( 平 成1 0年5 月25 日受理)
要 旨
職人 が
モ
ノを作る過 程で実 際には どのよう な 活 動 を行っ
て いるのか, あるいは行っ
てきたのか につ
い て, 学 術 的 な研 究はほと ん ど見当た らない
。 は じ め から, 職人の仕 事に高い価 値 を認め, それを 賛 歌する という傾 向が非常に強い
。 なぜ そうするのか, そのようにやる意 味は どこにあるのか と逐 一 探 求し, これ に詳しく 答 える とい
う習 慣はまだ 一 般 的になっ
てい
る と は言えない
。 本 研 究では木工品制 作を例に, その過 程で使わ れ る ジグ・ ゲ ー ジ ・ フ ィクス
チ◆ヤ ー に焦点 を当て てその意 味 を 問い
直して み た。 これまで漠 然と職人技 として誉め称 え られてきた技 能の背 景に, 実は ジグ・ ゲー ジ ・ フ ィクス
チャ ー に創 意工夫 を 費やした職 人たちの多 彩 な制 作 知が見えてくる。キ ー ワ ー ド
職人, ジグ, ゲ ー ジ, フ
ィ
クス
チャ ー , 職 人芸1 . は じめに
現代文 明 を席 巻し ている大量 生 産 品に, 飽 き た ら な く な
っ
た多数の消費者によっ
て,「
手 作りによ る」
とか「
職人のわざ」
という言葉が もて はや されて いる。
「
手作り」
,「
職人」
,「
匠」
という言葉が
コ マ
ー シ ャ ルに標語 とし て使わ れ る ようになっ
たのは, 今に は じまっ
たことで はない ので, 消費者の購買意 欲を 過度に そ
そ る だ け というのであ れ ば, そ れほど 目 く じ ら を 立て批 判 的に な るこ とでも ないかも 知 れ ない。 品質や機 能が た と え申し分 な くても, そ れ が 大 量 生 産 品であ れ ば なに か しら 不満に 思い, 反 対に世 界にた
っ
た 一つ
し かないといわ れ, 熟練した職人の手で丹精込 めて作ら れ た 一 品であ る といわ れ た な らば, その品 に強
い関心 を示 した りするこ と は, これ までに も よ く み られ た 消費 者の 一 過性の気ま ぐ れであ ること が多い。
社 会現象だ とい
っ
て しま えばそ れ まで であ る が, し か し, そこに は 見過ごすことのでき ない重 要 な 問 題 も 衣の下に隠さ れている。 そ れ を 表 に引きずり 出 して, 改めて批 判しよう ものな ら危 うく池の中に引きずり 込 ま れ, その中でも が き苦しむこと に な るかも知れ ない 危 険が待ち か ま えて いる。
問題 を蒸し返すことにな る が 一
つ
の主 張 は, 次のようなことであ る。*
産 業工
芸学 科* *
大 阪 大 学経 済 学 部7 4
/
ト 松 研.治 ・ 小 林 直 言主張の主 旨だ け を記せば, これ まで職人 や 工芸家と呼 ばれ る ような制 作 者 (以 下, 職人 という言葉で代 表さ せ る) が, 実際に は どの ようにモノを作る か を明確に表現しようとす る努力があま り にもな さす ぎるのでは ないか,
ということ に な る。 情 緒 的で, 感 情 移入 が高 じ た賞 賛に満ち た言葉で飾り たてる という 類
のものが 氾濫し ているのが現 実である。 わ が 国でも写真, ビデオ撮 影, 作 業工程を解 説し た ものは多いが, 正確な知 識と して学び教え
る という 意欲に は 乏 しい。
手仕 事という 一 般 的雰 囲気を最大 限に盛り 上げる演 出た多く の努 力が投じ られ るのであ るが, 肝心のどういう風 に作 業が なされてい
るのか, あ るいは な ぜ そういう 作 業をするの か, に関心 を持
つ
者は 一 向に要 領を得ない説 明 に飽きた ら ない思いをするのが常である。こうし た情報では, 通俗 化 され た
「
手仕事」
というイ メ ー ジ を理解 する 以 上のものは期 待
できないといえ る。
そこ で, 次め 第2 章では, 木工職人の制 作 過程を
「
制作 過程 を補助 する様々
な道 具 (ジ グ, ゲ ー ジ, ライクスチャ ー な ど)」
の観点か ら観 察することで, 木工職人 が作 業過 程で見 せ る創 意や工夫の 一 端を紹介 すること にする。ひと
つ
は, これ か ら木材工芸の専門家に な ろ うとし ている学生 に 課 さ れ た 課 題 を通 して,もう
⊥ っ
の例は熟練し た木工職人の実際の制 作 過程を 通 して考えてみ ること にする。本 稿で放り 上げたいも う一
つ
の主 張 は次のことである。 職人の手 に よ る 一 品 生産と 互換 性 部品 か ら組み 立てら れ る大量 生 産 品の違い は, 制作 過程か ら みて どのような違いが あ る
のか を改めて問うてみ たいということである。
これもま た大き な問題 を内包し ている と 言 え る。
「
手作り に は大量 生産に よっ
て失わ れて し まっ
た 人 間 に とっ
て大切な価 値が まだ多く残っ
て いる
」
というような, 個人の好き嫌い を価 値の こめ ら れ た 言葉で飾っ
て主 張し ても, 得 られ る ものは 少 ないとい え る。 第3 章では 大量 生 産の ル ー ツに み られ る職人 た ちの果た し た役割を 歴史的に遡
っ
て若干の考察を行っ
て みた。2.. 制作過 程における創意 ・ エ夫
2 .1 同 じものを 複数作る課 題
スウ
ェ
ー デン のカ ー ル ・マ
ル ム ステン美術工芸学校
* 1
のカ リ キュ
ラム の中では,わ が国の 実 技指導で学生 に課 さ れ る 課題と は出題方法 が非 常に異 なっ
たものがある。 その課題の特 色は, 全く 同 じ作品 を2 個以 上制 作 すること を条 件と してい ることである。' 一 人の学生 が 椅子 を制 作 する場合に は2 脚以 上 を 同時に制 作すること が求め ら れ る・。別の課 題では, 1 ・2 年生 が合同でチ ー ム を組み, 小 さな壁掛 け 小棚 ( 毎年 デ ザインは異 なる) を25 0個制作 す る というよう なものである ( 図1)。
図1) 25 0個 製作 され た救急 箱
通常, 一 品 生産の代 名詞のようにいわ れ る
工芸 品製作のカ リ キ
ュ
ラム の中の 一つ
に, 'あ えてそ れ に反対する かのように, (まっ
た く) 同じものを複 数作ること を課す授 業が学生 に 与 え ら れ る。 (工芸教 育の初期に与え ら れ る)こうした授 業のや り方を
つ
ぶ さ に観 察してみ れば, 次のような 主旨 ・ 目的を持っ
ていること が 明 らかに な る。
まず, こ の課 題 を実施 する た め には, 学生
る。 な ぜ な ら, こうした事前作 業を お ろ そか
にすれば, 同 じものを複 数 作る という課 題 は 決し て成 功しない のは明 らか である か らであ る。
作 業段 階に入 ればさ ら に 困難な問題 に直面 する。 課 題の遂行 に は, 寸 法 ・ 形 が ま
っ
た く 同 じ部 材を複 数個 用意しな ければな ら ないが,これ を 手作 業 や単な る 目安だ け に頼
っ
て いたので は, ま
っ
た く 同じもの を作ること は 不 可 能であ る。 ま た, 精巧 な 木工機 械だ け に頼ることもでき ない。
そこで, 次のような各自の工夫が要請さ れ る。 ジ グ・ゲ ー ジ・フ ィクスチャ ー Gig, g
u a r
ge
, fix
tu r e
) が その中心であ る* 2
。 これ ら は既存のもの のちょ
っ
とした改 良で いけ る場合 もあ る が, 新た に工夫した り, た ま に は発明 に 近い こ と が 必 要 に な ることもあ る。 熟 練や経 験
にも 左右され はする が, 学生 に はこうした ジ グ ・ ゲ ー ジ ・ フ ィクスチャ ー の類を作業の過 程でどのように使い, ま た, 適切 なものが な け れば 自ら工夫しな け ればな ら ないという 実 習体 験が求め ら れ る。
一 般に 木工 の分 野で想像さ れて いる ように,
の み
木工の主 た る道具であ る飽, 蘇, 整の類の使 用 経験を積む ということ だ けでは な く,
「
同 じ もの を複 数 作る」
という課 題の際に は, 脇 役 的存在であ る ジ グ ・ ゲー ジ・ フ ィ クスチャ ー類の使用 と工夫が 明確に意識さ れて こな け れ ば な ら ないはずであ る。 こうした工夫は与 え ら れ た 課 題 に よ り様
々
に変化するし, 工夫 す る個人によっ
ても違っ
てく る。し か し, 実は,
一 品 生 産の際にもこうした 経 験が貴重 な もの にな ること を 以 下の事例に
こ の課 題 は図2 のような衝立の制作で, 次
の競 技 時間 ・ 注 意 事項及 び仕 様に従
っ
て, 課 題図に 示す 衝立 を制作しな さい」
* 5
であ
っ
た。そし て競技 時間 は1 2時 間以内で, 使 用 する材 料は米 松の正目材であ
っ
た。 ここ での説明 は 競技から数日を経た後, 同 じ課 題の制 作を友 国氏 に依頼して詳しい解 説を得たものである。友 国氏の正確な仕 事を支えて いる特 長を挙 げ る とすれば次のように な る。
図2) 出題 さ れた課 題の衝立
1) 作 図及 び読 図能 力に優れて いる 2) 作 業 内容の分類, 時 間配分な どの作 業
工程計画 を 立てること が 出 来る 3) 材 料の特 質を熟 知 し, 強 度及 び美 的な
面から そ れ を適切 に用いる 知識をも
っ
て いる4) 木工道具を熟知 し, 目的に応 じた道 具
に仕立てた り新たに作る技能を も
っ
ている
7 6 小 松 研 治 ・小 林 直 言
5) 材 料の種 類 や部 材の形状に応じて道 具 を有 効に使 う技 能をも
っ
ている6) 材料を 固定するフ ィクスチャ ー やジグ・ ゲー ジを工夫して作る技 能を持
っ
てい る7) 正確 な組み 手加工に 必要な,微妙 な
「
遊 び ・ 逃 げ」
を作る知 識と技 能をもっ
ている
さて, 友 国氏 が制作のた め に用意し た道具 類 は次のよう な ものである。
I
1) 原寸大の図面 (1 枚)
2) 制 作に 必要 な
「
相比( あいび)」
と呼ば れ る専用 定 規の制作 ( 数種葡)3) 材 料を 固定 する留め台
* 6
などの固定 具の弼作 (4 種 類4 個)
4) 正確 な角 度 を切 削する た めの希 留め定 規 ・ 削り台 などの制 作 (6 種 類6 個)
5 ト面 取り
* 7
用の特 殊な飽の制作 (4 種 類4 個)
6) 使 用する樹 種iこ応じた鎌 掛 引き
* 8
の制 作と 刃の研 磨 (Ⅰ種 類4 個)7) 使 用する樹 種, 加工機械に応じて研磨 され た数
々
の聖 (1 セッ
ト'
2 0本)
8) 模を 正確に作る ジグの制 作 ('1 個)
9) 接着段階で使 用 する当て木の制作 (2 種 類5 個)
こ のよう な周 到 な準備の意 図に は, 制 限時 間 内に 正確で美しい作品 を仕上げようとする 友 国氏の周到 な 計算がある。 な ぜ なら自身の 作 業行為が事前の段取り に した が
っ
て, ス ム ーズ に導いて いけ ること が制作を成功
‑
と結びつ
け る重 要な要因であ ること を よ く知っ
て い るからであ る。 上 記の(1)から(9)までの各 段 階 が, 作 業全体の 一つ
の流れの中で重 要 な意 味 を持っ
て制 作 者の身 体行 動と ま さ に協応して その機 能を発 拝 する。 えて し て, 制 作者の動 きに焦 点が当た る が, 実 際に はこの全体の流 れ を, 事 前の準備をも 含め たシステムとし て 見 る 必 要 が あ る。 しかし, これ はシ ステムが 事 前に準備さ れ た と お り に 少 しの狂いも な く進行 する とい
っ
ているのではない。 事実は,これ まで の経験 を思い出した り, 素材に対す る鋭 敏 な情 報 収集に全 神経が そ そぎ込 ま れて いる というのが実 態ではなか ろうか。 こうし たこと が行え る 心の余 裕を事 前の道 具作りや 段 取りの システ ム が与 えて いる という方が よ り 正確な描写であるとい え る。
こ こ で友 国 氏の実 際の作 業を描写 し, 道具
の役割と その中に 込 め ら れ た工夫という.視点
でさら に詳しく 紹 介してみ たい。 部材に切 削 位 置の印 を付 ける墨付けの段 階, 切 削部 分 を 大ま か に切り取る鋸を使
っ
た作 業, 聖を使っ
て組み 手を正確に仕上げる作 業, そ して飽 を 使
っ
て の面取り加工, 最 後に組み 立でを行う‑ 接着 作 業の順に述べ
てみ たい。(1) 作 図と墨付け
友 国氏 は あらか じ め原寸大の図面 を措 き,
. その図面 か ら角 度を 写 し取
っ
て制作に 必要 な6 種 類の留め定 規を制 作した( 図3) 。 留め定
図3) 部材の角 度に対 応した留め定 規
図4) 極
々
細 く 削られた鉛筆の芯の先図5)
「
白描 き」
で切 削位 置に印 を 付 ける様子図6) 留め定 規の構 造
規と は部材 接合 部分の角 度を決 定する定規の
ことであ る。 これの制 作に は図面の正確さ を 必 要 とする た めに, 合 板の上に描かれ た 図 面 は鉛 筆の芯の先を ご く ご く細く 削
っ
た もので図7‑ 1)
ス コ ヤの妻 手が重 さで下 が る様子
図7‑ 2) 妻手の端に作 られ た突 起
描いて いる( 図4)。 部材の組み 手部分 に角度 を作る と き, この留め定 規を 用いて
「
白描きJ
と 呼ばれ る 刃物で印を付けて いく( 図5) 。 留 め定規は図6 のように作ら れていて, 左右 反 転し ても使 うこと が出来る ように工夫さ れている。 こ の同じ作 業の中で使 わ れ るス
コ
ヤ( 直 角 定規) にも工夫が凝ら さ れている。 そ れ は 図7 ‑ 1 に 示すように, スコ
ヤの妻手部 分が重 さで下 に 下 がっ
て しまうこと を避け る た め に,妻手の端に突起を作り, 部材に掛か