これまでの当展示に対する来館者の反応は概ね好評であった と感じていたが,当展示に対する来館者の意識や感想を具体 的に抽出したことはなかった. そこで本報では,「昆虫の実物標本を用いた壁状集合展示 は,昆虫に対する多彩な知覚を刺激し,昆虫に対する興味関 心を深めることのできる展示手法となり得る」との作業仮説 を設定し,2017 年の夏の特別展「大昆虫博」で実施した来 館者を対象としたアンケート結果から,昆虫の壁状集合展示 の効果の検討結果を報告する.
方 法
(1)特別展の概要 壁状集合展示は,当館における 2017 年夏の特別展「大昆 虫博」の一部として実施した(蓑島ほか,2018).本特別展では, 主なコーナーとして,1)カブトムシとクワガタムシに関す る既成の動画類を放映する「映像展示」コーナー,2)昆虫 の多様性や翅の進化史,採集方法について実物標本や資料を 用いて解説する「導入」コーナー,3)地質時代の昆虫化石 などを用いて昆虫の辿ってきた歴史を紹介する「昔の昆虫」 コーナー,4)世界のカブトムシ類やクワガタムシ類および チョウ類を収蔵したドイツ箱を大量に展示した「壁状集合展 示」コーナー,5)クワガタムシやカブトムシなどの甲虫類 やハナカマキリなどの擬態昆虫,タランチュラやヤスデ類な どの昆虫以外の陸上節足動物の「生体展示」コーナーを設置 した.また,これら以外にも,6)チョウ類を中心とした昆 虫標本をアート作品風に配列したアイキャッチ的な展示,福 岡市の小学生が採集し当館に寄贈いただいた雌雄同体のミヤ マクワガタの展示,新種を記載するまでの工程をタイプ標本 と論文を用いて紹介する展示なども行った(蓑島ほか,2018). なお,本特別展の会期は,2017年7月15日(土)∼9月3日(日) の 51 日 間 で(期 間 中 休 館 日 な し),特 別 展 の 観 覧 者 は 122,294名であった. (2)昆虫の実物標本を用いた壁状集合展示 今回,来館者に対する知覚効果を検証した壁状集合展示は, 特別展用の展示室の壁3面を用い,世界(日本を含む)のチョ ウ類,世界のカブトムシ類,世界のクワガタムシ類およびそ の他の昆虫類(主にハゴロモ類)のサブコーナーを配置した. この展示に用いたドイツ型標本箱は約520箱,総昆虫点数は 15,000点以上で,総壁面面積は約152㎡であった(図1). また,本展示では,できる限り実物標本をしっかりと見て もらえるよう,各サブコーナーの概念や重要な標本を理解す るための解説を除き,文章での解説は可能な限り省略した. ただし,種・亜種レベルで和名,学名,生息地もしくは採集 地などを記入したラベルは付した. (3)アンケート調査 今回の特別展が,来館者の知覚,特に昆虫の多様性に対す る興味関心をどの程度刺激する効果があったかを把握するた め,2017年9月2日(土)10:00∼12:00および13:00∼15:00 に特別展観覧者を対象に,以下のアンケートを実施した. アンケートの質問項目は,被験者の属性,最も良かったコー ナー名および最も良かったコーナーに関する感想(自由回答) とした.アンケートの実施に際しては,6名のインタビュアー が,上記質問項目を記したアンケート用紙を被験者に見せな がら被験者の回答を記述したが,少数ながら被験者自らがア ンケート用紙に記入した場合もあった.なお,本調査では, アンケート調査の目的,アンケート実施の際の留意点などの 説明を受けた博物館実習生が,展示評価実習の一環としてイ ンタビュアーを担当した.なお,本報告では,当アンケート のうち,主に壁状集合展示に関するアンケート結果を報告す る. (4)データ解析 得られたアンケートのうち展示に対する自由回答を解析す るため,まず記述された文章から,単一の意味を示す語句を すべて抽出した.この際,一人の被験者が単一の意味を示す 語句を複数回答していた場合は,それらすべての語句を解析 に供した.従って,解析に供した語句数は,被験者数より多 表1.被験者の年代 年 代 回答者数 割合(%) 未就学児 19 6.2 小学生 124 40.4 中学生∼19歳 10 3.3 20代 8 2.6 30代 66 21.5 40代 49 16.0 50代 7 2.3 60代以上 22 7.2 未回答 2 0.7結 果
(1)回答数および被験者の属性 今回のアンケートでは,307件(307名)の回答が得られた. このなかには,被験者の属性のみが記されたものが6件存在 したため,以後の解析にはそれらを除く301件の回答を用い た.なお,この有効回答件数は,当日の特別展観覧者(2,445名) の12.3%に相当する. 被験者の 56%が男性であった.年代別では,小学生が 40%と最も多く,30代(22%),40代(16%)と次いでいた(表 1).北九州市外で県内在住の方が54%と過半数を占め,市内 在住者は 30%,県外在住者は 16%であった.また,初めて 来館した被験者(29%)と5 回以上来館したことのある被験 者(28%)がほぼ同数であり,来館 2 回目であった被験者 (20%)が次いでいた. なお,最も好きなコーナーとしては「生体展示」と答えた 被験者が 183 名(59.6%)と最も多く,「壁状集合展示」は 55名(17.9%)の2位であった. (2)壁状集合展示に対する感想 有効回答とした301件の自由回答欄から,643点の語句が 抽出された.このうち,壁状集合展示に関する感想として,「す 集約され,それら5グループは第3層(最終層)として1つ のグループに集約された(図2).一方,第1層の他の9グルー プ(整理番号2-1-1から2-4-1)は第2層として4グループに 集約され,それら4グループは第3層として1つのグループ に集約された(図3).なお以下では,104点の語句のいずれ かを「」内に,第1層として集約された語句を『』内に,同 様に第2層を<>内に,第3層(最終層)を【】内に示す. 例えば,【生物に対する興味・関心】に集約された語句で ある「羽の色がすごかった(未就学児)」や「自然の色の多 彩さ(40代)」などから,被験者の『色に対する関心・感動』 がみてとれた.また,「種類が多いところに驚いた(小学生)」 や「種類がたくさんいてすごかった(40 代)」などの回答に 代表されるように『種の多様性に対する関心や感動』や,「こ んなのもいるんだ(40 代)」や「知らないクワガタがいっぱ いいた(40 代)」といった回答に代表されるように『珍しい 生物の実物を見ることに対する喜び』を知覚した被験者の存 在が明らかとなった.これら『色に対する関心・感動』と『美 しさに対する感動』は,資料から感じた<生物の美しさに対 する関心・感動>を示しているものとして集約できた. 一方,【博物館活動に対する興味・関心】に属する語句には, 「かわいそう(40代)」,「数こんなに作ってたくさん殺さなきゃ (20 代)」などの回答があり,『展示手法(審美性)に対する 関心(悪い)』を知覚した被験者が存在していたこともわかっ た.考 察
(1)壁状集合展示の効果 小型で見栄えのしない同種の資料を目的なく集団で羅列す る展示は意味をなさない不必要な集団展示であり,比較など の目的がない限り,学術情報の伝達は基本的には1点で十分 であることが指摘されている(青木,2013).今回実施した 壁状集合展示も,昆虫という小型の同一種の標本を多数展示 するという点においては,一種の集団展示である.しかし, 壁状集合展示は,前述したとおり1)実物標本を用いること, 2)同一種を多数展示すること,3)同じ分類群に属する種も にとどめることを基軸とした展示手法である.加えて,同一 種を多数展示することにより,種内変異の有無や種間変異を 理解してもらうという「比較などの目的」を内包した展示で あり,単なる集団展示とは異質の展示手法であるといえる. 今回分析を行った特別展において,壁状集合展示は,生体 展示に次ぐ人気コーナーであった.また,本展示に対する感 想も多数記されており,本展示に対する興味関心は高かった ものと判断される. 本展示に対するアンケート結果から,壁状集合展示は,観 覧者に対し<珍しい生物に触れることへの関心・感動>以外 にも,<生物の美しさに対する関心・感動>や<生物学的特 性に対する関心・感動>を与えることができたと判断された. このように,壁状集合展示は,観覧者の知覚を刺激し,観覧 者の昆虫という生物に対する興味関心を深めることに寄与で きる展示手法であると考えられる. 博物館での学びをデザインする際には,館側が伝えたい(学 んでもらいたい)ことと観覧者の自主的な学びという両者を 意識する必要がある(小川,2010).解説パネルは,展示と 観覧者を結びつける機能を有しており,展示に込めたメッ セージや展示意図を観覧者に伝達するための有効な手段であ る(里見,2014).また,美術品などの鑑賞型展示以外では, 展示資料自体にそのモノの価値を語らせるいわゆる「モノに 語らせる」といった展示手法は多くの観覧者に展示のメッ 通して提示された情報が多い場合は,観覧者の自主的な学び を深化させる効果や知覚を刺激する効果が低くなることも考 えられる.このため,解説パネルなどを極力排除し,展示資 料と一体化した立体造形を用いることで展示意図を観覧者に 伝えようとする美術陳列(宇仁,2013)と称される新たな展 示が考案されており,ベルリン自然史博物館の行動の進化展 示室において実践されている.同様に,資料に関する解説を 極力控えた壁状集合展示でも,観覧者に<生物の美しさに対 する関心・感動>や<生物学的特性に対する関心・感動>を 持ってもらえたことから,当該展示に込めたメッセージを伝 えることだけでなく,観覧者の自主的な学びの一助となるこ とができたものと判断できる. 一方,「普段みれないような物をみれた(60代)」,「図鑑で みるのとちがってよかった(30 代)」,「小さいサイズから大 きいサイズまで命ってすごいなと思った(60代)」などといっ た本展示に対する感想は,模型やレプリカから成る展示では 持ちにくいものと思われる.すなわち,本展示では,多様な 実物資料を大量に展示したことで,<生物の美しさに対する 関心・感動>や<生物学的特性に対する関心・感動>を持っ てもらうことができたものと考える.従って,多彩なメディ アを用いた展示メッセージの伝達が主流となるなか(徳田, 2014),実物資料の見せ方・魅せ方を工夫すれば,解説パネ ルなどを極力少なくしても,観覧者の自主的な鑑賞を促し, といった生物の形態などに対する純粋な驚きから,「小さい サイズから大きいサイズまで命ってすごいなと思った」など の来館者の知覚が刺激されたことを示すものまで,多彩な回 答が得られた.被験者の 40% を占めていた小学生の回答に は純粋な驚きが見て取れるものが多かったが,年代によるサ ンプル数のばらつきが大きいことなどのため年代と展示効果 との関係を明確にできなかった.従って,被験者をより多く し,来館者の年代や発達段階と回答された語句との関連性を 分析すれば,壁状集合展示の観覧者の知覚や興味関心に与え る効果がより明確になるものと考えられる. また,他の自然史系博物館でも昆虫類を入れた複数のドイ ツ型標本箱でコーナーを作成する展示は行われているが,今 回調査対象としたような大量のドイツ型標本箱を用いて作成 したコーナーは,国内ではほとんど存在しない(自然史レガ シー継承・発信実行委員会,2017).従って,展示箱数(展 示面積あるいは展示昆虫数)と被験者の回答との関連性の分 析も,壁状集合展示のさらなる効果検証には重要であると考 える.さらに,昆虫以外の実物資料を対象とした集合展示も, 「当該生物に対する多彩な知覚を刺激することのできる展示 となり得る」のかについても検証すべき課題であろう. 一方,今回対象とした展示会では,上述のとおり擬態昆虫 や巨大昆虫などの生体展示の人気が最も高かった.今後は, それらコーナーに対するアンケート結果を同様の手法で分析 し,それぞれの展示手法が持つ自然に対する科学的な理解を 深めたり自然に対する知覚を刺激したりする効果の異同や, 生体展示と実物資料の展示の相乗効果についても検討した い. 他方,近年の SNS の発達・普及に伴い,これらの壁状集 合展示のうち,観覧者が気に入った部分でスマホやデジカメ などで記念撮影を行い,それらをインスタグラムやフェイス ブックなどに上げて,グループ内の人々へ伝達することも多 く見られた.これらは新聞やラジオ,TVといった既存メディ ア以外の新たな展示会周知方策として有効であると考えら れ,これらの効果判定も将来何らかの形で数値化できるよう に試みたい. 物館における2段階展示のデザイン:豊橋市自然史博物 館のマンガ表現解説法.日本科学教育学会研究会研究報 告,34 (6):11–14. 井上洋一.2016.国立博物館の展示−東京国立博物館と九州 国立博物館.稲村哲也(編).博物館展示論.放送大学 教育振興会,東京,pp. 53–70. 石田惣・佐久間大輔・釋知恵子・和田岳.2010.生態学をテー マとした新しい展示室−小学生でもわかるベーツ擬態, 島の生物地理学,メタ個体群を目指して−.日本生態学 会誌,60:131–135. 神山智美.2008.子どもの自然観形成への影響を考える−子 ども向け昆虫イベントにおける外来甲虫の扱われ方を素 材として−.日本環境教育学会,18 (1):42–49. 川村協平・山田英美・鳴海正也.1994.児童,生徒の自然意 識に及ぼす野外活動の影響.山梨大学教育学部附属教育 実践研究指導センター研究紀要,2:65–72. 河野志保・高橋泰道・杉山浩之・吉田裕午.2016.教員養成 における『野外活動』に関する研究.広島文教教育, 31:11–22. 蓑島悠介・下村通誉・真鍋徹・上田恭一郎.2018.実物資料 に内包された知覚効果を引き出す展示手法の開発∼昆虫 の多様性の知覚化に向けて.全科協ニュース,48 (4):4–5. 三橋弘宗.2006.生態系の仕組みを展示する.日本生態学会誌, 58:237–240. 貫井正納・影山こず恵.2004.自然体験活動と理科の興味・ 関心の関係について.千葉大学教育学部研究紀要,52: 69–76. 小川義和.2010.博物館における学びの特性.日本展示学会 (編),展示論−博物館の展示をつくる−.雄山閣,東京, pp. 158–161. 岡山奈央・田中伸彦・本田量久・松本亮三.2017.里山環境 が体験作業などを伴う来訪者に提供できる好ましい景観 体験の解明.日本森林学会誌,99:202–209. 坂本昇.2013.博物館の調査収集活動を通じて地域の自然を 伝える展示−企画展「おきなわ∼ちょうちょのふるさと ∼」開催報告.伊丹市昆虫館研究報告,1:33–43. 里見親幸.2014.博物館展示の理論と実践.同成社,東京. 実物標本を用い,多様な種を大量に,壁状に広面積に渡っ て展示し,それら展示資料に関する展示グラフィックは必要 最小限にとどめる展示手法である壁状集合展示が,観覧者の 昆虫に対する多彩な知覚を刺激し,昆虫に対する興味関心を 深めることのできる展示手法となり得るかどうかを評価する ため,当該展示を組み入れた展示会において,来館者アンケー トを実施した.アンケートの結果から,壁状集合展示は観覧 者に対し,珍しい生物に触れることへの関心・感動や,生物 の美しさへの関心・感動,生物学的特性への関心・感動を与 えることができたと判断された.従って,昆虫の実物標本を 用いた壁状集合展示は,生物に対する多彩な知覚を刺激し, 生物に対する興味関心を深めることのできる展示手法となり 得るものと結論できた. キーワード:興味関心,実物資料,知覚,壁状集合展示Effects of wall-like assembly exhibition on visitor’s perception and concerns
of living things
Tohru Manabe
1, Yûsuke N. Minoshima
1, Kyoichiro Ueda
2and Michitaka Shimomura
31Natural History Division, Kitakyushu Museum of Natural History and Human History, 2-4-1 Higashida, Yahatahigashi-ku,
Kitakyushu-shi, Fukuoka, 805-0071 Japan. E-mail: [email protected];
2Honorary Curator, Kitakyushu Museum of Natural History and Human History, 2-4-1 Higashida, Yahatahigashi-ku,
Kitakyushu-shi, Fukuoka, 805-0071 Japan; 3Seto Marine Biological Laboratory, Field Science Education and
Research Center, Kyoto University, 459 Shirahama-chô, Nishimuro-gun, Wakayama, 649-2211 Japan
ABSTRACT −
The effects of the wall-like assembly exhibition, which is the exhibition method using largeamount and various kind of real specimens and less explanations, on visitor’s perception and concerns of living things were analyzed by using the questionnaire survey at ‘Insect exhibition’ held at the Kitakyushu Museum of Natural History and Human History. Results of the questionnaire survey on the wall-like assembly exhibition suggested that the exhibition gave viewers not only the interest and excitement in looking rare creatures, but also interests and excitements in the beauty and interesting biological features of living things. Thus, this exhibition could be the effective methods giving various and deep perception and concerns of living things on visitors.
KEY WORDS:
concerns, real specimen, perception, wall-like assembly exhibitionは じ め に
現代は,広範な時間・空間スケールにおける興味深い生物 や自然現象を,様々な媒体をとおし,手軽に鑑賞できる時代 である.このため自然界に関する情報は,かつてと比べると 格段に豊富,詳細かつ簡単に入手することができるように なった.しかし,このような情報入手の容易さは,我々の自 然に対する興味を拡げ深めることに寄与した一方,仮想的な 自然体験で満足し,自らの五感で自然を体感し理解すること から我々を遠ざけている可能性がある.また,ゲームやアニ メといった多種多様な媒体の存在により,生物は常に他種と 闘争していると捉えてしまうことや,進化という用語の誤認 が社会に浸透することなど,誤った自然観の社会への浸透・ 定着すら懸念されている(神山,2008;渡辺,2010). 自然に対する科学的な理解を深めるためには,実物に触れ 出かけて実物に触れる機会は学校生活および家庭生活の両方 で減少している(貫井・影山,2004;河野ほか,2016).博物館は, 展示をとおし,来館者の知的好奇心を刺激し,来館者自らの 知識や経験との対話を喚起させ,来館者の知覚を刺激するこ とができる可能性を持った施設である.すなわち,子供たち の自然体験の多くが疑似体験に基づくものとなりつつある現 在において,自然史系博物館の展示は,自然に対する科学的 な理解を深め,自然に対する知覚を刺激するためには,非常 に有効であると考えられる.国内の自然史系博物館でも,自 然界の真の姿やそこに秘められた驚き・面白さなどを正確か つ効果的に来館者に伝えるための様々な展示手法が検討さ れ,それら展示手法の効果や課題が議論されている(三橋, 2006;石田ほか,2010;坂本,2013;宇仁,2013;稲垣ほか,2020). このようななか,北九州市立自然史・歴史博物館(以下, 当館とする)では,恐竜全身骨格標本などと比べると圧倒的これまでの当展示に対する来館者の反応は概ね好評であった と感じていたが,当展示に対する来館者の意識や感想を具体 的に抽出したことはなかった. そこで本報では,「昆虫の実物標本を用いた壁状集合展示 は,昆虫に対する多彩な知覚を刺激し,昆虫に対する興味関 心を深めることのできる展示手法となり得る」との作業仮説 を設定し,2017 年の夏の特別展「大昆虫博」で実施した来 館者を対象としたアンケート結果から,昆虫の壁状集合展示 の効果の検討結果を報告する.
方 法
(1)特別展の概要 壁状集合展示は,当館における 2017 年夏の特別展「大昆 虫博」の一部として実施した(蓑島ほか,2018).本特別展では, 主なコーナーとして,1)カブトムシとクワガタムシに関す る既成の動画類を放映する「映像展示」コーナー,2)昆虫 の多様性や翅の進化史,採集方法について実物標本や資料を 用いて解説する「導入」コーナー,3)地質時代の昆虫化石 などを用いて昆虫の辿ってきた歴史を紹介する「昔の昆虫」 コーナー,4)世界のカブトムシ類やクワガタムシ類および チョウ類を収蔵したドイツ箱を大量に展示した「壁状集合展 示」コーナー,5)クワガタムシやカブトムシなどの甲虫類 やハナカマキリなどの擬態昆虫,タランチュラやヤスデ類な どの昆虫以外の陸上節足動物の「生体展示」コーナーを設置 した.また,これら以外にも,6)チョウ類を中心とした昆 虫標本をアート作品風に配列したアイキャッチ的な展示,福 岡市の小学生が採集し当館に寄贈いただいた雌雄同体のミヤ マクワガタの展示,新種を記載するまでの工程をタイプ標本 と論文を用いて紹介する展示なども行った(蓑島ほか,2018). なお,本特別展の会期は,2017年7月15日(土)∼9月3日(日) の 51 日 間 で(期 間 中 休 館 日 な し),特 別 展 の 観 覧 者 は 122,294名であった. (2)昆虫の実物標本を用いた壁状集合展示 今回,来館者に対する知覚効果を検証した壁状集合展示は, 特別展用の展示室の壁3面を用い,世界(日本を含む)のチョ ウ類,世界のカブトムシ類,世界のクワガタムシ類およびそ の他の昆虫類(主にハゴロモ類)のサブコーナーを配置した. この展示に用いたドイツ型標本箱は約520箱,総昆虫点数は 15,000点以上で,総壁面面積は約152㎡であった(図1). また,本展示では,できる限り実物標本をしっかりと見て もらえるよう,各サブコーナーの概念や重要な標本を理解す るための解説を除き,文章での解説は可能な限り省略した. ただし,種・亜種レベルで和名,学名,生息地もしくは採集 地などを記入したラベルは付した. (3)アンケート調査 今回の特別展が,来館者の知覚,特に昆虫の多様性に対す る興味関心をどの程度刺激する効果があったかを把握するた め,2017年9月2日(土)10:00∼12:00および13:00∼15:00 に特別展観覧者を対象に,以下のアンケートを実施した. アンケートの質問項目は,被験者の属性,最も良かったコー ナー名および最も良かったコーナーに関する感想(自由回答) とした.アンケートの実施に際しては,6名のインタビュアー が,上記質問項目を記したアンケート用紙を被験者に見せな がら被験者の回答を記述したが,少数ながら被験者自らがア ンケート用紙に記入した場合もあった.なお,本調査では, アンケート調査の目的,アンケート実施の際の留意点などの 説明を受けた博物館実習生が,展示評価実習の一環としてイ ンタビュアーを担当した.なお,本報告では,当アンケート のうち,主に壁状集合展示に関するアンケート結果を報告す る. (4)データ解析 得られたアンケートのうち展示に対する自由回答を解析す るため,まず記述された文章から,単一の意味を示す語句を すべて抽出した.この際,一人の被験者が単一の意味を示す 語句を複数回答していた場合は,それらすべての語句を解析 に供した.従って,解析に供した語句数は,被験者数より多 表1.被験者の年代 年 代 回答者数 割合(%) 未就学児 19 6.2 小学生 124 40.4 中学生∼19歳 10 3.3 20代 8 2.6 30代 66 21.5 40代 49 16.0 50代 7 2.3 60代以上 22 7.2 未回答 2 0.7結 果
(1)回答数および被験者の属性 今回のアンケートでは,307件(307名)の回答が得られた. このなかには,被験者の属性のみが記されたものが6 件存在 したため,以後の解析にはそれらを除く301件の回答を用い た.なお,この有効回答件数は,当日の特別展観覧者(2,445名) の12.3%に相当する. 被験者の 56%が男性であった.年代別では,小学生が 40%と最も多く,30代(22%),40代(16%)と次いでいた(表 1).北九州市外で県内在住の方が54%と過半数を占め,市内 在住者は 30%,県外在住者は 16%であった.また,初めて 来館した被験者(29%)と5 回以上来館したことのある被験 者(28%)がほぼ同数であり,来館 2 回目であった被験者 (20%)が次いでいた. なお,最も好きなコーナーとしては「生体展示」と答えた 被験者が 183 名(59.6%)と最も多く,「壁状集合展示」は 55名(17.9%)の2位であった. (2)壁状集合展示に対する感想 有効回答とした301件の自由回答欄から,643点の語句が 抽出された.このうち,壁状集合展示に関する感想として,「す 集約され,それら5グループは第3層(最終層)として1つ のグループに集約された(図2).一方,第1層の他の9グルー プ(整理番号2-1-1から2-4-1)は第2層として4グループに 集約され,それら4グループは第3層として1つのグループ に集約された(図3).なお以下では,104点の語句のいずれ かを「」内に,第1層として集約された語句を『』内に,同 様に第2層を<>内に,第3層(最終層)を【】内に示す. 例えば,【生物に対する興味・関心】に集約された語句で ある「羽の色がすごかった(未就学児)」や「自然の色の多 彩さ(40代)」などから,被験者の『色に対する関心・感動』 がみてとれた.また,「種類が多いところに驚いた(小学生)」 や「種類がたくさんいてすごかった(40 代)」などの回答に 代表されるように『種の多様性に対する関心や感動』や,「こ んなのもいるんだ(40 代)」や「知らないクワガタがいっぱ いいた(40 代)」といった回答に代表されるように『珍しい 生物の実物を見ることに対する喜び』を知覚した被験者の存 在が明らかとなった.これら『色に対する関心・感動』と『美 しさに対する感動』は,資料から感じた<生物の美しさに対 する関心・感動>を示しているものとして集約できた. 一方,【博物館活動に対する興味・関心】に属する語句には, 「かわいそう(40代)」,「数こんなに作ってたくさん殺さなきゃ (20 代)」などの回答があり,『展示手法(審美性)に対する 関心(悪い)』を知覚した被験者が存在していたこともわかっ た.考 察
(1)壁状集合展示の効果 小型で見栄えのしない同種の資料を目的なく集団で羅列す る展示は意味をなさない不必要な集団展示であり,比較など の目的がない限り,学術情報の伝達は基本的には1 点で十分 であることが指摘されている(青木,2013).今回実施した 壁状集合展示も,昆虫という小型の同一種の標本を多数展示 するという点においては,一種の集団展示である.しかし, 壁状集合展示は,前述したとおり1)実物標本を用いること, 2)同一種を多数展示すること,3)同じ分類群に属する種も 図 1 壁状集合展示の様子. にとどめることを基軸とした展示手法である.加えて,同一 種を多数展示することにより,種内変異の有無や種間変異を 理解してもらうという「比較などの目的」を内包した展示で あり,単なる集団展示とは異質の展示手法であるといえる. 今回分析を行った特別展において,壁状集合展示は,生体 展示に次ぐ人気コーナーであった.また,本展示に対する感 想も多数記されており,本展示に対する興味関心は高かった ものと判断される. 本展示に対するアンケート結果から,壁状集合展示は,観 覧者に対し<珍しい生物に触れることへの関心・感動>以外 にも,<生物の美しさに対する関心・感動>や<生物学的特 性に対する関心・感動>を与えることができたと判断された. このように,壁状集合展示は,観覧者の知覚を刺激し,観覧 者の昆虫という生物に対する興味関心を深めることに寄与で きる展示手法であると考えられる. 博物館での学びをデザインする際には,館側が伝えたい(学 んでもらいたい)ことと観覧者の自主的な学びという両者を 意識する必要がある(小川,2010).解説パネルは,展示と 観覧者を結びつける機能を有しており,展示に込めたメッ セージや展示意図を観覧者に伝達するための有効な手段であ る(里見,2014).また,美術品などの鑑賞型展示以外では, 展示資料自体にそのモノの価値を語らせるいわゆる「モノに 語らせる」といった展示手法は多くの観覧者に展示のメッ 通して提示された情報が多い場合は,観覧者の自主的な学び を深化させる効果や知覚を刺激する効果が低くなることも考 えられる.このため,解説パネルなどを極力排除し,展示資 料と一体化した立体造形を用いることで展示意図を観覧者に 伝えようとする美術陳列(宇仁,2013)と称される新たな展 示が考案されており,ベルリン自然史博物館の行動の進化展 示室において実践されている.同様に,資料に関する解説を 極力控えた壁状集合展示でも,観覧者に<生物の美しさに対 する関心・感動>や<生物学的特性に対する関心・感動>を 持ってもらえたことから,当該展示に込めたメッセージを伝 えることだけでなく,観覧者の自主的な学びの一助となるこ とができたものと判断できる. 一方,「普段みれないような物をみれた(60代)」,「図鑑で みるのとちがってよかった(30 代)」,「小さいサイズから大 きいサイズまで命ってすごいなと思った(60代)」などといっ た本展示に対する感想は,模型やレプリカから成る展示では 持ちにくいものと思われる.すなわち,本展示では,多様な 実物資料を大量に展示したことで,<生物の美しさに対する 関心・感動>や<生物学的特性に対する関心・感動>を持っ てもらうことができたものと考える.従って,多彩なメディ アを用いた展示メッセージの伝達が主流となるなか(徳田, 2014),実物資料の見せ方・魅せ方を工夫すれば,解説パネ ルなどを極力少なくしても,観覧者の自主的な鑑賞を促し, といった生物の形態などに対する純粋な驚きから,「小さい サイズから大きいサイズまで命ってすごいなと思った」など の来館者の知覚が刺激されたことを示すものまで,多彩な回 答が得られた.被験者の 40% を占めていた小学生の回答に は純粋な驚きが見て取れるものが多かったが,年代によるサ ンプル数のばらつきが大きいことなどのため年代と展示効果 との関係を明確にできなかった.従って,被験者をより多く し,来館者の年代や発達段階と回答された語句との関連性を 分析すれば,壁状集合展示の観覧者の知覚や興味関心に与え る効果がより明確になるものと考えられる. また,他の自然史系博物館でも昆虫類を入れた複数のドイ ツ型標本箱でコーナーを作成する展示は行われているが,今 回調査対象としたような大量のドイツ型標本箱を用いて作成 したコーナーは,国内ではほとんど存在しない(自然史レガ シー継承・発信実行委員会,2017).従って,展示箱数(展 示面積あるいは展示昆虫数)と被験者の回答との関連性の分 析も,壁状集合展示のさらなる効果検証には重要であると考 える.さらに,昆虫以外の実物資料を対象とした集合展示も, 「当該生物に対する多彩な知覚を刺激することのできる展示 となり得る」のかについても検証すべき課題であろう. 一方,今回対象とした展示会では,上述のとおり擬態昆虫 や巨大昆虫などの生体展示の人気が最も高かった.今後は, それらコーナーに対するアンケート結果を同様の手法で分析 し,それぞれの展示手法が持つ自然に対する科学的な理解を 深めたり自然に対する知覚を刺激したりする効果の異同や, 生体展示と実物資料の展示の相乗効果についても検討した い. 他方,近年の SNS の発達・普及に伴い,これらの壁状集 合展示のうち,観覧者が気に入った部分でスマホやデジカメ などで記念撮影を行い,それらをインスタグラムやフェイス ブックなどに上げて,グループ内の人々へ伝達することも多 く見られた.これらは新聞やラジオ,TVといった既存メディ ア以外の新たな展示会周知方策として有効であると考えら れ,これらの効果判定も将来何らかの形で数値化できるよう に試みたい. 物館における2段階展示のデザイン:豊橋市自然史博物 館のマンガ表現解説法.日本科学教育学会研究会研究報 告,34 (6):11–14. 井上洋一.2016.国立博物館の展示−東京国立博物館と九州 国立博物館.稲村哲也(編).博物館展示論.放送大学 教育振興会,東京,pp. 53–70. 石田惣・佐久間大輔・釋知恵子・和田岳.2010.生態学をテー マとした新しい展示室−小学生でもわかるベーツ擬態, 島の生物地理学,メタ個体群を目指して−.日本生態学 会誌,60:131–135. 神山智美.2008.子どもの自然観形成への影響を考える−子 ども向け昆虫イベントにおける外来甲虫の扱われ方を素 材として−.日本環境教育学会,18 (1):42–49. 川村協平・山田英美・鳴海正也.1994.児童,生徒の自然意 識に及ぼす野外活動の影響.山梨大学教育学部附属教育 実践研究指導センター研究紀要,2:65–72. 河野志保・高橋泰道・杉山浩之・吉田裕午.2016.教員養成 における『野外活動』に関する研究.広島文教教育, 31:11–22. 蓑島悠介・下村通誉・真鍋徹・上田恭一郎.2018.実物資料 に内包された知覚効果を引き出す展示手法の開発∼昆虫 の多様性の知覚化に向けて.全科協ニュース,48 (4):4–5. 三橋弘宗.2006.生態系の仕組みを展示する.日本生態学会誌, 58:237–240. 貫井正納・影山こず恵.2004.自然体験活動と理科の興味・ 関心の関係について.千葉大学教育学部研究紀要,52: 69–76. 小川義和.2010.博物館における学びの特性.日本展示学会 (編),展示論−博物館の展示をつくる−.雄山閣,東京, pp. 158–161. 岡山奈央・田中伸彦・本田量久・松本亮三.2017.里山環境 が体験作業などを伴う来訪者に提供できる好ましい景観 体験の解明.日本森林学会誌,99:202–209. 坂本昇.2013.博物館の調査収集活動を通じて地域の自然を 伝える展示−企画展「おきなわ∼ちょうちょのふるさと ∼」開催報告.伊丹市昆虫館研究報告,1:33–43. 里見親幸.2014.博物館展示の理論と実践.同成社,東京. 実物標本を用い,多様な種を大量に,壁状に広面積に渡っ て展示し,それら展示資料に関する展示グラフィックは必要 最小限にとどめる展示手法である壁状集合展示が,観覧者の 昆虫に対する多彩な知覚を刺激し,昆虫に対する興味関心を 深めることのできる展示手法となり得るかどうかを評価する ため,当該展示を組み入れた展示会において,来館者アンケー トを実施した.アンケートの結果から,壁状集合展示は観覧 者に対し,珍しい生物に触れることへの関心・感動や,生物 の美しさへの関心・感動,生物学的特性への関心・感動を与 えることができたと判断された.従って,昆虫の実物標本を 用いた壁状集合展示は,生物に対する多彩な知覚を刺激し, 生物に対する興味関心を深めることのできる展示手法となり 得るものと結論できた. キーワード:興味関心,実物資料,知覚,壁状集合展示は じ め に
現代は,広範な時間・空間スケールにおける興味深い生物 や自然現象を,様々な媒体をとおし,手軽に鑑賞できる時代 である.このため自然界に関する情報は,かつてと比べると 格段に豊富,詳細かつ簡単に入手することができるように なった.しかし,このような情報入手の容易さは,我々の自 然に対する興味を拡げ深めることに寄与した一方,仮想的な 自然体験で満足し,自らの五感で自然を体感し理解すること から我々を遠ざけている可能性がある.また,ゲームやアニ メといった多種多様な媒体の存在により,生物は常に他種と 闘争していると捉えてしまうことや,進化という用語の誤認 が社会に浸透することなど,誤った自然観の社会への浸透・ 定着すら懸念されている(神山,2008;渡辺,2010). 自然に対する科学的な理解を深めるためには,実物に触れ 出かけて実物に触れる機会は学校生活および家庭生活の両方 で減少している(貫井・影山,2004;河野ほか,2016).博物館は, 展示をとおし,来館者の知的好奇心を刺激し,来館者自らの 知識や経験との対話を喚起させ,来館者の知覚を刺激するこ とができる可能性を持った施設である.すなわち,子供たち の自然体験の多くが疑似体験に基づくものとなりつつある現 在において,自然史系博物館の展示は,自然に対する科学的 な理解を深め,自然に対する知覚を刺激するためには,非常 に有効であると考えられる.国内の自然史系博物館でも,自 然界の真の姿やそこに秘められた驚き・面白さなどを正確か つ効果的に来館者に伝えるための様々な展示手法が検討さ れ,それら展示手法の効果や課題が議論されている(三橋, 2006;石田ほか,2010;坂本,2013;宇仁,2013;稲垣ほか,2020). このようななか,北九州市立自然史・歴史博物館(以下, 当館とする)では,恐竜全身骨格標本などと比べると圧倒的これまでの当展示に対する来館者の反応は概ね好評であった と感じていたが,当展示に対する来館者の意識や感想を具体 的に抽出したことはなかった. そこで本報では,「昆虫の実物標本を用いた壁状集合展示 は,昆虫に対する多彩な知覚を刺激し,昆虫に対する興味関 心を深めることのできる展示手法となり得る」との作業仮説 を設定し,2017 年の夏の特別展「大昆虫博」で実施した来 館者を対象としたアンケート結果から,昆虫の壁状集合展示 の効果の検討結果を報告する.