博 士 ( 農 学 ) 伊 藤 美 環 子
学 位 論 文 題 名
硬質コムギの二次加工適性の評価及び品質改善のための 選抜法に関する研究
学位論文内容の要旨
日本のコムギの需要の多 くを占めるパンや中華麺では,その原材料となる硬質コ ムギの大部 分を輸入に頼っており,国 産硬質コムギの利用はほんのわずかに過ぎない.需要と 供給のミス マッチを解消するためのコ ムギの民間流通移行に伴い,実需者のニーズを踏まえた 早生化,高 品質化等を目標とした新品 種育成が推進され、多くの新しいバン用硬質品種が育成 された.パ ン 用硬 質コ ムギ につ いて の製 バン 適性 や中 華麺 適性等の二次加工適性に関する 研究は主に海 外で多く行われてきたが, 新しく育成された国内の硬質コムギについての二次加工 適性の詳細 な研究は未だ行われていな いため不明な点が多く,品質改善のための選抜手法につ いても改良 が必要と考えられる.
そこで,本研究では国産 硬質コムギの小麦粉の成分特性や物理的特性を把握し, これらの小 麦粉の特性とバン適性,バ ンの老化及び中華麺適性との関係を検討した,また,こ れらの二次 加工適性を改善するための 選抜手法として,主に中華麺を対象とした加工製品の色 相改善を図 る ため ,胚 乳断 面色 の測 定に よる 粉色 の評 価法 及び 麺 色劣 化の 少な い系 統選抜のためのPPO 活性の簡易評価法の開発を 行った,
第2章で は, 北海 道 の新 しい 硬質 コム ギ2品種 (キタノカオリ ,春よ恋)とパン用として評 価の高い外国産銘柄であ る1CW (No.l Canada Western Red Spring)及びHRW (Hard Red Winter) を用いて,パンの老化特 性を比較し,速度論解析を用いて詳細な分析を行った. また,デンプ ン特性がパンの老化や物 性に及ぽす影響を明らかにするため,パン中のデンプン の老化やデン プンゲルの物性を調査し た.
新 し い2品 種 の バ ン は 焼 成 直 後 非 常 に 柔ら かく 、老 化の 程 度( 硬さ の変 化) が1CWやHRW と 比 べ や や 遅 か っ た 。1日 貯 蔵 ま で の2品 種 の パ ン の 凝 集 性 ( 弾 力 性 の指 標) は1CWやHRW の パン に比 ベ高 い値 を示した。バン の老化とパン中のデンプンの老化に関する解析から、2品 種 の パ ン と デ ン プ ン の 老 化 速 度 定 数 は1CWやHRWと ほと んど 同じ であ った が、2日貯 蔵ま で のデンプンの老化はやや 遅かった。小麦粉とデンプンゲルの硬さと凝集性の解析 から、焼成直 後 の2品種 の新 しい パ ンが柔らかく凝集性が高いことには,パン 中のデンプンゲルの柔らかさ が 大き く関 係す るこ とが明らかにな った。これらの結果から、貯蔵初期の2品種のバンの老化 が遅く,焼成直後のパン が柔らかいことには、アミ口ース含量が低いことによル パン中のデン プンゲルが柔らかく、老 化がやや遅いことが関係していると考えられた。また, キタノカオリ
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が春よ 恋と異 なり,貯 蔵初期 だけでは なく貯蔵期間全体を通して,バンが柔らかく,凝集性が 高 い の は , 粉 の 吸 水 率 が 高 く , パ ン の 水 分 含 量 が 高 い た め と 考 え ら れ た ,
第3章では,キタノカオリ,春よ恋の他,中華麺用として評価の高い外国産銘柄PH (Australian Prime Hard),HRW及び中 華麺用 市販粉を 用いて, 小麦粉 の成分特 性及び 物理的特 性と中 華麺 の 色 や 物 性 と の 関 係 を 調 査 し , こ れ ら の 国 産 硬 質 品 種 の 中 華 麺 適 性 を 評 価 し た . キタノ カオり の生麺は 時間の 経過によ る明るさの減少程度が小さく,明るさの安定性の要因 と してPPO活 性 が 低い こ と が推 察 さ れた.さ らに,キ タノカ オりの麺 は赤み や黄色み の変化 も 小さ か っ た. ま た ,物 理 的 な特 性 と 食 感に 関 し て検 討 し た結果 ,2種 の国内 品種はRVAに よる糊 化特性 のブレー クダウン が高く ,セット バックが低く,デンプンゲルやゆで麺の粘弾性 が高か った. 官能試験 では2種の国 内品種の 粘弾性 の評価が 高く,そ の要因として国内品種の 小麦粉 のアミ ロース含 量が低い ことが 推察され た.総合点はキタノカオりが最も高かったが,
これは ,低ア ミロース であるた め,粘 弾性とな めらかさの評価が高く,夕ンパクの物性が強い ために 低アミ 口ースに よる硬さ の低下 が抑えら れたことによるものと考えられた.以上より,
低 いPPO活性 と 低 いア ミ ロ ース 含 量 を持つこ とにより ,キタ ノカオり は優れ た中華麺 適性を 示すことが明らかとなった,
第4章では ,歯科 などで使 用され ている微 小面分 光色差計 を用いて ,コムギ粒の胚乳断面の 色(L*,a*,b*)を測定 するこ とにより ,ふすま の影響 を除いた 粉色の 評価法を検討し,さら に 中 華麺 色 の 良好 な 系 統を 効 率 的に選 抜するこ とを目 的として ,新たなPPO活 性の簡易 評価 法の開発を試みた.
コム ギ種子 の胚乳断 面色を測 定する ことにより,ふすまの混入による影響を除いた粉色の評 価 法 を検 討 し た, コ ム ギ種 子 を2mmの 厚さの輪 切りに し,外周 の皮を取 り除い た後,蒸 留水 に浸 漬し,微 小面分 光色差計 を用い て胚乳断 面の色(L*,a*,b*)を測 定した,その結果,胚 乳断面色は,L*,a*,b*のいずれも,ふすまが混入していない胚乳粉色との間に高い相関関係 が認められ,胚乳断面色を測定することにより,胚乳粉色を推定できることが明らかとなった.
また ,種子 のPPO活性の簡易評価法であるL‑DOPA(3,4‑Dihydroxy‑L一phenylalanine)法によ っ て 北海 道 の 硬質 コ ム ギ品 種 ・ 系統のPPO活性 の変異 が推測で きること を明ら かにした が,
種 子 のPPO活性 と 中 華麺 色 の 変化 の 関 係 は, 小 麦 粉に お け るPPO活 性に比 べて相関 は小さ か っ た .そ こ で ,よ り 効 率的 な 選 抜をす るために 以下の ような小 麦粉のPPO活性 の簡易評 価法 を 開 発 し た . 平 底 の 培 養 試 験 管 に 小 麦 粉0.2gとlOmMのLDOPA溶 液 を4n止 入 れ ,1時間 振 とう 後18時間 室温に放置し,色彩色差計によって着色した懸濁液のL*,a*,b*を測定した.
こ の 簡易評価 法で得 られたL*値と 従来法 である酸 素電極 法による 小麦粉 のPPO活 性値の間 に は 高 い負の相 関関係 が認めら れ,反 応液のL゛値が 高い系 統を選抜 するこ とにより ,PPO活 性 が 低 く , 中 華 麺 の 変 色 が 少 な い 系 統 の 選 抜 が 可 能 で あ る と 考 え ら れ た .
第5章の総 合考察 では,国 内硬質 コムギ品 種のバン や中華 麺への加工における利点と今後の 展望,新しく開発した選抜法の利点について考察した.新しい硬質品種はバンや中華麺に加工し たとき,低アミロースであることにより,食品の物性において外国産銘柄とは異なる新たな特徴を 持っており,特別な製パン法や配合,添加物を使わなくても,日本人が好む弾力性や粘弾性のある
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食感を持ったパンや中華麺を作ることが可能であると考えられる.また,新しい選抜法を開発した こ とによ り,これ まで評価が困難であった胚乳色や小麦粉中のPPO活性を簡易に評価することが できるようになり,今後これらの新しい選抜法を利用して,中華麺色の優れた硬質コムギ品種が育 成されることが期待される.
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学位論文審査の要旨 主査 教授 喜多村啓介 副 査 教授 佐野芳 雄 副 査 教授 三上哲 夫
学 位 論 文 題 名
硬質コムギの二次加工適性の評価及び品質改善のための 選抜法に関する研究
日本 のコ ムギ の需 要の 多く を占 め るパ ンや 中華 麺で は、 その 原材 料と なる 硬質 コムギの 大 部分 を輸 入に 頼っ てお り、 国産 硬 質コ ムギ の利 用は ほん のわ ずか に過 ぎな い。 このよう な 需要 と供 給の ミス マッ チを 解消 す るた め、 近年 多く の新 しい パン 用硬 質品 種が 育成され た 。パ ン用 硬質 コム ギに つい ての 製 パン 適性 や中 華麺 適性 等の 二次 加工 適性 に関 する研究 は 主に 海外 で多 く行 われ てき たが 、 新し く育 成さ れた 国内 の硬 質コ ムギ につ いて の二次加 工 適性 の詳 細な 研究 は未 だ行 われ て いな いた め不 明な 点が 多く 、品 質改 善の ため の選抜手 法 につ いて も改 良が 必要 と考 えら れ る。
本研 究で は国 産硬 質コ ムギ の小 麦 粉の 成分 特性 や物 理的 特性 を把 握し 、こ れら の小麦粉 の 特性 とパ ン適 性、 パン の老 化及 び 中華 麺適 性と の関 係を 検討 した 。ま た、 これ らの二次 加 工適 性を 改善 する ため の選 抜手 法 とし て、 主に 中華 麺を 対象 とし た加 工製 品の 色相改善 を 図 る た め の 簡 易 評 価 法 の 開 発 を 行 っ た 。 得 ら れ た 結 果 は 以 下 の 通 り で あ る 。
1小 麦 粉の 特性 と製 パン 適性 及び パン の老 化
北 海 道 の 新し い 硬質 コム ギ2品種 (キ タノ カ オリ 、春 よ恋 )と パン 用と して 評価 の高 い 外 国 産 銘 柄2種を 用い て、 パン の老 化特 性を 比 較し 、デ ンプ ン特 性が パン の物 性や 老化 に 及ば す影 響を 明ら かに する ため 、 パン 中の デン プン の老 化や デン プン ゲル の物性を調査し た 。 国 内 の2品種 のパ ンは 、貯 蔵初 期の 老化 が 遅く 、焼 成直 後の パン が柔 らか かっ た。 こ のこ とに は、 アミ ロー ス含 量が 低 いこ とに よル パン 中の デン プン ゲル が柔 らかく、老化が やや 遅い こと が関 係し てい ると 考 えら れた 。
2小麦 粉の 特性 と 中華 麺の 色及 び物 性
キタ ノカ オリ 、春 よ恋 の他 、中 華麺 用と し て評 価の 高い 外国 産銘 柄2種 及び 中華 麺用 市 ―132―
販粉を用いて、小麦粉の成分特性及び物理的特性と中華麺の色や物性との関係を調査し、
これらの国産硬質品種の中華麺適性を評価した。キタノカオりの生麺は時間の経過による 明るさの減少程度が小さく、明るさの安定性の要因としてPPO活性が低いことが推察され た。また、物理的な特性と食感に関して検討した結果、2種の国内品種はRVAによる糊化 特性のブレークダウンが高く、セットバックが低く、デンプンゲルやゆで麺の粘弾性が高 かった。官能試験では2種の国内品種の粘弾性の評価が高く、その要因として国内品種の 小麦粉のアミロース含量が低いことが推察された。以上より、低いPPO活性と低いアミロ ース含量を持つことにより、キタノカオりは優れた中華麺適性を示すことが明らかとなっ た。
3中華麺品質改善のための選抜法の開発
歯科などで使用されている微小面分光色差計を用いて、コムギ粒の胚乳断面の色(L*、 a*、b*)を測定することにより、ふすまの影響を除いた粉色の評価法を検討した。コムギ 種子を2mmの 厚さの輪 切りにし 、外周の 皮を取り除いた後、蒸留水に浸漬し、微小面分 光色差計を用いて胚乳断面の色(L*、a*、b*)を測定した。その結果、胚乳断面色は、L*、 a*、b*のいずれも、ふすまが混入していなぃ胚乳粉色との間に高い相関関係が認められ、
胚乳断面色を測定することにより、胚乳粉色を推定できることが明らかとなった。さらに 中華麺色の良好な系統を効率的に選抜することを目的として、低PPO活性系統の選抜手法 法の 開 発 を試 み た 。種 子 のPPO活 性 の簡 易 評価 法 であるL‑DOPA(3,4‑Dihydroxy‑L‑
phenylalanine)法を改変し、より効率的な選抜をするために以下のような小麦粉のPPO活 性の簡易 評価法を 検討した 。平底の 培養試験 管に小麦粉とL‑DOPA溶液を入れ、1時間振 とう後18時間室温に放置し、色彩色差計によって着色した懸濁液のL*、a*、b*を測定し た。この 簡易評価 法で得ら れたL*値と 従来法で ある酸素電極法による小麦粉のPPO活性 値の間には高い負の相関関係が認められ、反応液のL*値が高い系統を選抜することにより、
PPO活 性 が 低 く 、 中 華 麺 の 変 色 が 少 な い 系 統 の 選 抜 が 可 能 であ る と考 え ら れた 。
本研究では、新しい硬質品種がパンや中華麺に加工したとき、低アミロースであること により、食品の物性において外国産銘柄とは異なる新たな特徴を持っており、特別な製パ ン法や配合、添加物を使わなくても、日本人が好む弾力性や粘弾性のある食感を持ったパ ンや中華麺を作ることが可能であることが明らかとなった。また、新しい選抜法を開発し たことにより、これまで評価が困難であった胚乳色や小麦粉中のPPO活性を簡易に評価す ることができるようになった。これらの成果は小麦の二次加工適性改良に重要な道筋を 立てるものであり、学術的に高く評価できる。
よ って、審 査員一同 は、伊藤 美環子氏 が博士( 農学)の学位を受けるに十分な資格 を有するものと認めた。
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