早稲田大学大学院日本語教育研究科
2014年7月
博士学位申請論文審査報告書
論文題目:接続表現とノダの統括機能に基づく文章・談話の展開的構造
―大学学部留学生のための講義の理解と新書の読解―
申請者氏名:宮澤 太聡
主査 小林 ミナ (大学院日本語教育研究科教授/日本語教育学)
副査 蒲谷 宏 (大学院日本語教育研究科教授/日本語教育学)
副査 鈴木 義昭 (大学院日本語教育研究科教授/日本語教育学)
<本論文の背景と目的>
本論文は,「文章・談話を「話題のまとまり」を把握しながら理解するためには,
「話題のまとまり」を形成させる「言語形態的指標」に基づいた分析が不可欠である
(pp.7-8)という問題意識に基づき,文末形式ノダが文章・談話のまとまりの成立に どのように寄与しているかを,共起する接続表現にも目を配りつつ,明らかにするこ とを目的としている。
具体的な分析対象としては,大学学部留学生が理解する必要のある学術的専門書で ある「新書」および「講義」を取りあげ,次の3つの研究課題に答えることによって,
上記の目的を達成することを目指すものである。
課題1 「接続表現+ノダ」という言語形態的指標による「話題のまとまり」にはど のようなものがあるか。
課題2 「接続表現〜ノダ」の文型が,新書の文章における「文段」の多重構造にど
のように関わるのか。
課題3 「接続表現+〜ノダ」の文型が,講義の談話における「話段」の多重構造に どのように関わるのか。
<本論文の構成と内容>
本論文の構成と内容は,次の通りである。
まず第1章では,上に書いた問題意識を踏まえて,本論文の目的と研究課題が明ら かにされる。そこでは,現在の日本語教育における読解指導において,「改行段落ご とに内容をまとめるといったことが行われるが,そのまとまりがどのように成立して いるかについては,意味内容が中心で,形態的な指標を取り上げて論じることは少な い」(p.5)という現状が述べられ,本研究の意義が明らかにされると共に,形態的な 指標としてノダを扱うことの妥当性が述べられている。
第2章では,日本語教育の初級教科書や教師用指導書におけるノダの扱い,および,
ノダを取りあげた先行研究が精査され,本論文の位置づけが述べられる。初級教科書 や教師用指導書については,日本語学における抽象化されたノダの概念に基づいて 個々の用法が説明されているため,実際にノダが用いられる際の出現形式への配慮が ないこと,モデル会話等の表現がそこでの文法説明ではカバーしきれないこと,とい
った問題点が指摘されている。ノダを取りあげた先行研究のうち,文法論については,
文と文のつながりをとりあげたものが多く,文章・談話全体の「統括」といった側面 は十分に考慮されていないことが示される。文章・談話論については,形式的な段落 の存在がまずは前提とされ,「「段落の結尾に置かれることによってその段落を統括」
するという「段落」を単位とした単一の機能として捉え」(p.56)られていることに疑 義を呈している。
第3章では,本論文の分析対象となる資料,および,分析に用いられる「ノダの統 括機能」が紹介される。本論文の分析対象となる資料は,「専門分野の入門的な内容 である」(p.57),「執筆者が大学教員である」(p.57)という基準で選ばれた新書6編,
および,講義の談話資料4編(合計約 300 分)である。講義の談話資料4編について は,データの出典が科学研究費補助金基盤研究(c)「学際的アプローチによる大学生 の講義理解能力育成のためのカリキュラム開発」(研究代表者:西條美紀氏)の研究成 果であることが述べられている。分析の観点であるノダの統括機能とは,「「統括力」
と「統括の方向」とを合わせた機能とし,文内部の要素を統括する,あるいは他の要 素に統括されることで,文を成立させるだけでなく,段,連段を(原文ママ)成立に かかわるもの」(p.59)と説明されている。
第4章では,新書の「文段」が分析される。新書の文章にあらわれたノダについて,
その前接要素,および,ノダ自身の出現形式が検討され,その共起関係に基づき,新 書の文章における文脈展開の特徴が明らかにされる。新書にあらわれるノダは,主に
「のである。」という出現形式で,接続表現「つまり」と共起することが多いことが 指摘されている。さらに,ノダと置換可能な場合が多いという意味において類似表現 とされるワケダとの比較もなされる。
第5章では講義の「話段」が分析される。講義の談話においてノダは,「んです。」
という出現形式が多い。その他にも,終助詞「ね」「よ」との共起など,話し言葉に特 有の現象もあることから,従来,話し言葉と書き言葉という違いはあるものの「基本 的に同じ機能もっている」とされてきた点に疑義を呈している。そして,ノダの前接 要素,および,ノダ自身の出現形式が検討され,その共起関係に基づき,新書の文章 における文脈展開の特徴が明らかにされる。講義にあらわれるノダは,文末だけでは なく節末にもあらわれるところが新書との違いであり,講義の内容の展開のみならず,
講義者の行動予告や受講者への行動要求など,講義の進行に関わる用法が多いことも,
その特徴と言える。文末の出現形式については,新書で頻出された「のです。」とい う形式ではなく,「んですね。」「んですね↑。」といった終助詞を伴う形式のほうが,
むしろ一般的であることが指摘されている。
第6章では,第4章と第5章の分析結果に基づき,新書と講義におけるノダによる 展開的構造が比較される。ここでの筆者の主な主張は,文章と談話にみられるノダが,
単なる文体的なバリエーションとして存在するのではなく,「段」や「文章・談話」
の成立にかかわる統括機能の側面においても違いが見られるという点である。
第7章では,接続表現とノダの統括機能に基づいた新書と講義理解方法について,
上級学習者 15 名を対象とする授業計画(全6回)が提示され,日本語教育の実践への 展開が述べられている。6回の授業は,講義資料を提示し,その文章・談話型を示し た上で,要約文作成,ノートティキングといった教室活動を行い,その成果を学習者 自身で確認するとともに,内容理解を深めるために,ほぼ同一内容の新書を読解する といった流れである。
終章である第8章では,総合的な考察と今後の課題が述べられている。
<本論文の評価>
「話題のまとまり」という,いわば「目に見えない実体」を,形態的指標によって 可視化しようという試みは,日本語の言語直観を前提にしない日本語教育にとってき わめて重要であり,価値があるものである。そして,形態的指標の具体的事例として 接続表現まで射程に入れたノダの統括機能(談話機能)に注目した点,また,書きこ とばである「新書」と話しことばである「講義」を同一の手法で分析した点も,本論 文の独自性として高く評価できる。それらの結果を踏まえて,具体的な授業実践の計 画が提案されたことも,日本語教育学の博士論文として意義があるものである。
文章・談話研究としては,「接続表現+~ノダの文型」に関する詳細な調査の結果と して,新書(文章)では,「前方統括機能」を有すること,また講義(談話)では,話 段の開始文にその話段の中心的内容に必要な前提情報を提示することを明らかにした 点が評価できる。
ただし,得られた結果を詳細に検討してみると,文末形式ノダが7種の「用法(文 型)」のどれに分類されるかには,実はノダ自身の出現形態よりも共起する接続表現の ほうが有力な手がかりになっている可能性があることがわかる。もしこの推測が正し
いのであれば,「話題のまとまり」を弁別する形態的指標としては,文末形式ノダより も接続表現に注目するべきだったと言えるのではないか。
また,課題1として設定された,「接続表現+ノダ」という言語形態的指標による「段」
の統括機能が,7 種の「用法(文型)」に分類されているわけだが,この分類結果が日 本語教育においてどのような意味や意義を持つのかについて,学習者の観点からも説 明できるようになるとよい。
さらに,「接続表現+~ノダの文型」が用いられた表現(新書・講義)に関する調査 から導かれた結果というものは,表現主体が「接続表現+~ノダの文型」を用いて表 現するという行為(新書を書く・講義をする)においては,どのように位置づけられ るのか,また,理解主体の理解行為(新書を読む・講義を聞く)においては,どのよ うに位置づけられるのか,そうした点についてもさらなる考察が求められる。
<本論文の判定>
上に指摘したような課題を含みつつも,本申請論文の目指すところは明確であり,
日本語教育学の博士号を授与するに十分な質を有していると判断する。
以上