1 .はじめに
ネパール人日本語学習者は増加の一途を辿っている。日本学生支援機構によ ると、2015年度の調査で、日本国内におけるネパール人留学生の数が韓国人留 学生の数を上回り、2018年度調査まで毎年、中国、ベトナムに次いで 3 番目に 多い留学生とされている。また、日本国内に滞在しているネパール人の在留資 格として最も多いのが「留学」となっている。
ネパール人日本語学習者による日本語の使用を観察していると、四技能「話 す」・「書く」・「聞く」・「読む」のうち、「話す」・「聞く」が得意であると感じ られることが多い。岩切(2018)でも、「ネパール人学生の多くは漢字に対す る苦手意識が強く、読み書き能力は全体的に低いものの、聞いたり話したりす る能力は漢字圏学生と比べても突出して高くなる者が多い、中には、日本語学 習を始めて 1 年も過ぎたころには、すでにティーチャートークを意識する必要 がなくなるほどに上達する者も少なくない」と述べられている。その一方で、
筆者宛に送られてくるネパール人日本語学習者からのSNSメッセージでは、「大 丈夫」を「だいじぶ」や「だいぞぶ」、「授業」を「じぎょう」、「そうですね」
を「そですね」、「どうやって」を「どうやて」、「あって」を「ああて」のよう に間違えたまま送られてくることも少なくない。このことから、ネパール人日 本語学習者は「話す」こととその他の三技能「聞く」・「書く」・「読む」の認識 や作業が一致していない可能性があるのではないかと推察した。それを明らか にするために、本研究では、いわゆる特殊拍のうち長音と促音、さらに、SNS メッセージの誤用を踏まえ、拗音にも着目した。
着目する部分を長音・促音・拗音の 3 つにした理由は先述したネパール人日 本語学習者に挙げられる特徴だけではない。ネパール国内で公用語として位置
ネパール人日本語学習者に対する知覚実験
─長音・促音・拗音に着目して─
引 田 梨 菜
づけられているネパール語では、母音の長短や子音+半母音/j/に関して、文 字表記と実際の発音にずれが見られる場合があり、それが日本語の誤用に影響 するのではないか、と考えたためである。
野津(2006)によると、「表記上母音字には、サンスクリット語の名残で、
短母音・長母音の区別がある。しかし、実際の発音上は、長さによる区別はな い(p.9)」と述べている。また、ネパール語には (pyaaja)を「ピャーズ」
と発音したり、 (vyasta)「ベスタ」と発音したりするものもあり、子音
+半母音/j/が口蓋化する場合もしない場合もある。つまり、このことから、
ネパール語には「表記は異なるが、発音は同じ」現象や「表記されている通り に発音しない」現象があることがわかる。このような現象をもつネパール語を 母語としている日本語学習者は日本語をどのように知覚しているのか。これを 明らかにするために、長音・促音・拗音に着目した知覚実験を行った。
以下、 2 節では先行研究を整理し、 3 節では本研究の調査内容ならび調査方 法、4 節では調査結果をまとめた。5 節以降では考察を行い、分析をまとめた。
2 .先行研究
ネパール人日本語学習者における先行研究は、日本語教育に関する事例研究 が多い。土屋(2013)では、ネパール人日本語学習者等非漢字圏学習者を対象 とした漢字学習における実践報告、嘉手川(2016)、岩切(2017、2018)、柳(2017)
では、それぞれ日本語学校に在籍しているネパール人留学生を対象にそれぞれ の日本語学校が抱えている留学生問題についてまとめている。しかしながら、
日本語の習得状況や誤用分析に関する研究は管見の限りない。
その一方で、日本語学習者における日本語の特殊拍の知覚や生成に関する研 究は行われている。例えば、本橋他(2015)では、英語を母語とする日本語の 初級学習者を対象にして、表記に見られる誤りの実態について、音韻条件を変 えた無意味語と比較することによって、知覚との関連を調査した。そこから、
初級学習者は聞こえた通りに覚え、書いていると結論している。
また、小熊(2002)では、韓国語・英語・中国語を母語とする初級から超級
の日本語学習者を対象に自然発話に見られる日本語のリズムの習得についてま とめてあるが、長音と促音が日本語の発話リズムで習得が最も難しいと推察し ている。さらに、本橋(2013)では、「特殊拍について数多くの研究があるが、
知覚と生成の関係を同一被験者から取ったものは少ない。しかし、同一被験者 から取ることによって、誤用の深い精査が可能になる(P.104)」と述べている。
このように、特殊拍の知覚や生成に限ってみても他の母語話者の研究が進め られているのに対し、ネパール人日本語学習者における研究は管見の限りなく、
遅れていると言わざるを得ない。
また、先行研究にある通り、日本語学習者にとって特殊拍は知覚と生成のい ずれにしても困難が伴うとされているが、ネパール人日本語学習者の母語であ るネパール語の少なくとも表記には、日本語の長音、促音、撥音(本稿では述 べない)、拗音に値するものがそれぞれ存在する。それがどのようにネパール 人日本語学習者にとって日本語の知覚にプラスの影響があるのだろうか。
3 .調査方法 3 .1 調査方法
本研究では、「話す」「聞く」が得意だと感じられることが多いネパール人日 本語学習者は、母語において表記と発音でずれがある場合がある母音の長短や 子音+半母音(日本語の長音と拗音に値する)について、また、日本語学習者 において習得が難しいと考えられている長音と促音について、どのように知覚 しているのか、それを明らかにするために以下の実験を行った。
調査は調査者と調査対象者の 1 対 1 の対面により行った。流れは以下の通り である。
①インタビュー(言語背景や使用言語、今までの学歴や日本語学習歴等に ついて)
②日本語の長音・促音・拗音を含んだ刺激語の知覚実験
③日本語の長音・促音・拗音を含んだ刺激語の生成実験
このうち、本稿では、②の知覚実験について報告する。知覚実験で用いた長 音・促音・拗音の刺激語とは、長音・促音・拗音のうちどれかを持つ語と持た
ない語がミニマルペアになるように抽出した有意味語である(長音の例:おば あさん・おばさん)。この刺激語が 1 文につき 1 つ入るようにした(例:あそ こにおばあさんがいます。)。調査で使用する文は、ミニマルペアになっている 27語とミニマルペアになっていないダミー 6 語を含んだ33文である。
事前に東京都出身の東京方言話者である、プロのナレーターの女性に、刺激 語を含んだ文を読み上げてもらい録音した。録音した文は 1 文につき 2 回ずつ 聞かせ、刺激語の部分のみを書き取らせる実験を行った。調査対象者が 1 つの 問題の答えを書き終わってから、次の問題の音声を流すようにした。問題の順 序による正答率の偏りを避けるために、刺激語を含む文はランダムに並び替え ている。
刺激語33語と刺激語を含む文は以下の通りである。それぞれの文の後ろにあ る( )内は調査対象者が解答するべき正答である。
表 1 知覚実験に用いた刺激語を含む文
・あそこに ( )がいます。(おばあさん / おばさん)
・あそこに ( )があります。(チーズ / 地図)
・昨日まで ( )でした。(良好 / 旅行)
・彼と、( )に 一度で いいから ヒマラヤが見たいです。(一生 / 一緒)
・あの ( )を 見てください。(カード / 角)
・昨日は どこに( )の?(行った / いた)
・隣の( )うるさくない?(夫 / 音)
・次に( )の問題を考えましょう。(かっこ / 過去)
・どちらの( )ですか。(作家 / 坂)
・すみません。( )ください。(切手 / 着て / 聞いて)
・新しく( )が できました。(病院 / 美容院)
・あなたが( )です。(勝者 / 使用者)
・彼は( )ずっと 寝ていた。(十時間 / 自由時間)
・校長先生の 話を 聞いた あとで( )する。(拍手)
・今日、友達と うちで ( )をする。(宿題)
・いつもどんな( )を 読んでいますか。(雑誌)
・東京タワーの( )を撮った。(写真)
・この問題は難しくて、( )わからない。(全然)
・今の( )は 情報化が進んでいる。(社会)
刺激語を含む文は初級学習者である在ネパールネパール人にわかりやすくな るよう、『みんなの日本語』に倣って分かち書きにしている。また、漢字には ひらがなで全てルビを振っている。
3 .2 調査対象者
本稿での調査対象者は以下の通りである。
① 日本に在住のネパール人日本語学習者(以下、在日ネパール人)
来日後、日本国内の日本語学校で 1 年 3 ヵ月以上学習した経験を持つ者、
52名
② ネパールに在住のネパール人日本語学習者(以下、在ネパールネパール 人)
ネパール国内において留学準備のため、日本語教育機関にて、日本語を 学習している者、52名
在日ネパール人は、日本国内の日本語学校での学習経験が 1 年 3 ヵ月以上あ れば、来日年数、調査時の所属は問わないこととした。また、ネパールは多民 族国家であり、それぞれの民族で異なる言語を持つ。ネパール国内においてネ パール語は公用語と位置づけられているが、調査対象者の母語は問わないこと とした。それは、苗字から民族を判断することはできても、現在のネパールに おいて、個人の使用言語の判断は個別性が伴い、難しい状況である。その代わ り、事前インタビューにおいて、言語背景や各言語の学習歴等について確認を している。家族内や同じ民族の友人間での会話をネパール語以外でも行ってい る調査対象者を以下に挙げるが、中にはネパール語の方が使用頻度が高い場合 もある。
調査対象者の内訳は、在日ネパール人52名のうち、ネパール語母語話者43名、
ネワール語使用可能調査対象者 4 名、タマン語使用可能調査対象者 4 名、ライ 語使用可能調査対象者 1 名である。在ネパールネパール人52名のうち、ネパー ル語母語話者43名、ネワール語使用可能調査対象者 3 名、タマン語使用可能調 査対象者 3 名、シェルパ語使用可能調査対象者 1 名、フツ語使用可能調査対象 者 1 名、不明 1 名である。しかし、一様にネパール語母語話者との間に正答率
の差が見られないため、ネパール語を母語とするネパール人日本語学習者と同 様に結果を分析する。
4 .結果
知覚実験の結果を以下にまとめる。縦軸は正答者数を表す。横軸は刺激語を 示す。右側の 6 つ、「拍手」、「宿題」、「雑誌」、「写真」、「全然」、「社会」は本 稿ではダミーとして扱っているため、ミニマルペアになっていない。
図 1 問題別正答者数
図 1 を見ると、在日ネパール人の方が正答率は概ね高いといえる。これは、
在日ネパール人日本語学習者の学習歴の長さや来日歴が 1 年 3 か月以上である ことから、日本語母語話者の音声を聞く機会に恵まれていることが強く影響し ていると考えられる。その一方で「旅行」や「いた」、「一緒に」等、『みんな の日本語Ⅰ』で学習する語でも問題によっては必ずしも在日ネパール人の正答 率が高いとは言い切れない。これらの結果から、既習の語であっても、日本に いることによって、日本語母語話者の音声を聞く機会に恵まれていても、それ が、必ずしも正答率の高さに結びついているとは言い切れないケースもあると 考えられる。
本稿での知覚実験は、聞き取った刺激語を書き取る実験であるが、今回は着
目している点(長音、促音、拗音及びそれを含んでいない語はそれに当たる部 分)が知覚できていると判断できれば、完答でなくても、正答としている。こ れによる問題は、促音を知覚して、「さっか(作家)」と答えるべきところを「サッ カー」と答えてしまっても促音が知覚できているため、正答となってしまう点 である。また、調査時に事前の指示として「解答は、ひらがなかカタカナで」
と伝えているが、「じゅうじかん」と答えなければならない問題に、数字を使 用して(例:10じかん)と解答してしまっている調査対象者が在日ネパール人 では半数の26名、在ネパールネパール人は 3 名いた。これは、在日ネパール人 が日本での生活に慣れたことが影響していると考えられるが、「10」では、拗 音を知覚できているかどうかは判断できず、誤答と見なさざるを得なかった。
また、「10じかん」と答えた調査対象者は「十時間」だけでなく、「自由時間」
にも同じように「10じかん」と答えている場合も多く、22名もいた。さらに、
この解答の判断は筆者のみで行っているため、特に拗音については解答した字 の大きさにばらつきがあり、拗音であるかどうかの判断がつきにくく、調査対 象者の意向の沿っていない場合がある。
5 .考察
以上の結果から、考察をまとめる。在ネパールネパール人の正答率が在日ネ パール人を上回ることもあることから、在日ネパール人の方が正答率が高いと は言い切れず、学習歴の長さや第二言語環境での学習や生活が知覚の向上に影 響するとは必ずしも言いがたい。また、「作家」を「サッカー」としたり、「自 由時間」を「10じかん」としていることから、自分の知っている言葉に置き換 えて解答している可能性もあり、必ずしも知覚した通りに解答できていない場 合があるといえる。いずれも在日ネパール人の方がその傾向があり、学習歴が 長くなるにつれ、聞こえた語と学習者自身の知っている語が一致しているとい う思い込みで解答を行っている可能性が考えられる。
5 .1 着目する点ごとの考察
長音・促音・拗音を着目する点ごとの平均正答率を表にまとめる。以下の表
は、長音・促音・拗音がそれぞれミニマルペアになっているもののみを対象と しているため、ダミー 6 語は含んでいない。
表 2 在日ネパール人正答率
(単位:%)
あり なし
長音 62.8 47.5 促音 75.7 72.7 拗音 60.3 19.9
表 3 :在ネパールネパール人正答率
(単位:%)
あり なし
長音 43.6 51.0 促音 67.7 56.2 拗音 72.4 13.5
表 2 は全体を通して、それぞれ着目する点が含まれている語の方が正答率が 高い。この中で、促音なしと拗音なし(t( 6 )=4.475 p<.05)の正答率に有 意差が見られた。従って、在日ネパール人は、促音を含む語とミニマルペアに なっている語(促音なし)の方が、拗音を含む語とミニマルペアになっている 語(拗音なし)よりも正答率が高く、知覚しやすい。表 3 も長音を除いて、そ れぞれの着目する点が含まれている語の方が正答率が高い。また、促音ありと 長音あり(t( 9 )=2.545 p<.05)、拗音ありと長音あり(t( 7 )=2.547 p<.05)
の正答率にはそれぞれ有意差が見られ、在ネパールネパール人には長音の知覚 と比べて、促音、拗音の方が知覚しやすいことがわかった。また、在日ネパー ル人と同様に促音なしと拗音なしの正答率にも有意差が見られ(t( 6 )=2.639 p<.05)、促音を含む語とミニマルペアになっている語(促音なし)の方が拗 音を含む語とミニマルペアになっている語(拗音なし)よりも正答率が高く、
知覚しやすいことがわかった。
有意差はみられなかったものの、長音は長音・促音・拗音の中では、在ネパー ルネパール人と在日ネパール人の正答率の差が最も見られることから、長音の 知覚においては、日本語の学習歴の長さや第二言語環境での学習・生活におい て、日本語母語話者の音声を聞く機会が増えることによって知覚を向上させる 可能性がある。それに対し、促音は促音のありなしにかかわらず、在日・在ネ パールともに正答率が高いことから、ネパール人日本語学習者にとって、最も
知覚しやすい可能性が考えられる。その一方で、「じゅうじかん」と解答する べき問いに「じっじかん」と解答したりするところから、促音のないところに も挿入してしまうことがあり、今後ネパール人日本語学習者の促音の知覚の特 徴について明らかにしていく必要がある。
5 .2 正答率による正答・誤答の傾向
次に、ネパール人日本語学習者が記入した解答の特徴を詳細に明らかにする ために、正答率による正答・誤答の傾向をみていく。まず、正答率の上位10番 目までと同じ正答率であった調査対象者(以下、上位群とする)の誤答を在日 ネパール人、在ネパールネパール人でそれぞれ見ていく。これによって、正答 率上位群であっても、知覚が困難な語が明らかになる。
5 .2 .1 上位群の場合
在日ネパール人の上位群として挙げられるのは以下の16名である。
表 4 在日ネパール人正答率上位群 順
位
調査対象者
ID 正答数(正答率) 順 位
調査対象者
ID 正答数(正答率)
1 24 30(90.9) 6 25 25(75.8)
2 44 29(87.9) 10 12 24(72.7)
2 52 29(87.9) 10 13 24(72.7)
4 43 27(81.8) 10 18 24(72.7)
5 16 26(78.8) 10 26 24(72.7)
6 28 25(75.8) 10 29 24(72.7)
6 33 25(75.8) 10 37 24(72.7)
6 9 25(75.8) 10 45 24(72.7)
在日ネパール人の上位群の誤答者数を刺激語ごとに以下の表にまとめる。
表 5 各刺激語の誤答者数
刺激語 人数 刺激語 人数 刺激語 人数
おばあさん 5 いた 3 美容院 10
おばさん 4 夫 4 勝者 2
チーズ 10 音 なし 使用者 5
地図 なし かっこ なし 十時間 5
良好 4 過去 なし 自由時間 14
旅行 7 作家 なし 拍手 4
一生に 5 坂 2 宿題 なし
一緒に 12 切手 5 雑誌 1
カード 1 着て なし 写真 なし
角 12 聞いて なし 全然 1
行った なし 病院 なし 社会 1
在日ネパール人上位群の誤答者数が最も多いものは16人中14人が誤答である
「自由時間」である。在日ネパール人は「自由時間」にも「10じかん」と解答 している傾向があると述べたが、上位群はその傾向とは異なり、ひらがなで解 答している。これは、「十時間」に正しく答えられている調査対象者が多いこ とからも「自由時間」に「10じかん」と答えていないことがわかるが、上位群 が誤答となった原因は「十時間」の問いに解答したのと同じように「じゅうじ かん」と解答したことにある。確かに、先述した通り、調査対象者は「じゆう じかん」と解答したつもりでも、「ゆ」の字が小さく見えたために誤答となっ た場合も否定はできない。しかし、他の拗音を含む刺激語は正しく書けている ことから、「十時間」との聞き分けが難しかった、もしくは、「自由時間」は理 解語彙でなかったために、「十時間」に置き換えて解答したことが考えられる。
さらに、表 5 から見える在日ネパール人の特徴を 2 点挙げる。 1 点目は促音 の有無に着目している語の誤答者の少なさである。表 2 では、在日ネパール人 は促音の有無にかかわらず、正答率が高めであった。上位群には誤答者がいな
い刺激語もあるように、やはり、ネパール人日本語学習者にとって、知覚しや すい可能性が考えられる。 2 点目は、ミニマルペアになっていない刺激語が他 のミニマルペアになっている刺激語と比べると誤答者が少ないことである。「拍 手」以降の 6 つの刺激語はダミーとして扱っていて、ミニマルペアになってい ない。正答率上位群でもミニマルペアになっている語の方が正答者が少なく、
ミニマルペアになっていない語の方が正答者が多いことから、ミニマルペアに なっている語の聞き分けが難しい、もしくは思い込みで解答していることがわ かった。
次に在ネパールネパール人の上位群についてみていく。在ネパールネパール 人のうち、上位10番目までの正答率であった調査対象者は以下の12名である。
表 6 在ネパールネパール人正答率上位群 順
位
調査対象者
ID 正答数(正答率) 順 位
調査対象者
ID 正答数(正答率)
1 1 25(75.8) 6 43 21(63.6)
2 4 23(69.7) 8 2 20(60.6)
2 25 23(69.7) 8 28 20(60.6)
4 35 22(66.7) 8 33 20(60.6)
4 50 22(66.7) 8 38 20(60.6)
6 13 21(63.6) 8 41 20(60.6)
在日ネパールの上位群同士と比べると、正答率が低いことから、学習歴や学習 環境からも当然影響を受けていることがわかる。詳細にみるために、在ネパー ルネパール人の上位群の誤答者数を刺激語ごとに以下の表にまとめる。
表 7 各刺激語の誤答者数
刺激語 人数 刺激語 人数 刺激語 人数
おばあさん 8 いた 3 美容院 9
おばさん 1 夫 3 勝者 1
チーズ 9 音 1 使用者 8
地図 2 かっこ なし 十時間 2
良好 5 過去 2 自由時間 11
旅行 5 作家 1 拍手 9
一生に 6 坂 9 宿題 5
一緒に 6 切手 3 雑誌 3
カード 4 着て 5 写真 1
角 9 聞いて 1 全然 なし
行った 2 病院 1 社会 3
在ネパールネパール人上位群の誤答者数が最も多い刺激語は12名中11名が 誤った「自由時間」である。これについても在日ネパール人と同様に数字で解 答している調査対象者は 2 名のみで、他の 9 名はひらがなで解答しているが、
拗音を含んだ表記であるため、誤答となっている。また、次に誤答者が多いの は「チーズ」、「角」、「坂」、「美容院」、「拍手」の 5 つである。「チーズ」、「角」、
「坂」、「美容院」はそれぞれミニマルペアになっているが、これらが誤答となっ ているのは、それぞれのミニマルペアとなっているもう一方の刺激語を解答と しているためである。つまり、「チーズ」には「ちず」、「かど」には「カード」、
「さか」には「サッカー(もしくはさっか)」、「びよういん」には「びょういん」
と解答している。図 1 で在ネパールネパール人全体の結果を見ても、「地図」、
「カード」、「作家」、「病院」の方が正答率が高いが、上位群にも同様のことが 言えるということから、聞き分けが難しかったか、調査対象者自身の知ってい る語に置き換えて解答している可能性が考えられる。③までの調査を終えた後、
生成実験で用いた文を見ながら刺激語を含めた確認を行っている際、「◯◯だ と思った」とミニマルペアとなっているもう一方の語を挙げることが多かった
ことから、調査対象者自身の知っている語への置き換えはネパール人日本語学 習者の一種のストラテジーとなっている可能性がある。
「拍手」の解答では「はくす」のように拗音を直音化しているために誤答となっ ているケースが多い。また、着目していない点以外は問うていないため、正答 率には反映されていない誤答もあるものの、在日ネパール人も含め、他の拗音 を含む語にも「勝者」を「しょうさ」、「社会」を「さかい」などと解答してい る調査対象者もおり、やはり、拗音を聞き取りにくい、もしくは表記ができな いと感じている学習者もいることがわかる。
5 .2 .2 下位群の場合
次に正答率の下位10番目までと同じ正答率であった調査対象者(以下、下位 群とする)の正答を在日ネパール人、在ネパールネパール人について見ていく。
これによって、正答率下位群であっても、知覚が容易な語が明らかになる。
まず、在日ネパール人の下位群として挙げられるのは以下の16名である。
表 8 在日ネパール人正答率下位群 順
位
調査対象者
ID 正答数(正答率) 順 位
調査対象者
ID 正答数(正答率)
1 2 10(30.3) 8 6 17(51.5)
2 38 11(33.3) 9 40 18(54.5)
3 36 12(36.3) 9 7 18(54.5)
3 3 12(36.3) 9 10 18(54.5)
5 34 14(42.4) 9 20 18(54.5)
6 32 15(45.4) 9 23 18(54.5)
7 5 16(48.4) 9 39 18(54.5)
7 4 16(48.4) 9 48 18(54.5)
在日ネパール人の下位群の正答者数を刺激語ごとに以下の表にまとめる。
表 9 各刺激語の正答者数
刺激語 人数 刺激語 人数 刺激語 人数
おばあさん 1 いた 8 美容院 2
おばさん 7 夫 5 勝者 10
チーズ 3 音 15 使用者 2
地図 15 かっこ 11 十時間 1
良好 11 過去 13 自由時間 なし
旅行 3 作家 9 拍手 3
一生に 12 坂 9 宿題 5
一緒に 2 切手 7 雑誌 5
カード 13 着て 7 写真 10
角 6 聞いて 6 全然 13
行った 11 病院 11 社会 6
先述した上位群では、「チーズ」の誤答が多い。すなわち正答率が低いこと を表していたが、下位群では「チーズ」のミニマルペアとして挙げた「地図」
の正答者数が多い。このことから、「チーズ」は聞き取りにくく、「地図」は聞 き取りやすいことがわかる。また、表 9 から、「音」の正答者数も多く、「地図」
と同様ミニマルペアになっている語の方が正答率は少ない。しかし、自己紹介 や家族の話をする際のことを考慮にいれると、使用頻度では、「夫」の方が高 いのではないだろうか。しかし、「夫」の正答者はあまり多くなく、むしろ、「音」
の正答者数が多い。このことから、解答の際には前後の文脈や刺激語の意味か ら考えるのではなく、聞こえてきた刺激語をそのまま書き取っている可能性が 考えられる。
次に、在ネパールネパール人の下位群として挙げられるのは以下の12名であ る。
表10 在ネパールネパール人正答率下位群 順
位
調査対象者
ID 正答数(正答率) 順 位
調査対象者
ID 正答数(正答率)
1 44 4 (12.1) 6 37 13 (39.3)
2 20 9 (27.2) 7 8 14 (42.2)
3 16 10 (30.3) 7 6 14 (42.2)
3 21 10 (30.3) 7 15 14 (42.2)
5 7 11 (33.3) 7 39 14 (42.2)
5 34 11 (33.3) 7 47 14 (42.2)
7 5 16(48.4) 9 39 18(54.5)
7 4 16(48.4) 9 48 18(54.5)
在ネパールネパール人の下位群の正答者数を刺激語ごとに以下の表にまとめ る。
表11 各刺激語の正答者数
刺激語 人数 刺激語 人数 刺激語 人数
おばあさん 3 いた 8 美容院 1
おばさん 5 夫 3 勝者 4
チーズ 2 音 2 使用者 2
地図 10 かっこ 8 十時間 5
良好 7 過去 11 自由時間 なし
旅行 5 作家 5 拍手 1
一生に 2 坂 3 宿題 なし
一緒に 6 切手 6 雑誌 2
カード 7 着て 2 写真 2
角 3 聞いて 3 全然 6
行った 5 病院 なし 社会 なし
在ネパールネパール人の下位群の正答者が最も多いものは「過去」である。
この語は在ネパールネパール人の日本語レベルから考えると、未習語である。
「過去」とミニマルペアになっている「かっこ」も未習語であるが、下位群に おいてもどちらも正答者数が多いことがわかる。このことから、未習・既習が 正答率に必ずしも影響しないことがわかる。
また、在日ネパール人下位群と同様に「地図」の正答者数が多いことが表11 からわかる。さらに、在ネパールネパール人の上位群は「チーズ」の誤答者数 が多い。すなわち正答率が高いこと、併せて在日ネパール人にも同様のことが 言えることから、ネパール人日本語学習者は「地図」は聞き取りやすいが、「チー ズ」は聞き取りにくいことがわかった。この結果は、表 2 と合う。調査対象者 の母語であるネパール語の母音のうち、・(いずれも/i/)は文献によって、「こ の 2 つは短母音と長母音のちがいであるが、発音上のちがいはない」とされて いる母音である。このことから、少なくとも/i/に関しては長母音と短母音の 違いがつきにくく、日本語の長母音と短母音の違いも聞き分けができなかった のではないだろうか。
6 .まとめ
ネパール人日本語学習者はどのように知覚しているのかに関して、明らかに なった点を 3 つにまとめる。
まず、 1 点目にはネパール人日本語学習者の特殊拍における知覚として、特 徴を着目する点ごとにまとめると、次のようになる。
・長音:知覚は得意ではないが、その分学習歴や環境によって向上が見られる
・促音:促音のありなしにかかわらず正答率が悪くないため、苦手ではない
・拗音:刺激語によって、知覚に差がでやすい
しかし、それぞれの着目する点についての考察において、長音と促音にそれぞ れの特殊拍の有無による有意差は出なかった。長音なしと促音なしの正答率が 長音あり、促音ありの正答率と比べて有意差がなかったということは、裏を返 していえば、長音と促音を含む語の知覚が不得手ではないということができる のではないか。
2 点目として、学習歴の長さや環境、第二言語環境での生活が知覚の向上に 大きく影響しない。ただし、長音を除く。
3 点目として、ネパール人日本語学習者は知覚の際、自身の理解語彙ではな かった場合に自身が持っている他の理解語彙に置き換えて認識している。しか し、自身の理解語彙になかった場合には、聞こえたものをそのまま書き取ると いう手段をとっている。
7 .今後の課題
今後の課題は 3 点ある。 1 点目は異なる方式による実験の必要性である。本 研究で行った知覚実験は音声を聞いて、刺激語を書き取るものだったが、ネパー ル人日本語学習者が書く文字にはかなり特徴があり、字の大小が判断しにくい 場合も少なくない。先述したとおり、本研究では、調査者が調査対象者が解答 しようとした解答の意向に沿っているとは言い切れない。そこで、調査対象者 が解答しようとしたものに調査者が合わせられるように、刺激語を書き取るも のではなく、選択肢形式での知覚実験を行う必要があると考えている。
2 点目は、拗音に関する更なる研究である。本稿での調査では拗音を含む語 とその語とミニマルペアになっている語が共に少なかったことと、他の語との レベルの一致という点で疑問が残る。そのため、刺激語をさらに増やして行い たい。また、ネパール語において、半母音+/j/は口蓋化ではなく、それぞれ 直音として発音される場合もあることから、それぞれの持続時間を変化させて、
口蓋化していると判断できる持続時間を明らかにしたい。
3 点目は、ネパール語以外の言語を母語に持つ日本語学習者との比較である。
本稿での調査はネパール人日本語学習者にしか行っていないため、今回明らか になった特徴がネパール人日本語学習者特有の特徴とは言い切れない。そのた め、今後は同一の実験を他の言語を母語に持つ日本語学習者に行い、ネパール 人日本語学習者の特徴を明らかにしていく。
参考文献
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