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c の吐曾思想の基礎的考察

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(1)

枇曾思想家三

L

の J

S

− ︑

fl/ 

l主とιて彼の般労働者問題について||

I

ローン河の謹りアヴイ=ヨンの首都所に長へに眠りし以来六十有飴年︒

あの荘厳にして︑悼ましき陰管なる場所の翠探き松の樹蔭に︑さうして紋の愛妻の側に︑ジョン・スチユア

1 一人の非常に在闘せる.叉都建たる人物が︑

一貫にや彼は最も熱心なる勢作者の一人であり︑又現代に於ける最も端正なる人物の一人であった︒時代そのものは刻々に流

れ去りうLあるを我々は認めなければならぬoe−−恰もロIン河が抑制えや大海に流れ行くが如くに︑

さうして時代はこの哲皐

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右はミルと反劃の立場にある︑フレデリツク・ハリソンのミル追想の一端である︒

知られだジョン・モ1レイの哀悼文のところHところを聞く乙とにしよう︒

基と一五ふ悲劇的た日常詰も我k

が人数への偉大なる奉仕者の一人乞弔ふ時には頗る意義ある調子を附響かせる︒

猶怖い我々はさルの弟子として︑

一うの強い純

(2)

た光りは消えてしまった︒それは清い幻影と仁慈の一目的との光りであった0・・・百にミル氏の経歴は我々の枇舎において最も

堕落した或る連中に封する最もm単純にして︑最も高尚なる種類の抗議であった︒人類生活に美徳と威最とをつけ加へた一切

の債値のために生存すると云ふ鮪より見れば︑ミル氏に優る者は一人もない︒

一犬典型を失つ℃しまった︒

イギリス正統液鑑持率はアダム・スミスに端詮議してリカ1

ド ︑

クヨン・スチユアIド・ミルに至って一肱

の完成を見たのであるoミルは先人スミス︑リカl

ド ︑

マルサス等の読を綜合し︑再読し︑補修して整然たる盟系とたし︑

れを後世に引渡した︒しかもミルの時代においてはλ枇合的歌却については︑序そのコ一におい℃一瞥しようと思ふ︶嘗時代の

小規模生産は鹿れて現代的大規模生産が興り.資本と労働の封立も南く額者とたり︑近近的批舎主義の勃興も円立って来てゐ

介︒そ札で︑経横墜詑上にも新たなる試運が起りつLあったのであって︑ミルも亦この時代的風潮に影響せられ︑先人の思想

を墨守するに満足せ十して︑新しき思想の領域へと一歩を踏み出した︒この意味におい℃ミルは吐舎︑経樺思想上の建時代と

新時代の橋渡し者といはれ︑遁渡期的人物であると稿せられるoまた事買においてミルの思想は過渡期的特徴を豊富に帯びて

120) 

︿

ミルを生み出した十九世紀中葉の英閣はナポレオγ戦後の影響を受けて岡内的にも問外的にも所謂多事多難の時代であっ

即ち︑圏外におい℃は虞大たる殖民地を得て︑商品の需要を説増し囲内においては産業革命に依うてF︑その需要に醸やる

だけの供給カは備はり︑産業の隆昌と貿易の仲長とは相使って頓みに岡宮の膨大を来たした︒

しかしたがら︑岡宮の増進は必やしも一般閏民の幅利を持ち来たさたかったのであって︑営時の英閣は閤宗として念速た繁

(3)

柴を建げたにも拘らや︑一度びその内部を覗へばそこには地主階級と資本家階殺との間に政治上の説離があり︑査本家階級︑と

労働者階級との聞にもそれに刀らぬ反師一が蹴されつL

者階殺は︑彼等がそれに依って何等袋︑ずるととろのなかったのを知つ℃再び改革運動そ起し.凡そ十五年間守一昨や一不成藷動な

ど諸種の険悪なる活動が繰返3れた口のみならや︑乙の運動と前後して純物法撤陸運動並びに工場法貨施運動が加はり︑十九

世紀前竿の英嗣口上下を思げて所謂る物情騒然たる朕態であった︒ミルは買にかLる時代を背景として現はれた︒

rの吐曾思想の基礎的考察

ミルが父︵ゼ1ムス・ミル︶から交けた教育は最もほ格な恩抵の一最もほ格な教義に従ったものであった︒その準汲の思想傾

向は﹁感情と想像とを半たる一倒の情念とし℃斥け︑破損川なる思考と情を混へ内分析推理とだけが望ましき唯一のものであ

る﹂となした︒即ちそればジヱレミl・ペンサムの流れ乞汲んで︑一世舎の現象は如何に複雑訟ものであっても少数の基礎原理

に賊して説明することが出来ると主張するのである︒乙の準抵の信念に依れば︑代議政治も一定の原四︵即ち立法的努力の目

棋は﹁最大多数の最大幸一服﹂にあるとなす︶から山単純に説明することが出来ると一千戸︒更にまたその主張するところに依る

と︑凡ゆる徳の根元は﹁各人が最大の幸一服又は最少の苦痛を求め℃行動することに存するのであって︑而も個人の利袋は全世

舎の利益と矛盾したい﹂と一目ふのである白

ミルは青年時代において︑以上の如きベシサム一一棋の一功利主義に全く傾倒した︒而してがンサムの代去作︵立法冶︶を熟読

して大に感服し︑これを以て思想界に一新紀元をワくりたるものと信じ︑信仰︑教訓判及ぴ有率引ち買の意味における宗教はこ

れより成立して︑将来人間の向上殻速はたピ乙れに依って企問し得らるLものと思惟した︒

しかしながらミルの忌想にもぞが℃轄蹴が来事ん︒我々は乙L亡︑彼が白叙体第瓦章に﹁私の門的歴史における危機﹂と題し

(4)

﹁一八二一年の冬︑私が始めてベシサムを諌んだ時以来︑私は震に人生の目的とでも一一日ぴ得られる

ものを有うた︒世界の改革者たると一広ふのが私の目的であった@私自身の幸一耐に闘する私の概念は此の目的と一致して居つ

数年の開はそれで可かった︒何となれば共間世の中に行はれつLある一般の改善と︑私自身も他の一人々と共に其の改

釜口を促進する事に努力しつL

1意識が興味ある漉刺たる存在友充すに足るが如くに見えたからでああ︒然るに

夢から醒めたやうに︑此わ一幻費から目滋賀める時が︑途にやって来た︒そ札は︑一八二六牛の夏であ?た︒私は誌でも時折陥りが

3よりした紳軽快態に陥り︑すべて享楽や愉快な感搬を味ふことが不司能になった︒−a

Lに於て︑私の勇東は俄

に山刷れる︒私の生涯が共の上に建鼓された全基礎ががら/

kiと山刷れた︒私の幸一附は悉く比の目的の不闘の記求に見出さるべき

であった︒円的が叫に魅力主失ったのに︑どうし℃手段にまだ興味が湧かろや︒私は最同寸や生きる震の何物をも有たぬらしく

私は獄り喧いた︑私はかうして私の航海の初に於て浬瀬に乗り上げたまL棄て置かれたのである︒蟻張に申分た

し舵もあるが︑帆は一つも無いのであるとよ

ミルはかくして︑人生の口的︑最大多数む去十耐に劃じて.何年切笠去︑ゐ内心め欲求も歓喜も感ピ得︑たい向い八刀を見出したので

122) 

ミルのとめ憂愁はやがてマルモンテルむ迫憶記を読むに及んで漸式市散した︒彼はこの丑一日を説んで痛切に心を動かされ﹁感

杭は自分も亦一仙の﹁感情﹂を持っとと︑自分の木石にあらぬことを知った︒そじて人生親は全く一

輔佐した︒彼は今や弐の如く考へた︒﹁幸一間﹂はたるほP﹂凡ゆる行誌の規端であり︑人生の目的であるけれども︑それは幸一耐を直

接の目的として追求することに依勺て到達せらるべきものではたい︒HA

1 7

両︑人類の進歩︑或技術なり職業たりの完成といふやうなことに心を向ける人k︑それらのもの︑乞手段としてでたく︑窮極目

的として誼ぷする人々のみが真に幸一耐であり得るのである︑と︒この忠起の費化が他門補助的な原因と桐須勺てミルの経軒牛

その持︑粧清原論に人泡的要素を語入した所以であうた白ミルの経爵原論の副題とし℃一i社曾

o

訟に著大たる影響を及ぼし︑

(5)

村民十に艶し若干の通用を試みて﹂と云ふ勾を掲げてゐるが︑との表題師に軽減問皐に謝する取扱ぴの︑従来と異ることを示して

ゐるのであって︑

アグム・スミス以来他の経時世間宇者の到底ミルに及ぼざりし所以も亦との一昨鮮が説明し℃ゐる︒

スミスの闘官論はその則論の範闘が頗る康汎にして︑経時伯引を専ら時事問題及び歴史的芳一事貰に結付けて論じたか ら枇曾哲恩としてはりっぱな大野作であるが︑内容の道官︑は留に時代後れに蹄するものが少くない︑故に柏非同学問的た親がた

これに反して︑リカ1ド一振の皐者は経掛与を主とし℃演料的の結論に得たる純自の催問となし︑所謂るエゴノ

ミツク・メンを椴定し℃絶封の論を主張してゐるが故に向車設としては簡潔同断で︑非常に徹底してゐるが︑経済撃の範聞を枚 小に限定し殆んいと現買の杭曾を度外視した無味冷淡な皐問とたしたのである︒しかして︑ミルは純乎たる理論においてリカ

その貰際上の枇曾献においてはスミスを是認し︑問者む岐路に立って狐疑考量した結闘でこの雨者の設を綜合

し︑相共に調和せしめて完全なる経済患を犬成ぜんと企でたのであって原論の副題以即ちこの抱負を去詮し℃ゐる︒

ての概念を人間の性質に闘する法則と結付けるの必要を認めたものはたYゴント一人で恋る﹂と古び︑また﹁歴史的研究方法

(123) 

︑︑ルは論理盟系第六篇において屡々コントを料設し︑例へば﹁新らじき歴史県訳心中においても我々が歴史上に得たるすべ

を秩序的に行はんと企てたものは従来猫りコントのみである︑彼の者作は歴史的方式の考に従って此舎現象の研究を行へる唯

一の例である﹂と↑一白ふが如き語調に依ってコントに軒︑ずる傘敬を去するのみたらや︑事責特が此倉島一止閥する観察法乞二つに

k兵った法則︑即ち前者は的立法︑後者は承櫨法に依って支配

Lものたる乙とを論じたところの一重要な意見は皆コントに淵源するものと一−

Hはれてゐるo

右に伏うてもミルむ杜舎思想む棋本はコントむ訟に基くこと多大たるは明瞭である3しかしたがら︑勿論主としてコント一

人の説に基因するものとは認むべきではたい︒彼自ら皆川ふやろに︑サン・シモン又はシスモシジイ等の意見を語りたる鮪も少

くないo

このことは彼の﹁杜曾主義﹂と題する論集を見れば︑

その詮跡が歴然として現はれてゐる︒かく彼の枇曾思想の多くは

フランスの事訟に淵指してゐることは確かである︒しかし︑今一歩を進めて贋くこれ友達朝すればミルの枇舎思想はいづれの

(6)

園︑いづれの人の設に基づくと言ふよりは管ろその時代思想に感化されたる影響であると認めた方が至常である︒

JV 

ミルは営時欧洲諸国に行はれた枇曾問題解轄に闘する思想の傾向を三大別して︑

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3

2凶 ︵ 山 内 川 一 口

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一を保護従属︵吋

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前者は労働者階級の運命は彼等白身に

よって開拓せらるぺきものではなくして︑上位階級が彼等のために支配すべぎである︒彼等そして自ら考へしめ十文自ら指令ふ るの一便配興へや︑彼等の運命決定につき反省叉は有力な琵一一コ円を典へや︑上位階級のみが叫労働者のために考へ︑彼等の前詮を決 定する責務を持つ︒上位階級と下位階扱との閥係は父子の如くあらねばたら向︒ざれば樫力のみではすべて左支配し得るもの

一一両親和的後見闘係があると共に︑他面等放と感調より成る服従聞係がなければならぬ︒以上はカlライルの坦情主

124) 

義の概念である口

しかし︑資本家をして明君たらじなるを得歩︑労働者をして忠僕たらしむるを得十︑所謂泊情主義は今日の世舎においては 最早や施す飴地がたいとすれば︑問題解轄の方針はいづれに求むべきか︒我々はミルに聞かねばならぬ︒川労働問題に謝するミ

ルの所設は寧ろカ1ライルと正反謝であったととは容易に想像出来るo彼の﹁経漕原論J一中の一章即ち﹁努問者の将来﹂は貫

1ライル流の保護従属設の駁論に始まるのであるo我々はとL

保護従属設に従へば官者と貧者との閥係は全然樺利義務の関係ではなくて︑温情的︑道諮的︑感情的関係でなければたら

向︑即ち富者ば愛撫的保護を以て賞者に封し︑貧民は掌敬と感謝とを以てとれに服従する閥係で友ければならぬ︒貧民等は唯だ 道徳を守り宗教を信じ℃日々の仕事に従事すればよいのであって︑それ以外自ら何事をなす必要もないと云ふ乙とに蹄着する

のであるが︑かLる理想は未だ歴史上に費現されたととのない理想である︒すべての特樺階級は.その樫力主何己の利径のた

めに使用するに過ぎたい︒彼等は彼等の利益になるやうに働かぎるを得たいために墜落した人々に劃して・少しも親切な注意を

(7)

梯ふことなく︑徒らにこれ主軽蔑し亡その自寧心を議にし℃ゐるのである︒切論余は従来が常にかゃうであったから将来も亦

さうでなければならぬと宅張するのでなく︑また人間の改良が樫力の生む煩況な利己感情を医医するに足らないと主張するの

でもたい︒唯擢力そのものの取り去られたい限りたとへ弊害が軽減されることがあらうとも決して根絶はされたいと考へるの

o少くとも上位階級が克分改善せられて下位階級を支配し︑そむ保護者とたわノ得る以前において︑下位階離は最与や斯

︿の如き支配に甘んヒたい桂改善されてし全ふに桐連ないと信ゃるの寸ある︒保護従属説の横はる社曾は定に美しい枇曾であ

る︒金銭関係で結びつけられた壮曾よりも︑人間的感情や白己犠牲の精神に満ちた杭舎は望ましいものに相違たい︒

しかしながら少くとも進歩した欧州諸闘の労働者が今後再び家長乃至父粧的統治組献に服従した︑いことは明らかである︒

既に彼等が讃む子どを教へられ︑新聞が愛行され︑新思ム訟の宣体が行はれ︑交通問問闘が流布せられ選問事植が描振せられた

時︑問題は既に決したのである︒彼等航刀働者は一店主の利害と彼等白身の利害とが寧ろ正反封であることを考へるに至ったので

ある口上位階級の或る者は道徳的宗教的殺育によってこれらの傾向を防ぎ符ると自惚れてはゐるが︑しかし彼等の目的に役立

つやうな敬育乞施す時代は叫に過ぎ去ったのである︒

125) 

かくミルは温情主義に向って痛撃を加へた︒ミルとても人間性の向上は利己的性情を織広し︑併悪を絶ち︑親和的闘係の醸

成せらるLことを全く否定し去るものではないがけれども︑これを歴史的に日れば例人的場合は除き一般的にばかL

義の貰現は認め得︑たいとたす︒しかして樺カそのものが絶滅せぬ限りこれを把握するしL位階純は特糟抗用の弊を根絶すると︑と

なく︑ために彼等が完全に後見任務を途行し得る遥か以前に下位階粧はかLる支配を受くるを快しとせざる程進歩し行くであ

らう︒こLにおいて︑我々は一つの一問題に逢士一泊する︒即ち労働者階棋の向上の結果︑分配関係が彼等に有利となる時は彼等は

永久に賃金努働者の地位に満足すべき色あるか︒ミルは答へて否とだす︒即ち労問者は被傭品のたる地位を脱して店主たる地位

を仰墜するからである︒しかもミルの観察に依れば労働考と資本家との聞には王義公正の念たく︑

T r 一首たる仕事に謝する五営

なる賃銀の誇は存在せや︑反って労働は出来るだけ少く︑賃銀は出来るだけ多くといふ一小事に汲々たる有様である︒かく

(8)

て︑資本家は自己の利益並びに感情と正反割に立つ労働者

Lどは提携することが不可能となる︒蓋し費本家の利益は労働者が労

働するに首り︑資本家と等しき利害嗣係を感ビ︑自己の計算に依る仕事と同ヒ利害聞係を感十る如︿組織ぜられたる時に増進

せらるLからである︒乙L

において︑資木宗と労働者との嗣係は惑に組合の似式を採らず﹂川べからざるに至る︒五しミルに依 れば進渉の目標は人聞が孤立生存を可能たらじめらる

L

乙とではたく従属嗣係を作ら歩して︑じかも相共に叉は相互のために 間安﹂得る献態になければならぬ︒弐に我々はミルの労働政策を聞かう

o

今後忙於ける労働管の辛昭及び義刊行段上に述べたもの とは全然違った茎慌の上に置かれねばたら向︒貧民は師に指導者を要せ歩︑最早やこれを子供のやうに取扱ふととの出来ない 献鮮とたった︒彼等自身の運命を開拓することは今日では紋等自身のカに一任ぜねばならぬとととなった︒調立の徳|!それ は今日の労働者に扶くべからざるものである︒忠告にせよ︑訓戒にぜよ︑或はまた指導にせよ︑

する場合には︑今後我々は彼等を醤等心人間として取扱ひ︑彼等をし

J﹂彼等自身の院を開いてこれを取拾するよろにしたけれ

ばたらたい︒労働者のか︿の如き能力ば今後庚い意味の教育に伎つ℃建せられる乙とと思ふが︑との知識増進の結果から五︑

六の現崇を淡測出来る︒即ち先づ第一に彼等は上位階級の車なる槽域及び威伝に依つ℃指導せられ︑支配せられ︑彼等の行く べき道を指岡されるととを益々嫌悪するに室りも彼等の行動及び依件は本質的に自治に依るべきものなることを要求するに至

126) 

るであらうQ

また労働者詑は労賃を得て州労働するといふ欣態が紋等の満足すべき窮掘の献態でたいこと乞考へるに至るであ

思ふに今日の労働闘係は伽労働の支挽主にとっJ

﹂も叉その受領若にとっても同様に不満足去五のに相違ゑい︒もし富者が貧民 を目して一種の自然法によって伎の奴隷たり佼の従者たるものだと見倣ずならば︑今度は反到に貧民から自分誌の餌食たり牧 場たるに過ぎたいと凡倣されるであらう︒かくて今日ば良い侍︵

y戒を貰つ℃貝い何事在しゃう曹とする者はな︿︑犬部分の州労働者

は出来るだけ多︿の賃銀友特て出来るだけ

hv

ない勤労を興へ工うとしてゐるのである

c

恐らく資本家にとっ℃もその利害及び

感情を具にする人k

と密接に生活することは早晩耐え府れないこととたるであらう︒

L

において努働者は保護従属設の闘保守

(9)

離れ℃日主調立の地位を得︑自らの利径のために喜んで働くことになたらねばたらぬのである︒しからばその方法如何といふ

に︑それは資本と労働と左協同せしむる労働者生産組合並びに労働肴をして卒業の利潤及び粧替に参加ぜしめると乙ろの諸制

とれらの制度の下にあっては労働者は共同利径のために聞くのであるから︑その生産能率を増大するとと一五ふまで

もな︿︑また労働者の組合事業と資本家の個人企業と勢立の結果︑後者は低級た労回しか持られたいために弐第に衰微し結局

その資本を労働者生産組合に話じ℃蓮轄するの訟儀たきに至るであらう︒かくの知︿にして将来の枇舎は労働者生産組合の費

濯に依って一一理せられ︑労働者の濁立が完会に編ち得られることになるであらち︒突然ではあるが︑我︑々は乙Lでさルの提唱

せし生産組合そのものそ一見して凡ゃう︒

一一は資本家と舟働者との組合︑他は労働者自身の組合とに識別ずることが出来る︒乙の一中ミルが将来

の望を懸けたものは後者の形式であ一る︒即ち労働者自身が卒等の基礎に立って結合し︑資本を共同に所有じ︑彼等自身が選任 産業に開する組合は︑

したる従って彼等自身が更迭せしめ得る支配者に依って企業を遂行せんとするのである︒これが将来瑳達すべきこと︑その前

迭は坦々として柴翻親すべきことをミルは疑はなかった︒枇舎の生産が瑳達して行くためには労働者の各自が企業の繁柴と自

己の利益とについて比例闘係を持たねばならぬ︒企業の利益と作業者の利盆との協調なる貼では株式曾世もたほ伺人企業に劣

ると一言はれてゐる︒査し個人粧品凸は一個人が主として企業の利害関係を有するもの友れば︑この賄では凡ゆる圏盤的経営に優

るからである︒協同組合は個人経営の右の長所に聾抗すべき共同利径を有する臨にその特色がある︒

かぐ℃︑協同組合の費誌は労働者をして賃銀労働者に沈諭せしむる危険より救び︑彼等自身をぽ利荏分配者だらしむる︒

﹁途には似山崎慨するよりも比較的早く協同の原明日に依って我々は枇舎における方向時換を認め持るであら同ノ︒それは個人の向

向と潤立とを生広谷一時の道錦町的︑智的︑経済的利益に結びつけるものである︒この雪化ば暴力と掠奪を周ぴ十且つ現存の慌調庁

長一期待を念故に撹乱することなくして︑世んぼが労働者と遊民と分立してゐるを賢し︑倒人的勤労と努力に伎る疋首たる所得に

Jh加を絶滅せしめ︑以てデモクラシーの最も良き抱負左寝具現するであらう︒しかして乙の如き完全なる協同組合は道徳性

(10)

と活動的精神とに加へらるL

教育過程の上に現はれるものであり且っそれのみに依つ℃成功せられるものである己 に閥ずるミルの提唱は生産手段の共同所有左強北する鮮のみを観る場合︑それが或る種の社曾主張と利迅ふことを認めること は出来る︒けれ芝もこの場令にもミルは弐の注意を加ふることを忘れなかった︒即ち枇曾主義が競争を敵同し︑経横枇曾れ弊 害の多数に腸せしめんとすることに不同意であったことである︒競争たき所には濁占必十存在し︑濁占ば度々怠惰者を支配す

るために勤勉の徒を犠牲にする︒

﹁枇曾主義者に共通たる誤認は人聞が性来怠惰性を布するものなるとと即ち人は泊料問的にたり易く︑店刊の奴隷となり︑

度撰ばれたる方向に限りたく執荒する性向のあることを肴過せし黙にある口人闘をじて自ら一週岱と思惟する生括航態に一度到

建せしめよ︒しからば沈滞の危険は暦然として認めらるL

であらう︒彼等は進歩のための一努力を喝さや︑才能は徒らに朽ち果

生点組合

L

K必要な結力すらも失ふに至るであらう︒競争が最善の刺戟なりとは晶一一日し持たいかも知れぬけれど

も︑現在にあうては必要な一つであり︑しかして何人も進歩のための競争が不必要となる時代を諌め知るととは不可能

Cある己

かくてミルのM労働者生産組合は所謂任意的なる乙とを以てその特質となす︒しかしながら︑ミル以後の大勢は必やしも彼の

諌一一一口通りには遣またかった︒幾多む労働者生直組合は計霊もされ︑買現もされたが︑その殆んど大部分は失敗に格った︒その 失肢の主要原因は労働者自治能力の献之にあった︒しかしたとへ右の事寅があったにせよ︑ぞれを以℃直ちに﹁労働者自治能 力の扶乏は恒久の事貫﹂であると断やるのは我々の早計であらう︒こ

Lにおいて沈思するに︑たとへ労働者生産組合が失敗の

歴史を重ねたにしても︑それを以て直ちに耶なるん公想の破滅であると笑殺は出来たい︒幾度一敗地に塗みれようとも︑ミルの

128 )  手は理恕の天闘にのみたく︑その足は聞く地上に踏みつけられてゐた︒彼の︐諒一一日は的中したかったとしても.その一言ったとこ

ろは依然として今日我々の問題として蔑されてゐると息ふ︒

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