博 士 ( 工 学 ) 田 地 川 浩 人
学 位 論 文 題 名
Quantum lVIechanical Study on the Chemical Reactions including Light‑ Particle Transfers
( 軽 い 粒 子 の 移 動 を 伴 う 化 学 反 応 に 関 す る 量 子 力 学 的 研 究 )
学位論文内容の要旨
現代 量 子化 学の 最大 の目 的は 、化 学反 応を 非経 験的 に予 測す ることである。原理 的 に は 、 目的 と する 反応 系の 亀子 に関 するSchrodinger方 程式 を解 き、 反応 のポ テ ン シャ ル エネ ルギ 一面 を求 め、 さら にそ の面 上で の原 子核 の運 動方程式を解くこと に よ り 求 めら れ る。 しか し、 多体 系のSchrodinger方 程式 を厳 密に 解け ない 事、 お よ び得 ら れた ポテ ンシ ャル 面上 での 原子 核の 運動 方程 式を 解く のが容易でないこと か ら、 非 経験 的取 扱い は非 常に 困難 であ る。 その ため 、理 論的 研究の多くは、反応 の 始原 型 と遷 移状 態の 平衡 を仮 定し 、粒 子の 運動 を統 計的 に取 り扱う方法が取られ て いる 。 この代表的ナょのが、Eyringの遷移状態理 論であり、多くの実験結果の説明 お よび 理 論的 予測 に用 いら れて いる 。
最近 、 実験 技術 の進 歩に 伴い 、化 学反 応生 成物 の量 子状 態に っいての詳細な情報 が 得ら れ るよ うに なっ てき た。 それ らの 実験 によ り、 従来 の統 計理論が成立しない 反 応系 が 見っ かっ てい る。 また 、低 温固 相中 での 化学 反応 では 、アレニウスプロッ ト が大 き く曲 がり 、見 かけ の活 性化 エネ ルギ ーが ゼロ にな る量 子効果も観測されて い る。 こ れら は、 これ まで 広く 用い られ てき た統 計理 論お よび 古典理論の破綻を示 す もの で ある 。こ れら の効 果は 、反 応生 成物 の振 動回 転量 子数 分布の特異性として 表 れ、 電 子、プロトンおよび水素原子移動反応ナよ どの軽い粒子の移動を伴う反応ほ ど 顕著 で ある こと が知 られ てい る。
本研 究 では 、電 子相 関を 含む 非経 験的 分子 軌道 法お よび 擬古 典トラジェクトリ一 法 によ り 、統 計理 論お よび 古典 理論 の成 立し ない 化学 反応 系の メカニズムを研究し た 。反 応 系として、非統計効果が顕著に表れる軽い 粒子の移動反応、電子(電荷)、
プ ロト ン およ び水 素原 子移 動反 応を 研究 対象 とし た。 本研 究の 結果、軽い粒子の移 動 反応 の 詳細 なポ テン シャ ル面 を求 め、 その ポテ ンシ ャル 面上 での反応ダイナミッ ク スを 明 らか にし た。 また 、得 られ た結 果を もと に、 軽い 粒子 の移動反応に関する モ デル を 提出 した 。本 研究 の成 果を 通し て、 非統 計的 に進 行す る反応、特に軽い粒 子 の移 動 を伴 う化 学反 応の 機構 を確 立し た。 本研 究は 、化 学反 応理論の発展に大き く 貢献 す るも ので ある 。本 論文 は, これ らの 反応 系に 関す る理 論的研究の結果をま と め た も の で あ り 、 全 体 が 以 下 に 掲 げ る8章 お よ び 結 諭 か ら 構 成 さ れ る 。 第1章は 序論 であ り、 軽い 粒子 の移 動 反応 に関 する これ までの実験的および 理論 的 研 究 に っ い て 概 括 し 、 問 題 点 を 指 摘 し 、 本 研 究 の 目 的 を 明 ら か に し た 。 第2章 で は、 本研 究で 使用 した 理論 的方 法に っい ての 解説 を行った。特に、本研 究を通して使用した計算方法、非経験的分子軌道(ab−initio MO)法、および擬古典 的トラジェクトリ一法にっいて説明した。
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第3章では、電荷移動反応における反応の非統計性、すなわち振動・回転量子状 態特異性にっいて行った理論的研究の結果を記述した。電荷移動反応の生成物の振 動・回転状態分布は、衝突領域すナょわち遷移状態の構造および相互作用状態をダイ レクトに反映する。そのため、電荷移動反応生成物の振動回転状態選択性のメカニ ズ ムを解明 するする ことは、反応の非統計性を明らかにする上で重要である。
本章では、窒素カチオンから一酸化炭素への電荷移動反応 N゛(3P) +CO (xl£゛)→N(4 S)+CO゛(X2Z゛)
にっいて理論的研究を行った。その結果、この反応には、複数のポテンシャル面が 関与することを明らかにし、衝突過程により、励起状態のポテンシャル面での衝突 によるもの、および基底状態での衝突によるものの2っの異なる衝突チャンネルに よるモデル(Dual collision channel model)を提出した。
第4章では、プロトン移動反応における非統計性、振動回転状態特異性にっいて の 結果を述べた。一般に、重い原子間での軽原子の移動反応系(heavy−light‑
heavy system)でのプロトン移動反応では、生成物の振動量子数の衝突エネルギー は、きわめて小さいとされている。しかし、1992年、これに矛盾する実験結果が報 告された。反応
O一十HF―゛ F一十OH(v=0,1)
は、衝突エネルギー増加にともないv=lのチャンネルが増加し、一般則と矛盾する。
本研究の結果、この反応系では[OHF]―中間体が存在し、この中間体領域を通過す る寿命の違いにより2っの異なる反応テャンネルになることを明らかにした。この 2っの重ね合わせにより、振動回転状態特異性を示す。
第5章では、水素原子移動反応における振動状態選択性の効果にっいて述べた。
気相中でアンモニアカチオンを中性アンモニア分子と衝突させると、水素原子移動 反 応ND3゛ 十NH3→ND3H゛ 十NH2が お こ る。 この反 応は、振 動モード選 択性が あり、アンモニアカチオンのり2傘型反転モードを励起することにより、反応断面 積 が 増 加 す る 。 本 研 究 で は 、 こ の モ ー ド 選 択 性 の 原 因 を 明 ら かに し た。
第6章では、低温凝縮層中での水素原子移動反応への量子効果にっいて述べた。
低温、凝縮相中での水素原子ヨIき抜き反応では、トンネル効果が影響してくると考 えられる。そのため、この章では化学反応におけるトンネル効果を理論的に取り扱 う 。 反 応 と し て 、 メ チ ル ラ ジ カ ル に よ る 水 素 原 子 引 き 抜 き 反 応
を取り上げる。この反応系のポテンシャル面を求め、トンネル効果をその面上の short−cut−pathとして計算する方法を開発し、この反応系へ応用した。得られた速 度定数のアレニウスプ口ットは、低温で大きく曲がり、量子効果が大きいことを示 した。
第7章では、低温凝縮層中での水素原子移動反応を取扱う新しい理論(Vibra− tional Coupling Model)を開発し、反応系ヘ応用した結果にっいて述べた。この モデルでは、媒質効果を反応の極限的反応座標(IRC)への摂動とみなし、反応の始 原型および遷移状態の分子の基準振動がシフトすると考える。この摂動を受けた振 動数を用いてIRCに沿ってのトンネル効果を考慮した。このモデルをメトキシラジ カルの分子内水素原子移動反応に応用した。媒質およびトンネル効果の寄与により 反 応 速 度 の 著 し い 増 大 が 見 ら れ 、 こ れ ま で の 実 験 結 果 を 説 明 し た 。 第8章では、低温凝縮層中での分子内・分子間水素原子移動反応の反応選択性に っいて述べた。反応のキャビティーモデルをもとに、媒質効果として、ダイポール 一誘電媒体相互作用を考慮し、トンネル効果の寄与を見積った。このモデルを、メ
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トキシラジカルの分子内水素原子移動および周りの媒質であるメタノールからの水 素原子移動に応用した。低いエネルギ一領域では、分子間水素原子移動反応が有利 であるが、光照射またはイオン再結合によるエネルギーを受け取る可能性がある場 合は、分子内水素原子移動が優先することを見いだした。
総括では、本研究で得られた成果を要約した。
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学 位 論 文 審 査の 要旨 主査 ′教授 吉田 宏 副査 教授 山崎 巌 副査 教授 徳田昌生 副査 助教授 市川恒樹 副査 教授 川崎昌博
(大学院地球環境科学研究科)
学 位 論 文 題 名
Quantum Mechanical Study on the Chemical Reactions including Light‑ Particle Transfers
(軽 い粒 子の移 動を 伴う化学反応に関する量子力学的研究)
量子化学の目標のーっは、化学反応を非経験的に予測することである。原理的に は、目的とする反応系の電子に関するSchrodinger方程式を解いて反応のポテンシ ヤルェネルギー面を求め、さらに、その面上での原子核の運動方程式を解くことに より求められる。しかし、多体系のSchrodinger方程式は厳密には解けないこと、
得られたボテンシャル面上での原子核の運動方程式を解くのことは容易でないこと から、非経験的取扱いは極めて困難である。そのため、理論的研究の多くは、反応 の始原型と遷移状態の平衡を仮定し、粒子の運動を統計的に取り扱う方法が取られ、
実験結果の説明や予測に用いられている。
最近、実験技術の進歩に伴い、化学反応生成物の量子状態についての詳細を情報 が得られるようになり、従来の統計理論が成立しない反応系が見っけられている。
また、低温固相中での化学反応では、アレニウスブロットが大きく曲がり、見かけ の活性化エネルギーがゼロになる量子効果も観測されている。これらは、これまで 広く用いられてきた統計理論およぴ古典理論の破綻を示すものである。従来の理論 の破綻は、反応生成物の振動回転量子数分布の特異性として表れ、電子、プロトン およぴ水素原子など軽い粒子の移動を伴う反応ほど顕著であることが知られている。
本論文は、電子相関を含む非経験的分子軌道法および擬古典トラジェク卜リー法 により、従来の理論が成立しない化学反応系の反応機構を研究した成果をまとめて いる。非統計効果が顕著に表れる軽い粒子の移動反応、すなわち電子(電荷)、プ ロトンおよび水素原子移動反応を取り上げ、軽い粒子の移動反応の詳細′よポテンシ ヤル面を求め、そのポテンシヤル面上での反応ダイナミックスを明らかにした。ま た、得られた結果をもとに、軽い粒子の移動反応に関する反応モデルを提出した。
本研究により、非統計的に進行する化学反応の反応機構が確立された。したがって、
本 研 究 は 化 学 反 応 理 論 の 発 展 に 大 き く 貢 献 す る も の と 認 め ら れ る 。 本 論 文 は 以 下 に 掲 げ る 8章 お よ び 結 論 か ら 構 成 さ れ て い る 。
第1章は序論であり、軽い粒子の移動反応に関するこれまでの実験的および理論 的研 究にっいて 概括し、 問題点を 指摘し、 本研究の目的を明らかにしている。
第2章は、本研究で使用した理論的方法、特に、非経験的分子軌道(ab―initio H0) 法 、 お よ ぴ 擬 古 典 的 ト ラ ジ ェ ク ト リ ー 法 に つ い て ま と め て い る 。 第3章は、電荷移動反応における反応の非統計性、すなわち振動・回転量子状態 特異性について行った理論的研究の結果を述ぺている。電荷移動反応の生成物の振 動・回転状態分布は、衝突領域すなわち遷移状態の構造および相互作用状態を直接 に反映するので、電荷移動反応生成物の振動回転状態選択性の理由を解明するする ことは、反応の非統計性を明らかにする上で重要であ。ここでは、電荷移動反応 N゛(3P)+c0(X ̄Z゛)‑*N(4S)+CO゛(X2Z゛)
を取り上げ、この反応には、複数のポテンシヤル面が関与することを明らかにした。
反応は2っの衝突チャンネル、すなわち、励起状態のポテンシヤル面での衝突と基 底状態での衝突により進むという新しいモデル(Dual collision channel model) を提案している。
第4章は、プロトン移動反応における非統計性、振動回転状態特異性についての 結果を述べている。一般に、重い原子間での軽原子の移動反応では、生成物の振動 量 子 数 の 衝 突 工 ネ ル ギ ー が 小 さ い と さ れ て い る 。 し か し 、1992年 に
のプロトン移動反応がこれに矛盾するという実験結果が報告された。本研究の結果、
この反応系では[OHF]一中聞体が存在し、この中間体領域を通過する時間の違いによ る2っの異なる反応チャンネルが存在することを明らかにした。これにより、観測 された振動回転状態特異性をうまく説明している。
第5章は、水素原子移動反応における振動状態選択性の効果について述ぺている。
気相中でアンモニアカチオンを中性アンモニア分子と衝突させると、水素原子移動 反応がおこる。この反応には振動モード選択性があり、アンモニアカチオンのレ2 傘型反転モードを励起することにより、反応断面積が増加する。ここでは、このモ ード選択性の原因を理論的に明らかにしている
第6章は、低温凝縮層中での水素原子移動反応への量子効果について述ぺている。
低温凝縮相中での水素原子引き抜き反応では、トンネル効果が影響して<ると考え られる。ここでは、化学反応におけるトンネル効果を理論的に取り扱うための実例 として、メチルラジカルによる水素原子弓1き抜き反応
を取り上げた。この反応系のポテンシヤル面を求め、卜ンネル効果をその面上の short−cut−pathとして計算する方法を開発した。得られた速度定数のアレニウスプ ロ ッ ト は 、 低 温 で 大 き く 曲 が り 、 量 子 効 果 が 大 き い こ と を 示 し た 。 第7章は、低温凝縮層中での水素原子移動反応を取扱う新しい理論(Vibratー ional Coupling Model)を開発し、反応系ヘ応用した結果について述ぺている。媒 質効果を反応の極限的反応座標(IRC)への摂動とみなし、反応の始原系およぴ遷移 状態の分子の基準振動がシフ卜すると考え、この摂動を受けた振動数を用いてIRC に沿っての卜ンネル効果を考慮した。このような新しい反応モデルをメ卜キシラ、ジ カルの分子内水素原子移動反応に応用して、媒質およびトンネル効果の寄与により 反 応 速 度 の 著 し い 増 大 が 見 ら れ と と い う 実 験 事 実 を 説 明 し た 。 第8章は、低温凝縮層中での分子内・分子間水素原子移動反応の反応選択性につ いて述べている。反応のキャビテイーモデルをもとに、媒質効果として、ダイポー ル一誘電媒体相互作用を考慮し、トンネル効果の寄与を見積った。このモデルを、
メ卜キシラジカルの分子内水素原子移動および周りの媒質であるメタノールからの 水素原子移動に応用した。低いェネルギー領域では、分子間水素原子移動反応が有
利であるが、光照射またはイオン再結合によるェネルギーを受け取る可能性がある 場 合 は 、 分 子 内 水 素 原 子 移 動 が 優 先 す る こ と を 見 い だ し た 。 これを要するに、著者は、軽しゝ粒子の移動反応に関して、新しい化学反応理論を 展開し、多くの反応にっいて反応機構を解明した。その成果は、反応化学および分 子化学に寄与するところ大である。よって著者は、北海道大学博士(工学)の学位 を授与される資格あるものと認める。