国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)一
(目 次)
第一章 はじめに
第二章 対イ ラク 制裁 と 武力行使禁止原則
第一節
対イ ラク 武力行使の経緯
第二節
安保理決議一一五四の採択過程
第三節
米英によるイ
ラク 空爆後の安保理における審議
第四節
国際法上の義務の
「 重大な違反
」 に関 す る 議論
( 以 上
『 西南 学 院 大 学 法 学 論集第三十二巻第一号
』)
第三章 安保理決議
を 根 拠 と した
「 人 道的干渉
」
第一節
「 人間の安全保障
」 と 国際法
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完)
松
隈
潤
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完)
第二節
「 保 護 す る責任
」 の 射程
第三節 ソマ リ アの教訓
と 国 連
第四節 東ティモールにおける国連の関与
第五節 ダルフール紛争
を めぐっ て
( 以 上
『 西南 学 院 大 学 法 学 論集第四十巻第二号
』)
第四章 安保理決議
を 根 拠 と しない
「 人道的干渉
」
第一節 コソヴォ紛争の衝撃
第二節 国際司法裁判所における
「 武力行使の合法性に関
す る 事件
」
第三節
「 新 たな脅威への対応
」 と 国連
第四節 イ ラ ク戦争 を めぐっ て
第五章 むすびにか
え て
( 以上本号
)
二
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)三
第四章 安保理決議を根拠としない
﹁
⼈ 道的⼲渉
﹂
第⼀節 コソヴォ紛争の衝撃
「 諸 国 家 が 一 般 市 民 に 大 規 模 な 被 害 が 生 じ て い る よ う な 人 道 的 惨 劇 に 直 面 し な が ら
、 安 保 理 に お い て は 常 任 理 事 国による拒否権行使により決議が採択
で きない場合に
、 国家は安保理決議
を 根 拠 と せず
、 ま た自衛権の行使
で も な い武力行使
を 行 う こ とが国際法上
、 合 法 で ある と 主 張 で き るのか
。」
本件は今日におい
て も なお
、 国際法における未解決の問題
で あ る
。 コソヴォ紛争におけるNATO諸国の対ユー ゴ武力行使
と い う事態 を 受けて
、 争点はより明確になった
と いう ことが で き よ う
。 二〇〇〇年に提出さ
れ た
「 コソ ヴォに関
す る 自主国際調査委員会
」 の 報告書は
、「 国際法 と 人 道的干渉
」 と 題 す る章におい
て
、「 要 す る に
、 こ の 灰 色の領域は合法性
と い う厳 密な考え
方 を 超え て
、 正当性 と い うより柔軟な見解
を 取り込 む もの で あ る
」 と 論 じ て い
る (1)
。 す な わ ち
、「 合法性
」 に 関 す る議論におい
て
、「 正当性
」 に 言及し て し まうほ ど に
、 コソヴォ紛争は
、 大 き な衝 撃を 与えて い たと いう 見 方 もで き よ う
。
一般的武力行使の禁止に対し
、 国 連憲章におい
て 容認さ れ たその主たる例外
と し て は
、 憲 章四十二条の集団安全 保障 と 五十一条の自衛権がある
。 一方 で
、 冷戦後の武力行使に関
す る諸事例から
、 武力行使禁止原則の変容
を 論 じ る こ とも でき よう
。 安 保理の容認につい
て 疑 義のある個別国家による武力行使の事例
や
、 安保理決議による武力行 使容認の射程の拡大
、 安 保理 を バイパスした武力行使
と いった諸事例
を
、 法 的に ど の ように評価
す るか と い う課題 で あ る
。
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完)
本稿第二章におい
て 論 じたように
、 対イ ラク 武力行使における
「 重 大な違反の理論
」 は 諸国家の容認
す る ところ とはならず
、 先例 ともさ れ なかった
。 他 方
、 米国
、 英国に と っ て は
、 国 連憲章上合法
で あ る と 主張 す る ことが最低 限
、 必要 で あった と い う点 を 指 摘 す る こ とが でき る
。
本稿第三章におい
て 論 じたように
、 冷戦後の諸事例におい
て
、 憲章三十九条の
「 平 和に対 す る脅威
」 概 念が拡大 解釈さ れ た 事例は相当数あり
、 こ れが慣習国際法の形成につながる国家慣行の蓄積
と い う点におい
て
、 武力行使禁 止原則に一定の変容
を 生 じ て いる と 論 じる ことは可能
で あろう
。 しかしながら
、 そ れ は
「 安保理決議に基づく人道 的 干 渉
」 を 慣 習 国 際 法 上
、 容 認 す る 方 向 に 国 家 慣 行 が 蓄 積 さ れ て き て い る と い う こ と で は な く
、 む し ろ
、「 平 和 に 対 す る脅威
」 概 念の拡大解釈
と い う現象に着目
すべきで
あろう
。
そ れ で は
、 本 章 の 課 題 で あ る
「 安 保 理 決 議 を 根 拠 と し な い
「 人 道 的 干 渉
」」 に つ い て は ど の よ う に 考 え る べ き で あろうか
。 一九九八年の段階におい
て
、 ドイツはNATOがユーゴに対し
て 武力行使の威嚇
を 行 っ て いた こと につ い て は
、 これを 人 道的緊急事態によるもの
で あ る こ とを 認めるが
、 先例 とはしない旨
、 明確にし
て い
た (2)
。 一九九九 年三月のNATOによる空爆開始後
、 米 国
、 英国もコソヴォ問題
を 先例 と し ない と い う立場 を と っ た
。 英国は人道 的惨劇 を 防止 す るための例外的な措置
と し て 人 道的干渉が合法
で ある旨主張した
(3)
。 多くの国家は法的見解につい
て は明らかにせず
、 人道的考慮
や 関連安保理決議につい
て 言 及 す る と いった形式
で 議 論 を 展開した
。
NATO諸国による対ユーゴ空爆につい
て
、 ロシアは人道的干渉の議論は国連憲章にも一般国際法にも根拠がな い と 反論し て い
る (4)
。中 国は国際の平和
と 安 全の維持に関
す る行動の決定は安保理のみが行い得る
と し て いる
(5)
。他
方
、 空爆 を 違 法 と す る決議案につい
て は
、 安 保理におい
て 三対十二
をもっ て 否決さ れ て い
る (6)
。
国連システムが対応
で きない場合に
、 有 志連合のかた
ちで の武力行使は
ひ と つ の 軍 事的な選択肢
で は あるが
、 国
四
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)五
際法上の合法性の問題は
、当然の
ことながら
軍 事的可能性
とは異なるもの
で ある
。 と くに開発途上国
を 中 心 と し て
、 懸念 を 表明した国家は多く
、 憲章の武力行使禁止原則に関
す る柔軟な解釈は濫用の危険性
をはらん
で い る と いう指 摘がな さ れて いる
。
コソヴォ紛争におけるNATO諸国による対ユーゴ武力行使は自衛権によっ
て 合法化 できず
、 事前の安保理決議 によっ て 容 認さ れて いた とす る議論も説得力に欠ける
。 たしかにコソヴォ紛争が憲章七章に関
す るケース
で あ る こ とは安保理も認め
て いたし
、 マ ケドニア
、 アルバニア
、 ブルガ リ ア と いった近隣諸国に影響
を 及 ぼすことも事実
で あった
。 しかしながら
、 安保理は明確にNATO諸国による武力行使
を 容 認した決議
を 採択し て は いないし
、 集 団 的自衛権行使の事例
で もない
。 安保理による黙示の承認があった
とす る議論も
、 拡大解釈の危険性
をともなっ
て い る
。 さらに
、ジェノサイドや
人道に対
す る罪に対応
す る こと におい て は 現代国際法の発展が不十分
で あ る こ と か ら
、 国家による単独の干渉が許容さ
れ る と い う議論は法的に説得力
を 欠 く
。
憲章五十三条には地域的機関が国際の平和
と 安 全の維持につい
て 有 し て いる役割に関
す る規定があるが
、 NAT Oが憲章五十三条の地域的機関にあたるか否かについ
て は
、 NATOがど
の ような行動
を と ったか と い う点に焦点 を あ てて 考えるべきで
あろう
。 憲章五十三条一項は地域的機関による強制行動に対し安保理の許可が必要
で ある旨 規定し て いる
。 も ち ろ ん
、 憲章五十一条の集団的自衛権に関
す る行動 で あ れば安保理の許可は必要ない
わ けで ある が前述の通り
、 コ ソヴォ紛争におけるNATOの対ユーゴ武力行使
を 集 団的自衛権によっ
て 合法化 す る ことは困難 で あ る
。
国際法におけるい
わ ゆる人道的干渉は十九世紀にヨーロッパ諸国
がオ スマン・トルコ領内のキリ
スト教徒保護
を 理由 と し て 武 力 を もっ て 干渉した
こと に起源 を 有 す る 概念 で あ る
。 NATO諸国の対ユーゴ武力行使につい
て
、 生
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完) 成 し つ つ あ る 規 範 と し て 人 道 的 干 渉 を 主 張 す る 論 者 も 多 く 存 在 し
た (7)
。 ま た
、「 保 護 す る 責 任 論
」 は コ ソ ヴ ォ 問 題 を ひと つの契機
と し て 議 論が進展したもの
で あ る
。
憲章二条四項の草案が
「 いかなる国の領土保全又は政治的独立に対
す るものも
」 と いう文言
を 含 まなかった
こと は広く知られて
い る
。 オーストラリ
ア提案により挿入さ
れ た こ の文言は
、 武力行使禁止原則の例外
を 広 く許容 す る た め に 挿 入 さ れ た わ け で は な か っ た に も か か わ ら ず
、 後 に 起 草 過 程 の 議 論 を 離 れ て 様 々 に 解 釈 さ れ る こ と と な っ た
。 すな わち
、 憲 章二条四項が政治的独立
や 領土保全に言及し
て い る こ と か ら
、 そ れ らに抵触しない武力行使につ い て は容認さ
れ る余地がある
と す る 議論も展開さ
れてき た
。 しかしながら
、 これは憲章の起草過程からは想定さ
れ て い なかった議論
で あ る と 言 わ ざる を 得 ない
。 コ ルフ海峡事件におい
て
、 国際司法裁判所は英国の主張
を 退 け
、 干 渉 を 違法 と し た
。 ニカ ラ グ ア事件におい
て も 国際司法裁判所はコルフ海峡事件
を 参照しつつ
、 不干渉原則につい
て 確認し て い る
。
さらに
、 武力行使禁止原則は強行規範
で あ る と す る 見解があり
、 こ の観点からはいかなる逸脱も許さ
れ ない と い う こ と に なる
。 武力行使禁止原則の優位性は憲章起草時におい
て 明 確 で あった こと から
、 国際法におい
て 武力行使 禁止原則の例外
と し て
、 一般的に人道的干渉の合法性が認められ
る と 論 じる ことは困難
で あろう
。 現段階におい
て は
、 国家慣行
と し て 慣習国際法
と し て の人道的干渉の合法性
を 裏 付ける証拠が十分に蓄積さ
れて いる と 言 う こ とは できない
。 そ れで は憲章が想定
す る集団安全保障のシステムが機能しない場合に
、 ど のような帰結
となるの
で あ ろ うか
。
人道的干渉
を 慣習国際法上
、 合 法 で ある とす る見解は
、 国際法におい
て 自力救済が認められ
る可能性がある
と の 見解 を 基 礎 と し て いる と さ れ る
。 た とえばリリ
ッ クは基本的人権に関
す る大規模侵害があり
、 国 連による実効的な
六
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)七
対応がない場合に
、 国家の単独行為と
し て の干渉が合法
で あ る と 論じた
(8)
。 リ ースマンと
マ グドウ ー ガルはナ
イジェ リ ア 内戦につい
て
、 国連の行動
を 要請し
、 これがなさ
れ ない場合には単独国家による干渉
を 主張した
(9)
。 リ ー ス マ ン は憲章二条四項につい
て
、 新たな解釈
を 展開し
、 国連が平和
と 秩序 を 達 成 で きなかった場合
、 個別国家には自力救 済のための行動
をと る こ とが要請さ
れて いる と 主 張した
)
10
(
。 当該武力行使につい
て は
、 世界秩序
を 強 化 す るもの で あ るか
、 また人民の自決権
を 強 化 す るもの で あるか と い う点が重視さ
れ る とす る
。 リースマンはさらに救済のない権 利は権利
と 言 う こ とが できず
、 多数国間のシステムによっ
て 解決さ れ る可能性がない場合に
、 個別国家による行動 を 禁 じる ことは権利
を 終了させるに等しい
と 論 じ て いる
)
11
(
。 テ ソンは当初
、 国連憲章二条四項は集団安全保障に
リン ク す る も の で あ っ て
、 こ れ が 機 能 不 全 に 陥 っ た 場 合 に は 根 本 的 な 事 情 の 変 更 と な る と 論 じ て い た
)
12
(
。 し か し な が ら
、 国連国際法委員会
( I LC
) は 条約法条約に関
す るコメンタリーにおい
て
、 事情変更の原則は狭く解釈さ
れ る べき で あ る と 説明し て いる
)13
(
。 テ ソン自身
、 後 には事情変更
を 強 調 す る こ となく
、 慣習国際法
と し て の人道的干渉
を 合法 化 す る議論 を 展開し て い る
)14
(
。 前述のニカ
ラ グ ア事件におい
て は
、 人道支援が干渉
と はみなさ
れない可能性につい
て 言及さ れて いるが
、 米国の干渉行為自体は違法
と 判断さ れて いる
。 こ の文脈 で 米 国が主張した人権保障
や 人道目的 は否定さ
れて いるの で あ り
、慣習国際法
と し て の人道的干渉の議論は認められて
いない と 言 わ ざる をえない
。また
、 憲章二条四項が強行規範
で あ る と 考えた場合
、 条約法条約六十四条によ
れば
、 後 に生じる強行規範によっ
て の み こ れを 無効 とす る こ とが でき る と いう こと になる
。
そ れ で は
、 冷 戦後の国家慣行の蓄積によっ
て
、 慣習国際法
と し て の 人道的干渉の権利が生成した
と 論じる こ とは でき る で あろうか
。 冷 戦後の諸事例
、 す な わ ち リ ベ リ ア
、 北部イ ラ ク
、 コソヴォ等の事例の検討から
、 人道的干渉 の 権 利 が 生 成 し つ つ あ る と す る 議 論 が あ る
。 そ の 場 合 に お い て は
、「 事 態 の 深 刻 さ
」、
「 政 治 的 中 立 性
」、
「 安 保 理 の
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完) 機能不全
」、
「 必要性
」、
「 均 衡性
」、
「 説明責任
」 と いった諸条件が満たさ
れ る 必要がある
と さ れ る
)
15
(。
条約の解釈におい
て 後に生じた慣行が考慮さ
れ る ことは
、 条約法条約三十一条におい
て も 規定さ れ て い る と ころ で あ る が
、 チ ェ ス タ ー マ ン に よ れ ば 人 道 的 干 渉 に 関 す る 国 家 慣 行 と し て し ば し ば 言 及 さ れ る 事 例 と し て は 以 下 が あ る
。 す な わ ち
、 一 九 六
〇 年 の ベ ル ギ ー に よ る コ ン ゴ 干 渉
、 一 九 六 四 年 の 米 国 お よ び ベ ル ギ ー に よ る コ ン ゴ 干 渉
、 一九六五年の米国によるドミニカ共和国干渉
、 一九七一年のインドによる東パキスタン干渉
、 一九七六年のイス
ラ エルによる
ウ ガ ンダ干渉
、 一九七八年のベルギーおよびフ
ラ ンスによるザイール干渉
、 一九七八年から七九年のタ ンザニアによる
ウ ガ ンダ干渉およびヴェトナ
ムによるカンボジア干渉
、 一九七九年のフ
ランスによる中央アフ
リ カ 干渉
、 一九八三年の米国によるグ
ラナ ダ干渉
、 一九八九年から九〇年の米国によるパ
ナ マ 干渉
、 一九九〇年のEC OWASによる
リ ベ リ ア干渉
、 一九九一年の米
、 英
、 仏によるイ
ラク 干渉
、 一九九七年から九八年のECOWAS によるシエ
ラレオ ネ 干渉
、 そ し て 一九九九年のNATOによる対ユーゴ干渉等
で あ る
)
16
(。
こ れ ま で 多 数 の 事 例 に つ い て 検 討 が な さ れ て き て い る が
、 そ れ ぞ れ の 内 容 を 精 査 し た 場 合 に
、 現 段 階 に お い て
、 これらの事例の蓄積が人道的干渉に関
す る慣習国際法
を 形 成し て い る と 評価 す る ことは困難
で あろう
。 む し ろ
、 自 国民保護に関
す る 事例も多く含ま
れ て い る と 言う ことが で き
、 さらには旧宗主国
と し て の権益に関連
す る干渉事例 も多くみうけられ
る と いうのが実態
で あ る
。
コソヴォ紛争に関し
て は NATO諸国の多くが
こ れを 先例 と し ない と い う考え 方 をと った
。 す な わ ち
「 コソヴォ を 例 外 と す る
」 と いう考え
方 で あり
、 こ の文脈から
、 国家慣行の蓄積
と いった観点
で は なく
、 む しろ道徳的
、 政治 的義務 と いう考え
方が強調さ
れ た
。 しかしながら
、 これ は厳 密な合法性の問題
とは基本的には無関係
で あ る点 を 確 認しなけれ
ば ならない
で あ ろう
。
八
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)九 先行研究の多くはNATO諸国による対ユーゴ武力行使
を 合 法 と はし て い ないが
、 正当性につい
て は 一定の指摘 を 行 っ て い る
)17
(
。「 違 法 だ が 正 当
」 と い う 言 説 は 一 連 の 議 論 の 中 で 提 起 さ れ た も の で あ る が
、 正 当 性 に 言 及 す る こ と によっ て 国 連の容認
を バイパス
す る ことは国連体制
を 弱体化 す る と い う問題性
を 内 包し て い る
。
人道的干渉につい
て
、理論上は国連総会決議の採択
を 試みる こ とも一案
で は あるが
、現実的には困難
で あろう
。「
平 和のための結集決議
」 による総会決議の可能性
と い う点におい
て
、 三分の二の多数
を 確 保 す る こ とは
、 少 なく とも コソヴォの事例におい
て は 不可能 で あった と 考 えられ る
。 さ らに国連憲章の改正も非現実的
で ある
。 人 道的干渉
を 法典化 す るならば
、 人 道的惨劇に対し
て は必ず干渉
す べき 義務がある
と いう帰結にもつながりかねず
、 こ の点にお い て も大多数の国
々 に は抵抗がある
。
一 九 九 九 年 秋 の 国 連 総 会 に お い て
、 当 時 の ア ナ ン 国 連 事 務 総 長 に よ り
、「 主 権 と 人 権 の 関 係 の 変 容
」 に 関 す る 指 摘が 行 わ れ た が
)
18
(
、 こ れ に 対し
、 中 国は強く反発し
て い る
)
19
(
。 フ ランスはコソヴォ問題の例外的状況
を 強調し
、 国 連憲 章の枠内
で の 行動の重要性
を 指摘し て い る
)
20
(
。 他 方
、 オランダの発言は大変に興味
深 く
、 も しも憲章に二条八項
を 加 えるならば
、 加盟国が自国民
を 迫 害 す る こ とを 禁ずる内容
と すべきで
ある旨主張し
て い る
)
21
(
。 ポ ー ラ ン ド も
、 主 権 の 壁が人権侵害
を 隠 す もの と し て 利用さ れて はならない旨述べ
て いる
)22
(
。 こ のような議論の延長上に
、 カ ナ ダ政府のイ ニシアティヴによる
「 保 護 す る責任
」の議論があった
わけ で あ り
、二〇〇五年の世界サミット
成 果文書におい
て「 保 護 す る責任
」 は 採用さ れ たが
、 単独の国家による干渉の可能性につい
て は 言及し て い ない
。
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完)
第⼆節 国際司法裁判所における
﹁ 武⼒⾏使の合法性に関する事件
﹂
国際司法裁判所に対し
て ユ ーゴ
( セ ルビア・モンテネグロ
) が NATO加盟諸国のう
ち 対ユーゴ空爆に参加した 十カ国 を 相手取っ
て 訴 訟 を 提起したが
、 いずれも管轄権段階
で その訴えが認められなかった
こと につい て は すで に 多くの先行研究がある
)23
(。
ユーゴは一九九九年四月二十六日に国際司法裁判所に提訴し
て い る
。 まず仮保全措置によりNATO諸国による 空爆 を 止めるべく
、 対 ユーゴ空爆は憲章二条四項に違反
す る旨訴えたの
で あるが
、 これは空爆が人道的干渉の理論 によっ て も 合法化 す る ことは で きず
、 ま た
、 後の慣行も慣習国際法
を 形 成し て い ない と い う主張 で あった
)24
(
。 す な わ ち
、 NATO諸国による空爆の違法性の確認
を 求 める とともに
、 空 爆の即時中止
を 仮 保全措置要請
と し て 求 めたの で あ る
。 こ の 文脈におい
て ユ ーゴは一九八四年の英国外務省の見解
、 す な わ ち
、「 人 道的干渉の合法性は疑
わ し い
」 とす る見解 を 引用し て い る
)25
(
。 ま た
、 ユーゴはNATOの武力行使の態様も問題視し
、 純粋な人道目的
で はなく
、 政 治目的 で あった と 主張し て い る
。
さ て
、 本件訴訟は管轄権段階
で 終 了し て お り
、 安保理決議
を 根 拠 と しない
「 人道的干渉
」 の合法性につい
て 国 際 司法裁判所が判断
を 示したケース
で はない
。しかしながら
、被告 となった国家の中
で ベルギーが口頭弁論におい
て
、 以下のような主張
を 展開し て い た こ と に は注目 す べきで あ ろう
。
干渉につい
て は
、 ベルギーはすで
に採択さ
れて いる安保理決議が武力による干渉の根拠
を 提供し て い る旨主張し た
。 ベルギーによ
れ ば
、 そ れ らの決議は明確
で あり
、 憲 章七章に基づい
て いるもの
で あ る
。 憲章七章のもと
、 安保 理は国際の平和
と 安 全に対 す る脅威の存在
を 決 定 で き る が
、 ベルギーの主張はさらに進ん
で 武力による人道的干渉
一〇
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)一一
の考え 方 を 発展させる必要がある
と す る
。 ベルギーによ
れ ば
、NATO諸国
、と くにベルギーは
、安 保理決議によっ て 示 さ れ て い る よ う に
、 進 行 中 の 人 道 的 惨 劇 に 対 し て 干 渉 し
、 こ れ を 抑 止 す る 義 務 が あ る と 考 え て い る
。 そ れ は
、 強行規範
で ある本質的な価値
を 守るため
で あ り
、そ れ らは生命に対
す る権利
、身体の不可侵
、拷 問の禁止等
で あ る
。 ベルギーは
これらが強行規範の地位
を 得 て い る こ とは逸脱が認められない
こ と か らも明らか
で あり
、 NATOは強 行規範によっ
て 体 現さ れ た基本的価値
を 保護 す るため
、 ま た安保理が存在
を 確認した人道的惨劇
を 防止 す るために 干渉した旨主張
す る
。 またベルギーの見解によ
れば
、 NATOはユーゴの政治的独立
、 領土保全につい
て 一切の疑 問 を 提示し て い ないの で あるから
、そ れ らに対 す る干渉 で はない
。NATOの干渉の目的は危機に直面し
て いる人 々 を 救 う こ とで あり
、 ベルギーは憲章二条四項
と 整 合的な武力による人道的干渉
で ある と 考 えて いる
。 な ぜならば憲 章二条四項は国家の領土保全
、 政治的独立に対
す るもののみ
を 対 象 と し て いるからで
ある
)
26
(。
ここで ベルギーは先例
と し て イ ンドによる東パキスタンへの干渉
、 タ ンザニアによる
ウ ガ ンダへの干渉
、 ヴ ェト ナ ムによるカンボジアへの干渉
、 ECOWAS
による リ ベ リ ア
、 シ エ ラ レオ ネへの干渉
を 指 摘 す る
。 ベルギーはア ナ ン 事 務 総 長 の 発 言 を 引 用 し
、「 い か な る 国 家 も 主 権 の 陰 に 隠 れ て 人 権 侵 害 を 行 う こ と は で き な い
」 旨 強 調 し て い る
。 すな わち ベルギーの見解によ
れば
、 NATOの行動は文民
を 保護 す るのみならず
、 地域全体の安全
を 確保 す る もの で あ る と いう こと になる
。 ベルギーの議論はさらに緊急避難におよん
で い る
。 すな わち
、 安 保理決議におい
て 確認さ れ た人道的惨劇が継続し
て い る状況におい
て は
、 武力行使禁止規則に対
す る違反が行
われ た と し て も
、 そ れ は強行規範
と し て の 権利 を 守 る と いう
、 よ り高次の価値のため
で あ る と す る 見解 で あ る
。 その場合
、 均 衡性の原則 を 満 た す 必要があるが
、 こ れを 満た す 限りにおい
て 違法性が阻却さ
れ る と い う議論 で ある
)
27
(。
こ の ような明確な主張
を 展開したベルギーと
比較 す る と
、 ベルギー以外のNATO諸国は人道的干渉の合法性に
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完) つい て は 詳細な議論
を し て いない
。 米国は近隣諸国への脅威があった
ことや
、 安保理が平和
と 安 全に対 す る脅威 を 認定した
こと 等に言及し
、 英 国は安保理による黙示の容認に依拠
す る 議論 を 展開し て い る
。
国際司法裁判所は仮保全措置段階におい
て も
、 管轄権段階におい
て も
、 管轄権 を 有 しない旨判断した
。 国際司法 裁判所は武力行使が国際法上の重大な問題
を 引 き 起 こ し て いる旨言及し
、 当 事国が憲章に従っ
て 行 動 す る必要性は 強調したが
、 国際司法裁判所の本件紛争に関
す る管轄権につい
て は 否定した
わけで あ る
)
28
(。
一九九九年六月二日の仮保全措置命令により
、 管轄権の欠如
を 理 由 と し て 要求が退けられ
た 際
、 米国 と スペイン に関 す る訴訟は管轄権の明白な欠如により総件名簿から削除さ
れ た
。 他 の八件につい
て は その後の手続
きが進めら れ た
。二〇〇〇年十一月一日に国連はユーゴの新規加盟
を 承認し
、二〇〇三年二月四日にユーゴは国名
を セ ルビア
・ モンテネグロに変更し
て いる
。 ユ ーゴは管轄権の基礎
を 国際司法裁判所規程三十六条二項
と ジ ェノサイド条約九条 等におい
て い た
。 国際司法裁判所は二〇〇四年の管轄権判決におい
て
、ユーゴが一九九九年四月に提訴した際
、ユー ゴ
、 すな わち 現在の セ ルビア・モンテネグロは国連加盟国
で は なく
、 国際司法裁判所規程の当事国
で は なかったた め
、 国際司法裁判所は本件訴訟につい
て 管轄権 を 有 しない旨判断した
。
第三節
﹁新 た な 脅 威 へ の 対 応
﹂ と 国 連
冷戦後
、 非国家主体が既存の国家に対し新たな脅威
を もたらし
て い る こ とは
、 二〇〇一年九月十一日の同時多発 テロによっ
て 明確に示さ
れ た課題 で あ る
。 脆弱国家内部におい
て 大規模人権侵害が頻繁に生じ
て いる こと
、 ま た国 内におい
て 非国家主体がテロ組織
と し て 武装化し
て い く こ と 等
、 今 日
、 多くの課題が明らかにさ
れてきて
いる
。 そ
一二
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)一三
のような場合に
、 個別国家がい
わ ゆる人道的干渉
を 行う ことは合法
で あろうか
。 と くに大規模人権侵害の加害者が 非国家主体
で ある場合に
、 ど のように考えるべきで
あろうか
。 二〇〇一年の同時多発テロ以降
、 西側諸国におい
て は 人 道 的 危 機 と テ ロ の 関 連 性 を 重 視 し
、 よ り 積 極 的 に 破 綻 国 家 の 問 題 に 対 処 す る よ う に な っ て き て お り
、「 新 た な 脅威への対応
」 は 人道的干渉論
とも 深 い 関連性 を 有し て い る
。
国 連 創 立 七
〇 年 を 迎 え
、 今 日
、 憲 章 起 草 者 た ち が 想 定 し え な か っ た よ う な
、「 新 た な 脅 威 へ の 対 応
」 が 要 請 さ れ て い る こ とは疑いないが
、 確立した武力行使禁止原則に関
す る解釈の範囲におい
て
、 様 々 な対応が試みられて
い る 現状 で あ る
。 しかしながら
、 非国家主体が国家の正規
軍 に匹敵 す る ような武力攻撃
を 行 う こ とが可能な現状におい て は
、 伝 統的な自衛権の解釈だけで
は 対応 できない
と 言 わ な ければならない
。 た と えば
、 非国家主体の攻撃は
、 こ れを 国家に帰属させる
ことが で き る 場合におい
て の み自衛権の行使が許容さ
れ る の で あろうか
。
二〇〇一年の同時多発テロ直後に採択さ
れ た
、 安 保理決議一三六八は武力行使
を 容 認した決議
で は ない
。 しかし ながら
、 決議におい
て 自 衛の固有の権利に言及し
て い る こ と に は注目 す べきで あ る
。 アフガニスタンがアル・カー イダに対し
て 実 効的支配
を 及 ぼし て い た と は言えない点におい
て
、 二〇〇一年十月以降の米国によるアフガニスタ ン空爆 を 伝統的な自衛権の解釈によっ
て 合法化 す る ことは困難
で ある
。 ま た
、 タリ バン政権が同時多発テロについ て
、 テヘ ラン人質事件におけるイ
ラ ンのような意味
で 国家責任
を 有 し て いた と 論 じる こともまた困難
で ある
。 そ れ で も なお結果的に
、 米国等のアフガニスタン空爆は多数の国家によっ
て 黙 認さ れ た と い う点には留意
すべきで
あろ う
。 これは当該国家がテロ
リ ストの根拠地
となっ て いた と い う文脈におい
て
、 空爆 を 容 認 す る議論 で あった と み る ことが で き る
。 しかしながら
、 その後
、 慣習国際法がそのような方向へ発展したか否か
と い う点につい
て は 不定的 に と らえるべきで
あろう
。 コンゴ領域における武力活動事件におい
て
、 国際司法裁判所はニカ
ラ グア基準に基づく
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完) 制限的な解釈に
と ど ま っ て いる
。 またカッ
セーゼは慣習国際法
を 変 更 す るだけの国家慣行
、 法 的信念に欠けて
い る 旨
、 言及し て い る
)
29
(。
領域国家が非国家主体による
軍 事 活動 を 阻 止 す る能力に欠けて
いる場合はど
のように考えるべきで
あろうか
。 今 日
、 ISILに関し
、 諸国家が直面し
て いるのは
こ の問題 で あ る
。 シ リ ア
、 イ ラ クと いった主権国家が脆弱化
す る 中
、そのような環境におい
て 勢 力 を 拡大したのがISIL
で あ る
。 すな わち
、ISILが活動
を 拡大 でき る環境が
、 シ リ ア や イ ラ ク に 整っ て しまった
ことが原因
で ある と さ れ る
)
30
(
。 こ の現象が二〇〇三年三月のイ
ラク戦争に
ひ と つ の 起源 を 有 す る ことは示唆的
で あ る
。 破綻国家等からの非国家主体の攻撃に対し
て
、 被害国が武力行使により反撃
す る こ とが できない
と い う解釈は現実的には適切
で はない で あろう
。 ロシアはグルジアからのチェチェン組織による 攻撃に関し
て
、 グルジアが
こ れ に適切に対処し
て いない点に言及し
、 憲 章五十一条に基づく行動の権利
を 主張し て いる
)
31
(。
二〇一四年に米国が主導
す る有志連合の国
々がISILの部隊に対し空爆
を 行 った際
、 イ ラク 領域内への空爆に つい て は イ ラ ク 政 府からの同意
をと りつけて
いたが
、 シ リ ア領域内への空爆につい
て は 事前にシ
リ ア 政府からの同 意 を 得ずし て 行った ことが問題
と なった
。 すな わち イ ラ ク に 関 す る集団的自衛権の行使が
、 シ リ ア領域内における 非国家主体への武力行使
を 許 容 す るのか と い う問題 で ある
。 その際に
、 シ リ アはISILによるイ
ラク 領内への攻 撃 を 防止 す る ことが で きず
、 あるいはそのような行動
をとろうと
し なかった
と い う背景があった
)
32
(
。 い ず れ に せ よ イ ラクと い う主権国家の同意
を 根拠 と し て 合法化の理論
を 構 築 す るの で あ れば
、本 件は本章におい
て 検討し て い る「 安 保 理 決 議 を 根 拠 と し な い
「 人 道 的 干 渉
」」 の 事 例 で は な い が
、 内 戦 の 状 況 に お い て
、 領 域 国 家 の 同 意 を 根 拠 と し て 武力行使
を 行 う こ と に 関し て も
、 慎 重に検討
すべき 問題点が存在し
て い る
。 すな わち
、 民族解放戦線等のケースに
一四
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)一五
おい て は
、 内 政不干渉原則および自決権原則により武力による干渉が禁止さ
れ る 事項 と し てとらえられてき
た問題 で あった
。 す な わ ち 政府による要請があった
と し て も
、 内 戦への武力干渉は自決権行使
を 妨 げる とす る議論が可能 で あ る
。 も ち ろんISILの事例につい
て は
、 こ れを 自決権行使
と し てとらえる
こ とは適切
で は ない
。
国 家 実 行 と し て は
、 反 乱 軍 の 攻 勢 を 受 け た 政 府 が 他 国 に 軍 事 的 な 支 援 を 求 め
、 武 力 行 使 が 行 わ れ た 事 例 は 多 い
。 二〇一三年のマ
リ 内 戦に対 す る
、 マ リ 政府の要請に基づくフ
ランス 軍 の 軍 事介入等
で あ る
。 内政不干渉原則
や 自 決 権原則に反
す る ような武力行使は国連憲章に違反
す る が
、 他方
、 一 般的に
、 当該領域国家の要請に基づく武力行使 が禁止さ
れて いる とは言えない
。 マ リ の 事例におい
て は
、 国 家の要請に基づく武力行使につい
て
、 安保理決議が存 在 し て い な く と も
、 国 際 法 に 違 反 す る も の で は な い と い う 法 的 信 念 が 諸 国 家 に 共 有 さ れ て い た と み る こ と が で き る
。 マ リ におい て は 二〇一二年後半
、 北部地域におい
て テ ロ組織による活動が
深 刻 と なり
、 二
〇一二年の安保理決 議二〇八五におい
て は
、 ア フ リ カ連合
( AU
) 主 導の国際監視団の派遣
を 決定し
、 加盟国
、 地 域的機関
、 国際機関 に対し
、 テ ロ組織による脅威
を 減 じるため必要な支援
を 行う旨決議したが
)33
(
、 こ れが二〇一三年のフ
ランスによる武 力行使 を 容 認したもの
で あるかについ
て は 不明確 で あ る
。 フ ラ ンスは安保理決議二〇八五だけで
はなく
、 マ リ 政府 の要請 や 自衛権 を 根 拠 と したが
、 安保理は
こ の フ ラ ンスの立場
を 事 後的に容認し
て い る
)
34
(
。 す な わ ち 黙 示的な武力行 使の容認
と い う考え 方 を 認 め て いるようにも見える
。
ISILの事例におい
て は
、 と くに非国家主体が国際的な広がり
を 有 し て いるケース
で あり
、 イ ラク のみならず シ リ アの領域の一部
を 支 配し
、 諸国家から外国籍の戦闘員が流入し
て い る こ と 等 も
、 い わ ゆる一般的な内戦の事例 とは異なる特殊事情
で あ る
。 さらにISIL掃討作戦に参加した諸国家は
、 非国家主体が自国の安全に対
す る脅威 となっ て いる点も強調した
。 す な わ ち
、 ISILの事例は純粋な意味
で の内戦の事例
で は ない とす る主張 で ある
。
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完)
国家の安全保障から人間の安全保障へのパ
ラ ダイム・シフトが要請さ
れ る新たな脅威の事例の
ひ と つ と し て
、 内 戦下
、 自国政府による自国民に対
す る大規模人権侵害が起
き る と いう事例がある
。 リ ビアにおい
て は NATOの主 導により
、安 保理決議による容認
を 踏 み越 えた体制変更
を 伴 う武力行使が行
われ
、結 果的には今日
こ の 地域もまた
、 ISILの活動が活発に展開さ
れ る 地域 となっ て しまった
。 二
〇一一年の安保理決議一九七三が容認し
て いたのは 文民の保護
と 飛行禁止空域の強制
で あ っ て
、 体制変更は含ん
で いなかった
。 安 保理決議一九七三によっ
て 容認さ れ た範囲 を 超 え て NATOが主導
す る武力行使が行
われ た わ けで ある
。 本 件 を 契機 と し て
「 保護 す る責任
」 論 に対 す る諸国家の批判が強くなった
ことは示唆的
で あ る
。
第四節 イラク戦争をめぐって
イ ラ ク 危 機 に つ い て は
、 本 稿 第 二 章 に お い て 一 九 九 八 年 の
「 砂 漠 の 狐 作 戦
」 に 関 す る 法 的 分 析 を 行 っ た
。 二〇〇三年三月以降のイ
ラク戦争におい
て
、 米英側がその合法化の根拠
と し て 用 いたのは
、 そ こ で 検討した
「 重 大 な違反
」 の理論 で あった
。 そ の意味 で は
、 米英側におい
て 対 イ ラ ク 武力行使に関
す る合法化の理論は一九九八年当 時から変化はなかった
と い う こ と に なる
。 イ ラク戦争はサダム・フ
セ イ ン政権の崩壊
と い う体制変更
を 伴 った わけ で あ るが
、 こ れが均衡の原則に基づい
て いたか と い う点につい
て は 疑問が残る
と ころ で あ る
。
米国は安保理におい
て 新 たな決議
を 得 る こ とを 必ずしも志向し
て いなかったが
、 英国は安保理決議
を 重 視し て い た
。 こ の点におい
て 安 保理決議一四四一の意味
す る と ころが米国
と 英国 で は 異なっ て いた と 言 う こ とが でき る
)35
(
。 米 国 の 場 合 に は ブ ッ シ ュ 大 統 領 の 声 明 か ら も 明 ら か な よ う に
、「 自 国 の 安 全 を 確 保 す る た め に 武 力 行 使 を 行 う 主 権 的
一六
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)一七
権限
」 を 有 す る と の見解が強かった
)36
(。
他方
、 本 章の課題
で ある人道的干渉
と の関連におい
て
、 イ ラ ク 問 題は長く
、 当該課題
と の 関連性 を 有し てき た問 題 で ある と 言 う こ とが でき る
。 すな わち
「 自国政府からの攻撃に対し
、 一般市民
を 保 護 す る目的のために
、 国 家が 単独 で 武力行使
を 行 う こ とが合法
で あるのか
」 と いう課題
で あ る
。 一九九一年四月
、 安 保理におい
て は イ ラ ク 軍 の 攻撃から逃
れ るため
、 二十二万人の難民が国境に押し寄せ
て い る こ とがトルコによっ
て 報告さ れ た
。 国 内管轄事項 に対 す る不干渉原則から
、 安 保理における審議は難航した
。 決議案 を 起草したフ
ランスは内政不干渉原則に依拠し つつ
、 人 道的被害の
深 刻さ を 強調した
。 安 保理におい
て は
、 大量の難民の発生につい
て
、 これを 国 際の平和
と 安 全 に対 す る脅威 と 認 識 す る国家も多かった
。 安 保理決議六八八は賛成十
、反対三
( キ ューバ
、イエメン
、ジ ンバブエ
)、 棄権二
( 中 国
、インド
)によっ
て 採択さ れ た
。安保理決議六八八には中国の抵抗もあり
、「
憲 章七章のもと
に行動 す る
」 旨の言及がない
。 こ の 安保理決議六八八に基づい
て 英
、 米
、 仏がク ル ド族に対
す る 安全地帯
を 設 定 す る干渉 を 行 っ た わ けで ある
。 イ ラク 側は これを 主権侵害
で ある と 抗 議した
。 安 保理決議六八八自体は
こ の安全地帯設定につい
て 言及し て い る わ けで はない
。 イ ラ ク 政府の同意なしに
、 他国の 軍 隊 がイ ラク 領内に入る
こ とを 容認した決議
で は な い か ら で あ る
。 英 国 は 一 九 九 二 年 に 外 務 省 が 議 会 に 提 出 し た メ モ ラ ン ダ ム に お い て
、「 極 端 な 人 道 的 必 要 が あ る 場 合に
、 当該領域国家の要請によらない国際的な干渉が正当化さ
れ る
」 旨
、 述 べ て いる
)
37
(
。 安 保理決議六八八自体は北 部イ ラク における干渉
を マ ンデートと
し て は いないが
、 国家慣行におい
て 認 められて
いる とす る見解 で ある
)38
(
。 ブ レ ア首相はシカゴ演説におい
て
、 干渉の条件につい
て 明確化したが
、 英国は
、 イ ラ ク への干渉につい
て 人 道的観点か らの合法化
を 試みた唯一の国家
で あった
。 す な わ ち 新たに発展した慣習国際法
と し て の
「 干 渉の権利
」 と いう構成 で あ る
)
39
(。
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完)
後にコソヴォ問題におい
て も 英国は こ の議論 を 発展させ
て いる
。 す な わ ち 安 保理決議におい
て 目 的が容認さ
れて いるが
、 武力行使につい
て は 明確な容認がない場合におい
て も
、 人 道的惨劇
を 防 ぐために他の手段がない場合には 干 渉 す る こ と が で き る と す る 考 え 方 で あ る
。 英 国 外 務 省 の 法 律 顧 問 で あ っ た ウ ッ ド は
、「 ホ ロ コ ー ス ト の よ う な 状 況が起 き
、 安 保理がブロッ
ク さ れ 容 認 を 得られない場合に
、 国 家がそのような状況に対し
て 行 動 で きない と す る こ とが法 で はあり え ない
」 旨 述 べ て い る
)
40
(
。 しかしながら
、 ここ におい て 英 国が論じ
て いるのは一般的な人道的干渉の 権利 と い う議論 で はない
。 む し ろ
、 例外的な状況におい
て 人 道的必要性が極度に強い場合への対処
と い う文脈 で あ る
。 人道的必要性
を 法 的に構成
す る ひと つの可能性は
、 遭難または緊急避難
で あ ろう
。 しかしながらこれ
に 関連し て 国家責任条文は武力行使に関
す る法解釈
を 拡 大 す る こ とを 意図し て はいない
。
コソヴォ問題に際し
て 一部の論者によっ
て 主張さ れ た
「 違 法だが正当
」 の議論は
、 国際法の基盤
を 揺 るがし て し まう危険性がある
。 これ に対し て
、 英国が論じ
て いるのは
、 人道的惨劇に関
す る安保理決議が存在しつつ
、 武力行 使の明確な容認に関
す る決議がブロッ
ク さ れて いる場合に
、 多数の国家の支持があ
れば
、 加盟国が行動
す る こ とが で き る と す る も の で あ る
)41
(
。 北 部 イ ラ ク に お け る 安 保 理 決 議 六 八 八 に 関 連 す る 行 動
、 シ エ ラ レ オ ネ に お け る 安 保 理 決 議 一 一 六 二 に 関 連 す る 行 動
、 そ し て コ ソ ヴ ォ に お け る 行 動 を こ の 文 脈 に 位 置 付 け て い る の で あ る
。 こ の 議 論 が 二〇〇三年のイ
ラク戦争におい
て 用 いられ た 議論 と 類似し て い る こ と に は注意 す べきで あ ろう
。 人 道的惨劇に関
す る例外的な状況におい
て
、 人間の価値
と 不干渉原則に関
す る利益衡量が必要
と なり
、 そ れは憲章二条四項に内在
す るもの で ある とす る議論 で ある
。 二
〇〇〇年に発出さ
れ た英国外務省による人道的干渉に関
す るガイドラ
インも こ の考え 方 を 基 本 と し て いる
)42
(。
一九九一年の北部イ
ラ ク に おける干渉につい
て は
、 安 保理決議による明確な容認はなかったが
、 多数の国家から
一八
国際関係論叢第四巻第二号(二〇一五年)一九
の強い非難がなかった
ことも事実
で ある
。 また後にユーゴにおい
て UNPROFORが安全地帯
を 設置 す る こと に つい て は
、 安 保理決議八三六が
こ れを 容認し て い る
。 しかしながら
、 本章の検討課題
で あ る
「 安保理決議
を 根 拠 と し な い
「 人 道 的 干 渉
」」 に つ い て は ど う で あ ろ う か
。 リ ベ リ ア に お い て は 一 九 九
〇 年 八 月
、 ナ イ ジ ェ リ ア 主 導 の E COWASによる干渉が行
われ たが
、 安 保理は事後的に
こ れを 容認し て い る
。 シエ ラレオ ネについ
て も 一九九八年 に体制変更
を 伴った こと につい て は 安保理決議によるマンデートの範囲にはなく
、 事後的に安保理に容認さ
れて い る
。 そし て
、 コソヴォ問題に関
す る干渉が行
われ た わ けで ある
。
北部イ ラク における干渉につい
て は 英国が合法化の議論
を 展開し
、 こ れが諸国家によっ
て お お む ね容認さ
れてき た こ とは特筆
すべきで
あろう
。 こ の 点におい
て は
、 慣習国際法の形成へ向けて
国家慣行が積み重ねられ
る 可能性が あった わけ で あ るが
、 コ ソヴォ問題における諸国家の対立は
こ れ に 対 す る障害 と なった
。 一九九九年の国連総会審 議におい
て は 人道的干渉
を 支持 す る諸国もなお多く存在し
て い たが前述の通り
、 二〇〇五年に世界サミット
成 果文 書に採用さ
れ た
「 保 護 す る責任
」 におい て は 単独国家による干渉はその射程には含ま
れなかった
。
さ て
、 二〇〇三年のイ
ラク戦争開戦前
、 二〇〇二年の段階におい
て
、 対イ ラク 武力行使
を 人 道的干渉の観点から 合法化 す る 試みが行
われて い た こ とは特筆
すべきで
ある
。 イ ラク戦争の際に用いられ
た のは
「 イ ラク 解放作戦
」 と いう表現
で あった
。 そ こ に はサダム・フ
セ イン政権下におい
て 迫 害・抑圧さ
れて いる一般市民
を 保 護 す る と いう考 え 方 があった
。 政 府が特定の住民の抹殺
を 考 えて いるような場合に
、 その政府は最早
、 当該住民
を 代 表 す るもの で はない と す る 考え 方から
、 諸国家が当該住民のために干渉
をす る こ とが可能
で あ る と す る 議論 で あ る
。 しかし
、 イ ラク におい て は
、 その議論が諸国家による支持
を 得 る こ とが困難
で あ る こ とが明らかになっ
て いく中 で
、 一九九八 年当時 と 同じ合法化の議論
、 す な わ ち
「 重大な違反の理論
」 に 回帰した
と 考 える ことが で き る
。 米 国
、 英国は
「 重
国際社会における武力行使禁止原則の変容(三・完) 大な違反の理論
」 に 関し少なく
と も四十カ国から支持
を と り つけた と 主張し
、 憲 章の枠内
で 武力行使
を 行 う旨理論 化したの
で あ る
。 すな わち 武力行使は単独行動
で は なく
、 多 数の国家によっ
て 支持さ れて いるもの
で あ る と す る 議 論 で あ る
。 安 保 理 決 議 一 四 四 一 の 採 択 時 に
、 理 事 国 の 解 釈
、 見 解 が 分 か れ て い た こ と は 確 か で あ る
。 安 保 理 決 議 六八七に関
す る
「 重 大な違反
」 が 安保理決議六七八のもと
の武力行使の容認
を 再生させる
と い う議論は多くの加盟 国に と っ て 説得力 を 有 す る もの で は なかった
。 ク ウ ェ イトは解放さ
れて いたため
、 地 域における国際の平和
と 安 全 の維持 を 必 要 と す る と い う議論は説得力
を 欠 い て いた
。 しかしながら
、 なお
、 人 道的干渉
や 先 制的自衛
と いった議 論よりも好ましい
と 判断さ れ た わけ で あ る
)
43
(。
二〇〇三年二月の時点におい
て
、 英国は安保理決議一四四一に続く武力行使容認決議の採択
を 模 索し
、 そのよう な試み を 拒否権行使によっ
て 妨 げる ことは不当
で ある と 批判し て い る
。 これ に対し て 米国はさらなる決議は必要
と し な い と す る 立 場 で あ っ た
。 米 英 間 の 協 議 の 後
、 英 国 は さ ら な る 安 保 理 決 議 を 必 要 と し な い と す る 立 場 に 変 更 す
る )44
(
。 三月にはフ
ランスが武力行使容認決議に拒否権
を 行 使 す る旨明らかに
す る
。
イ ラ ク戦争の合法化につい
て
、 米国
、 英 国は様 々 な理論的可能性
を 検討した結果
、 諸国家に対し
て 著しく説得力 を 欠く議論
を 避 けた と い う見方が正しい
で あろう
。 イ ラ ク戦争の合法化におい
て 人 道的干渉の議論
を 援 用 す る こ と は大多数の諸国におい
て
「 濫用
」 と みなさ れ た わ けで ある
)
45
(
。 しかしながら
、 イ ラ ク戦争におい
て 人 道的干渉
と の 関 連 性 に 言 及 さ れ た こ と は
、 人 道 的 干 渉 に 関 す る 諸 国 家 の 合 意 の 可 能 性 を 低 く す る 効 果 が あ っ た と 指 摘 さ れ て い る
。 すな わち
、 二
〇〇一年に
「 保 護 す る責任
」 に 関 す る報告書が作成さ
れて いたが
、 イ ラ ク戦争における人道問題への 言及は こ のような概念に関
す る 合意の可能性
を 低 くし て しまった
わけで あ る
。
二〇