書室はありましたが、授業で必要になっ た資料を確かめる程度しか利用せず、そこに 見当たらない時は校舎裏の金網塀の穴を潜り 抜け隣の区立図書館を秘かに利用しました。

世界史の授業でグループ別研究の発表者にさ れ、苦し紛れにそこで借用した郭沫若著『歴 史小品』(平岡武夫訳、岩波新書、昭和 25 年)

を読んで発表したことは憶えているのですが、

その内容は残念ながら忘れてしまいました。 

 これが本物の図書館だと実感したのはやは り大学・大学院時代で、本学の(当時)間島記 念図書館をはじめ、国立国会図書館、国立大 学図書館、稀覯本を所蔵する私立大学図書館 などを必要と好奇心に駆られて巡歴した体験 でした。例えば、幕末に来日し施療と英学教育 

教育人間科学部長  池  田   稔 

IKEDA Minoru

「私の<図書室・図書館遍歴>の思い出」 

「私の<図書室・図書館遍歴>の思い出」 

(3)

に献身しつつヘボン式ローマ字を遺したキリ スト教宣教師ヘボン(James  Curtis  Hepburn,  1815-1911)が編纂した和英辞書『和英語林 集成』第三版の羊皮紙製原本を明治学院大学 図書館で実際に手にし感動したことを憶えて います。また、本学院におけるキリスト教信 仰に基づく教育の源流である、メソディズム の祖ジョン・ウェスレー(John Wesley, 1703-  1790)の福音活動の生の声が今にも聞こえて くるような『ウェスレー日誌』(The Journal of the Rev. John Wesley, edited by N. Curnock. 8

vols. 1938)を今ここで閲覧できるのは実に

贅沢なことにも思われます。 

 大学院修了後選んだ公立高校定時制課程の 教員時代、自分が生徒だった時の図書室とは 全く異なる光景と存在の意味を発見したこと も忘れ難い。昭和 40 年代半ばから 50 年代前半

(1970 年代)当時、地方から上京し働きなが ら夜間勉学に勤しんでいた年齢もさまざまな 生徒たちが授業終了後、三々五々集まってき てお喋りをしたり、その傍らで黙々と宿題を したり読書に没頭する者もいる。図書室は生 徒たちにとって昼間の仕事から解放された正 に憩いの場所だったのです。 

 大学に転任後、在外研究の機会を頂いた際 には研究関連の図書館で貴重な至福の時間を

過ごしました。客員研究員として在籍したロン ドン大学教育研究所(Institute  of  Education,  University  of  London)の付属図書館、大学 総合図書館をはじめ大英博物館内のブリティッ シュ・ライブラリー、オックスフォード大学 のボドリーアン図書館等に史料を求めて足繁 く通いましたが、とりわけ感銘を受けたのは ウェスレーが全世界への福音の足場とした Wesley's  Chapel  in  City  Road,  London の敷 地内にある資料館で、ウェスレーがブリストル 近郊に開校した Kingswood  School の学校要 覧(1749 年版)を思いがけず発見した時でした。

また、大学近接のゴードン・スクウェアに面 した小さな図書館 Dr. WILLIAM'S LIBRARY 

(1729 年創設)で、非国教徒の教育機関・ア カデミーの開設者ジョセフ・プリーストリー

(Joseph  Priestley,  1733-1804 )の手稿日記を 静寂な閲覧室で筆写したことも印象深い体験 でした。私の<図書室・図書館遍歴>は個人 的で狭量な体験ですが、それぞれの人が<現 在の自分>にいたる途上で出会った、あるい はこれから出会う図書室や図書館がその人の 人間形成に「隠れたカリキュラム」(hidden  curriculum)として影響を及ぼすように思わ れます。 

(教育人間科学部教育学科教授 西洋教育史) 

(4)

 私は東京生まれの東京育ちだが、ルーツは 熊本にある。今までそれを意識することはあ まりなかったが、最近の『坂の上の雲』ブー ムもあって、明治時代に東京に出てきた曽祖 父のことが急に気になり始めた。 

 「どんな人だったのだろう?」御多分にもれ ず、まずはネット検索。試しに名前を入力し てみると、複数のオンライン人名事典にヒッ トした。1910 年代の神戸新聞にも長い談話が 連載されている。比較的最近の論文のタイト ルにも彼の名前がある。研究の対象になる人 だったとは知らなかった。 

 「先祖の土地はどんな所だったのか?」一族 の本籍を入力したら、某市(当時は某郡)の 観光ホームページにつながった。現在の地図 のほかに、名所旧跡案内もある。曽祖父が生 まれた某村には龍の伝説があるらしい。うー ん、ロマンチック。 

 「もっと知りたい。」数日後、図書館で古地 図探しをした。紙媒体の調査は一度に何冊も 見比べることができ、無責任情報が氾濫する ネットより効率的で正確である。 

 OPAC で検索した地図数冊は空振りに終 わったが、たまたま棚で見つけた『伊能図』

に期待が高まる。しかし、某村の名前はない。

残念。「伊能はさぼったな」と、少し恨んだが、

その手書きの地図の美しさと、昔の人の営み の偉大さに感動。予想外の出会いがあるのも 図書館のいいところだ。 

 曽祖父の著作は国会図書館のデジタルライ ブラリーで読めることがわかったが、やっぱ り手に取ってみないとご先祖様に申し訳ない。

幸い 1 冊だけ本学図書館にあったので借りて

みた。(古い日本語!)握手したみたいでちょっ と嬉しい。Webcat によると、他にも 5 〜 6 冊 著書がある。今度レファレンスに依頼して取 り寄せてもらおう。 

 次に、曽祖父について書かれた論文の内容 が気になった。CiNii で検索すると、某大学 の紀要に載っていて、本学の集密書庫にある ことがわかった。図書館での調査もいまや結 構デジタルで、データベースは欠かせない。 

 こうして集めた資料を読んでみると、「外国 から輸入される農産物に対し、いかに自国の 農産物を有利に生産するか」、「地主と小作人 の関係はどうあるべきか」などの議論が展開 されていた。明治日本にとって農業は重要で、

曽祖父も農政に深く関わっていたのだ。柳田 國男も絡んでくる。「産業組合」。ああ、そう いう時代だったのか。 

 やはり『坂の上の雲』を読もう。私の専門 は米文学だが、近代日本がたどった道程と先 人の生き様を知らなければ自分の居場所を見 出せない。それで結局、第 1 巻を借りた。(文 庫で全 8 巻。先は長い。) 

 「知りたい」という気持ちがあれば、本を読 みたくなるのが人間の性である。難しく考え ることはない。目の前の本に手を伸ばすだけ だ。きっかけは何でもいい。( 1 年過ぎたが)

生誕 100 周年を口実に太宰や清張にかぶれる のもよし。ゼミの課題だからという理由でも 読書は読書である。せっかく芽生えた好奇心 には、十分な栄養を与えたい。未来につなが る光明は、1 ページ目を開くことで初めて見 えてくるのだから。 

(文学部英米文学科教授 19 世紀アメリカ文学) 

福 田 敬 子 

FUKUDA Takako

「読書ノスヽメ、図書館ニススメ」 

特集  特集  読 書 の す す め  

(5)

 あれは確か小学校 5 年生頃の出来事だった と思う。クラスメートの誰かが、他のクラス メートを傷つけるような言葉を口にしたので あろう。それを耳にした当時の担任の先生が、

私たちに背を向け、無言で黒板に向かわれた。

それから先生は黒板にチョークを滑らせ、次 のような言葉を書かれた。 

「言霊の幸はふ国」 

 古来から日本は、言葉のもつ力によって幸 せがもたらされる国だと考えられてきた。言 葉には魂が宿っていて、人の心を豊かに満た す力もあれば、貧しくする力ももっている。

だから、言葉を選んで、大切に使いなさい、

そんな説明を先生は付け加えられたように記 憶している。 

 言葉には人の心を豊かに満たす力がある

−そのことを実感するようになったのは、大 学生という悩み多き時期を京都で過ごし、様々 な日本の小説を読むようになってからであろ う。時間を持て余した時には街中を散策した 後、川べりに座って沈む夕陽を眺めてから、

帰路についた。それでも、その後一人で過ご す、長い夜の静寂が怖かった。 

 当時はまだ、メールも携帯電話もない時代。

家族とも親しかった友人とも離れ、部屋の中 に一人、身をおいていると、孤独に押し潰さ れそうになった。そんな時には、本棚の書を 手当たり次第に手に取った。初めのうちは、

いろいろな本を乱読していたものの、そのう ち何冊かの決まった本を決まって手に取るよ うになっていた。 

 川端康成の『古都』や『雪国』、宮本輝の 川三部作と証される『泥の河』、『螢川』『道 頓堀川』や『錦繍』などなど。これらの小説 のあちこちに散りばめられた美しい言葉を繰 り返し目で追っていると、少しずつ、張り詰 めた気持ちが緩んでいくのを感じた。いずれ の小説でも、扱われているテーマは心に重く 響くものであり、その内容も切なく、哀しい ものである。しかし、そこに描かれた切なさ や哀しさには、心を刺すような痛々しさは感 じられない。情景や登場人物の心情を描く、

柔らかで繊細な言葉はむしろ、心を優しく潤 してくれた。 

 翻って最近は、一字一句を噛みしめながら 本を読む時間の余裕は到底ない。代わってそ の手軽さから、Web 上の記事やメールでの やりとりに頼ることが増えた。これらのもの は、特定の用件や情報を簡便に広く伝える、

という目的には適ったものである。しかしな がら、そこに書かれた文章からは、書いた人 の個性や、言葉にこめられた心情がなかなか 伝わってこない。 

 日々時間に追われるいまとなったからこそ 思う。言葉は情報を伝えるためだけの道具で はない。言葉への感性、ひいては人の心に対 する感性を育てるためには、ゆっくりと美し い言葉に向き合える時間が必要だ。そして、

大学生時代は、それが許される贅沢な時代な のだ。 

(教育人間科学部心理学科准教授 発達心理学) 

坂 上 裕 子 

SAKAGAMI Hiroko

言葉に向き合う時間 

(6)

 コレットの『青い麦』とラディゲの『肉体 の悪魔』を併読したのがきっかけであったろ う。暗記するほど読めといわれた詩集や、判 るまで何度も読まなくてはならない哲学書や 研究書と違って、一度手にした小説に二度も 三度も目を通すのは、正直、つらい。筋を知っ ているのが理由の一つ。 

 「金欠」で書店に行けない学生時代のある日、

下宿一室のささやかな書棚に並んだ先の 2 冊 をやむなく手にして読みはじめるや、それぞ れがまったく違った作品に感じられた。同じ テーマ(恋愛)、同じ年頃の若者の心の葛藤を 扱いながら、まったく異なるシチュエーショ ンと筋立て、展開、そして結末。それでいて、

ヴァンカと「私」が渾然一体となって貧乏学 生に語りかける。 

 爾来、時あらば似たようなテーマを扱った 書籍を数冊並べ読みするようになった。そし てその違いは何か、なぜ違いが生まれるのか、

作者は何を訴えたいのか ――を自分なりに考 えるようになった。が、やがて併読する必要 もなくなった。塵も積もればナンとやらの喩 えよろしく、その場で手にしている書籍が自 ら「ぼくはきみが前に読んだ某書と同じテー マの本だよ」と語りかけてくれるようになっ たからである。 

 いわば金欠が生んだ読書法は、大学院に進 んで研究者を目指しているおりに、先行する 諸学説を整理・分析するうえで大いに役に立っ た。survey というヤツである。もちろん、併 読することは、「他の人の意見を聞いてから判 断します」式の無定見な人士の弁とはまるで

違う。文学作品であろうが、政治や経済の専 門書であろうが、問題はテキストをどう読み、

どう理解するか、そしてどう評価するか ―― で ある。それなくして、他人様の意見などいく ら聞いたところで糠に釘――旧幕臣・中村正 直の『西国立志編』の「一辺尼( 1 ペニー硬 貨)の心は、決して二辺尼の心に及ぶ能わず」

を理解できない。 

 教壇に立つようになってから、「survey の できない院生が多い」との同業者の苦言を 耳にするが、むべなるかな。でも、今日の学 生は、学部生と院生とを問わず、そんな訓練 を一体どこで授かったというのか? 答えは、

限りないゼロ。だから、講義で参考文献を紹 介するときには決まって、薄っぺらな大学テ キストではない書籍を読むようにと薦める ようにしている。 

 1968年パリ 5 月事件を 狂言回し にした 前年度の講義では、随分と書籍を紹介したけ れども、そのうちズビグニュー・ブレジンス キーの『孤独な帝国アメリカ』とヘルムート・

シュミットの『大国の明日』の 2 冊は併読が 望ましいと念押しした。アメリカ人から見た 世界と、ヨーロッパ人から見た世界の違いと その背後にある事情や論理を考え、かつ日本 人はその中から何を学び、彼等とどう向き合 うか ――を理解するきっかけとしてほしかっ たのである。 

 それは、畢竟、ヴァンカと「私」の先に見 えた世界を知ってもらいたい、というメッセー ジでもある。 

(経済学部現代経済デザイン学科教授 EU 経済論) 

中 川 辰 洋 

NAKAGAWA Tatsuhiro

ヴァンカと「私」の先に見えた世界 

特集  特集  読 書 の す す め  

(7)

 これから書くことは、大学生活が楽しくて しかたがない、手帳は予定でいっぱい、とい う学生さんにはピンとこないだろうし、おそ らく役に立たないと思う。 

 私は 1980 年に青山学院の法学部に入学して、

一人暮らしをはじめた。食事、洗濯、掃除、

公共料金の支払い、風呂屋通いといった日常 のことは、さして辛くもなく、かえって楽し いぐらいであったが、夜になって、昼間はあ まり意識しない「悩み」が、妙に鮮明な像を むすぶのには参った。その内容はごく平凡な こと、たとえば「孤独感」「満たされない自尊 心」「将来への不安」「性欲のようなもの」で あったが・・・・・。高校の時にも私のうちに存在 していた妖怪たち(?)が、一人暮らしでい きなり地中から現れて踊りだしたような感じ だった。 

 青山学院の各種印刷物には、「そんなとき は宗教センターにご相談ください」と書かれ ているが、私の悩みは、教会に行かなければ ならないような深遠なものとは思えなかった。

しかし悩みというものは、それが深遠であろ うが卑俗であろうが、その苦しさに変わりは ないものである。「シブヤボウル」というボウ リング場で 1 日中、一人で(!)球を投げて いた時期もあったが、そんな対処法はもちろ ん効かなかった(ボウリングはかなりうまく なったが)。楽器の演奏に凝ったこともある。

何か他人にアピールできる魅力をもち、そこ を突破口にしようという浅はかな考えで、そ れも当然のごとく長続きしなかった。 

 最後にたどり着いたのが図書館だった。私 にはそこが、私の苦しさや哀しさを癒してく

れる各種の薬をとりそろえたドラッグストア に見えた。私は、自分の症状を和らげる薬を 捜し求めた。そのうち、いちばん効く薬がわ かってきた。それは、自分の苦しみの何十倍 もあろうかという大きな苦悩を抱えた人々の 物語だった。死別、差別、孤立、貧困、病苦、

失意・・・・・、私はノンフィクションや私小説と いったジャンルの書物を手あたり次第に読み、

癒された。 

 しかしそのうち私は、「他人の不幸によって 救われる自分」というおそろしい事実に直面 してしまう。「妖怪」は実は私そのものだった のだ。だが、このことに気づいたのはよかっ た。その頃から私は、それまで法学部生であ りながらあまり関心をもっていなかった「社 会」というものをもっと知りたいと思うよう になった。それまで苦痛だった授業が興味深 くなった。だから、「楽勝科目」なるものをと らなくなった。新聞をじっくり読むようになっ た。妖怪ではなく「早く人間になりたい」と 思った。 

 いま思うと、青山キャンパスの図書館は私 の再出発の場所だったのかもしれない。だか ら私は、初老を迎えたいまでも、ちょっと辛 いとき、疲れたとき、迷うとき、よく図書館 の書架の間を無目的に歩き回っている(初老 だって、悩みはあるのだ)。すると、歩いて いることそれ自体によって癒され、何かに導 かれている自分を発見する。だから学生のみ なさん、もし私が、いつになく厳粛な顔で図 書館にいるのを見かけたら、できれば声をか けないで、そっとしておいてやってください。 

(法学部教授 憲法・言論法) 

大 石 泰 彦 

OISHI Yasuhiko

図書館のすすめ 

(8)

『遠野物語』は 1910 年に出版され、今年が 百周年となる。今年は日米安全保障条約五十 周年、日韓併合条約百周年でもある。この五 十年、いや百年の間、日本は内外とも激動の 時期にあり、柳田國男の著書も時代の荒波に 揉まれたことになる。 

 いま、「著書」といったが、本書は柳田が 書いた小説でも、百年前に人工的にこしらえ た物語でもない。柳田が知人の佐々木喜善か ら聞き書きした遠野の伝承を、物語という文 学形式にまとめたものである。河童、座敷童 子、山人などにまつわる物語の数々が所狭し と収められている。 

 伝承であるゆえに物語の一つ一つには長い 時間が流れている。したがって同じ五十周年、

百周年でも、日本が敗戦を機に戦勝国アメリ カと結んだ条約、大日本帝国がアジアに植民 地を展開せんと、韓国と強制的に締結した条 約とくらべると、本書が背負っている時間の 長さがどれほど大きいかわかるだろう。 

 『遠野物語』は百年も読み継がれてきた古典 であり、いろいろな人がいろいろな発言をし ている。その中に「東京へゆくな ふるさと を創れ」と言った詩人の谷川雁がいる。谷川 は柳田と宮澤賢治を並置し、「ムラ」という日 本独特の共同体の側面から『遠野物語』をと らえている。彼によると、三千年から二千五 百年も続いた「ムラ」は、高度経済成長期後 の 1970 年代には実質を失ったという。「この『ム ラ』の崩壊という事態は、日清、日露、第一 次大戦、あるいはこの前の敗戦の結果という ものよりも、大きな意味があるといえると思

います。」(谷川雁「柳田國男と宮澤賢治」『新 文芸読本 柳田國男』河出書房新社、1992 年、

56 頁) 

 『遠野物語』の世界は「ムラ」の世界と地続 きである。そして収録された物語は、賢治が イーハートーブと名づけた岩手の一地域にか ぎって伝承されたものではない。形を変え、

大なり小なり、日本の隅々に、ついこないだ まで存在していた物語なのである。遠野とは

「遠」い「野」と書き、時空的に現在のわれ われから距離があるように感じてしまう。ま して、われわれの時代、「ムラ」は滅んでいる。

遠野はいまや目には見えないが、しかし、わ れわれの記憶や無意識をしかと形づくってい るのだ。 

 そもそも「遠野」という地名自体、「遠い野」

ではなく、「湖のある丘原」を意味する「ト・

ヌップ」というアイヌ語に由来する。という ことは『遠野物語』という伝承の底に、もっ と古い異質な時間の層が流れていることにな るのだ。歴史や時間というものは、水平的だ けではなく垂直的にもとらえられる。 

 『遠野物語』は数種の文庫で読めるが、最後 に遠野を主題にした三冊の写真集を紹介した い。森山大道『遠野物語』(光文社文庫)、浦 田穂一『遠野昨日物語』(河出書房新社)、小 栗昌子『トオヌップ』(冬青社)。いま、写真 は携帯電話でも手軽に取れるが、これら白黒 の銀塩写真は単なる画像ではなく、「ムラ」を 失った現代人のネガと言えるかもしれない。 

(経営学部マーケティング学科教授 アイルランド研究) 

佐  藤   亨 

SATO Toru

『遠野物語』のすすめ 

特集  特集  読 書 の す す め  

(9)

國 分 俊 宏 

KOKUBU Toshihiro

自分の人生を決める本は自分で選べ 

 誰かに薦められたとか、必要があってとい うのではなく、あたかもまったくの偶然のよ うにして出会った本ほど、読み終えてから、

ああ自分はこの本を読むべくして読んだのだ という気にさせられることがある。 

 深夜 0 時頃だったか、西荻窪の街をふらふ らとさまよっていた。今から 20 年近く前のこ とだ。駅からもちょっと離れたところで、な ぜそんなところを歩いていたのか、まったく 思い出せない。一軒の古本屋のような雑貨屋 のような店が開いていた。吸い寄せられるよ うにして中に入り、気がつくと小田実の『何で も見てやろう』の古い文庫本を店主に差し出 していた。どうして読む気になったのかよく わからない。有名な本だということは知って いた。ふとめくり始めたら、ページを繰る手が 止まらなくなった、そんなところかもしれない。 

 就職した会社を辞めて大学院に行こうかど うか迷っていた頃だったから、著者がフルブ ライト留学生としてアメリカに渡り、その後 ヨーロッパを旅しながら帰ってくるあたりの ページはむさぼり読んだものだ。英語の読み 書きはできても会話がさっぱりで、面接官と 頓珍漢なやりとりをする件には笑い転げ、身 につまされ、そして勇気づけられた。 

 沢木耕太郎の『深夜特急』も、同じ頃いつ の間にか読み始めていた一冊だった。第一巻 のマカオのあたり、賭博にのめりこむ著者の熱 狂に共鳴するようにして、自分も熱狂的に読 みふけっていた記憶だけがある。旅好きにとっ てのバイブルとも言われる名著らしいが、別に 自分は旅行記として読んでいたのではなかっ

た。小田実の本と同じで、やはり不安定だった その頃の自分の人生に重ねていたのだと思う。 

 外国文学をかじっていた学部生の頃は、時 折ふっと日本のものを手に取った。橋本進吉 の『古代国語の音韻に就いて』は、万葉仮名 をひたすら調べ抜くことで、古代の日本語の 音の数が現代とは違っていたことを明らかに した研究。地味だが途方もなくスリリングだっ た。研究というものの面白さを、この本で初 めて知った。 

 大森荘蔵の『物と心』は、大学生になって 初めて読みとおした哲学書だったかもしれな い。昨日の部屋にあった机は昨日の部屋にあ るのであって、頭の中になどない、というわ けのわからない一元論的世界観にしびれた。

興奮した。今本棚を見ても、こんな地味な装 丁の、3400 円もする学術書を、金のないあの 頃、一体どこでどうして買う気になったのか、

不思議だ。 

 これらの本は、どれも別にお薦めしたいわ けではない。ただ自分にとって、今となって は出会ったことが運命だったように思われる 本のいくつかを、思いつくままに挙げてみた だけだ。 

 人は導かれるようにして本と出会う。自分 の人生を深いところで決定づけるような本は、

自分の足で本屋に出向いて見つけ出すしかな い。それは、偶然のように見えて、実は出会 うべくして出会っているのである。ちょうど 結婚相手との出会いのように。 

(国際政治経済学部国際コミュニケーション学科  准教授 フランス文学) 

(10)

 読書とは何だろうか。日本の学校で「読書」

と言えば、それはほぼ文学作品を読むことを 意味するかのようだ。そこでは登場人物の気 持ちを読み取ったり、作者の意図を推量する ことが求められる。すなわち我が国の教育界 において読書とは「文学」なのである。 

 ところでフランスでは、中学まである「国 語」は高校になると「哲学」に化ける。ちょ うど日本の小学校の「算数」が中学で「数学」

に化けるようにである。哲学ではキモチを推 測するのではなく、論理を縦横に用いること を要求される。すなわちフランスにおいては、

読書はそれ自体「哲学」となる。ちなみに哲 学は、一般のフランス人にとって、「学校で 学んで役に立った科目」ナンバーワンの座を 占めているらしいのである。 

 日本人も、学校での読書を通じて哲学(=合 理的に思考すること、論理を用いること)を 学ぶべきではないのか。現状では、小学校か ら高校まで、どこにも哲学を学ぶ機会がない ではないか。大学に入って急にやれと言われ ても、困ってしまうに決まっている。 

 とまあ、ここで文句を言っても始まらない。

とにかく初心者はどこから始めるのがよいの か。いきなり難解な古典などでは気持ちが折 れてしまうかもしれない。おそらくは新書本 クラスの、論理のしっかりしたものを読むの がよいだろう。 

 私のお気に入りの新書を紹介するとしたら、

まず野矢茂樹『無限論の教室』(講談社現代新 書)を挙げたい。これは小説仕立てで数学の 哲学を学ぶという、文学・哲学・数学と三拍

子揃った快著である。小説仕立ての哲学本と いうとたいてい面白くないものだが、この本 は例外だ。新書ではなく教科書だが、同じ著 者の『論理学』(東京大学出版会)も、対話篇 で楽しく読めるのでおすすめである。ついで に、『無限論の教室』の個性的なキャラクター

「タジマ先生」その人の著書、田島正樹『読 む哲学事典』(講談社現代新書)もあわせて読 むとより面白いかもしれない。 

 ここで学生たちに伝えたいのは、「スタート はどの本でもよいから、あとは芋づる式に読 んでいけ」ということだ。たとえばある本を 読んで面白かったら、同じ著者の別の本を読 んでみる。あるいは参考文献に挙がっている 本を読んでみる。そうして次々読んでいくの だ。1 冊や 2 冊ではなく一定以上の冊数を読ん でいくと、書物と書物、著者と著者、思想と 思想が織りなす「星座」がにわかに立ち上がっ てくるのである。 

 こうなってくると、もはや「読書」は「研 究」となる。あるいはまさに「哲学」となる と言ってよい。当初は知識を得るための作業、

ある目的のための手段だったはずのささやか な作業が、うずたかく積まれた書籍の山の中 からたった一つの珠玉の言葉を探し当てる宝 探しに、あるいは秘められた繋がりを暴く謎 解きに、要するにそれ自体エキサイティング な大冒険に変わるのである。そのしびれるよ うな愉悦を一度も味わわずに大学を卒業して ほしくないと、私はつねづね思うのだ。 

 (総合文化政策学部准教授 社会哲学) 

中 野 昌 宏 

NAKANO Masahiro

「哲学としての読書」のすすめ 

特集  特集  読 書 の す す め  

(11)

村 中 隆 弘 

MURANAKA Takahiro

「読書のすすめ」−科学技術と向き合うために− 

 「読書のすすめ」というテーマでの原稿を 依頼されたのだが、普段私は、学術論文や専 門書などを手に取ることが多い。そのため、

私の「読書」は一般向けというには程遠いの だが、その中でも科学技術に興味を持つ方へ 紹介できそうだと考えたのが、『論文捏造』(村 松秀著、中央公論新社)である。私の専門分 野である固体物理学(物理学の中の一分野)

の中の「超伝導」の研究分野で起こった、あ る著名な研究グループによる論文捏造事件を 取り扱ったものである。 

 「超伝導」という言葉に馴染みが無い方も多 いかもしれない。医療機器である MRI(磁気 共鳴画像装置)や JR 東海による着工計画が 進んでいるリニアモーターカー「 JR-Maglev

(マグレブ)」(Maglev は磁気浮上 Magnetic  Levitation の略語)に利用されており、電気 抵抗が突然ゼロになってしまう不思議な現象 のことである。超伝導状態になる温度(超伝 導転移温度)が高く室温に近ければ、技術革 新を引き起こすと言われている夢の技術であ る。そのため、新しい超伝導物質を探し出す 研究は国内外で激しい競争が繰り広げられて おり、とりわけ超伝導転移温度を如何に上げ るかが最も魅力的な(少なくとも私自身にとっ ては)テーマとなっている。本書に書かれて いる論文捏造事件はまさしくその競争分野で 起こり、この競争にある種の終止符を打つか のごとくインパクトのある 論文 であった。 

 この事件が起こったのは、折しも私が本学 博士後期課程の大学院生として新しい超伝導 物質を探し出すために、研究をすすめていた

時期であった。件の研究グループの論文は、

超伝導の研究に携わる者が皆求めるような結 果を実現しすぎている印象を受け、私自身懐 疑的に見てもいたが、これまで実現しなかっ た突拍子も無いアイデアが突如実現したかの ようで、非常に驚いたものである(結果的に 嘘であったのだが…)。 

 本来、人と人との信頼の上で成り立ってい た物理学の世界でも捏造は起こり得ることを、

本書ではいろいろな角度から語っている。如 何にしてこのようなことが起こったかは当事 者のみ知りうるところであるが、私が研究者 の端くれとして言えることは、「人は見たいよ うにものを見る」傾向にあるということであ る。本当は異なる観測事実であっても自分が 信じている(または期待している)ように解 釈してしまうことがあるので、常に結果を厳 しく、そして正しく見る姿勢が必要である。

科学技術に興味をもち、これから携わる方は、

観測事実に対して誠実であることが何よりも 大切な資質であることを心に留め置いて頂け たらと思う。 

 また本書は、科学技術と向きあうために必 要なことと共に、「超伝導」研究の奥深さ(難解 さ?)や面白さ、時には辛さも感じ取れ、現 場で実際に実験を続けている私の目から見て もよく取材されていることが伺える。「超伝導」

に興味をもたれた方は、本学図書館には難解 な専門書以外にも比較的平易な言葉で語られ ているものもあるので、是非、この機会にこ の面白い分野に触れてみてはいかがだろうか? 

(理工学部物理・数理学科助教 固体物理学) 

(12)

 ふだんは専門分野である法律や社会科学系 の本を読むことが多いのだが、心理学や医学 に関する本もふだんの生活のヒントになるので、

しばしば読んでいる。その中で最近はやりに もなっている「脳」に関する本は、とても興味 深いし、実益がある点でもお薦めである。 

 その中から、特に新入生などに読んでもら いたい本として、築山節著『脳が冴える15 の 習慣−記憶・集中・思考力を高める』(日本 放送出版協会、2006 年)を紹介したい。 

 自分をどうやって向上させるかとか、能力 をアップさせるとか、あるいはもっと勉強し ないといけないという話は、ややもすると精 神論になりがちである。しかし、この本はそ ういうものではない。何しろ脳神経外科の専 門医が医学的見地から論じていることなので、

とても説得力がある。それでいて、とても平 易で読みやすく書かれている。 

 脳にとって良いこととして解説されている ことの中には、既に自分が無意識のうちに実 践していることも、いくつか含まれていた。

なぜそれが脳に良いのかが解説されているか ら、「なるほど、やはりそうか」と得心が行く。 

 しかし、逆に無意識のうちに脳にとってあ まり好ましくないことをしていることもある。

例えば、「脳は楽をしたがる」そうだ。この対 策として、生活のどこかに「試験を受けてい る状態」を作る習慣を薦めている。 

 また、家事などの雑用は、あまり頭を良く するような仕事とは考えられていないのでは ないだろうか。しかし、本書は、そういう仕 事を積極的にこなすことが意外と役に立つこ

とを指摘している。このほかにも、効率的に 勉強するための「ルール」と「行動予定表」

を作るとか、「失敗ノートを書く」といった実 践的なノウハムも盛り込まれている。 

 さらには、脳によい食事のあり方から生活 の改善にまで及んでいる。脳のためにも、適 度な運動と腹八分目が良いそうだ。結局、規 則正しく、健康的な生活をすることが脳にとっ て大切である。生活が荒れていると、脳にも 悪い影響を与えるということがわかる。 

 私にとって特に役に立ったのは、表現を豊 かにするには「喩え話」が重要であるとか、

ひらめきが「余計なこと」の中にあるから、「活 動をマルチにせよ」といったアドバイスであ る。そのほか、人を好意的に評価して、時に はダメな自分を見せることの有用性が説かれ ているところも、これからの授業に役立てて みようかと考えた次第である。 

 本書は、これからの新入生だけではなく、

恐らく既に法科大学院に入っている学生にも、

自分の勉強の姿勢を見直すきっかけにもなる ようなアイデアが満載である。こういう本を 読んでおけば、「地頭力」を強くすることにも 役立つに違いない。これから勉強しなければ ならない学生が、少しでも効率的、効果的に 勉強することができるようになるためにも、

是非とも一読を薦める次第である。 

 なお、類書に林成之著『脳に悪い 7 つの習慣』

(幻冬舎、2009 年)も近時よく売れている。共 通する考え方も多く、併せて読めばもっと理 解が深まるだろう。 

(法務研究科教授 企業法務、国際取引法) 

浜 辺 陽一郎 

HAMABE Yoichiro

『脳が冴える15の習慣』で悪いクセを見直してみては 

特集  特集  読 書 の す す め  

(13)

 本学図書館所蔵の雑誌「Le  Chat  Noir

(ル・シャ・ノワール)」が、昨年、石川県 立美術館、神奈川県立美術館 葉山、山口 県立萩美術館・浦上記念館の 3 会場で開催 された、「フランスの浮世絵師 アンリ・リヴィ エール展」に出品されました。 

 

 「ル・シャ・ノワール」は19世紀末フラ ンスジャポニスムの代表的な週刊誌です。

パ リ ・ モ ン マ ル ト ル の 文 芸 酒 場 黒 猫

(Cabaret  Chat  Noir)に因んで名づけら れ、ジャポニスムを信奉する芸術家と文学 者達が発行した文芸週刊誌です。 

 アンリ・リヴィエールはこの「ル・シャ・ 

ノワール」に挿絵を描いており、19世紀 末から20世紀にかけてフランスで活躍し た版画家・画家です。 

         この展覧会はアンリ・リヴィエールの全 生涯を紹介する世界初の回顧展であり、そ の作品のひとつとして雑誌「ル・シャ・ノ ワール」の挿絵が展示されました。 

   

 本館 1 階展示ケースに、出品された作 品を展示しますので、ご覧ください。なお、

以前に「AGULI 74号」でも紹介していま すので、図書館ホームページからご参照く ださい。 

(本館広報タスク) 

「Le Chat Noir」 が展覧会に出品されました 〜 

展  展  示  示  資  資  料  料  紹  紹  介  介 

(アンリ・リヴィエール 挿絵) 

(1883年3月10日 表紙) 

(14)

 オープンして 7 年が経過した万代記念図 書館では、学生対象のアンケートを初めて 実施しました。学生ポータルのWEBアンケー トを用い、相模原所属の学部生と院生10,035 名が対象で、11/16から12/12までに1,691名 から回答が寄せられました。 

 回答者の内訳は、49%が 1 年生、40%が  2 年生、残り11%が 3・4 年生と院生です。

これは、入館者の内訳とほぼ一致しており、

学部の構成についても同様の傾向でした。 

 34ある設問は、ほぼ全てが 5 段階評価で、

「1:大いに満足、2:満足、3:どちらとも いえない、4:不満、5:大いに不満」を選 択し、わからない場合は「N」で回答します。

その結果の一部をご紹介します。 

 

万代記念図書館の利用頻度(Web による図書館サイト利用を含む) 

 

  毎週必ず利用する学生が68%という好成績 をマークし、中には週 3 回以上という学生 も376名いました。利用頻度の高い学生がア ンケートに協力してくれたことがわかりま した。 

 

図書館は快適で、居心地がよい   

 「大いに満足」と「満足」を合計すると、

78%に達し、「大いに不満」と「不満」の合 計11%を大きく上回りました。 

 

グループで研究・学習できるスペー スは利用しやすい 

 

 「大いに満足」、「満足」と回答したのは38

%にとどまり、「わからない」と回答した学 生が13%いました。静かな図書館の中で話

しながら勉強のできる共同学習エリアやグルー プ学習室は、学生には十分知られていない ようです。 

 

青山キャンパス(青山本館・短大 図書館)から簡単に図書を取り寄 せることができる 

 

 「大いに満足」、「満足」と回答した学生が 40%いるのに対し、「わからない」という回 答も25%ありました。相模原の蔵書だけで 済ませている学生が多いようです。他にも パソコンや WEB を介したサービスについて、

「わからない」と回答した学生が多数いま した。 

 

自動書庫内の図書や雑誌を簡単に 出庫し、利用できる 

 

 「大いに満足」、「満足」の51%に対し、「わ からない」は15%でした。地下にある自動 書庫は相模原の蔵書の 3 分の 2 を収蔵して いますが、1 年生の初めにオリエンテーショ ンに参加していない学生は、その存在を知 らないようです。 

 

必要な雑誌や電子ジャーナルが利 用できる 

 

 「大いに満足」、「満足」は48%、「わから ない」は12%でした。高校や地域の図書館 ではあまり導入されていない電子ジャーナ ルやデータベースは、大学図書館で初めて 目にする学生も多いはずです。その利便性 をさらにアピールする必要があると思われ ます。 

  設問 

3

設問  8 設問 

11

学生から見た図書館  学生から見た図書館 

設問  20

設問  21

設問  14

相模原アンケート 

(15)

 その他、図書館サービスについて気づい た点を自由に記述してもらったところ、458 名から意見が寄せられました。残念ながら、

図書館の広報が足りず、既存のサービスを 知らないと思われるものがありましたが、

目立ったものを紹介します。 

 

1. 施設設備について 

・テスト期間になると満員になってしまう ので、座席を増やしてほしい。 

・椅子の形が学習に適していない。重心が 後ろにいってしまう。 

・空調設備が効きすぎて、夏は寒く、冬は 暖かすぎる。 

・飲物を飲む小休憩スペース(自販機設置)

があれば良い。 

・重い荷物を持っている時、1 階から 3 階 まで階段で登るのは少し不便。 

・ 2 階のPCスペースでの私語が目立つ。 

 

2. 資料・情報について 

・必要な資料を先に誰かに借りられてしま うと、レポート提出期限までに借りられ ないこともあり不便。 

・児童文学や現代小説をもっと充実させて ほしい。 

・DVDをもっと増やしてほしい。 

・よく読まれる新聞の部数を増やしてほしい。 

・古い本の中には少し汚いものもある。 

 

3. サービスについて 

・パソコンで調べて場所がわかっても、す ぐには本が見つけにくい。 

・どの本棚のどの段にどのような本が置い てあるのか、細かく表示してほしい。 

・開館時間を8:30〜21:00ぐらいにしてほ しい。 

・試験期間の土曜日も夜まで開館している とうれしい。 

・貸出は 2・3 階でも受け付けてほしい。 

・貸出冊数・期間を増やしてほしい。 

・青山にある本の取り寄せが早くて便利。

土曜日も受け取りができるとよい。 

・返却期限が近づくとメールでお知らせを してくれるサービスが便利。 

 

 中には、「図書館に初めて行って利用方法 がよくわからなかった時、スタッフの方が わかりやすく説明してくださり助かりまし た。」とのコメントもあり、スタッフ一同の 励みにもなりました。今回のアンケートの 結果は、図書館サービス改善への貴重な意 見として役立てて参ります。 

(万代記念図書館) 

(16)

図  書  館  広  報  板 

= 4月の図書館オリエンテーションのご案内 = 

編 集 後 編 集 後 記  編 集 後 記 

 今号ではおススメの本や、読書法、本との出会い、図書館についてなど、とにかく皆さんに読書 をおススメするテーマ通りのエッセイが集まりました。入学や進級をきっかけに、みなさんも図書 館に足を運んで、とりあえず「読書の春」というのは如何ですか。         (倉松 中) 

青山学院スクール・モットー 地の塩、世の光 The Salt of the Earth、The Light of the World 青山学院大学図書館報 AGULI 第 87 号 2010 年 4 月 1 日発行 

編 集 青山学院大学図書館報編集委員会・大学図書館広報担当 TEL.03-3499-1402 FAX.03-3407-4472 

本館 青山キャンパス 

万代記念図書館 相模原キャンパス 

◆クイックガイダンス〜図書館で資料を探すには〜 

 

所要時間 40 分  図書館1F マルチメディア室集合  OPAC(オンライン目録)を使った学内の資料検索を 中心に、図書館ホームページ活用法をご紹介します。 

●図書館利用オリエンテーション(館内ツアー) 

 

所要時間 30 分  図書館 1 Fカウンター前集合  本の探し方、借り方、施設の利用について、 

館内を巡回しながらご案内します。 

《予定表》 

14:50−15:30 15:40−16:10 16:30−17:10 17:20−17:50 18:10−18:50 19:00−19:30

4/10(土) 

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●  4/12(月)  4/13(火)  4/14(水)  4/15(木)  4/16(金) 

For Freshman

初心者マークの 

図書館利用オリエンテーション 

図書館内を歩きながら、本の貸出・返却などの基本的な利用方法や、簡単な本の探し方を説明します。

レポートや試験の直前に慌てる前に、高校までとは違う大学図書館の利用方法をマスターしてください。 

集合場所 : B棟1階図書館内中央吹き抜け下  各回先着100名まで 

★上記日程で参加できなかった方は、予約制で受け付けます★ 

 4月9日(金)〜23日(金) ※土日除く 

 11:00〜11:50  13:30〜14:20  15:00〜15:50   前日までに1階メインカウンターへお申し込みください。 

5日(月)  フ文・史  国政経  法・経営  全学部 

11:00-11:50

教育・心理  理工  社会情報  全学部 

13:00 -13:50

英米文  経済  日文・経済  全学部 

14:30 -15:20

6日(火) 

7日(水) 

8日(木) 

4月 

図  書  館  広  報  板  = 4月の図書館オリエンテーションのご案内 =  編 集 後 編 集 後 記 編 集 後 記   今号ではおススメの本や、読書法、本との出会い、図書館についてなど、とにかく皆さんに読書をおススメするテーマ通りのエッセイが集まりました。入学や進級をきっかけに、みなさんも図書 館に足を運んで、とりあえず「読書の春」というのは如何ですか。         (倉松 中)  青山学院スクール・モットー 地の塩、世の光 The Salt of the Earth、The Light 

参照

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