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認識論の規範性について 麻生尚志(

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認識論の規範性について

麻生尚志(Takashi ASO 北海道大学大学院

クワインの議論を契機とし活発に論じられるようになった認識論の自然化であるが、

認識論を自然化してしまっては、認識論の規範的側面が失われてしまう、というのが 認識論の自然化を阻んできた大きな論点であった。それにたいし、マッフィなどの論 者は、認識論が自然化されても、認識論の規範的側面は仮言的規範として保持可能で あるという主張を行い、認識論の自然化を推しすすめた。仮言的規範とは、定言的規 範とは異なり、なんらかの目的が設定された上で、その目的をかなえるにはどのよう にすべきか規定するものであり、あくまで道具的理性の枠組みでのみ規範的であるに すぎないような規範である。

では、はたして、認識論の規範的側面は、そうした仮言的規範によって汲み尽くさ れるのであろうか。それは、そもそもの認識論の規範的側面としてどのようなものを 捉えていたのかに応じて、答え方が異なってくる。すなわち、仮言的規範によって認 識論の規範的側面は汲み尽くしうると答えるとすれば、その場合そもそもの認識論の 規範的側面として限定的なものを考えていたと看做しうるし、また、仮言的規範によ っては取りこぼされてしまうと答えるとすれば、そもそもの認識論の規範的側面とし てより大きなものを考えていたと言えよう。

そこで、今回の発表では、マッフィやヤンヴィッドなどの自然化論者の提示してい る仮言的規範がどのようなものであるのか子細に検討することを通じて、それまでの 伝統的認識論が備えているとされた認識論の規範的側面とはどのようなものであるか 明らかにしたい。すなわち、マッフィなどの論者の提示している仮言的規範が、どの ような役割を果たしており、くわえて、どのような役割は果たすことができないのか、

を検討することを通じて、自然化される以前の伝統的認識論の規範的側面を考察にし ていく。もし自然化される以前の伝統的認識論の規範的側面が、仮言的規範によって 汲み尽くされるとすれば、仮言的規範とまさに同じような役割を果たしているものと して伝統的認識論の規範的側面が明確化される。一方、もし仮言的規範では不十分だ ということならば、伝統的認識論の規範的側面とは、はたして仮言的規範では代替で きないどのような役割を果たすものなのか、またそうした規範性の要求は過大な要求 ではないのか否か、を明らかにしていきたい。

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