Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 駒澤大學佛教學部研 究紀要第
60
號夲成
14
年3
月 (41
)語
り
の
ポ
リ
フ
ォ
ニ ー 一 マ ル コ福音 書
プ ロ ロ ーグ
(
1
:1
=15
)
の視点 論的
考察
一挽 地 茂 男
物
語を語 るく
語
り手〉は、 過去
を語る過 去へ の 視 点を維持
しつ つ 、同時
に現
在
か ら未来
を 見通 す視 点に よ っ て語る。 ま た物語
の〈
作中人
物〉
は、 〈語り手〉 の視
点の 制 御を受けっ つ 、 そ れ ぞ れ独 自
の視点
を保存 して い る。 つ ま り物 語に お い て は、複数
の視点
が重層
し、 それ らの 視 点か ら発
せ られ るく
声〉
は時
に は和音を構 成
し、 時に は不協 和 音を構 成す るの を常
と す る。 ま して伝承
を素 材 と して 形 成 され る文学作品
に は元来
、〈
作者〉
の〈
単
声 〉に還 元 し き れ ない複数
の〈
声〉
が重層
して い る。物
語 は、 これ ら複 数の視点
と〈
声〉
か ら織
りなさ れ る 〈多声 〉の複 合体つ まり くポ リフ ォ ニ ー〉と して 〈読者
〉に達す る。 福 音 書 の 物語の 〈読
み〉
の多様性
は、 こ こ に源
を持つ 。〈
読者〉
は意識 して 〈単声 〉 の メ ッ セ ージを取 りだ そ う とす る 〈解釈 者 〉と して物
語テ クス トに向
か うこと もある。 しか しそ の場合
で も、 解 釈 とい う単声化の試み が、 物語 の 〈多 声〉 性 を葬
り去
る こ とは で きない。〈
読者〉
は物
語の く多
声〉
に 身 を委ねて 、 多数の視点
を転移
しつ つ 、 あ る 一っ の 〈声 〉に身を震わ せ る経 験を何度 も繰
り返 す こ とが で きる。 テ ク ス トとは多様な解釈
を可能
と す る解釈素
の 束なの で ある。伝承
素材
を福音書へ と編
み上 げる 〈作者 〉の 作 業 も創 作 者サイ ドの 一種
の単
声化
の 試みで はあるが、 こ れ もま た大 籠に多彩
な果物
を盛 る ご と く、最終
的に は伝承
の 〈多声〉
性
を沈黙
させ る もの ではな い 。 こ の論稿
は、 マ ル コ 福 音書 を 構 成 しよ う とす る創作者側
の単
声化
の 視点 を確 認 し、 その視点
と福音書全
体
と の構
造 的 関係を理 解 する こ と を目標 とする。 よっ てま ず わ れ わ れ は、(
1
)物 語 理 論に おける視点論
の成
果を批判的
に確認
し、 そ れ に基づい て (2
)マ ル コ 福 音書
の プ ロ ロ ー グの テ クス ト分析
を行い、 結 果と して(
3
)
マ ル コ福音書
の構成 法
と神学
の 一端
を確 認 する ことにす る。1
.物語 と 「視 点」「
視点
」 とい う概 念は、20
世 紀の文学 批 評で最 も よ く議論さ れて い る概 念の 一 っ で ある 。 しか しその議論
を複雑化
さ せ て い る理 由は、 「視
点 」 が多 様に定義
付け られて いる こ と と(注1)、文学作品
そ れ自体
が簡単
に は分 類
で きな い様
々 なテ クニ ッ クを示 してい る こ とであ る。 そ れ ゆえ、 「視 点」 に つ い て の 定 義 付 け は、 古今東西
、 星の 数だけ存 在 する。 こ こで は 「視点」
と は何
か とい う問
題(
42
) 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地) を取 り上げて各 研究 者に よ る 「視点」
の定義 付 け
を網 羅 的に 吟味
するこ とはせ ず、 視 点 論の 基本 的な主張
を 理解 する こ と と、 こ の論稿
に おい て わ れわ れ が援 用す る視 点論 にっ い て 批 判 的に整理 す るこ とに と ど め る( 。1
.1
.物 語理論に お け る 「視 点」の基 本 的 な意 味物語
理論にお ける 「視 点」 とい う術
語 に明確な意味を与
え たの は、 ヘ ン リー ・ ジ ェ イム ズ と さ れ る。 モ リセ ッ テ はその著書
で次
の よ うに述
べ て い る 。 「視点」(‘point
Qf view ’)とい うこと を誰が最初に言い出し たの かはわか らな い が、 ともか くこの 述語 に明確な 意味を与えたの はヘ ン リー ・ジェ イ ム ズ で あ る。 つ ま り 「視点」 とは 「展望の き く場所」(‘ post of observation ’)を意 味 して い て 、 そ こから物 語が構築さ れ るので ある。 時に それは見る位置を巧みに交替さ せ る こ と に よ っ て、 一人の 登場人 物か ら他の登場人物へ と移動 する こ とも 可能であ る 。c注,) こ の 「展 望の き く場
所 」 (‘post
of observatiOn ’)
とい う定義 付
け は、 現 在 の視点論
に一っ の 方 向性を与
え た。 現在の 標 準 的な 「文 学用 語辞典」
でも 「視 削 は、物
語 が語 られる位 置Cposition
’ )、 すなわ ち、 語 り手が語 る位 置 と して説
明さ れ る(注、)。 さ らに ジェ イ ム ズの 定 義が示 して い る もう一っ の 重要
な認 識は、 「視点
の 可動性」 す
な わ ち 「視点」の位置
が、 物 語世 界の 外 か ら物 語 を構築
す る位 置 (‘position
’ )と、 物 語 世 界の 内の登場
人物
の位
置Cpositions
’ ) を移
動 す るとい う認識
である 。 っ ま り〈
読者〉
の 「視 点」 は、 読 書 行為 におい て、物
語の 内外に存 在 するすべ て の位置 (‘ aUpositions
’)を移 動 す る こ とが 可能
なので あ る。こ れ ら定 義に
視覚
的な性格
が強
く出て い るの は、 「視点」 とい う概
念 が、 も と も と絵画
や映 画な どの 視 覚 芸術を介 して文学 理 論 に移入 され た か ら だ と言
わ れて い る(注5)。 しか し文学
的 叙述 に多
く見 ら れ る よ うに 、 「見 る場所
」 と して の 位 置が人間
の〈
心〉
に置か れた場 合に は、 「視点」
は もはや 空 間 的 ・ 視 覚 的 な概念
と して と どま り得ず、 「視 覚 的に見 る」 こ と以 上 の 意 味が増 殖す る こ と にな る。 その結 果、 文学
テ ク ス トを 「視 点 」 とい う観点
か ら理解
しよ う とする多
くの研究者
が、概念
上 の 整理 ・ 補正 ・拡
大 を行
う必要
に せ ま られたの で あ る。例
え ば、 ジュ ネ ッ ト は、 「視点」
Cpoint
of view ’ ) とい う言 葉 が非常
に 強い 視 覚 的 含 意を持
っ の で、 そ の 視 覚 性を払拭す
る た め に 、 「焦点化 」 (
‘fQcalizati
on ’ )とい う抽 象 度の高い術 語 を導
入 してい る(注 、)。 ポ リス ・ ウ ス ペ ン ス キ イ は ジ ュ ネ ッ トよ り も先 に、 この 傾 向を是正 して 、 「視 点」 が 介 在す る四 つ の 面(
レベ ル )一 す なわ ち評価 面 、 表現法面、 空 間 ・ 時 間の 特 性 面、 心 理 面Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 語 りの ポ リフ ォニ ー (挽地) (
43
) を取り上 げて、文学
的叙 述か ら視
覚 的造 形に至る多様
な芸術的
テクス ト の構成
上の 基点と な る 「視 点 」の 機 能を考 察 して い る〔注,〉。1
.2
. チ ャ ッ トマ ンの 「視点」
シ ーモ ア ・ チ ャ ッ トマ ン も、 小 説 と映 画とい う
文学
テ ク ス トと視覚 的
テクス トを対象と して 総合的
な視点論
を展開
した一 人であ るが、 そ の 理論
で は、 「視 点 」が次
の よ うに、 三通りに整理 さ れて い る(注s)。器官
/ 機 能 見る場所
見
られ るものLiterai
:eyesLiteral
:skyscraperLiteral
:cityrecall
Figurative
:visualFigurative
: “post
”in
mindLiteral
;Transamerica
Building
Figurative
:judgmentFigurative
:“post
”in
mindFigurative
:president
’ s stand っ ま り で は文 字 通 り (literal
)に 「目」を使
っ て 、現実 (
1iteral
)
の超 高層
ビ ル か ら現実 (
literaD
の市街
地 を見
るの で あ る。 「視
点」 の 空 間 的 ・ 視 覚 的 な レベ ル が これで ある 。と
で は 「視 点 」 が 比 喩 的 (
figurative
) な 「心の 目」 と して 機 能 して い る。 つ ま り で は 「視 点」が、 現 実 (litera1
)の ト ラ ン ス ア メ リ カ ・ ビ ル を〈
心〉
とい う比 喩 的(
figurative
)な場 所で 見る 、 すな わ ち視覚 的想起
とい う比 喩的 (
figurative
) な機 能 を果 た して いるの で ある。 に 至る と 「視 点」 は視覚 的な領 域を離れて、 イ デ オ ロ ギ ー的な立場 〔とい う比 喩 的 (figurative
)な場 所 〕か ら大統領
の 見解
とい う抽象概念 〔比喩的 (
figur
ative )な対 象〕を見 る とい う、 比 喩的 (
figurative
)
すなわち観
念的に 「見る」 とい う領 域に転 移 して いる。 こ の よ うに 「視 点 」は、 現 実の 視 力と空 間に支配 される 「視 覚 的視 点 」 (‘perceptual
point
of view ’)
か ら、 「心の目」
と もいうべ き 「概 念 的視点」
(
‘conceptual
point
of view ’)
な い し 「関
心の 視 点」(
‘inte
−restpoint
of view ’)
を意味す
る記憶
、 空 想、概
念化
、 認 識 (価
値 判断
・ 意見
・ イデオ ロ ギ ー ・ 世 界 観 )などの 精 神 的 行為 にまで転移す
る こ とが可 能であ る。 そ して い かなるテ ク ス トも、 こ の 「視 点」 の 三 つ の 意 味の ひ とっ な い しは その い くつ か を結合 した もの を含 意す るの であ る。わ れ わ れ は 「
視点」
に関
する さ まざま な研 究 を通 して 、 「視 点 」が、 「見る位 置」で あ り、 可 動 性を持つ もの で ある と同 時に、 現実
の視覚点領域
か ら比 喩 的領域
へ また概
念点
領 域へ も転 移 する とい うこ とで あ る。(
44
) 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地 )2
. テ クス トの分析
わ れ わ れ は以下に、 マ ル コ
福音書
の プ ロ ロ ー グ (1
:1
−15
)とい う具 体 的
な テ クス ト に、単声化
を 目指す く語 り手 〉の視点
が、 どの よ うに他の 視 点 と構 造 的 な関係を形 成 してい る か を確 認 しよ う。2
.1
.本文
と私訳 と資料分析1 .’Aρ
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2
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15 Kαし足γω り5T
しnk
πλfip
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Kα 【醜 Kα団 γy吐Kε囲 βα σ しλ∈t
α ToD e∈o ・Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地 ) (
45
)1
神
の子
イエ ス ・ キ リス ト の福音
の は じま り は 、2a
預言者イザヤ の書
に書
い て ある通 りで ある。2b
「見よ、 わ た しは あ な た よ り先に使者を遣
わす。彼
はあなた の道 を準
備 する。3a
荒 野
で叫ぶ者の声
が す る。3b
『主の 道を整
え、 その道筋
をまっ す ぐにせ よ』
と。」
4a
洗 礼 者
ヨハ ネ が荒野
に現れて 、4b
罪
の赦
しを得させ る た めに悔
い 改めの 洗 礼を 宣べ 伝え た 。5a
す る とユ ダ ヤの全 地 方とエ ル サ レ ム の
住民す
べ てが 、5b
ヨハ ネの もとに来て 、 罪を告 白し、 ヨル ダン川で
彼
か ら洗礼
を受
け て い た。6
ヨ ハ ネは らくだの毛 衣を着、 腰に
革
の帯
を締
め、 い な ごと野 蜜 を食 べ て い た。7a
彼
はこ う宣べ 伝え て 言っ た 。7b
「
わた しより も優れ た方
が、後
か ら来
られ る。7c
わ た し は、 か がん で その方
の履物
の ひ もを解
く値打
ち もない。8a
わ た しは
水
であなたた ちに 洗礼を授 けたが、8b
そ の
方
は聖 霊で洗 礼を お授けにな る。」9a
そ の ころ、 イエ ス は ガ リ ラ ヤの ナ ザ レか ら
来
て 、9b
ヨ ル ダ ン川で ヨ ハ ネか ら洗 礼を受 けられ た。10a
水
の 中か ら上 が る とす ぐ、10b
天
が裂
けて霊
が鳩
の よ うに御 自分
に下っ て 来るの を、 御 覧にな っ た。11a
する と天か ら声が あっ た。11b
「あ
な たこそわ た しの愛
する子。 あな た は わ た しの 心に か な っ た。」12
それ か らす く\ 霊はイ エ ス を荒
野
に追い や る。13a
イ エ ス は四十 日間そ こ に と ど まり、 サ タ ンか ら誘惑
を受
け られ た。13b
彼は野 獣 と共
にい た が、13c
天 使た ち は彼
に仕
えてい た。14
ヨ ハ ネ が渡され た後 、 イエ ス はガ リ ラ ヤへ 行き、 神の 福 音を宣べ 伝 えて、
15a
言われ た。15b
「時は満ち た、 そ して 神の国は近づい た。 悔い改めて福 音を信
じな さい。」Ri
R
: ユSSSRRR
S2
ユ ヨ ヨ る ム る る る ロ ロ ロ ビSRSSSSRSSSSSRSSS
6 6RRse
(
46
) 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地)2
.2
.資料 編
集
と視 点の統合
私
訳
の 右 端に記 した資 料 分 析 上の略号
は、R
に よ っ て福音書記者
の編 集部 分
(Redaction
)
を示 し、S
で 彼が用
い た伝
承およ び引用等の資 料 (Source
) を示 して いる。 そ して こ の箇
所が 五っ の資料群
によ っ て構 成されて いるこ と は上に 記 したよ うに、S1
…S6
で示さ れ る。 そ してR1
…R2
によ っ て これ らの資料
を編
集す
るた めの福 音書
記者
の編
集 作業を示 して い る(注,)。2
.2
.1
. イ ザ ヤ預 言の く声〉 と視 点R1
−S1
福音書記
者
は、 イ エ ス ・ キ リス ト の福音
の は じま り を 洗礼 者 ヨ ハ ネ の 登場
に よ っ て 記 して い る 。 イ ザヤが その 到 来 を預言
した とされて い る。 しか し実際
の イ ザヤの預 言は3
節の みで あ っ て、2
節b
は 出エ ジ プ ト記23
章
20
節 と マ ラキ書3
章1
節の 混合 引用
である。 こ の 混 合引用
はQ
資料
(ル カ7
:27
/マ タ11
:10
)に も見られ、同時
にQ
資料
で は (洗礼者ヨハ ネに関 する言及で はあ るが )異な
る文脈
に現れて い るこ とか ら して、 マ ル コ 以前の 段 階で 混 合 して い た と見 て よい 。Q
資料で は こ の混 合 引用を イ ザ ヤ の もの と は特定
して お らず、 単に預
言者
の 言 葉 として扱 っ て い る。 ま たマ タ イ とル カの 並行
記事
で は、 洗礼 者 ヨ ハ ネの 登場
を預 言す る イ ザ ヤの言 葉か らは、 こ の マ ル コ の2
節b
の 言 葉 は削 除 さ れて お り、 旧約 聖 書の 記述 に準 拠 する もの に修 正されて い る。 お そ らくマ ル コ は、 イ ザヤ書 を ヨハ ネの到来
を告
げる預 言
と して 引 用 しつ っ (3
節)
、 同時
に ヨ ハ ネの 到来を告 げる2
節b
を 別 資料
か ら導入 した もの と思わ れ る 。 っ ま りマ ル コ の引用
を動機付
けて い るの は、 正確 な証明
聖句
の引用
に よ る証 明で はな く、 カ イロス ヨ ハ ネの 登 場を特別 な時機
(6
Katpbg ;”15
節 )の 到来の端 緒 と見る意識
で あ る。 その ため に洗礼 者 ヨハ ネの 到来が、 マ ラ キ書
が預 言 して い る審判
の 日の前
の エ リヤ の到来
と重ね られてい るの で ある (マ ラ キ3
:23
−24
/
マ ル コ9
:13
参照 )
。 つ ま りこ れ らの 旧約 引用 は、終末論
的な視 点か ら評 価 さ れて い るの で あ る。 (図1
) 預 言 イ ザ ヤ 1 11 ’影
舞
%
r 〆 ’ ∫ : , “」 , や%
磁
1
・三
「1 「 、 :、 、、、 8 (物語時 間) 1 、、 l l s 、 窿 (発 話時間) INdwl
[過 去 コ [現 在 〕 [未来 ] この 終 末 論 的な視 点が、福音書
全体を支 配 する視点 と なる。 こ の 部 分に は異Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地 ) (
47
)質
な時間的位相
に属 する 二 つ の視点
が作用
してい る。〈
語 り手
〉(
N
=Narrator
)
は、発話時間
の 現在
の 時点 (Now
’ )か ら過去の時点
に お ける預 言 者 イ ザ ヤ の発言
に視線
を向
け、 他方イ ザヤ は彼
の現在 (
Now
2)
か ら未来
に向
けて預 言
す る。 〈語 り手 〉に媒介さ れ た視点
は、素材的
に取
り込ま れ た イ ザ ヤ 預 言 を、 福音書
の 物 語時間
の中
に再配
列
して い る。 イザヤの 〈声 〉は そ の 歴 史 的な現在性
を捨象 さ れ、〈
語
り手〉
の 過去に配 置されて、物
語的未来
を見 通 す もの と な る。 物 語る行為
と は、〈
語 り手〉
が媒 介 する視点
によ る再
配 列を意味
す る。 そ して物語
は、〈
語 り手
〉の属 する の とは異
な る時間的位相
を形成
する ことに なる。2
.2
.2
.洗礼者
ヨ ハ ネの〈声〉
と視点
R2
−S24
−6
節
は イ ザヤ預言
の成
就 と して 、洗礼 者
ヨ ハ ネの 登場
と宣教者
と しての姿
を、〈
語
り手〉
の目撃
者 的視 点か ら語 っ て い る。 ヨ ハ ネの 宣教
の内容
と その結
果が要 約 的に報 告 されて い るが、 「ユ ダヤの 全 地方
とエ ル サ レ ム の 住 民 すべ て」 とい う誇張 表現 は、福音書
記者 自身に よ るもの で ある。 報告さ れて い る 「荒野
の 聖者」
と して の ヨ ハ ネの 姿 は、 ヨセ フ ス の 記述 と よ く符合
して お り、伝承
か ら取 り入れ られた と考
え られ る(trle)。RS
−S3
7
節に至 る と、 洗礼
者は、 イ ザ ヤ と同じ く預 言 し て 言 う。 「わ た し よ り も優
れ た方
が、後
か ら来
られる。 わた しは、 か が んで その方
の 履物の ひ も を解 く値 打ち もない。 わた しは水で あ な た た ちに洗礼
を授
け た が、 その方
は聖 霊で洗 礼を お授 けにな る」(
7
−8
節)
。 こ の預言
が イ エ ス を指 して い る こ とは す ぐに明 らか にな る。 イエ ス の登場
に向
けて 、 イザ ヤの く声〉と ヨ ハ ネのく
声〉
は重な り合う。(図
2
)成就
と預言洗礼」
煮
ヨ ハ ネ, 1 AJ
矧
笏
:1 〜嬲
笏
: ; : ・、1
(物語時間)一
[過去 ]Nowi
1 [現在 ] [未来 ] (発話 時 間 )こ こ で も 〈語り手 〉は、
発話時間
の現在 (
Now
’)
か ら、 過去
の時点
にお け る洗礼 者 ヨ ハ ネの 発 言に視 点を向けて 、 ヨ ハ ネ の 視 点を 〈語 り手〉の 視 点に包 摂 して い る。 他方 ヨハ ネの 発言
は、 ヨ ハ ネの現在 (
Now
3)
か ら未来
に向
けて、(
48
) 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地 ) イエ ス の 出現を預言 する。 そ してその預言
の確実性
は、 預 言 者イ ザ ヤ の 権威に よ っ て保
証 さ れてい る ので ある。2
.2
.3
.イエ スのく
声〉
と視点
R4
−S4
9
節 以 降は、 洗礼者
ヨ ハ ネの 預 言の成 就、 っ ま りイエ ス の出
現 を描
いて い る。 こ の 部分 は、特
に 「イエ ス の洗礼」
に関 する伝 承 (9b
−11
節 ) を 用 いて構成
さ れて い る。 物 語 場 面に登場
した イエ ス は、 ガ リ ラ ヤの ナ ザ レか らや っ て 来て ヨ ハ ネか ら洗礼
を受 けるが (9
節)
、 ヨ ル ダン川
の水
か ら上が る とす ぐ に、 天が裂けて 霊が鳩
の よ うに イエ ス の 上に ドり (10
節)
、 天の声
が彼
を祝
福 す る (11
節 )。R5
−ss
洗礼
の後 す ぐに イ エ ス は、 サ タン の誘
惑を経験
する (12
−13
節 )。 荒 野の誘惑
の 記事 は、 マ タイ およびル カ福 音 書の よ う な物 語に 発 展す る前段階
の もので ある。 イ エ ス が野獣
と共に い て、 天使
が彼
に仕えてい た とい う図
は、終
末論 的
な要 素を含んで い る(注ll)。 洗礼
か ら誘惑
に い た る イエ ス の 一連
の行 動
に 聖 霊 が介在す る こ とに よ っ て、 洗 礼 者ヨ ハ ネ が預 言 し た 「聖 霊に よっ て洗礼
を お授 けになる方」 (
8
節)
の 登場
を確定
して い る。 そ して こ の イエ ス が、 福音
宣教
の 第一声を発 するの であ る (14
−15
節 )。R6
−S
6ヨハ ネ が 「渡さ れた」 ( ”apa δ
i
δ。va・こ の 単語は受難
を描写
す る言葉
と して頻出す
る)後
イエ ス はガ リ ラ ヤ に行 き、 神の 福 音 を宣べ 伝え る。 イ エ ス の 姿は 、 洗礼 者 ヨ ハ ネの姿
と並行的
に描
写されて い る 。 福 音 書記 者 は こ こで イ エ スが 「渡
さ れ る」とい う予 兆を、 ヨ ハ ネ に よ っ て示
して い るの で あ る。 イ ザヤ の 預 言が洗 礼者
ヨ ハ ネに おい て成就
し 、 ヨ ハ ネの 預 言が イエ ス に おい て成就
す る。 イ エ ス が登 場 して 、 イ ザ ヤ ー洗 礼者
ヨ ハ ネー イエ ス とい う預 言 と成 就の 連 鎖が 確定 した後
、 こ の 延 長線上 に イ エ ス の最初
の言葉
が配 置
さ れ る。 こ うして イ エ ス が発 する第
一声
は神的
な起
源を帯
びた 〈声 〉 と して 響 くの で あ る。 「時
は満ち た、 そ して 神の 国は近づ い た。 悔 い改め て 福音
を信
じな さい 」 (15
節 ) とい う表 現は、2
節
に現
れた終末論的
な視 点 と呼 応 する。 イエ ス の 出来事は終
末論 的
な視点
か ら構 成さ れ るの で あ る。Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地) (
49
)(
図
3
) 預 言の成就
イ ,「i
ス ■笏
〃
’ :1 冫 .4娩
扇ノ 詩’ : 、 : : 、1
(物 語 時間)一 一 一
一
一一 一 一 レ(発話 時 間 )
l
N
甲■ i[過去 ]
[現在 ]
[未来 ]
〈
語 り手
〉 は彼の 現在
(Now
1)か らイエ ス の 現在 (Now
4)に視線
を向
け、 イエ ス の視点
をく
語
り手〉
の視 点に 包摂 して い る。 そ して イ エ ス のく
声 〉に、洗礼者
ヨハ ネと イ ザ ヤの 預 言の 〈声 〉が二 重の保
証 を与え る の で あ る。2
.2
.4
.各 視 点の統合
〈
語 り手〉
の視
点は 〈作 中人物 〉た ちの 視点
を包摂 しな が ら、 図4
の ように、 イザヤ の 預言 を起 点 と して、 イザヤ か らヨ ハ ネへ 、 ヨ ハ ネ か らイ エ ス へ と移動
し、 物 語 時 間の経
過 に沿
っ て さ らに、 イエ ス の 宣 教活動
と死
と復活
(っ ま りマ ル コ 福 音書にお け る イェ ス の生涯全 体)へ 、 そ して さ らに イエ ス の 生 涯が終 焉 した後
の すな わ ちイエ ス の終末預言
(13
章 「小 黙示録」) が指 示 す る物語
時
間の枠 外
の 未 来へ と向
か う基線
を構成
して い る ので ある。 イエ ス の 物 語は すべ て、 こ の預言
と成就
の線
上 に配 置され る こ とにな る。 こ の預言
と成 就の 図 式が与え る効果
は、 マ ル コ 福音書に描
か れ る イエ ス の言葉が物 語
の 内部で成就す る
こ とを保
証 す るだ けで な く、物
語の外 部を指 示 する テ ク ス ト外 要 素、 特 に共 同体の 規 範 と な る イエ ス の倫理 的勧 告
や終 末 到来
の預言
の信頼性
を保証 す
るもの とな る。 っ ま り預 言者 イザヤと洗 礼 者ヨ ハ ネ と イエ ス の 記述 を、 預言と成 就の図式
で つ な ぐことに よっ て、 イ エ ス の物 語 とマ ル コ 共 同 体の 現 在 と未 来を見通 す視点
が確定
さ れて い るの である。 それぞれ元 来独 立 する視点
を編集的
に統合す
る こと に よ っ て、 マ ル コ 福 音書の 〈作者〉
はイ エ ス の 物 語を預 言 と成就とい う大
きな構成枠
を確 立 し て い るの であ る。(
50
)語 りの ポ リフォ ニ ー (挽地)
(
図4
) 預言
と成就
の連 鎖 イ ザ ヤ 洗礼者 ヨハ ネ イエ ス (物語時間) もも k_ _Φ_ ___ _
一
(発 話時間)
l
l
}Nor
,w i E[過去 ]
[現在 ]
[未来]
イ エ ス の
到来
を預
言と成 就 とい う図式
で と らえ よ う とい う動 機 は 、 すで に初期
の福音伝 承
(1
= リ15
:3
−4
) やパ ウロ の 解釈作業
に見
られる よ うに 、初期
キ リ ス ト教の神学 的営為
の 基 本 的な作業図式
で はあ る が、 マ ル コ福
音 書の場 合、 切迫
す る終末 意 識が こ の 図式を鮮 明に打ち出す こ と を要請 した と考
え られる。13
章の 「小黙示 録 」
に表
現さ れ る終末期待
の 切 迫 感は、共
同体が経 験 する迫害
お よ び受難 とと もに、信仰者
の 中に 混乱
と脱 落 者を生み出 しっ っ あ っ た と想 定で き る(注1,)。 マ ル コ 福音書
の 〈作 者 〉はこ の 状 況を支
え る視 点を共同体
に提
供 し よ うと して い るの で あ る。2
.2
.5
.神の 〈声〉 と視 点の導入わ れ わ れ は これ らの
視点
の ほ かに も う一っ の視点
が導
入さ れて い るこ とに注 意 しな け れ ば な らない。 そ れ は天 か らの 声として 描写 さ れ る神の 視点で あ る 。 再 度R4
−S4
を観察
して みよ う。 ヨハ ネ か ら洗礼
を受け ヨ ル ダン川
の水
か ら上っ た イ エ ス に 、 天が裂けて 霊が鳩
の ように 下る。 そ して天来
の神
の 〈声〉 が、 「あ なたは わ た しの 愛 する子、 わ た しの 心 にか な っ た」 と、 イ エ ス の身分
を保
証 す る。 洗礼に際 して 下 っ た霊 も、 こ の天 来の〈
声〉
も共に イ エ ス の身分
と彼
の 活 動が神 的起源
を持
っ こ と を証 明する。こ の 天
来
の 〈声〉
は、 詩 編2
編
の即 位の 詩編の7
節 と イ ザ ヤ書42
章1
節の合
成であ る。 ち なみ に マ ル コ の 本 文を含め て 三者
を比 較 して み る と 、 以下
の よ う に な る。 Σv
d
6
vt6g p・v6
d
・rα πnT6g,ev
・a・1
∈“66Krσα. あなた はわた しの愛 する子、 わ た しの 心にか なっ た(
マ ル コ1
:11
) Kわρし(聡d
π ∈レ πρ69 μ・ Y・的 ・τσ白 ,‘γ心呻 印。v yEvevvTIKd oE ’ 主 は私に 言わ れた 「あ なた はわた しの 子。 今 日 わ た し があなた を 生ん だ。」 (詩Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 語りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地) (
51
)2
:7
) ・1
舳6
廟 岬 δソ喬面 σα,6d
γ皿叩63
四udgb ッε祕 脚 鋤 ψ眠郁 oり ゜ 晦 τb
gyEVp
i
PQVe
π’ain6v , lcat Kpiaw ↑南 避eレεσΨd
π αγγξλ∈覚・見よ、 わ た しの選ん だ
僕
。 わ た しの 心にか な っ た愛
する者
。彼
に わ た しの 霊 を授
け る。彼
は異邦
人に審
きを告
げ知 らせ る。(
イ ザ ヤ42
:1
/マ タ イ12
:18
)(注13) マ ル コ の 混 合 引用は、 旧約 的な王の 即 位 とイザヤの 終末的
な神
の僕
の派遣
を イ ェ ス の 到 来に見た、初期
キ リス ト教
の 信 仰告 白の 定 式 と して伝承段 階
で成立
し て いた可 能性
が あ る。 そ れ ゆ えマ ル コ は、 こ の伝
承を9
章
の 「変 貌物語
」で は多少
の変更を加
えて、 再 度 天 来の 神の 〈声 〉 として用
い て い る。 その 「これは わ た しの 愛 する子。 これに聞け」 (9
:7
, 0浙6ge
σTtV6
vL6s p。v6
d
γa¶nT6s,dKobeT
∈ αbT。D.)とい う表現
で は、 マ ル コ の力点
は、伝
承的
な 「王の 即位
」 「神
の 僕の派遣」
とい うテーマ か ら、 「神の子」 の テ ーマ に移動
して い る。 そ して実際
マ ル コ 福 音 書は、 こ の 厂神の 子」の 理解を め ぐっ て展 開して い る の である(注14)。(
図5
)成就
と保証
神 神 (超越 的 時 間 ) (物語 時 間)ト
丶 、\
i
l
丶 丶
き
」 _ _ 一一一一
一一 一レ(発話 時 間) [過去 ] !
Now
1 [現在 ] [未来] こ の 神の 〈声〉 は、 図5
に示 すよ うに、 物 語 時 間の 中に発 話 時点 を持っ て い るが (Now
s) 、イエ ス に
対
す る超 越的
な時 間 (Now
°° )か らの神
の 語 りか け と捉え直 すこ とが出来る。 この よ うに捉 え直 す とイエ ス の 宗 教体 験 が、 同 時 に、 マ ル コ (とそ の共 同体)の宗
教 体験 に とっ て原型 的な 意 味を持っ こ とに な る。 マ ル コ は実 際に は、 イザヤ の預 言に も洗礼
者 ヨハ ネの預言
に も、 超 越 的な時間
(
Nowm
)
か らの神
の語
りか け を含意
して い る。 さ らに は福 音書
の イエ ス(
52
) 語りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地) の言葉
と業
の 全体
に、 神の視点
が前提
さ れて い る。 そ れ ゆ え、イエ ス の 物 語 を通 して こ の超
越的時間 (
Now
つ に触れて い くこ と が、 マ ル コ(
と その共
同 体)の宗教 体 験の 内容
を形成す るの で あ り、 物 語時間
に沿
っ て構築
さ れ るイエ メタフ ァ− ス の 物語は、 その宗教体験
を媒介する(
本来的
な意 味で の )隠
喩なの である。 メタファへ な ぜ な ら隠 喩の もっ 機 能と は〈
メ タ フ ェ レイ ン〉 ( μεταφ
‘ρε‘のっ ま り 〈転
移〉
〈移 動 〉させ る ことにあるか らで あ る。
物語
テ クス トは、 〈読 者 〉 を現 実 メタフェレイレ 生活
の水平的
な時間
か ら物
語 時 闇へ と垂直
的に 〈転 移 〉させ 、 さ らに は こ の水 平 的な生活時間
に直 交す る垂直的
なよ り深
い境域
へ と誘導す
る(注15) 。福 音書
と メタファリカル い う宗教的
テ クス ト は、超越 的
な時
間 (Now
つ か らの神
の 語 りか け を隠 喩 的 に媒 介 するの で あ る。 〈読者
〉 の 視 点は、 物 語テ ク ス ト に媒 介 さ れ、 〈語 り手〉
と〈
作 中人物 〉 (figures
)
に よ っ て誘導
さ れて 、比 喩 的
に(
figurative
) に超 メ タ フェレ イ ン 出した次
元に参入 す
る。 こ の く移 動 〉 を可能 に して い るの が、 物語テ クス トで あ る。3
. プロ 囗 一 グ と福音 書プ ロ ロ ー グとは
後続
す る物
語と一体の もの で ある と同時
に、種
々の 語 りの 規 則に準拠
しつ つ 、 後続 する物
語に対
して〈
読者〉
の 興 味や注意や緊張を喚
起す る。 つ ま りプ ロ m 一 グは、 後に続 く読 書 行 為 を支
配 す るの で あ る。 マ ル コ 福 音 書の プロ ロ ー グは 、 洗礼者
ヨ ハ ネ と イエ ス とい う二 人の主 人 公に を並行的
に描
く 「並行描写
」 に よ っ て 、 福 音 書 全体
に対
して構成
上 の準 備 と神 学 的な基 礎付
け を行っ て い る。3
.1
.洗 礼者
ヨ ハ ネと イエ ス の並 行描 写こ の プロ ロ ー グ が示 した洗 礼者 ヨ ハ ネの 生 涯 は 、
同時
に、福音書
っ まりイ エ ス の 生涯の 物 語 を構成す る縮 図
を示 して い る。 そ れ は 「殉 教者の縮図」
で あり 、 マ ル コ 福 音書全体の 見 取 り図にな っ て い る。洗礼 者 ヨハ ネ と イ エ ス の 描写 の 並行 性 は、 次の点にっ い て
指摘
さ れ る。(
1
)
そ れ ぞ れの 登場
が、e
γEVETO
(4
節、 ヨ ハ ネ)お よ び KaiE
’ rξVETO (9
節、 イ エ ス)で 導 入 さ れ る。 また(2
)そ れ ぞ れの 告 知が、 繍 蝋 ρuσσ 創XC
γh・レ (7
節、 ヨ ハ ネ)お よ び +cnpikTouv [Tb ED (L’rγξλL。V T。O
・ec
。O]Kdt λ‘γω り (14
,15
節、 イ エ ス)で 導 入 され る。 さ らに(
3
)
ヨ ハ ネの告知
内容 (4
節 ) か ら イエ ス の 告 知 内容 (15
節 ) と して 「悔
い 改めの テ ーマ 」 が継 承 さ れ る。 もち ろん 「神の福音」 「神
の 国が 近 づ い た」 とい うテ ーマ は ヨハ ネの告
知に は見 られ ない 。 (マ タ イ は 両 者の 並行 性を強調
する た め に、 ヨ ハ ネの 告知の 中に 「天の国
が近づ い た」 と い う表
現を付加
して い る。)そ して (4
)そ して 「荒 野 」へ の 言 及がそれぞ れ に現Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地 ) (
53
) れ(
4
節、 ヨハ ネ/
12
節
、 イ エ ス)
、荒野
で の宗教 的
生活
お よび経
験 が そ れ ぞ れの活動
の背景
と して 、 ヨ ハ ネの場合
は洗 礼 活 動と告 知
の間
に、 イ エ ス の場合
は洗 礼 と告知
に間
に配 置 されて い る。プ ロ ロ ー グに描 写 され る洗
礼者
ヨ ハ ネの 図は、(
1
)
神の 派遣
か ら始
ま り (2
−3
節)、 (2
)宣教活動
に 圧倒 的な成功が もた ら さ れ (4
−5
節) 、 (3
)
最 後 は受 難 な い し殉教
に至る生 涯 (14
節
a)
と して圧 縮 されて い る(注16)。 こ の縮 図が イ エ ス の 生 涯の見 取 り図に な っ て い る とすで に述 べ た が、 この縮図
を下敷
きに して 、 そ の上にイェ ス の 生涯 を重ね る と、 プ ロ ロ ー グにお け る イエ ス の描 写が、 神に よ る派
遣 とそ の宣 教活 動の第
一声を記 すにと ど まっ て い る こ とが分か る。 ヨ ハ ネ とイエ ス の 並行描写
が意 図 的な もの で あ る とする な ら、 イ エ ス の 生 涯に関
して実現
するべ き事柄が後続する物語
に託
されて い るこ とにな る。 マ ル コ は 「受難
者
ヨ ハ ネ」を見 取 り図に して、 自らの福 音書
の構成
を頭に 描い たの で あ る。 あ るい はそ れ と は逆
に、 「受難者
イ エ ス 」の生 涯の ミ ニ チュ ア と して 、 ヨ ハ ネ の 生 涯を プロ ロ ーグに圧 縮 したの であ る。 その 意 味で 「神
の子
イ エ ス ・ キ リス ト の 福 音の は じま り」に は、 すで に 福 音書の 終わ りが示
さ れて い る。 しか もそ れ は イ ザヤ預言
か ら神
の子
イエ ス の 到来
に至る預 言 と成就の連鎖
の 延長線上に、 しか も預言
の 成 就 とい うモ テ ィ ーフ に従
い つ っ 、神
の国
の接
近を記 す終末的
な出来事
と して提 示 さ れ るの で ある。3
.2
. プロ ロ ーグと イエ ス の生涯以上の よ う な
構想 を
マ ル コ の もの と す るな らば、 マ ル コ 福 音 書は そ れ を どの よ うに具体化
して い るだろ うか。 ヨ ハ ネとい う受 難者の 生 涯の 見 取 り図に照ら せば、 この プ ロ ロ ー グの後
に は、 大 き くイ エ ス の宣教活動の 圧倒的
な成功
と受
難の 描 写が続
くと考
え て よ い。 実際
マ ル コ はその 描 写を、 次の よ う なア ウ トラ イ ン に沿
っ て 実 行 して い る。1
:H51
:16
−8
:30
8
:31
−10
:52
11
:1
−12
:44
13
:1
−37
14
;1
−16
:8
プ ロ ロ ー グ イ エ ス の宣教活動
の成
功一 ペ トロ の キ リス ト告 白
受難予告 エ ル サ レ ム へ の 道 受難の 引 き金一一 エ ル サ レ ム で の ユ ダヤ人指導
者た ち との 衝 突 「小黙示録
」一 一終末預言 受 難 物語3
,2
.1
. イエ ス の宣教活動
の成 功最
初
の弟子
た ちの 召 命 (1
:16
−20
)
の後
に 開始 した イ エ ス の 宣教活
動の 成 功(
54
)語 りの ポ リフ ォ ニ ー (挽地) は、 多 くの
奇
跡物
語に よ っ て 証 明 さ れて い る。 群 衆の 反 応 は圧倒
的で あ る (1
;28
,1
:32
,1
;45
,2
:1
−2
,2
:12
,3
:7
,3
:20
,4
:1
,5
:20
,21
,24
,6
:14
,31
,44
,53
−56
,7
:37
,8
:9
,9
:15
,10
:1
,13
)
。 イ エ ス の奇跡行為
が メ シ ア到 来の し る しで あ る。 「聾
唖者の 癒 し」(
7
:31
−37
)の結
尾に は、 奇跡
に驚嘆
し た群 衆の 反 応 と し て 、 厂こ の方
の な さ っ た こ とは、 何 もか もすば ら しい 。 耳の聞
こ え な い もの を 聞こ え る よ うに して や り、 口の き け ない もの をき け るよ うに して お や りにな っ た」 とい う言 葉が見え るが、 この 言 葉はメ シ アの 到来
を告
げ る イ ザヤの メ シ ア 預言で あ る(
イ ザヤ35
:5
−6
)
。 しか しこの よ う な奇
跡 行 為 者 と して メ シ ア理 解 に マ ル コ は留保
を加
えて い る 。こ の 種の 留 保が マ ル コ 理解の 重
要
な鍵
に な る とい う認識
の発端
を作っ たの は、 マ ル コ福音書
の編 集 史 的研究
の先
駆 者で あ るW
・ ヴレ ーデで あ る 。彼
は そ の著『福音書
にお け るメ シ ア の秘 密』 に おい て 厂メシ ア の秘密」
とい う動機
を 、 マ ル コ 福 音書の構 成 原理 と した 。 ヴ レ ーデ は これ らの 秘 密の動機
と して 、 (1
)
悪 霊へ の沈黙命令
、 (2
)癒 された病人
に他言を禁 じる命令
、 (3
)イ エ ス の秘密 裏
の行動
、 (4
)人々 に神
の 国の 奥 義をか くす ため に譬 話が用い ら れ る とい うい わ ゆ る 「譬 話 論 」、 (5
)弟子
の無
理解
の 動 機、 を取 り出
して い る(注1,)。 ヴ レ ーデ に よ れ ば、 マ ル コ は これ らの動 機に よ っ て、 当時 存 在 した二 っ の メ シ ア 信仰イ エ ス は復 活 して メ シ ア にな っ た とい う信
仰
と生 前か らメ シ ア で あ っ た とい う信
仰一 の 緊張 関 係を調停
しよ う と した、 すな わち、 イ エ ス は生 前か らメ シ ァ で あ っ た が彼 は復活
の時
まで それ を秘
密に した 、 と い う調停的説 明を創 出 した と い うの で あ る。現 在で は こ の ヴ レーデの 取 り
出
した動機を 「メ シ ア の 秘 密」 と して全 面 的に肯定
をする研究 者 はい ない が、 こ の所
見 がマ ル コ 研 究に大 きな刺 激 剤と な り 、 多 くの批判修
正 的ある い は応 用的研 究
が提出
さ れ た(注1、)。 われわ れは、 ヴ レ ー デの リス トの中
か ら 「悪霊へ の 沈黙命令」 と 「弟
子の 無理解の 動 機」 を 、 イ エ ス 理解
の たあの 視 点の 問題 と して検 討 し よ う。悪 霊の 〈声 〉と視点
イエ ス は悪 霊
追
放の 奇 跡に際
して、 悪霊に沈黙を命
じ て い る(
1
:25
,1
:34
,3
:11
−12
)
。 こ の沈黙 命 令 は、 悪 霊が とら え た イ エ ス 理 解 の 一面 性を否定す る もの と な っ て い る (他 方5
:7
の よ うに、 「い と高き神の子
イ エ ス よ」 とい う悪 霊の 告 白に は沈黙
が命 じ ら れ な い こ ともあ る)。特
に1
章
25
節、3
章11
−12
節は、 マ ル コ の 編 集 的 「ま とめの 句」 で あ っ て イ エ ス の 活 動 全 般を要 約 して い る。 後者は次の よ うに記さ れて い る。 ま た、 け が れた霊ど も はイ エ ス を 見 るごとに、 みまえ に ひれ 伏 し、 叫 んで 、 「あ なた こ そ神の子で す 」 と言 っ た。 イエ スは御 自身の ことを 人にあ ら わ さ ない よ うKomazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 語 りの ポ リフォ ニ ー (挽地) (