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「今、子どもたちに伝えたいもの」 ―二俣英五郎、紙芝居「ひよこちゃん」の世界―

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Academic year: 2021

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(1)

キ-ワ-ド:紙芝居、二俣英五郎の世界、共感 1 はじめに

紙芝居の特性について

①紙芝居は日本固有の文化である。

アンデルセン、グリム童話等の絵本は外国から 入ってきた文化であるが、紙芝居は昭和5年頃、

街頭紙芝居として誕生した。自転車の後ろに紙芝 居を積んで水あめを売りながらの手作りの街頭紙 芝居は、その当時全国的に広がりをみせた。当時 は娯楽的な色彩が強く、のちに教育紙芝居が一流 の紙芝居作家たちによって作られるようになって きた。これまで 85 年の伝統的な歴史を持つ日本 固有の文化である。

②紙芝居の特性は、見る者(観客)に共感の世界 を広げる。

紙芝居は三面開きの舞台を使うことで、作品世 界が舞台から飛び出し観客に共感の世界を広げて いくので 30 人から 50 人と大勢で楽しむのに適し ている。1000 人以上の会場であってもマイクと スクリーンを使えば作品世界を観客に手渡すこと が出来る。

③初めて紙芝居を観た外国人は、強い興味と関心 を示す。

フランス、スペイン、ドイツ、インド、中国、

韓国、ベトナム等世界各国で紙芝居の講座や研究 会が開催されているが、初めて紙芝居を見た外国

の絵本作家や編集者、研究者たちは、紙芝居の演 じ手に対して「今、あなた魔法をかけたでしょ う!」と驚きの声を上げる。紙芝居は、表が絵で、

裏が文字(脚本)になっており、1 枚 1 枚バラバ ラの作りになっている。こんな文化は世界中探し てもないという。「是非、自分も作ってみたい」

と言う絵本作家も多いのである。舞台を使って画 面を 1 枚ずつ「抜いて差し込む」作品世界を進行 させる方法に外国の人々は強い興味と関心を示す。

(日本家屋のふすま、障子と同じ引き戸の構造)

この論文では数多い紙芝居の中で、紙芝居の特 性を顕著に打ち出している「ひよこちゃん」を取 り上げながら、脚本家と絵描きがどのようにお互 いの世界を理解しながら紙芝居をつくっていくの か、その舞台裏の作品作りの過程に迫ってみたい。

2 調査の概要

(1)調査目的

紙芝居づくりにおいて絵描きが脚本家の作品世 界をどのように理解し、絵を描くのかについて明 らかにしながら紙芝居「ひよこちゃん」の作品論 につなげることを目的とした。

(2)調査対象

紙芝居「ひよこちゃん」原作:チュコフスキ-、

脚本:小林純一、絵:二俣英五郎

       童心社刊(12 場面)

(3)調査方法

―二俣英五郎、紙芝居「ひよこちゃん」の世界―

正 司 顯 好

"Now, what I want to tell the children."

- Futamata Eigoro, the world of Kamishibai "Chick" -

SHOSU Akiyoshi

(2)

紙芝居作家である二俣英五郎注 1)氏の自宅(都 内)に出向いてのインタビューによる聞き取り調 査を行う。

(4)調査時期

平成 27 年6月2日(火)午後2時~3時 30 分 に実施した。

3 調査の結果

(インタビュ-内容)

〈日時〉

平成 27 年6月2日(火)午後2時 00 分~午後3 時 30 分

〈場所〉

二俣英五郎先生の自宅(東京都世田谷区)

〈テーマ〉

「紙芝居作家(絵描き)として生きて思うこと」

〈聞き手〉

執筆者(正司)

※アンダーラインはキーセンテンス

(聞き手)今日はお忙しいところ貴重なお時間を いただきありがとうございます。このた び童心社から多くの紙芝居の再版が決ま りまして、その中に今なお人気の高い先 生の作品がかなり入っておられます。

(二 俣)僕の方には、そういう話はあまり聞こ えてこないなぁ(笑)

(聞き手)先生は、いつごろから紙芝居を描き始 められたのですか。

(二 俣)はっきりとは憶えていないんだが、30 代前半だったかなぁ。紙芝居は、食べら れないので始めた。ほかに仕事がないの です。生活がかかっているし、お金がも らえますから。当時、絵ができれば半額 くれる。数か月後にまた半額くれるとい う具合でしたね。

(聞き手)童心社のお仕事だったのですか。

(二 俣)えぇ。それまで僕は全く紙芝居を知ら なかったのですが、童心社を紹介しても

らって初めて紙芝居を描いた。稲庭桂子

注2)さんがいらしたね。川崎大治注3) んや堀尾青史注4)さんもいらした。その 方たちの紙芝居に対する情熱はすごかっ たですね。紙芝居についていろいろ教わ りました。

(聞き手)一番最初の作品は憶えていらっしゃい ますか。

(二 俣)1年 12 ヶ月を通して出てくる動物の紙 芝居だった。という記憶はあるが、はっ きり憶えていない。犬の靴だったか、リ スの靴だったか。絵を見たら僕の絵だっ た。とにかく、幸運にも紙芝居をよく知 っている方々に出会い育てていただいた というのが実感だ。僕自身、変に器用だ ったということもあるかもしれない。

(聞き手)先生の描かれる絵はどうして脚本以上 の表情が描けるんだろうといつも考えさ せられます。例えば、「おだんごころこ ろ」のいいおじいさんと、いじわるじい さんの描き分けは見事ですよね。

(二 俣)僕は紙芝居に出会う前から、どこへ行 くにもスケッチブックだけは離しません でした。電車の中でも動物園でもひたす ら描き続けました。安泰注5)さんのとこ ろでデッサンの勉強をさせてもらいまし た。さらに動物の写真集を集めて、それ をモデル代わりに描いたりもしました。

いぬとねこは、みんなが知っているので 難しいのですが、一番難しいのは人間で す。人格のある絵に仕上げるのはなかな か大変です。

(聞き手)全くその通りで、登場してくるお地蔵 さんにも人格があるように見えてしまい ます。

(二 俣)日本美術大系などの運慶の彫刻のリア ルさは、紙芝居には必要ないんだが、そ れに負けない訴える力が必要になってき ます。

(聞き手)このお地蔵さんの表情といい、いじわ

(3)

るじいさんの表情といい見事としか言い ようがないですね。どうしてこんなにう まく描けるのですか。

(二 俣)その「おだんごころころ」は、何年ご ろの作品になっていますか。

(聞き手)1972 年に出版されています。

(二 俣)僕が 40 歳ぐらいの時だから、その頃は 何も知らない強さがあった。なんのてら いも無く描いている。今、同じものを描 けと言われても、なかなか描けない。絵 は、わかってもらわなければ意味がな い。自分の絵を客観的にみることができ るのは、30 年ぐらいたってからだねぇ。

やっと「まぁ、いいか」と思えるように なってくる。

(聞き手)さらに、先生の代表作である「ひよこ ちゃん」についてお聞きします。絵の背 景をすべて白で統一されましたが、どう してそうされたのですか。

(二 俣)「どうして」と聞かれても記憶がないん だが、絵描きの直感でひよこの影を描い たのは憶えているから、そこらあたりの 流れからかなぁ。

(聞き手)ひよこちゃんと母鳥の目線の位置も場 面ごとに変化していくので、目が離せま せん。

(二 俣)本当のことを言うと、母鳥の顔が小さ すぎる。気になる人が見たら、デッサン が狂っているというかもしれない。実際 の母鳥の顔は、卵よりも大きい。

(聞き手)確かにそういわれると納得しますが、

絵を見ていると全く違和感がありませ ん。

(二 俣)「虚構が実在する」のが紙芝居であり、

それにリアリティーをもたせるのが演じ 手の役目じゃないかなぁ。

(聞き手)演劇も上演するたび観客が変わるし、

役者とも一期一会の関係ですよね。

(二 俣)徳川夢声の語りのリアリティーはすご かった。僕はボクシングが好きでよくラ

ジオの実況中継を聞いていたんだが、会 場の情景や天候まではっきりわかった。

紙芝居も脚本を語る演じ手がとても大事 な役目を果たすことになる。特に「間」

が大切になってくる。落語で言えば、志 ん生や圓楽のような「間」が紙芝居にも 必要になってくる。さらに紙芝居は絵が ついているから抜きの時の「間」が大切 になってくる。つまり、紙芝居は作り手 と演じ手さらに観客との目に見えない連 携が重要になってくるということかもし れない。

(聞き手)本日は、紙芝居についての貴重なご意 見をありがとうございました。

4.考察(紙芝居)

考察1:

第1場面には、黄色いひよこが一羽だけ登場す る。絵本と違って紙芝居には表表紙がないため、

舞台を開くと、いきなり紙芝居世界が登場する構 図になっている。タイトルの文字が入って絵とと

(全遍、詩の朗読の方法で)

ピヨ ピヨ ピヨ。

ひよこが 一わ おりました。

とても ちっちゃい ひよこです。

(よく見せて)

でもね、ひよこは おもって いました。

「ぼく、うんと おおきいよ。」って だから、さんぽの とき、

―ぬきながら―

あたまを ぐんと あげて、

とくいになって ・・・・・

(4)

もに表現されるのは、紙芝居の場合この第1場面 だけである。後の場面は、表面が絵で、裏面に脚 本が書かれている。観客の目線は、まず一羽のひ よこにくぎ付けになる。背景は白一色。余計なも のはすべて排除され、この愛らしい一羽のひよこ だけが描かれたことにより、観客のなかにひよこ に対する強い集中が生まれる。

考察2:

第2場面も散歩する黄色いひよこが一羽だけ描 かれている。第1場面で、観客はこのひよこを両 手でこよなく抱きしめたくなるような大きさで描 かれ、第2場面で見事に動き出す。静止画像なの に見事に動いて見えるのである。絵描きとしての 高い力量を感じさせる表現力である。絵描きの直 感でひよこの影を描いたのは憶えているから、そ こらあたりの流れからかなぁ。(インタビュ-よ り)影を描くことで絵にリアリティーを与え、白 の無背景であっても不自然さを観客に感じさせな い。演じ手が紙芝居を抜くことで、さらにひよこ が画面の外まで動き出す。

考察3:

第3場面には、ひよこのかあさんが登場する。

かわいいひよこのかあさんは「りっぱ」でわが子 を高いところから見下ろしているように見える。

ひよこの方は見上げる格好になっているので、視 線が上向きになっているが、よく見ると実は、か あさんの視線は前方をむいて周囲を警戒している ような構図になっている。かあさんの影は当然大 きい。

「ほら、こんなふうに りっぱです。ね。」と

「ね。」を独立させて観客に念押しするような脚本 になっているが、絵を(よく見せて)と指示出し がある。観客にとって見ごたえがあり、脚本に負 けない立派な母鳥が描かれる必要性に迫られる場 面である。その希望に見事にこたえる母鳥の描写 になっている。

あるいて いるんです。

ほら、こんなふうに。

ね。 (よく見せて)

―ぬきながら―

ひよこにかあさんがおりました。

とてもりっぱな ・・・・・

かあさんです。

ほら、こんなふうに りっぱです。

ね。 (よく見せて)

―ぬきながら―

かあさんは ・・・・・・

(5)

考察4:

第4場面では、一転してかあさん鳥の目線がひ よこの目線まで下りてきて、目線を合わせながら

「こんな むし。こんな むし。」と餌をわが子に 与えている。「こんな むし。」が繰り返され、こ こでも絵を(よく見せて)と指示出しがある。か あさん鳥が自分のくちばしにミミズを挟んでひよ こに食べさせようとしている場面に観客の視線は 釘付けになる。ひよこがくちばしに挟んだミミズ を食べ終わるまで待っているであろうかあさん鳥 の包容力まで感じさせる場面である。

考察5:

第5場面では、さらに一転してひよこに危険が 迫る展開となる。ひよこちゃんをねらっている一 匹のどらねこだけが描かれている。「こんなすご いねこが……(よく見せて)かわいそうなひよこ。

(よく見せて)」この場面にも二俣英五郎の絵かき としての力量の高さが見事に表れている。ねこ一 匹だけの表情に「かわいそうなひよこ」の運命を 連想させるような凄味が感じられるのである。二 俣英五郎は、若いころから さらに動物の写真集 を集めて、それをモデル代わりに描いたりもしま した。(インタビュ-より)と研鑽を重ねた。

ひよこに たべさせました。

いろんな むしを たべさせました。

ほら、ね。

こんな むし。

こんな むし。

(よく見せて)

ところが、たいへん。

ある あさ、

―さっとぬく―

とつぜん、おんどりが とびだしました。

くびを のばして、

ありったけの こえで、

「コッ コッ コッ コッ コケッ コケッ。」

ほら、ね。

こんなふうに。

ねこはめを けっとばされたら たいへんだから、

にげだしました。

―ぬきながら―

ああ、よかった。

どらねこが おって きました。

ニャンとも いわないで、

あしおとも たてないで。

いけの そばまでおって きました。

ほら、ね。

こんなすごいねこが ・・・・・・

(よく見せて)

かわいそうなひよこ。

(短い間)

ところが ・・・・・・

―さっとぬく―

(6)

考察6:

第6場面では、いきなりおんどりが登場する。

それもすさまじいまでの勢いと力強さでどらねこ に迫っている。どらねこの全身は描かれています が、おんどりの全身は描かれず裁断された場面の 外側に広がっています。「断ち落とし」という絵 の技法である。観客に臨場感を与え迫力満点の格 闘シーンになっている。どらねこの驚いた顔の表 情も見事である。どこへ行くにもスケッチブック だけは離しませんでした。電車の中でも動物園で もひたすら描き続けました。(インタビュ-より)

第6場面のドラねこの狡猾な表情とは打って変わ った見ごたえある表現になっている。観客の緊張 感と集中力は、ここでピークを迎え画面に釘付け となる。

考察7:

第7場面では、ひよこの危機を救ったおんどり とひよこだけの登場である。第 3 場面のかあさん 鳥と対比する構図になっているが、おんどりは誇 らしげに天高く目線を上げうたっている。それを 下から見上げているひよこの構図は第3場面と全 く同じであるが、微妙に違いを演出しているのが、

ひよこの背伸びと目の開け具合である。この場面 は、ひよこの目を細めることで、おんどりに対す る羨望のまなざしになっていることが、はっきり とわかる表現になっている。脚本のセリフのパタ

-ンには二通りあり「ほら、ね。こんなふうに。」

と「ほら、こんなふうに。ね。」に使い分けられ ている。そこにセリフを十分読み込みながら描こ うとする二俣英五郎の絵描きとしてこだわりを強 く感じる。

考察8:

第8場面では、ひよこが一羽だけ登場する。

「くびを のばして、ありったけの こえで、う たいだしました。」小さな羽を精一杯広げて、小 さなくちばしも精一杯あけてうたおうとしている 姿は、とても愛らしく観客がみんなで応援したく なるような、そんな絵に仕上がっている。背景は 依然として白一色であり、そのことでさらにひよ この表情まで際立って見えてくる。紙芝居の絵に は遠目がきくことが要求されるが、そのこともし っかりと計算されて描かれている。

おんどりは そこらじゅう みまわして、

おおきな こえで、うたいました。

「コッコッコッコッ コケコッコ-。

おれは つよい つよい わかどりだっ。」

ほら、ね。

こんなふうに。

(よく見せて)

ひよこは それが きに いりました。

―ぬく―

そこで、ひよこも くびを のばして、

ありったけの こえで、

うたいだしました。

「ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピ。

おれもつよい つよい わかどりだ-っ。」

って、いおうと おもって。

だけど、のどが つかえて、

―さっとぬく―

(7)

考察9:

第9場面も、精一杯背伸びして失敗してしま うひよこが一羽だけ登場する。ここでも「ほら」

「こんなふうに」「ね」と、三つ言葉が繰り返され ることで、演じ手と観客の間で共感の世界を広げ、

深いコミュニケ-ションにつなげやすいように工 夫されています。「みずたまりへしりもち」をつ いて、もがきながら水しぶきを上げるひよこの姿 に観客である子ども達は、自分自身を重ねていく に違いない。ちょっと切なく、ちょっとユーモラ スな場面に引きつけられながら、次の展開に期待 を膨らませるのである。

考察 10:

第 10 場面は、かえるが登場してきてひよこの 失敗をあざ笑うシーンである。ひよこは、水たま りにしりもちをついて、ずぶぬれになっているの に、それをかえるに笑われて、立ち上がれないほ どの痛手を受けて、水たまりの中から動けなくな ってしまう。かえるは世間一般と捉える観客も多 いであろう。ひよこの失敗は、ひよこ自身が成長 していくための試練と捉える観客も多いであろう。

紙芝居の起・承・転・結の「転」の場面であるが、

あざ笑うかえるの顔の表情に、今後の試練が暗示 された見ごたえのある絵に仕上がっている。

考察 11:

第 11 場面は、ひよこがかえるに笑われたあと、

ぴしゃんと、

みずたまりへ しりもちです。

ほら、こんなふうに。

ね。(よく見せて)

―ぬきながら―

かえるがそれを みて、

わらいました。

おかあさんが とんで きました。

「まあ、まあ、ぼうや。」って、

みずたまりから おしあげました。

そして、とんがりくちばしで、

ひよこを やさしく やさしく  なでて やりました。

やさしく、やさしく、なでて  やりました。

ほら、こんなふうに ね。

「あっはっはっはっの がっ がっ がっ。

わかどりになるのは まだ、まだ、まだ。」って。

ほら、こんなふうに。

(よく見せて)

―ぬきながら―

そこへ ・・・・・・

10

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11 11

(8)

かあさん鳥に助けられる場面である。母鳥が飛ん できて、ひよこを「やさしく やさしく なでて あげました。やさしく やさしくなでてあげまし た。」「やさしく」という言葉が四度も繰り返され、

傷ついたひよこの心を癒していく場面は、圧巻で ある。慈愛に満ちた母鳥がわが子に接する行為に 観客は強い共感を覚える。「ほら、こんなふうに。

ね。」と念押しする脚本以上の絵が要求されるク ライマックスの場面である。二俣英五郎は、母鳥 がわが子に餌を与えた第4場面より、さらに目線 を下げ、わが子をくちばしで「やさしく なでて あげる」絵を描いたのである。

考察 12:

第 12 場面は、母鳥により丸ごと癒されたひよ こが、心も体も立ち直って母鳥の後をついていく 場面である。母鳥が前方を見ながらしっかりとし た足取りで歩きだすと、ひよこもその後から母鳥 の後姿を見ながら同じ方向に歩き出す。歩幅は違 うけれど「あたまを ぐんと あげてとくいに  なって」しっかりとした足取りで歩き出す。小さ

いひよこの未来への希望と苦難にも負けない勇気 を感じさせる絵に仕上がっている。それを演じ手 と観客が最後に確認するかのように「ほら、こん なふうに。ね。」という脚本のセリフで締めくく られている。観客もほっと胸をなでおろしながら 安堵の気持ちで、ひよこの行く末を見守りながら エンディングを迎えることができる。

5 まとめ

紙芝居「ひよこちゃん」は、子ども達の日常生 活の中から豊富な実例をあげながら、幼児の言語 認識の特徴を解説した『2歳から5歳まで』の著 者として有名なロシアの作家・チュコフスキー原 作の詩を、小林純一がテンポの良い文章に整え、

二俣英五郎が観客の心を一瞬に捉えるような絵に 仕上げた作品である。

1971 年4月(45 年前)第1版が発行された。

第1場面の裏側の演出ノートには「ゆっくり、は っきり、ことばと絵を印象づけるように読んでい きましょう。くりかえし演じていくうちに、観て いる子どもが暗誦するようになれば、この紙芝居 の目的が達せられたといえます。」と書かれてあ る。紙芝居としては、あまり例のない長文の演出 ノートになっていて、つくり手達の深いこだわり が感じられる第 1 場面の構成になっている。

紙芝居が成立するためには、脚本家と画家の 共同作業によって作品世界を創作する必要があ る。脚本家と画家が同一人物の場合もあるが、次 の段階として完成された紙芝居の作品世界を演じ 手(実演家)によって観客に手渡されなければな らない。ここで初めて紙芝居の作品世界が評価の 対象になり、文化的価値を有するかどうかという ことになるのである。

今回の論文は実際に紙芝居を演じることで作品 世界の理解が深まり観客に何を手渡していったら よいのかについて演じ手の立場から作品を分析し てきた。演じることは、同時に観客の反応を実感 することでもあり双方向の視点から作品を分析す ることができた。この分析方法は比較的新しい試 ひよこは すっかり げんきに なって

「ピヨ ピヨ ピピピ。

もう、へいきだよ。」って、

また、あたまを ぐんと あげて、

とくいに なって あるきました。

かあさんの あとから。

ほら、こんなふうに。

ね。おしまい。

12 12

(9)

みであると筆者は考えている。

これまで紙芝居の歴史についての書籍注6)や、

国策紙芝居についての研究論文注7)は、あるには あるが紙芝居文化を学問的見地から分析した研究 業績は、まだまだ少なく今後に期待されるところ である。そのことについて鬢櫛は、次のように 述べている。「紙芝居」とは何か。そう問われて、

イメージするのは、一定年齢以上の人は街頭紙芝 居、若い世代の人は幼稚園や保育所で見た紙芝居 であろう。紙芝居を研究対象として頭に浮かべる 人は、ほんの一握りではないだろうか。実際に、

学会での紙芝居研究は非常に少ない。現在、幼児 教育・保育の場ではよく紙芝居が活用されている にもかかわらず、日本保育学会でも研究数が少な い。注8)

演劇界においても脚本がどんなに優れた内容で あっても役者に実力がなければ脚本を台無しにし てしまうことがある。舞台の場数を積み重ねるこ とで役者が観客に育てられることもあるのである。

同様に紙芝居についても独立した作品を演じ手が どう演じるかについての議論が今後ますます必要 であり、演じ手の資質についての考察も待たれる ところである。

今回、紙芝居「ひよこちゃん」に登場してく る動物は、「ひよこ」、「かあさん」、「おんどり」、

「かえる」の四匹である。「ひよこ」=「子ども」、

「かあさん」=「母親」、「おんどり」=「兄弟また は父親」(観客は父親を連想する人が多いであろ う)、「かえる」=「大衆、世間一般」と置き換え れば、誰もが人間社会の子育ての縮図をこの紙芝 居に見ることが出来るのではないだろうか。

ところが、現実社会で起きていることといえば、

平成 27 年 10 月 8 日、厚生労働省は昨年度(平成 26 年度)全国の児童相談所(207 か所)が児童 虐待相談として対応した件数が 88,931 件に上り、

過去最多であることを発表した。この数字はその 前年度(平成 25 年度)の 73,802 件に比べ 15,129 件、20%と大幅な増加になっており過去最多であ る。この国は、児童虐待を止められぬ国になった のであろうか。児童虐待による子どもの死亡事例

についても 63 例 69 人と最悪の結果になった。

いまこそ人間形成の根っことなる幼児期の子育 てをもう一度見直さなければならないところにき ているのではないだろうか。この紙芝居「ひよこ ちゃん」は現代人の子育てに、親子関係に多くの ことを語っているように思えてならない。いま、

子どもの未来に広がる無限の可能性を信じて、子 ども達の内面深く届けたい作品である。なぜなら、

子ども達はいずれ親になり子育てに携わるように なるのだから。全体的にゆったりと二俣英五郎の 世界を演じ手が観客(子どもたち)の存在を丸ご と包み込みながら、じっくり味わえるように演じ たい作品である。

〔参考文献・引用文献〕

注1)二俣英五郎(ふたまた えいごろう)

  (1932 ~)北海道生まれ。独特なあたたかく ユーモラスな画風で、絵本、紙芝居、挿絵等 の仕事を続けている。紙芝居には『ひよこち ゃん』『たべられたやまんば』(第 10 回五山 賞画家賞)、絵本には『こぎつねコンとこだ ぬきポン』等多くの作品がある。『紙芝居、

おだんごころころ 執筆者紹介・童心社』

注2)稲庭桂子(いなにわ けいこ)

  (1916 ~ 1975)昭和 17 年日本教育紙芝居協 会に入会。23 年民主紙芝居人集団を結成し て、戦後の紙芝居運動の推進役となる。32 年童心社創立。44 年子どもの文化研究所設 立。出版社営業の傍ら児童文化活動に活躍し た。脚本に「平和のちかい」「おかあさん」

など多数。『20 世紀日本人名事典・日外アソ シエーツ編』

注3)川崎大治(かわさき だいじ)

  (1902 ~ 1980)北海道生まれ。戦前はプロレ タリア文学の作家として活躍。戦後は日本児 童文学協会の設立に参加。紙芝居は戦時中よ り創作活動を展開。戦後の教育紙芝居活動の

(10)

中心人物の一人。数多くの童話、民話、紙芝 居の作品を発表。代表作に「太郎熊次郎熊」

「池にうかんだびわ」(第 1 回五山賞作家賞)

「おおきなだいこん」(第 6 回五山賞作家賞)

などがある。『紙芝居、かぜのくれたテーブ ルかけ 執筆者紹介・童心社』

注4)堀尾青史(ほりお せいし)

  (1914 ~ 1991)作家・児童文化研究者。戦 前より「日本教育紙芝居協会」設立に参加、

「うづら」「芭蕉」など文芸的な紙芝居脚本を 執筆。戦後も教育紙芝居活動の指導的役割を 果たす。作品に「こねこちゃん」「くじらの しま」他多数。共編著「紙芝居-創造と教育 性」(童心社)宮沢賢治研究者としても知ら れ、「校本・宮沢賢治全集」(筑摩書房)他の 編者。『紙芝居、のばら 執筆者紹介・童心 社』

注5)安泰(やす たい)

  (1903 ~ 1979)学生のころから「コドモノ クニ」に童画を描き始める。32 年に松山文 雄らと新ニッポ童画会を、46 年に武井武雄、

初山滋らと日本童画会を、64 年にいわさき ちひろ、滝平二郎らと童画グループ「車」を 結成し、日本の童画の発展の中で重要な役割 を果たした。画風は、しっかりとしたデッサ ンに基づく動物を描くことに特徴があった。

『児童文学辞典・東京書籍』

注6)・加太こうじ 1979『紙芝居昭和史』旺文社   ・上地ちづ子 1997『紙芝居の歴史』久山社   ・石山幸弘 2008『紙芝居文化史-資料で読

み解く紙芝居の歴史-』萌文書林

注7)・鬢櫛久美子・野崎真琴 2009「戦時下にお ける紙芝居の議論-雑誌「紙芝居」を中心に

-」名古屋柳城短期大学研究紀要 31 号   ・神奈川大学日本常民文化研究所 非文字史

料研究センタ-編集・発行 2013『戦時下大

衆メディアとしての紙芝居-国策紙芝居とは なにか』(図録)

注8)鬢櫛久美子 2015「紙芝居研究の現状と課 題」研究情報 子ども社会研究 21 号

正司顯好 (埼玉東萌短期大学教授)

参照

関連したドキュメント

 また、本学では、紙芝居研究を学内の研究プロ

実践を通して得られた結果をもとに、保育現場で

2017 年 10 月、本学の前德明子准教授が紙芝居作家としてデビューした。創作紙芝居『くらべっこ く らべっこ』は童心社から出版された。第 22 回紙芝居サミット

今回、埼玉県及び隣接地にある学校法人の幼稚 園8ヶ所、社会福祉法人の保育園8ヶ所に勤務し ている先生方 234 人(幼稚園 102

に芝居の名場面を組み合わせた ﹁油彩芝居画﹂ を考案し︑

木俣武画) 、 『金ちゃんと雨蛙』 (槙本楠郎作・前島とも画)が予定されていたが、これらは実現しなかったようだ 17 。

徴がある。

@ 素材と聞い