準安定オーステナイト系ステンレス鋼の低サイクル 腐食疲労におけるき裂の発生機構
著者 白崎 亮也, 宮本 博之, 藤原 弘
雑誌名 同志社大学ハリス理化学研究報告
巻 57
号 1
ページ 1‑6
発行年 2016‑04‑30
権利 同志社大学ハリス理化学研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014464
Formation Mechanism of Cracks in Low-cycle Corrosion Fatigue of Metastable Austenitic Stainless Steel
Ryoya SHIRASAKI*, Hiroyuki MIYAMOTO**,Hiroshi FUJIWARA**
(Received December 8, 2015)
Influence of plastic strain amplitude on crack formation and fatigue life of SUS304 steel in aqueous NaCl solution has been investigated focusing on the role of deformation induced martensite (DIM) on the crack initiation. Fatigue life was overall lower than that in air, and the difference became considerably larger at lower plastic strain amplitude, Δεp than 0.2-0.3. In other words, fatigue life was less dependent on Δεp at lower Δεp regime.The two regimes with a different dependence of fatigue life on Δεp was recognized, and can be attributed to the presence of DIM. In higher Δεp, where the number and size pits are relatively high, the primary crack initiated from a pit. On the other hand, in lower Δεp, the primary crack tends to initiate at intergranular corrosion groove. Indeed, the volume fraction of DIM was negligibly small at the lower Δεp regime, and it increased with an increase of Δεp
forming pit initiation sites. It is concluded that DIM have an important role on the mode of corrosion and crack initiation under the cyclic deformation in corrosive media.
.H\ZRUGV: SUS304, deformation-induced martensite, low-cycle fatigue, corrosion fatigue, pitting キーワード SUS304,加工誘起マルテンサイト,低サイクル疲労,腐食疲労,孔食
準安定オーステナイト系ステンレス鋼の低サイクル腐食疲労におけるき裂の 発生機構
白崎 亮也,宮本 博之,藤原 弘・
.はじめに
オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304鋼 は,優れた延性や靱性を持つだけでなく耐食性に も優れているため,家庭用品から過酷環境である 原子力プラントまで多岐に渡って使用されている.
SUS304鋼の耐食性は不動態被膜によって維持され
るが,塩素イオンが存在する環境では不動態が局 部的に損なわれ孔食や応力腐食割れ(SCC)感受
性が高くなる.また腐食環境下で繰り返し変形を 受けると疲労寿命が低下する腐食疲労が問題とな
り,SUS304鋼についても多くの研究例がある.中
でも寿命を低下する原因として,き裂の起点とな る孔食の発生が報告されている1).
またSUS304鋼は準安定オーステナイト鋼であり
加工等,外部からの力によってオーステナイト相 から加工誘起マルテンサイト相に変態が起こる.
㻖㻌 㻌*Department of Mechanical Engineering, Graduate School of Science and Engineering, Doshisha University, 1-3 Tataramiyakodani, Kyotanabe, Kyoto 610-0321
Telephone:0774-65-6458, E-mail:[email protected]
** 㻌Department of Mechanical and System Engineering, Faculty of Science and Engineering, Doshisha University, 1-3 Tataramiyakodani, Kyotanabe, Kyoto 610-0321
白 崎 亮 也 ・ 宮 本 博 之 ・ 藤 原 弘
加工誘起マルテンサイト変態は,常温における繰 り返し変形下では塑性変形を伴う低サイクル疲労 によって起こることが知られている2).この加工誘 起マルテンサイト相は,体積率が高いほど孔食電 位を低下させ,腐食が起こりやすくなる3,4).加工 誘起マルテンサイト体積率が高いほど応力作用下 と腐食環境下で破壊が起きやすくなる.この加工 誘起マルテンサイト相が耐食性に劣ることと,常 温における繰り返し変形下では塑性変形を伴う低 サイクル疲労により加工誘起マルテンサイト変態 が起きることを考慮すると,加工誘起マルテンサ イトは,腐食環境下での疲労寿命に影響を及ぼす 可能性がある.しかし,SUS304鋼について腐食疲 労特性についての報告はいくつかあるが,加工誘 起マルテンサイト変態の腐食疲労寿命への影響は 明らかにされていない5).疲労試験は主に回転曲げ 試験機で行われており6,7)ひずみ振幅の制御が必要 な低サイクル試験を腐食液中で行うことが困難な ためである.従って本研究では,腐食環境下で様々 な塑性ひずみ幅について試験を行える引っ張りと 圧縮の一軸疲労試験機にて腐食疲労試験を行い,
腐食環境下での低サイクル疲労における加工誘起 マルテンサイト変態の寿命挙動への影響を検討し た.
.実験方法
. 供試材および試験片形状
供試材は市販のオーステナイト系ステンレス鋼 SUS304を用いた.化学成分をTable 1に示す.また 試験片の形状はFig. 1に示すような最小断面部直径 がφ3mmの砂時計型である.
Table 1. Chemical composition of specimen (mass %).
C Si Mn P S Ni Cr Fe
SUS304 0.07 0.48 1.82 0.31 0.26 8.6 18.84 Bal.
Fig. 1. Dimensions of specimen in fatigue test.
試験片は,加工時に発生する加工誘起マルテンサ イト相を除去するために固溶化熱処理を1050℃で 30分行った.その後,試験片表面はエメリー紙にて
(1) Fatigue machine(2) Specimen (3)Counter electrode (4) Luggin Capillary (5) Reference electrode (6)Potentiostat
Fig. 2. Experimental system for corrosion fatigue test.
. 腐食疲労試験
試験機は,容量5kN最大変位±25mmの島津サー ボパルサー疲労試験機EHF-FB05-4LA を使用した.
試験条件は,室温大気中,f=0.5Hz の正弦波両振り で,一般的な回転曲げ疲労試験とは異なり一軸の引 っ張り圧縮,応力比は R=-1 となっている.これに よって変位制御により塑性ひずみ幅を 0.1%から 0.7%まで変化させる様な,塑性ひずみ幅制御を可能 とした.具体的な方法は後述する.
腐食環境は,Fig. 2に示すように疲労試験機の試 験部にアクリル製樹脂製の腐食漕を設置し,濃度 1kmol/m3のNaCl水溶液に満たすことで得られた.
また北斗電工製のポテンショスタット 151B を用 い,電位制御を行った. 設定電位は,飽和塩化カ ロメル電極を使用し孔食電位以上である0.31V vs.
SCEとし8),試験片の対極として白金電極,参照電 極には飽和塩化カロメル電極を用いた.試験機へ の漏電という問題があるが,この対策として試験 機に絶縁性のあるアクリル樹脂を挟むことで試験 片のみに電位を与えられる電気回路を作製した.
また試験片の固定には,Fig. 2の様にピンの挿入だ けでなくボルトを使用することによりきつく締結 した.
Fig. 3. Hysteresis loop at the displacements Δx/2 of 0.94 2
加工誘起マルテンサイト変態は,常温における繰 り返し変形下では塑性変形を伴う低サイクル疲労 によって起こることが知られている2).この加工誘 起マルテンサイト相は,体積率が高いほど孔食電 位を低下させ,腐食が起こりやすくなる3,4).加工 誘起マルテンサイト体積率が高いほど応力作用下 と腐食環境下で破壊が起きやすくなる.この加工 誘起マルテンサイト相が耐食性に劣ることと,常 温における繰り返し変形下では塑性変形を伴う低 サイクル疲労により加工誘起マルテンサイト変態 が起きることを考慮すると,加工誘起マルテンサ イトは,腐食環境下での疲労寿命に影響を及ぼす 可能性がある.しかし,SUS304鋼について腐食疲 労特性についての報告はいくつかあるが,加工誘 起マルテンサイト変態の腐食疲労寿命への影響は 明らかにされていない5).疲労試験は主に回転曲げ 試験機で行われており6,7)ひずみ振幅の制御が必要 な低サイクル試験を腐食液中で行うことが困難な ためである.従って本研究では,腐食環境下で様々 な塑性ひずみ幅について試験を行える引っ張りと 圧縮の一軸疲労試験機にて腐食疲労試験を行い,
腐食環境下での低サイクル疲労における加工誘起 マルテンサイト変態の寿命挙動への影響を検討し た.
.実験方法
. 供試材および試験片形状
供試材は市販のオーステナイト系ステンレス鋼 SUS304を用いた.化学成分をTable 1に示す.また 試験片の形状はFig. 1に示すような最小断面部直径 がφ3mmの砂時計型である.
Table 1. Chemical composition of specimen (mass %).
C Si Mn P S Ni Cr Fe
SUS304 0.07 0.48 1.82 0.31 0.26 8.6 18.84 Bal.
Fig. 1. Dimensions of specimen in fatigue test.
試験片は,加工時に発生する加工誘起マルテンサ イト相を除去するために固溶化熱処理を1050℃で 30分行った.その後,試験片表面はエメリー紙にて 引っ張り圧縮方向に研磨を行い鏡面にした.
(1) Fatigue machine(2) Specimen (3)Counter electrode (4) Luggin Capillary (5) Reference electrode (6)Potentiostat
Fig. 2. Experimental system for corrosion fatigue test.
. 腐食疲労試験
試験機は,容量5kN最大変位±25mmの島津サー ボパルサー疲労試験機EHF-FB05-4LA を使用した.
試験条件は,室温大気中,f=0.5Hz の正弦波両振り で,一般的な回転曲げ疲労試験とは異なり一軸の引 っ張り圧縮,応力比は R=-1 となっている.これに よって変位制御により塑性ひずみ幅を 0.1%から 0.7%まで変化させる様な,塑性ひずみ幅制御を可能 とした.具体的な方法は後述する.
腐食環境は,Fig. 2に示すように疲労試験機の試 験部にアクリル製樹脂製の腐食漕を設置し,濃度 1kmol/m3のNaCl水溶液に満たすことで得られた.
また北斗電工製のポテンショスタット 151B を用 い,電位制御を行った. 設定電位は,飽和塩化カ ロメル電極を使用し孔食電位以上である0.31V vs.
SCEとし8),試験片の対極として白金電極,参照電 極には飽和塩化カロメル電極を用いた.試験機へ の漏電という問題があるが,この対策として試験 機に絶縁性のあるアクリル樹脂を挟むことで試験 片のみに電位を与えられる電気回路を作製した.
また試験片の固定には,Fig. 2の様にピンの挿入だ けでなくボルトを使用することによりきつく締結 した.
Fig. 3. Hysteresis loop at the displacements Δx/2 of 0.94 and 0.82mm.
Fig. 4. Relationship between plastic strain range Δεp
obtained by hysteresis loop and displacement Δx/2.
. 塑性ひずみ幅測定方法
塑性ひずみ幅はcompanion specimens法2)によっ て求めた.試験片表面に張り付けたひずみゲージ から全ひずみを測定し,試験機の荷重計から荷重 を測定する.得られた値をプロットすることによ
り,Fig. 3 のような応力-ひずみのヒステリシスル
ープを描き,ループ最大幅より塑性ひずみ幅 Δεp
を求めた.なお初期の数サイクルは加工硬化によ りループが変動する為,30サイクル程度変形させ,
ループが安定した後に測定を行った.実験にて得 られたヒステリシスループをFig. 3に示す.ピンの 剛性のみでの疲労試験には信頼性が問われるが,
試験回数に関わらず Fig. 3 の様にヒステリシスル ープがとてもきれいに描けた.従って,ピンを使 用した引っ張りと圧縮の一軸疲労試験でも問題無 く行える.
しかし腐食環境下ではひずみゲージを用いて試 験を行えない.そこで大気中にて変位制御により 測定した塑性ひずみ幅を腐食環境下でも常に一定 とみなすことで塑性ひずみ幅制御を可能とした.
基準とした変位と塑性ひずみ幅のグラフを Fig. 4 に示す.
. 表面観察及びマルテンサイト量測定 腐食疲労試験後における試験片の表面観察には 日本電子製の走査型電子顕微鏡(SEM,JSM7001F) を用い,加工誘起マルテンサイト相の同定には同 顕微鏡の後方散乱電子回折(EBSD)法を用いた.
また試験片内の加工誘起マルテンサイト体積量の 測定には,Fischer製のフェライトスコープを使用 した.
.実験結果
. 腐食疲労試験結果
腐食疲労試験結果をFig. 5に示す.Fig. 5は塑性ひ ずみ幅ごとの破断に至ったサイクル数を示してい る.また図にManson-Coffin則による予測疲労寿命 を示した9).Fig. 5を見ると腐食環境下での疲労寿命
(以下腐食疲労寿命)は大気中と比べて低下して いた.また腐食疲労寿命は塑性ひずみ幅0.2%~ 0.3%付近で変化が見られた.この寿命の低下は大 気中での破断寿命では見られない.従って,疲労 寿命において腐食環境下では大気中と異なるき裂 発生や進展挙動が起きていると考えられる.
Fig. 5. Relationship between number of cycles to failure and plastic strain range.
. 塑性ひずみ幅と加工誘起マルテンサイト体 積率の関係
Fig. 5において塑性ひずみ幅の大きさの違いによ
って腐食疲労寿命に異なる挙動が見られたため,
塑性ひずみ幅によって加工誘起マルテンサイト体 積率がどの程度変化するのかを調査した.加工誘 起マルテンサイト体積率の測定にはFischer製のフ ェライトスコープを用い,計測点を定めて評価し た.オーステナイト相は非磁性であるが,加工誘 起マルテンサイト相は磁性を持つため,その磁性 を利用して体積率を測定した.また測定する試験 片は,サイクル数を変化させることによって塑性 ひずみ幅によらず累積のひずみ量を統一した.塑 性ひずみ幅0.7%では300サイクル,塑性ひずみ幅 0.1%では2100サイクルとなる.測定した加工誘起 マルテンサイト体積率をサイクル数で割ったグラ フをFig. 6に示す.Fig. 6を見ると,0.2%付近から増 加が始まり,0.7%では多くの加工誘起マルテンサ イト相が発生していた.
Fig. 6. Relationship between fraction of martensite per cycle and plastic strain range.
白 崎 亮 也 ・ 宮 本 博 之 ・ 藤 原 弘
. 孔食発生量測定
塑性ひずみ幅0.7%と0.1%について加工誘起マル テンサイト発生量に大きな差があった.そこで,
この加工誘起マルテンサイト発生量が孔食発生に どのくらい影響するのかを調査した.試験条件は,
1時間(1800サイクル)とし塑性ひずみ幅0.7%と 0.1%を与えて腐食疲労試験を行った.試験後の表 面観察写真をFig. 7に示す.Fig. 7を見ると塑性ひず み幅0.7%では,大きな孔食が多数観察された.し かし,塑性ひずみ幅0.1%では微小な孔食が数点観 察されたのみであった.この様に塑性ひずみ幅の 違いによって,孔食発生速度や成長に大きな影響 を及ぼすことが判明した.
Fig. 7. SEM image of pitting in test surface after corrosion fatigue tests of one hour at (a)plastic strain range of 0.7% and
(b) 0.1%.
. 腐食疲労試験後の表面観察
腐食疲労試験を行い,破断した試験片の電子顕 微鏡における表面観察写真をFig. 8に示す.塑性ひ ずみ幅0.7%で試験したFig. 8(aでは孔食の発生が 多数観察された.孔食の一部を拡大すると孔食内 部からのき裂の発生やそこからのき裂の進展が確 認された.塑性ひずみ幅0.1%で試験したFig. 8(b) の拡大写真では,孔食だけでなく粒界腐食が観察 された.またこの様な粒界腐食は局所的に発生し ているわけでなく,試験片の全域で観察された.
また塑性ひずみ幅0.7%と0.1%の破断状態を見比べ ると,塑性ひずみ幅0.7%は孔食が多数発生してい たのに対し,塑性ひずみ幅0.1%は破断面が大きく 腐食しており全く異なる様相をしていた.
Fig. 8. SEM images of test surface after failure in corrosion fatigue tests at (a) plastic strain range of 0.7% (b) 0.1%.
. 孔食付近における加工誘起マルテンサイト の同定
塑性ひずみ幅0.7%で腐食疲労試験を行った試験 片について,孔食がマルテンサイト相から発生し ているのかを検討するためにSEM/EBSDにて加工 誘起マルテンサイト相の同定を行った.試験片は 腐食疲労試験にて破断後,試験片表面をエメリー 紙にて湿式研磨をし,バフ研磨にて鏡面にした.
EBSD法による相マップをFig. 9に示す.Fig. 9の(b) を見ると,写真左にある孔食の付近で加工誘起マ ルテンサイト相が観察された.また孔食付近に加 工誘起マルテンサイト相が集まっているのが分か る.従って,塑性ひずみ幅0.7%等の高い塑性ひず み幅域では加工誘起マルテンサイト相から優先的 に孔食が発生することが判明した.
Fig. 9. EBSD analysis of near the pitting of test surface after corrosion fatigue test at plastic strain range of 0.7% (a)SEM images (b)orientation image map (c)phase map of martensite
(d) phase map of austenite.
.考察
. 腐食環境下の疲労寿命特性 4
. 孔食発生量測定
塑性ひずみ幅0.7%と0.1%について加工誘起マル テンサイト発生量に大きな差があった.そこで,
この加工誘起マルテンサイト発生量が孔食発生に どのくらい影響するのかを調査した.試験条件は,
1時間(1800サイクル)とし塑性ひずみ幅0.7%と 0.1%を与えて腐食疲労試験を行った.試験後の表 面観察写真をFig. 7に示す.Fig. 7を見ると塑性ひず み幅0.7%では,大きな孔食が多数観察された.し かし,塑性ひずみ幅0.1%では微小な孔食が数点観 察されたのみであった.この様に塑性ひずみ幅の 違いによって,孔食発生速度や成長に大きな影響 を及ぼすことが判明した.
Fig. 7. SEM image of pitting in test surface after corrosion fatigue tests of one hour at (a)plastic strain range of 0.7% and
(b) 0.1%.
. 腐食疲労試験後の表面観察
腐食疲労試験を行い,破断した試験片の電子顕 微鏡における表面観察写真をFig. 8に示す.塑性ひ ずみ幅0.7%で試験したFig. 8(aでは孔食の発生が 多数観察された.孔食の一部を拡大すると孔食内 部からのき裂の発生やそこからのき裂の進展が確 認された.塑性ひずみ幅0.1%で試験したFig. 8(b) の拡大写真では,孔食だけでなく粒界腐食が観察 された.またこの様な粒界腐食は局所的に発生し ているわけでなく,試験片の全域で観察された.
また塑性ひずみ幅0.7%と0.1%の破断状態を見比べ ると,塑性ひずみ幅0.7%は孔食が多数発生してい たのに対し,塑性ひずみ幅0.1%は破断面が大きく 腐食しており全く異なる様相をしていた.
Fig. 8. SEM images of test surface after failure in corrosion fatigue tests at (a) plastic strain range of 0.7% (b) 0.1%.
. 孔食付近における加工誘起マルテンサイト の同定
塑性ひずみ幅0.7%で腐食疲労試験を行った試験 片について,孔食がマルテンサイト相から発生し ているのかを検討するためにSEM/EBSDにて加工 誘起マルテンサイト相の同定を行った.試験片は 腐食疲労試験にて破断後,試験片表面をエメリー 紙にて湿式研磨をし,バフ研磨にて鏡面にした.
EBSD法による相マップをFig. 9に示す.Fig. 9の(b) を見ると,写真左にある孔食の付近で加工誘起マ ルテンサイト相が観察された.また孔食付近に加 工誘起マルテンサイト相が集まっているのが分か る.従って,塑性ひずみ幅0.7%等の高い塑性ひず み幅域では加工誘起マルテンサイト相から優先的 に孔食が発生することが判明した.
Fig. 9. EBSD analysis of near the pitting of test surface after corrosion fatigue test at plastic strain range of 0.7% (a)SEM images (b)orientation image map (c)phase map of martensite
(d) phase map of austenite.
.考察
. 腐食環境下の疲労寿命特性
Fig. 5の腐食環境下と大気中での疲労寿命が異な
る挙動を示していた.従って腐食環境下では大気 中と異なるき裂発生や進展挙動が起きていると考 えられる.大気中では繰返し応力を受けた金属の 表面には,せん断応力によりすべり帯が発生する.
すべり帯は塑性ひずみが不均一に集中したもので あり,入込みや突出しの表面微視凹凸を生じ,局 所的に不均一に変化させ部分的な応力集中を生じ させる.その結果,き裂が発生する.また大気中 において各種金属材料の低サイクル疲労寿命特性
はManson-Coffin則に従い,一本の曲線で表示でき
ることは一般に知られている10,11).しかし,腐食疲 労試験結果は大気中での疲労寿命と比べて低下し ており,塑性ひずみ幅0.2%~0.3%付近では寿命低 下率の変化が見られた.大気中の疲労き裂は加工 誘起マルテンサイト変態を生じても軟質オーステ ナイト相の粒内で生じ成長するため,大気中にお ける疲労挙動(き裂発生や成長挙動)にはほとん ど影響を及ぼさない12).しかし加工誘起マルテンサ イトは耐食性に劣りFig. 9の様に孔食の発生や成長 を促進させるため,腐食環境下では大気中と比べ て疲労寿命が低下したと考えられる.またFig. 5に おける腐食疲労寿命の変化は,Fig. 6の加工誘起マ ルテンサイトが発生し始める塑性ひずみ幅と一致 しており,加工誘起マルテンサイトが腐食疲労寿 命に影響を及ぼしていることが分かる.これらの ことから,加工誘起マルテンサイト変態は腐食環 境下と大気中の疲労寿命に大きな差を生み出すだ けでなく,腐食環境下でも加工誘起マルテンサイ ト変態の有無によって寿命挙動に影響を及ぼすこ とが判明した.腐食疲労における加工誘起マルテ ンサイトの影響については後述する.
. 孔食における加工誘起マルテンサイトの影 響
Fig. 7より塑性ひずみ幅0.7%では,大きな孔食が
多く発生していた.しかし,塑性ひずみ幅0.1%で は微小な孔食が数点観察されたのみであった.ま たFig. 9のEBSD解析により塑性ひずみ幅0.7%では,
加工誘起マルテンサイト相から孔食が発生してい ることが判明した.塑性ひずみ幅が0.7%程度の大 きい域では,加工誘起マルテンサイト相への変態 率が増加し,転位密度が高まることにより孔食の 数が増え,かつ腐食速度の増大により孔食径も大 きくなったと考えられる.換言すれば,変形率に 伴って生成される加工誘起マルテンサイト組織に より腐食に対する活性作用は増大したと考えられ る.一般的に,加工誘起マルテンサイト変態に伴 い,多数の格子欠陥が導入され,転位密度は増加 されるということが知られている.孔食ピットの 核が完全な結晶表面に生じる場合の自由エネルギ
ー変化は,表面自由エネルギー変化と化学ポテン シャル変化の和と考えられる.ピットが転位に生 じる場合には,核を作るために必要なエネルギー は転位の持つエネルギーだけ減少する.また金属 の表面をミクロ的に見ると,結晶面の違いや結晶 粒界と粒内の違い,格子欠陥の有無,表面加工に よって表面変質層の違い等によって著しくその表 面エネルギーを異にする.つまり表面エネルギー の大きい部分は不安定で活性であり,局部アノー ドとなりやすく,その逆の部分は局部カソードと なりやすい.マルテンサイト相は転位がセル構造 になっており転位密度が高く,また多数の格子欠 陥が導入されるため局部アノードとなり腐食され
る13,14).すなわち,マルテンサイト変態が発生する
塑性ひずみ幅0.7%等の大きい塑性ひずみ幅域では,
加工に伴って導入される格子欠陥や転位密度の増 加に伴う活性作用の増大により腐食速度は増大さ れる.
. 腐食疲労き裂の起点
Fig. 8(a)より塑性ひずみ幅0.7%程度の大きい塑 性ひずみ幅域では,孔食からき裂が入ることが確 認された.諸言でも述べたがマルテンサイト相の 増加により耐孔食性が下がるという報告3,4)やFig. 9 を考慮すると,マルテンサイト変態によって孔食 が発生し,そこに応力集中が起こり,き裂が発生 したと考えられる.一方,Fig. 8(b)より塑性ひずみ 幅0.1%等の小さな塑性ひずみ幅域では,孔食から き裂だけでなく粒界き裂も確認された.塑性ひず み幅0.1%の場合,加工誘起マルテンサイト変態は 起きない15).従って,加工誘起マルテンサイト相か らの孔食の発生はなく,破断に至るのに時間を有 する.その為,時間経過により不働態化している ステンレス鋼の一部が溶解し,そのすきま内の電 気的バランスの崩壊により孔食が生じる.それと 同時に塑性ひずみ幅0.1%付近では,微小変形によ る転位が粒界に堆積し,転位密度の高まりにより 活性が高くなった粒界からも腐食が生じたと考え られる.これらの要因が積み重なることにより,
Fig. 8(b)の様に試験片は大きく侵され,試験片内の
実応力が高まり,破断に至ったと考えられる.こ こで実際に粒界腐食が繰り返し変形によるもので あるかを調べる為に,塑性ひずみ0.1%の引張変形 を与え続けて腐食試験を行った.Fig. 5から塑性ひ ずみ幅0.1%の腐食疲労試験は6000サイクル程度で 破断に至るが,塑性ひずみ0.1%の定変位では2日間 試験をしても破断に至らなかった.この2日は疲労 試験に換算すると86400サイクルとなる.試験中断 後の表面観察写真をFig. 10に示す.Fig. 10を見ると 時間経過による度重なる孔食の発生によって粗大 な孔食は発生しているが,粒界腐食は確認されな
白 崎 亮 也 ・ 宮 本 博 之 ・ 藤 原 弘
かった.従って,腐食疲労試験における塑性ひず み幅0.1%で確認された粒界腐食は,繰り返し変形 による粒界での転位の堆積によって発生したと考 えられる.この事実から塑性ひずみ幅0.1%付近の 低塑性ひずみ幅域では,大きく腐食が発生しある 程度の寿命で破断に至ったと考えられる.塑性ひ ずみ幅0.7%等の高塑性ひずみ幅域では,塑性ひず み幅の大きさによって加工誘起マルテンサイト発 生量に大きな差が出るため,腐食速度が促進され 少しの塑性ひずみ幅の違いでもより早い破断に至 ったと考えられる.
Fig. 10. SEM images of test surface after corrosion test under a constant plastic strain of 0.1% for 48 hours.
.結言
本研究の主要な結果を要約すると次のとおりで ある.
(1) 腐食疲労寿命と塑性ひずみ幅との関係では,
高ひずみ側と低ひずみ側で寿命挙動の変化が見ら れた.すなわち,塑性ひずみ幅約0.25%以上では 寿命の低下が確認された.このことにより繰り返 し変形により生じた加工誘起マルテンサイト変態 が腐食疲労挙動に影響することが明らかとなった.
(2) 一定時間で比較すると,塑性ひずみ幅が高 い場合は粗大な孔食が多く見られ,低い場合は極 微小な孔食や初期の粒界腐食が数点観察された.
(3) き裂の起点は,高い塑性ひずみ幅域では孔 食から,低い塑性ひずみ幅域では孔食からだけで なく粒界からも生じることが確認された.
(4) 0.7%程度の高い塑性ひずみ幅域では加工誘 起マルテンサイト相から孔食が発生することが判 明した.
参 考 文 献
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