認識に立脚した政治経済観を中心にして
著者 西岡 幹雄
雑誌名 經濟學論叢
巻 60
号 2
ページ 165‑202
発行年 2008‑09‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012350
【論 説】
中井竹山における「義利」と「制度組立」
*―制度認識に立脚した政治経済観を中心にして―
西 岡 幹 雄
は じ め に
筆者は,これまでの江戸期の「経済」的課題(「利用厚生」)を考える上で,
諸「利」が互いに矛盾し合う関係にある場合,どのような制度化の可能性が あるかについて論じたことがある(西岡,2007).そのさい,徂徠学以降の問 題はまず,それらが「古今ノ世」の前提となっている「四民ノ利」的構造に 応じて特定の戦略的な基準を「御費」として考えることの妥当性にあった.
しかも「制度建立」を設定するにさいし,その社会倫理上,普遍的に是認 できる基準までも,「先王」の後継である「後王」に依拠して設定されるべき ものかどうか,すなわち,人心が普遍的な価値について,公共の「知」と規 範の源泉から理解・把握できる能力をもっておらないものとして,「正義」を 考えるべきであろうか,そうした人々の「利」と経済社会の公利との間での 緊張を解消すべき社会認識上の難問をもはらんでいた.
「己利」の前提としての西洋的合理主義とその基底に宗教的な存在をもたな い,江戸期の政治経済思想において,人間の利益追求論理と,それを支える 社会上の実践道徳との関係は,大坂・畿内の商業生活がそれだけ深化の度を 深めるにしたがって,あるいは(江戸の「経済」学者と異なり)現実の政治 見聞への距離がある状況にしたがって,「制度」の本質に対する理解を避けて
* 本稿は文部科学省科学研究費補助金(課題番号16530136)および平成19年度私立大学等経 常費補助金補助高度化推進特別経費大学院重点特別経費(研究科分)の助成を受けました.
は通ることはできなかったであろう.
とりわけ,天下の「利」がもっとも集積しながら,その「時処」のディレ ンマを体現しているような大坂において,「己利」と「公利」との「天下公共 ノ利」を社会規範的に支え,これに整合的な判断基準を求めることは,「四民 ノ利」的構造に応じた特定の「制度建立」フレーム以上に,「修己」から「天 下」を概観できる共有知識に支えられた制度認識を通じての安定とはつなが らないのであろうか.言い換えれば,諸「利」の調整と摩擦を処理する制度 の設計構造には,なぜ,人心の徳と「修己」から高めた「義利」とが,「国体」
の枠組と「公共」の利益に決定的な役割を果たさねばならないのだろうか.
本稿では,これまでの「制度建立」観に欠けていた政治経済政策への信頼 構造と,そこから獲得できる「厚生」との間で,いかにして持続安定的な成 果を見いだすことができるであろうかという課題に真摯に取り組んだ中井竹
山(享保15〔1730〕年-享和4〔1804〕年)1)の政治経済思想を,義利とそれに裏
付けられた制度認識との観点から凝視したい.とくに義利という共有意識の 形成は,具体的な「経済」問題の基準として,果たしてどのように有効なも のなのか.そして諸「利」が錯綜する「天下輻輳」の中で,義利はどのよう な意義を江戸後期においてもちえたのだろうかという点にまで筆を及ぼした いと考えている.
1 「経済」学における徳・仁・義について 1. 1 「経済」学にとっての「徳」
竹山によれば,「経済」学が臨むべき方法的原則2)の第一は,「徳」にあった.
なぜなら,孔子以来,政治経済を語る前に徳を語らねばならず,これこそが
1) 名は積善,通称善太,字は子慶,諡おくりなは文恵.懐徳堂2代目学主中井甃庵(1693-1758)の子.
大坂・懐徳堂4代目学主となり,その最盛期を築いた.著書としては,本稿でたびたび引用す る,松平定信の諮問に答えた政治経済論『草そう茅ぼう危き言げん』(中井,1789),あるいは『社倉私議』(中 井,1774),また荻生徂徠『論語徴』を批判した『非徴』(中井,1784)や江戸後期の日本史の スタイルを確立したといわれる『逸史』,詩作法を集成した『詩律兆』などがある.
2) 『経済要語』(中井,1796,585ページ).
人心共通の本質,「皆我心の持前」(中井,1796,585ページ)だからである3). 徳とは,人間の本性(良心)にもとづく行いをもっともすなおに示す品性と して,儒学では尊ばれている聖人4)や君子5)の特質である.聖人や君子に備 わっているという徳を,江戸の荻生徂徠(1666-1728),太宰春台(1680-1747)
以降の徂徠学派が,「聖人ノ道」と「先王ノ道」6)との同視から考えようと したのに対して,竹山や大坂の懐徳堂の人々は,「古今宜ヲ異ニシ,彼此勢 ヲ殊ニスル者アレバ7),假令聖人ニテモ一々寸分モ違ヌ様ニハ行ヒ難シ」(中 井,1789,406ページ)と表現しているように,聖人といえども,時処の転変に 対応して人間の本性(良心)にもとづく自己の行いの研鑽(「修己」)を怠れば,
聖人たる資格を失う.逆にいえば,これは,時処の中でも普遍的に内在する 本性・良心にしたがって徳を積めば,すべての人間が聖人への道を歩むこと ができるということである.
懐徳堂講堂に通じる「已遊園」の中門の左右にある竹の対たいれん聯8)には,竹山 の筆で,懐徳堂に入門すること(「入徳之門」)は,「力学以修己」,「立言以治 人」という言葉9)が掛けられていたといわれる.「懐徳」,徳について心中深 く考えるこの「学校」は,真摯に人心の認識を追究する場であり,それを通 じてあらゆる社会認識(むろん政治経済的なものも含む)を披露した「講義」は すべて公開される.当然,聴講やその席次が社会階級によって決められるこ
3) 『論語』第二編「為政」「子曰,為政以徳,譬如北辰居其所,而衆星共之」(孔子,c. BC450s,33ペー ジ)が述べているように,徳をもって臨めば,政治経済は自ずとその中心を見いだす.そのさまは,
宇宙の星が北極星を中心にして回っているような状態になるという譬えである.なぜなら徳は,
他者への思いやりによって研鑽されるので,人心に安定的な波及力を及ぼすからである.
4) 最も高い人格を身につけ,知恵のすぐれた人のことをいうが,古代中国では聖天子をさす.
帝尭ぎょう・ 帝舜しゅん・ 禹う王 ・ 湯とう王 ・ 文王 ・ 武王などを具体的に言う.
5) 行いが正しく品性が備わった人格者のことを言い,聖人に準じた扱いを受ける.また転じて 社会的階級の高い人々も君子と呼ぶ場合がある.
6) 古代中国の聖天子,帝尭ぎょう・ 帝舜しゅん・ 禹う王 ・ 湯とう王 ・ 文王 ・ 武王などが定めたやり方や基準.
7) 時代が異なれば政治経済社会のあり方が異なり,人格もそれに応じたことに対処しなければ ならないからである.
8) 家の壁面,玄関,門,または柱などにかけて飾りとする細長い書画の板を「聯」と呼ぶ.この場合,
左右一対にして対句のようにわけて,装飾した板になっているので,「対聯」と呼称される.
9) これら双方の言葉とも,「応宮川賢公尊命,大書呈上懐徳堂諸聯附説」『竹山国字牘』に記録
されている(中井,1847,下巻,2ページ).
とはない.受講姿勢として求められるのは,道理を普遍的な能力にもとづいて,
いかに秩序づけ体系づけることができるのか,何が公正で正義であるかを認 識できるかどうかであった.その意味で,文学や医学は追究の対象とはなら ない.何が真実で善であるかを判断する能力を自身が修養し,これにもとづ いて社会にどのような役割を果たせるのかどうかが求められる(Najita, 1987, pp.154―155,訳,253―254ページ参照).
政治経済を見極めるためにまず徳への姿勢は,「力学以修己」(“学を力めて 以て己を修める”),すなわち学問を徹底的に追究し,この知識獲得過程が,自 己をコントロールすることにつながり,そして次ぎに「立言以治人」(“言を 立てて以て人を治める”),つまり明確な知識によって構築された学説・理論は,
他の人々に明快に伝わり,今度は人々を律することに連動していくというこ とになる.
こうした竹山のめざす「入徳」の理念は,「経済」学が臨むべき方法的原則 の第二,「有治人無治法」(“いかにみごとに法が設けられても,徳なしでは人を治め ることはできない,統治における徳との一体化”)という主張(中井,1796,589ペー
ジ;西岡,2006,177ページ)に,つながることは明らかであろう.第一原則「為
政以徳」と第二原則「有治人無治法」との関連を省略した「法」の定式化は,
公正の程度も期待できないし,社会の中での信頼も欠如しているから,制度 効果も見込めない.もし「法」にかかわる「御費」の増加を甘受しなければ,
政治経済の制度フレームは維持できない.人々の「徳性」と,「万世永頼」を 基礎にした「治人治法」との関係は,人々の能力と共生,そしてそのための 意識的な知識研鑽によって醸成されるのである.
このことは,懐徳堂講堂南面に掲げられた「対聯」,「経術心之準縄」(“経術 は心の準じゆんじよう縄”)と「文章道之羽翼」(“文章の道は道の羽う翼よく”)(中井,1847,下巻,1 ページ)が表現しているように,学術・知識は,水平を計る「準じゆんじよう縄」のように 規則に応じた規準であり,それゆえ学術・知識による「実学ニ力ヲ用ヒ」て 論じられる「文章」を通じて,政治経済は円滑に運営されることになる(中井,
1847,下巻,2ページ).言い換えれば,人々は己の徳の修養を通して知識を追 究し,この徳と知識の一体化の学習と修練とが人々の確固とした認識能力を 生みだし,社会的地位にかかわりなく,彼らの共有知識モラルを徳とした政 治経済のあり方に影響するだろう.
したがって,修養によってもっともすなおに人間の本性・良心が身につけ ば(「修身」),聖人君子とは,その後,その人に自然についてまわる後天的な 品性であると想定できる.
このように政治経済の前提を語る徳が本性の如く身についたら,これは,
〈1〉自然に人を敬服させ感化する力,人がらが社会にも影響力をもつ.
〈2〉 だから,徳が社会への求心力となって,人々に広益を与えることにもつ ながる.
〈3〉つまり「得益」が「国体」に広がることにつながるのである.
1. 2 「徳」における4つの徳性―仁 ・ 義 ・ 礼 ・ 智
徳が「経済」の前提として,制度枠組や法に先行するものだとすれば,徳 の中味をまず明らかにする必要がある(「明徳」).徳が人々の共有できる意識 である「心の持前」として,「天命の性」,「本心」や「良心」であるならば,
竹山によれば,それは「人々天より自然と生まれつきたる仁義礼智の徳性」(中
井,1796,585ページ)によって構成されている.それでは徳を構成している「徳
性」としての仁・義・礼・智とは何なのであろうか.
『経済要語』では,「仁の徳」とは,なにごとに対しても「親愛し」,これを 通じて互いを思いやる心持によって接する感情・同情を備えた程度をいう.「義 の徳」とは,「仁の徳」を人間が行うすじ道で手だてとなる.これを通じて,「公 共」のために尽くすことが,「事の宜しきを処置」(個々の利害よりも普遍的な条 理にしたがって処理する理に適った追求を)することになる.これに対して,「礼 の徳」は,「仁」や「義」から,「恭敬を専らにし」(人として社会道徳にしたがっ て応待することにつながり),人として行うべき社会生活上の慣習,作法や制度
を意味する.それゆえ「智の徳」は「是非を明かにす」(是非を判断し物事を的 確に理解する働き),つまり物事を明確にとらえて,理解する働きや知恵につな がる(中井,1796,585ページ参照).
しかし「仁」「義」「礼」「智」のそれぞれが徳性の要素となれば,4つの要 素のうちどのような手順を踏めば,人間は徳を十分備えることができるかど うか,あるいはどれがもっとも人間の徳性として基本になるものかというこ とに関しては,ここでは容易に判断することができない.
仁義礼智のうち,上記の竹山の示唆にしたがえば,まず「礼」「智」は徳を 構成する4要素の中で,「仁」「義」の働きを前提にして機能する徳性だとい うことがわかる.そうであれば,「仁」「義」のあり方によって「礼」「智」は 左右されるのであるから,徳にとって最初に明らかにしなければならぬ徳性 は何よりもまず,「仁」か「義」ということになる.
どのような修養と学習をすれば,「礼」のような常識や制度に対する認識,
そして「智」が表す物事を的確に理解する知恵に至るまでの人間外部の社会 や環境に対して身を処することができる規準と行動パターンを備えること ができるのだろうか.それは,「人の天より受けたる四つの徳〔性〕」(中井,
1799,4ページ)のうち,「仁」と「義」に徳の基調があると考られるならば,
最重視しなければならない徳性とは,「仁」か「義」のいずれであろうか,す なわち一定の基準によらない順不同の関係なのか,それともある一定のきま りで評価されるべきお互いの徳性関係なのであろうか.
1. 2. 1 「仁」
「仁」と「義」(「仁義」)について,竹山が主催した懐徳堂は,その開学以来,
『孟子』と『中庸』をとくに重視してきた(Najita,1988,155ページ).
とりわけ,『孟子』「雖存乎人者,豈無仁義之心哉,其所以放其良心者,亦 猶斧斤之於木也」(孟子,c. BC. 6,下,241ページ)すなわち“人間も同じで,
本性の中に仁義之心がないはずはない.ただ,人がそうした本来の良心を放 失してしまうのは,斧や斤で木を伐るのと同じことなのである”という言葉
が示しているように,「本性」の中の「仁義之心」が人間の「良心」なのは,
これが人々の間で共通要素としてあり,これによって人間相互の距離と意思 疎通を縮めることができるからである.つまり意識の共有化と実践,それら の行為の検証をモラルとして根づかせることが社会に大きな影響力を発揮す ると考えられるからである.またこのような理解にもとづく学問理念が,教 育機関としての懐徳堂の役割であった.
ただし,この「仁義之心」の段階になっても,徳にさらに強力に働きかける「徳 性」は「仁」なのか,それとも「義」なのかは,『孟子』の言説では判然とし ない.いずれの徳性の方が,竹山にとって,共有意識の実体として相対的に 正確な評価をできるだろうか.
仁とは,その文字の形が二人が対等に相親しむ,あるいは相手を人として 扱うさまを示しているように,語義的には,他をおもいやり,いつくしむと いうことであり,古来より,同情的,同感的な表現の言い方である.転じて,
孔孟では自分と同じ仲間として,すべての人に接する心として,道徳的にもっ とも重視される徳性である.したがって同感的な徳性としての仁に対する認 識は,伊藤仁斎(1627-1705)によれば,「人道の大本,衆善の総要」(伊藤,
1704,59ページ)に至る以上,「一人に施して十人に及ばざる」仁の効用は社
会の中で広く波及しないはずはない(ibid., 63ページ).
人間内部にあった自己愛は,「学」を修養することでこうした「仁」に至り,
実体ある徳として「すなわち実徳なり」(ibid., 70ページ).仁は,他者に対し て自己発展と安定した「仁の徳」として,他者との関係する社会において高 いレベルに達する.こうした人間内部から,社会への発現のプロセスで,仁 は他者との感情の一致を理解し,「己利」と共感している他者の感情も加わっ て一体感をもちうる基盤を形づくる.ゆえに,もっとも重要な徳性であると いうことができる.その意味で,仁には他人の感情を直接知ることはできな くても,他人が置かれている境遇を観察することで,利他的に「他人への思 遣り」を通じて,各々を尊重した社会認識への道は開かれるだろう.
このように人間意識の基底として,徳に対する仁の意義は認めるとして,
それは実際どのように推し量ればよいのだろうか.他人の感情を推し量るこ とができる第三者的な観察者はどこに存在するのであろうか.
仁の展開による自己発展と他者との関係する社会において相対的に高い道 徳社会水準の可能性を認めようとして,仁の内容は,成徳への修養を前提と して積極的である.だが,仁が楽天的な人間自身を中心に据える限り,第三 者から見た正義として,それがたとえ,自然法的に(あるいは正義論として積極 的なものではないにしても),その背後にある「神の意志」によらざる仁は,徳 性の普遍的な評価指針としては,徳に対して不確かな規準といわざるを得な い.徳に対する不確定的なものから仁を位置づけることはできない.
徂徠が仁斎を批判した「己ノ心ヲ以テ,聖人ヲ窺ハン」,―己の意識から 他人の心の表裏など窺えるものではない,いわんや聖人の心を憶測して政治 経済社会を持続的に維持し,発展に導けるのであろうか.
だから,まず「先王の道」による政治経済制度によって,人々は等しく感 化され,たとえ諸「利」間の矛盾があっても「先王」によって敷かれた一定 の方向の類型(「礼楽刑政」)を学ぶことによって,人々は安定的に社会経済生 活を営むことができるのである.「仁斎先生以良心,皆不知辞者已」,すなわ ち仁斎による仁の道では“天下国家はすべて後の段階になる.仁の力点は,もっ ぱら自己の内部に集中し,学問を自己の修養として適用するにとどまってい る”(荻生,c. 1717,「仁」第2項)ことを露呈しているのである10).
1. 2. 2 「義」
それでは,竹山が『経済要語』の中で,人間が「仁の徳」を行うすじ道として,
「公共」に尽くすための「事の宜しきを処置」できる徳性として挙げた「義の
10) こうした徂徠による仁斎への批判に関して,竹山は自らの『非徴』「総非」の冒頭で,あら ためて徂徠に対して,「徂徠物氏〔徂徠は本姓物部氏と称した〕学術の病は,その症,自ら大 にして名を好むに在り.その因は仁斎伊藤氏を圧倒せんと欲するに在り.・・・・・・ 遂に旧学〔儒 学がこれまで正統としてきた朱子学に至るまでの系譜〕棄つるを視ること,敞へいし〔破れた藁ぐ つ〕を脱ぐが如し.たちまち一機軸を出し以て仁斎の上に凌駕す」(中井,1784,1―2ページ.
なお原文は漢文,訳文は中村幸彦校注『近世後期儒家集』,44―45ページによる)として,「学 術の病は,その症,自ら大にして名を好む」徂徠の「功利」の姿勢を猛烈に批判している.
徳」は,仁の内部から流出する情動な側面に根ざした共感的な能力を,四民 の日常生活において,人間社会の世俗的地位・掟や形式的な制度よりも基本 的なモラルと行動規範として,正しく認知する能力へ導けるものだろうか.
前述したように,仁は他人の感情を推し量る場合に,情緒的側面を含んだ 共感能力にきざした人間性である以上,次に,人間の知覚によって獲得され たもの,そしてこれを本性的に同感的なものとすることについて,何らかの 形で認知段階から意志決定の評価判断までを理解できる徳性が必要であった.
言い換えれば「仁義」を人間の徳(人間性)にとってもっとも基調となるもの と考えるような竹山のような立場にとって,義の徳性は,外部からの情報に 共感したものを,人間のストックされた認知能力の下で,合理的なものとし てコントロールすること,同時にそれは,時処位に対して相対的な正確さを もって客観的な社会知識を得る原則として,「公」にとって「共」に「事の宜 しきを処置」できるものとなる.それはまた「今天下の事を公にして人の為 に義を立つ,其の致す所公義」として,礼(法や制度)や智に対して「正義の即」
となろう.
このように考えれば,人間の徳に関して,仁を基底としつつも,竹山から すれば,義は,礼や智に先立って,あるいは制度や法というフレームに対す る基準なのである.
本来,「義」とは, 語義的に,「仁」を行うすじ道とされており,“五常(仁 ・ 義 ・ 礼 ・ 智 ・ 信)の一つとして,人が日常生活において行うべき正しい道,守 らなければならない事柄”である.それゆえ,“条理,道理”ともなり,制度 に先立つ社会的(共有)意識―「正義」ということもできる.
『蒙養篇』で竹山がいうように,「義」は,日常の倫理行動「五倫之道」に おいて「筋合いを違へぬなり」(中井,1799,1ページ).つまりこれは人間相互 間の基本的な条件において,義は正常的な正確さを実現する行動倫理でもあ るゆえ,「信」のコアである.信あっての義ではなく,義あっての信(ibid.) なので,これは日常や社会的な契約にしたがって礼や制度,法の基盤となる.
義は,それに応じて人間の信頼が確立され,いかに相対的であっても,そ れを正確さの規準として客観的な知識を吸収することもでき(「正義」が蘭学の 基盤となる),義にもとづいた正確さを実現する方法として,経世論を「算用 の学」的に扱うこともできるのである11).
また義が信と結びつくから,正義,公正,中庸や平準との関連で,義は,
実際の「利」が「自利」としてだけではなく,社会全体の便益費用から「利」
として有用であるかを導き出すこともでき,したがって社会の諸条件を改善 するために政策設定・是正の指針ともなろう.
義という普遍的な認識的規範による制御が,信に裏づけられた知識の追究 となって表れ,それが他の人々に明快に伝わり,人々の能力と共生に醸成さ れた規律に連関していく.このような徳の派生から,義と信の価値観が基底 を形づくって行われる「法」の定式化は,お互いに公正を期待し,社会の中 での信頼をバックに制度効果も見込める.ゆえに,徳性からその実施に至る までの経路依存性から政治経済の制度枠組は,「時処位」が隔たっても,有効 性を持ち続けるであろう(「徳」による「万世永頼」と「治人治法」との関係).ま たそれを正当な行為として計算する「利」は,さらに有効に作用するであろ う(cf.中井,1847,下巻,1―3,7―11ページ).
2 「義利」による「厚生」と「固寧」
2. 1 「制度建立」と「四民ノ厚生」
そこで,「利」とは,そもそも「己利」と「公利」との調整と摩擦が介在す る場合,「天下公共ノ利」の持続的発展につなげていくために,どのような 存在なのであろうか.あるいは,人性の根本であり,人間の「利心欲心又万 物をこゆ」ものとして意識されている「利」とは,知識の研鑽と「義」に裏 付けられた「修己」,および「四民ノ厚生」や治安安寧がもたらされる「固
11) 蟠桃の「大知」や直方の統計的手法にもとづく経世論と,彼らの師である竹山との簡単な論 及については,本稿「むすび」で述べたい.
寧」12)との間で,どのような関係に立っているのだろうか.
「利」は,伝統的には「己利」(利己)のことを意味する.義が人々の共感に 対する尺度,ないし共有能力の側面から「公共」「公衆」という観点へつなが るのに対して,利は本来,「私」や組織体にとっての欲望満足,便益,効用と いった観点が強い.「利を好む」,すなわち利を選好することは,便益あるこ とから満足を得るまでの過程がスムーズに行われ,その効率的なさまを,生 まれながらの人性として表現しているといってよい.
それゆえ,生まれながらの人性としての「利」は,「義」「正義」に裏付け られた「修己」と異なる.「修己」もその奥底には,「利を好む」人性が厳然 と存在しているとはいえ,それがそのままだと諸「利」のカオスとなって,
当然,リバイアサン的状況を想起することができる.いわば囚人のディレン マ的な状況が「公共」「公衆」の中で想定されれば,「利」を充足させる行為 と満足(「利欲は亨る」)すら達成できるかどうか難しい.「四民ノ厚生」が互い の非協調的な諸「利」によって混迷する,まさに春台が想定した,それぞれ の欲求におかれた「利」と「公共」とは,その関係において二者択一という 問題設定を出現させる.たしかに,人性の「利欲」をシステムの中に制度主 体(幕府)が誘導できれば,そしてまた「利」の選好を調整して,「四民ノ厚生」
目標を遂行できる制度においては,春台の語る「制度建立」は安定性をもつ であろう.
しかしながら,竹山からすれば,春台が念頭に置く,「利」―「制度建立」
―「四民ノ厚生」とそれがめざす社会分配とは,諸「利」の調整に関する 認識の脆弱さと不正確な知識の集積・行動倫理とにもとづいている以上,た んなる「利欲は亨る」構造にしたがった「制度増減」にすぎない.たんなる「利 欲は亨る」構造を,そのまま「理世安民」のルール化につなげる後王主導の
12) 「固寧」とは,竹山の『与今村泰之論国事』(中井,1972)に従えば,「書経ニ,民ハ是,邦ノ本,
本固ケレバ邦寧トアリ.コノ国本動揺シテハ,国家ノ安穏ナルベキハヅナシ.一日モ早ク,離 散シタル丁壮モ本土ニ帰復スルヨウニナクテハ叶ウベカラズ」(中井,1972,63ページ)と論 じられている.
こうした楽観的な「機軸」は,「万世ノ法」たり得るはずがない(西岡,2005,
76―81ページ参照).
こうした諸「利」から「制度建立」「制度立替」へ直結させて,「利用厚生」
を説く構造自体,これもまた,人心の道徳認識の可能性を否定して,「礼楽刑政」
という,「譬ハ世間ニ見セ物ヲスル」徂徠の系譜にもとづくものである.なぜ なら,「皆以テ〔経済〕学者脩己治人ノ準的トスル所,先賢ノ述具レリ.タダ 徂徠ノ所謂先王ハ特ニ以テ〔経済〕学者ヲ恐嚇スルノ具」であって,それは
「譬ハ ・・・・ 招牌二鷲ヲ画イテ内ニハ鳶ヲ置テ見スルガ如シ」(中井,1847,上巻,
31ページ).
徳の中味を吟味しないで,外的規範とそれにもとづく外形に依拠した「礼 楽刑政」から政策や法を考える思考は,まさに「譬ハ世間ニ見セ物ヲスル」
類の話である.これまでの「経済」学における「脩己治人ノ準的トスル所,
先賢ノ述」に代わって,―すなわち知識獲得の姿勢を通じて,自己をコン トロールし,それによって得た学説・理論は明快な形で,今度は人を律する ことに連動していく,したがって徳の追求と統治との一体化はめざす基準で あり目標であるという正統的な学問姿勢をとらないで―,人心の徳を考え ず,「先王」などを持ち出した徂徠如きの所行は,「経済」学を「恐嚇スルノ具」(威 圧して脅かす道具)にするのであって,「招牌二鷲ヲ画イテ内ニハ鳶ヲ置テ見ス ル」羊頭狗肉の学に貶めている.
徂徠や春台とその追随者たちの「機軸」は,「誠意正心明善誠身ノ訓ヲ廃シ テ,徒ラニ経済ヲ談」じるだけであって,外界に対する認識と仕組みに対す る内発的循環をもたないから,「凡ソ一心ノ微ヨリ天下ノ大ニワタリ,倫理ノ 重キヨリ家常茶飯二至マデ礼楽アラザルハナシ.皆以テ徳ノ則トスル所ナリ.
……徂徠ハ心ヲ言ウヲ悪ミ,理ヲ言ウヲ嫌イ,ソノ礼楽ハ,ミナ事為ノ上ニ テ云ウナレバ,玉帛ノミ,鐘鼓ノミ.後世礼楽崩壊ノ日,一ツモ持循スベキ ナシ」(中井,1847,上巻,32ページ)であろう.
2. 2 中井竹山以前の「利」に対する考え方
このように,春台の「制度建立」的な「経済」学は,「利」とは人性の根本 だと言いつつ,それが制度化へ至るプロセスは断絶しており,しかもその断 絶を逆にむしろ「心ヲ言ウヲ悪ミ,理ヲ言ウヲ嫌イ」として誇称するに至った.
しかし,これが徳と制度との内発的循環に欠陥をもつ異端の「経済」学だと しても,「内を詳らかにし外を略し」,社会制度や政治経済学的な事柄にどの ように関心を持てばよいのか不明であった仁斎のような「心法」的な思想では,
「利」と制度化―「厚生」の制度設計―へのプロセスはつなぐことはでき ないであろう.
それはまた,徂徠・春台以前,あるいは同年代の山鹿素行(1622-1685), 石田梅岩(1685-1744),三宅石庵(1665-1730),あるいは中井甃庵の思想も同 じ事柄を抱えていた.
たとえば,素行の場合,「人の知万物にこゆるを以て,その利心欲心又万物 をこゆ」,「利心欲心」があるから人間は進歩するのだ,知識獲得にも勉める のだ.「利」こそ「人の性の本」であり,「知識万物に秀でたる」原因である(山鹿,c.
1668,56ページ)13).しかしながら,どのような私利の方向が社会的安定や治
安の確立につながるのか,現実の政治経済においていかに「人の性の本」は 関係づけられるのか.そしてこうした「利」がどのように「制度建立」や「制 度立替」を特定化し,結果としてどのような形で具体的に「国利」につながっ ているのか.これらの点で素行は,徂徠や春台の「経済」学の課題に答える には不十分であろう.
そしてまた梅岩の場合,「利」を通じて,その「分」に応じた特化と分業観 を基礎に「利」の社会的意義を説くことができたけれども,竹山からすれば,
彼の努力は,「善の心を磨く」にとどまっていた(石川,1793,61ページ;宮川,
2002,118―123ページ参照).なぜなら梅岩にとって「商人の道」が「士の録に同じ」,
「天下の相たすけとなる」相互補完として正当化されるのは,倹約,正直,家業精勤,
13) 私益と公益に対する山鹿素行の経済思想の詳細については,多田,1976を参照されたい.
施し,忠孝などの「形に由る心」にもとづいて「心を知る」ことができるか らである(石田,1739,486,489ページおよび巻之三「性理問答の段」参照).「形 に由る心」にもとづいて「心を知る」とは,梅岩・心学の場合,「性理」・「皆 我が一体」となる「天の心は人なり.人の心は天なり」という「神儒仏とも に悟る心は一つ」に帰することができるということである(石田,1739,504,
518,520ページ).
しかしながら竹山にとって,「本性」としての「利」が天下に意味をもつのは,
学問を徹底的に追究し,この知識の獲得姿勢を通じて,構築された「義」や「理」
が人々に明確に伝わり,今度はそれが社会の「固寧」を安定させるからである.
そこには利と徳とを一体化させ,日常の行動倫理が共有モラルとなるために は,普遍的認識能力を学ぶ「義」という評価の基準が形成されることが求め られる.
つまり,日常の倫理を,「神儒仏」であろうと,「書物」であろうと,人間 の「心」を直感的に捉えようとした梅岩の立場では,「正義」という普遍的な 基準にしたがって客体的に「利」を律する立場からすれば,「従来石田流と称 する学と有りて,儒名を以て仏意を勧め,無縁に人を集盛に行われるる事也.
一通りは日用著実を務め民生産業渡世のことを主とするは,凡庸ノ曉易きこ ともあれども,夫計りにては余り浅近鄙俚成故,禅学を奥の手とし,禅機を 以て愚民ヲ悟道せしめ,眼一丁無ても道を得しとするは,大いに人心を害す る者也」(中井,1789,431―432ページ),すなわち『草茅危言』によれば,“こ れまでの石田梅岩による心学は,儒学の名を借りて仏教の如き教義を推奨し,
一般の人々に講席に集め講釈を行ってきた学派である.一通りの日常道徳を 勧め,これにもとづき人々の生活・生業・家業にわたって主に講釈を行って いるけれども,一般の民度の低い人々にはわかりやすくても,その講釈の内 容自体は,奥ゆきがなく表面的であるし,思慮が足りない.あたかも禅のや り口のように,その問答はむしろ愚民を悟道させ,まったく自力で理解する 手段をもたなくても道が開けるというような講釈は,大いに人心を害する者”
にほかならない.梅岩と竹山は,「利」についていずれもその社会的意義は認 めるが,その根底にある人心の認識においては趣を異にする.
懐徳堂の創設者,三宅石庵は,義の延長線上に「自利」として自ずと利が「ツ イテマワル」(三宅,1726,9ページ)とした.竹山の父・甃庵の場合,「利」とは,「あ き人の,をのれらは利をわざとするものなれば,ものまなびしても,清き心ぞ なしがたしといふ.あさましき論なり.もの滞らず,たよりよくなりもてくる が利なれば,たれかこれをあししといはん.ただこれを心にあてて,をのれに たよりなければすべきもせず,たよりあればすまじきもすればこそ,あししと はいへ.・・・・ 士おさめ,民たがへし,工つくり,あき人のかへごとする,皆 そのわざにして,これをするもの,をのつからの利,かくれてわざのうちにあ り.つとむれば生じ,をこたればきゆ」(中井甃庵,1728,82―83ページ)と,明 確に指摘している.すなわち,四民の社会的職能に応じて,「皆そのわざ」に よる稼得は,「をのつからの利」であり,商人による「もの滞らず,たよりよ くなりもてくるが利」だとすれば,天下の誰が,「あしし」と言えるだろうか.
「わざのうち」による利得であれば,「つとむれば生じ,をこたればきゆ」のだ から,この職分による利と,それによる社会階層が,職業上の優位として,「も のまなび」の結果,特化された能力と技術にもとづいて利益を得ているのだか ら,「清き心ぞなしがたしといふ」考え方こそ,「あさましき論」というしかない.
このように竹山に先立つ,懐徳堂の二人の思想を見れば,明らかに,自己 の主体性を基本に「義」から導かれた正当な行動に対して得られた給付とし ての「利」は,「をのつからの利」として倫理的に称揚されるべきものだと把 握されている.石庵にしても甃庵にしても,人間の主体的な意識的な行為に もとづく「利」は実践倫理的には正当であるという視点は,梅岩・心学のケー スとは違うけれども,「商人ノ道」が「日用著実を務め民生産業渡世」として 社会的意義をもち,その役割から「天下の相たすけとなる」補完性を担っていると いう認識では共通する.
しかしながら素行から竹山以前の懐徳堂の思想に至るまで,「修己」に裏づ
けられた「正義」が,それぞれの「利」と関係し,それが具体的な制度の枠 組から,「天下公共ノ利」の安定的発展をもたらす「固寧」や「厚生」に結実 していくのか,どのような装置や概念がそのプロセスにとって必要なのか,
あるいはそうした結果はいかなる考え方によって実証されたものといえるの だろうか,十分に答えられているとは思われない.やはり人性の根本,徳性 としての「利」は,倫理的にいかに正当化されるのかを述べるにとどまって いたと言わざるを得ない.
竹山にとっては,諸「利」のディレンマから「厚生」の制度設計が出てく るような「異端」ではなく,まさに主体的な人間活動の集積と,その客観的 評価に裏づけられたところから,実践倫理的に「経済」の制度化プロセスとは,
どのようにあるべきか,その結果として「国体」のフレームはどのように位 置づけられるべきか,そうした問題に答えることが重要であった.
2. 3 中井竹山の「義利」論と「制度組立」に対する信頼性
以上のことから,「経済」がめざす「固寧」と「厚生」につなげていくため には,これまでの人性論や徳性論では内発性を外部フレームと関係づけるさ いに限界がある.しかし,さりとて内部性と外部性を峻別して,徂徠学のよ うに,制度設計から以降の事柄を外部的所与として,「先王ノ道」として一定 にして,これを規範化して「経済」を考えていく方向は,懐徳堂に集う人々 が共通にもっていた,主体的な人間活動の集積とその客観的評価とを無視す るに等しい.そこで,竹山には,「己利」と「公利」との調整と摩擦を,内発 性あるモラルと信頼性から(これを上方的にいえば「仁義」にもとづく),何らか の概念を介在させて,「四民ノ利」から安定的な「厚生」へ連動できる「固寧」
の構造を組み立てることが求められていたといえるであろう.
以下で取り上げる竹山の「義利」論とは,このように人心の徳を,知識の 研鑽と「義」「正義」に裏付けられた「修己」の知識集積とそれによる共有知 識モラルに支えられた制度認識を通じて,「天下公共ノ利」の安定的発展のた
めの「制度組立」から,人々の「固寧」へ至らしめる整合的な判断基準である.
そしてこの判断基準を通じて行われる制度化こそ,政治経済的フレームワー クの内発的エンジンにふさわしいし,人心を超える「先王ノ道」のような外 部的な存在に依拠しなくても,経験的に導き出すことができる制度認識とな ろう.つまり竹山にとって,「義利」こそ,義と利とを結ぶ方策から諸「利」
のディレンマを回避し,「修己」と「天下公共ノ利」「厚生」とをつなぐ役割 を期待されているといってよい.
そこで日常生活においてまず正しく守らなければならない「義」(中井,
1799,1ページ)は,これまで述べてきたように,竹山の場合,「筋道ヲ通ス」
ということを通じて,正常的に正義を担保するから,それに応じて人間の信 頼が確立される.あるいは,それは普遍的な認識能力を学ぶ「修己」にとっ ての評価の基準であるから,「正義」という基準で,客観的に諸「利」を律し,
人間社会の「厚生」を定義しようとするさいの基本となりうる.したがって,
「利」が仁と結びついた義(「仁義」)を伴うことで,甃庵が強調したように,「利」
を通じて,「ものまなび」による特化された「わざ」にもとづき,「をのつか らの利」を生みだしているわけだから,それがさらに社会的に行動を行う実 践,個々の合理性,組織や制度全体の適化性や効率性などに関連づけられれば,
義と利とは代替的なもの,矛盾するものではなく,義利として互いに接合可 能となる.つまり,それは内外の合理性とその社会道徳性との相互関係を表 現することができる実践理性的な性格,社会倫理的な性格を帯びるであろう.
そうしたコンセプトの下では,「厚生」「固寧」や「天下公共ノ利」に先行して,
「義利」のような「正義」から派生した,公共に対する共有意識ないし厚生測 度を支えている人心の価値基準が重視されることにもなる.
「義利」にもとづく制度化の詳細については,次章に譲るが,「常平ノ本意」
で「義利」が基準として重要なのは,内発的な「仁義」の集積から見たモラ ルと信頼性の上で,客観的に「天下公共ノ価」を形成することが正当である こと,そのために「価ヲ増テ斂メ価ヲ減ジテ散ジ」ることも,その結果,「公
私トモ利スル所有シメ」るという望ましい帰結も得ることができるところに ある.また長期的に「義利」にもとづく安定的な政策姿勢は,諸「利」の衝 突ごとに「先王ノ道」として裁量的に「四民ノ利」関係に直接介入すること を是とする方策よりも,「年数ノ上ニテ大イニ国益」を確保でき,「厚生」を
「天下公共ノ利」に結びつけることで,主体的な人間活動と知識の集積にもと づいた「利」の集合と信頼関係も醸成できるであろう(中井,1789,409―411ペー ジ).つまり,固定的で外発的な諸条件による利害調整よりも,内発的始発と その循環に基盤を置く政治経済的な枠組だから,「国体」から見ても,「経済」
を扶翼するのにふさわしい.このことは,「義利」そのものが,『大学』の中 の「国不以利為利,以義為利也」14)に発するとはいえ,「利ヲ以別トセズシテ,
上下トモ利スル事成ベケレバ,是即義ヲ以利スル也」(中井,1789,411ページ)
として,「終去仁義,懐利以相接」,人としての義よりも皆「利」を優先させ る利益本意の姿勢で行動すればどうなるか(孟子,c. BC. 6,上,139ページ;下,
281ページ)という孟子の懸念をも,吸収しようという考え方を含んでいる.
すなわち,「私利」と「公利」との「天下公共」の利益の中で処理する仕組を,
「義利」論にもとづいて,経済社会の動向とそれに対する整合的な判断との基 準を求め,それによってフレーム・コストを逓減しうる「経済」システムの 可能性を認めようとした.言い換えれば,竹山の「義利」論は,「修己」の研 鑽から可能になる共有知識と規範から,法や制度における設計および仕組み すなわち「国体」の枠組の安定化を通じて,「国益」もまた長期安定的なトレ ンドとして,諸「利」とともにパラレルに成長できる制度認識へ導いたとい えるであろう.
「義利」から法や制度の仕組みを経て,「公共」の利益の発展につながる学問 自体を「経済」だとすれば,「治国平天下ノ道」に関連する「経済」には同時に,
このプロセスをそれぞれの段階において検証し,長期にわたって「国体」と「固寧」
とが有効性とバランスを保っているかどうかを評価する観点が必要とされる.
14) 作者不詳,(c.B.C.136),77ページ.“国は利を以て利と為さず,義を以て利と為す也”.
「経済」という言葉自体は,司馬遷以来,尺度であり,度量衡として正確に 律する「物度・軌則の基」のことを意味する15).しかし,竹山にとって,「経済」
の課題が意味をもつのは,「物度・軌則の基」の基本として,それが方法的に
「仁義」による「徳」と「義利」による制度管理とが第一原則「為政以徳」と 第二原則「有治人無治法」として連関をもち,そしてそれらが第三原則であ る「量入以為出」16)を通じて,長期的な観点に立った資源とその調達のバラ ンスの原則を維持できるかどうかにある(中井,1796,71ページ;1972,63ページ). なぜなら,義利が共通意識として信頼され,制度認識として是認されるには,
この第三原則が「治国平天下」において客観的に実証されなければ,つまり 民の「固寧」に打撃を与えるような不均衡な「国体」であれば,「民間」の信 頼は得ることにならないからである.
したがって長期期待が見通せないような状況では,人心の徳とその共有な どが難しい以上,制度化の基本枠組である「国体」も,それを安定させる「固寧」
も,「経済」の基準として長く保持されることはない.あえて諸「利」の調整 と摩擦回避のために,そうした制度の仕組みを導入したり,維持しようとし たりすればするほど,制度の便益・損失のコストは加速度的に悪化するだろう.
また政策主体は,「厚生」と「天下公共ノ利」にもとづく重大な反発と歪みを 必ずや覚悟しなければならないであろう.
では,「公共」の利益と「国体」の安定を,長期期待的に支えることのでき る基準とは,どれを客観的な手がかりとすれば評価できるのであろうか.
『中庸』の意義から,この点について竹山は強調している(中井,1772;
1800).ナジタによれば,懐徳堂では伝統的に,『孟子』とならんで(あるいは
それ以上に)『中庸』は,重視されてきたという.なぜなら,『中庸』の内容が,
15) 司馬遷が元来,「経済」に託していた構図,すなわち「銭穀の政」とさまざまな財貨の平準 化政策,および彼の真意はどこにあったのかに関する言及については,西岡,2005,79―80ペー ジおよび同,脚注8)を参照.
16) 竹山が政治経済を追究するにあたっての第一原則と第二原則については,前述の本稿の1.1 で触れたが,さらにこの第三原則「量入以為出」を含む,これら3つの原則が「経済」学のの ぞむべき方法的原則であり,その手続きによって「経済」全体が明らかになるということに関 しては,西岡,2006,174―178ページ参照.
理性的で穏健であり,社会的な規範に合致していたからである.
その場合,社会的に望ましい行動の指針とは,徳の選択という側面でたえ ず「中」であり続ける評価を受けていることが,重要とされる.竹山が繰り 返し,『中庸』を懐徳堂で意義づけたのは,日常生活を持続させていく上で動 態的な「中」が,「時」の時間的連続性の中で,人々を一貫して正確に位置づ けることができるからであり,したがって「中」にもとづいて,知識共有の 核となる「義」から制度認識に対する普遍的な客観性へ,評価がつながるか らである(Najita,1988,155―156ページ).
「義利」論と制度設計を,長期的な「公共」の利益と「国体」の安定につな げることが「経済」の第三原則を満たした「固寧」と「厚生」をつねに実現 していくために必要であった.そして制度そのものが「民間ノ相場ニ見合」っ たコスト的にも効率的にも「公私ニ便」で「中価」による「天下公共ノ価」
を形成できる構造であること,公共の「相場」が一時的に乱れても,長期にとっ て正常と思えるようなところに収束していくような「常道」の基盤,「天下ノ 平糴」機構が客観的に「天下公共ノ価」を生みだす基盤であった.これらの いずれもが長期期待的には「平価」ないし「中位」という「標的」が,『中庸』
が標榜した「中心」という議論から発していたのである.そしてこれが,時 処位における正確な認識を通じて,長期にわたる「平価」ないし「中位」の 連続性を保つ制度認識と結びついていた(中井,1789,407―411ページ)17). そこでさらに言えば,「義利」の測度が客観的な「正義」のそれを満たして いない場合,つまり「義利」の測度による「公共」の信頼性によって「天下 公共ノ利」の成否がどの程度まで関係するのかという認識に関して,竹山に は経験的な確信があったのであろうか.
「義利」の測度とは,「利ヲ以別トセズシテ,上下トモ利スル事成ベケレバ,
17) その他の「平価」,「中位」,「天下公共ノ価」,「常道」,「天下ノ平糴」や「標的」などにかか わる政治経済の制度や仕組みに関する箇所は,次章で具体的に考える「国家制度ノ事」「参勤 交代ノ事」「諸侯大借ノ事」「金銀ノ事」「「水利ノ事」「常平倉ノ事」「社倉ノ事」および「物価 ノ事」などを参照していただきたい.
是即義ヲ以利スル也」(中井,1789,411ページ)ということであるから,当然 そこでは,「義」と「利」が一つに結びついて「義利」となるために,「民其 恵ヲ蒙リ」,当該の制度設計に関係する諸問題は,「上ニ利ヲ見ル為ニハ有ネ ドモ」・・・・・・「年数ノ上ニテ大イニ国益有事ナレバ」ということ,すなわち 制度設計自体の長期安定持続性と,これを人々と期待的に結びつける信頼関 係とが,重視されていたと見なければならない(ibid.).
今日的には,「義利」による制度化は,特定の個人や組織の行為に対する確 信や信頼ではなく,社会全体で人々が解決を必要する人々自身における活動に 対する期待や信頼関係に基盤をおいている.このような信頼性は,他者の行為 を外的規範とそれにもとづく「礼楽刑政」で十分牽引できないだろう.制度と「公 共ノ利」とを長期持続的に考えた場合,その確信が主観的期待にとどまる限り,
否,「公衆」間の「公共」への信頼性が主観的な期待であればこそ,「上下トモ 利スル事」が社会道徳的な是認を得て,そして「年数ノ上ニテ大イニ国益有事」
を考えて,「経済」における第三原則にしたがった制度の管理・維持コストも,
妥当な構造を長期的に支えることのできる基準ということができる.
したがって,たとえば,フクヤマが語る『信頼』(Fukuyama, 1995)や,社会 的な諸問題を解決するためには人々一般の信頼が不可欠であるというアスレ イナーによる「普遍化信頼(generalized trust)」(Uslaner, 2002, ch. 3)という問題は,
懐徳堂や竹山によれば,その基底に社会倫理的に共有できると人々が確信で きる,より段階の高い普遍的な信頼性となる.その中には社会・文化意識の 了解事項や相互理解,そして行為の検証にもとづく共有行動も当然含まれる.
そしてもしそれらの信頼関係と「制度組立」とが内生的に分断されている,
もしくは不調和であれば,一連の循環には波及性がなく,また制度への全般 的な信頼感もないから,所定の制度効果が見込めないかコスト逓増をおこし,
制度フレームの維持を困難なものにするであろう.
懐徳堂が大坂に対して,そして竹山『草茅危言』が松平定信に対して強調 してきた「義利」の測度は,「正義」の計測として,社会の中で果たす正確な
認識効果,あるいはその論理を繰り返し確認する教育,さらに「学習」と行 為の場(「学校」,つまり懐徳堂)の意義18)と重なる.「正義」を論理的に明ら かにする作業がどれだけ「天下公共ノ利」の実現にとって基本的なことなの か,そうした一連の事柄を「上下」および「公衆」の間で,できるだけ「学問」
として互いに「研鑽」する過程で生じる知識の共有が,制度に対する信頼を 高める上でも,そのインフラ的波及性を連関させる上でも,重大である.そ してその結果,「研鑽」にもとづく「義利」の基準の形成がいかに「厚生」と
「固寧」の形で「天下公共ノ利」として循環的に還元されるか,そうした「修己」
から,「己利」「公利」の調整,そして「制度組立」への期待に至るまでの間で,
「民其恵ヲ蒙」る「義利」を育成・確認する教育が,いかにソーシャル・キャ ピタル的に政治経済社会に波及するのか,また社会モラルとそれらの信頼性 に伴う制度の管理・維持コストとが,「上下トモ利スル事」が「年数ノ上ニテ 大イニ国益有事」につながっていくのか,竹山の政治経済的な視点は,これ らのことを経験的に十分理解していたと思われる.
2. 4 中井竹山の「義利」論の構造と「目前の利」の排除
したがって,一連の「上下トモ利スル事」が「年数ノ上ニテ大イニ国益有事」
につながっていくための社会倫理的な信頼とその繰り返しの確認(懐徳堂の「入 徳」の学習と研鑽),あるいは両者の反復作業から醸成される「義利」構造形成 への期待とそれにもとづく竹山の制度認識は,今日的観点から見れば,ゲーム 論がよく前提にする囚人のディレンマや戦略操作などの要素の利益追求という 論理というよりは,あえて地域や人々が自己規制や鍛錬をしてでも,長期的な 配慮がつねに働くような教育効果を信じ,繰り返しの協力ゲームが社会的倫理 として望ましいというカルチャーを前提にして,地域全体や社会での「厚生」
と「固寧」の形で,「天下公共ノ利」が長期的には実現できるだろうといって
18) 竹山の『草茅危言』に込められた,建学の意図(中井,1789,351―358ページ;1847,下,
37―43ページ)と「白川侯源公」(松平定信)に対する期待については,西岡,2006,178―180
ページで詳しく述べた.
いるに等しい.つまり,「義利」の基準の形成―制度認識という竹山の政治 経済観の特徴は,典型的に信頼にもとづく協力行動をとるような文化活動の価 値観とそれにもとづく反復行為が,人々の利己心の衝突を回避して,知識の研 鑽による「修己」によって,不可知的な存在に頼らずとも,経験的に安定持続 的な政治経済社会を実現することを理解していたことにもなる.
しかしながら,逆に,個々の「利」のディレンマを避けることができず,「修己」
による「厚生」や「固寧」がモデル形成できない(「制度組立」)ケースについて,
竹山は,どのように考えていたのか.この点に関して竹山がもっとも強調し た視点は,「目前の利」と呼ばれる状態である.
「目前の利」が制度認識に関連して,竹山が具体的に言及している箇所は,「自 然と国風宜敷相成,総体にして上下一統の利益」に関係しているということ である(中井,1774,500ページ).たとえば,『社倉私議』では,社倉という食 糧の恒常的な備蓄とそれにかかわる一連の金融作業・殖産興業を伴う「制度 組立」が,地域の安全保障と政治経済状況の安定にとって「上下永久の大益 に成候事」「上下共に一体は静謐安穏」をもたらすけれども,「目前の利」とは,
そうした「固寧」「永久之備に相成事」が「一様に永久の所」としてあるとい う期待や確信が欠けたところでは,制度化に伴う長期的地域総合的な効果に もかかわらず,目下の利益のみで人々が「目前の急」な利益追求に奔走する 状況をさしている.つまり,政治経済の変動に対して余裕を持って応じるこ とができない,生活資源に対して多角的な手段をもたない「末々の者」,ある いは財政難に悩む藩政府の場合,「侯家モ窮甚シケレバ,諸有司唯目前ノ急ヲ 救フノ謀慮ヨリ外ハ無,民間ノ救ヒ後日ノ予備等云事ハ,迂遠久闊トノミス ル事」(中井,1789,413ページ)や「臨時の御用御座候」(中井,1774,500ページ)
などは,(熊沢蕃山的な)「時処位」環境認識とそれによる「利」に対する反応 度が限定合理的で,将来に対して非弾性的に,「只今目前の利をのみ考へ候」
が見過ごされたままになっていることに関係している19).
19) 「只今目前の利をのみ考へ候故,後に宜敷事承り候ても,指当右掛り杯と申事を殊の外迷惑 なる事に存候儀世間一統にて御座候」(中井,1774,500ページ)
困窮,過大消費や負債累積のため,稼得や租税収入あたりの価値評価に対 して,時間割引率が一定ではなく,目前の稼得に対して欲求を認知制御(「利 を先延」)できない状態で,かなり時間に対して短期過大評価でその非弾力的 な構造から,災害・天災リスクを含む予め想定できうる(予備的な)危機に対 しても,「上下共に目前の急を救ふ謀慮」さえできないことを,竹山は「厚生」
と「固寧」にとっての問題としているのである.藩と「民間」との間でも,
両者の認識状態において,たとえば,「民間」にとって藩の政策を看過した方 が,より自分たちに有利であるという期待をつねに持っている場合,あるい は「民間」の期待を損なうような政策の変更が容易に行われてしまうという 認識(「臨時の御用御座候」)が「民間」にあるとすれば,(「社倉の儀」のような)「上 下共永久の大益の制度組立」や「全体永久の計策」などは,(限定合理的で時間 的非整合な反応を表現する)「目前の利」が支配的な「世間一統」に対して,「指 当右掛り杯と申事を殊の外迷惑なる事に存候」ような反応パターンは当然だ からである(中井, 1774, 491,500,503 ページ).
もしこのような「目前の利」の認知パターンを認めてしまうと,竹山が力 を注いできた,それぞれの「利」に対する「修己」による「正義」にもとづ く「制度組立」のフレーム形成が阻止されてしまい,春台や徂徠などのよう に「時」と「勢」に翻弄された,外部的所与の意志決定に依拠した「制度増 減」20)によって,「経済」が決まってしまうことになる.外界に対する認識と 仕組みに対する内発的循環をもつ「正義」の計測にもとづく「自然の理」を 拒絶してしまうことにもなる.「総体にして上下一統の利益」となるような
「社倉組立」の枠組も,予備的リスクとそれに備えるための予めの貯蓄,将来 への消費行動にコミットメントすることも期待できなくなるだろう.換言す れば,「修己」・「義利」による「制度組立」を主張するからこそ,「目前の利」
とそれに内在する認識の歪みによる誤った「経済」について,たとえば社倉 の「制度組立」についていえば,儒者に委ねる幕藩政府,社倉の組織化に責
20) この点についての竹山の懸念と春台による「経済」設計の仕方について,中井,1774,492ペー ジ;西岡,2005,1.2の個所を参照していただきたい.
任を持つ儒者,そして社倉の現場での運営者である「民間」の大庄屋・庄屋・
高持百姓との3者の間で,「筋合の義」をお互いに「幾重にも能諭」「心服」「帰 服」そして「心得る」に至る形で,社倉にかかわる地域や組織全体の認識状 況を変更させる竹山や懐徳堂による教育活動や「入徳」は,効力を発揮する 有効手段となるのである(中井,1774,495―502ページ).
それゆえ,所与とされた諸「利」における利害調整を「制度建立」に委ね た春台のような基準化の「御費」よりも,「義利」の測度にしたがう経験的な 制度論は,自身が置かれている「時処位」環境認識に依存した「利を好む」
構造を,より弾力的な「制度組立」に変換することを可能にするといえよう.
3 「目前の利」の認識によって「義利」にもとづく「制度組立」に よる「厚生」が阻まれるケースとこれらを回避する是正策 前章では,「社倉」を例にとって,「義利」にもとづく「制度組立」の可能性と「目 前の利」に内在する認識の歪みについて述べてきたが,その他にも竹山には,
地域全体や社会で「厚生」と「固寧」を長期的に実現できるさまざまな「制 度組立」を見いだすことができる.
3. 1 「国家制度ノ事」と「権宜ノ制」
「国家制度」は,儒学をベースにして考える場合,基本的に「凡祖宗ノ制度 ハ後世慎ミ守テ,猥ニ変ズベカラザル事ハ元ヨリ」である.とはいっても,「祖 宗ノ意ヲ体シテ改革スル処」,あるいは「権宜ノ制」(時処に応じて適切に処置す る制度)による「今日ニテ宜シキ揣はかルベキ」は,「治平ノ定」を考えれば当然 であろう.ではどのような基準で,「永制遵守」と「権宜ノ制」「改革」を捉 えたらよいのであろうか.「四方ノ観聴」による「人心動揺ノ恐」もあるが,
逆に「因循」によって「先見合セテ折モアルベシトテ延引スル事多キ」事に よる遅行リスクも高まる場合がある(中井,1789,289ページ).
竹山が「治平」に対して「永制遵守」と「権宜ノ制」とを峻別する基準とし